「俺たちに翼はない〜Prelude〜」
   /Navel


 日記の内容を抜粋。


2009-01-25.

・刻々と『俺たちに翼はない』の発売が迫る中、深夜のハイテンションに任せて『俺たちに翼はない 〜Prelude〜』『俺たちに翼はないドラマシリーズ』全5章をまとめて購入した焼津です、こんばんは。

 ごらんの通り、背水の陣で臨んでしまいました。既に予約している本編も含めれば2万円を軽く越える出費となり、もしこれでスワスチカなど開いたら目も当てられません。魂の躯体が爆裂四散すること請け合いです。プレリュードやドラマCDはせめて本編が発売してから……と考えていたけれど、“高揚の真夜中”(MOE=ミッドナイト・オブ・エレベーション)には勝てなかった。奴はいつだって軽率極まりない決断に誘導する。おれは火に飛び込む蛾のようだ。投げられた賽は吉と出るか凶と出るか、一天地六のサスペンス。願わくばファラオよ、我を憐れみたまえ。

 この書き出し自体が注文した直後の深夜(数日前)に綴っているため理性が蕩けた風情になっていることをあらかじめご了承ください。

・そしていくつかの夜が明け冷静な立ち位置に戻ったところで手元に届いた『俺たちに翼はない 〜Prelude〜』をプレー。

 この『俺たちに翼はない 〜Prelude〜』とは何かを、まぁうちのサイト覗きに来る方なら大体知っているでしょうが、Navelへの嫌味も篭めてネチネチと解説致したく存じます。まず『俺たちに翼はない』。これは、『それは舞い散る桜のように』というエロゲーで多くのファンを獲得したシナリオライター「王雀孫」が、ン年の沈黙を経てふたたびメインライターに抜擢されたエロゲーです。『それは舞い散る桜のように』にはもう一人「あごバリア」という王の先輩に当たるライターも参加していて、こちらは王ファンからの評判があまり芳しくないけれど、彼がNavelやLimeでコンスタントにシナリオを手掛けてソフト出し続けてくれたからこそ『おれつば』なんていう4年越しの大作を開発できたわけで、考え方によっては「あごバリアなくして王雀孫なし」とも言えます。が、おれつばとあごバリアは直接的には無関係なのでそこらへんの経緯はオミット。ざっくり見ていく分には「『俺たちに翼はない』=『それ散る』の王雀孫が深い眠りから目覚める一作」とだけ捉えれば充分かと思われる。

 さて、『おれつば』の情報が一番最初に雑誌へ掲載されたのが2005年の春。気の早いファンたちは「今年こそ王の新作を拝める」と興奮し、比較的現実を見れるファンたちは「発売日未定っつってるし、早くたって来年だろう。再来年かもしれない」と嗜めました。しかしやんぬるかな、正解は「今年? 来年? 再来年? ありえないよ、うん、ありえない。絶対にもっともっと掛かる」と悲観主義に傾いたファンたちなのでした。2005年と2006年は虚しく過ぎ去り、2007年も同じ轍を辿るシックザール(運命)なのかと誰もが失望に膝を屈しかけた頃。一つの吉報が舞い込む。

「『俺たちに翼はない』の発売日が決定!」

 遂に、である。ニュースが駆け巡ったのは暮れも迫る11月であり、さすがに年内発売を夢見てハシャぐスウィーティーなファンはシカトされましたが、「年初、いや雪解けの季節には……!」と双眸に希望を滾らせる期待獣(ファン)たちは勇んで告知された日付を視界に収め脳裏に刻んだ。2008年6月28日。7ヵ月後であった。“あと231日”――表示される壮絶極まりなきカウントダウンに見る者すべての気が遠くなったそうな。だが忘れもしないその日付は、『それは舞い散る桜のように』の誕生日。発売からキッカリ6年後を指すグランドゼロだったのです。これですんなり発売されれば美談として後世まで語り継がれたでしょうが、期待を裏切り想像を裏切らないNavelはいとも容易く道を誤り、ものの見事に美談を「美談(笑)」へと変えてしまった。なんとなれば、いざ2008年6月28日に店頭に並んだのは『俺たちに翼はない 〜Prelude〜』という、好意的に書けば「一足早く送り出された前奏曲」、率直に申せば「有料体験版」だったんですから。記念すべき『それ散る』の発売日に『おれつば』が降り立つ――美しすぎる夢想であり、所詮はただの蜃気楼でした。

 当方はだいたいこのあたりで急激に熱が冷め、「『Prelude』なんてしゃらくせぇもん絶対に買うかよ!」と臍を曲げた次第です。だって、「物語の世界観を知っていただくことを目的」とかヌカしながら6825円(税込)もするんですよコレ。イラスト集が付くからったってあんまりな値段設定ですよマジで。小賢しいなさすがNavelなにもかもがこざかしい。怒りのあまりブロント語と馳文体が入り混じってくる始末。それでそっぽ向いて長らく放置していたけれど、2008年が終わり、おれつば本編の発売が近づくにつれ、俄かに「Preludeにしか収録されない、本編開始前のオリジナルエピソード」という部分が気になってソワソワし始めたのです。『俺たちに翼はない 〜Prelude〜』は本編の体験版とは別に、ヒロイン視点を主とする書き下ろしエピソード4本+ネーブルガールズによる幕間劇「ブルブル劇場」がインしてる。オマケというにはやや長く、しかし番外編と称してバラ売りするには短い、そんなサイズと聞き及んでいます。評判通りなら財布からン千円も紙幣を抜き出して購うには、割高感が大きすぎる。体験版だって、プレつばに収録されている千歳鷲介編と成田隼人編どころか未収録の羽田鷹志編まで公式でダウンロードできるようになっている。迷った。躊躇った。怖じ惑った。しかし今月末に発売される本編が凄い出来だったりすれば、今はダブつきがちな『Prelude』もワーッと売れに売れて見る見るうちに品薄となるかもしれない、早めに押さえた方が得策……などとセコい勘定をして結局買いました。実にさもしい子です。

 で、発売までもう少し暇があるし、体験版はともかく「ある日の○○」シリーズくらいはやっとこうと先ほどインストールを済ませて軽くプレーしてみました。どうもプロテクトがあるみたいでインストールした直後にDVD抜いたら「ディスク入れろよゴルァ」とお怒りのメッセージを表示なされましたけど、認証は初回起動時のみのようで、2回目以降はディスクレス起動が可能になりました。前座たる「ブルブル劇場」を見た後、まずプレーしたのは「ある日の明日香」。1章ヒロインの過去エピソードです。軽い気持ちで始めたのに、冒頭ほんの数分でグッと胸を掴まれ、息が止まるような気分を味わい、「ああ、やっぱり……王のテキストに餓えていたんだ、己は」と痛感してさめざめと泣きました。泣いたのは嘘ですが数年ぶりに味わう「王雀孫のゲーム」って感覚にしんみりとしたことは確かです。時間にして30分程度ながら、何てことない日常に織り込まれた濃やかな表現、鮮やかな切り込みに酩酊していきました。えっ、やだ、なんかもうこれだけで元が取れた心持ちになってる……と改めて自分の儲体質に恐れおののきました。ジャクソニウム依存症の人にとってはこの量でも禁断症状を抑えるに充分。それなりにクセは強いし、しつこいと言えば路上勧誘並みにベッタリとしつこい文章なんですけれども、ハマってしまえばアバタもエクボにございます。しゃんぐりらのFDとかと比べて「良心的」という言葉からは程遠いコンテンツであるにせよ、もうとやかく言うのはやめにする。これを認めるのは正しくない気がするけれど、「正しいことだけを見ていたらやさしさは死ぬ」とどこかの百合っ娘も言っています。当方のやさしさなどクソの役にも立ちませんが、ともあれ本日より以降は不自然なほど満面に莞爾とした笑みを浮かべて『俺たちに翼はない』本編の発売日を待つ所存。

 よっしゃー、いいタイミングでエンジンがあったまってきてくれましたわー。


2009-01-28.

Navelの『俺たちに翼はない 〜Prelude〜』、「ある日の京」と「ある日の美咲」をプレー。

 「ある日の明日香」と全クリおまけシナリオ「ある日の狩男」を合わせてある日四部作。狩男はまだやってない(というより狩男ってのがどんなキャラかも知らない)けれど、最初の3編をやってみた感じ、「ある日」ってのはすべて同一の日みたいですね。それぞれシナリオもいくつかの箇所でリンクしている。異なる視点で重ね塗りするように同一時間上の物語を繰り返す、という手法は割とツボなので楽しめました。描かれているのは本編のちょうど1年前あたりで、「なんでそんなに巻き戻るのだろう?」と不思議がっていたら幕間のブルブル劇場にて「半年とかだと季節がズレて服装や背景を使い回せなくなるから」という理由が明かされた。なるほど実に納得が行く。

 学園のプリンセスと持て囃されながらどこか周囲に馴染めず微かな温度差を感じている渡来明日香、躁鬱のうねりが激しくテンションが安定しないことで苦しんでいる山科京、他人の話を聞かない癖がある片想い暴走少女の林田美咲。あまりにも個性的な面子が揃っていて、一回やったらすぐに名前を覚えてしまう。「掴み」としては充分な力を発揮しています。特に明日香、今にも「なんだか、この世界は生きづらいな――」と嘯きそうな風情が醸されていて、けれどそれを巧妙に隠蔽している雰囲気が伝わってきて面白い。さすがメイン級のヒロインだけあってキャラが立ってます。というか、読んでるうちに「この子が本編の主人公なんだ」と錯覚しそうになるくらい存在感強かった。ショートとはいえ彼女視点のシナリオが読めただけでもPreludeを買った甲斐があります。本編にも明日香ビューが欲しいくらいだ。

 京はいわゆる「メンヘラ」であり、鋭角ついたアップダウン表現と自己嫌悪&自己憐憫が織り成す倦怠感スパイラルが痛々しい。なのにサクサクと読めてしまう不思議。ウザイっちゃウザイけど、なんとなく見放せないところがある。「前頭葉くもりのち虹色ブリリアントSKY!」は究極の迷言です。でもこのシナリオは京よりもむしろ、途中で出てきたクラスメートの少年の方が印象深かった。役どころはよく分からないけれど、彼の出番が今から楽しみです。関係ないけど「メンヘラ」の響きって「ヘーメラー」を彷彿とさせるよね。

 美咲はPreludeオリジナルキャラと申しますか、本編では「女生徒A」扱いされている不遇っ子。年単位で黙々と片想いに耽る粘着っ子でもあります。コロコロと気分が変わり、首尾一貫などというものとは無縁。前言撤回すること夥しい。ある意味京よりもアップダウンが激しいけれど、「林田だからな」「ああ、林田だもんな」と周りから生暖かい視線と声援を受けているあたりは人徳か? 「女生徒A」にしておくには惜しい面白キャラです。しかし実際にこの子と付き合うことになったら相当疲れそうだな……思考の飛躍が著しい。テッド・チャンの「理解」を読む気分に近いものがあります。可能性は低いものの、発売後のFDか何かで補完されるかも。ただ、FDというと出そうで結局出なかった『それ散る』のFD(確か、誰かがサイトで「それ散るFD用に壁紙描いた」と漏らしたはず)を思い出して悲しくなりますな。

 そんなこんなで、誘惑に負けてPreludeに手をつけてしまった以上、今後どんなおれつば商法が押し寄せてきても怖くない。本編の出来が筆舌に尽くしがたい代物でなければ、という前提を立てたうえでの話になりますが……何はともあれ、発売まであと2日。待つべし、待つべし(『竹光侍』)。


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