「装甲悪鬼村正」
   /ニトロプラス


 これはネタバレに配慮した感想ではない
 ネタバレを恐れる者は無用である

 鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る。善悪相殺、愛憎相殺の掟――ニトロプラス10周年記念を飾るソフト『装甲悪鬼村正』はニトロの処女作である『ファントム』の頃からグラフィックを担当してきた古参・なまにくATK(あったかい)が原画家を務め、また2005年の『刃鳴散らす』でニトロ史上最低とも噂される売上を叩き出した奈良原一鉄がふたたび筆を執り、入魂の面持ちでシナリオ・ライティングを仕りました。いくら何でも冒険が過ぎる布陣と申しますか、「10周年」を賭けるに面子にしては博打感が強い選択としか目に映りませんが、死亡フラグも何のその、とにかくニトロはやり遂げた。ライナーノーツによれば製作開始は2006年、実に3年の時を要してつくり上げた大作ソフトである。

 当初は『村正(仮)』という暫定的な呼称しか明かされず、分かることは「相変わらず刀とかが出てくる話」程度であったが、2009年4月、発売の半年前になって『装甲悪鬼村正』という正式タイトルと、「劔冑(ツルギ)」なる超能の鎧を纏って戦う武者たちが紡ぐ物語であるとの情報が公開され始めました。剣豪物かと思いきや、まさかのロボット物。正確には強化装甲(パワードスーツ)の類ですが、見た目はロボットそのものです。ニトロのロボット物と言ったら当然デモベがあるんですが、クトゥルー神話をモチーフとしたあちらに対し、こちらは「村正」や「正宗」を筆頭とする日本刀がモチーフとなっています。劔冑は武具ながらも大なり小なり意思を持つ。ということはつまり、題名にもある「村正」がこのソフトのヒロインなんですよ。「ヒロインが武器/武器がヒロイン」という設定はバトル物において特に珍しいものじゃなく、いくらでも類例を上げられますが、それにしても世に名高い妖刀・村正を擬人化して萌え&燃えなヒロインに鋳造し直すなんて……ネクロノミコン(アル・アジフ)を人外ロリに仕立て上げた挙句孕ませて子供まで産ませたニトロにとってはお茶の子さいさいかもしれんが、改めて考えを及ばせるにつれ、じわじわと呆れの念が湧いてきます。

 さて、『村正』の舞台として選ばれたのはパラレルな日本であり、名前も「大和」と少しズラされている。そりゃ劔冑なんていう亜音速で空を飛び交う鎧が存在していたら、史実も変わらざるを得んわ。時期的にはだいたい第二次世界大戦が終結したあたりで、ナチスドイツは滅び、大和もアメリカおよびその背後の大英帝国(『村正』の世界ではまだアメリカが独立を果たしていない)に屈し、進駐軍(GHQ)を迎え入れつつ六波羅という暫定幕府の統治に従っている。この六波羅がとんだ暴君で、権力を笠に着て堂々と圧政を敷いている。民衆は六波羅を恨み、GHQを疎ましく思いながらも、為す術なく諦めのうちに日々を過ごしている。戦後すぐGHQが行った「劔冑狩り」によって六波羅以外の勢力は劔冑を奪われ、武力蜂起すらも困難な状態に追い込まれていたのだ。しかしいつしか、六波羅の所属でもGHQの所属でもない、神出鬼没に現れて至る所に破滅と死を振り撒く殺戮天象「銀星号」と、それを追う謎の「赤い武者」が出没するようになる。「赤い武者」――六波羅やGHQの手を逃れ、秘匿されていた劔冑の銘は「千子右衛門尉村正」。かつて南北朝時代、大和中に混沌をもたらし人々を地獄の底に叩き落として、たった三代で潰えた伝説の妖甲であった……。

 と、これが大まかなあらすじであります。巨大組織に拠らず、ただ黙々と「討つべき相手」を追跡する者。ともすれば「英雄」に分類されてしまいそうな存在ですが、『村正』のキャッチコピーは「これは英雄の物語ではない」、あくまで英雄不在を是とする暗黒大河ドラマ(スラッシュダーク)であり、「暴君を懲らしめ、侵略者を退け、正義のもと祖国に救いをもたらす」なんていう構図(アングル)を期待するのはお門違いもいいところ。勧善懲悪を望む甘い心に衝撃の血飛沫を浴びせ続けます。湯気が立つほどホットな血に浸かって気分はもうすっかりハートウォーミング。って、んなわけあるな! 凍えまくりに決まっているでしょう。湯冷めと寝冷えならぬ血冷めと死冷えの嵐。

 『村正』はエロゲーのご多分に漏れずマルチシナリオ形式を採用したADVであり、選択肢の多さが特徴と言えば特徴だが、構成自体はごくオーソドックス。「第一編」「第二編」といった具合にシナリオの区切りがあり、「第五編」までは共通ルート、以降は立てたフラグによって個別ルートへ移行していきます。フラグを立て損ねるとバッドエンドに直行し、ゲームオーバー。もっと詳しく書けば、「当該ヒロインの好感度が3以上」でないと個別ルートに進めません。分岐後も僅かなミスでちょくちょくバッドエンドに送り込まれますので、攻略する際はこまめなセーブを心掛けましょう。「ふーん、なんだ、要はフツーのエロゲーと同じ」かと思ったアナタ。早計は禁物です。なぜなら『村正』が「異形のエロゲー」と称される根拠の一つが、「愛しすぎれば殺してしまう」好感度システムにあるのだから。解説は後に譲りますが、主人公の操る劔冑「村正」には「善悪相殺」という戒律があり、特定のヒロインの好感度が高い状態で攻略を進めると相殺の掟によってそのヒロインを殺害しちゃいます。それはもう問答無用でズンバラリと。共通ルートだからって甘く見ていると、早ければ「第三編」でメインヒロインが死に始める。感覚的にはSLGの一般ユニットを消耗していくようなノリ。メインヒロインは、1名ならまだしも2名死ぬと話の進めようがなくなってゲームオーバーになります。存分に注意されたし。

 そろそろ各編ごとの紹介と感想に移りましょうか。大きく分けると『村正』は「第一編 鮮紅騎」「第二編 双老騎」「第三編 逆襲騎」「第四編 震天騎」「第五編 宿星騎」「復讐編」「英雄編」「魔王編」「悪鬼編」、9つの編から成り、前述したように「第一編」から「第五編」までが共通シナリオ、あとの「復讐編」と「英雄編」と「魔王編」が個別シナリオです。「悪鬼編」は「魔王編」の後日談に当たる隠しエピソード。オマケに近い位置づけであり、分量も他と比べて圧倒的に少ない。プレー時間は共通シナリオの各編がだいたい4時間前後で、共通シナリオすべて足すと20時間くらい。「復讐編」と「英雄編」は大雑把に勘定すると、それぞれ10時間程度。「復讐編」より「英雄編」の方が心持ち長い感じがしますけどね。「魔王編」はひたすらに話が続き、「まだ終わらないのかよ!?」と吃驚すること必至の20時間。「悪鬼編」はあくまでオマケなので2時間半もあればクリアします。合計すると、総プレー時間が約62時間半か……「第一編」および「第二編」を収録していた体験版の分を引くとしても54時間ほど、よくもまぁここまで、と遠い目をしたくなるボリュームだ。当方はじっくりゆっくりプレーしたため平均よりだいぶ遅くなってるかも(テキストが3MBということだから、尋常にやれば40〜50時間かも)しれません。ただ長いだけじゃなく、しっかりとした密度があるのだから戦慄を禁じえない。読んでも読んでも終わらない、まことに楽しい無間地獄でありました。

「第一編 鮮紅騎」

 一番最初に配布された体験版には、この編だけ収録されていました。その時点でボイスは付いておらず、3DCGの演出もやや甘めでしたが、『村正』の世界を伝えるには充分な内容でした。本当はこの「鮮紅騎」が始まる前に「プロローグ」が流れるのですけれど、わざわざ分けて書くのも面倒だから「プロローグも鮮紅騎の一部」と考えさせてもらいます。「プロローグ」は数打劔冑(平たく書けば量産型)の武者ふたりが決闘するシーンから始まる。静寂に満ちた雰囲気の中で繰り広げる一瞬の攻防、はっきり言って華はまったくなく、「なんたら地味なゲームであろう」と嘆息してこの時点でプレーするのをやめる人が出てもおかしくはない。そうして去っていく人は、むしろ幸いなのかもしれません。刀の構えとその意味を延々と解説し続ける薀蓄テキストに魅せられた人は、却って不幸なのかもしれませぬ。決闘→虐殺→狂乱→舞踏の四幕を経て終わるプロローグはプロローグでありながら強烈に『村正』ワールドを印象付け、もはや足抜き不可能な沼地へとプレーヤーを誘っていきます。ちなみに、製品版や声付き体験版は仕手が発するボイスを聞くことができるので「赤い武者の仕手=湊斗さん」と容易に分かりますが、最初期の体験版はボイスレスだったから、そこまでハッキリとは分からなかったんですよね。思い出すと少し懐かしい。

 「プロローグ」が終わると爽やかなBGMに乗ってブシュッザシュッという陰惨な効果音が響く『ひぐらしのなく頃に』じみた冒頭がお待ちかね。視点は新田雄飛なる熱血肌の少年に移り、失踪して居場所が分からなくなっている友人・飾馬リツの行方を追う、ちょっぴり少年探偵団っぽいエピソードが幕を上げます。合間の授業で彼らが住む大和という国の近代史、加えて劔冑という武具の分類や特性をレクチャーしていく。説明的な箇所が多くてやや疲れるかもしれませんけども、やたら設定が多い『村正』の入り口としてはちょうどいいでしょう。雄飛たちの前に姿を現した警察職員の「湊斗さん」こと湊斗景明も、リツが失踪を遂げたとおぼしき場所で劔冑の存在を前提にした推論を立て「事件には武者が関わっている」と見抜いたりなど、設定を無駄にしない入念かつ丁寧なシナリオであり喜ばしい。単なる少年が主人公なので激しいバトルとか一向に出てきませんが、メインヒロインである大鳥香奈枝や綾弥一条の登場でワクワク感を盛り上げてくれる。やがて彼らは「犯人」の正体を知り、そのいびつな悪意に直面する。凶刃を突きつけられ、命と尊厳を諸共に弄ばれる雄飛たち。相手は武者、抗うことなど出来ない――という諦めを噛み殺して立ち向かった雄飛を救うように、甲鉄で鎧われた一匹の蜘蛛「村正」が鋼糸を飛ばす。そして、遂に真打劔冑(鍛冶師の心魂が封入された稀少品)を繰る武者同士の太刀打ちが始まる……。

 稀代の妖甲・村正と大坂正宗・真改の一騎打ち、待ちに待った双輪懸(ふたわがかり)のスタートです。劔冑は飛翔能力があるので決闘する際は地上戦よりも空中戦の方が正式らしく、まるで戦闘機同士みたいにガッツンガッツン高速でぶつかり合います。「高度と速度の相関」を重視して戦うあたりはまさしく戦闘機じみているが、双輪懸は尻追い戦(ドッグファイト)よりも猪突戦(ブルファイト)が基本であり、馬上槍試合(ジョスト)の如き真っ向からの交錯が勝敗を決する手段となります。理に適っているようでいて、冷静に考えると「イカれている」としかコメントのしようがない発想であり、初めて目にしたときはたまらず大笑いしました。真改戦はチュートリアルの趣が強く、湊斗さんが親切にもド素人の相手に向かって「双輪懸のいろは」を教えてあげたりなど、「なに利敵行為なんかやってんだ、早く倒せ!」と言いたくなる悠長さで満ち溢れています。今なら分かるが、あそこの湊斗さんは素だ。間違いなく素で解説してあげてる。おかげで陰義(しのぎ。真打劔冑のみが持つ固有の特殊能力、詰まるところ必殺技)使われて形勢逆転し、ド素人の相手に追い詰められるなんていう醜態を晒しますが、「銀星号の情報を聞き出す」という目的と、「熱量欠乏(フリーズ)させて電磁抜刀(レールガン)“禍”(マガツ)を確実に当てる」という狙いがあったことを考えると妥当な追い詰め方ではあったかもしれない。しかし、鞘の中を磁気化してレールガンの要領で抜刀するとか、自由極まりない発想には脱帽です。

 戦いが終結し、真改は散り、村正は雄飛のもとへ。友人が重傷を負ってこれからがすごく大変だけど、村正という確かな希望を直視した彼は力強く明日へ踏み出す……つもりが、「正義の味方は、どこにもいない」という血を吐くような湊斗さんの言葉とともに一閃。雄飛の首は胴体から離れ、切断部から血の噴水が上がり、彼は己の死を自覚せぬまま、村正と湊斗さんを信じたまま、逝く。村正という劔冑が、斬ってはならぬものを斬ってしまう宿業の刃であることを、これ以上ないほど鮮烈且つ明瞭にプレーヤーの心へ刻み込むとともに、雄飛の命は泡と砕けて消える。事前に知らなかったら絶句してもおかしくない結末です。体験版でここに至り、結構な数のプレーヤーが「うん、これ無理」とギブアップしたことでしょう。この段階ではまだ「善悪相殺」が欠片も暗示されず、「口封じのために殺した」と思い込んだプレーヤーもいたっつーか、正直そう信じていた時期が当方にもありました。もはやハッピーエンドとかありえないな、この話。バッドエンドしか思い描けない。絶望と悲観の尾を引きずったまま、「第一編 鮮紅騎」は了となります。

「第二編 双老騎」

 香奈枝が突然発砲して六波羅の兵卒どもを殺し、怒り狂った六波羅の代官に襲われ、危ういタイミングで村正を装甲した湊斗さんが助けに入る。なんとも慌しい口火の切り方をする編です。ろくろく事情も知らないで現地に到着した湊斗さんは代官・長坂右京を退けた後、香奈枝と協力態勢を組んで「銀星号事件」の捜査に当たる。その過程で蝦夷の姉妹ふきとふなに出会い、心を通わせるがやがて……いや、言うまい。推して知るべし、です。選択肢がいくつか出てくるものの、結果を変えることは叶いません。

 タイトルの「双老騎」が意味するのは長坂右京と、彼の幼馴染みで因縁浅からぬ蝦夷の老人・弥源太、このふたり。弥源太はふきとふなの祖父であり、後々重要になってくるアイテムをメインヒロインの綾弥一条に渡す役割があります。にしても、「双老」……いや、「早漏」と掛けた冗談が言いたいわけじゃなく、18禁のエロゲーで爺たちがやたら出張ってくるエピソードってどうかなー、と。あんまり画面が爺だらけになっても困るからか、右京に手を貸す乱破・風魔小太郎の立ち絵はなぜかナイスバディのねーちゃんになっています。でも声は爺で、「ほっほっ、○○じゃのう、○○じゃのう」みたいな喋り。いったい誰が得するんです? ちなみに小太郎属する風魔の一族は仕えていた主君が不祥事でお取り潰しになったため困窮している、という話だけど、主家の事情が綾弥と被るような……関係あるかと思っていたが、特に触れられないまま終わったな。

 見所は、やっぱり何といっても戦闘シーンの多さ。双輪懸が一回だけ、しかもチュートリアル的な内容しかなかった第一編に対し、「双老騎」はまず右京戦、次いで小太郎操る月山戦、地上での雪車町戦を経て右京と弥源太の一騎打ち、月山再戦、右京再戦と、都合6回バトルシーンが拝める仕組みになっています。押し寄せる熱さの群れにたまらずゲップが出そうだ。個人的にはバイクVS村正独立形態(劔冑は装甲されていないとき、蜘蛛や馬など何らかの形状を取っている)の雪車町戦が好きだ。刀での斬り合いに終始するかと思えば、まさかあんなふうに推移するとは、意表を衝かれた。「肉眼でも金探でも熱探でも捉えられない完全無欠のステルス飛行」などという反則技を使う月山も良き敵としてなかなか捨てがたい。でも決着があっさり目なのがやや不満か。月山は羽黒山、湯殿山と並んで「出羽三山」を成す「三騎でひとつ」な劔冑だけど、色違いの残り二騎が速攻で薙ぎ払われ、以降再登場することもなく不完全燃焼なムードが漂う。つーか、結局月山自身の陰義は何だったのよ。回転目録の「不明」という表記が侘しいぜ。出羽三山は形状からして三猿と掛け合わされているようだし、「見ざる」の羽黒山、「聞かざる」の湯殿山、「言わざる」の月山で「相手の口を塞ぐ=仕手と劔冑の通信を遮断して連携力を弱める」あたりかな……右京はもっと呆気なく、電磁撃刀(レールガン)“威”(オドシ)一発で終了。

 衝撃のラスト――「善悪相殺」に関しては割愛させてもらいたいところだが、上で「解説は後に譲ります」と書いたことだし、軽く触れておこう。村正と帯刀ノ儀を交わした湊斗さんは、敵を、悪を、憎しみの対象を殺した場合、代償として味方を、善を、愛の対象を殺さなくてはならない呪いに侵されています。殺害に村正を使うかどうかは関係なく、たとえ生身で誰かを殺しても厳正なる戒律は見逃してくれない。故に右京と小太郎を「敵」として殺した以上、一宿一飯の恩義があり人間的にも好感を抱いている蝦夷の姉妹をふたりとも殺さなくちゃいけない。拒否することは不可能、嫌がっても勝手に体が動き、死の帳尻合わせを遂行する。村正が「妖甲」と呼ばれる所以です。殺す際の、「人を殺す善などない!」「俺は悪鬼なのだ!」という湊斗さんの叫びが痛々しくも鬼気迫っていて切ない。彼が「正義の味方」になれない理由がここにあります。正義の味方として敵を殺さば、返す刀で正義をも殺さなくてはならぬ。絶対の矛盾。雪車町一蔵が「犯行現場」を目撃し、第四編で「悪代官を成敗した後で、可愛い村娘も殺しちまう」と形容しますが、つくづくエロゲーとしては本末転倒な設定だ。いっそ「敵を一人殺すたびに、無垢な生娘を犯して孕ませねばならない」としておけば立派な陵辱モノとなっていたであろうに。あっき、おかした! 蝦夷の一家は死に絶え、守ろうとした村は全滅し、ただ徒労感ばかりが募る編であった。

「第三編 逆襲騎」

 体験版でまったく出番がなく、登場を待望されていた足利茶々丸がようやっとお目見え。ふざけた言動で事態を掻き回すトリックスターのようでいて案外ツッコミキャラとしての性格が強く、またワガママに見えて意外と従順な部分もあり、弄っているところよりも弄られているところの方が印象に焼きつく。こりゃあ相当人気出るだろうな。優遇されすぎという感は否めない。ともあれ、第三編は六波羅、GHQ、八幡宮と戦後大和の政治を見ていくうえで重要になるポイントを次々クローズアップする構成となっており、なかなか本題に入っていかないのが焦れったいというか煩わしくもあるが、レース場に踏み入れてからの展開は予想を超えてスリリングかつ興味深い。ただただ速度を競う戦場、サーキットに主眼を据え、剣で斬り合うばかりが劔冑の能ではないことを示してくれる。『されど罪人は竜と踊る』における「三本脚の椅子」というか。『村正』の世界が広がるような心地を覚え、なんか新鮮と言いますか、とにかく楽しい!

 茶々丸も出てきた以上はしっかり本筋に絡んできます。少年スタイルの茶々丸かわいい。貴賓席で隣にいた女性が誰か、勘の良い人はすぐに察したでしょうが、当方は実に「魔王編」が始まるまで理解の及ぶことがなかった。「ん? ……ああ、そういうことか!」と、血の巡りが悪いにも程があるわ。どうでもいいように見えて、「レース観戦席にあの人もいた」というのはかなり重要だよな。覚えておかないと後で面食らうことになります。閑話休題。「銀星号の卵を探し出す」という目的でレース場に潜り込んだ湊斗さんは、成り行きでレースそのものに出場するハメに。「数打(まがい)どものかけっくらに混ざるなんて……」と嫌がっていた村正が周りから鈍亀扱いされてムキになり、大人気なく陰義駆使して疾走し始める描写は愉快すぎて腹を抱えました。第一編ではまだクールなイメージがあったのに、第二編で早くも崩れ出して、第三編はもう粉々、跡形もありません。公式サイトの紹介にある「性格は、鋼鉄の体に相応しくごく冷淡」って一文が泣いてるぜ。鋼鉄の体に相応しく(笑)ごく冷淡(笑) レースシーンに充分な尺を用意し、演出も凝りに凝って盛り上げてくれますから、プレーしていてときどきこれがバトル物であることを忘れそうになりますね。ああ、俺がプレーしているのは『装甲悪鬼村正』だっけ、それとも『走行躍起村正』だったっけ? みたいな。下手すりゃ侮辱に聞こえるやもしれませんが、要はそれぐらい面白いってことですよ、「逆襲騎」。

 で。いよいよ、この編から「異形の好感度システム」が意味を持ち始めます。香奈枝もしくは一条の好感度を高めすぎてしまうと、香奈枝もしくは一条が死にます。殺されます。犯人は湊斗景明、おまえだっ! 動機が「呪いで善悪相殺しないといけなかったから」なんてミステリあったら噴飯ものだな。犯行シーンは汎用テキストなので、第四編で殺しても同じ文章が使い回されます。おかげで元々話の繋がりを意識しておらず、あたかも流れをぶった斬られたように感じてしまう。殺しちゃったらもうどう足掻いてもそのヒロインのルートには進めませんので、可能ならセーブポイントからやり直して好感度調整を行い、ヒロイン殺害を回避しましょう。当方は「善悪相殺」を甘く見て香奈枝を殺してしまい、最終的にバッドエンド迎えました。

「第四編 震天騎」

 江ノ島で六波羅が怪しげな研究をしている、というタレコミに従って現地に赴く湊斗さん一行。江ノ島周辺はビーチで寛げるほどの暑さに覆われていた……年の瀬も近いというのに。途轍もない異常気象を前にして「六波羅の研究」とやらが大層ろくでもない代物だと直感した彼らは、早速聞き込みを開始し、捜査を進めていく。一方、GHQも江ノ島の研究所に興味を寄せていて……と、概ねこんな調子の筋立て。巨大劔冑・荒覇吐が降臨する編であり、六波羅とGHQ、それぞれの思惑が交錯する地点でもあって「共通シナリオの要所」と呼ぶべき内容に仕上がっているが、ビーチでバカンスなイベントCGといい、あからさますぎて清々しさを覚えるマッドサイエンティストといい、正直言って箸休めの意味合いが強かったりするんだろうな――なんてつい思い込んでしまいました。甘かった。断じて「震天騎」が箸休めなどであろうものか。共通シナリオ随一と謳っても過言ではない激甚さを見せ付け、下手すれば『村正』の最高潮とも請け合えてしまう目まぐるしく且つスリリングな展開が待ち受けている。ただでさえ一筋縄じゃいかない荒覇吐のほか、雪車町操る九○式竜騎兵、ジョージ・ガーゲットのアスカロン、トドメには銀星号と、都合四連荘の壮絶バトル。死闘に次ぐ死闘、限度を超えた詰め込みにつき、湊斗さんはもうボロボロのボロ雑巾。手足が炭化してまともに動かせなくなる。やめて、湊斗さんのライフはほぼゼロよ! けども「何処の誰が、こんな所で安穏と死ねか」と鬼気迫る形相で言い放ち、瀕死の体を引きずりながら戦いを継続します。「どうかこの苦悶が未来永劫お前を苛み、決して解放せぬように」という内なる声まで響いてくる。自罰的っつー次元を超えていて、心底湊斗さんが痛ましい。今だから書けることですが、湊斗さんはここで志半ばに落命し、第五章以降は新しい主人公が据えられるのではないかとすら疑いました。結果として杞憂で済みましたが。

 第三編でヒロインのどちらかが死んでいる場合、シナリオがちょこっと変わります。ほんの細部ですけど、たとえばビーチで水着姿を晒すシーン。本来なら3人(香奈枝の従者であるさよを含む)揃ったイベントCGなのに、ポツーンとひとりしか表示されなかったり。「そういえば○○さんはどうしたんですか? 最近見ませんけど」と殺したヒロインのことを訊かれて湊斗さんが沈黙したり。ああ寒々しい。第四編もゲストヒロインが用意されていて、この子を殺せばメインヒロインを殺さずに済み、この子を殺さないと……お察しの通り「ブシャアッ!」です。香奈枝か一条が死んでいる状態で残りをキルし、両方とも故人にしちゃうと、第五編が終わった時点でバッドエンドになりますから注意。ちなみに香奈枝と一条の両方が生存している場合と香奈枝のみが生存している場合のシナリオはほぼ一緒(違いは正宗が出てこないくらい)ですが、一条のみ生存している場合は弥源太老みたく前腕だけ部分装甲したレアな立ち絵が拝めますゆえ、暇なら第三編で香奈枝を殺しておくのも一興。うむ、我ながらヒドい発言だ。

 荒覇吐は「中に劔冑が入って操作する劔冑」という入れ子構造で、要するに巨大ロボット。金打声(メタルエコー)を利用した発振砲(ヴァイブロカノン)が主武器で、こいつはかなり強力。劔冑を纏った武者であれ、直撃すればひとたまりもない。他にもバルカン砲みたいな普通の火器や、接近戦を挑んでいた劔冑を電磁気で捕捉する封鉄力場(AIフィールド)、熱量を奪う風、弾速は遅いが延々といつまでもホーミングし続ける自動追尾弾など、「てめぇはシューティングゲームのボスかよ」とツッコミ入れたくてたまらない芸達者ぶりを誇示します。村正が「なんなのこのおもしろびっくり箱は!」と罵ったのもむべなるかな。駆動する際に熱量供給のため生贄となる人間が複数必要なのですが、こんなもののために生命を食い潰された奴は浮かばれないこと夥しいな。こいつを倒せば「震天騎」は終わり、と信じたのも束の間、あと一歩というところでインタラプト発生。九○式竜騎兵を装甲した雪車町が襲い掛かってきてバトルは第2ステージへ。

 この雪車町戦こそ「震天騎」の目玉、『村正』全体を眺め回しても、これに匹敵するバトルは他にいくつあることやら。「湊斗景明の罪」を糾弾する雪車町、剣技においては湊斗さんを上回る腕の持ち主ながらも機体性能の差は大きく、動揺しながらも湊斗さんは追い詰められるどころか逆に相手を追い詰めていく。雪車町の進退も窮まったか、ってなところに差し掛かって魔剣到来。尻を見せていた竜騎兵(ドラコ)がくるっと反転する演出は掛け値なしに悪魔的でゾクッとする。重力方向への失速を「乗りこなし」て垂直反転(バーチカル・リバース)し、落下・推進しながら強襲する、一刀流開祖・伊東一刀斎の秘太刀――金翅鳥王剣(インメルマン・ターン)。実在する奥義「金翅鳥王剣」と実在するマニューバ「インメルマン・ターン」をミックスした、確実に頭のおかしいアイデアです。金翅鳥王はインド神話に出てきて仏教へも移った「ガルーダ」のことだけど、「迦楼羅王」と言った方が通じやすいかも。咄嗟に伊丹迦楼羅が奇声を上げながら斬り掛かってくる姿を幻視した当方は俺翼儲。インメルマン・ターンは航空モノの小説読んでるとよく出てくるテクニックで、大雑把に書けば宙返りしながらロールして後ろを向く機動法らしいが、どうも聞く話によると雪車町のやったマニューバはインメルマン・ターンよりもストール・ターン(失速反転)に近いようだ。ただ、「現在使われている意味でのインメルマン・ターンではない」という話であって、「マックス・インメルマンが使用した『本来のインメルマン・ターン』はストール・ターンにそっくり」だから、結局合っている気もするとか――くっ、ややこしい! ともあれ、魔剣による逆襲で死の淵まで追い込まれた湊斗さん、銀星号を残してむざむざ逝けるものかと悪鬼羅刹サイドに堕ちて鮮やかに覚醒する。「馬鹿げている。馬鹿げている。馬鹿馬鹿しいよ、雪車町一蔵!」と口調まで変わって愉快です。「俺は俺の邪悪を信じる!」と無茶苦茶な独白をした挙句、ブチキレまくって蛙みたいになっている顔つきで「ゲェァァァァアアアアアアアアアアア!!」と咆哮し、魔剣「兜割」炸裂。条理を覆し、勝利を得る。兜割は最後まで説明らしい説明のなかった技だが、あえて解説するなら「大上段から狂気に突き動かされるまま力任せに振り下ろして劔冑の装甲を斬り裂く一撃」か? 湊斗さん内部の邪悪ゲージが溜まりすぎて無我の境地に陥ったときだけ発動する超必殺技です。

 雪車町を撃退し、やっと荒覇吐にトドメがさせる……というタイミングでGHQがあたりを包囲。「進駐軍いらっしゃ〜い」と歓迎する気力もない湊斗さんはどうにか先頭に立つ指揮官であるジョージ・ガーゲットを説き伏せようとしますが、大和人を「言葉を喋る珍しい猿」としか思っていないハイパーレイシストのガーゲットは耳を貸さず、「神聖にして侵すべからず(セイクロサンクト)!」と声を張り上げて真打劔冑(ブラッドクルス)のアスカロンを装甲。アスカロンとは竜殺しの聖人ゲオルギウスが使った剣の名前とされているが、それは後世の創作であり、本当は名前なんて付いてないとか何とか。ちなみにゲオルギウスの英語読みは「ジョージ」。結論から言うとこのアスカロン、雑魚です。一撃で屠られます。いくら混乱したとはいえ、情けないなぁ。そんなんじゃ『竜†恋』に出られないぞ。最後に訪れる銀星号はキック一発で江ノ島を吹き飛ばして半島にするなど、依然インフレぶりが際立ち、笑うしかない。一条が正宗を装甲してフルメタルプロヴィデンスしたり、村正と銀星号の衝突を目撃して「ズィークハイル」と呟く謎の声が挿入されたり、「これからどうなるん?」という要素を山盛りにして消化し切らないまま第四編は終了。良くも悪くも盛り沢山な話でした。余談ながら、マッドサイエンティストな無名の所長が無駄に格好いい。「人生が終わらないなんて絶望、一度だって信じたこたぁねぇよ」という最期のセリフが決まりすぎだ。出番があれでおしまいとは、甚だ惜しい。

「第五編 宿星騎」

 前触れも何もなくいきなり青江貞次との双輪懸が始まるのは、どのヒロインが生存ないし死亡していても対応できるようにだろうか。「幻覚を見せる陰義」によって過去の世界へ精神を飛ばされた湊斗さんは、そこで己が村正を装甲するまでに至った経緯を回想する。その割にところどころで光の独白が入ったりなど、湊斗さんが知るはずもない描写が多く含まれているが、こまけぇこたぁいいんだよ。とまれかくまれ「湊斗景明と湊斗光の因縁」を紐解いていく、避けては通れない過去編であります。

 ほとんどの事情はこの編を読めば理解できる。湊斗さんが犯した最初の善悪相殺と、彼が引けなくなった理由。光=銀星号が無謀と表現するより他ない野望を果たさんとする理由。ゲストヒロインとして参上する山賊の頭領・一ヶ尾瑞陽は驕慢に振る舞っているものの根は「武家の娘」としてしっかり躾けられているという、ありそでなかった美味しいキャラです。容赦なく輪姦されて死にますがね。そうなるよう仕向けた瑞陽の弟が、やがて切羽詰って「姉さん! 姉さーん!」と身も世もなく助けを求め、「もういない姉=自分が死なせた姉」に縋るあたりはこの上なく「無思慮な弱さ」を実感させて生々しかった。

 蝦夷時代の二世村正(かかさま)の立ち絵が初めて表示されたり、湊斗さんとそっくりな光の装甲ノ構が演じられたり、ビジュアル面での見所もそこそこあるが、やはり眼目は瑞陽との立ち合い。初戦は虚を衝いてあっさり勝利するものの、二戦目は瑞陽も本気出してきて伯仲します。じりじりと戦況が動いていく静かな攻防は『村正』というよりも『刃鳴散らす』のムードに似ており、奈良原ファンが涎を垂らして喜ぶことは規定事項だ。あまりの緊張感から「早く打ち込んで楽になってしまいたい」という短慮な誘惑に襲われてしまうが、焦りに負ければ即座に死ぬんだろうな……と考え直し、またしても息詰まる遣り取りに集中する。ホント、あそこは良い意味で息苦しくてゾクゾクしました。

 統様が唱える「武=矛を止める」「誰も殺さずに争いを止めてこそ武」は達成至難な命題であり、そもそも「武」は「戈を担いで進軍する歩兵」から来ている字と聞くので、彼女の主張を支持する向きが少ないのもむべなるかな、といったところですが……ふと、『天になき星々の群れ』でアリスが言った「でも、それが正しくなくても、わたしは明日よくなるって、信じます。正しいことだけを見ていたら、やさしさは死んでしまいます」というセリフを思い出したりした。アリスさん、フリーダには「あなたみたいなのが百万人いたって、犬死にした死体が百万体並ぶだけよ!」とか言われてましたっけ。閑話休題。全体としては短すぎず長すぎず端整にまとまっているけれど、ラスト付近が打ち切りアニメのような雰囲気を醸しており、「村正は銀星号を追い続ける……これからも、ずっと!」という一文とともにデカデカと「未完」の二文字が打ち込まれないかヒヤヒヤしたが、条件さえ満たしていればここから個別シナリオに分岐致します。香奈枝の好感度が3以上で、且つ香奈枝がまだ生存している場合は「復讐編」へ。一条の好(以下略)は「英雄編」へ。「魔王編」だけは攻略制限が掛かっており、「復讐編」と「英雄編」をクリアした後に追加される選択肢で村正の好感度を3以上溜めれば進むことが出来る。好感度が足りなかったり、ヒロインが生存していなかったりする場合はバッドエンド直行。殺しに殺して殺し尽くし、もはや殺すべき味方さえ失った湊斗さんは「後はもうお前(村正)しかいない……」と呟き、覚悟してブシャアッ。後味が悪いことこの上ない。

「復讐編」

 大鳥香奈枝のルートです。「無辜の人々を殺してきた湊斗景明を断罪する」ことにテーマを絞り、「復讐とは何か?」を突き詰めていくシナリオとなっています。復讐するのは大鳥香奈枝であり、また鋼鉄ジーグ他の人々でもある。断罪される湊斗景明すらも復讐者の輪に連なるわけで、なかなか徹底しておりますなぁ。香奈枝は真意の見えにくいヒロインと申しますか、糸目も相俟っていまいち何を考えているのかよく分からない。第一編で新田雄飛と接触したのは悪意からか善意からか、判じがたかった記憶がある。彼女は雄飛といとこの関係にあって、嘘偽りなく彼のことを心配していたのだと明らかになり、ようやっと立ち位置がハッキリしてくる。泣いて慈悲を乞えども、心を入れ替えて善行を積むと誓えども、決して許さない。必ず殺す。そう宣言する香奈枝はしかし、己自身を何よりも嫌い何よりも憎む湊斗さんにとって救いの女神にも等しかった。それゆえ、「何があろうとも彼女を失うわけにはいかない」と認識する。

 香奈枝を崇めるに至る経緯がやや唐突とも受け取れるけど、「復讐編」で湊斗さんが願っているのは要するに「秩序の回復」という幻想ですよね。たとえば本格ミステリで殺人事件が起こった場合、「私が犯人です」という遺書を残して犯人が自殺し、速攻でエンディング迎えても読者は納得が行かずに消化不良を起こしてしまう。探偵役が犯人を指摘し、推理と証拠を突きつけ、動機を語らせて司直の手に委ねるなり何なりするところまで行かないと溜飲は下がらない。犯人を物語から除去するという結果が同一であっても、探偵不在じゃ「殺人によって失われた秩序」は回復しません。告発や起訴、復讐や断罪によって死者が返ってくることは絶対にないんですが、湊斗さんは己に然るべき酬いが与えられることで「秩序の回復」も達成されると信じている。故に自裁することなく他裁される道を選び、「復讐の女神」たり「秩序回復の担い手」たる香奈枝の禍々しい神々しさに膝を屈したわけです。

 「復讐編」の特徴は、「一、無闇矢鱈な選択肢の多さ」「二、鋼鉄ジーグのパチモノ」「三、獅ー子ー吼ゥ!」「四、婆やが若返り」でしょう。まず一、とにかく選択肢が多くて煩わしいこと限りなし。それも「間違えたら即バッド、正解なら次に進む」程度ならまだ楽なんですけれど、複数の選択肢を正しい組み合わせで取らないと先に進めない箇所がいくつかあり、レトロゲームじみた厄介さに手間取らされます。飛行船探索のあたりなど、攻略手順が煩雑でストーリーに集中できなくなるケースもある。当方は「戒厳聖都」を経験済みということもあり、「ゲームブック好きな奈良原(証拠画像)のことだ、やるに決まっている」と覚悟完了させておりましたけど、それでもなおやりすぎっちゅう感は否めませぬ。特にジーグもどき(正式名称はガッツアイダーだっけ)は見た目のバカバカしさゆえ死ぬたびに「こんなのに負けたのか……」と虚しくなって素に返りそうになります。獅子吼戦あたりは程好い緊張感出ていて好きですけどね。二、さっきも書いたガッツアイダー。中の人は声優から簡単に割り出せてしまいますね。クリアした後で元ネタが『鋼鉄ジーグ』だと知ったので、プレーしている間は「なぜよりによってこんなデザインに?」と首を傾げたものでした。二度目のバトルで巨大チェーンソーを持ち出してくるが、あれを振り回して「金神は バラバラになった」なエンドもつくってほしかった気がする。三、大鳥獅子吼が真っ当に戦うシーンあるのって「復讐編」だけだよな。「英雄編」は大した出番がないし、「魔王編」はそれなりに見せ場あるけどバトルシーンは用意されてないし。銘伏(なぶせ)という無名の劔冑を用い、「兇器(まがきもの)に銘など無用!!」と言い切るスタイルに痺れました。あれは劔冑のことだけでなく、劔冑を使う己も「まがきもの」と見做して言っているんだろうな。なにげに獅子吼、私利私欲はなくて国のために死ねる忠勇烈士ですからね。四、吸血装甲(バートリィ)によってエナジードレインし、年甲斐もない格好をババンと提示。普通なら喜ぶところでしょうが、何せ20時間以上に渡って婆やモードに付き合って愛着を抱きかけていましたから、急にアンチエイジングされるとむしろ萎えてしまう面もあり。まさに婆取。ただ、手袋が劔冑というのは盲点だったなぁ。「アイアンメイデン」とか言い出すからさよ自身が劔冑で、こう、がぱーっと食虫植物っぽく真っ二つに割れて触手とか飛ばして相手を引きずり込み丸呑みしてゴリゴリすり潰したりするのかと想像しちゃいました。後になって考えると、それじゃ正宗と芸風が被るよね。

 しかし、香奈枝のルートだというのに、「復讐者としての香奈枝」ばかりがクローズアップされて「ヒロインとしての香奈枝」がおざなりになっていると思えてならない。そもそも湊斗さんと香奈枝の両者間で恋愛感情に類する何かが存在しているかどうかも明瞭ではない。湊斗さんにとって香奈枝は信仰の対象であり、香奈枝にとって湊斗さんは断罪すべき科人である一方、経緯に同情して肩入れしたくなっている相手でもある。そういった事情を勘案しても、「ふたりに愛が芽生える」ことはどうにも想像がつかなかった。おかげでヒロイン的な魅力を覚えにくい。あとすっげぇ正直に言っちゃうと妹の花枝の方が見た目も性格も好みです。か弱に見えて図太いところがイイ。もし雄飛が生き延びて物語の主人公になっていたら、きっと彼女がメインヒロインの一人に選ばれていただろうな。そうやって空想すればするほど、「再会することができなかったふたり」という現実が込み上げてきて切なくなるぜ。切ないと言えば銀星号が核攻撃に負けて切ないお姿を晒しますな。核攻撃に勝つ方がどうかしていると思うが、「それでも銀星号なら……銀星号なら何とかしてくれる」と信じていたので。ちなみに「リトルガール」は「リトルボーイ」のパロディか?

 香奈枝の劔冑は贋作弓聖「バロウズ」。弓聖「ウィリアム・テル」を模倣した真打劔冑であり、贋作ながらもオリジナルと同じ性能を持つという。命名の由来は、酔っ払って「ウィリアム・テルごっこ」した挙句に妻を射殺してしまった作家ウィリアム・バロウズだろう。ウィリアム繋がり。作中でも、かつてバロウズのテストパイロットがウィリアム・テルを真似ようとして「的の下」を誤射してしまったというエピソードが挿入されます。盾を兼ねた石弓と剣、この二つが武装。剣は両手握りすることができないため、刺突で仕留めるのが基本となっている。劔冑用石弓から発射される矢は音速をも突破し、武者の装甲を易々と貫通する威力を有するとのこと。止まっている的ならまだしも、高速で動き回る標的に矢を当てるのは至難であり、再装填に時間が掛かる以上射ち漏らしは致命的となりかねないが……そうしたウィークポイントを陰義「背理の一射(パラドックス・シューティング)」にて埋めます。ゼノンの「アキレスと亀」を彷彿とさせる逆説(パラドックス)「ウィリアム・テルの矢は林檎には届かない」をモチーフにした陰義(アウトロウ)であり、細かい説明をうっちゃって要約すると「射線を変更して矢の軌道を曲げることができる」能力です。つまり魔弾。ただし射線を変更するタイミングがキツく、変更を重ねれば重ねるほどタイトになり、「実際は使い物にならない」からこそ贋作なわけです。飛行する矢と動き回る標的の位置&ベクトルを同時に認識する能力と、「時間を止めるほどの動体視力」がないかぎり、成立しない。つまり、邪眼を持っている香奈枝ならば成立させられるです。背理を真理に変えてしまう、生来の空間把握能力と動体視力。エロシーンの間さえずっと糸目を通してきた香奈枝が両目を見開いたとき、ハエのような複眼が覗く。地の文で何のフォローもないところから察するに演出というか誇張表現なのかもしれませんが、異様すぎてドキッとします。「こんなの勝てるかよ……」という絶望を乗り越えてどうにか討ち果たすと、意外に静謐な結末が訪れる。呆気ないし物足りなくもあるのだが、湊斗さんが「悪鬼には相応しくない」と不満を覚えるほど安らかな死を迎えることもあり、個人的には「魔王編」の結末に次いで好き。雄飛を湊斗さんに殺された香奈枝、養父を香奈枝に殺された湊斗さん。果てしなく続くはずだった復讐の連鎖は、互いの死によって綺麗に輪を閉じるのでした。

 ちなみにこのシナリオをクリアすると第二編と第四編に婆や寄りの選択肢が追加されます。両方選んでからもう一度「復讐編」に行くと、茶々丸陛下が焼身自殺(心中?)した後に永倉さよ(バートリィver)とのエッチシーンが見れる。もし若返らないままエッチしていたら、プレーヤーも湊斗さんも新しい趣味に目覚めていたやもしれんな。新規要素はそれのみで、後は変わりません。回想が埋まらない、コングラッチュレーションCGが表示されない、という人はこれを取りこぼしている場合が多いのではないかと。

「英雄編」

 綾弥一条のルートです。この世の正義を体現するため打ち出された天下一名物、名甲と呼ぶ声も高い「装甲大義」相州五郎入道正宗と、700年の時を経て初めて彼を装甲する一条が「己の目指すべき正義、歩むべき大道とは何か?」と執念深く追い求めていくシナリオとなっています。正宗は見た目の神々しさから神宝とされ、一度たりとも装甲・使用されてこなかった……なんていう不可解な経歴を持っているのですが、実際に一条が装甲して戦うにつれ疑問も氷解していった。ヒドすぎるだろこの劔冑、いろいろな意味で。飛び道具が搭載されているけれど、使うと必ず自分も爆発に巻き込まれるという欠陥兵装。冗談ではなくマジで身を削って身を焦がして振り翳す技の数々。「攻撃を受けなくても身体が欠損していく」など、コンセプト自体が間違っているとしか思えません。過去の所持者たちは本能的に正宗のヤバさを感じ取って装甲しなかったに違いない。こんなの、ドMか根性だけで苦痛に耐えられる狂人しか乗りこなせねぇよ。

 で、正宗には七機巧と称するエグいギミックが搭載されています。肌と肉を剥ぎ取って捏ね上げ弾丸にして撃ち出す「飛蛾鉄砲・弧炎錫」、手が炭化するまでの短時間しか使えないヒートブレード「朧・焦屍剣」、肋骨を伸張させて獣の爪や顎のように刺して挟む「隠剣・六本骨爪」、両手の指を飛ばして攻撃する言うなればロケットフィンガーの「無弦・十征矢」、腹を破って射出した腸を触手のように巻きつけ拘束する「割腹・投擲腸管」、もはや解説不能な「神形正宗・最終正義顕現」……あれ? 改めて数えてみると一個少ないな。ひょっとすると「悪鬼編」のラストにあった肘バルカン? どちらにしろ、こんな劔冑装甲したくねぇです。

 正宗の存在自体が既にギャグそのものだが、「奴は十騎衆の中で一番の下っ端よ」みたいなベタベタの発言をしたり、どう見てもガメラでしかない亀が飛んできたりと、「復讐編」のジーグもどきには及ばないながらも笑える敵がいくつか登場します。正宗を装甲した一条は銀星号とも対峙するものの、あっさり一蹴される。「殺人という行為を他人任せにしようとした」湊斗さんの卑しさを見抜き、失望と激怒から暴走に近い騎行を繰り広げる銀星号。やはり自分自身で片をつけなくちゃならない、と肚を据えた湊斗さんは銀星号に一騎打ちを仕掛けます。無敵に等しい銀星号へひと太刀とはいえ攻撃を加え、その機動力を奪った武者が小弓公方府にいる(たぶん雷蝶)ということを知って微かな感動を覚えたりもした。「ヘタレオカマ親の七光り和え」というイメージが強い雷蝶だけど、武功と統率力だけはホンモノだったんだなぁ。

 ちょこちょこと幕間で仄めかされていた義清の伏線もクライマックスで消化。「それは……蒙古の所業……! 吾は……あのような惨劇を二度と起こさぬために……」とショックを受ける正宗が可哀相だった。個人的には好きになれない劔冑だけど、純粋に悪行を憎んだ鍛冶師の心は否定しがたい。もし、ここで一条が挫折感に耐え切れず蹲って泣き出すようなら「愚物ヒロイン」として片付けられたところだろうが、押し付けられた胎児の腐肉を嚥下して胃の腑に落としながら「それでも」と立ち上がり、己の信じる正義を掲げ続けますゆえ「妄執に彩られし物狂いヒロイン」へとランクアップした。無垢と汚濁を噛み分け飲み下し、なおも彼女は征く。結局、村正(湊斗さん)の目指す道と正宗(一条)の目指す道がまったく逆であることが白日の下に晒され、両者は宿命の如く決裂し対立します。「世に泰平をもたらしたい」という気持ちは共通なのに、主張と議論はどこまでいっても平行線。何らの妥協もすることができず、相殺魔(バランス・キーパー)と正義狂(ブラインド・ジャスティス)は干戈ばかり交えてしまう。達成不可能な目標――すなわち天下泰平という名の妄執に取り憑かれた悪鬼と大義、同胞でありながら不倶戴天たる運命を強いられた双生児の相克が不思議と胸に響く。なんかもう夢枕獏とかラヴクラフトみたいになってくるラストバトルの狂熱はいろんな意味で予想を超えていたが、肺腑に灼熱感が込み上げて来るぐらい面白かったことは確かだった。正義の女神は目隠しして剣と天秤を持つ姿で描かれるが、冷静に考えると目隠しと天秤って両立しないよね……などと思ったりした。余談だけど、成長した一条の立ち絵が絶妙なエロさで参る。

「魔王編」

 うーん、誰のルートと書くのが適切だろうか……三世村正のルートであり、足利茶々丸のルートであり、湊斗光のルートであるとも言えます。まず、「青江の幻術の影響」で湊斗さんの精神が南北朝時代にタイムスリップする。村正が生きた時代であり、つまりは村正が劔冑となる以前、一介の蝦夷として暮らしていた頃の記憶が上映されたって寸法。立ち絵だけは第五編でチラ見させていた二世村正に加え、祖父母も登場します。なぜ、村正の家は三代に渡って「善悪相殺」という呪いの劔冑を討ち続けたのか? という根本的な謎が絵解きされていく。妖甲誕生の経緯を語るイベントであり、なかなか腑に落ちるところが多かった。そして村正の立ち絵が非常にエロくて満足した。褐色グラマラス銀髪は正義! 母親よりも艶かしい肢体という倒錯感に当方はメロメロです。

 村正の過去を知り、彼女と「心甲一致」を果たすことが目的への近道だと確信を得た湊斗さんは腹を割って話し合おうと画策する。今までは互いに心が通じてなかった、これからはちゃんと通わせていこうぜ、みたいな。要するに「ちゃんとした共犯者になろうよ」という誘いであり、もっともな提案ではあるのだが、あくまで「自分は加害者、湊斗景明は被害者」の図式に拘泥する村正は耳を貸さない。彼女は銀星号討伐に絡んで湊斗さんの手を汚させることを気に病んでおり、「同じ地平に立つ」ことは彼をダークサイドへ引きずり込むことに他ならないと認識しているわけだ。ひたすら村正との連帯を求める湊斗さんに対して「あなたの心はいらない」と精神操作で脅しを掛けたりするものの、やってることが本末転倒(彼の心を大事にしたかったのに、危うく潰しそうになった)と気づいて逃げ出してしまいます。はぐれ劔冑となり、「自分だけで片を付ける!」と『ひとりでできるもん』状態で銀星号に突っかかっていくが、人間形態の二世村正(かかさま)にボコられてあっさり敗北。「才(サイ)なく心(シン)なく刀刃を弄んだ愚物! 相応の惨めさで果てるがいい!」と肉親から雑魚認定されて殺されそうになる村正が哀れですな。土壇場で湊斗さんが間に合って助かり、すれ違いを乗り越えて正式な帯刀ノ儀を結び、ふたりは一騎となる。OPムービーのアレンジバージョンも再生され、いよいよ本当の村正が始まりまする。

 個別シナリオの序盤で発生し、その後のストーリー展開を左右する重要イベントに「足利護氏暗殺」がありますけど、これまでのルートじゃ外縁めいた事情しか説明されず、暗殺そのものに関しては謎が残ったものでした。「魔王編」では湊斗さんが「護氏は闇に葬るべき人間かどうか見極める」として暗殺計画に参加します。村正がそのままだと目立つから人間形態で潜入することになりますが、「……ええ。御堂。私よ」「蝦夷として生きていた頃の私よ!」で盛大に噴いた。なんというドラム缶……さすがにこれじゃどこにもアンダーカバーできないので、後日キチンと人間形態になって作戦決行。しかし事情聴取すらまともに行えない湊斗さんのこと、別人に成りすまして任務を行うなどできるはずもなく、成り行きから護氏とバトることに。古式ゆかしい劔冑「髭切」がやっとこさお出まし。野暮ったいデザインにむしろ安心してしまうのはなんでだろう。バトルが終わったところで銀星号が現れ、覇王問答の末に飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)を解き放つ。まさかブラックホールとかが出てくるゲームとは思わなんだ。このイベントでは茶々丸が「半蝦夷(ハーフドワーフ)ではない」と嘯いたりして、これが後々伏線として活きてくることになります。ところで髭切の秘太刀って、どういう原理で作動し、どういう効果を現すんだろう。「獲物の滓も残さぬ」のほかは何も解説がなかったな。ティルトウェイトだったりして。

 あわや飢餓虚空に飲み込まれる、という寸前のところまで行った湊斗さんは絶命こそ免れたものの気絶し、堀越公方の館へ連れて行かれる。ここで発売前から人気の高かったイベントCG「おはよ、お兄さん」が到来。笑顔を浮かべた茶々丸がマウントポジション取っている、なんとも心洗われる一枚です。客人の身となった湊斗さんは茶々丸や光と平穏な生活を送り、これがバトル主体のニトロゲーであることを忘れさせてくれそうになる。「天座失墜小彗星・簡略版(フォーリンダウン・レイディバグ・コンパクト)!!」「八つ当たりが痛過ぎる!?」とか、ほのぼのしまくりで笑った。光と茶々丸がどえりゃあ可愛いわ。とても最強殺人鬼と親を殺して家乗っ取った中将、人類世界を滅ぼそうとしているコンビには見えんな。堀越のイベントでは夢ネタにかこつけて過去のニトロヒロインを山ほど登場させる内輪ギャグも印象深い。これだけ豊富なネタ仕込めるのも10年間の蓄積があったればこそだよな……夢が覚めれば、和んだ心に冷や水をぶっかけるが如き「ミッション:布団に仰臥する光(廃人バージョン)を縊り殺せ」という鬱イベント発生。首に手を掛けるところまで行くが、最終的には悲痛な声を挙げて光を抱えて逃げ出す湊斗さん。まあ逃げなかったら「大義(世界)のために無我で悪(光)を討った→善悪相殺で大義あぼーん」となり世界終焉(ワールドエンド)ですけど。森の中、月下に舞う光はなかなか幻想的だった。湊斗さんに御姫(光)は殺せないと悟り、茶々丸は決断をくだす。銀星号の精神汚染能力を利用し、湊斗さんの頭と胸に蟠る懊悩と葛藤を吹き飛ばす――と。かくして湊斗さんは迷妄を振り払い、真の暗黒星人として目覚めます。正直、元が元なのでダークサイドに堕ちてもあんまり違和感がありませんけども。

 糟糠の妻ならぬ装甲の妻を打ち捨てて愛人・茶々丸のもとへ走ったところで六波羅編が開幕。これまでどちらかと言えば六波羅と敵対していた湊斗さんがひょんなことからその陣営に加わってしまうっつーなんとも美味しいシチュエーションです。すかさず茶々丸のエッチシーンも挿入されて二度美味しい。ダークサイドに堕ちたせいか、湊斗さんの鬼畜ぶりに磨きが掛かってますな。もうほとんど陵辱ゲーの主人公だ。言葉で嬲り肉棒で攻め立てる。コトが終われば「用は済んだから、出て行け」とのたまう。風が語りかけます。ひどい。ひどすぎる。その仕打ちに泣きつつ耐える茶々丸が健気で胸キュンだったりしますが。道具扱いされて悦ぶとか大したビッチ処女だな。エッチの後半が省略されるニトロクオリティに嘆かされながらも、茶々丸の魅力は一向に衰えを見せません。この足利茶々丸というキャラ、見た目の良さも影響してか、体験版で姿を見せないキャラであるにも関わらず支持率が高かったんですよね。実際、作中でも扱いは優遇されている。『村正』はヒロインのほとんどが、何らかのシナリオで主人公に殺されるか、主人公を殺すかしている(香奈枝、一条、村正がこれに該当。光は景明を殺しているか否かの点について解釈が分かれる)のに対して、茶々丸は湊斗さんを殺しもしなければ殺されもしない。「親殺し」についても、「殺さなければ殺される」という切羽詰った事情なので情状酌量の余地があり、微妙にユーザーの目を意識して配慮が施されているような気配漂っています。

 湊斗さんと戦うこともあるけれど、忠誠心というか懐きっぷりは村正に勝るとも劣らず。仕手に逆らうこともある村正の態度に不快感を覚え、湊斗さんの体を傷つけてまで窮地を脱そうとした場面で怒りを露にする茶々丸、「劔冑とはこうあるべき」って確たる信念を持っている様子なので、天下一名物・正宗の実情を知ったら卒倒するだろうな。「魔王編」の途中には茶々丸アナザールートが用意されていますけど、すっごく短くて経過も省略されています。でも「ここだ。お兄さんの武器はここにある!」「呼んで! お兄さん」「銘を!!」が痺れるほど熱かったので別にいいや。対戦相手として選ばれた今川雷蝶こそが真に不遇。「六波羅最強の武者」という設定で、正宗に攻撃されても傷一つ負わず、複数の竜騎兵を流れるように斬り屠り、装甲した茶々丸も一撃で瞬殺、飛行船を落としたり天守閣を粉々にしたりする剛力を持っているのに、まともに描写される戦闘シーンが全編通じて一個もなくて残念でした。他にも黒瀬童子は劔冑まで持っているのに噛ませ犬止まりだし、さよと常闇のバトルは丸ごと省略(ただ「悪鬼編」でさよが生き残っていることからしてさよの勝利か引き分けだったと察せられる)だし、「魔王編」はやたら端折る箇所が目立ちましたな。端折ってなおこの長さなんだから仕方ない気もしますが。でもやっぱり雷蝶と激甚なる死闘を繰り広げ、さよと常闇斎が決着し、黒瀬童子が活躍し、神化した光が「おい待て。なぜ結縁している……茶々丸、お前も光から景明を奪うのかッ!」と叫び、虎徹化した茶々丸が「悪いね、御姫……世界を滅ぼすわけにはいかなくなっちまった」と嘯き、闇化した湊斗さんが「光……ほら、お義母さんだぞ」と空気読めない発言する真・茶々丸ルートは見たかったようなカオス度MAXだから見なくて正解だったような。

 六波羅とGHQの戦争が佳境を迎える中で獅子吼は通信途絶、恐らく死んだのでしょうけれど、あの人も「魔王編」でさりげなく株を上げたなぁ。お家大事、お国大事とそればかりの印象があったのに、生き別れた弟の面影を湊斗さんに見出して不器用な好意を向ける描写が微笑ましい。「俺らしくもない」と自嘲する部分も含めて。湊斗さんが統様の養子になる前の名が「改次郎」で、獅子吼が大鳥の分家に貰われたときの名が「大鳥新」らしいから、本当に「ふたりは生き別れた兄弟」っていう裏設定になっているはず。なるほど、そう考えれば「復讐編」は「父親の仇である獅子吼に復讐した香奈枝、生き別れの兄である獅子吼を殺した香奈枝と刺し違えた湊斗さん」っつー、当人たちも知りえないもう一つの構図が浮かび上がってくるわけだ。それはそれとして「あらた」はいったいどこから来ているんだろう? 「オランダ→阿蘭陀→あらた」か?

 飢餓虚空(ブラックホール)と鍛造雷弾(リトルガール)の鬩ぎ合い、金神様ご降臨、まさかの長坂右京復活という目まぐるしい展開を経て、遂に村正と銀星号が最終決戦に臨みます。溶岩の上空で睨み合うシーンが終末の風景じみていて好きだ。『刃鳴散らす』みたいなブレードアーツの応酬を反則技で凌いでお茶噴かせたり、宇宙まで飛んでいって殴り合ったり、やりたい放題。月までぶっ壊すインフレぶりに是非呆然とせよ。当方はしました。合間に面倒臭い立方体パズルを解かせる嫌がらせに近い茶目っ気もありますが、終わってみればあれもあれで楽しかった気がするから不思議だ。野太刀を取り戻した村正の究極絶技「電磁抜刀(レールガン)“穿”(ウガチ)」が凄すぎてもはや単なるビームにしか見えないが、善悪相殺の掟を利用して我が身を魔剣にする、というラスト一手の発想には目から鱗だった。そうか、すべてはこのラストに集約させるためか! 「……良い……」「……良い夢で……あった…………」と呟く光の最期が異様なくらい嵌まっていて感服いたしました。とはいえ光、他人に「往生際の悪さは頂けぬ。折角の武名を自ら汚してはなるまいぞ」と叱咤しておきながら、自分自身はメチャクチャなしぶとさを発揮して「景明を返せぇぇぇッッ!!」と執念深く追いすがって来るから言行不一致も甚だしいべ。体育会系ヤンデレは支離滅裂な恋愛根性論が却って清々しく見えるんで困る。

 余談。茶々丸戦では脇差しかなかったため電磁抜刀が使えず、電磁擲刀(レールガン)“呪”(カシリ)という技で代用していますが、脇差を投擲するこっちの方が“禍”や“威”、“穿”よりもレールガン本来のイメージに近似している気がしますね。

「悪鬼編」

 武帝云々といういまいち趣旨を把握しづらいエピローグを合間に挟んで始まる最終章。湊斗さんが真性の悪鬼となることを決意する話であり、また村正とのイチャイチャラブラブ生活が描かれる番外編でもあります。メイド服着た村正の威力が途轍もない。あのフェラ顔を目撃した瞬間、股間のレールガンが蒐窮磁装(エンチャント・エンディング)しそうになりました。

 ボリュームは第一編よりも短く、2〜3時間程度で終わる。本音を述べると少し蛇足だな、という感は否めない。物語としては湊斗光を愛で討った場面で終わっておくのが一番綺麗だったでしょう。「何よりも深く己を憎悪し、殺害した」はずなのにおめおめと生き延びてしまうこと自体、ちょっと無理がある。でもまあ料理つくれなくて焦って陰義まで使っちゃう村正は可愛いし、フリマに出てくる前髪パッツン骨董商はサブキャラながらイイ味出しているしで、この編自体は嫌いじゃないです。

 穏やかなムードのまま終わりそうになって拍子抜けし、思わず油断したところで暗転。いきなりザシュッですよ。あのシーン単体のショックもさることながら、無様に駆けずり回って「理不尽!」と叫ぶ湊斗さんを、これまで彼によって理不尽に命を奪われてきた人々の姿と重ね合わせる演出に心が凍えた。忘れようとしても忘れられない、決して取り戻せぬ過去がブーメランのように返って来る。腹腔に黒々とした水が溜まるような、スラッシュダークならではのテイスト。

 ただ、雪車町との決着は予想していたよりもおとなしめでしたね。雪車町が真打(瓶割とか)を装甲して湊斗さんと白黒つけるイベントは見たかったなぁ。茶々丸ルートの雷蝶戦ともども、FDか何かで実現しないかしらん。選択肢は最大2回出てきて、3つのエンディングに分岐します。ひとつは平凡なバッドエンド、ひとつは愛も呪いも何もかもを失うある意味で必然のエンド、最後のひとつは装甲悪鬼として天下に善悪相殺の武を布くと決断する宿命のエンド。結局のところ、「呪い」が軸になっています。呪いによって善きも悪しきも殺してきた湊斗さんは「その死を無駄にする」ことを是とせず、これからも殺し続ける――という釁られた道を全力疾走することになる。死者への哀惜が、何よりも彼を呪縛するのです。たぶん村正を喪う方のエンドでさえ、湊斗さんは悪鬼を継続するはずだと推測される。「わをもってとうとしとす」エンドでも、村正生存の事実を知る前から覚悟決めていたわけですし。何より、使命も愛も憎悪も呪戒も失って縛るもの一切がなくなり自由の身になったとしても、自分を許し己の幸せに向かって歩み出す湊斗さんなんて想像できやしませんから。

 

 

 数十時間に渡って奈良原節を浴び続けたことにより、失禁しかねないほどの歓喜と悦楽を味わいましたが、客観的に見れば奈良原一鉄のテキストは少々どころではなく、かなりくどいのかもしれない。滔々と説明重ねすぎてせっかく築いたテンポを崩してしまっている箇所がいくつかあります。個人的にはああいう「時間が引き延ばされる」主観加速フィーリングを強調した丁寧な濃厚濃密濃縮バトルは大好物だけど、誰もが美味しくいただけるって確信は抱けない。乱発される選択肢に関しても同様。しかし、シナリオのアクの強さについては「なんだ、この程度か」と拍子抜けするところもある。もっと全然付いていけないような展開目白押しだと思っていたのに、意外とちゃんとニトロプラスしています。シナリオが長大化した影響か話のまとまりは『刃鳴散らす』と比べて格段に荒くなっているものの、力技でねじ伏せてホールド勝ちしてくれました。なまにくATKも、「これが初原画……!?」と呻くに足る獅子奮迅の大活躍で終始我が目を魅了してくれたし、多少の不満点など屁でもない。いや、音声周りはもうちっと細部を徹底して欲ほしかったですけども……さっきプレーし直していたら「帰命頂礼八幡大菩薩」が護氏は「きめいちょうれいはちまんだいぼさつ」で、雷蝶は「きみょうちょうらいはちまんだいぼさつ」でしたよ。他にも、文脈からすると相手の言葉を否定する意図で放たれたと思われる「そうじゃない!」というセリフが、イントネーションからすると同意を求める「そうじゃない!?」になっていたり。あとシステムが重くて選択肢の表示等に時間が掛かったり、スキップは速度が遅いうえ既読/未読の判別がいまいちしっかりしなかったりと、プレー環境も快適とは言い難かったな。

 コンプリートはしましたけど、まだまだ当方内部での『村正』は終わりそうにない。むしろまだ始まったばかりという気がする。今後もドラマCD等の展開があることですし、ポツポツと暇を見つけては再プレーしてねっとりとしゃぶって楽しむとしよう。ニトロプラス10周年記念作品、まさしくその名に羞じぬ出来映えでありました。ところで機会がなくて書き漏らしていたけれど、タイトルは『吸血殲鬼ヴェドゴニア』を意識してのものか? だとすれば『救国剣鬼ハナチラス』といい、奈良原はつくづくヴェド好きってことだな。最後に、好きなキャラを5人挙げるとしたら湊斗さん、茶々丸、光、村正、瑞陽とこうなるかな。獅子吼と雷蝶も好きは好きだがもうひと押し欲しかった。サブキャラでは江ノ島の所長イチ押し。


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