「百合アニメを振り返る」(2026年3月5日の記事)


 「百合とは『薔薇族』に対して生まれた『百合族』が発祥で……」とか「戦前の『S(エス)』と呼ばれたジャンルが源流であり……」とか「吉屋信子の少女小説の影響が……」とか「戦後、局所的に発生したレズビアン文学の潮流は……」とか定義面に触れだすとキリがなくなるので、そのへんは割愛します。開始点はわかりやすいところ、『少女革命ウテナ』あたりに定めましょう。

 『少女革命ウテナ』は1997年に放送されたTVアニメ、来年で30周年を迎えます。「さいとうちほ」が1996年から“ちゃお”に連載した漫画もありますが、アレが原作というわけではなく、いわゆる「メディアミックス」の一環としてそれぞれ個別に制作されました。企画の初期段階では「男装の少女戦隊が悪の組織と戦う」、セーラームーンの亜流みたいな話だったがセーラームーンのアニメにも演出として参加していた「幾原邦彦」監督(ファンからは「イクニ」と呼ばれている)が「宝塚っぽさ」を意識した結果、戦隊要素が消えて「決闘」を軸とする学園モノになりました。「薔薇の花嫁」なる謎の称号を冠された少女「姫宮アンシー」を巡って複数の男女の思惑が交錯する愛憎劇であり、心優しき少女であるアンシーをまるで物のように粗雑に扱っている連中への憤りから主人公「天上ウテナ」は騎士の如くアンシーを守護することになる。これ以前にも「百合」要素を持ったアニメは探せばあるのかもしれませんが、正直言って私はそれらに対して思い入れがないので触れません。

 「トロフィー扱いされるヒロインと、それを護る主人公(♀)」の構図で気付いたかもしれませんが、『機動戦士ガンダム 水星の魔女』も系譜的にはこの『少女革命ウテナ』に連なる作品です。なのでウテナを「百合アニメの起源」と見る向きもあるわけですが、注意しなければならないのは「天上ウテナは同性愛者ではない」ということ。第3話で「あのねぇ、こう見えてもボクは健全な女子なの。『花嫁』とかそういうのじゃなくて、健全な男子にしか興味ないの」と発言し、「同性愛=不健全」という案外保守的な価値観を覗かせている。彼女は一人称が「ボク」で、男子の制服を着ていて、「護られるだけのか弱いお姫様ではなく、強くて格好良い王子様になりたい」と宣言する――表面上はボーイッシュなキャラですが、髪はかなり長めに伸ばしているし声も「アニメキャラのように」高い。劇場版の『アドゥレセンス黙示録』では学ラン・短髪姿で登場するが、アレは設定がかなり変わっているのでスルー。ウテナは「王子様になりたい」と口にしつつ、どこかお姫様のような雰囲気も放っている、非常にアンバランスな存在です。幼い頃、両親を喪って悲しみに暮れていた彼女は通りすがった男性に救われ、その男性を「王子様」と呼んで憧れの念を投影している……ファンタジー作品で例えると「勇者様に憧れてヒノキの棒を振り回す村娘」ポジション。まるでママゴトのような振る舞いなんですよ。そんなウテナは「ペットか召使いの如く勝者に従う、主体性のない女=アンシー」に戸惑い、情こそだんだん移っていくものの恋愛感情は抱かない。『少女革命ウテナ』は女と女が出会って百合ん百合んな関係になるアニメではなくて、むしろその期待を裏切るような怒濤の構成が組まれている。「『護られるだけのか弱いお姫様になりたくない』と言いながら、そのなりたくない『護られるだけのか弱いお姫様』の役割を他の子に押し付けて王子様を気取るのは身勝手じゃないのか?」という複雑な問いを孕んだ物語になっています。これ以上詳しく語ろうとすると莫大なカロリーが必要になるので切り上げますが、今見てもスゴい作品なので「古いアニメ」と偏見を抱かず、機会があれば視聴してほしい。ギャグとかファッションのセンスが古いのは、まぁ、認める……!

 「百合っぽいけど百合ではない、でもちょっと百合なアニメ」であるウテナを経て、名実ともに「まさに百合アニメ」な作品として出現したのが『マリア様がみてる』です。アニメは2004年に放送開始。その後、続編もガンガン制作されて、最後に放送されたのが2009年の第4期。原作小説は2012年に完結しましたが、今のところ5期の告知はありません。ミッション系の女子校に通う少女たちの人間模様を描く青春ストーリーで、作中の学園には「スール」(フランス語で「姉妹」の意味、英語の「Sister」に相当)という擬似姉妹制度があって、上級生は「姉」として「妹」の下級生を導く習わしとなっている。「姉妹(スール)の契りを結ぶ」のは神聖な行為であり、一般の学校における「カップル成立」と同じくらい騒がれる出来事として扱われています。ヒロインの「小笠原祥子」は「妹(プティ・スール)を持たない半人前のお嬢様」と嘲られたことで感情的になり、勢いに任せて主人公「福沢祐巳」とスールの契りを結ぼうとするが……というような話。言うまでもなく、『アサルトリリィ』の「守護天使(シュッツエンゲル)」の元ネタはコレです。「ごきげんよう」「お姉さま」など、お嬢様系の百合モノで頻出する言い回しは概ねマリみてに準拠していると言っていい。ゼロ年代はまだ「マリみてっぽい」という感覚が残っていたが、2010年代以降はもうそれすら消えて「百合全般のイメージ」に拡散した。そういう意味では「百合アニメの始祖」と申し上げても構わないだろう。あまりこういう書き方はしたくないが、百合好きにとってマリみては基礎教養の範疇であることは明白な事実なので、百合に興味があるのなら最低限1巻目は読んでおいた方が宜しいです。もう完結から14年近く経つから今の世代には馴染みが薄いかもしれませんが、マリみてが2000年代のフィクションに与えた影響はここで書き切れないほど大きく、たとえば『処女はお姉さまに恋してる』(略称「おとボク」)というマリみてを意識したエロゲーが1期目放送翌年の2005年にはもう出ていたくらいである。ちなみにおとボクの主人公は「女装した少年」なので百合モノではありません。

 2004年放送の巨大ロボアニメ『神無月の巫女』は主人公(♀)を巡って幼馴染み(♂)とヒロイン(♀)が三角関係を繰り広げる異色のストーリーで、ヒロインが主人公に強引な迫り方をする不同意性交スレスレの展開に界隈は揺れた。同じ2004年放送のアニメ『舞-HiME』でもキャラクターの一人が同性愛者で意中の相手に強引に迫る展開が描かれており、「百合好きにとって2004年は特異点」と語り草でしたが……この二つは「百合アニメ」というより「百合要素の入ったアニメ」として扱われており、最近はもう語られることが少なくなっています。百合アニメを語るうえで難しいのは、「女と女の関係=百合」を主軸にした作品と、「ジャンルとしては別の作品なんだけど部分的に百合要素がある」作品を並べて語ろうとするとどうしてもズレが生じるってことですね。『神無月の巫女』といい、『舞-HiME』といい、だいぶ先になるが『機動戦士ガンダム 水星の魔女』といい、百合がファクターとして重要であっても主眼というわけではなく、あくまで「要素の一つ」である。主人公の「宮藤芳佳」が「おっぱい星人」と揶揄されるほどおっぱい好きな『ストライクウィッチーズ』も見方次第では百合と言えなくもないけれど、ほとんどの視聴者はキャラ愛でやお色気シーン、空戦描写が目当てで、純粋に百合アニメとして観ている人は少ないと思われる。じゃあ「突如出現し、人類を滅ぼそうとする謎の敵と少女戦士が戦うストーリー」という共通点がある『アサルトリリィ』もそうなのか、というとむしろ逆で、こっちは「百合として観ていない人」の方が少ないだろう。そのへんの違いがどこらへんにあるのか、言語化するのがムズい……今回は大雑把に語りたいだけなのでムズいところは端折っていきます。

 「男性オタク向けの百合アニメ」として初めて世に出てきたのが2006年に放送された『Strawberry Panic』。最近はちょっと廃れたけど、アニメなどで百合百合なシーンが画面に映し出されたときに打つ定番リアクション「キマシタワー」の出典元です。『シスタープリンセス』や『ラブライブ!』と同じく“電撃G's magazine”の読者参加企画から出発した作品で、アニメは先述通り2006年放送だが読参企画としての開始は2003年。まだマリみてがアニメ化する前であり、「百合は女性読者向けのジャンル」と認識されていた頃でした。「9割が男性読者」と豪語するG's magazineでやるにはかなり思い切った企画である。実際早過ぎたのか、アニメ放送翌年の2007年にはほとんど展開が終了してしまう。私は当時のことを知らないが、伝聞だと雑誌企画の開始時点において読者は「ヒロインの兄」という設定で、「妹の手助けをする」という建前でヒロインの人間関係に干渉する形式となっていたらしい。これが「百合に男は要らない」と不評だったため、やがて「ヒロインの兄」設定は消滅していった――とのこと。黎明期特有の試行錯誤が見て取れる作品であり、そういう意味では貴重だが、なにぶん20年前の深夜アニメなので作画等クオリティ面は今見ると少々キツいかもしれない。男性オタク向けとしてやる以上、「お色気要素をどの程度盛り込むのか」という問題に直面するのですが、ストパニは「乙女たちが織り成す、美しく華麗で、ちょっぴりエッチな学園ライフ!!」という惹句の通り、マリみてとかウテナに比べるとやや「お耽美」なムードが強いです。「ここまで行くともう百合じゃないのでは?」みたいな意見もあって、なかなか視聴者たちの心がまとまらなかった。「百合か否か」論争はクソ長くなるのでここでは触れません。

 ストパニから時代を少し遡って、マリみてが放送された2004年に『魔法少女リリカルなのは』シリーズがスタートしました。『とらいあんぐるハート』シリーズというエロゲーのスピンオフに当たるアニメで、今年も新作をやるぐらい息の長いシリーズなのですが、これも百合アニメとして語るには少々複雑な経緯を持つ作品です。主人公「高町なのは」は敵として立ちはだかった少女「フェイト・テスタロッサ」と和解し、友達になる……というのが1期目の大まかな展開で、いずれ夫婦のように一つ屋根の下で暮らし、子供(血の繋がりはない)を育てる関係になるのですが、初期の時点ではむしろ「ユーノ」という少年の方がラブコメの対象になりそうな雰囲気でした。しかし、たった1クールでバトルと恋愛の両方を描き切るのは難しいと判断し、ユーノくんとのイチャイチャは潔くバッサリ削って「フェイトちゃんとの関係」に焦点を絞った。これが好評を博し、シリーズ化することになって「今更ユーノくんとのラブコメには戻せないから」と2作目以降はどんどんユーノくんの影が薄くなっていく。最新作のキャラ紹介ページにも名前が載っていない始末です。なのはシリーズはキャラが多いから名前載せてないだけで本編には出てくるかもしれませんが、見ての通り、今のなのはって昔に比べて「女性キャラばかり」の作品になってるんですよ。1作目や2作目ではまだポツポツとキャラ紹介ページに男キャラも載せていたのですが……「最初はそれほどでもなかったのに、進むにつれて百合要素が強くなった」という、百合アニメ史的にもかなり珍しいシリーズです。バイオレンス描写も結構激しく、一時ネタにされまくった「少し頭、冷やそうか」や『ViVid Strike!』におけるいじめっ娘への制裁など、百合にキャッキャウフフな雰囲気を求める視聴者がドン引きするところはある。とらハもバッドエンドはかなり陰惨だったから、そのへんは都築真紀の持ち味だろう。

 2007年に『ひだまりスケッチ』がアニメ化し、いわゆる「きららアニメ」の歴史がスタートします。きららアニメは『あずまんが大王』や『トリコロ』に影響を受けた「日常系」と通称されるユルい雰囲気のコメディが主力であり、2009年放送の『けいおん!』で爆発的な人気を獲得する。『けいおん!』の時点では百合人気というよりキャラ人気で盛り上がっていた印象があるけど、「平沢唯」と「中野梓」の組み合わせ、いわゆる「ゆいあず」というカップリングが流行ったりしました。「カップリング」という概念はBL由来ですが、こういう「ゆいあず」みたいな呼び方が百合好きの間で一般化したのは2010年代に入ってからだと思います、たぶん。記憶がハッキリしないので断言できない。私が意識するようになったのはデレマスの「あんきら」あたりから。『きんいろモザイク』や『ご注文はうさぎですか?』など、「ソフト百合」が多いきららアニメの中で珍しくハード百合を描いた作品が2014年放送の『桜Trick』。「擬似的な恋愛ムード」ではなく「女の子と女の子の恋」に踏み込んだ「同性愛コメディ」として話題を喚んだ。ほぼ毎回濃厚なキスシーンが入ることもあり、「家族と一緒に観ると気まずいアニメ」の上位に食い込むこともしばしば。さすがにこれを上回る際どさを持ったきららアニメは現われないだろう、と楽観されたが、本誌の方では遂に「本番」を描写する作品まで現われた。まだアニメ化の報せはないが、映像化すれば激震が走るだろう。

 2009年は『青い花』と『咲-Saki-』が放送。『青い花』は「志村貴子」の漫画が原作で、「同性愛」というテーマに深く踏み込んだ作品となっており、「男性オタク向けの百合アニメ」というよりは文芸寄りの一本である。小説や漫画だと文芸寄りの百合はたくさんある(比較的最近のだと『この恋を星には願わない』『激しく煌めく短い命』など)が、アニメ化まで行くのはなかなかない。マリみては主に「擬似的な同性愛」を描いていたので、それに対するアンチテーゼとして「擬似ではない同性愛」を掘り下げていった。後に創刊する“百合姫”もマリみてより『青い花』の方に寄った雑誌である。アニメも原作の雰囲気を活かした良作だが、残念ながら現在は配信されていません。出演した声優の一人「高部あい」がコカインなど禁止薬物の所持および使用容疑で逮捕された影響により、2015年に配信停止措置となってしまった。サブキャラならまだしも、よりによって主演なので……事件から11年経った今でも腫物扱いで、「都合により配信停止致します。ご了承ください。」と表示され続けている。嗚呼……一方、『咲-Saki-』は「小林立」の麻雀漫画を原作とするアニメ。原作はスピンオフ作品がいっぱいあることで有名。あくまで麻雀がメインで百合要素はフレーバー程度だが、「そういえばiPS細胞というので同性の間でも子供ができるらしいです」という無駄に火力の強いセリフがミーム化して不動の地位を確立してしまった。初期は主人公「宮永咲」の幼馴染み「須賀京太郎」と恋愛関係に持って行くのかな、という雰囲気を感じたりもしたが、読者の反響や作者自身の“癖”を優先してか百合方面へ舵を切った。おかげで京ちゃんの存在はだいぶ持て余している。そのへんを反省したのだろう、スピンオフの『シノハユ』では重要な役どころの男キャラを「叔父」にすることで主人公との距離が近くても変な雰囲気にならないよう配慮している。でも、叔父と姪っ子の仄かにインモラルな関係というのも、想像しただけでワクワクしませんか……?(禁断のシノリチャ過激派) 二次創作だとこの絵が好きです。

 2011年に満を持して登場したのが“コミック百合姫”からの刺客、『ゆるゆり』です。「業界初の百合専門誌」という触れ込みで2003年に創刊したものの内部事情でゴタゴタして2004年に休刊した“百合姉妹”、その受け皿として2005年にスタートした雑誌、百合姫。『ゆるゆり』のアニメが始まる前はマイナーな存在だった(正直、初期の作品を列挙しても知ってる人はあまりいないだろう……個人的には「藤枝雅」「乙ひより」「源久也」らへんの作家が好きでした)が、あえて「ユルい百合」と宣言したこの作品によって知名度が上昇し、後に『citrus』『捏造トラップ-NTR-』『私に天使が舞い降りた!』『私の百合はお仕事です!』『私の推しは悪役令嬢。』『ささやくように恋を唄う』などをアニメ界へ送り込むことになる。最近のだと『アンドロイドは経験人数に入りますか??』が百合姫作品です。『ふたりエスケープ』という、アニメ化ではなくドラマ化した作品もある。アニメ最新作は『きみが死ぬまで恋をしたい』で、7月放送予定。未アニメ化作品で個人的な注目作は『今日はカノジョがいないから』『ぜんぶ壊して地獄で愛して』『私だって青春したいですよ、本当は。』『超深宇宙より愛をこめて』『ひなちゃんが生きてるなら』『誰かオオカミさんのしつけ方知りませんか!?』です。短期で終わってしまったけど好きだったのが『甘えさせて雛森さん!』……アニメ化まで行ってほしかった……。

 話が逸れた。『ゆるゆり』はタイトル通りストーリー構成が非常にユルく、エピソードとエピソードの繋がりがあまりない。可愛い少女たちの日常を淡々と点描しており、「百合作品」というよりは「きらら作品」に近い。しかし、それゆえに広範囲の視聴者に刺さって百合姫の人気を強力に底上げした。漠然と「なのはシリーズとかきららアニメとかが好きだなぁ」と感じていた層が「百合」というジャンルを意識し、「そうか、己は百合が好きなのか!」という自覚を促された、という点でもエポック・メイキングである。それまで「百合」はマリみての「ごきげんよう」や「お姉さま」、あるいストパニのように淫靡さを伴った雰囲気、あるいは『青い花』のような本格的な同性愛を連想させる言葉で、「手を伸ばしにくいマイナージャンル」として敬遠される部分がありました。その抵抗感を取り払った、という意味でゲーム・チェンジャー的な存在と申し上げても過言ではない。TVシリーズは2015年の第3期が最後だが、2024年にはスピンオフ作品の『大室家』が劇場2部作として上映されました。サブキャラの「大室櫻子」とその姉「撫子」、妹の「花子」、三人姉妹の日常を延々と綴っている。櫻子の幼なじみ「古谷向日葵」も結構出番は多い。ごらく部の面々はほんのちょっとだけ出演します。ほとんどモブレベルですが……。

 2013年から始まった『ラブライブ!』シリーズも、メイン要素は「スクールアイドル」だけどサブ要素として女の子同士のイチャイチャがあり、「軽めの百合」として受容された面はあるが……「百合アニメ」という印象はやや希薄か。「百合か否か」の論争は決着を見ないが、「アニメファンに百合として受容されたかどうか」は当時の同人誌や二次創作を眺めればある程度わかる(ラブライブは女の子同士の平和なイチャイチャを描いたものより、陵辱であれ和姦であれ何らかの竿役が登場するモノが圧倒的に多かった)。上述した「きららアニメ」が勢いを増してくるのもこの時期で、「百合とは言い切れないが少なからず百合要素を持っているアニメ」が人気を博していく。『ゆるゆり』の影響もあってなのか、2010年代前半はユルめの百合作品が多くてガチ百合はあまりない(強いて言えば『桜Trick』くらい?)という印象です。『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年放送)や『結城友奈は勇者である』(2014年放送)も百合人気はあったが文脈的には「変身ヒロイン物」で、「陵辱要素のない『魔法少女アイ』や“対魔忍”シリーズ」といった趣である。そんな中で2014年に放送された『悪魔のリドル』は暗殺者の少女たちが「退場者」を出しながら「たった一人の標的」巡って様々な駆け引きを繰り広げる、「百合×デスゲーム」方式の変わり種。「退場」すると出番がなくなるので、これが販促の最後の機会……とばかりにEDでキャラソンを流すお約束があり、「負けたらCDデビュー」と揶揄されたものでした。今放送している『死亡遊戯で飯を食う。』はある意味、この『悪魔のリドル』の発展形と言えるかもしれない。

 2015年にようやく「ガチ百合」と認定しても良さそうな作品として『ヴァルキリードライヴ マーメイド』が放送を開始。これは「ヴァルキリードライヴ」というメディアミックス企画を構成する作品の一つで、他にコンシューマ用ゲームの『ヴァルキリードライヴ ビクニ』とソシャゲ『ヴァルキリードライヴ セイレーン』があった。10代の少女のみ感染する新種のウイルスが出現し、パンデミックを防ぐため政府は感染者の少女たちを孤島に隔離する強硬策を採る。さながらアルカトラズの如き「海に浮かぶ収容所」と化した島は3つ、それぞれ人魚に関連したネーミングで「マーメイド」「ビクニ」「セイレーン」と名付けられた。アニメの舞台となるのは「マーメイド」。新種のウイルスは俗に「アムードウイルス」と呼ばれ、感染した少女の半数は体が武器に変化してしまう。もう半分の少女はその武器を使いこなす仕手となる。かくして武器化能力を得た主人公は、島で出会った少女「敷島魅零」の手に委ねられることに……設定が設定だけに「下品な『エレメンタル ジェレイド』」と呼ばれたアニメです。監督は『魔乳秘剣帖』や『聖痕のクェイサー』の「金子ひらく」、お色気要素もあるがブッ飛んだ内容だけに「エロさ」よりも「笑い」の方が勝ってしまう局面が多い。ただ、個人的にマーメイドのアニメはバトル凝っててエロも程好くて好きな作品であり、もうちょっと評価されてほしかった。クライマックスの展開がちょっと……で盛り下がるんだけど。特に主人公たちの最終形態がダサい。長身でグラマラスで寡黙なクールビューティの魅零が実は主人公よりも年下で、喋らないのは単に緊張していたからだった……というギャップに満ちたサプライズは良かった。残念ながらヴァルドラはソシャゲが不人気で配信開始から1年も保たずにサ終。それに伴いプロジェクト全体が自然消滅に向かいました。だがOP曲の「Overdrive」は今聴いてもカッコいい。「柔い肌の下、鋼鉄の血が流れてる」という歌詞が好きだし、サビの「オー・バー・ドラァアアアァァァアアアアァァーーーイブ!!!」が気持ちいい。ED曲の「スーパーウルトラハイパーミラクルロマンチック」もイイよね、バカっぽく聞こえるけど中毒性は高い。

 『ヴァルキリードライヴ マーメイド』と同じ2015年に小説原作の吹奏楽部アニメ『響け!ユーフォニアム』が放送開始、主人公「黄前久美子」と「高坂麗奈」の、互いに信頼しながら「もっと高みを」と要求し合う関係は個人的に百合だと思っているが、二人とも異性愛者なので「百合じゃない」と否定する人もいる。どちらかと言えば「響ユは百合じゃない」という意見の方が多数派かも。2018年に公開された映画『リズと青い鳥』は響ユのサブキャラである「鎧塚みぞれ」と「傘木希美」の関係を掘り下げており、こちらに関しては「百合アニメ映画」と認定する意見が多数派かな。リズ鳥は「ストーリーがどうのこうのという以前に、映像の作り方と、そこから醸し出されるムードが完全に百合」である。ほとんどのシーンはみぞれの「主観」というフィルターを通して描かれており、彼女にとって「関心があるモノ」と「関心がないモノ」の差がくっきりと明確になっています。本編主人公の久美子もチラッと登場しますが、みぞれにとっては「関心がないモノ」なので非常に希薄な存在として映し出されており、映画しか観ていない人は久美子が本編主人公とは到底思わないでしょう。みぞれにとって「世界の全て」に等しかった希美が、だんだんそうじゃなくなっていく……という過程を映像で表現し切っており、必然として訪れる訣別は残酷なまでに美しい。百合作品を鑑賞しているとたまに「でもこの子たちの想いは一時の感情に過ぎず、大人になれば忘れてどこかの男と家庭を築くのかもしれない」という邪念が湧いてきますが、リズ鳥を観るとたとえ「一過性の想い」であってもそれの放つ輝きが不朽であることを信じられる。線香花火に似た短いキラめきでも、それが闇を照らし道を示したから歩き続けられるのだ。百合は、終焉さえも魅力的である。リズ鳥を観て私はそう納得しました。

 2017年は今でもプロジェクトが続いている『バンドリ!』のアニメが世に送り出されたが、1期目は正直あまり出来が良くない。キャラの掛け合いに「味」があるけど、それ以外はどうにも……特に円盤特典として制作された、OVAに近い14話「遊んじゃった!」は主人公たちが「なんかキャラの違うRoseliaの面々」と一緒にビーチバレーする、百合どうこう以前に作画もシナリオも「高熱の時に見る夢」みたいな内容でした。30分枠でガルパピコや元祖バンドリちゃんのノリが延々と続く恐怖。「くっ……なんて過酷なスポーツなの……!」「ええ、油断は禁物のようね……」と言い合う紗夜友希那の姿に君も目を疑え。今はなきXEBEC(ジーベック)が元請けで、ほとんどの回をグロス(下請け)に回しちゃったからブシロードが投じた費用の割には……という仕上がりになっている。もうこの頃にはXEBECも末期でしたからね(ちなみにXEBECの設立者だった「下地志直」は既に故人だが、亡くなる前、最後に所属していた会社が「studioMOTHER」だった。そう、「わたなれ」こと『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』の制作である)。2期目から「サンジゲン」の技術によって3DCGアニメとなり、クオリティも上向きになっていきます。ただ2期目と3期目はバンドリのソシャゲ「ガルパ(ガールズバンドパーティ)」やってないとわからないところが多く、新規の百合好きを受け容れる余地が少ないというか、内向きに閉じたコンテンツとなってしまった感がある。なので4期目に当たる『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』と5期目に当たる『BanG Dream! Ave Mujica』はガラッと大きく作風を変えたが、そのへんは後述するとします。

 2018年、屈指の名作『やがて君になる』アニメ化。原作は「仲谷鳰」の連載デビュー作で、好きな漫画家として「高河ゆん」を挙げているだけあってタッチは少しがゆんっぽいです。きらら系でも百合姫でもなく“電撃大王”での連載という珍しい出自で、その絡みもあってスピンオフ小説を電撃文庫から出している。誰かに恋をするという感覚がわからない少女「小糸侑」と、「私のことを好きにならない相手が理想だから」と侑に告白してきた上級生「七海燈子」。ふたりの一筋縄ではいかない関係を描いたガールズ・ラブ・ストーリーです。「周りに男子がいる環境であえて女子を選ぶ」ことが重要だからと、女子校ではなく共学校が舞台になっています。わたなれの舞台も共学ですが、このへんはやが君の影響受けてるんじゃないかな、って気がします。わたなれの作者はほぼ全ての百合漫画に目を通しているような百合フリークだから、むしろ影響受けてない作品探す方が難しいんですが。主人公とヒロインの性格はひねくれているものの、作品自体はド直球の百合であり、やが君アニメをキッカケに沼へ沈んだ人もチラホラ見られる。ただ、まだ時代が追いついておらず、評価の高さに反して商業面ではそこまでヒットしなかった。話の途中で終わっており、もう1クールあれば完結まで漕ぎつけられそうだが、今のところ2期の予定は聞かない。原作者も「ちょうどあと1クールで終われるはず」と意欲を示している。テレビ放送で稼ぐのは難しそうだから、完結編を劇場3部作にする、みたいなルートも検討してほしいところ。

 もう一つ、2018年は今も多くの舞台創造科(通称「B組」、作品ファンを指す名称)の脳を焼き続けているアニメ『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』が放送された年として特記する必要がある。「舞台演劇」を教える学園――身も蓋もない書き方をすれば「宝塚音楽学校みたいなところ」で少女たちが巨大感情をぶつけ合う、バトル系百合アニメです。「歌って踊って奪い合いましょう」を合言葉に、それぞれ叶えたい願いのために少女たちは「オーディション」で熾烈な決闘(レヴュー)を繰り広げる。リアル舞台とアニメとソシャゲ、3つのメディアを柱に展開していたプロジェクトで、ソシャゲは一応「TVシリーズの後の出来事」ということになっているが、リアル舞台版は完全にパラレルな別物。全体的に舞台版の方がギスギスしているというか、何度見ても主人公「愛城華恋」に向かって嫌味な口を利く「天堂真矢」でビックリする。学園の地下に隠された秘密の劇場で夜な夜な決闘じみたオーディションが開催される……という設定は明らかに『少女革命ウテナ』の影響を受けており、特に詳しい説明もなく「これはそういうアニメなんで、じゃヨロシク!」と勢い任せに突っ走っていく展開は多くの視聴者を困惑させたが、個々の登場人物が抱く感情自体は非常にわかりやすく、順応さえできれば第7話「大場なな」で雷に打たれたような衝撃を受けること請け合い。超常現象というか、常軌を逸した出来事が平然と発生するマジックリアリズムじみた話ですからラテンアメリカ文学の補助線があればより楽しめるかも。ないならないで「百合版『仮面ライダー龍騎』」とか他の文脈で楽しむことが可能。あまりに脳を焼かれ過ぎて、何を見ても「実質スタァライト」と口走るゾンビすれすれのファンもいますが、もうどうにもならないのでそっとしてあげましょう。2021年、完結編に相当する劇場アニメが公開され、2024年にソシャゲがサ終、そこでほぼ展開は終了した……かに見えましたが、シリーズ続編の完全新作アニメーションが現在準備中であり、まだまだ星のキラめきは絶えそうにない。

 そんな2018年は『となりの吸血鬼さん』という吸血鬼をヒロインに据えた百合アニメもあり、地味ながら良作だった。他には……ああ、『うちのメイドがウザすぎる!』があったか。小学生の女の子が主人公で、あるとき家にやってきた女性メイドが筋肉ムキムキで元自衛隊員のロリコンだった! という「おねロリ」コメディ。「初潮前の女の子にしか興味が持てない」と豪語するメイドのインパクトが凄まじく、お世辞にも一般ウケしたとは言い難いが百合好きの間に強烈な印象を残していった。まだ一部でひっそりと使われているミーム「男の子ドン引きで草」もこの作品のOP曲のMVが由来です。と、平成までの流れはこんな感じで、翌年から新元号である「令和」に移ります。

 令和元年、即ち西暦2019年。「これが新時代の百合アニメだ」とばかりに話題を喚んだのが『まちカドまぞく』。きららアニメの一つで、魔法少女に歯向かう「まぞく」としてヘッポコな主人公が暗躍(?)するコメディ。敵対すべき魔法少女からあべこべに可愛がられ、「これで勝ったと思うなよー!」と負け犬の遠吠えみたいなセリフを吐きながら逃走し、ナレーションに「頑張れシャミ子!!」と応援されて締め括る――といった具合に展開がテンプレ化している。作品内容と「桜井弘明」監督のノリがうまい具合に噛み合っており、テンポと歯切れの良いアニメに仕上がっていて、とにかく観ている間ずっと気持ちいい。昔流行った「ハイテンション・コメディ」のようなノリです、『エクセル・サーガ』とか『ギャラクシーエンジェル』とか、ああいうやつ。わたなれや『超かぐや姫!』はこの路線の延長線上に位置している、というのが個人的な見解です。同意は求めない。ギャグの切れ味もさることながらキャラたちの魅力も特徴の一つで、主人公を指す名称「シャミ子」はミームの域にまで達した。「ききかんりーっ」と叫んで際どいコスチュームに変身する、男性ウケを狙ったお色気要素もキチンと盛り込まれている。放送中から大人気で、「2期まで辿り着ける作品はひと握り」と言われるきららアニメの狭き門を潜り抜け、2022年の『まちカドまぞく 2丁目』まで漕ぎつけた。しかし原作者が持病を抱えており、体調が安定しないため連載も不定期気味で、3期目の目処は立っていません。もし「3期決定」のニュースが飛び込んだら百合界隈はお祭り騒ぎ間違いナシです。ちなみに「シャミ子が悪いんだよ」がネット流行語に選ばれましたが、これは二次創作で生まれたネタというか「ファンの間に自然発生した共通幻覚」であり、原作漫画にもアニメにもこんなセリフは存在しない。ファンはそのことをツッコまれると「原作とアニメで言ってないだけだから」と返すのがお約束になっています。なお、この手の存在しないセリフは「あんたはここでふゆと死ぬのよ」が有名。

 令和元年百合アニメ、他のところだと『マナリアフレンズ』『私に天使が舞い降りた!』が印象に残っているかな。『マナリアフレンズ』は『神撃のバハムート』を原作とするアニメです。「マナリア魔法学院」を舞台に「人のお姫様」アンと「竜のお姫様」グレアの交流を描く。神バハの運営は「Cygames(サイゲームス)」という会社で、サイゲには自社IPのアニメを作るために立ち上げた「CygamesPictures」、通称「サイピク」というスタジオがあるんですが、そこのTVアニメ第1弾に当たります。15分枠で通常のTVアニメの半分しか尺がないショートアニメながら品質は高く、「典雅な百合」に飢えたオタクたちの喉を潤しました。神バハはサイゲIPの基幹プロジェクトみたいなゲームなのでキャラがよく他の作品に出張することでも有名であり、マリフレの主人公ふたり「アン&グレア」はよくセットで登場します。『グランブルーファンタジー』や『プリンセスコネクト!Re:Dive』のプレイヤーの中にはアンとグレアが「グラブル(プリコネ)のキャラ」と思い込んでいる人もいたり。

 『私に天使が舞い降りた!』、略称「わたてん」はJD(女子大生)の主人公がJS(女子小学生)のヒロインを「天使」と呼んで入れ上げる、客観的に観ればなかなかヤバい感じのおねロリコメディ。若干『うちのメイドがウザすぎる!』と重なる部分もあるが、アレに比べればかなりマイルドな仕上がりだ。主人公「星野みやこ」、通称「みゃー姉」を演じたのは最近頓にファム・ファタール役に抜擢される声優「上田麗奈」で、率直に言って彼女の演技に支えられている部分が大きい。そういう意味ではおねロリアニメというより「みゃー姉アニメ」です。妹の「星野ひなた」は忙しかった母に代わって面倒を診てくれたみやこのことを母親以上に慕っており、ことあるごとに「みゃー姉! みゃー姉!」とまとわりついてくる。「みゃー姉に友だちはいないぞ」と言い切り、「みやこは結婚したら家から出ていく」と言われ「結婚なんか認めない!」と取り乱すなど、その依存ぶりは深刻。また、みやこと同じ大学に通っている「松本香子」はみゃー姉がJK(女子高生)だった頃から想いを寄せていたストーカーであり、飼っている犬の名前も「みやこ」なので視聴者からドン引きされた。今でも一部の界隈では「松本」がストーカーの代名詞になっている。斯様にみゃー姉は妹、元同級生、そして妹の友人であるヒロインを籠絡する「魔性の女」であり、演技の方向性は違えどレゼやギギに連なる「うえしゃまファムファタル」のキーパーソン的な存在ゆえ、レゼ篇や閃ハサが好きでまだわたてんを観てない人は要チェックである。

 2020年は『アサルトリリィ BOUQUET』が放送。『アサルトリリィ』はクリエイター「尾花沢軒栄」の構想を元に展開しているメディアミックス企画で、簡単に言うと「デッカい武器を持った小柄な少女たちが謎の敵と戦いながら百合百合な日々を送る」という“癖”の塊以外の何物でもないプロジェクトです。アニメは「シャフト」が制作しているが、いわゆる「シャフト演出」は控え目。西尾維新原作の“物語”シリーズやまどマギが当たったこともあり、リッチな作画が可能になったので省エネ的な意味合いが強いシャフト演出をわざわざ使う必要もなくなった。「イノチ感じる」でお馴染み「Edel Lilie」が流れるエンディング映像は若干「シャフトっぽさ」が漂ってるかな? アサリリの特徴は何と言ってもキャラの多さ。「リリィ」と呼ばれる戦う少女たちの通う学校(ガーデン)は日本だけでも30校くらいあるという設定で、ネームドキャラは優に100人を超える。100人以上から成るリリィの百合百合な関係を延々と生成し続ける、一度足を踏み入れたら二度と抜け出せなくなる深い沼、それがアサルトリリィです。さすがにアニメだとメインキャラは十数人程度に絞っており、「細かい設定はあるけどアニメだと一瞬しか映らないキャラ」も多い。『ストライクウィッチーズ』や『結城友奈は勇者である』の百合色をより強くした雰囲気ながら、普通に「戦死者」が出てくる作品なのでやや重い部類に属する。意外と、と書いては失礼だが戦闘シーンの作画にも気合が入っていて見応えアリ。全体的にノリが10〜20年くらい前のアニメって感じで良くも悪くも「古さ」を感じさせます。アニメ終了後のストーリーを描くソシャゲ「ラスバレ」(『アサルトリリィ Last Bullet』)は今もサービスを継続しており、こないだ5周年を迎えた。さすがに2期はもう難しいだろうけど、劇場版か、OVAなら何とか……と希望を抱き続けています。

 同じ2020年放送分だと、非きらら・非一迅社の作品として印象的だったのが『推しが武道館いってくれたら死ぬ』。「推し活」という言葉が流行り始める直前に出てきた漫画原作アニメです。主人公「えりぴよ」はかつて路上で見かけたアイドル「市井舞菜」に魅了され、可処分所得のほぼ全てを彼女に貢いでいるためいつも金欠で高校時代の赤ジャージを普段着にしている強火のオタク。舞菜は不人気アイドルであり、ほぼ唯一と言っていいファンであるえりぴよの存在を当然ながら認知して「無理しないでほしい」と内心労わっていたが、口下手なせいもあってその想いは伝わらず、二人はすれ違い続ける……というコメディ。「アイドル活動」とそれに伴う「推し活」の描写がメインで、ハッキリ言って百合は添え物なんだけど、その添え物が美味しくていくら噛んでも味が出る。舞菜は人気が出た後でもえりぴよに対して特別な感情を抱き続けるが、えりぴよを特別扱いしたい気持ちを堪え、「彼女が望むアイドル」として振る舞いファンとアイドルの間に引かれた一線を守り続ける。その線、越えられぬか……まるで国境のようだな。残念ながらアニメは商業的に振るわなかったのか2期目は来なかったが、原作は10年近くの連載期間を経て去年無事に完結。最後の最後まで「ファンとアイドルの間に引かれた一線」を越えずに走り切った点を評価したい。あと、ライトノベル原作の百合アニメとして話題になった『安達としまむら』もこの年か。アニメは2期が来るほどは売れなかったが、未だに声優の「鬼頭明里」が何かの役で出演するたび安達を連想するくらい記憶に残っている。ただ、タイトルの印象が強すぎて二人の下の名前はたびたび忘れるんだよな……安達が「桜」で島村は「抱月」。そう、「しまむら」は明治の小説家と同じ名前なんです。ファンのほとんどが「しまむら」で覚えているから検索結果は全部汚染されるところまでいっていない。半分近くは汚染されてるけど……。

 2021年は『白い砂のアクアトープ』放送。P.A.WORKSが得意とする「お仕事シリーズ」の一つであり、今回のお仕事は「水族館」です。沖縄にある小さな水族館「がまがま水族館」を舞台に、元アイドルの「宮沢風花」とがまがまの館長代理であり現役女子高生でもある「海咲野くくる」の関係を描く。バラしてしまうと、がまがまは施設の老朽化もあって1クール目のラストで廃業。2クール目は新しく出来た水族館「アクアリウム・ティンガーラ」が主な舞台となり、高校を卒業したくくるがここに就職します。少し遅れて、アイドルに復帰する夢を断ち切った風花が沖縄にやってきて同じティンガーラで働き始める。二人の交流を丹念に綴った良質百合アニメながら、ぶっちゃけ前半の「がまがまパート」があまり面白くないせいもあって世間的にはイマイチ盛り上がらなかった。シナリオの平坦さを紛らわせるためか、やたら凝った演出を施すせいで雰囲気が浮いてしまっている。百合アニメは昔から「やたらと水族館のシーンが多い」と言われるジャンルで、これはどうしても長いセリフで会話しないといけない場合、主人公たちを水族館に行かせて魚介類が泳ぎ回る水槽の前で喋らせることでムードと間を保たせるテクニックが定番化した――という経緯があります。『白い砂のアクアトープ』は水族館が職場なのでどうしても「水族館テクニック」を多用する形になってしまい、一本調子になった面がある。作画は素晴らしかったし、もっとポテンシャルはあったのにな……と未だに惜しんでいます。2021年は他に『かげきしょうじょ!!』もあったか。スタァライト同様、「宝塚みたいな音楽学校」を舞台にした漫画原作アニメで、ファンタジー方向に振り切ったあちらと違いこちらは比較的リアル路線です。本当は歌舞伎役者になりたかったが「女は歌舞伎役者になれない」と言われて諦め、夢を「歌劇団のメンバー」に切り替えた少女「渡辺さらさ」が主人公。明日のスターを目指して切磋琢磨する少女たちの姿を描いており、百合百合しい空気はあまりなく、どちらかと言えばスポ根に近いノリ。コンセプトがコンセプトだけに楽曲も多く、ED曲の「星の旅人」「薔薇と私」双子版はこちら)や「シナヤカナミライ」は今でもたまに聴くほど好き。

 2022年、遂に業界の雰囲気を一変させるデカいタマが炸裂する。『リコリス・リコイル』……原作のないオリジナルアニメで、放送前はあらすじに関して一切の説明がなく、どんなジャンルかすらわからないまま放送の日を迎えた。よくある日常系か? という予想を裏切り、まさかの洋画風ガン・アクション。「社会のゴミども」を人知れず抹消する「女子高生のフリをした殺し屋たち」が銃を握り締めて都市のジャングルを駆け抜ける、百合版『シティーハンター』でした。バディ物だから百合版『あぶない刑事(デカ)』と言った方が近いかも。ハリウッド映画で言うと『リーサル・ウェポン』とか『バッドボーイズ』とか『ラッシュアワー』のアレです。とにかく今更こんな平成どころか昭和の香りすら漂うアニメ、ウケるんだろうか……と心配したのも束の間、爆発するような勢いで大ヒット。監督の「足立慎吾」はアニメーター出身で、「絵」に対するこだわりが強かっただけに作画・演出ともに高水準、純粋に「観ていて気持ちいい作品」だったことが効を奏した。前述した「ハリウッド映画でよくある凸凹な男ふたりのバディ物アクション」を女の子に置き換えたような作品で、たとえ相手が悪人だろうとなるべく殺したくない陽気な「錦木千束」と、躊躇いもなく人を殺せる「狂犬」の「井ノ上たきな」、対照的な二人の関係に熱狂的な勢いでハマる視聴者が続出。通常、男性向けのアニメで女の子が二人出てくるとどっちかに人気が偏りがちになるのですが、リコリコはセットで人気が出た印象です。なぜかたきなの「さかな〜」がバズったりもした。グッズの展開がやや遅かったところを見るに恐らく単発で終わる予定の企画だったと思われるが、想定外の人気を博したことで続編も決定しました。放送時点で続編を計画していたわけじゃないぶん、完成までには時間が掛かりそうな気配ですが……2025年には場繋ぎのためか、『リコリス・リコイル Friends are thieves of time.』というショートアニメシリーズも配信された。ちなみにストーリー原案は「アサウラ」、半額弁当を奪い合う『ベン・トー』などを手掛けたライトノベル作家です。インタビューによると「最初のプロットは『テレビで流せない』と返された」そうで……「自由に書いてほしい」という言葉を真に受けて本当に自由に書いたら「こんなのテレビで流せるわけないだろ!」と言われたんだとか。「本気のアサウラ」を多少ナーフするぐらいで一般ウケが狙える、という貴重な検証結果が得られた。

 アニメ関係者も「リコリコのヒット以降、業界の空気が変わった」と証言しています。それまでニッチというか、「どういう層をターゲットに訴求すればいいのかよくわからない」という扱いだったカテゴリ「百合アニメ」が全面的に見直されていく。ただ、企画そのものに影響が出るのは来年(2027年)あたりからだと思われます。リコリコと同じ年に放送された『ぼっち・ざ・ろっく!』も、百合要素はそこまで強くないが「ガールズバンド」というメンバーたちの絆を感じられるジャンルだけに百合的な受容をするファンが散見された。ほか、ライトノベル原作の『処刑少女の生きる道』もこの年。「生きる道」と書いて「ヴァージンロード」と読ませる。異世界から召喚された「日本人」を危険視し、機会を見つけ次第抹殺している「処刑人」メノウ。彼女は「時任灯里」という日本人少女に出会い、いつでも寝首が掻けるようにスタンバっていた(すぐ殺さなかったのは、召喚された日本人にはチートパワーの源があり、その詳細を見極めてからでないと危険なため)。しかしメノウは知らない、灯里にとってこれが「1周目の世界」ではないことを……というタイムループ要素ありの百合です。タイムループ物は構造上「数多の出来事は『なかったこと』になるが、本人の記憶には深く刻まれる」ため百合との相性がいい――と『魔法少女まどか☆マギカ』が実証してみせたこともあって、ニッチに見えて意外と人気のあるジャンルです。原作は去年(2025年)全11巻で完結したが、アニメは2巻までの内容を丁寧にやっただけで3巻以降は映像化されておりませぬ。

 一方、百合ファンもアニメファンも一様に理解に苦しんだ作品が『咲うアルスノトリア すんっ!』。既にサ終したソシャゲ『咲うアルスノトリア』と連動する企画で、要は「メディアミックスの一環」として作られたアニメなのだが、「何がしたいのか全然わからない」と困惑する視聴者が続出。リゼロで有名な「大塚真一郎」が大元のキャラデザを担当しており、「可愛い女の子たちの日常」が売りのはずなのだが、どこか不穏な空気が漂っていて安心できないため「細かいことを無視して女の子たちの可愛さに集中する」スキルがないと楽しむのは難しい。「ペンタグラム」と呼ばれるヒロインたちが「真の淑女」なるものを目指して全寮制の魔法学園で集団生活を送っている――でもペンタグラムが何なのか、真の淑女とは何なのか、そのへんはあえて説明いたしません……! というスタイルなので、元のゲームをやってない人にはキツい内容であり「観るだけで精神が鍛えられる修行アニメ」と評された。少女たちの敵とおぼしき「騎士」の姿もチラチラと見せているが、アニメでは両者の戦いもまったく描かれず、「続きはゲームで!」となるため期待を煽られるどころか「これだけもったいぶって何も起きないのかよ!」とただただ萎えてしまった。『グラップラー刃牙』で例えると刃牙がバナナやおじや、炭酸抜きコーラを掻き込むシーンだけ膨らませてグルメアニメっぽくして、末堂と戦う前に話が終わるような感じですよ。個人的に日常描写の数々も「観ていて心地良い」とは思えなかった。付き合うのも苦痛だった割に最終回を迎えた後は淡雪のように記憶が消え去ってしまって、この記事を書くために各年のアニメリストをチェックするまで存在自体をほぼ忘れていました。ソシャゲの方も放送翌年の2023年にひっそりとサービス終了の時を迎えた次第。怖い物見たさ以外で鑑賞することはオススメしません。まぁ最初から「何も起こらない」ことを知って観るのであれば案外平気かもしれませんが……。

 2023年は『転生王女と天才令嬢の魔法革命』が放送。「なろう系」の転生ファンタジーとしてはちょっと珍しい(すごく珍しいというほどでもない)百合小説が原作です。割と地味な作品で、「途中で書籍化が打ち切られるのでは?」とハラハラした時期もあった(特に2巻と3巻の間は8ヶ月空いており、少し諦めそうになった)が、順調に刊行を重ね、今月出た13巻で遂に完結しました。「魔法」が存在する世界で「王族なのに魔法が使えない」という理由で蔑まれている主人公「アニスフィア」と、天才的な魔法の使い手であるヒロイン「ユフィリア」が婚約破棄だの何だのといったトラブルの果てに結ばれる。ユフィリアさん、クールなイメージに反してかなり情熱的なヒロインなんですよね。ぶっちゃけ重……いえ何でもないです。ラノベ原作の『ひきこまり吸血姫の悶々』もこの年。「吸血鬼の令嬢なのに血が吸えない(吸血によって生み出される超人的なパワーも発揮できない)」という弱点を持った「テラコマリ・ガンデスブラッド」、彼女は己のひ弱っぷりがバレないよう、精一杯虚勢を張って過ごしていたが、成り行きで戦争に参加することになってしまい……という異世界ファンタジー。コマリに不埒な想いを寄せるメイド、窮地を救われたことでコマリに依存気味となっている友人など、コマリを慕う女性が何人か出てきて軽い修羅場というかハーレムっぽい雰囲気になります。バトルがメインで百合要素はスパイスに留まっているが、キャラが可愛いこともあって百合目当てで観ても充分楽しめる。2期、来るといいですね……(『処刑少女の生きる道』の方を見ながら)。

 『私の推しは悪役令嬢。』はなろう連載から出発した小説原作アニメですが、コミカライズの方で印象に残っている人が多いかもしれない。乙女ゲー世界のヒロインに転生した主人公は、攻略対象そっちのけで悪役令嬢と仲良くなろうとする……ってコメディ。見た目の割に結構シリアスな展開です。何せ作中ゲームのタイトルが『Revolution』、市民革命で貴族社会が終わるストーリーなんですから。ただ、アニメでは革命のところまで進まなかったこともあり、いまひとつ地味な感じに。コミカライズは第一部ラストの「革命編」で終わりみたいですが、小説は第二部以降もあります。原作は全5巻(電子書籍版基準、紙書籍版だとまた少し違う)で、1〜2巻が第一部、3〜5巻が第二部、そして『平民のくせに生意気な!』(全3巻)というスピンオフを挟んだ後、第三部である『振り向きなさい、わたくしに!』へ突入する――とややわかりにくい構成なので注意が必要。

 2023年の百合アニメにおける最大の話題作は『私の百合はお仕事です!』、現在“百合姫”では『ゆるゆり』の次に長い連載となっている漫画が原作です(最新刊は14巻)。不注意から中学生のような見た目をした女の子(CV.田村ゆかりで察せられるかもしれませんが、中学生ではない)を怪我させてしまった主人公「白鷺陽芽」は、彼女の穴埋めでお嬢様学校を模したコンカフェ(コンセプトカフェ、いわゆる「メイド喫茶」や「コスプレ喫茶」の延長線上にある業態のお店)「リーベ女学園」で働くハメになる。同僚の「綾小路美月」は一見優しそうなお姉さんという雰囲気だったが、閉店後は態度が豹変し……という、女の子同士が剥き出しの感情をぶつけ合う、イチャイチャではなくギスギスを見所にした「ギス百合」作品です。このギスギスがあるからこそ後の展開が活きてくるのですが、ストレスフルな展開の数々に参ってしまう視聴者も多かった。

 同じく2023年の『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』もガールズバンドのメンバーが人間関係を巡ってギスギスするストーリーが9話も続き、10話目でやっと心が通じ合う……という展開でホッとしつつもグロッキーになったファンが続出。ストレスの果てにあるカタルシスに夢中になった人も少なくなく、2023年は「ギス百合イヤー」といった側面もあった。でも世間的な意味での一番の話題作は『機動戦士ガンダム 水星の魔女』かな。まさかのガンダムで百合、と蜂の巣を突いたような大騒ぎになりました。しかし、海外だと同性愛NGのところもある(例えば中国、違法ではないものの「不健全」と目の敵にされている)ため、世界展開を狙っているガンダムプロジェクトとして「主人公たちは同性愛者なのかどうか」という点を全力でボカしており、一部の百合界隈からは「日和りやがって」「百合のイメージを利用しながら百合は否定するのか」と非難されています。あと、マイナーなところでは「母娘百合」を描いた『でこぼこ魔女の親子事情』があった。「母娘」と言っても血の繋がりはなく、齢200歳を超える魔女の「アリッサ」と森で拾われた少女「ビオラ」、ふたりの仲良しな関係をコミカルなタッチで描いている。2018年頃にTwitterで流行った「魔女集会で会いましょう」というタグから派生した作品で、一見するとビオラの方が年上っぽいのが特徴。長身で妖艶、口を開かなければ蠱惑的なムードさえ漂っている。しかし彼女が母であるアリッサに対して抱く独占欲は非常に強く、アリッサに近づく男はすべて撃退すると気炎を吐いています。原作コミックスは長らく刊行が途絶えていたが、今月ようやく新刊が出る模様

 2024年に放送された新規IPのオリジナルアニメ『ガールズバンドクライ』は「東映アニメーション」が巨費を投じて作ったガールズバンド作品です。具体的な制作費は明かされていないが、メイキング映像を見ると物凄く手が込んでいることがわかる。一説によれば「一般的な深夜アニメの予算の3倍くらい」は掛かっているという。昔の深夜アニメは1億とか2億で作られていたが、現在はコストが高騰して制作費だけでも3〜5億ぐらいが一般的になっています。その3倍ってことは、9〜15億円の間……12億円ぐらい? 「1話あたり2億で26億円掛かっている」という説もあり、とにかく最低でも10億円は費やしている模様。そのためリクープ(利益回収)に時間が掛かり、去年(2025年)公開された劇場版総集編の興収でやっと利益が出たらしい。深夜アニメとは思えないほどリッチな作りであり、中でも11話の野外ライブは別格。少女たちが傷を舐め合うように、噛みつき合うように咆吼する。世間的な意味での「成功」を収めることはできず、大手レーベルとの契約を解除し、旅芸人のように全国各地を放浪しながら演奏し続ける――かつてないほどロックな百合で音楽好きの胸を打った。2022年のぼざろ、2023年のMyGOと来てこのガルクラなので、「来たな……大ガールズバンド時代が!」と百合オタたちは頷き合ったものです。バンドアニメは楽器の演奏描写とBGMをキチンと一致させねばならず、大幅に手間が掛かるので「鬼門」とされていたジャンルだ。『けいおん!』があれだけヒットしたのに追随するような作品があまり現われなかったのも、制作そのものが困難だからである。「女子高生たちが当たり前のようにバンド活動に勤しんでいる」という、冷静に考えれば異常極まりない光景を納得させるために苦肉の策としてバンドリの作中で編み出されたワードが「大ガールズバンド時代」だったのですが、長い時間を経て遂に「瓢箪から駒」となりました。2024年には『ささやくように恋を唄う』というバンド活動してる女の子と追っかけの女の子が付き合う百合アニメもありましたが、こちらは制作ラインが崩壊してスタジオも倒産するという悲惨な結果に終わりました……。

 ガルクラが2024年百合アニメの「表の顔」だとすれば、「裏の顔」に当たるのが『魔法少女にあこがれて』。略称「まほあこ」。怪人や魔法少女の実在する世界が舞台で、主人公「柊うてな」は魔法少女が大好きな陰キャ少女だったが、謎のマスコット生物と契約した結果、魔法少女をいたぶる悪の組織の女幹部「マジアベーゼ」として活動することに……という、変身ヒロイン×SMというエロ要素の強い百合として仕上がった。高クオリティ化が進む昨今の深夜アニメとしては低予算の部類に属する(昔の深夜アニメ知ってる身からすると「こんなん低予算のうちに入らへんわ」が本音)ものの、ギャグの面白さもあって人気を博す。ヒロインの一人、「マジアアズール」がどんどん堕ちていく様に笑いながら興奮した人も多いだろう。まさかの2期まで決定し、百合ファンの度肝を抜きました。

 リコリコヒット以降に流れていた「百合ってホットなジャンルではないのか?」という空気を決定づけたのが2025年放送の『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』、公式略称「わたなれ」です。無類の百合好きであり、界隈では百合の伝道師として知られる「みかみてれん」原作のライトノベルをアニメ化。百合はジャンルがニッチなためどうしても作画にお金を掛けられないというか、ささ恋のアニメみたいに最初の1、2話は良いけど3話以降はだんだんクオリティが落ちていく……というのが通例でしたけど、このわたなれは多少の波こそあれ、1話目の作画テンションが最後まで続くという百合アニメとしては破格の高品質なつくりで「まほあこ」とは別の意味で百合ファンの度肝を抜いた。「百合に興味のない層は『百合作品特有のしっとりとしたムード』が苦手っぽいから、カラッとした雰囲気で明るく楽しいハイテンション・ラブコメにしよう」と普及重視のライトなノリにしたところ、想定以上にブレイク。「1クールだとキリの良いところまで進まないので、残りの5話を劇場先行公開(後にお正月一挙放送)」という前代未聞の施策もハマり、映画館の着席率が80%を超える異常事態に。映画館の着席率は概ね20%を超えていれば「良好」であり、40%超えると「予想を上回るヒット」、60%を超えるともう「『混んでるからやめよう』と機会損失が生じ始めるレベル」なので80%超えはシンプルに「異常事態」と述べるしかない。地方の劇場は空いているのが常だから、「平均してこの数字」だと都市部の映画館は満席だらけってことになる。業界的にも「百合」というジャンルの商業的評価が改まる契機になった。インタビュー記事で原作者が語っている通り、「百合というジャンルそのものにあまり馴染みはないけど、百合めいた描写に対する抵抗感がなくなってきた世代=百合受容体を持った世代」が増えてきた証左なのかもしれません。

 わたなれの放送が一旦終わって「百合ロス」に陥りかけた視聴者たちの一部が流れ込んだ先が『私を喰べたい、ひとでなし』。公式略称「わたたべ」。若干コミカルな要素もあるが、全体としては仄暗い、「ホラー」とか「サスペンス」寄りの漫画原作アニメです。幼い頃に家族を喪い希死念慮に苛まれながら生きてきた少女「八百歳比名子」は、人喰いの怪物である「近江汐莉」と出逢ったことで「彼女が私を喰べて、この苦痛に満ちた人生を終わらせてくれるかもしれない」というあえかな希望を抱くが……深夜アニメにしてもかなり際どい人外百合譚だ。原作者も「モデルにした地域に迷惑かけないように」って舞台名をボカしていましたが、アニメ化が決まると主な舞台である「愛媛県伊予市」が積極的にご当地アニメとして宣伝し、市役所や道の駅に等身大パネルが設置される事態に。愛媛県公認になったことで、原作だと途中から「愛媛あるあるネタ」がちょくちょく挿入されるようになります。主人公である比名子を担当した声優は、チェンソーマンの「レゼ」や閃光のハサウェイの「ギギ」を演じた上田麗奈……ファンは「うえしゃまがまたタイプの異なるファムファタールを演じている」と畏怖しました。比名子や汐莉とは別に「社美胡」というメインキャラがいて、複雑な三角関係を描くのもこのアニメの特徴。4話では専用EDも流れたが、4話本編における美胡ちゃん最後のセリフが「お前だけは千回引き裂いても赦さない……ッ!」なので「絶対こんな美胡ちゃんがキレッキレのダンスで明るく踊るようなヒキじゃなかっただろ!」と総ツッコミでした。OP曲の「贄-nie-」も個人的に好きです。イントロなしでいきなり「どうか終わらせてよ 何もかもを奪って 痛みを 孤独を 喰らって」とフルスロットルでブッコみ、『フードコートで、また明日。』の「いまどき音楽にイントロって要る?」に対するアンサーになってたの笑ってしまった。「今も胸を抉る 付き纏う夏の匂い 忘れたくない それでもね」のところで家族との思い出が甦ってくるところがもう、ね……。

 流れに乗って『フードコートで、また明日。』の解説をしますと、わたなれと同じクールでやっていた漫画原作アニメ。タイトル通りショッピングモールのフードコートで女子高生ふたりがひたすら駄弁る、ほぼそれだけの会話劇コメディです。原作ストックが少ないのでどうするかと思えば、「6話だけ作って、枠の後半では1〜6話を再放送する」というある意味で『ポプテピピック』みたいな真似をしていました。会話劇なので映像的な動きは少なく、間を保たせるのが大変なわけですけど、原作の良さ・脚本の腕・監督の演出力が噛み合って「6話で終わるのが惜しい」と言われる出来に仕上がっています。あとは『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』の続編『BanG Dream! Ave Mujica』『ロックは淑女の嗜みでして』といった作品もあり、依然として大ガールズバンド時代が続いているのを実感しましたね。まぁ『ロックは淑女の嗜みでして』は百合というより熱血少年漫画のテイストが強かったですけど……なにぶん原作者が『ムシブギョー』の福田宏ですから。オリジナルアニメだと『もめんたりー・リリィ』というのもあった。女の子たちがデカい武器を振り回し、ポストアポカリプス的な世界で謎の敵と戦う。「よくあるやつ」ではあるんだけど、「GoHands」らしい気合の入った作画とデスボイスが炸裂するOP、そして「どうせ投げっぱなしで終わるんだろうな」と思っていた謎の敵の正体もちゃんと明かしてストーリーをキレイに畳むシナリオのおかげで、最後まで観れば「いいアニメだったな」と感じられる一作でした。変なところも多かったけど……「ふざけんなよ誰も来ないじゃない!」とか。『Turkey!』っていう「戦国時代にタイムスリップした女子高生たちが命を懸けてボーリングする」もっと変なアニメがあったから相対的に目立たなかっただけで。

 2026年はまだ始まって2ヶ月ほどしか経っていないので語れる範囲は少ないが、今もっともホットな話題は『超かぐや姫!』。TVアニメではなくネットフリックス資本で制作されたオリジナルアニメ映画です。当初は映画館での公開が予定されておらず、ネットフリックス独占配信でした。アニメーターとしてのキャリアは長いが監督としての実績はほとんどない「山下清悟」が監督を務める、「配信者」や「ボカロ曲」を題材にした映画ということで一部の層からは注目されていたが、世間的な意味での話題性はほぼない状態で配信がスタートした。私も「『かぐや姫』の竹取の翁を現代の女子高生に置き換えた百合アニメらしい」という噂でちょっと気になっていた程度です。こういう動画サービス独占配信のアニメはあまり話題にならないのが通例なんですが、例外的に物凄く話題になってランキングの上位に食い込み、「何かスゴいらしい」という噂が広まってどんどん視聴者が増えていった。この作品を観るためだけにネトフリと契約した、って人もポツポツ見かける。ネットは『超かぐや姫!』の感想と二次創作イラストで溢れ、それを目にした人が興味を持つ→見事ドハマりして自身も感想や二次創作を投稿する、と完全にバンドワゴン効果(流行に乗り遅れまいと慌てて飛びつく人たちの姿が話題になって、もっと人が増える現象)が発動した状態になった。

 私は確か配信開始から3日後くらいに観ましたが、その時点で既に話題は過熱気味で「ちょっと出遅れたかな?」という気がしましたね。ストーリーよりもキャラの魅力を重視し、目まぐるしく動く見事な作画で観る者を虜にする。他のアニメだったらもっとゆっくり見せたりキービジュアルにするようなシーンを惜しげもなく一瞬で過ぎ去らせる手際に戦慄しました。最近の作品なので詳述は避けますが、観終わると「そりゃあ二次創作イラスト描きたくなるよなぁ」と納得するぐらい、主人公とヒロインの関係がうまく構築されている。リコリコやわたなれとはまた違う路線だが、これは百合アニメのニュースタンダードになるな、と確信しました。現在映画館でも公開されており、あまりにも人気があるので「一週間限定」という縛りを撤廃して客が入り続けるかぎりは上映するモードになっています。「元から劇場公開含みの企画だったのでは?」「それにしては告知が遅すぎないか?」と議論が交わされていますが、個人的には「制作時点でもともと劇場公開の予定はなかった」という考えです。アニメ映画は大スクリーンで上映する以上、原則としてアップのシーンよりも引きのシーンに力を入れて細かく描き込む(だから自宅のTVでは魅力を引き出し切れず、「映画館まで観に行こう」ってなる)んですが、『超かぐや姫!』はアップのシーンに力を入れて高クオリティに仕上げている代わり、引きのシーンだとそこまで細かく描き込んでいないカットが散見される。明らかに「TV画面で観ることを前提にしたレイアウト」だと思います。

 『超かぐや姫!』の制作スタジオ「スタジオコロリド」は過去に『ペンギン・ハイウェイ』とか『BURN THE WITCH』を作ったところで、2022年に「合計3作品の新作長編アニメーション映画をNetflixと共同制作する」ことを発表しました。リンク先でタイトルが記載されていない「柴山智隆監督が手がける新作映画」は『好きでも嫌いなあまのじゃく』です。つまり、2022年の時点でネトフリは『雨を告げる漂流団地』、『好きでも嫌いなあまのじゃく』、そして『超かぐや姫!』の3本を制作することで合意していたのです。『雨を告げる漂流団地』と『好きでも嫌いなあまのじゃく』はプロモーションも兼ねて配信とは別に全国ロードショーも行いましたが、ハッキリ言って実績は出せなかった。詳しい記録が見つからないのでよくわからないが、『雨を告げる漂流団地』は全国140館弱、『好きでも嫌いなあまのじゃく』は全国20館強の公開規模で、どちらも動員ランキングには食い込めなかったため、どれくらい興行収入があったのか……見積もることも困難です。『雨を告げる漂流団地』はせいぜい1000万円くらい、『好きでも嫌いなあまのじゃく』に至っては数百万円規模かもしれません。そういう前提を踏まえると、ネトフリが劇場公開に及び腰になるのも理解できるかと。

 『超かぐや姫!』は公開規模で言うと『好きでも嫌いなあまのじゃく』よりも小さい(なんと全国19館)んですが、公開前から作品の人気っぷりが伝わっていたため座席が足りなくなることを恐れた映画館が500人くらい収容できるシアターで1日10回前後というとんでもない割り当てをして、それでもやっぱり足りなくて満席が続出し、初週2.9億円という信じがたい数字を叩き出した。映画って、人気があるのとないのとではこんなに違うんだな……って改めて思い知った次第。人気に応じて上映館数も増え、3月現在は全国で100館以上の規模になっています。4月にはコナンの新作が来るから、興行面では「それまでの間にどれだけ稼げるか」の勝負ですね。ちなみに5日現在の興行収入は約7億円。勢い的に10億円を超えることはほぼ確実だろうが、20億、30億と「上」を狙えるかどうか……拡大の始まる13日からの動員が鍵です。

 ……軽く書くつもりが思った以上に長くなってしまって、何が言いたいのかわかりにくい内容になってしまったな。整理していくと、現在「百合アニメ」と呼ばれているジャンルの流れを遡行していくと1997年放送の『少女革命ウテナ』と2004年放送の『マリア様がみてる』、2006年放送の『Strawberry Panic』あたりに辿り着きます。もっと遡ろうとすればセーラームーンなどを挙げられないこともないが、「百合要素がある」ことと「百合アニメである」ことには差があると感じるので挙げません。あくまで古参のオタクが「百合アニメ」と言われて思い浮かべるのがこのあたり、という話です。

 ストパニ以降、明確な百合アニメは少なく、なのはやストライクウィッチーズ、けいおん、咲、まどマギといった作品の中に百合要素を見出して楽しむような状態が続いていましたが、2009年放送の『青い花』、2011年放送の『ゆるゆり』をキッカケにだんだん「百合アニメは一つのジャンル」として意識されるようになっていく。2010年代の百合アニメは大別して「きらら系」「百合姫系」「それ以外」の3つ。きらら系が比較的ライトで、百合姫系は比較的濃い、それ以外はまちまちといった感じ。百合アニメは現在に至っても明確な定義がなく、百合オタが「〇〇は百合アニメ」と認定し、非百合オタが「勝手に百合アニメ扱いするな」と反発する、みたいな揉め事はしょっちゅうだ。特に『ラブライブ!』のようなアイドルアニメは、たとえ女の子ばっかりしか出て来なくても「自分自身が作中世界のファンになったつもり」で観る人が多いのか百合アニメ視することに抵抗を覚えるらしい。推し武道みたいな、「女性アイドルと追っかけの女性ファン」を描いた作品はまた別みたいですが。

 2015年放送の『ヴァルキリードライヴ マーメイド』、2018年放送の『やがて君になる』あたりはもっとヒットしていいだろうと感じましたが、まだまだ百合オタクの声が小さい時代だった。アニメ展開がほぼ終了したこの2つに対し、2018年放送の『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』はヒットの規模こそあまり大きくないが根強いファンに支えられてプロジェクトそのものは存えている。ブシロードのイベントホール「飛行船シアター」が「スタァライト劇場」に変更されるという椿事まで発生しているし。

 2019年、「令和」の時代に入って『まちカドまぞく』や『私に天使が舞い降りた!』といったポップな百合アニメが人気を稼ぎ、徐々に「百合アニメ」というジャンルそのものの地位が盤石になっていく。2022年の『リコリス・リコイル』と『ぼっち・ざ・ろっく!』は界隈の空気を変えたといってもいいだろう。2023年の『機動戦士ガンダム 水星の魔女』で百合カップルが爆誕するなど、好き嫌いはあるにしても「百合」という概念そのものが一般化していったように感じた。「わたなれ」こと『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』は劇場先行版に当たる『ネクストシャイン!』で各地のファンを映画館に招き、「百合には一定の動員力がある」ことを証明。わたなれは「ガールズ・ラブコメディ」を標榜し、百合のサブジャンルとして「GL」という概念を定着させようとしています。富士見ファンタジア文庫はこれに乗っかる形でファンタジア文庫GirlsLineと称し、百合オタをライトノベルに取り込もうとする活動を行っています。まだ専用レーベルが立ち上がるほどの勢いはないが、今後の盛り上がり次第では「富士見GL文庫」みたいなのが出来る可能性はゼロじゃない。少なくともいつぞやの「富士見ミステリー文庫」よりは勝算があるだろう。あのレーベルも「申し訳程度でもミステリーがあればいい」ということで案外百合作品が混ざったりもしていたが。上遠野浩平の“しずるさん”シリーズとか。

 今年(2026年)は『超かぐや姫!』がヒットしており、「百合アニメ映画」に勝機を見出すスタジオも出てくるかもしれません。私の読み通りなら、2027年や2028年あたりから明確に百合アニメが増えるはずです。チェックの灯を絶やさないようにせねば。


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