彼女が手に執るは大罪の鋼
彼女が銃弾は然るべき報酬

彼女こそは獣の法の背教者
ベスティア・ネラ


「デモンベイン」アナザーストーリー
Wind渦ヴィジュアルノベル

獣火の叛旗


脚本:鋼矢尻
CG:鰊


少女は歌う。
「The beast must die」


雨に煙る路地裏。あたりは薄暗い。
立ちはだかる大男と少年の影に向かって、
拘束具に縛されたままの少女が嘲笑い囁く。
「権利をあげる。君たちに『死ぬ』権利を、『殺される』権利を。
……この雨と火と鋼に踊れ、獣の走狗たち」
少年の影が揺れた。
「はっ、暴れん坊のふりした甘えん坊が愉快なジョークをほざきやがるぜ。
どうせ弱ってんだろうが。ちゃっちゃっと嬲っていたぶって確保してやらぁ」
「油断ハすルナ、クラうディウス」
「うるせぇ、さっさとカタしゃいいんだよ、カリグラ!」
鋭利な風をまとった少年が飛び掛かった。
少女は避ける素振りもなく立ち尽くす。
荒れ狂う気圧の刃が拘束具と、その下の膚を切り裂いた。
肉片が撒き散らされる。
鮮血が舞う。
赤い飛沫が雨と混じり、少年に降りかかった。
表情ひとつ変えぬまま、少年は風で血飛沫を弾く。
払拭された赤いカーテンの向こう側には、肉塊となった少女がいる。
「ある」のではない。
「いる」のだ。
確実な存在感を有したままで転がっていた。
肉屋の店頭に並べられるほど細切れにされた身体が、急速に復元されていく。
みちみちと挽肉を捏ねるような音が絶え間なく響いた。
崩れて骨と髄を晒していた足が元に戻るや、少女はすぐさま立ち上がった。
何かを口ずさみながら、左右の手で別々の銃を抜き出す。
目前の少年と、その背後にいる大男に照準し、肩と肘を固定した。
その銃に怒ったのか。そそられたのか。怯えたのか。
大男と少年は示し合わせたように同時に襲い掛かった。
大男はまっすぐ前方から、少年は不規則な軌道を描いて斜め背後から。
少女は慌てない。騒がない。静かに、腕を振った。
真っ直ぐ伸ばされた赫い歓喜──クトゥグアが吼え、
肩越しに背後へ向けられた蒼い怜悧──イタクァが冴える。
銃弾が前後の影それぞれに発射された。
「いあ、いあ、はすたぁ!」
デタラメな線を描く銃弾を、少年は正確な風の刃で落とした。
「ガあアアアアあア!!」
大男は霞んで見えるほどの豪速の拳で銃弾を迎え撃つ。
爆音。
二つの攻撃は無に帰された。
だが、少女は委細構わず──
胸の前で左右の腕を十字に交錯させて、もう一度撃った。
それぞれに、さっきとは別々の銃で。
「くあっ!」
少年の風は貫通力の強い弾の威力を殺し切れず、肩に被弾し。
「ギイイイアあアアッ!!」
大男の目は変則的な動きを見せる弾を捉え切れず、眼球に被弾し。
無傷で雨の中に立つ少女を挟み、悲鳴を挙げた。
悲鳴は長く尾を引かない。即座に怒号へ変わった。
「っテメぇ、殺す!」         「コロす!」
殺意にサンドイッチされながら、少女は快活に声を張った。
「『殺す』んじゃない、『殺される』んだ、君たちは!」
銃声が、連続した。


「嗤え、ガルバ、オトー、ウィテリウス!」
左・右・前。三つの方向より三つの咆哮が這い寄る。
少女は無造作に撃つ。右手のオートマチック。
轟音とともに前方の人面疽が砕け、霧と化す。
男に向かって疾走る少女を左右から凶気が挟み込む。
「無駄だよ、無駄というものだよ、暴君。余さず死に給え」
懐に飛び込もうとする少女へ、ステッキがドリルの如き唸りを上げる。
そして突き込まれたステッキの先端が少女の目隠しに触れたとき。
「『好き嫌い』の権利はあげない。残さず死ね」
細い腕が凶気を掻い潜り、男の首筋に銃口の接吻を見舞った。
撃つ。
男の身体が跳ねる。
おおお……
左右から凶気が襲い来る。
銃を男の首から離し、左右それぞれに二つの銃を向ける。
同時に撃つ。同時に当たる。
「ネ、ロ……!」
男が自分の血で赤く汚れた手を伸ばす。
一方の銃を男に向け直し、再び撃った。
「容赦なんかない」
胸に大穴が空き、肉片が地面にぶち撒かれる。
たたらを踏むように二歩、三歩と後退した。
追うように前進しながら、もう一方の銃も男に向ける。
二つの銃が横に並び、双眸の如き銃口が男を睨みつけた。
「仮借なんかない」
同時に撃つ。一方は腹部を砕き、もう一方は頭蓋を砕いた。
それでも少女の指は止まらない。
吹っ飛ぶように下がる男の身体を追って追って追い、
撃って撃って撃って撃ち、撃ち尽くすまで──
熱い弾雨を注ぎ込んだ。
二連の銃口から硝煙が棚引いた。
男の姿は掻き消え、地面に赤い模様だけが残された。
両手の銃をくるくる回し、少女は退屈そうなため息をついた。
「はぁ、所詮は陰謀しか能のない奴か」
「ははは、そうでもない、そうでもないのだよ、暴君」
背後から響く哄笑に、少女の手が跳ねた。
バック・ハンドの要領で銃床を声のした方へ叩き込む。
男はステッキをぶつけ、銃を止めた。小さく火花が散った。
「で、終わりかな? 終わりかね。ふむ、そうだ、終わりだとも」
血に汚れた形跡もない、真っ白な手袋が少女に伸びる。
「君はここで終わるべきさ」


左前方に、男の手より落ちた刀が月の光を受けながら転がっている。
あたかも闇の中に輝く獣の眼。
牙と爪を隠そうともしない獰猛な本質が瞬く。
少女はそれを拾い上げた。
「銃を捨て、敵と同じ得物で挑むか。まったく愚かな」
男は空気を掴むように、何もない場所へ手を伸ばした。
「斬り刻まれ、すべてを呪いすべてを悔みながら、囚われろ」
臓腑をえぐるような水っぽい音とともに虚空より刃が生じる。
銀一閃。夜に一筋の光を残して、新たなる刀が男の素手に握られた。
切っ先を油断なく少女に向ける。
猿轡(ギャグ)の向こうからくつくつと忍び笑いが漏れた。
「呪う? 悔む? いらないなぁ、そんな権利は。
っていうか、誰が銃を捨てるなんて言ったの?
刃と弾、鋼と鉛、交じらせてこそ血の華が咲くってもんよ」
柄を握り、掌の中で転がすようにして持ち替え、構えた。
試すように一閃、二閃、空を薙ぐ。
銀十字の残光が宵闇に走った。
気に入ったように鼻を鳴らすと、構え直す。
銃と刀を左右の手に振り分けて構えた少女の姿はひどく不恰好で喜劇めいていた。
その身から湧き上がる闘争心が冗談に見えるほど、嘘臭い。
「痴れ者めが……せいぜい逆らってみろ」
足の裏で地面を滑るように接近し、両の刀で少女の腹を切り裂こうと閃かせる。
流れる銀光を少女が一本の刀で堰き止めた。
絶妙なタイミング。絶好のチャンス。
逃さず空いた手で撃った。
狙うは眉間。
「フッ」
首の振りだけで躱される。
男は少女の腹を蹴って吹き飛ばした。
バランスを保ち、辛うじて倒れずに踏みとどまる少女。
けほっ、と空咳ひとつして。
口の端を歪めた。
「まだまだ、これからたっぷりと教えてあげる。
暴君にとって銃と刀の法とはなんぞや、ってことをね」


「蛆と蠅! 死屍を貪る者ども! 血と腐肉の伴侶!」
朗々たる声に無数の羽を擦る音が追随する。
血をこびり付かせた古髑髏が余裕を滲ませ言葉を継ぐ。
「その数、銃弾の比などではないわ。適う道理が元よりないのよ。
おとなしく沈黙なさい暴君、死なない程度に蹂躙してあげるから」
血まみれの髑髏を仮面で隠し、臓腑を垂らした道化が指を鳴らした。
蠅どもが怨嗟の羽音を立て、蛆どもが悔恨にうねり、進軍する。
空が黒く染まるほどの蟲の大群に蝕まれながら、少女が口を空ける。
口腔へ侵入した蠅どもが食道と気道を埋め尽くす。構わず叫んだ。
「我が銃弾は鋼よりこぼれたる涙! 血潮よりも熱き矜持!
全身全霊の誇りに溺れて足掻け、もがけ、死に損ないの妖蛆ばら!」
両手の銃を蟲に覆われた空へ掲げる。震えぬ指先で、違わぬ意志で。
「お黙り! あんたは種蒔きを待つ耕されたばかりの畑!
疾く静かに深く卵を産みつけられなさい!」
垂れた腸が主の苛立ちに同調して震え、触手となりて少女の身体に絡みつく。
「うぶっ」
その締め付けに耐えかねたのか、少女の口から液体が噴出する。
「あらあら、ヤぁねぇ、汚いじゃないの。
まぁいいわ、出した者の責任として、ちゃ〜んとあんたに舐め取ってもら、」
不意に道化の言葉が止まった。まじまじと少女の吐瀉したモノを見る。
多少胃液が混じって酸の匂いが漂っているが、それ以上に──
「油臭い……?」
思わず口をついて出た言葉に、自分でハッとする。
「あんた、まさか……!」
少女は何も言わず、掲げていた両手を機敏に下ろし、ガソリンまみれとなった道化の触手を撃った。
銃声に次ぎ、炎の炸裂する音が響いた。
燃え盛る劫火に羽を焼かれた蠅が飛び狂って墜ちる。
蛆が身を縮めて凝固し、やがて焦げ出す。
妖蛆の火刑が始まった。


祭壇。
虐げられた民のように蹲る炎。
傍らで浅黒い肌の男が血溜まりに沈んでいる。
指先ひとつ動かず、虚ろな瞳は茫洋として、揺らめく炎を捉えることもなかった。
その屍を踏み越え、拘束具の少女がゆっくりと炎の横を通り過ぎた。
暗く冷たい玉座で、絡み合うように金瞳の青年と青瞳の少女が収まっている。
「よくぞここまで来た、と言うべきか。
それとも『お帰りなさい』だろうか?」
色素の薄い髪を弄ぶ青年に、満身創痍の態で銃を握った少女が返答する。
「言葉はもういい。走狗たちを相手に喋り過ぎた。
だから、終わらせよう。明快に明瞭に明白に。
撃って殺して解体して廃棄して幕を引くの、マスターテリオン」
ひと呼吸の間も要さず。
風が闇を裂き抜いて吹き渡り。
玉座で重ねる二つの影に、一つの影が肉迫する。
猫の如きしなやかさで蒼き双眸の少女が立ち上がる。
燐光を発し、ブラインドを下ろすような軽やかな音ともに身体がバラける。
少女は宙を漂う幾多もの紙葉となる。
紙葉群はすかさず螺旋を描いて主たる青年の身体に張り付いた。
目を瞑り、紐解くように少女を纏う青年。
やがて両者は一体と化し、禍々しい瘴気を辺りに払った。
円状に広がる瘴気を全身に浴びせ掛けられ、襲撃者の動きが緩む。
青年は魔鎧に包んだ身を玉座より起こし、淡々と言葉を紡いだ。
「勝っても負けても、死んでも生きても結末は喜劇。
すべては戯言──泡沫の繰言にして永劫の空言。
なればこそ余を愉しませてくれ、ネロ。いや……」
膨れ上がった殺気が、憎悪が、憐憫が、寂寞が。
傷を舐め合うように衝突し、せめぎ合う。
「────よ」
青年の頬に乾いた笑みが浮かんで消えた。
「……呼ぶな」
少女の小さな体躯より燃えるような怒気が溢れた。
「その言葉で呼ぶな!」
両者の腕と腕が、絡み、もつれ、ほどけ、忍び、隠れ、欺き、急襲する。
打ち、殴り、蹴り、叩き、撃って捌いて翻って突きつけてトリガーを引く。
逸らされた射線、背く銃声、見捨てられた銃弾、泳ぐ薬莢、届かない殺意。
もどかしさが、焦燥が、ふたりのダンスを狂おしく過熱させていく。
己と相手、相手と己以外を隔絶し、世界を閉ざし、感情が空転する。
滑るような足取りで位置を交換する。密着するような姿勢で銃撃を繰り出す。
銃火さえもふたりの濃密な関係を破壊できない。奪えない。
無闇にスピードばかりが階段を駆け上っていく。
破滅へ向けて、殺戮のタンゴが進行する。
死神は微笑まない。
ステップは誰にも止められない。
ふたりが決めた曲が終わるまで。


少女は囁く。
「獣は死ななければならない」


映画「リベリオン」にそこそこハマって、
中途半端にネタをこねくるバカひとりが贈る
いい加減なイメージのガン=カタ・ストーリー!

「ベルゼビュート! 暴君せよ!」
某魔術師も大絶賛!

「コード[ボウクン・アロー]を発令する!」
某大統領も大恐慌!

「けものの、うた」
暴君は小熱唱。

アーカム・シティ 八話目(Quo Vadis)
夢幻心母 牢獄「地下のどこか」より脱走!


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