「空手小公子 小日向海流」
   /馬場康誌


 “ヤングマガジン”で10年以上に渡って連載され、単行本50巻というちょうどいい区切りのところで完結した格闘漫画です。ストーリーはあまり区切りの良いところで終わらなくて、ちょっと……いや相当に中途半端な幕引きとなってしまいましたが、現在は『空手小公子物語』という続編がヤンマガで連載中。主人公が小日向海流から大月岳に変わってますが、後日談として未消化部分をいろいろと片付けてくれるのかな。さておき、『空手小公子 小日向海流』全50巻の内容を要約すると、「親しい女の子が下衆な先輩たちに殴られ、目の前で剥かれそうになっても、やめてくれるよう土下座して懇願することしかできなかったヘタレ大学生が、空手部の面々との出逢いを通じて才能を開花させ、大きな舞台へとはばたいていく」って感じになります。掲載が青年誌ということもあって、主人公が中高生ではなく大学生になっているんですよね。話が進むにつれ、「このまま格闘選手を続けるのか、それともそろそろ就職活動を始めた方がいいのか」といった問題も浮上してくる。そこが格闘漫画としては若干珍しいところでしょうか。「強さ」ばっかりを追い求めてもいられない、ちゃんと将来のことも考えないといけません。

 主人公が通う東京近郊K市の「嶺南大学」は偏差値こそアレだけどスポーツは一流と自認しており、多数の五輪メダリストを輩出している。特に武道・格闘技系の部活動が盛んで、およそ100もの団体が犇くことから「百武会」なる体育会連合が組まれていた。序盤はこの百武会を軸に進行していきます。武術系の部活が100って、言葉にすると簡単ですが一大学の規模としては相当な数ですよ。「空手部だけでも5つある」というのだから尋常ではない。百武会はランキング制度で、所属する部のそれぞれが「第○位」と格付けされている。この序列はだんだん意味が薄くなっていき、後半になると完全に忘れ去られます。百武会そのものが後半は空気になりますからね……最終回にちょろっと出てきて「ああ、そういえばそんな設定あったな」と思い出すくらい。

 ストーリーは大きく分けて4つの章から構成されているが、長期連載漫画の宿命で後半に行くほど話が長引き、章があったこと自体忘却してしまう。そのため第4章に関しては適宜細かく分解して見て行くことにします。じゃあ、大雑把に各章ストーリーの紹介と感想をダラダラ書いていきましょう。

第1章「百武会風雲内乱編」(1巻〜4巻、第1話〜第40話)

 主人公・小日向海流(こひなた・みのる)と空手の邂逅、そして仲間たちとの出逢い。覆面男に始まり覆面男に終わる章です。主人公は昔から空手を嗜んでいたわけじゃなく、物語開始時点では体操部に所属しています。しかし中性的な容貌と押しの弱いヘタレな性格が災いしてか、部の先輩にイジメられている。同じ体操部で仲良しの三崎七奈(ヒロイン)が先輩たちに襲われそうになっても、殴りかかることさえできず土下座する始末。そんな有様を傍観していた謎の覆面男は暴行犯紛いの先輩たちを鎧袖一触した後、海流の顔面を殴打して気絶させる。彼が目を覚ますと、そこは空手部の道場だった……。

 こんな感じで、割とベタなノリに任せて開幕します。主人公は幼い頃から体操をやっていたこともあって身体能力は優れているけれど、「人を殴る」ことに対して抵抗が強く、まだまだ空手小公子としての威風は漂わない。舞台もほぼ嶺南大学内に固定されており、「格闘漫画」というより「学園バトル漫画」といった趣だ。作者の絵柄も、今と比べれば面影というか兆しこそ感じられるが、だいぶ違う。特に葉山健太郎と間宮聖二はほぼ別人に見えます。まあ、このときは海流を含めて一年生のメンバーは18歳か19歳くらいですからね。バラしてしまいますが、『空手小公子 小日向海流』はちょうど海流たちが嶺南大学を卒業するところで終わる。つまり4年弱の出来事を綴った漫画なわけです。第1章の具体的な時期は不明だが、第2章が夏期合宿編であることを考えると春から初夏にかけてであろうか。1巻は体操部に居辛くなった海流が成り行きで第二空手部に入部、2巻と3巻は元剣道少年だった聖二を連れ戻そうとする兄・貴一および剣道部との争い、4巻は「もう一人の覆面男」を巡る内容となっています。柔道部やテコンドー部、剣道部といった百武会上位とのトラブルがメインであり、昇級試験でちょっと学外のことが描かれるけど、後の大きな広がりはまだその片鱗すら見せていない。ちなみに百武会は柔道部が第1位(筆頭)で、第2位は剣道部、第3位は相撲部、第4位は空手道部、第5位はテコンドー部となっている。相撲部は忘れるどころか認識すらせずに読み流していた……最終回にチラッと出てくるけど、記憶を掠ることもなかった。空手道部は嶺南大学に存在する空手系団体の最大手で、海流が間違って空手道部の道場に迷い込みそうになるシーンや、「健太郎はもともと空手道部の部員だったけど辞めて第二空手部に移ってきた」といった設定があることから、ここを焦点に何か大きなイベントが起こるのではないか、と睨んでいたがまったくの気のせいだった。主将の眼鏡(伊東淳志、ただし7巻では伊「藤」淳志になっている)はいったい何だったのか……。

 このあたりを後から読み直して振り返ると、いろいろ懐かしいですね。南部長がドゲザーだった点とか、「そうそう、あったあった」と頷いてしまう。登場時点から「迫力のある破天荒な先輩」として存在感を示す、『はじめの一歩』で言うところの鷹村守に当たる武藤竜二は、どっしりと落ち着いた風格を纏う後半に比べるとまだまだヤンチャキッズな雰囲気を発していますね。このとき21歳。最終巻の海流よりも若いことを考えると少し不思議な心地に陥る。聖二の兄・貴一は今見てもキ○ガイじみています。素手の弟を竹刀でボコボコにして、血まみれになっても病院へ連れて行くどころかサンドバッグに詰めて放置するという……『バキ』の加藤清澄を思い出したが、連載時期を考えるとこっちの方が先か? 貴一は剣道部(得物持ち)の主将だから、以降はあまり出番がないけれど、メインキャラの兄ということもあってちょいちょい顔を出す。サンドバッグの件も本人の与り知らぬところで蒸し返されている。意外と長い付き合いになる薙刀部のコンビ、延藤希と高倉晶子は3巻から登場。このときはまさか『空手小公子 小日向海流』で自分の一番好きな女性キャラが希になるとは予想だにしていなかった……希の祖母で薙刀部師範の千代は解説役および指南役として活躍するのかな、と思ったが特にそんなことはなかった。

 第1章でもっとも強烈だったのがペドロの事件か。同性愛者が出てくるのは漫画じゃ別に珍しくないけれど、ガチで性犯罪ヤッてる野郎はさすがにそうそういない(いたら困る)。最低でも4人のケツが掘られたことになるが、警察沙汰になることもなく、犯人があっさりと第二空手部に入部して第1章・完。そんなこと言ったら武藤のやってた百武会狩りも普通に暴力沙汰だし、弟をサンドバッグに詰めて放置した貴一は下手すると殺人未遂で逮捕されていたかもしれないわけだが……「内輪の揉め事」といったムードで有耶無耶にされている。やっぱり、格闘漫画というよりは学園漫画調ですね、第1章は。

第2章「夏期合宿疾風激闘編」(4巻〜7巻、第41話〜第66話)

 第二空手部の夏合宿は沖縄。何でも、その年入った新入部員のほとんどが逃げ出すという「地獄の合宿」らしい。薙刀コンビの希と晶子の水着姿で読者サービスしつつ、4巻ラストで新ヒロイン・赤嶺梨夏が登場。『空手小公子物語』から読み出したクチとしては「待ってました」な御登場だ。翌年には嶺南大学へ進学して海流たちの後輩になる梨夏、この時点では武藤に惚れている、というのも改めて確認すると懐かしい。イイ雰囲気が漂っていたとはいえ、まさか健太郎と梨夏がくっつくとは……『空手小公子物語』からの逆流組にとっては最大のサプライズである。その健太郎は「組手すんの怖ええんだよぉ」とボロボロ泣きながら真情を吐露。「殴られたり蹴られたりするたびによお‥‥‥‥‥」「みんなアイツの顔に見えてくんだよ!!」と思わせぶりなことを叫ぶ健太郎。以降「アイツ」について触れられることはなく、このセリフの真意は謎のままになってしまった。使いどころがなくなって破棄された伏線なのか、それとも作者本人すら忘れてしまった描写なのか……健太郎が元空手道部だったことを考えると、アイツ=眼鏡(伊東淳志or伊藤淳志)なんでしょうかね?

 地下闘技場の賭け試合に参加するという、「漫画で100回は見た」ような展開に突入していくあたりが「疾風激闘」というタイトルの由縁。海兵隊所属のケビン・ノートンとの死闘を経て海流が「競技」と「ケンカ」の違い、そして「本当の空手」を知り、武の恐ろしさ、ダークサイドを実感して震える。「やっぱり僕には空手なんか‥‥」と後ろ向きになる海流を、先に辞めたがっていた健太郎が励ます。ようやく健太郎が「ただのサブキャラ」から「主人公の親友」へとレベルアップした瞬間であった。話数としては2巻半程度の短さだけど、密度の濃い章でありました。

第3章「鏑木流空手乱世死闘編」(7巻〜16巻、第67話〜第165話)

 このへんで打ち切りの心配もなくなったのか、ストーリーが安定して長期化し始めます。約100話かけて第二空手部の面々が公式試合で活躍する様子を描く。

 が、開幕一発目のネタは忍者。目の錯覚ではない、忍び装束を纏ったNINJAである。百武会ランキング86位、忍術部の主将・霞才蔵(本名ではない)だ。主将と言っても部員は1名、潰れる寸前どころか百武会から正式に廃部勧告を受けている。海流はうっかり秘伝の巻物を焼いてしまったことから、忍術部を兼部することに……ネタキャラとして登場し、その後は諜報役として活躍することになる霞才蔵、本名・高倉広志(薙刀部の高倉晶子の兄)だが、この頃は「妹を弄ぶ男(ただの勘違いだったけど)」を本気で殺そうとするアブない奴であった。後半、まさかのAV男優化に驚きつつも納得した読者は多かろう。しかし妹・晶子の心中は如何ばかりか……兄妹の縁を切られてもおかしくはない仕出かしぶりである。

 第3章は秋の全国大会予選、正式名称「鏑木流空手全国大会予選西東京大会オープントーナメント」と本戦「鏑木流空手全国大会オープントーナメント」、それぞれの軽量級と無差別級を軸に進行していく。予選には海流のほか聖二が軽量級に出場、南は無差別級に、武藤は前年度優勝のため予選ではなく本戦から出場。そのため予選編については軽量級の試合に絞っており、無差別級の試合内容に関してはまるっと省かれている。本戦のみ軽量級と無差別級の両方をしっかりと描いています。地下闘技場みたいな非公式試合は別として、主人公が試合に出るのはこれが初めてですから非常にワクワクします。10巻近いボリュームをあっという間に読み尽くしてしまう。後から確認して「こんなに長かったのか!」と驚くほど。

 トーナメント形式だから登場人物も一気にグッと増えます。内容をまとめるのに苦労しますが、要約しつつダラダラ語っていきましょう。まず7巻、さりげなく轟沈している里見に苦笑い。ふきだしで顔が隠れるように構図を取っているから、このシーンは読み返さないと記憶に残りませんね。高橋速人も伊吹の当て馬みたいな形で登場、「ウィ〜〜ス」とチャラそうな印象を醸している高橋だが、この人も進むにつれてイイ味出していったキャラです。そして海流のライバル、リュウ・オオスギもお出まし。『はじめの一歩』で喩えると千堂武士みたいなポジションだろうか。いやヴォルグ・ザンギエフの方が近いかな……だいたい両者の中間ってところです。外見的にも大好きな立花宗護さんは8巻から登場。当方、こういうダンディなオッサンキャラには弱いんですよ。『天牌』で言うと中釜清蔵。

 予選の方は本戦に比べると「その後重要になるキャラ」は少ないですね。海流、聖二、リュウを除けばせいぜい寺西貴文くらいかしら。熊谷裕司は武々大絡みで本戦の幕間にちょろっと再登場したな。武々大こと武蔵野武道大学は「頭が悪く、ブ男が多いことでも有名」だが名門体育会系私立大学であり、嶺南のライバル校とされている。武々大との会話で「聖ヘレナス女子大」や「売り出し中のアイドル内山未来」といったワードが出てきて、「おっ、読者サービス的なお色気イベント来るか?」と期待したが何もなかった。武々大、絶対に許すまじ。8巻の終わりに、武藤に殴りかかって肘の一撃で指を粉砕される丸刈りが出てくるが、まさかこいつが最終巻の伏線になるとはな……覚えてる読者、どんだけいたんだよ。10日くらいで全巻まとめ読みした当方でも完全に忘れていて思い出せんかったわ。最終巻の報道でも「実名は伏せます」と言ってるから名前すら分からないんだよな、こいつ。

 9巻は海流対リュウ戦が読み所だが、伊吹謙悟の兄・悟留の話題が出てきてストーリーの向かう先がうっすらと見え始める。「イケメンだけど掴み所がない先輩」であった伊吹の戦う理由と、海流の目指すべき目標が明らかになります。ずばり、その名をサーマート・シリントゥ。『空手小公子 小日向海流』において一貫して「最強」の座を占めておきながら、一度も本気を出すことなく終わってしまった未使用の最終兵器。初期のサーマートはちょっとリヴァイっぽい外見ですね。「強すぎて賭けが成立しない」ことからまともに試合が組まれない、「強者の憂鬱」を味わっているサーマート。無表情のまま膝蹴りを繰り出し、伊吹の兄を死に追いやった「得体の知れない怪物」は、まさに倒すべき仇敵であり乗り越えるべき目標。しかし、海流の強くなるペースは割と遅いので、読んでいるうちに「この調子で行ったらサーマート倒すのに100巻くらい掛かるんじゃないか、50巻じゃとても追いつけそうにないぞ」と感じ、不安は的中した。各大会をじっくり丁寧に描き過ぎた代償とも言える。一方、体操時代の海流や七奈が回想に出てきて、高校生の頃から二人の付き合いがあったことが判明。3章は格闘漫画としての様相が強まると同時に、各カップルの恋愛フラグが強まる章でもある。聖二と晶子が急接近し、梨夏が健太郎のパンツを洗う。武藤は遥華との関係が続いているみたいだし、謙護は兄の婚約者だった女性に複雑な想いを抱いていて……ゲイのペドロは海流に一方的なリビドーを向ける通常運行ぶり。忍者の広志と部長の南、主従コンビは恋愛面において蚊帳の外である。南は恋愛フラグ立つまでが長いんですよね……。

 11巻は国内軽量級最強王者のカオちゃんこと濱田カオルが参戦。この人、後半はイイ人になるけど、最初の頃はメッチャ性格悪かった……「顔だけはやめて!」と言われていたのにリュウくんの顔面ボコボコにして病院送りにするわ、海流をタコ殴りして「先っちょから汁出そうや‥‥」とゾクゾクするわ。「あなたって本当に最低の屑ね!」の一言に尽きる。強面じゃないから油断してたがとんでもない変態でしたよコイツ。大会編に入ると試合ばっかりで男臭さが限界点に達するため、ただでさえ心の潤いが足らなくなってくるというのに……七奈ちゃんはそんなムサ苦地獄における数少ないオアシスの一つ。11巻の「はわわ‥」と半泣きする七奈ちゃんクッソ可愛い。可愛いと言えば中学生の伊吹も可愛かったな。衝動的に「男でもいい!」と叫びたくなるレベル。ベルトランの娘、アネットも貴重な幼女分を提供してくれる。そのベルトランは南に判定負けという椿事が発生するも、強引に再出場させられ武藤との連戦。13巻から16巻にかけては超弩級の熱い展開目白押しであり、何度読んでも体が燃えるわ。最高潮に盛り上がって幕を閉じた大会だったが、鏑木流トップの不祥事が発覚し、百武会執行部は第二空手部に廃部を通告。かくして海流たちは道場を失い、川原で練習を積むことになった……というところで第3章・完。武藤は海外への船に乗って日本を去る。もしここでシリーズが打ち切られていたら「ふざけるな!」の声が噴出していたことでしょう。が、問題なく話は次章に続きます。

第4章「新世代若武者奮迅編」(16巻〜50巻、第166話〜第500話)

 はい、最後にして最大の章です。というか、途中で章分けするのをやめてしまったんじゃないか、って疑惑すら持ち上がる。31巻までは表紙見返しや目次に「第4章」という表記があったのですが、32巻からはその表記がなくなっている。律儀に考えれば約35巻分、全50巻のうち半分以上(7/10)を費やしている章ってことになりますが、あまりにも長すぎて区分として役に立たないから適宜「○○編」と細かく分けて書いていくことにします。

 まず、16巻から21巻にかけての「RAGNAROK編」。後楽園ホールで開かれる士龍館主催の大会「RAGNAROK」に新生空手部(空手同好会)が出場することになるエピソードです。16巻と17巻はその前フリで、18巻から大会が始まる。3章の終わりから1年経過し、海流たちが二年生になって梨夏や竹中(進級試験のときに海流に食ってかかった奴)が入学してくる。健太郎の面構えがシッカリしてきて、もはやシリーズ開始当初の面影がありません。こいつは一番成長したよな……一方、就職活動が難航してノイローゼ気味になっている南は、「映像関係の会社」ということで面接に行った先がAVの制作会社と知って大いに迷う。同じくそうとは知らずに面接にやってきた薙刀部の元主将・延藤希は口車に乗せられ、AV女優になる寸前のところまで追い詰められていた! 危うくふたりでAV撮影に突入する一歩手前のところで南が正気を取り戻し、間一髪で最悪の事態は免れた。この時点では希も南もお互い大して面識がなかったんですよね。だから希は南の顔を見てすぐに名前を思い出せなかったし、南も希に事情があってAV女優になりにきたんだろう、と勘違いした。そういう意味ではこれが二人の「出逢い」であり、機会をもたらしたカカオキッド黒川はさながら恋のキューピッド……って、こんな色黒で股間のモッコリしたキューピッドなんてイヤだよ! 何であれ、この巻でようやく希の魅力に目覚めたわけであります。逃げろと言われたのにモップを持って引き返し「百回殺してやる」と般若顔で宣言する希さんマジかっけーっす。17巻からはメイド服姿も見られるようになって眼福。三白眼かわいいよ希ちゃん。17巻はその後何度となく出てくる、キックボクシングの試合を見物しながら食事ができるタイ料理店「チョークディー」と、従業員にして選手、続編『空手小公子物語』のメインキャラとなるメオも初登場します。この時点で12歳。まだ幼さの抜けない顔立ちであるが、いざ試合となるとサーマート同様の妖しい眼光、当方が勝手に「悪魔の目つき」と呼んでいるアレが飛び出す。末恐ろしくなることは約束されていた。

 18巻から本格的に「RAGNAROK」がスタート。「RAGNAROK」は団体戦トーナメントと南や伊吹が参戦する個人戦によって構成される大会です。団体戦は俊英の今井遊斗と健闘して引き分けに持ち込む聖二の活躍もさることながら、まさかの二人抜きを果たす健太郎に大興奮。ヘタレかけた健太郎を鼓舞するため靴底で頭をはたく梨夏のキレ顔三白眼がステキです。が、最後は忍者対決の末に反則負けで終了という締まらないオチ。一応リュウと海流の大将戦も行われるが、勝っても反則のせいで「なかったこと」にされてしまうという……南とマキンバの戦いも、「痔と誤審のおかげで辛くも勝利」というアレな決着だったが、南の粘りが熱かったことは確か。結果としてギャグ色が強くなってしまった「RAGNAROK編」だが、新章の暖機運転としてはなかなかの面白さであった。

 22巻から26巻にかけての「DOMINATOR編」。DOMINATORはプロ格闘技「K・O・S(キング・オブ・ストライカーズ)」の大会で、従来認められなかった肘打ちが解禁された。当初から予定に入っていた武藤に加え、怪我で欠場することになった選手の代理として急遽海流が参戦することになる。海流たちは三年生に進級し、まだ正式に部として認められていない「鏑木流空手同好会」は新人集めに苦戦します。結局、入ってきたのはオタクっぽい外見(眼鏡、無造作に長い前髪、アニメプリントのTシャツ)をした旭太陽と、ブロンドオカマのアリョーシャ・ハリチェンコの2名だけ。旭太陽は体力がないため大会に出場するような活躍はしませんが、格闘技オタクとして解説役や情報収集役を器用にこなす。漫画的にはかなりの功労者です。他方、アリョーシャはペドロ同様のネタ枠というかカオちゃんレスト・イン・ピースというか……シリーズ後半は半ば忘れられた存在になっちゃいますね。

 さて「DOMINATOR」は8つの試合で編まれた大会ですが、じっくり描かれるのは海流が出場する第2試合、武藤が出場する第5試合だけ。里見とベルトランの一戦は見たかったが、後日雑誌の記事で結果が伝えられるのみ。残念。海流は「フランスの切り裂き魔」ジャンニ・スカンダラッキーと拳を交えますが、完全に海流をナメてかかっているスカンダラッキーはろくにトレーニングもせず自堕落な生活を送り、ポヨンポヨンのおなかでリングに上る。「本気を出していない王者」に苦戦し、遂には敗北を喫してしまう海流。プロの大舞台で結果を残せなかったことから「それまでの選手」と見切りをつけられてしまいます。そこに忍び寄るミシェール。一方、武藤は「悪魔の右」を持つ9冠王相手にド迫力の試合を見せ付ける。この時点でふと気づいてしまった。「あれ? 海流の試合よりも武藤の試合の方が面白くね?」 武藤は前述の通り、『はじめの一歩』で言うところの鷹村守ですからね。そうなってしまう危険性ははじめから大いにあった。特に、海流は一歩に比べて負ける試合が多いから、どうしても爽快感が薄らぐ。「あえて主人公に敗北を味わわせる」ことが作者の狙いとはいえ、どうしてもスカッとする武藤の戦いぶりに心が惹かれてしまう面は否めない。

 26巻から28巻は「RAPTORS編」、「中量級日本最強を決めるトーナメント」としてK・O・Sが新たに運営する大会です。このトーナメントに参加するのが伊吹謙護と高橋速人、7巻で張られた伏線がようやく回収されるとあって感慨深い一戦だが、RAPTORSの目玉は最終試合として組まれたワンマッチ、濱田カオル対サーマート・シリントゥ戦。本編キャラが試合でサーマートと当たるのはこれが初めてです。26巻では、「廊下で膝をついてしまった海流を助け起こす」という形とはいえ、「主人公とラスボスとの遭遇」の一幕が描かれている。正確に述べると「辿り着けなかったラスボス」ですけどね……善戦する濱田だが、サーマートの本気を引き出すところまで行かず、危険なダウンから立ち上がったにも関わらずサーマートは「これ以上やるのは危険だから」という理由で試合を放棄してリングから降りてしまう。何を考えているのか分からない、感情を読めない、読者にとって「得体の知れない怪物」だったサーマートが、実は伊吹の兄・悟留を殺傷してしまったことを後悔し、以後は「事故」を起こさぬよう手加減して戦っていたことが判明する。その気になれば開始直後に突進してくる濱田へ膝をブチ込んで命ごと終わらせることもできた。しかし、あえてしなかった。それは彼の慈悲であり、同時に彼と戦ってきた選手たちすべてに対するこの上ない侮辱でもある。ラスボスに勝利するには、まず「本気を出させる」ところから始めないといけないことが明らかになりました。サーマートが心を持たない化け物でなかったことにホッとしつつも、道のりの果てしなさに気が遠くなりそうになった。100巻でも足りないかもしれないな、こいつを真の意味で倒すには。

 28巻から37巻にかけては「GENESIS編」――と書いてそろそろ気づいた方もおられるでしょうが、そう、第4章はとにかく大会に次ぐ大会、試合に次ぐ試合で、ちゃんと整理して読まないとどの試合がどの大会だったか記憶が曖昧になってしまいます。合間に日常イベント、たとえばどう見てもヤンキーにしか見えない潮一平が空手同好会に入ってくる、とかいったような出来事も綴られますが、大学とか百武会の話はほとんど出てこなくなります。スケールが拡大しすぎて、風呂敷を畳めるかどうか心配になってくるのもこの頃です。GENESISは8人の選手が競い合う新人トーナメントで、海流の出場は内定していたが、「三波力也」という選手と混同されて南が急遽参戦することに……というギャグみたいな導入で開幕する。南は希とラブコメみたいなイベントでイチャイチャして、主人公よりも目立つ「美味しいポジション」に立ちます。そんな彼に付くトレーナーがマイ・ペンライこと鏑木流創始者・鏑木重蔵。公式的には「死んだこと」になっている重蔵だったが、実は生きていた! この件を指して「香典サギ」と評するモノローグに噴き出した。7試合中2試合は省略気味に描かれるが、残り5試合はじっくり描き込んでくれるので読み応えがあります。誰が勝つかなかなか予想し辛くて面白い。小ネタではミシェールの際どい服装を見て「どこのキャバ嬢かと思たわ‥‥」と内心呟く館長に笑った。

 37巻以降は「STRONGEST U70編」でまとめちゃっていいかな。キック団体「POKF」の試合も並行して描かれるので、「POKF編」も兼ねている。「STRONGEST U70」は中量級トーナメント、つまり↑で書いたRAPTORSのことで、日本王者決定トーナメント(以下日本トーナメント)と世界王者決定トーナメント(以下世界トーナメント)の2種類が行われる。日本トーナメントで優勝すると、次回の世界トーナメントに参加枠が用意される仕組みになっており、伊吹は「RAPTORS編」で日本トーナメントに優勝しているため、今回の世界トーナメントに参加するわけだ。GENESIS初代王者となった南は日本トーナメントへの参加。世界トーナメントには「K・O・S」を永久追放されたサーマートの代わりにシンサック・ソー・キングリバーが出てきます。サーマートと並ぶムエタイ王者であり、金にガメつくて稼ぐためならどんなエゲツない手段でもためらわないダーティな選手である。「2人とも強すぎて賭けにならない」という理由でギャンブラーにはまったく人気がないそうだけど、じゃあなんでサーマートとシンサックの対戦カードは実現しないんだろう? そのへんよく分からなかった。「あのクソボンボン野郎とは生まれが違うんだからよ」とサーマートに敵意を示すシーンもあったし、シンサックが彼を快く思ってないのは確かみたいだが……結論から書いてしまうと、シンサックは伊吹との決勝戦を前にK・O・Sを離脱して伊吹とは戦わないまま終わってしまうため、激しく未消化なテイストが漂います。巻数から考えてサーマートと決着をつけるのは無理だろうと思ったけど、まさかシンサックすら片付かないまま完結しちゃうとは……POKFのタイトルマッチ、小日向海流対鳴海透戦を最後の見せ場として、やや投げっぱなしの雰囲気で『空手小公子 小日向海流』全50巻は閉幕します。鳴海戦自体は悪くないんですが、50巻も続いた漫画にしては尻すぼみなラストであった。

 しかし鳴海透、見れば見るほど既視感を誘われるな……と考え込んだ末に、やっと思い出した。『孤高の人』の森文太郎だ。隻眼じゃないけどダウナーな感じも含めて似てる。表紙で言うと10巻あたりかな。最終巻には続編『空手小公子物語』の主人公を務める大月岳も登場。ストーリー上の必要に応じて、というよりも、「次回作に向けての顔見せ」ってムードが濃厚。個人的には旭太陽の空手部ハーレムが見たかったな……新入部員8人すべてが女子ってすげぇな。男臭い漫画やアニメが減って主要キャラが女の子ばっかりの作品が増えたことに対する皮肉かもしれない。2000年頃には通った『空手小公子 小日向海流』という企画も、今新たに通すのは難しいだろうな……って考えたらしみじみしてしまう。

 単純にキャラを出し過ぎたこと、そして海流以外のキャラ(南とか)にもたっぷり見せ場を用意しようと欲張ってしまったことから収拾がつかなくなっていった感のある漫画でした。後半に行くにつれて海流の見せ場が相対的に減っていき、「主人公が思ったほど活躍しない」という事態に陥りますが、これは格闘漫画において非常にありがちなケースです。バキとか一歩とか、まさにそう。一歩は宮田くんとの対決を回避してしまったせいで終わりどころを見失った印象がありますが、こっちに関しては「サーマートを倒す道筋をつけられなかった」ことが迷走の原因ではないかと思われます。「最強キャラ」という設定が完全に呪縛として機能している。バキの範馬勇次郎みたいに自ら好き勝手に動き回って状況を掻き回す性格でもないので、代わりにシンサックというアクティブな悪役を用意したのでしょうが、あれは詰まるところ「性格の違うサーマート」でしかないためやはり倒す道筋をつけられず、有耶無耶のまま終わらせるしかなかった。つくづく、長期連載漫画の難しさを痛感させられました。ただ、ラストが残念だったとはいえ、格闘漫画として無類の面白さを提供してくれた作品であることは疑いのない事実です。とにかくこの10日間、夢中になって読み耽ってしまった。「さすがに50巻は多いよな……」と読み出すのを躊躇しておりましたけど、今は踏み切って良かったと歓喜しております。まとめ切れなかったにしろ、素晴らしい漫画体験を与えてくれた作者にひたすら感謝したい。面白さは正義! そして三白眼の希ちゃん可愛くて先っちょから汁が出そう。あと晶子ちゃんは顔に似合わぬ巨乳で正直一番欲情したわ。


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