アニメ版『Dies irae』、新規の人向けにダラダラ解説(2017年10月8日の記事)


 10年の時を超えて遂に『Dies irae』がテレビアニメ化を果たしました。感無量であり、原作ファンたる私は当然ながらこれについての記事を書く気満々でしたが、方針については悩んでいました。いわゆる「怒りの日」や「怒りの庭」を経験したかつての同志たちに向けた懐古色の強いテキストにするか、それともアニメから入ってくる新規層に向けた「おいでやす」な解説記事にするか。放送が始まるまでは前者寄りで文章のプランを練っていましたけど、いざアニメが始まって、そのあまりに「オイオイオイ」「切るわアイツ」な初見バイバイ構成を確認して即座に後者へ切り替えることにしました。初見の人がここに辿り着いて、しかも記事を読んでくれる可能性は限りなくゼロに等しいだろう、と分かっていてもそうせずにはいられなかった。

 作品内容に関する予備知識がまったくない状態であの1話目(第0話)を最後まで観て、そのうえこんな字ばっかりの暑苦しい解説記事をわざわざ読もうとしている人がもしいるとしたら、感謝の念しか湧き上がらない。『けものフレンズ』のアルパカさんに匹敵する勢いで歓迎したい。私が同じ立場だったら画像も何もないことを見て取った瞬間にブラウザ閉じて「こわ……家で『プリンセス・プリンシパル』時系列順に観直しとこ……」となっていたはずです。

 そもそも『Dies irae』とは何か? について説明し出すとクソ長くなってしまうので、「ゲーム原作としての『Dies irae』」についてはほとんど解説しないことにします。どうしても知りたい、という方は過去に書いたクンフト(リメイク版)の記事ファーブラ(完成版)の記事をご覧になってください。2007年版(未完成版)の記事は読まなくていいです。以降はアニメの内容に即し、ストーリーやキャラに絞って解説していきます。なるべく致命的なネタバレは避けるつもりですが、なにぶん設定がゴチャゴチャしている話だからある程度はバラさないと解説できない。なので、「ネタバレはイヤ!」という方はここでお帰り下さい。

 さて、『Dies irae』は「学園伝奇バトルオペラ」と銘打っているように一応は学園モノなんですが、「ナチスの残党が怪しげな陰謀を企てていて……」といった具合に学園と関係ない要素が大量に混じっているので、「学園モノ」というイメージは頭から取り外して捨てちゃってください。舞台となる時代は2006年頃の「現代」と、第二次世界大戦前後の「過去」、大きく分けてこの2つ。アニメの1話目(第0話)は後者のエピソードがメインです。

 冒頭、ギラギラと眩しい異形の城をコツコツと歩く金髪の男――ラインハルト・ハイドリヒ。言うまでもなく実在した同名のナチス高官がモデルとなっています。少し前に『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』って映画も公開されましたね。この場面でバックに流れている荘厳な曲は「L∴D∴O」。Diesのデモムービーで一番最初に流れたBGMなので、古参のファンは早くもここで泣く。ラインハルトが歩くたびに床が水面のように揺れて赤黒い髑髏が見え隠れします。そう、この黄金に輝く城は幾万もの骸――死者の魂を積み上げて築かれた宮殿(ヴァルハラ)なのです。Diesは「バトルオペラ」と謳っている通りいくつかのオペラ曲をモチーフにしており、その中にワーグナーの「ニーベルングの指環」も含まれているため北欧神話由来のネタが多い。「聖約の槍を持った宮殿の主」でラインハルトにはヴォータンのイメージが重ねられている。先にそれを知っておかないと例えば「エインフェリア」なんて単語が出てきたときに戸惑うことになります。

 デザイン的にはちょっと……いや、かなりダサい感じの城は空に浮かんでいて、眼下に街が見えます。これが現代編の舞台となる「諏訪原市」です。モデルは横浜ですが、地図上の位置が違ったりしているので「架空の街」と考えてもらった方がベター。「この金髪さんが佇んでいる城、空中要塞か何かなの?」と思うかもしれませんが、あのヴァルハラは本来現実の時空から隔たった特異点に存在していて、現地に残った「聖槍十三騎士団」(以下「黒円卓」と表記)のメンバーがあれやこれやと面倒臭い儀式を行った末にやっと召喚できたものであり、普段からプカプカとお空に浮かんでひょっこり兵団島しているわけではありません。特異点はドラゴンボールで喩えると「精神と時の部屋」みたいな場所でして、ラインハルトたち黒円卓の幹部が世界を壊す力を蓄えるために赴いたわけですけど、何せ現実の時空とは隔たったところなので往路にも復路にも膨大なエネルギーが必要になる。宇宙戦艦ヤマトがワープするために波動エンジンが必要だったように、ヴァルハラも膨大な人間の魂を犠牲にしながら「ある装置」によってワープしてきたんですが……そのへんの細かい設定はアニメ内で説明し切れるのだろうか?

 ヴァルハラが接岸しようとしているタワーの上に佇む少年、これが『Dies irae』の主人公「藤井蓮」です。ビジュアル的にはラインハルトの方が派手で目立つこともあり、グッズ類にはだいたいラインハルトのイラストが使われるから「どっちが主人公かよくわからない」と言われますが、あくまで物語の主人公は蓮である。マフラーをしているのは季節が冬、ちょうどクリスマスの最中で寒いから、ってのもありますが、他にも理由があります。3話あたりで明らかになるかな? 睨み合うラインハルトと蓮。蓮の瞳に浮かぶカドゥケウス(ケリュケイオン)、設定を知らなくても「瞳に何か変なマークが出てるし、こいつは一般人じゃないんだな」ってことは伝わるはず。主人公とラスボス、両雄が激突する……という最終決戦寸前のタイミングでハッと目を覚ます、まだ短髪だった頃のラインハルト。「夢の中で逢った、ような……」オチですが、目を覚ますのが主人公ではなくラスボスというところが珍しい。というか、原作知らないとマジでラインハルトが主人公だと勘違いしかねない構成だ……「主人公が魔王」みたいなの、『オーバーロード』とかありますし。

 画面にデカデカと「1939.11.29」って日付が表示されます。わかりやすい! スゴイ親切! が、そもそもさっきの場面がいつの時代かハッキリしないという問題が立ち塞がる。アニメだと設定が変わっているかもしれませんが、さっきの両雄睨み合いはゲームだと2006年12月25日のシーンです。設定が変わっていないとすれば、一気に67年も遡ったことになる。日付を見てすぐにピンと来るマニアには解説不要かもしれませんが、この少し前に一つの事件が起こっています。1939年11月8日、演説中のヒトラーを狙った(ヒトラー本人は既に帰った後なので被害を受けなかった)ビアホール爆破テロが発生。詳しく知りたい方は『ヒトラー暗殺、13分の誤算』という映画を観ましょう。で、「事件を予言していた」という理由から「カール・エルンスト・クラフト」なる占星術師が容疑者の一人として拘束される。CV.鳥海浩輔のあの胡散臭いロン毛野郎のことです。ぶっちゃけカール・クラフトってのは偽名なので、その後こいつの呼び名はコロコロ変わります。Diesは一人のキャラに対して複数の呼び名が用意されているため「いま喋っている奴が誰に向けて誰のことを話しているのかよくわからない」という現象が頻繁に起こる。なのでアニメから入った人に配慮して「鳥海」で統一したいところだが、ややこしいことに藤井蓮も鳥海浩輔が担当しているせいで却って混乱を招くことになりかねないんですよね……魔名(コードネームのようなもの)である「メルクリウス」がもっとも識別性が高いと思いますので、そのうち服脱いで襤褸を纏って出てくるあの胡散臭いロン毛野郎はメルクリウスないしメルと呼ぶことにします。略すと双剣絵師を彷彿とするが、こっちも双頭の蛇を遣うから似たようなもんだ。

 ライハルトが口にする「ケイ」は漢字にすると「卿」であり、詰まるところ二人称です。「氷のK」とかではありませんし、メルクリウスも「はい、凍死」とか言い返したりしません。鳥海がいい声で「魔術師などと呼ばれている」と嘯いたせいで「魔術とか、そういうオカルトが平然と罷り通っている世界なのか?」とリアリティ水準の設定を掴むことができず首を傾げた人向けに解説しますと、「オカルト的な技術」が確かに実在しつつも大半の人間はもはや魔術云々なんて信じておらず、世界から神秘が失われていっている……厳密に言えば「何者か」の意志によって神秘の息づいていた時代が終焉を迎えようとしている、ってのが物語の背景にあります。「占星術による未来予知」を売り物にしていたメルは一部のナチス高官から「魔術師」と恐れられていたが、一般的なナチス兵からは「噴飯物」「まやかし」「下らぬ戯言」と見做されていた。メルと会う前のラインハルトも「迷信」「詐欺師」と切り捨てている。しかし、メルを尋問しているうちにラインハルトは奇妙な感覚を覚え始めて……という流れなんですが、アニメだとこのへんバッサリなので訳が分かりません。

 「何か奇妙な夢でも見ましたかな?」と問いかけるメルの瞳に浮かぶカドゥケウス(ケリュケイオン)。カドゥケウス(ケリュケイオン)はギリシャ神話に登場する神「ヘルメス」の持つ杖ですが、ヘルメスってローマ神話ではメルクリウス(英語読みだとマーキュリー)なんですよね……メルは物凄く長命で、以前使っていた偽名の中には「ヘルメス・トリスメギストス」、ついでに言うと「パラケルスス」というのもあった。Diesの世界において錬金術というジャンルは「メルがつくったもの」と位置付けられている。神出鬼没極まりないというか、たぶんキリストが処刑されたときもエルサレムで靴屋やってたんじゃないかな、あいつ。黒円卓の連中が行う怪しげな儀式の数々も、「古代文明が編み出したロストテクノロジーの再現」とかではなく、もともとメルが自分の目的のために考案したものと推測される。あらゆる迷惑の原因を辿っていくとだいたいこいつに行き当たるので、コメントに困ったときは「おのれメルクリウス!」と雑に言っておけば概ね片付きます。

 ラインハルトはメルが爆破テロに関与したかどうかといった事実関係を明らかにすることに意味はないと判断しており、「暗殺計画が未遂に終わったこと」「暗殺を予知していた占い師がいること」、ふたつの事実を利用して「現代のノストラダムス」を生み出すプロパガンダ計画のために牢屋へ足を運んできました。あ、ナチスのプロパガンダに興味がおありなら『絶対の宣伝』がオススメですぞ(宣伝)。メルの「ノストラダムスになれと言うなら喜んで」というセリフ、元のボイスドラマ「Anfang」(ドイツ語で「はじまり」の意味)だと「事実、あれもまた私だ」というカミングアウトが続きます。非常に長命で、いくつもの偽名を使い分けてきた謎の男、って設定を説明し切れないため削ったものと考えられる。ちなみに、これもアニメだと判断できない部分だが、ボイスドラマ版では「一石投じた」と暗殺計画に関与したことを仄めかすセリフがあります。予知もクソもねえ。先述したように、だいたいはメルクリウスのせいです。

 「Dies irae」というタイトルが表示されるところまでがアバンなのかな? 配信で見たからよくわからない。初見にとっては何が何やらな3分半でしたでしょうが、古参のファンにとっては何度も停止ボタンを押して「さっきのシーン、もう一回!」「削られたセリフはこのへんとこのへんとこのへんか?」と確認してしまう、途轍もなく長い3分半でした。「1939年12月24日」という日付が表示されて次のシーンに移りますが、原作ファン以外はもうさっきの日付忘れていると思うので説明しておきますと、ラインハルトとメルの出会いから約1ヶ月です。アニメ組にとっては記憶に残すことも難しいであろうこの日付、歴戦のファンにとっては一瞬心臓が止まるくらいのインパクトがある。サブタイトルが出てくるまで待つ必要もなく悟る。「ああ、黎明だ……」 涙を流す者もいるでしょう。ドラマCD第2弾『Die Morgendämmerung』(モルゲンデンメルング、ドイツ語で「黎明」の意味)、黒円卓誕生の経緯を綴ったエピソードです。この黎明はDiesの完成版が発売する前年、ファンの精神状態がいろいろと大変だった時期に発売されたせいもあって一言では説明し切れない複雑な感情が湧き上がってくる。

 いきなりギシアンなベッドシーンから始まるものの、サービスカットみたいなものは一切なく、「お前、それでもエロゲー原作か!」と怒鳴りたくなる。ベッドでフンフンとハミングしている可愛い白髪の子はシュライバー、「こいつをそのまま出したら発禁処分を喰らってしまう」という問題児です。胸が扁平なので気づいた人もおられるやもしれませんが、男です。ただしチ○コはない。「客を取るのに邪魔だから」という理由で街娼の母親に切り落とされてしまった。幼少期は女の子として育てられ、「アンナ」という名前で呼ばれていたが、黒円卓に入ってからは「ウォルフガング」の名前で呼ばれて……いないな。みんなだいたいシュライバーって呼んでるわ。ウォルフガングの由来は確か父親の名前だったっけ? ドロシーと名乗るデイジーみたいな。この後で出てくる谷山紀章声のチンピラと合わせて「戸籍がどうなっているのか(そもそもあるのかどうかも)わからないコンビ」を結成します。

 谷山紀章声のチンピラ、見た目も振る舞いもホント完全にチンピラのそれですが、名前は「ヴィルヘルム・エーレンブルグ」とやけに高貴です。長いのでファンは魔名の「カズィクル・ベイ」を縮めて「ベイ」、あるいは「ベイ中尉」と呼ぶことが多い。こいつの生い立ちも悲惨というか結構エグいんですが、解説は省く。詳しく知りたい人は彼を主人公に据えた番外編『Dies irae 〜Interview with Kaziklu Bey〜』をやろう。全年齢対象なので中高生でも買えるぞ。ベイのところでやっとアクションシーンが入りますが、何ともこう、もっさりした動きでコメントに困るな……「最後のガラスをぶち破れ」とばかりにいきなり登場するシュライバーも心底唐突すぎて、原作ファンでもここはポカンとなるわ。敗戦後の荒んだ時代、社会の歪みから生み出されたと言えなくもない殺人鬼二人がたまたま鉢合わせし、成り行きで殺し合いに発展する……という流れですが、いくら何でも段取り省略しすぎでは? シュライバーは「自分が不死身である」という思い込みが妄想の域を超えて高まり肉体を凌駕してしまった天然の魔物みたいな存在であり、銃で撃たれても痛痒だにしないって設定だが、アニメの描写だと「機敏なゾンビ」ですね。

 パーティ会場のシーン、ここらへんは何の盛り上がりもなくてダレる。まだ火傷を負っていない頃のエレオノーレが画面にチラッと映りますが、一瞬「モブかな?」と思ってしまった。「空々しい賞賛の声に囲まれているラインハルト」の図は彼が抱えている「退屈」――本気を出すまでもなくあらゆる物事がトントン拍子で進んでいく現実に倦んでいる乾いた心象を抉り出したものだと思うが、まず前提として「ラインハルトの持つ人間離れしたポテンシャル」が表現されていないので視聴者に伝わりにくい。アニメ版の『Dies irae』はとにかく「状況」を並べることに忙しく、一つ一つの「状況」に意味と繋がりを持たせ、「作品」という塊として視聴者に呑み込ませるところまで手が回っていない印象を受けた。面白い、つまらない、出来がいい、不出来だと言う以前に、なんか歯痒い。原作ファンとしてはこのへん「あ、今○○が出た!」以上の楽しみを見出しにくい。それはそれとして、リザ・ブレンナーという婚約が決まっていてもうすぐ人妻になる巨乳の言っていた「泉」はレーベンスボルンのことです。「生命の泉」と言いつつ、実態は「死の泉」だったことが判明するルートも原作にあったが、アニメではそこまで触れている余裕なさそうだな。

 リザとエレオノーレが同期で、ベアトリスはリザの部下。だからこの中ではベアトが一番若いですね。ベアトは生意気というか明るく前向きで諦めることを知らず容赦もない、と結構いいキャラしてるんですが、その長所を覗かせる尺には恵まれなかった。エレオノーレはこの時点で既にラインハルトに惹かれつつあったはずだが、本格的に恋に落ちるのはもっと後。でも声が上ずったり緊張が解けて吐息を漏らしたりするエレちゃん、ほんのり乙女な気配があって可愛いです。この子があと60年もすれば「鳴けよ。貴様の慟哭はぬるすぎるのだ」と凄んでくるのだから月日の経過は残酷だ……黎明の時点でも「蛆虫」やら「燻蒸消毒」やら言ってるからあまり変わらない気もするけど。

 更に場面が変わって「ヴァレリアン・トリファ」と「アンナ・マリーア・シュヴェーゲリン」が出てくるが、うん、私が初見だったらこのへんで「キャラ多すぎ」とギブアップしていたかもしれない。しかもこの二人、過去編と現代編で名前と容姿が変わるから説明する側もされる側も最高に面倒臭い。「オレンジと同じ声の奴、公式サイトにヴァレリア・トリファって書いてあるぞ。誤字なのでは?」と疑った鋭い方もいるでしょうが、あの容姿の時期は「ヴァレリア『ン』」なんですよ。ここ注意して書き分けないと真面目な原作ファンが一斉に寄ってきて「ヴァレリアとヴァレリアンの違いはね……」と濃厚な解説を隅々まで叩き込まれることになります。私は不真面目なのでそのへんいちいち解説しません。巨乳モノクルのアンナさんが意味深な手つきで持っている聖遺物は、ストーリーの核心ではないからバラしてしまうが「吸血鬼」とされてしまったヴラド三世の血液、「闇の賜物(クリフォト・バチカル)」。谷山紀章声のチンピラがこれと融合して「串刺公(カズィクル・ベイ)」になります。チカチカと挿入される拷問シーンは「サイコメトラーであるトリファがアンナの記憶を読んでいる(トリファは読心能力をオフにできないので、読みたくなくても読んでしまう)」という、これまた分かり辛い演出。アンナについては話すと長くなるので解説はまたの機会に譲る。この時点では「拷問とセックスが大好きな魔女」くらいに思っていただければ宜しい。現代編では(正確には終戦付近で)ロリ化して「ルサルカ」という一、二を争う人気キャラになります。声優は『プリパラ』の「蘭たん」をやっている人。ルサルカはかつてないレベルのゲス演技が多かったのでやっていて楽しかったとか。

 そしてまたベイとシュライバーのもっさりアクションが入ってAパート終了。初見の方々の瞳からハイライトが失せているであろうことは想像に難くない。大丈夫? 『メイドインアビス』観る? Bパート始まった直後のベアトリスが放つ「なんですか、これは……」が事態にマッチしすぎていて真顔になります。エレオノーレの声やってる人、「ハイドリヒ閣下」が言い辛そうだな……とか、どうでもいいところがつい気になってしまう。とはいえ炎に照らされる姐さんの横顔は美しく、「まだ捨てたものではない」と少し息を吹き返しました。車から降りるラインハルトの作画が地味にアレだけど目を瞑ろう。

 ここで黒円卓メンバー13名のうち二位のトバルカインと六位のゾーネンキント、七位のマキナ、十位のシュピーネを除く9名が集結する、ファンにとって感涙モノのシーンが到来するが、あくまでアニメとして観ると……盛り上がりに欠けますね。というか1話目なのに口パクも合ってないって相当だな。アンナとヴィルヘルムの間にベアトリスが割って入った瞬間流れ出す「Thrud Walkure」とか、タイミング的には感動の余り失禁しそうなレベルだけど、作画と演出を脳内で劇場アニメばりに修正しないと実際に失禁するのは無理です。ただ、若干震えたことは確か。ベアトリスは登場が本当に遅かった子で、2007年の未完成版では名前くらいしか出てこなくて、ドラマCDの『Die Morgendämmerung』でやっとビジュアルが判明して、2009年のリメイク版にも剣くらいしか出てこなくて、完成版で専用曲たる「Thrud Walkure」引っ提げて遂に本格的な登場を果たした……って経緯のあるキャラなんで、原作ファンの思い入れを指先程度でも察してほしい。うん、ベアトってお気楽そうに見えて意志が強い子でね、血と泥にまみれて道を見失っていく戦友たちに心を痛め、「あなたたちの進むべき道はここにあるよ」と照らして切り拓く光になりたい、という献身的な渇望から自らを雷光に変生させた馬鹿娘(ブリュンヒルデ)でエレオノーレには犬みたいに懐いているせいで百合的にも美味しくて……いや、思い入れが強すぎる語りはやめておこう。Diesの世界では「渇望」が常軌を逸した力となって結実する、という部分だけ覚えてもらえれば幸いです。

 「嘔吐する酔っ払いと背中をさするキャバ嬢」にしか見えないトリファとアンナのカットを経て、ラインハルトとメルクリウスがようやく現地に到着。延々と続くメルの絡みつくような口上にウンザリする新規と「これだよこれ、メルクリウスはこうでなくっちゃ」と逆にテンションが上がっていく原作ファン。いっそ愉快なほど明暗が分かれる箇所だ。「あなたは世界の総てを愛しているのだ」というセリフは「ラインハルトは自分が本気を出すと周囲の世界を壊してしまうと本能的に悟っている→破壊を恐れるあまり本気を出さぬよう常に自分を殺し続けてきた→自分を殺してでも周りを壊したくなかったのは、世界の総てを愛しているから」という理屈なんですが、メルの長広舌を聞き流していた人たちが一斉に「何故そこで愛ッ!?」と反射的に叫んだことでしょう。ここはちゃんと説明が為されているのでアニメスタッフを責める気にはなりませんが、悲しいかな、アニメから入ってきた人たちにはメルクリウスのウザさに対する耐性がない。仕方がない。

 「世界を壊すこと」と「世界を愛すること」が相容れないと信じ込んでいるラインハルトに、「その二つは矛盾していない、両立しうる」と吹き込んで誘惑しに掛かるメルクリウス。その目つきはさながら楽園で禁断の果実を口にするようアダムとイヴを唆した蛇だ。てことは居合わせたリザ・ブレンナーがイヴ役? ラインハルトに惚れているエレオノーレじゃないあたり、皮肉だな。全力を出さないことに全力を尽くしてきたラインハルトは「破壊によって世界を愛する」破壊公(ハガル・ヘルツォーク)としての道を指し示され、徐々に己を縛る枷を解いていく。殴りかかって来るヴィルヘルムをパンチで浮かせてから画面端まで吹っ飛ばす、まるで格ゲーみたいな真似を披露しますが、これは特に何かの魔法やジツを行使したわけではない。「強いて力を抑えなければ普通にあれくらいの芸当は出来る」というだけのことです。Dies世界のラインハルトは生まれつき人間離れしており、もっともらしい理由など一切なく、「ただ特別であるから」リミットを外せば際限なく人外化していく。メルクリウスに唆されたことで望むはずのなかった、手を伸ばすつもりのなかった、見果てぬ夢を見始めるラインハルトは何というか……詐欺師に誑かされるヒロインですね。敵も味方もみんな殴って屈服させたあたりはDV彼氏っぽいが。気絶したヴィルヘルムとシュライバーはこの後メルクリウスに拉致されて「やめろショッカー!」な人体改造手術を受け、魔人としてすくすく成長していくことになります。まだ13人のフルメンバーは揃っていないが、こうして世界を滅ぼす悪の組織「黒円卓」は発足する運びとなりました。本気を出したあたりからラインハルトの髪が猛烈な勢いで伸びていき、たまに重力に逆らったりしますが、ラインハルトの二つ名は「黄金の獣」、つまりあれは「獣の鬣」を象ったものであってスーパーサイヤ人とかそういうのじゃないです。本当に。

 「私は前にも卿とこの話をしていたな」「然り然り」という遣り取りは原作ファンだと時候の挨拶よりも馴染み深いが、「永劫回帰」というDiesの根本を成すキーワードをまったく説明していない状態で新規にぶつけるなよ……と呆れました。掻い摘んで説明しますと、Diesの世界は「何者か」によって何度もやり直されている、つまり「リセマラされている世界」なんです。過半数の人類はリセマラが実施されていることにまったく気づいていないが、ごく一部の適性を持つ者だけがリセマラの代償である既知感、「これは既に何度も通った道である」という感覚に悩まされている。何をやってもどこに行っても「これは前にやった」「ここも前に来た」というデジャ・ヴに襲われてしまう。ポイントは、「既知感が発生する」だけであって「正確な未来予知まではできない」ってところ。これから起こることがわからないのに、起こった後は「あ、これ知ってる、前にもあった」という気分になる。メルクリウスは間断なく襲い掛かってくる「先の見えない既知感」にだいぶ前から精神を蝕まれていて、「何者かによって繰り広げられているリセマラ」を終わらせるために「世界の総てを壊すことで愛する」ラスボス系男子のラインハルトを利用しようとしているわけです。ラインハルトも秘めていた力に覚醒していく過程で既知感を覚え始め、「前にも卿とこの話をしていたな」と記憶力の落ちた中年男性みたいな発言をするようになっていく。彼らが目指すのは単なる打ち壊しや米騒動ではなく、永劫破壊――リセマラの連鎖にピリオドを打つこと。そのためなら総てを焼き尽くしても構わない。しかし、「何者か」はいったい何のためにリセマラを繰り返しているのか? その答えは2018年に配信予定のスマホゲー『Dies irae PANTHEON』にて明かされる! までもなく、普通に本編で解説される、はず。

 大隊長である三騎士、マキナ、シュライバー、エレオノーレが大暴れするシーンと、原作では触れられなかった平団員たちの活躍、そしてラインハルトが城を飛ばして特異点に向かうシーンはゲーム版だとプロローグに当たる。大隊長は要するに幹部クラスで、メッチャ強い連中のことです。三騎士はそれぞれ黒騎士(ニグレド)、白騎士(アルベド)、赤騎士(ルベド)と呼ばれ、黄金錬成の段階である黒化・白化・赤化に対応しており、同時にハーケンクロイツの旗を構成する三色にもなっています。いきなり出てくるドーラ列車砲はエレオノーレの聖遺物です。「列車砲が聖……遺物……?」という戸惑いは原作ファンも経験済なのでわかるつもりだ。黒円卓が行使する魔術、永劫破壊(エイヴィヒカイト)はメルクリウスが先に述べた目的のために体系化したものであり、適性持つ者を魔人に変えるための触媒を便宜上「聖遺物」と呼称しているだけであって由緒の正しさとかは特に関係ありません。シュピーネ(あの蜘蛛みたいな痩せぎすの男)が使っている糸状の聖遺物に至っては収容所で使われた処刑用のロープですし。

 ヴィルヘルムから生えていた幼女は彼の姉というか母親というか……とにかく保護者であるヘルガを模したモノで、ヘルガ本人ではなく、詳しいことが知りたければやっぱり『Interview with Kaziklu Bey』やってね! ビッチ感の増したリザと一緒に歩いている大男は「櫻井武蔵」、ヒロインの一人である「櫻井螢」の祖父に当たる日本人鍛冶師で、初代トバルカインです。蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)を付けているから既に死後だな。トバルカインはロンギヌスの槍の複製品である偽槍を用いて戦いますが、「使用者の魂を喰い尽くす」という性質から長くは保持できず、トランザム状態で戦い続けるとすぐにリビングデッドと化してしまう。死体となった武蔵をリザの「死者を操る」聖遺物で動かしており、「なんでトバルすぐ死んでしまうん?」なカインはリザと組ませるのが基本的な運用法となっています。フラフラと歩いているトリファが急に眼鏡を掛けたパツキンになるシーンは一種のイメージですね……この時点では戦闘能力ないから描写に困ったんでしょう。上半身裸の思わず「ニイサン!」と叫びたくなるショタはイザーク・アイン・ゾーネンキント。「アイン」はドイツ語の「1」なので初代ゾーネンキントってことだ。本来は短時間しか発動させることができないラインハルトの城を永久展開させて特異点に移行する作業を成功させた、城の心臓部。ヤマトにおける波動エンジンみたいな存在です。アインがいるってことは当然ツヴァイやドライもいる、ってことは『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』で虚淵から習った。

 ラスト、燃え盛る木々の前で眼鏡を掛けた神父の前に跪いて臣下の礼を取っている長髪の女の子、というカットは原作のCGを再現したもの。地脈に乗って移動中だった神父に干渉(空中に「闘争」のルーンを描いている)し、ルートを変更させて青木ヶ原の樹海に呼び出した非礼に対して詫びている場面です。神父(名前と容姿の変わったトリファ)は女の子(櫻井螢)に魔術の手ほどきをした、言わば師匠に当たる存在なので面識はあります。城を飛ばすシーンからは61年くらい経過している。原作を確認すると「2006年11月29日」となっていて、ちょうどメルクリウスとラインハルトが会った日になっていますね……細かいよな、ホント。

 ――この時。
 今宵この場所で、世界を滅ぼす軍団(レギオン)が胎動を開始した。
 そのことを知る者は、まだ一人も存在しない。

 という結びのテキストはシンプルながら、未だに読んでいてゾクゾクする。正直、アニメの出来は原作ファンでも擁護しかねる部分が多かったというか「えっ、1話目からこれ? きっつ」ってのが本音だったし、私がずぅぅぅぅぅぅっと妄想してきた「理想のDiesアニメ」には遠く及ばないが、なんだかんだ言いながらも楽しめたことは確かですし、「やっぱDiesのことは好きだな」と己の気持ちを再確認しました。人には薦めないけど、自分は最後まで観る、そういうアニメになると思います。この出来ならラストバタリオンとして残るのは大部分が原作ファンだろうし、そういう意味では結構気楽かな……。

 最後に。このアニメを観て「原作に興味を持った」「ゲーム版もやってみたい」という人(いるのかな? いたらそいつは超弩級聖人だと思うけど)に、「どのソフトを買えばいいのか」を解説して終わりとします。いろんなバージョンがありますが、今買うとしたらアニメの放送に合わせてリリースされた『Dies irae 〜Acta est Fabula〜 HD』(ファーブラHD)か『Dies irae 〜Amantes amentes〜 HD』(アマアメHD)ですね。ファーブラは18禁版で、「エロゲーとしての『Dies irae』」の完全版に当たる。アマアメは移植版をベースにした全年齢対象ソフトであり、ドラマCDのゲーム化や新規シナリオ実装などといった追加要素もあるので「シナリオゲーとしての『Dies irae』」の完全版です。どうしてもHシーンが観たい、というのでなければ素直にアマアメHDを購入した方がいいです。HD対応を謳っていますが、解像度を上げたうえで画像の上下を切ってHDサイズに合わせただけなので、描き直しとかそういうのは期待しないでください。オリジナルの画面比(4:3)も残されているので、切られた上下を確認することは可能だ。ゲームをプレーするに当たっての注意点は……何と言ってもシナリオが長い、途轍もないボリューム、ってことですね。10時間や20時間なんてものじゃありません。人にもよりますが、30〜50時間は覚悟してほしい。大好きではあるものの、なかなか気軽に薦める気が起きないのはこの膨大さが要因の一つである。「できらぁ! もっとボリュームが欲しいくらいだぜ!」という人にはゲーム6本セットという物量の兇器『Dies irae & WORLD BOX 〜Masada Premium〜』を推そう。Dies本編1本、関連作3本、関連作じゃないけどシナリオライターが同じソフト2本を収録しています。ただしこのセット、ファーブラだけでアマアメは入っていないから、本格的にハマると結局アマアメまで買ってしまうという罠があります。「時間はともかくお金に余裕がない」って人は、とりあえず体験版をやってみませんか? 「Dies irae 〜Acta est Fabula〜 Web体験版」で検索すれば一番目か二番目くらいに公式サイトのダウンロードページがヒットすると思います。体験版はファーブラのみで、アマアメはありません。18禁だから中高生はNG。あとHDサイズにも対応していません。全年齢対象かつボリュームもほどほどな番外編の『Interview with Kaziklu Bey』から行くのも一つの手。ヒロインの声優は「能登麻美子」で、「置鮎龍太郎」も出演しています。


(2話目以降はこちら)


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