「暁の護衛〜プリンシパルたちの休日〜」
   /しゃんぐりら


 2008年の12月25日、まさしくクリスマスの真っ只中に発売された『暁の護衛』のFD(ファンディスク)です。無印の本編が同年3月27日発売だから、ほんの9ヶ月ぶり。FDというと、昔は「本編から半年以内にリリースしないとユーザーの興味が離れてしまう」と考えて短期制作・速攻発売(要するにやっつけ)を旨とする風潮がありましたが、今やユーザーたちの舌が肥えて半端な内容じゃ満足してくれない状況に陥っており、「多少時間を掛けてでも本格的なソフトを作り込む」って選択肢を取るブランドが増えてきた気がします。転機となったのは『Fate/hollow ataraxia』あたりでしょうか。「FD=ボッタクリ」というイメージが強固に根付いている(『ばらえてぃたくちくす!』に至っては「ぼったくりたいんだよ。ぼったくらせてほしいんだよ!」なんてネタまで飛ばす始末)せいで極力FDを買わない方針でいた当方も、最近は割と普通に買うようになってきました。

 作り込むことで開発する側も自信を持ったのか、昨今では『ToHeart2 AnotherDays』や『ピリオド SWEET DROPS』など、フルプライス――つまり本編と同じ価格でFDを売り出す現象も起きています。下手すれば「暴挙」や「愚挙」と謗られかねない行為であるにも関わらず案外すんなりと受け入れられている様子であり、こうなると「フルプライスFD」というよりも単なる「続編」に近いですね。さて、『暁の護衛』のFDたる『プリンシパルたちの休日』。本作もまた世の流れに乗っかって「フルプライスFD」にしたかと申せば、否です。メーカー希望小売価格は3990円(税込)。フルプライス(9240円)の実に半分以下。だとするとアレか、昔ながらのやっつけFDなのか? 素材を使いまわしてせいぜい3時間程度の新規シナリオ1本でお茶濁してるんじゃないのか? と懐疑を抱いたりしましたが、これも否。鏡花含むヒロイン5人それぞれのシナリオ+αと、メインヒロインの二階堂麗華に専用シナリオが実装されていないものの、それ以外は満遍なく取り揃えた内容になっており、総プレー時間もわざわざ計ってはいませんが十数時間くらいあるはず。ハッキリ言って値段を考えれば破格のボリュームですよ。確かに立ち絵や背景、BGMの使い回しは多く、新規描き下ろしのCGも差分抜きで40枚強に過ぎない。フルプライスで売り出せばさすがに不満の声も噴出したでしょう。しかしミドルプライス(だいたい5000〜7000円の範囲内)なら充分狙えるはずで、なぜこんなに安いのか? メーカーのアナウンスによれば「制作期間の短縮」&「特典類の排除」で開発費を圧縮し、どうにか実現させることができたそうです。しかし問題なのは「価格を安く設定したせいで追加生産することができない」と言っている点で、そうなると品切れになった後の対応はどうするつもりなのだろう? 単体では元が取れないだろうし、本編とセットにして再販するつもりなのかしら。

 生臭い話題はそこまでにして、内容の方に移ります。基本設計は前作と同じくひたすら字を読んでたまに選択肢を取る、というもの。エロゲーのスタンダードです。しかし今回はFDということもあって、まず最初に「誰のシナリオを読むか?」を選んだうえでプレーしていく。そのためほぼ一本道のストーリーとなっており、時折出てくる選択肢は無意味なものか、あるいはバッドエンドに直行するものがほとんど。中にはバッドエンドとも言い切れないエピソードもありますが。何であれ、選択肢の出るところを逐一セーブしていけば攻略は容易です。収録されているシナリオは「二階堂麗華&黒堂鏡花」「二階堂彩」「倉屋敷妙」「神崎萌」「ツキ」の5つ+α。「+α」が何なのかは以下で触れていきますので、ネタバレを見たくない人はご注意。

 特に深いこだわりがないので、上から順にプレーしていきました。「二階堂麗華&黒堂鏡花」。習合されちゃってますが実質的には鏡花シナリオです。麗華はメインヒロインだけあって全体的に出番が多く、今回は個別シナリオがないも同然となっている。縦巻きロールの髪といい、「〜でございますわ」の喋りといい、見るからに「ひと昔前の少女マンガに出てくるライバルお嬢様」といった風情の容姿をしている鏡花。彼女は二階堂姉妹を軽く敵視しており、『暁の護衛』本編で思わせぶりな言動をしたまま特に何も仕掛けないで引っ込んだ経緯から「何のために出てきたのかよく分からないキャラ」に身を窶していました。見るからに意地悪っぽい容姿のくせして結構素直で可愛いところもあり、プレーしたユーザーたちからそれなりの人気を得ていて、メイン級に格上げされたのも順当な対応。ただ、正直に述べると、シナリオとしては単調でいまひとつ盛り上がらなかった。展開にうねりがなく、そこそこの長さはあるのに淡々と進んで淡々と終わってしまう。オチもまた脱力必至です。鑑みるに、鏡花というキャラクターは主人公やヒロインに敵対的なポジションを取ることで「ライバルお嬢様」の輪郭を獲得しているところが濃く、その敵対ポジションから外れると途端にキャラが薄くなってしまうんですよね。張り合っているうちが華で、角が取れて丸くなってくると「普通のお嬢様」になる。悪くはないけど薄味なテイスト。ライバルとしちゃ美味しい子なんだけども、ヒロインとなるにはもう一歩キャラ立ちが足らなかった。残念な話です。つか、このシナリオでは鏡花よりも雷太の方がキャラ立ってしまった。見せ場がないのにやたらと強烈なインパクトを与える、ある意味で物凄い野郎です、雷太。

 次が「二階堂彩」。本編では出番が少なく存在感も希薄で、ボディガードの尊徳にすっかり喰われてしまっており、彼女の個別ルートも「彩ルートじゃなくて尊ルート」と揶揄されるほどでした。それを反省してか、今回尊徳の出番は控え目になっていて、ようやく「彩シナリオ」と呼ぶに相応しい話に仕上がっている。つっても彩自体が「インドア派のゲーム好きお嬢様」という地味なキャラクターなので、「父親に海斗との交際を認めさせる」という一応の物語目標を掲げながらもどこか芯のない雰囲気が漂います。恒例の「かずおの大冒険」など、作中のマンガやゲームに関するネタを軽快なテンポで面白おかしく見せていたシーンの印象が強い。彩のキャラもイイ感じに壊れて楽しくなってきた。相変わらず掛け合い描写については巧いわ、衣笠彰梧。しかしテキストは依然として粗く、このシナリオのみならず全体に渡って「おいおい……」な箇所が今回も散見されました。「堪忍袋の尾が切れた」や「飽きれたように」、「気持ちよく寝むれるよね」といったシンプルな誤字をはじめ、「今日も変態スタイルになった圭一が夜道を踊りながら散開していると」(散策? 一人で散開はできまい)「少女は悪びれたまま、その日も一人街へ出かけました」(「悪びれる」は自信のないおどおどとした振る舞いをすることなので、恐らく「悪びれた様子もなく」)「男たちは全員殴り倒され、地にひれ伏していたのです」(「ひれ伏す」は畏敬や降伏の念を篭めた動作であり、この場合は単に「地に伏していた」でいいはず)「生きることを放置する者に生きる価値はない」(放棄?)など、ところどころで引っ掛かる言い回しが目立ちました。あるいは「その本を渡した時点で、私はあなたを全幅に信頼している証拠なんだから」みたいに文章が混乱しているところもあります。いくら口語にしたって砕けすぎ。中には「しかし僕としても二人を応援しない気持ちがないわけでもない」と、話の流れからすれば消極的ながらも「応援してやろう」と申し出るはずの場面なのに、三重否定を使ったため結局「応援する気がない」という意味になっていたりする。一番参ったのは、エロシーンで「悲願する○○(ヒロインの名前)」というテキストが出てきたとき。そこは「哀願」にしといてくださいよ……。

 三番目、「倉屋敷妙」。護衛ロボットの錦織侑祈が動かなくなってしまって、「自分の手で直してあげる」と決意したはずの妙ちんが月日の経過とともにだんだんやる気を失っていく、実にリアリティ溢れるダメっ子シナリオです。まさに「明日から本気出す」を地で行くノリ。海斗とくっつかなかったらまず間違いなくニート街道を突っ走っていただろうな、妙ちん。彼女のオバカ極まりない振る舞いに腹を立てず温かい目をして愛でることがてきるかどうか、がポイントになる章。妙ちんかわいいよ妙ちん、と夢中になったものの、最初から最後までラブラブ一本調子なのでちょっと退屈か。妙ちんはニュートラルな状態から徐々に気持ちを傾けていく「デレ化」の過程が美味しいんだよな、と改めて確認。デレ切った地点からスタートするため本質的に「始まった時点で終わっているシナリオ」なんですよね、これ。ストーリーとしてはやや蛇足気味。妙ちんを愛玩することだけが目的の章と捉えて構わない。ちなみに選択肢次第でオマケの亜希子さんルートに突入しますが、亜希子さんがなまら可愛くて生唾飲んだ。さすが妙ちんの母親、年増ながらもかいぐりかいぐりしたくなる魅力を放っている。

 四番目、「神崎萌」。この人のシナリオは前作で一番ヒドかった。「自分の住んでいる街に『禁止区域』と呼ばれるスラムが存在することを知った → スラムの人々を少しでも救済したいと願う → 『そうだ、屋台をつくって食べ物を配ろう』 → 海斗たちの手を借り屋台を自作する → 屋台がほとんど出来上がった頃、『このまま屋台が完成すれば海斗との縁は切れてしまう』という事実に気づく → ボディガードの制止を振り切って屋台を破壊 → 逃走 → 探しに来た海斗とラブホに入って合体 → 海斗が萌のボディガードと一騎打ちして勝利 → 前任者は去り、海斗がボディガードの後釜に座る → 晴れて公認の仲になった二人は白昼堂々、神聖な道場でコトに及んで萌の祖父に激怒される」、これが大まかな流れであり、「で、屋台はどうなったの?」と訊ねたくなります。今回のシナリオでも屋台はタブーというか触れられません。とはいえ、迷走状態に陥った本編を整調して立て直す方向に進み、前任ボディーガード・南条薫も絡めて起伏のあるストーリーになっている。この後日談も含めてようやく「萌シナリオ」がまとまったように思います。ただ海斗に挑戦するイベントでは萌が本編より弱体化している気がしてならず。だって風圧だけでガラスにヒビ入れるほどの、しかも海斗直々に「目視できなかった」と認めるパンチを繰り出せる子なんですよ。ひょっとして「風圧拳」はもうなかったことにされているのだろうか。あと、以前は「いまいち中途半端」と感じていた萌のキャラですが、今回はなぜか激しくツボった。よく考えると本編じゃ恋人になった後のイチャイチャ描写が無に等しかったし、単に「付き合い出してから真価を発揮する」タイプのヒロインだったのかもしれん。個人的にこのFDでもっとも株を上げたキャラクターですな。

 五番目にして最後、ということになっている「ツキ」。要約すれば「ツキが暗闇を克服する」の一言に尽き、ごくごくシンプルなシナリオ。しかしツキとの掛け合いはやっぱり面白く、ところどころでヒートアップして笑わせてくれる。恋人になってからも残酷無惨な言動が変わらない、という点は『化物語』のガハラさんこと戦場ヶ原ひたぎに通じるものがあります。トモセシュンサクの絶妙なニヤリCGも相俟って、冗談抜きに「ツキちゅわ〜ん、ツキちゅわ〜ん」とほざいてそこらへんを転がりたくなりますぜ。それと冒頭にあった彩のセリフ、「これ以上出番を減らされるんですかっ」に爆笑した。海斗まで「尊、まさか今回も彩の出番を食う気か!」と発言しており、ああ、ライター本人も彩シナリオが尊シナリオになってしまった件は自覚しているんだな、と腹を抱えながら痛感。今回やたらメタ絡みのネタが多かった点はちょっと気になったものの、嫌味のない範囲に留めてくれたから格別鼻に付くこともありませんでした。

 そして+α、5つのシナリオをクリアしたところで現れる隠しエピソード、それが「杏子」です。海斗と同じ禁止区域の出身であり、海斗との因縁浅からぬ少女。しかし見せ場がほんのワンシーンしかなかったため、鏡花同様「何のために出てきたのかよく分からないキャラ」となっていた不遇な子です。海斗と杏子、二人がまだ禁止区域にいた頃の様子を幼少期中心に綴る。もう杏子シナリオというよりも海斗シナリオだな、こりゃ。隠しシナリオなんだからもっとオマケ要素が強いかと思えば、まったくそんなことはない。これまで概要しか語られてこなかった海斗の過去がひと通り開陳されており、『暁の護衛』において欠くべからざる重要なピースとなっています。考え方次第ではこれこそがFDのメインであり、他のすべてがオマケ――と受け取れなくもない。それぐらい気合の入った一本なんだが……ショタ時代の海斗がブサメンやキモメンたちに掘られるシーンが一番長くて熱篭もってるって何なの、このエロゲー。海斗自身に関しても幼児を踏み殺してその母親をレイプしたなどと、ドン引き級の過去が明かされる。グロと言うほどではないにせよ、ハッキリ言って胸糞の悪いシナリオです。それでも先を知りたくてついついクリックさせられちゃう。もはやライターの思う壺。たびたび姿を現す白髪の女の子?や、取引場で声を交わした謎の男、海斗初の友達である少年など、含みを残して退場するキャラが何人かいるのはやっぱり『罪深き終末論』の伏線か? 楽しみっちゃ楽しみだが、風呂敷広げすぎっつーか……ちゃんと無事に畳めるのかな?

 柊朱美がチラッと本性を晒しつつも正体不明のままだったりと、まだ未消化な部分は残りますね。でもFDとしては充分な内容が詰まっていて満足致しました。ところで、上述した「+α」。これは杏子シナリオだけに言及したものじゃなくて、実は他にもオマケシナリオが用意されているのです。フラグを立てると、対応するシナリオがEXTRAの「おまけmode」に追加されるって形式。おまけmodeのシナリオは計5つで、列挙しますと「彩とお風呂場にて」「麗華と親しくなろう計画」「麗華との営み」「尊徳の脱童貞計画」「ネット中毒者」。「彩とお風呂場にて」と「麗華との営み」は要するにHシーンであり、「またこの方式かよ!」と天を仰ぎたくなりますが、まーないよりはマシか。「麗華と親しくなろう計画」は海斗と尊徳の会話シーンを切り出したもので、これ自体は繋ぎに過ぎず、一定の条件を満たして出てくる「尊徳の脱童貞計画」が本番。えっ、尊が童貞喪失ってマジ!? と驚愕すること請け合い。「ネット中毒者」は海斗がMMOにハマって廃人となるバッドエンド、なぜわざわざ切り離してオマケシナリオにしたのかはよく分かりません。それぞれの追加条件を一応書いておきますと、「彩とお風呂場にて」はただ彩シナリオをクリアするだけ。「麗華と親しくなろう計画」は麗華&鏡花シナリオでバッドエンドに辿り着けばOK。「麗華との営み」は確か「尊徳の脱童貞計画」をクリアすれば出てくるはず。その「尊徳の脱童貞計画」は「麗華と親しくなろう計画」で尊の執拗な頼みをひたすら断り続ければ良い。「ネット中毒者」は彩シナリオでノーパソ借りることが条件です。

 結論としては『暁の護衛』をプレーして面白かったと思うなら迷わず買い。至って平凡なアンサーですが、そうとしか言いようがありません。FDだから前作をプレーしていないと人間関係や個々のネタが分からないし、そもそも本当に限定生産みたいなので今どんどん品不足になりつつある。ファンでもなければわざわざ探し回って購入する必要はないかと。逆に言うならファンなら探し回ってでも買うべき。いずれ本編と抱き合わせで「『暁の護衛』パック」ってな商品が発売するやもしれませんから、本編未プレーの方はもうちょっと様子を見ても良さそうです。

 ちなみに。作中で『ライオンと爆弾』というタイトルの本が出てきて噴きました。学園コメディに脈絡なくライオンや爆弾を出したせいで散々コケにされたことに対する逆襲でしょうか。それからデパートの案内ロボット、デパ子もなにげにツボに入った。結構なご趣味をお持ちで……他、気になったのはツキシナリオで「悪の組織を壊滅させたり、尊と背中合わせに戦ったり」とホラを吹く海斗に「なに言ってるか。この期待を裏切る男」とツッコむシーン。あれはアクションやスペクタクルを期待されながらも該当するような場面がまったくなくて多くのファンをガッカリさせたことに対する自虐ネタ?


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