夢枕獏の作品ってアレとアレが繋がっているんですよね(2014年5月23日の記事)


 夢枕獏(ゆめまくら・ばく)という特徴的なペンネームを見聞きしたことのある方は多いだろう。学生時代につくったペンネームで、特徴的すぎるためか本人は後悔したこともあるそうな。たまに違う名義を使って小説書いたりすることもある(参照:秘密ペンネーム、8人で筆名共有…変わりゆく「作家像」)そうです。自作を躊躇わずに誉める自信に満ち溢れたあとがきも印象的で、初期のあとがきをまとめた『あとがき大全』なんて本も発売されている。自画自賛を厭わないあの芸風は、筒井康隆や平井和正の影響を受けて成立したと語っています。余談ながら、「自作誉め」を積極的にやる作家は他にも結構おりまして、有名なところでは内田康夫がそうです。最近ブレイクしてきている富樫倫太郎も、『雄呂血』という長編を書いている最中に感動して泣いてしまったことを率直に明かしている。興味が湧いた方は、『雄呂血』の前に『地獄の佳き日』(デビュー作『修羅の跫』を改題改稿した作品)を読んでおくことをオススメします。富樫倫太郎も富樫倫太郎で作品間の繋がりがわかりにくい作家だからいずれ解説したいが、今回は割愛。

 整然と語ろうとすれば時間が掛かってしまうので、思いつくままに作品間の繋がりを書いていく。1982年に始まったシリーズ作品“キマイラ・吼”(最近だと単に“キマイラ”と表記されることも多い)は、30年以上が経った現在も完結していない、というか終わりが見えてこない伝奇大河小説と化しており、完全にライフワークとなっています。別巻含めて既刊は18冊(新書版は文庫版の1巻から16巻までを合本して8冊にしているので都合10冊)に及ぶ。今は「キマイラチャンネル」で通算19作目(本編としては18作目)に当たる『キマイラ鬼骨変』を連載中。このシリーズは『闇狩り師』と繋がっていることで有名です。“キマイラ”シリーズに登場する主要キャラの一人、九十九三蔵の兄に当たる「九十九乱蔵」が『闇狩り師』の主役を務める。二人の師匠である真壁雲斎も登場します。“キマイラ”のサブキャラクターで、サブの割には読者人気が高く、だんだんメイン級の扱いになっていった「ひろし」こと龍王院弘も『崑崙の王』という“闇狩り師”シリーズの長編に出演し、彼を完膚なく打ち負かしたフリードリッヒ・ボックと同じ「鬼勁」の使い手である贄師・紅丸と対峙する。まだ読んでないが鬼骨変には「龍の覚醒」という章があるそうで、いよいよ弘がボックと再戦するのかな……と期待している。弘には『キマイラ青龍変』という少年時代を描く別巻まで用意されており、読者のみならず作者からも愛されていることが明白となっています。青龍変はタイトルの割にほとんど“キマイラ”と関係ないので、気になる方はここから読み出しても構いません。弘と彼の師匠、宇名月典善との出会いが主となっている。典善は我流の武術家だが、竹宮流の奥義であるはずの「虎王」を使用しており、『餓狼伝』との繋がりが疑われるが関連は定かならず。龍王院弘の必殺技「双龍脚」を虎王のバリエーションと見做す向きもありますが、双龍脚は爪先で顎を狙う右前蹴りの「昇龍脚」と、それを躱されたときに追尾する形で踵落としを決める「飛龍脚」の二つから成る連携技で、厳密に言うと虎王ではありません。ただし、昇龍脚を出した後に軸脚(左)で飛び蹴りする派生技も存在していて、分類上はこれも双龍脚に該当するみたいです。恐らく昇龍脚を出した後に踵落としが来るか飛び蹴りが来るかの二択を迫るところが双龍脚の肝ではないかと推測される。『崑崙の王』では軸脚をスイッチして放った左前蹴りを「逆昇龍」、そこから右の飛び蹴りに繋げるコンビネーションを「逆双龍」と書いています。遣り方次第では双龍脚から虎王に接続することも可能なんじゃないでしょうか。『餓狼伝』の姫川勉が畑幸吉戦で使った技がそれに近いかも。

 『餓狼伝』も息の長いシリーズで、1985年に始まって未だ終わる気配がない。本編13巻と外伝1巻、そして『新・餓狼伝』2巻の計16冊が刊行中。板垣恵介の漫画版はオリジナル要素が大量に含まれている(クライベイビーサクラは漫画版のみに登場するし、トーナメントに参加している片岡輝夫や立脇如水も原作ではルール変更を嫌って出場しなかった)ため、読み比べてみると面白い。主人公の丹波文七が「最強」を求めて戦う格闘ストーリーですが、進むにつれて他のキャラの出番が増え、相対的に文七の存在は目立たなくなっていく。やがて須玖根流とやらの「離桜」「淡水」なる秘技が焦点となっていき、ブラジルで亡くなった格闘家・前田光世(コンデ・コマ)の死因も須玖根流と関係がある……と脱線の限りを尽くしていく。前田光世の生涯を描こうとする目論見の『東天の獅子』って作品もあるが、これが『餓狼伝』と繋がっているのか、それともパラレルな世界なのかは不明。前田光世が主人公になるはずだったのに、11年かけてやっと前田光世が出てくるまでの経緯を書き終えることができた……という超スローペースなシリーズです。「天の巻」「地の巻」「人の巻」の3部作にする構想らしいが、現時点で完成しているのは「天の巻・嘉納流柔術」(全4巻)だけ。わざわざ書き下ろしの漫画原作を用意した『真・餓狼伝』では丹波文七の先祖とおぼしき丹波文吉が、まだ日本にいた頃の前田光世と戦っている。「『東天の獅子(天の巻)』→『真・餓狼伝』→『餓狼伝』および『新・餓狼伝』」と配列すれば空白を大まかに埋めることはできます。他に『餓狼伝』と繋がりがある作品として『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』が挙げられる。主人公の入門する空手道場が「志誠館」であり、これは先述した片岡輝夫の所属している流派。館長の秋葉勘九郎は北辰館に所属した過去がある、という設定も。ただし漫画版で描かれた「人間凶器」を作成するような危険性の高い道場ではない。

 格闘小説の流れから『獅子の門』に繋げることを考えたが、ちょっと箸休めでマイナーな作品に話題を移そう。87年刊行の『怪男児』は18歳の大学生で身長187センチ、体重132キロの巨体を持つ「出雲あやめ」が、中出し上等のヤリチンどもを「コンドームは必ずしなさい!」と殴り飛ばす話。「詩集を読んだりする若き日のムッツリスケベで童貞な松尾象山(将来の夢は少女漫画家)」を想像してもらえるとわかりやすい。何の異能も持たずに邪眼使いを力ずくで倒すあやめは『黄金宮』(4冊で未完)の主人公・地虫平八郎と知り合いで、あやめの世話を焼いている元スリの老人「銀さん」は『黄金宮』にも登場します。出雲あやめと地虫平八郎が一緒に大暴れする『黄金宮−完結編−』を想像すると楽しいが虚しい。関係ないが『怪男児』の黒幕である「ゼス・蘭童」の名前を見るたび『ブラックロッド』のゼン・ランドーを思い出す。

 さて一旦迂回した『獅子の門』だが、これは複数の格闘家を主人公に据えた群像劇であり、「誰が誰に勝つか予想できない」あたりが一つの特徴となっている。普通は「なんだかんだで主人公が勝つんでしょ」と身も蓋もないことを思ってしまうし、進めば進むほど主人公に肩入れして「勝ってほしい」という気持ちが強くなるわけだが、「誰もが主人公である」=「誰もが特別扱いされず等分に描かれる」となると一気に先読みがしにくくなります。いったい誰が、どうやって勝つのか? そのワクワク加減で言ったら『餓狼伝』をも上回る。夢枕作品にしては珍しく完結しているが、連載開始が1984年、完結巻の発売が2014年と、実に30年掛かりです。全8巻、現在は光文社カッパノベルスで揃えられる。板垣恵介のカバーイラストが目印。漫画版『餓狼伝』に登場する久我重明はもともと『獅子の門』に出てきたキャラクターで、板垣絵によってビジュアライズされたことでイメージも大きく膨らみ、存在感が増していったという。久我重明が大好きな人は是非とも『獅子の門』を読んでほしい。重明さんは最終巻の表紙も飾っている。重明さんと今にもキスしそうな距離で見つめ合っている男が羽柴彦六、彼は『風果つる街』にも出演しています。ちなみに『風果つる街』の主人公で真剣師(賭け将棋で生計を立てていた人、麻雀で言うところのバイニン)をやってる加倉文吉は『獅子の門』に出てくる加倉文平の義父。

 探せばまだまだ見つかるはずですけれど、思いつくところはこのへん。単発作品の『牙鳴り』『牙の紋章』はいかにも関係ありそうなタイトルだが、ざっと読んだかぎりでは特に繋がっているところは見つからなかった。『牙鳴り』はほとんど序章みたいな形で終わっているのでオススメしづらいが、『牙の紋章』は単巻で程々にまとまっています。「空海の即身仏」が焦点になる『魔獣狩り』と生前の空海が主役を務める『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は繋がっていると言っていいかどうか微妙。“新・魔獣狩り”シリーズを読めばわかるのかな。あと『秘帖・源氏物語 翁−OKINA』には蘆屋道満が出てきたが、『陰陽師』とリンクする箇所があったかどうかまでは確認できなかった。道満も「こんなキャラだったかな?」という気がして、スピンオフともパラレルワールドとも言い切れない。『平成講釈 安倍晴明伝』も視野に入れたら更に悩ましくなる。スピンオフと言えば『神々の山嶺』からの派生として『呼ぶ山』って作品があるけど、目次を確認すれば明らかなように「呼ぶ山」そのものは20ページ程度しかなく、残りの320ページは過去作の再録です。「これはちょっと……」と辟易したため購入していない。今度KADOKAWAからまた『神々の山嶺』の文庫版が刊行されるそうですが、果たして「呼ぶ山」は併録されるのだろうか。


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