Method of Entry

あんまり扉を信用しない方がいい。
"こちら"と"むこう"で、
どれだけの違いがあるのやら。

 


アバウト

日記ログ

SS

テキスト

いただきもの

リンク



リレー小説「魔法少女忌譚修」(第13話−10/12)


2016-08-29.

『君の名は。』観てきた焼津です、こんばんは。

 新海誠の監督作品を映画館で観るのは『雲のむこう、約束の場所』以来だ。あの頃はまだ東京に住んでいたから渋谷シネマライズへ行ったんだよな……2004年11月23日付の日記に詳しい感想を書いていますが、「北海道が占領されて『蝦夷』に戻ってしまった世界。青森に住む中学生の少年ふたりが飛行機をつくり、国境を越えて蝦夷に聳える『天を衝く塔』まで飛んで行こうと計画していた。彼らはひとりの少女と、『君も連れて行く』と約束する。けれどそれは守ることのできない約束だった……」な日本分割モノで、『東海道戦争』『群青の空を越えて』と併せて視聴すると面白いかも。『刃鳴散らす』はちょっと違うか。設定を活かし切った物語とは言えず、あくまで情感を重視した映像作品となっているため、「雰囲気だけのアニメ」と謗る声もありましたが今となっては何もかも懐かしい。ちなみに『雲のむこう〜』の前月には『デビルマン』が、翌月には『ゴジラ FINAL WARS』が公開されていた、と書けば「あー、そんな頃か」って時代の空気を読み取ってもらえるかもしれない。

 さておき、『君の名は。』は新海誠の劇場用アニメとしては5本目に当たります。『雲のむこう〜』をはじめとするこれまでの作品は主に背景映像表現で高い評価を得つつも「雰囲気だけ」とか「独りよがり」とか「大衆向けではない」等ややマイナスなイメージで語られる局面が多かった。そんな新海の新作が公開館数300近くの東宝配給大作として上映されるわけですから「大丈夫なの? 新海だよ?」と危ぶむ向きも当然ありました。結論から言いましょう。「雰囲気だけ」という声を真っ向からねじ伏せるような王道的娯楽大作にキチンと仕上がっていました。初週の客入りも実際イイみたい(アニメ映画「君の名は。」が2日間で59万人動員)で、大ヒットは確実の情勢です。田中将賀のキャラデザもハマっているし、これはいろんな意味ですごいことになっていきそうだ。さっきのリンク先にも「最終的な興収は60億円が見込まれる」とあったが、60億ってコナン映画クラスですよ。正直ここまでの勢いは想像していなかった。『シン・ゴジラ』といい、映画は蓋を開けてみたいとわからないな。

 かつてないほどの宣伝攻勢でPVが流れまくったからご存知の方もおられるでしょうけど、今回は「男女入れ替わり」を主軸にした現代ファンタジーです。男子高校生の立花瀧(CV.神木隆之介)と女子高生の宮水三葉(CV.上白石萌音)の体と心が入れ替わってしまう。「入れ替わる時間は基本的に起きてから寝るまでの約一日間」「入れ替わっている間の出来事は本人たちにとって夜に見る夢のようで、目を覚まして元の体に戻ると徐々に記憶が薄れていく」「入れ替わりの頻度は週に2、3回程度だが不定期的、具体的なタイミングの予測は不能」ってルールで、最初から最後までずーっと入れ替わっているわけではなく、入れ替わったり戻ったりを繰り返します。通常、男女入れ替わりモノは「近隣の知人と……」ってパターンがほとんどなので、居住地の離れた他人と不定期的に入れ替わるケースは皆無でないにしろやや珍しい。異世界のお姫様と何度も入れ替わってしまう『パートタイムプリンセス』が比較的近いかな。「朝起きると体が異性になっていた」というのは「TS(トランス・セクシャル、性転換)」をテーマとする作品では鉄板の導入ですが、いわゆる「フィクション・ジャンルとしてのTS物」を愛好する人にとって『君の名は。』は不満の残る一作かもしれません。「フィクション・ジャンルとしてのTS物」の妙味は「心が男/女のまま体が異性になってしまったことに対する戸惑い」や「徐々に順応して異性的な振る舞いを自然と出来るようになっていく過程」を描き、「性って何だろう?」という意識に到達するところにあると個人的に感じていますが、『君の名は。』だとそのへんのプレミアムな日常シーンをあらかたダイジェストですっ飛ばしていますからね……「テーマ曲を流して『早送りのカッコイイ演出』にするな! 『あっという間に過ぎていく日々』で片付けないでちゃんと細部を描け!」って悲鳴を上げた人もいるはず。私自身は「勿体ないな」と少し残念に思いつつ、同時に「英断だな」と感心しました。そうしないと尺に収まりそうもないし。「男女入れ替わり」は主軸ながら冒頭で一気に観客の興味を惹くためのフックに過ぎず、ジェンダー云々には一切踏み込まない。割り切りが良いと受け取るかどうかは観客の嗜好次第といったところです。

 瀧と三葉が入れ替わり現象に慣れてきたあたりから物語は次の段階に移っていき、あれこれサプライズを仕掛けた末に怒濤のクライマックスが待ち構えているわけですが……典型的な「予告編がネタバレしすぎの映画」ゆえ、後半の展開は七割方読めてしまいます。これは「ふっ、俺にとっては見え見えだったぜ」という自慢などでは決してなく、「ああ……事前情報抜きでこの映画を観たかった……」という嘆きでしかない。幸運にもPVや予告編を一度も目にしたことがないって方はそのまま即座に劇場へ向かってほしい。「まあ、良くも悪くも新海誠だしな」とさして期待していなかったせいで情報封鎖という護身が発動しなかったこの身が恨めしい。予告編観たときに「いろんな要素詰め込み過ぎだろ、まとまるんかいなこれ」と危惧したものの、「切るべきところは切って残すべきところは残す」で結果的にうまくまとまっていました。なんというか、かつてないほどまっすぐで衒いのないストーリー構成です。良い意味での捻りだけ利かせて、悪い方向の捻りはまったく入れていない。新海作品を苦手とする人たちがよく指摘する「自分のセカイに閉じこもっているナルシシスティックなポエム感」も過去最小。ひたすら大衆受けに特化した娯楽長編として仕上がっており、「ワシは新海の濃厚陶酔ポエムが大好きなんじゃ! それをこうも脱臭しおってからに!」と怒って文句を言う人もいるかもしれませんが、そういう人は文句言いつつも結局観に行って要所要所で新海スメルを嗅ぎ取るわけだからつまり誰でもウェルカムな一作です。そりゃツッコミどころは多少ありますが、エンターテイナーとしての新海誠の集大成にして到達点、娯楽分野における新海映画のマスターピースといった趣があることは確か。

 「少年と少女の距離」を意識させる時点で『ほしのこえ』をも彷彿とさせる作品であり、私の中でやっと新海が『ほしのこえ』の衝撃を凌駕してくれた。大々的な宣伝のせいで却って気持ちが冷めている方もおられるでしょうが、なるべくフラットな心理状態でこの夏のうちに(ってもうすぐ終わるけど)臨んでほしいと思います。つーか「この監督、昔エロゲのムービーを作ってたんだぜ」と言っても冗談扱いされて信じてもらえなくなる時代がいよいよ到来してしまった感覚がある。あとこれまで出ていた『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』のノベライズに関してはイマイチ食指が伸びなかったけれど、『君の名は。』はもう即座に買っちゃいました。過去作のDVDやBDも観返したくなったし、こりゃ9月は新海強化月間に突入かな。

【速報】 小川一水さんのSF小説「導きの星」のアニメ化企画が進行中!(まとレーベル@ラノベ新刊情報サイト)

 えっ、『導きの星』!? コミカライズもある『第六大陸』『復活の地』ならひょっとして……と考えたこともあるけど、そっちに関しては完全に予想外だった。『導きの星』は宇宙進出を果たした人類が他惑星の生命体をなるべく干渉しないで支援していくために「C・O(外文明観察官)」という役職を作って「後輩たち」が絶滅しないように導く、『ポピュラス』とか『シムアース』とか『シヴィライゼーション』とかのシミュレーションゲームを小説仕立てにしたような作品であり、滅法面白い。火・製鉄・大航海時代など、文明史を追体験していく感覚が味わえる。作中において観察官が導く知的生命体「オセアノ人」はリスに近い姿をしており、慣用句的な言い回しにも「尻尾」が出てくるなど、地球人類とは微妙に言語感覚が異なっている描写があったりして細部まで心憎い出来栄えです。箱庭系の世界が好きな人は一発で気に入ると思います。オチというかクライマックスの展開で「コレジャナイ」になる可能性もありますが……。

 ついでに作者、小川一水(おがわ・いっすい)についても軽く解説しておこう。1975年生まれ、新海誠(1973年生まれ)とほぼ同年代。当初は河出智紀という筆名で活躍していました。デビュー作は『まずは一報ポプラパレスより』。2年くらい経って筆名を現在の小川一水に変更、今はなきソノラマ文庫を中心にしてSF色の強いライトノベルを次々と送り出す。この時期一部のコアな読者から支持されたものの知名度は低く、パッとしなかった。作品によって出来不出来の差が激しかった頃でもある。2002年に始まった『導きの星』(全4巻)が転機となって、ライトノベル方面からではなくSF方面から注目されるようになります。『導きの星』はハルキ文庫の「ヌーヴェルSFシリーズ」というレーベルから刊行されており、ヌーヴェルSFシリーズはその名の通り「新しいSF」を謳ったレーベルでしたが定着はせず……検索すれば一目瞭然のことながら、僅か十数冊で打ち止めとなった。そもそも『チェンジリング』『カラミティナイト』など、シリーズの2冊目をいきなりこのレーベルにブチ込む強引な遣り口も相俟って購入者側の心象は良くなかったです。カバーデザインがガラッと変わっちゃって、同じシリーズなのに本棚に並べたときの収まりが悪いの何のって。さておき、2003年の『第六大陸』でハヤカワデビューを果たして以降、新鋭のSF作家として認知されるようになった小川一水。彼の作品に興味があって、「まず何を読めばいいんだろう?」と迷っている方には『時砂の王』『老ヴォールの惑星』をオススメしたい。『時砂の王』は300ページ満たない分量の中へ小川一水の個性を余すところなく注入することに成功した、入門書としてうってつけの一冊。未来からやってきた使者が卑弥呼と共闘して「人類の敵」と戦う時間遡行SFです。ハリウッドで実写化するかもしれない、って話もありましたが、現在どうなっているかは不明。『老ヴォールの惑星』は短編集、一つ一つが程良い長さにまとまっていて読みやすい。書き下ろしの「漂った男」は『火星の人』(映画『オデッセイ』の原作)と似た設定ながらまた違った読み口になっており、『オデッセイ』好きの人なら尚の事楽しめるはず。現在の小川さんは全十部から成る大作『天冥の標』に取り掛かっており、開始から7年近く経ってやっと第九部の途中まで進みました。早ければ来年中に完結しそう。

あかべぇそふとすりぃの新作『愚者ノ教鞭』、公式サイトOPEN

 タイトルでなんとなく『悪の教科書』を連想したが、特に関係はなさそう。シナリオライターもinsiderじゃないし。「泰良則充」という新人がシナリオを担当する模様。企画の中島大河曰く「入社していきなり社内ロリコン四天王に名を連ねた期待のロリコンライター」とのこと。あかべぇがロリゲーとは、珍しい気がしますね。規制絡みで頭身はやや高めになっていますが。商業エロゲーでは2005年頃から「五頭身未満のロリキャラはH禁止」というルールが出来上がったため、エロゲーでは全体的に胴や足が長く描かれる傾向にあるんですよね。なので比率がおかしいように見えてもあまり気にしないでくたさい。価格を確認するためグーッと下の方にスクロールしていったら未だに「イベントCG枚数」なんて項目があって「『銃騎士 Cutie☆Bullet』の傷は深いな……」と慄いたり。一応解説しておきますと、2年半ほど前にあかべぇ系列から発売された『銃騎士 Cutie☆Bullet』というソフトのCG枚数が差分抜きで35枚しかなかった(追加パッチを当てても37枚)ことから炎上騒ぎに発展したんです。以降、あかべぇ系列では発売前からあらかじめイベントCG枚数を発表するようになったんですが、その習慣が現在も続いちゃってるんですね……今回は税抜6800円のミドルプライスなのに銃騎士よりもCG枚数が多いみたい。ストーリーに関してはまだよくわからないから、もうちょっと様子見かな。

【朗報】 ラノベ「R.O.D」の新作アニメ制作が検討中!(まとレーベル@ラノベ新刊情報サイト)

 倉田英之は制作プロダクション「スタジオオルフェ」に所属する脚本家であり、数多くのアニメに関わってきた人だから「『R.O.D』の再開もアニメ企画含みかも」という予感はないでもなかった。しかし、なにぶん『R.O.D』は16年も前に始まったシリーズで、ここ10年くらい原作の新刊が出ていなかった(『R.O.D REHABILITATION』というスピンオフ漫画は出ている)から難しいだろうな、とも感じていました。ちなみにスーパーダッシュ文庫の作品は『R.O.D』以外に11個がTVシリーズ化しています(『電波的な彼女』はOVAのみ)けれど、その中で2期が来たものは一つとしてありません。『紅』と『パパのいうことを聞きなさい!』が漫画版や原作の特典としてOVAを制作した程度。『R.O.D』の新作アニメがOVAなのかTVシリーズなのかは不明だが、もうすぐ完結する(本当に? という疑念はまだあるが)ことを考えると労い的なOVAの方が妥当かな。いや深刻な弾不足に陥っているダッシュエックス文庫なら『R.O.D』に縋りついてTVアニメへ押し上げても不思議ではない。『R.O.D』は10年以上前にOVAとTVシリーズが制作されていますが、実はどちらも原作から独立した内容だった(原作自体があまり進んでいなかったせいもある)ので、ファンにとって悲願の「原作に忠実なストーリーでのTVアニメ化」というコンマ数パーセントの可能性も捨てきれない。果たしてどうなることか。

 そういえば、完結に向けて『R.O.D』の既刊をちょこちょこと読み直しているところですけど、やっぱ面白いですね。下手するとリアルタイムで読んでいた頃より楽しんでいるかもしれない。当時は「文章があっさりしていて少し物足りないな」という感想だったんですが、好みが変わったのか「これくらい簡潔でさっぱりしている方がちょうどいい!」と満悦しています。まだ「ライトノベル」という呼称が普及する以前の作品だから作中では「ジュヴナイル小説」「ジュニアノベル」等の表記になっていて時代を感じる。

・拍手レス。

 ゴジラVSガメラは逆にやってほしくないですねー。どっちが勝っても両方のファンの間で荒れるの予想できますし
 仮面ライダーみたいに投票でエンディングを決める方式でもやっぱり荒れそうではある。でも観たい。

 虚淵ゴジラの情報を聞いて、まどか☆マギカの脚本の初期稿でのワルプルギスの夜が、虚淵氏のイメージでは完全にゴジラの姿だったというエピソードを思い出しました。なので、もしかしたら虚淵ゴジラはまどか☆マギカと話がリンクするのではと一瞬考えてしまいました。
 そういえばまどか☆マギカの新作はどうなってるんだろう……企画が動いている、って噂はありますが。時期によってはゴジラ対エヴァンゲリオンみたいなノリで「ゴジラ☆マギカ」コラボとか本気でやりかねん雰囲気を感じる。


2016-08-19.

ゴジラ:初の劇場版アニメに! 「まどマギ」虚淵玄の脚本で17年公開(まんたんウェブ)

 18日に本人のツイートで「実は16ヶ月に渡ってこっそり仕込んでた新作が、いよいよ明日に告知解禁。正直なとこ自分でも……つかもう決定稿納品した後だってのに……未だに信じがたいビックリ企画です」とあり、「すわ虚淵ガンダムか」と色めき立っていていたら、GはGでもゴジラだったよ! 「獣になりなさい。 誰もが恐れる獣に」というエピグラフめいた囁きとともに幕が上がり、一人の少年が夜道で妖しい美女に血を吸われるシークエンスから始まる。翌日剽げた男に頸動脈を掻き切られて死に瀕した瞬間に全身の細胞が超活性化し糾血殲鬼ヴェドゴジラとして覚醒、BGMは当然「WHITE NIGHT」。成す術もなく蹂躙される人類、打つ手なしかと絶望に沈む間際で立ち上がる濤羅の大哥(見た目は○○)! 汎用人型サイバネティクス兵器「鬼哭鎧」に搭乗して六塵散魂無縫拳を繰り出しヴェドゴジラと格闘戦を繰り広げるも倒し切れず、オルゴールの鳴り終わるタイミングで両者同時に放射熱線と双撃紫電砲を撃ち合って相討ち気味に消滅、廃墟と化した街に降り積もる雪を眺めながら「灰は灰に、塵は塵に」と口ずさむ東欧風の年齢不詳美少女、終末世界で馬を乗り回し逞しく生き延びるアバズレたちをスクリーンに映して「終」。星を抱きしめる巨大な沙耶をバックに小野正利といとうかなこのデュエット響かせながらエンドロールが流れるわけですね、わかります。

 くだらんジョークはさておき。16ヶ月前ということは、2015年の4月頃ってことですよね。その頃から仕事に取り掛かったのだとすれば、オファーはもっと前。でじたろうによると「ゴジラのお話を頂いたのは2年前」だそうだから、2014年か。ギャレゴジことギャレス・エドワーズ監督の『GODZILLA ゴジラ』が公開された年です。あれが世界的にヒットしたことから持ち上がった企画だと思われる。整理しておきますと、『シン・ゴジラ』に関して東宝のプロデューサーが庵野秀明に話を持ち掛けたのが2013年1月末。庵野が樋口真嗣と組んで作った『巨神兵東京に現わる』(2012年、エヴァQと併映されたアレ)をキッカケにした縁で打診されたものの、当初庵野は難色を示す。しかし周囲から説得されて乗り気になり、同年3月に正式なオファーを受ける。脚本作業に難航し、プロジェクトそのものに支障が出そうなほど遅れた(准監督・特技統括の尾上克郎曰く「最終決定稿が印刷されてきたのはクランクインの4日前」)が、2015年8月から撮影に入り同年10月に撮影完了。つまり、虚淵ゴジラの企画はまだ庵野がシンゴジの脚本を書いていた頃に発注され、役者を集めて撮影に入るよりも前の段階から虚淵がアニゴジの脚本に取り掛かっていた、ということになる。察するまでもなく、シンゴジとは完全に独立した別個の作品になりそうな雰囲気です。「あれはあれ、これはこれ」ってふうに。うーん、それにしてもニトロプラスがゴジラ企画に関わるなんて、デモベでぶいぶい言ってた時期ですら想像つかなかったな……北村龍平を監督に起用した過去と比べれば東宝的に「冒険」ってほどのことでもないが。

 実のところゴジラがアニメ化されるのはこれが初めてではない。「ハンナ・バーベラ版」と呼ばれる『Godzilla』(ゴジラが目からビームを出す)が1970年代後半に、ローランド・エメリッヒが監督した『GODZILLA』の続編に当たる『Godzilla: The Series』(エメゴジ本編よりも評価は高いが知名度は低い)が1990年代後半にアメリカで放送されている。日本でも『すすめ!ゴジランド』という教育ビデオ用のSDアニメがあったらしい。「劇場版アニメとしてのゴジラ」はこれが初となりますし、前3作は子供向けの色合いが強いので「大人もターゲットに含めたゴジラアニメ」は恐らくこれが最初になるでしょう。まだ詳細は出ていませんが、近未来を舞台にしたフルCGアニメになるのかな? これが呼び水となって鋼屋ジン脚本の『デモンベイン VS ゴジラ』が実現するかも、と妄想しています。コラボくらいはマジで可能性ある。2016年の『シン・ゴジラ』、2017年の虚淵ゴジラと来て、ハリウッド版のゴジラも次回作と次々回作が進行しているからゴジラブームはまだ当分続きそうだ。ただ、ハリウッド版のゴジラ(製作がレジェンダリー・ピクチャーズなのでレジェゴジとも称される)は前作の監督を務めたギャレスが降板してしまって、次の監督も決まっていないみたいだから制作は遅延している模様。もともとは2018年6月8日に全米公開と告知されていたが、今は「2019年3月22日公開予定」となっています。2020年には『ゴジラVSキングコング』の公開も予告されており、更に具体的な時期は不明ながら『パシフィック・リム3』にもゴジラのゲスト出演がほぼ内定しているという。『ファイナルウォーズ』が興行的に失敗したせいで長く冬の時代が続いてきたゴジラにもいよいよ春が来るか? 勢いづいて『MM9』の山本弘によるゴジラや『ウルトラマンF』も書いた小林泰三によるゴジラも出してほしい。そして行く行くは『ゴジラVSガメラ』をやってくれ。いや、ジョーク抜きでだんだん実現しそうな気がしてきたぞ、『ゴジラVSガメラ』。これが3年前とかだったら鼻で笑われていただろうけど。

ハイクオソフト新作「面影レイルバック」が発売延期。9月30日から2016年冬発売予定へ(つでぱふ!)

 どうせそんなことだろうと思って予約は入れておりませんでした。9月は注目作が多いから「助かった」という気持ちがないでもないが、やっぱり恒例の延期連打をかまされるとウンザリするな。そろそろ「見送っていいかも」という気分になってまいりました。ま、忘れた頃に発売しているでしょうよ。

・拍手レス。

 され竜のアニメ化にびっくりして感想を見に来たら宮城さんが降板していたと知って2重にびっくりした
 降板は悲しかったが、シリーズが続いたことはよかったかな、と。アニメのキャラデザはざいん基調で行くのかしら。


2016-08-18.

【速報】ガガガ文庫のラノベ「されど罪人は竜と踊る」のアニメ化企画が進行中!(まとレーベル@ラノベ新刊情報サイト)

 遂にこの時が来てしまったか……『されど罪人は竜と踊る』、略称「され竜」は浅井ラボの代表作であり、デビュー作も含んでいる。異世界を舞台にした剣と魔法のファンタジーですが、中世ヨーロッパ風ではなく銃や車が普及する程度には文明が発達している。魔法(作中の用語では「咒式」)もオカルトな秘法という扱いではなく「プランク定数に干渉して局所的に物理法則を変異させる」技術として社会に根付いており、単にゲーム的なノリって言うよりもベニ松WIZの「ティルトウェイトは異次元で引き起こした核爆発の火炎と衝撃波のみこちらの世界に引っ張り出し、放射性物質やら何やらは向こうの世界に廃棄する」みたいな理屈付け感覚が徹底している。このため設定が非常に細かいものとなっていて、アニメ化のし辛さでは『境界線上のホライゾン』並みと目されていた。やるとなったら相当なカロリーが必要になるだろうから、どこの制作会社も尻込みするだろうと。しかし、スニーカー時代から一定の人気を誇り続けているシリーズだったので、「いつか弾がなくなったら映像化の話が持ち上がるだろうな」とも見られていました。

 「スニーカー時代」も含めてザッと解説しましょう。され竜の刊行開始は2003年1月、副題も何もないただの単なる『されど罪人は竜と踊る』としてスニーカー文庫から出版されました。第7回スニーカー大賞「奨励賞」受賞作で、応募時は「罪人」ではなく「咎人」、つまり『されど咎人は竜と踊る』というタイトルでした。ちなみに第8回スニーカー大賞「大賞」受賞作は言わずと知れた『涼宮ハルヒの憂鬱』であり、され竜発売からほんの4ヶ月後くらいに刊行されている。そうなんですよ、実はハルヒよりも古いシリーズなんですよ、これ。ガユスとギギナ、男ふたりのコンビが様々なトラブルに巻き込まれては死に物狂いで切り抜けるバディ物で、両者の繰り広げる饒舌な掛け合いが特徴。私もなんだかんだでハマりましたが、1巻目は正直ちょっとキツかったですね……読んだ当時に引用した文章をもう一回引用しますと、

 その両掌の中の、魔剣ネレトーの回転式咒弾倉が咒弾開放の火花を吹く!
 ギギナの発動した生体強化系咒式第五階位 <金剛鬼力膂法(バー・エルク)> により、筋肉繊維の遅筋にグリコーゲン、速筋にグルコースとクレアチンリン酸が、両方にアデノシン三燐酸と酸素を送り込み乳酸を分解、ビルピン酸へと置換。脳内四十六野と抑制ニューロンによる筋肉の無意識限界制動を強制解除する。同時に甲殻鎧の各部を締める螺子を弾き飛ばすほどに、瞬間的に筋繊維容量が増大する。
 脚部の大臀筋、中臀筋、大腿四頭筋、縫工筋から下腿三頭筋が。
 胴部の大胸筋、前鋸筋と外腹斜筋と腹直筋が。
 背中の大菱形筋、広背筋、僧帽筋が。
 肩の三角筋、腕部の上腕三頭筋、上腕二頭筋が。
 全身の約四百種類六百五十の強化筋肉が限界まで膨張。そして超人化した全身の筋力が生む剛力を束ね、竜の下顎に刺さった屠竜刀に一点収束、前方へ振り抜くっ!

 こんな調子ですよ。さすがに2巻以降はもう少しこなれて読みやすくなっていきますが、ここで挫折する読者も珍しくなかった。慣れてくると苦痛は抜けてくるし、2巻以降は様々な情勢が加速的に変化していく。大作アクション映画のような派手さとB級アクション映画のようなマニアックさが混ぜ合わされた白熱の展開も目白押しです。2冊目の『灰よ、竜に告げよ』はシリーズでも一、二を争う面白さですので、もし興味があるなら最低限そこまでは読み進めてほしいところだ。スニーカー文庫から出ていた時代は長編作品が少なく、『されど罪人は竜と踊る』と『灰よ、竜に告げよ』以外は『くちづけでは長く、愛には短すぎて』『そして、楽園はあまりに永く』だけ。しかも「くちづけ〜」と「そして〜」は前後編のようなもので、まとめて一つのエピソード「アナピア編」と成っています。他に出ていた『災厄の一日』『追憶の欠片』『まどろむように君と』『Assault』はすべて短編集。当時は“ザ・スニーカー”というラノベ雑誌がまだあったから、そこに発表された作品を適宜集めて収録する感じでした。『Assault』は過去編に当たる一冊でして、ガユスとギギナが所属していた「ダラハイド咒式事務所(所長の名前がジオルグなのでジオルグ事務所とも呼ばれる)」の黄金時代というか蜜月時代を綴る。2006年に刊行されたこの本を最後に、角川との蜜月も終わった。様々なトラブルから編集部との関係は急速に悪化。2年間に渡ってされ竜の新刊が出版されないという、ファンにとっての暗黒期へ突入する。険悪な関係は解消されず、2008年にラボは小学館のガガガ文庫へ移籍。『されど罪人は竜と踊る Dances with the Dragons』のタイトルでまた最初から書き直すことになりました。ストーリーは大きく変わっていませんが、新キャラが追加されたり、文章が細かいところまでリライトされていたりなど、読み口がだいぶ異なっている。ファンの間でも「文章はスニーカー版の方が良かった」「いやガガガ版の方が」みたいな議論になることがあったりなかったり。特に2巻は「ページをめくった途端に……」というスニーカー版の仕掛けがガガガ版ではなくなっていてガッカリ、という声も。

 文章の違いが気になるくらいハマったらスニーカー版とガガガ版を読み比べてみるのも一興ですが、ただストーリーを追いたいだけなら現行のガガガ版のみ目を通せばOKです。ややこしいことにスニーカー版とガガガ版では巻構成が異なっていて、「スニーカーの○巻がガガガ版の○巻」ってふうに逐一対応しているわけじゃないんですよね。1巻と2巻はどっちも一緒なんですが、ガガガ版の3巻と4巻は当時のファンにとって待望だった書き下ろしの完全新作長編で、スニーカー版にはまったく存在しなかったエピソードが紡がれている。ガガガ版の5巻と6巻は短編集ですが、書き下ろし新作が追加されたり文庫未収録作品(ザスニに掲載された後ずっと放置されていた短編)が拾われたりしています。ガガガ版の7巻と8巻が『くちづけでは長く、愛には短すぎて』と『そして、楽園はあまりに永く』、つまりアナピア編のリライト。9巻からまた書き下ろしの完全新作長編が始まります。『Assault』は0.5巻として11巻と12巻の間に刊行されました(書き下ろしの追加章あり)。そしてスニーカー時代からイラストを担当してきた「宮城」(『六花の勇者』も手掛けている人)は13巻を最後に降板、イラストレーターが「ざいん」に交代となった14巻から第二部へ突入する。この14巻が2014年9月刊行だから、もう2年近く前か。最新刊は今月もうすぐ発売される18巻。第二部は積んでいるから全然読んでいませんが、巻数的にそろそろアニメ化か完結の話題が出てくるだろうな、という気配を感じていました。過去にコミカライズやドラマCD化もされておりメディアミックスの経験がないでもなく、ある意味で順当な結果とも言える。余談ながらコミカライズ版を描いたのは『応天の門』の灰原薬です。

 蓋を開けてみたら原作の初回限定版に付いてくるOVAでした、となる可能性も捨てきれないが、もしTVアニメ化だとしたら……アナピア編とか「何が出るかな♪」とか一体どうすんだよ、無理だろ。エログロのレベルは平井和正や菊地秀行が流行っていた頃の伝奇バイオレンス並みで、胸糞悪かったり遣る瀬無かったりする読後感を売りとしている話だけに、規制やら何やらを考慮しながらシリーズ構成するのは甚だ困難だろうな。まぁもしTVシリーズだとしても範囲は1巻+短編いくつか、あるいはせいぜい2巻あたりまでか? よほどヒットしない限り本格的にヤバいところはやらないはずだ。クドクドと並べ立ててはみたが、「結局お前はされ竜のアニメに期待してんのかしてないのか、どっちなの?」と訊かれたら……「あんまりしてない」ってところです。咒式戦の攻防って解説抜きで映像にすると何が何だかわからないだろうし。でも、やっぱり動くガユスやギギナは観たいな、という気持ちもあって複雑。「刃の宿業」がアニメ化されるんだったら即座に態度を豹変させる用意がありますけど……

 トリニトロトルエンを鞘の内部で炸裂させ、秒速六九○○メルトルという高速の爆風を放つ。鞘の内部で圧縮された爆風の力を刃に乗せて放つと、気温十五度下では秒速約三四○メルトルという音の速度すら遥かに超える一刀となる。

 爆炸刀! 爆炸刀!

『コップ・カー』という映画を観た。

 タイトルは警察車両、要するにパトカーのことです。ケヴィン・ベーコン主演。家出のつもりで遠出してきた10歳くらいの少年ふたり、森の入り口で無人のパトカーを見つけたものだからサア大変。度胸試しにちょんとタッチして猛ダッシュして帰ってくるぐらいはまだ可愛いものだったが、ドアの鍵が掛かっていなかったこと、車のキーが中に置きっぱなしだったことから、調子こいて運転し始めちゃった! という「クソガキが騒ぎを引き起こす」系の映画なんですが、そもそもなんで人里離れた森の近くに無人のパトカーが駐まっていたのか? って疑問が当然湧いてきますよね。ここから少し時間が遡って、ケヴィン・ベーコン演ずる保安官(役名はミッチ・クレッツァー)がパトカーから降りてくるシーンに移る。ネタバレですが、このケヴィン・ベーコンはかなりの悪徳保安官で、どうもシャブの取引にまつわるトラブルから売人か何かの兄弟をブッ殺してしまったらしい。死体を森に捨てるためパトカーを駐車していたわけだ。「どうせこんなところ、誰も来ないだろう」とタカを括ってたんでしょうね。一つ目の死体を捨て終わったところで戻ってみたらパトカーがなくなっていることに気づいて茫然、ってわけです。クソガキどももいい加減「自分たちが相当ヤバイことを仕出かしてしまっているのでは」と悟り始めた頃、トランクに積まれた「もう一つの荷物」の存在に気づいて……というふうに話が転がっていく。

 『スタンド・バイ・ミー』っぽいどこかノスタルジックな雰囲気から一気にクライム・サスペンスの世界へ暗転する、鮮やかなストーリーテリングが際立つ風変わりな映画です。クソガキどもを乗せたパトカーが街に繰り出して大騒動が巻き起こるのかと思いきや、そこまで大事にはならなかった。ほんの数名の主要人物たちだけでストーリーが進行していくあたり、何となく舞台劇めいた感触。ド派手なハリウッド映画に慣れている人だとスケールの小ささに戸惑うかもしれませんが、「こういう要素を絞り込んだ限定的な作劇も面白いなぁ」って感銘を受ける方もおられるでしょう。ラストが悪党同士の殺し合いに収束していく点は少しありきたりだと思いましたけど、その後も二転三転して飽きさせない。90分ないくらいでサクッと終わりますし、ちょっとした空き時間に観るのにちょうどいい一本。しかし、エンジンが掛かった瞬間に思わずビビって逃げ出しちゃうシーンとか、「アメリカのクソガキも日本のクソガキと大して変わらんなぁ」としみじみ思ったり。話の都合で動かされる模造クソガキではなく、「あーあー、本当にいそう、こんな奴ら」って頷きたくなる立派なクソガキ像で大変素晴らしい。ケヴィン・ベーコンが好きな人にとってはケヴィン映画として、そうじゃない人にとってはクソガキ映画として印象に残りそうです。

・映画と言えば『HiGH&LOW THE MOVIE』も観てきた。

 一言で表すなら「『猿の惑星』と『MADMAX』を足して邦画的な演出で割った一本」。チケット買うときにうっかり『LAW & ORDER』と言いそうになるくらい関心の薄い私がなぜわざわざ観に行ったのか。それは「予告編でなんかルーレットみたいなタイトルの映画があったけどさ、キャスト多すぎて何が何だか全然わけわからんかった」って白痴めいた感想を述べる私に懇切丁寧に基本設定を解説してくれた人がいて、その方の情熱に押されて「いっぺん観てきてもいいかも」とつい翻意しちゃったんです。7月16日公開だからもう1ヶ月近く経ってるし、空いてるかと思って映画館に行ったけど、結構混み合っていて「人気あるんだなぁ」と驚きました。パッと見ながら半分以上が女性客って感じでしたね。冒頭の見せ場としてイケメンがドアップで見得を切るシーンが入っており、「ああ、歌舞伎みたいな感覚で受容されているんだな」と納得したり。内容としてはTVドラマの続編なので映画単体として評価することは難しいが、「基本設定を呑み込んだうえで」「いくつかの点に目を瞑れば」充分楽しめる代物だと思う。

 『HiGH&LOW』は深夜帯に放送されたTVドラマ(1期と2期)を中心とするメディアミックス作品で、『クローズ』みたいに治安の悪い街で不良グループがひたすら喧嘩に明け暮れているという大枠自体は「よくあるヤンキー漫画」のノリなんですが「主人公に当たる人物が存在しない」『獅子の門』じみた群像劇特化の構成が特徴。映画ではコブラが比較的主人公に近いポジションにいるが、出番はあまり多くない。最初に基本設定をおさらいしておきましょう。まず「ムゲン」というチームが街の全域を統一・掌握していました。この「ムゲン」は琥珀と龍也のふたりから始まったバイク集団で、「相棒と走り回るこの時間がいつまでも続けばいい」という願いから無限(ムゲン)のチーム名を冠している(永遠の刹那さん……)。しかしその願いは儚く、龍也の死をキッカケにムゲンは解散へ向かっていく。無二の相棒を喪ったショックから琥珀は街を去った。ついでにたった二人でムゲンの支配に逆らっていた「雨宮兄弟」も姿を消しますが、この連中に関しては次の劇場版でクローズアップされるみたいなので今回は無理に覚えなくてもいい。で、空白地帯となった街はお定まりのように群雄割拠する修羅の巷と化します。最終的に5つの不良グループによって分割された街は、それぞれのチーム名「山王連合会」「White Rascals」「鬼邪高校」「RUDE BOYS」「達磨一家」の頭文字を取って「SWORD地区」と呼ばれるようになる。五大グループは抗争を繰り返しつつも均衡を保っていたが、ムゲンの元総長である琥珀が区外の兵隊を引き連れて帰還し、SWORDすべてを潰そうと動き出す……。

 つまり今回のTHE MOVIEは「伝説のチームのTOP」である琥珀がラスボスとして君臨し、共通の敵を見出した五大グループは互いに手を取って闘う――といったストーリーになっています。ドラマ版で争い合っていた不良たちが一時休戦して連合軍を組む、ってあたりが劇場版の見所なわけだ。ネウロイと戦うために国境を越えて協力するウィッチーズみたいな感覚だろうか(たぶん違う)。「『ゲーム・オブ・スローンズ』『境界線上のホライゾン』よりはマシ」程度の凄まじい大人数ゆえ、個々のキャラクターに関して語っていたらキリがないです。というか覚え切れなかった。何せ公式サイトのキャスト紹介には70人くらい載っていますからね。観ていて「こいつ誰だっけ?」ってなることがしばしば。ROCKYとICEを混同しそうになったこともあったし、村山とスモーキーも辛うじて服装で判別している有様だった。関係ないがツンデレの轟には萌えた。公式の人物相関図は結構役に立ちますが、あくまで「観ながら」ないし「観た後に」役立つのであって、観る前に眺めてもサッパリ把握できないと思います。把握できないと面白くないのかと申しますと、実はそれほど支障もない。前述した通り、『猿の惑星』や『MADMAX』みたいな「個が群の一部に還元される」混沌渦巻く荒廃した世界を邦画テイストで紡いでおり、「邦画はダメ! アレルギーが出る!」って人でもなければどこかしら楽しめるポイントは見出せるはず。大乱闘!SWORDブラザーズと言わんばかりに入り乱れるクライマックスは圧巻です。あらゆるところで各チームのテーマ曲が流れるなど「マンガチックなケンカ・ファンタジーを描くお祭りムービー」としては豪華なつくりで飽きさせません。それにしてもこの街、治安が悪すぎというか、よく成り立っているもんだな。『暁の護衛』の「禁止区域」みたいなスラム街(「無名街」というらしい)もあるし……漫画誌で言うと完全にチャンピオンのノリです。

 無名街が爆破される冒頭のシーンは「掴み」として充分だし、クライマックスのSWORD連合軍が総出撃する場面もテンションMAXで盛り上がる。しかしながら、「説明的なセリフが多すぎる」ことと「ラストで泣かせようと執拗にクサい演出を入れる」ことは鼻に付いた。誰がどう見たって龍也は復讐を望むような人物とは思えないから、「龍也は復讐なんか望んでいない!」って当たり前すぎる事柄をわざわざセリフにしてキャストに言わせる必要は微塵もない。なのに龍也の妹にそのセリフを言わせた挙句、ダメ押しのように涙まで流させる。ここまでしなくてもメイン客層の理解は充分追いつくでしょう。ラストに向けてのクサい演出連打も辟易することしきり。泣かせなきゃ、感動させなきゃ、という強迫観念をいい加減に捨ててほしい。やりすぎて完全に間延びしている。特に回想の長さが半端ではなく、「あれはトイレ休憩用だから」という意見に納得するしかないレベル。細かいところではアレですね、ソファに座っていた九十九が「すべてが終わったら琥珀に渡してほしい」みたいなこと言ってコブラにキーを投げ渡すシーン。直後にソファから立ち上がってコブラの肩を叩きながら去っていくわけですが、そんな近距離を通り過ぎるなら直接手渡ししてもいいだろ! たぶん「投げ渡す方がカッコイイから」という理由でああしたのだろうが、それなら立ち去るシーンはカットするべきだった。路線や素材そのものは悪くないのに、あちこち刈込が足りなくていささかモッサリした印象が残る映画でした。

 けど、なんか妙に中毒性のある作品でもあって、観終わった直後はそんなにでもないのに数日するとまた観たくなってくる。予告でも使われている「SWORDを潰してくだサァイ」とか、ボンネットをカウチにして「SWORDの祭は達磨通せや」とか、発生可能上映したら盛り上がるだろうな〜ってシーンもあります。不満点はあるにせよ、全体として是か否かで言ったら是ですね。雨宮兄弟がメインになる次回作『THE RED RAIN』では回想シーンばっさり削ってモッサリ感の解消を成し遂げてほしい。雨宮の失踪した長兄「尊龍」を捜す中で陰謀劇に巻き込まれる、って話になるらしい。尊龍……どうしても『TOUGH』の尊鷹を思い出してしまうな。あっちも三兄弟だったし。

・拍手レス。

 >法廷物と言えば「二転三転する状況」「曲者揃いの弁護士・検事・被告人・証人・裁判官・陪審員」「明らかになっていく真実と、その裏に秘められた人間ドラマ」「繰り出される奇抜な法廷戦術」「あっと驚くようなどんでん返し」などの要素 逆転裁判シリーズですね分かります
 そういえば逆裁も実写映画化してましたっけ。リーガル系はランキン・デイヴィスの『デッドリミット』も傑作。そろそろ復刊されないかな、あれ。

 驍勇、面白かったです。紹介感謝。あわむら赤光さんと言えば、個人的にはデビュー作の無限のリンケージが好きですね。SF・スポーツ・バトルという要素が人を選ぶかもしれないけど。今見ると主人公の表紙率も高い(4/5)し、桃色表紙が苦手な層にも、ひとつ。
 驍勇は2巻が来月発売予定ですね。3巻以降も出そうで安心して買える。『無限のリンケージ』はもし今やってたら5巻まで出せたかどうか微妙だったろうな……全然別の作者ですが、『仮面魔女の解放戦記』あたりはハラハラしながら2巻を買いました。あとがき読むの怖くて積んだままだけども。

 ピュアコネクト5分だけでもやってほしいです。シナリオらしきものがなく、CGもBGMも格別優れているわけではないと思うのにテキストだけで高評価されているのはだてじゃないと思うので。
 とりあえずインストールはしとこうかな。今はふと思い立って『モエかん』再プレー中。改めてやってみると無茶苦茶極まりない設定なんですが、やっぱり面白い。ずっと積んだままだった『モエカす』もやっと崩せそう。



管理人:焼津

※当サイトはリンク&アンリンク・フリー。