リューガ兄さんの狂人日記


「やあ! 良い子のみんな、元気かな? お兄さんはいつも通り、元気に狂ってるよ! 無邪気に狂気、純粋に異常! 間違ってもどこぞの西博士とは一緒にしてくれるなよな!」
 パプ〜(ハーモニカの音)。
「さて、『餓面ライダー酸垂不穏』を毎週楽しみに見てくれているみんなに、嬉しい嬉しいビッグ・ニュースだ! 嬉しすぎて狂うんじゃないぞ! 落ち着いて地べたを這いずり回るんだ、ははは!」
 パプ〜パプ〜。
「好評だった前回の『シスコン魔道ストーカー編・オイシイ場面で割って入るには』に引き続き、今回もハウ・トゥな一本だ! 是非みんなも覚えて役立ててくれよな! 今回のお題は『魔導書を美味しくいただくには』……」

「吹き飛べ下郎」
 ハーモニカを吹く、スカーフェイスのエセ好青年──リューガの独語空間に突如、高慢な魔術の波動が押し寄せた。
「粉ッ、把ァッ!!」
 襦袢ッ
 割とあっさり正拳突きで粉砕された。
 ちなみにこのときリューガは顔だけ露出verである。
「まったく、放っといても特に害はないと思って見ぬフリをしていたが、言うにこと書いて魔導書を『喰う』だと? 狂っているとは思っていたが、正真正銘の■■■■だな、お主」
「五月蝿い! そいつはドクター・ウェストの代名詞だ! 混同されると困るから俺に向けんじゃねぇ、魔導屋ァァッ!!」
 平然と侮辱されたにも関わらず、リューガの抗議はどこか斜め上を行っていた。
「そう……俺は■■■■なんかじゃあない。孤高の気貴き魂を胸に荒野を彷徨う、流浪の狂人。略して『孤浪狂』とでも呼んでもらおうか」
「物凄く字面がださいのじゃが」
「だったら一字訂正して『孤狼狂』だ!」
「ふん、そんなことはどうでもよいわ。それなりさっきの話じゃ。汝の喰ったナコト写本は人の容を模しておったろうが。だから『魔導書を喰う』と言っても羊皮紙やパルプをムシャムシャするのとはワケが違おう。というか、ほとんどカニバリズムではあるまいか」
「蟹をたっぷり頬張っていた貴様が何を言う!」
「『同種食い』の意味じゃ、何を間違えとるかこの痴れ者が!」
 魔術疾走。
 正拳粉砕。
 もはや一つの漫才形式が誕生しようとしていた。
「ったく、そもそも汝は施設で何をしとったのやら。どう見ても義務教育なんぞは受けていない気がするぞ」
「……聞きたいか? 大十字九郎の『猫を食った』どころの話じゃないぜ」
「いい、いい、興味もないグロ話なんぞ聞きとうもないわ」
「くくく、残虐三昧・悪趣味上等の『ブラックロッジ』と立ち向かっておいてグロテスク如きで怯むとは笑止千万。あっはっはっ、なかなか面白い奴だ」
「いや、本当に腹を抱えて笑われるとリアクションに困るぞよ」
「で、せっかくの俺の一人舞台に茶々を入れてきたのはどういったわけかな? まさか本当に『グロテスクだから』という理由でわざわざツッコんだんじゃあないだろ」
 疑いの眼差しを向けるリューガ。
 疑心暗鬼に満ちた生涯を送っただけに、なかなか堂に入っている。
「知れたこと。ナコト写本を汝が喰った今、人化している魔導書は妾とルルイエ異本しか
 なかろう。つまり、二分の一の確率で妾に被害が及ぶということであろうが」
 アル・アジフ──「最強」を名乗るネクロノミコンの原本だけあって、彼女を「えてしがな」と欲する邪な徒は後を絶たなかった。
 もっとも……食用にしたいという輩は今まで存在しなかったが。
「ははは、なんだ、そんなことか。安心しろ、俺は姉さんみたいに純真無垢な娘が好みでなぁ、貴様みたいなスレたガキババアには興味ねぇんだよ」
「むうう、ツッコミどころが多すぎてどこから攻撃すればよいのか迷うわ」
 お前の姉のライカが「純真無垢」と言えるのか。
 お前が喰ったエセルドレーダも「純真無垢」と言えるのか。
 ルルイエ異本に「純真無垢」というカテゴリが適用されうるのか。
 ガキババアとはいったいどういった造語なのか。
 そして何より、自分がライカやエセルドレーダよりも穢れていると言うのか。
「だから俺が次に喰うのはルルたんに決まってんだろうがよ!」
「ルルたん……汝も案外そっち系の趣味だったのだな」
 呆れて肩を竦めるアル。

 と、そこに。
「ら・ら」
「な、ルルイエ異本!?」
 ふたりから少し離れたところにオッドアイの少女が立っていた。
「おお、なんてグッドタイミング! これこそ天恵というもの! ビバ天! ナイス青空!」
「あまりに準備が良すぎて作為臭さを感じるぞ……」
「知ったことか!」
 アルの言葉になんら引き止められることもなく、リューガは疾走った。
 そして少女の手前で跳躍。
「ル〜ルたぁん!」
 すいっ、すいっ。
 空中を平泳ぎするようなその格好は、正に「ル○ンダイヴ」として古来より伝えられる秘技。
「ふんぐるい・ふんぐるい」
 オッドアイの少女は怪しげな言葉を漏らしながらも、まったく動じる様子がない。
 リューガの両手が少女を組み敷こうとした、正にそのとき。

「な、んだと……?」
 キィン。
 六芒星を象ったバリアが、行く手を阻んだ。
「うむ、ご苦労、エセルドレーダ。良い働きだ」
「イエス、マスター」
 暗がりから二人組の男女がゆっくりと歩み寄った。
 薄く、褪せたような色合いの金髪を持った長身の少年。よほど腹部に自信があるのか、その服装はやけにギャランドゥだった。
 一方、黒っぽい服をまとった小柄な少女は、静々と少年の跡を三歩後ろから辿っている。
「な……マスターテリオン! ナコト写本!? お前らがどうして……」
「怪異なる永劫、正にその一言に尽きる」
「イエス、マスター」
 問いにおざなりな答えを返す少年と、九官鳥のように言葉を繰り返す少女。
 かつてブラックロッジを統べていた大導師・マスターテリオン。
 五千年の時を刻む最古の魔導書・ナコト写本──エセルドレーダ。
 とっくに消えたはずのふたりが平然とした様子でそこにいた。
「相変わらずしぶとい奴らめ……」
「ら・ら。かみさま」
 事態の変化にうんざりするアルと、まったく気にしていないルルイエ異本。
「マスタァァァテリオンッ! 俺の邪魔をするというのか!」
 せっかくのル○ンダイヴを無に帰された──というより、無に帰されてこそのル○ンダイヴであるが──リューガは怒り心頭といった呈であった。
「あはは、なに、余のエセルドレーダを喰らったぐらいで良い気になっている貴公に、少しばかり『本物』の格というものを教育してやろうと思ってな」
「イエス、マスター」
「それしか言えんのか、ナコト写本」
「マスターの言説を全肯定することこそが、わたしの存在意義よ、アル・アジフ。ろくな主に恵まれなかったからって、嫉妬するのはよしなさいな」
「な、なにを申すか! 汝は知らぬかもしれぬが、九郎とてこの妾の主、マスターテリオン如きに遅れを取る男ではないぞ!」
「どうだか」
 吐き棄てるように言い置くと、「もうあなたなんかと言葉を交わしたくないわ」とばかりに顔を背け、マスターテリオンの方を向いた。
「………! くぅぅ〜!」
 咄嗟に具体的な証明ができないことを、アルは相当に悔んでいた。
「良い気とはなんだ、マスターテリオン! 俺が貴様の所有物を喰らったことがそんなに腹立たしいか? ふん、いい気味だな」
 口の端を歪め、毒々しい笑みを浮かべるとリューガは囁くように言った。
「貴様のナコト写本……美味くはなかったが、なかなか喰いでがあったぜ」
「やれやれ、あの程度のことで得意の絶頂とは、貴公の安さが知れるな」
「なにィ!?」
「イエス、マスター」
 機械的に頷くエセルドレーダ。
「サンダルフォン……否、リューガと呼ぶべきかな? 貴公は余がどれほどの永劫をこのエセルドレーダとともに過ごしたと思うのだ」
「ほとんど計測不能です、マスター」
「余とエセルドレーダの絆、並大抵の強度ではない」
「イエス、マスター。象が百頭乗っても壊れません」
「まるで物置と筆箱を融合させたような強度だな……」
 アルのツッコミは無視された。
「余はときにエセルドレーダを疎み、ゴビ砂漠に置き去りにしたこともあった。またときには、メモ帳代わりに落書きばかりをして一生涯を過ごしたこともあった。飛行機の窓から投げ落とし、どれくらいで余の元に帰ってくるか実験したこともあった。夜の街頭に立たせ、寄ってきた鴨を暗がりに引きずり込んで暴行を加えた後、めぼしい金品を漁ってその日の食糧を調達することに成功したこともあった。そうそう、競馬の元手を用意するために古本屋へ売り飛ばしたこともあったかな?」
「今となってはすべて良い思い出です、マスター」
「物凄い割り切り方であるな……」
「もはや『運命の赤い糸』どころではなく『宿業の荒縄』で結ばれた余たちを引き裂くことなど、邪神たちにも不可能であろうよ」
「イエス、マスター」
 パターン通りに頷くエセルドレーダだったが、その顔は心なしか綻んでいた。
「だがっ、俺はそこのナコト写本を喰った! 噛み砕いた! 消化した! 血肉に変えた! 遂には■■にして■■さえしたのだ!」
「いや、時間制約的にそこまでは行かなかったであろう」
 アルのツッコミはことごとく無力なものとしてスルーされる運命にあった。
「猛るな、リューガ。それしきのことで余が焦り、惑い、怒るとでも思ったか? ならばひどい考え違いというものだ、なあ、エセルドレーダよ」
「まったくですわ、マスター」
「そもそもな、リューガ。貴公は余が一度もエセルドレーダを喰らったことがないなどと、……本気で思っていたのか?」

「なに!?」
「うな!?」
 リューガとアルの悲鳴が混ざり合った。
「ま、まさか汝等……」
「く、ふ……あはは、あはははははははははは、あーははははははははははははは!」
「そうよ、アル・アジフ。わたしとマスターは文字通り一心同体となった経験があるの」
 うっすらと笑みを浮かべるエセルドレーダは、どこか危うい雰囲気を醸していた。
「それも一度や二度ではない。幾度となく、余はエセルドレーダを喰らった。時には宇宙の果てで食糧難に喘ぎ、やむを得ず。時には美食の一形態として、進んで。もはや余の舌には『エセルドレーダ味』というものが登録されている」
「聞いているだけで胸が悪くなるな」
「ふん、愛のなんたるかもしらない小娘がそんな戯れ言をほざくのかしら。わたしはマスターに噛まれ、裂かれ、肉や臓器や血や骨まで喰らわれる感触さえ愛しく思っているわ。抱かれる歓びさえ満足に知らないあなたに、マスターとわたしの『しあわせのかたち』について文句を言われる筋合いなんてないのよ」
「くそっ、タラタラと自慢話を聞かせやがって!」
「聞いても全然悔しくならん自慢ではあるがな……」
 熱い視線と冷めた視線を一身に受けつつ、マスターテリオンはふさぁっと前髪をかきあげた。
「さて、そこで今回は貴公の思い上がりを完膚なく矯正するためこの席を設けた」
「席……?」
「そこのルルイエ異本を見よ」
 八つの瞳、四つの視線がぶつぶつと詠唱に耽る少女へ集中する。
「いあ・いあ」
 恍惚とした響きは、それらの視線を少しも意に介していないことを物語っていた。
「あやつがどうかしたのか?」
「ふふふ、実は気の遠くなるほどの永劫を過ごした余さえ、あれを喰らったことはない」
「ら・ら」
「リューガよ、ここは一つバトルをしてみないか?」
「バトル……まさか!」
「そう、題して『チキチキ魔導書早食いレース』! あっはははははははははっ!」
「レース開始の合図とともに食べ始め、先に完食した方が勝ちです」
「望むところだ! 正に俺にうってつけの勝負! 神速の拳、超獣の牙、やや胃酸過多、の威力を思い知るがいいぜぇ!」
「なんという■■■■だ……こやつら揃ってまとめて■■■■だ……」
 盛り上がるふたり、平然とするひとり、盛り下がるひとりに、超然としたひとり。
「くとぅるー」
 混沌としたステージの上で、今熱いバトルの火蓋が切って落とされ、

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ん……? なんだ、この音は」
 訝るアルに続き、マスターテリオンやエセルドレーダ、リューガも音の発生源に目をやった。
 そこには。
「な、クトゥルー!? なぜこうも唐突に召喚されるのだ」
 異界の神。邪悪なる存在。目にしたものを発狂させる超越のモノ。
 ソレが、一同のすぐそばに現れていた。
 ちなみに、この場には人外とハナから■■■■な奴ばかりなので、クトゥルーの余波は影響ない。
「そういやさっきから呪文を詠唱としてやがったな」
「しかし、依り代となるものが……」
「ああ、あそこのあたりに夢幻心母をつけたままだったな」
「だが、準備も……」
「ちなみにマスター、逆十字の面々はおにごっこをする予定だったそうです。なんでもネロが半永久的に『Cの巫女』という鬼になる特殊ルールのおにごっこだそうで」
「クトゥルーの降臨を導くおにごっこなんぞがあるのか!?」
「あるのだ」
「………」
 もはや押し黙るしかないアル。
 そんな彼女をよそに、降臨したてのクトゥルーは大暴れを開始していた。
「……ああ、このまま捨て置くわけにも行くまい! 全速力でこの場を立ち去りたいが仕方ない! 九郎を呼んでデモンベインを起動させる!」
「そうはさせないわ、アル・アジフ。マスター、リベル・レギスを喚びましょう」
「ああ、エセルドレーダ」
 召喚が開始された。

 クトゥルー、デモンベイン、リベル・レギス……三者が三つ巴となり、最終決戦じみたムードが場を支配した。
 そんな空間で
「うわ、うわっ、うわぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 変神したところで、リューガは悲しくなるほど無力であった。
 ナコト写本がリベル・レギスに行っている今、ハンティング・ホラーは使えない。
「くうぅぅ! この俺が、なんて無様……」
「邪魔。どきなさいな」
 ボゴン
 リベル・レギスの手に跳ね飛ばされた。
「ぐあっ!?」
「おわっ、こっち飛んでくんなよ!」
 デモンベインが飛来したリューガを避ける。
 リューガはそのままクトゥルーに向かって、
「戯ィ亜ァァァァァァァァァ!!!?」
 お空を飛んで行った。

「くそっ……! 鬼械神! 邪神! これほどまでとは、こんなにも歯が立たないとは! 畜生、いずれ貴様らも喰らってやる! 何よりも強い高みへと昇ってやる……!」
「歯が負けるからやめておけ」

 

おまけ・後日談

「ああ、主よ、迷える子羊をお救いください狂える孤狼をお救いください! ぶっちゃけあたしの可愛いんだか可愛くねぇんだかな弟をお助けあれ!」
「姉さん……俺は姉さんを超えるため、その身を喰ら」
「いいいい、いつの間にそんなスプラッタな真似を! 背徳的なサバトチック行為を! 何がリューガちゃんをこんなにも変えてしまったの!?」
「『リューガちゃん』だと……姉さん、俺を馴れ馴れしく呼ぶな!」
 激昂したリューガは持っていたフォークを振り回す。
 ライカは仰け反ってそれを躱した。
「ギニャー! 落ち着いてー、リューガちゃん! やめて、やめるのよ、『ひかりごけ』だか浦賀和宏だか何を読んだのか知らないけど、そのナイフとフォークとスプーンを置いて! お願いリューガちゃん!」
「まだ言うか!」
 怒り狂いながらも姉の指示通りナイフとフォークとスプーンを近くのテーブルに置き、代わりに塩コショウとソースを掴むリューガ。
「だ、だめー! そんなことしたって人間は美味しく食べられないのよ! ほらよく言うじゃない、『人肉は不味い』って。ね、ね? 『人肉ウマー』とか『人肉サイコー』とかはデマなのよ、デマゴーグなの、出任せなの! 確かにあたしとリューガちゃんは改造人間だけど、牛の品種改良と違って『餌にもこだわって美味しい肉をつくりました』とか言えるタイプじゃないのよ!」
 じりじりと後ずさるライカ。
「ライカねーちゃん、なに騒いでるのー?」
「あ、リューガにいちゃん!」
「………」
 そこにジョージ、コリン、アリスンの三人が入ってきた。
 リューガはじぃっと三人を凝視した。
「ま、まさかリューガちゃん……」
「そうか、こいつらを先に片付けないと姉さんは本気を出さない。それなら……」
 鬼気迫る形相で近づくリューガに、三人の子供たちは怯えて立ち竦んだ。
「ダメー! リューガちゃん、『子供を救え』よ!」
「五月蝿い、姉さんはそこで黙って見ていろ!」
 叫んだ刹那、
「そうか、お前は子供をいたぶるのか、子供を食欲の対象にするのか」
 ザワリ、と圧縮されていく闘気。
「変・神」
 そこに立ったのは、ライカではなく……純白の戦天使・メタトロン。
「そうさ、そうだ、姉さん! 本気で殺り合おう! 喰らい合おうぜ! 変・神!」
「いや、念のため言っておくけどあたしはそんな趣味ないから」
 言った次の瞬間に、白の闘気と黒の狂気は激突した。
 子供たちは呆然と、乱舞する白光と黒闇のマーブルを見つめた……。


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