「歌の翼に ピアノ教室は謎だらけ
   /菅浩江(祥伝社ノン・ノベル)


 ピアノなぞ弾いたこともないし、音楽への興味も人並み以下で、CDを買うことはほとんどない。たまに聴くのはダウンロードしたゲームのデモ曲くらい……とダメオタ街道一直線の当方ですが、それでも音楽への興味がゼロというわけではなく。聴いているのがぱんつぅ(゚∀゚)ぱんつぅとか天罰!天罰!とか巫女みこナースばっかだとしても、クラシックのピアノ曲も面白いだろうからのんびり聴いてみたいなぁ、といった思いもあるわけで。少し前くらいから中古のやっすいのを漁るようになってきてます。

 さて、作者の菅浩江はライトノベルとSFの峡間で活躍していた作家ではあるが、『鬼女の都』という京都を舞台にした長編ミステリを書いたり、『永遠の森』という短編集で日本推理作家協会賞を受賞したりと、ミステリ方面への縁がないでもない作家であります。なので、この『歌の翼に』のような連作形式のミステリを出してもさほど違和感はなかったのです、はい。

 有名音大のピアノ科を首席で卒業しながらも、商店街のこじんまりとした楽器店で音楽教室のピアノ教師という職を選んだ杉原亮子。育ちの良さが窺える立ち振る舞い、のんびりとした性格、資産家の父からの生前分与で余裕のある暮らしと、周りの目からは「優雅なお嬢様」としか映らない彼女にも、いろいろと秘められた過去がある。日常で出逢う小さな事件の数々を解決する一方で、次第に過去と向き合っていく彼女。歌を翼に羽ばたくことはできるのか。

 連作形式で全九話。ピアノ教室の生徒たちが持ち込む奇妙な事件を解き明かしたり、不思議な悩みを解きほぐすのが前半のメインで、後半は亮子が「過去の秘密」と向かい合っていくまでの過程がメインとなる。最初の方を読んだ感じでは、よくある「日常の謎」系統(殺人などといった非日常的な事件を交えないタイプ)のミステリのように思え、「ほのぼのと温かい」ムードに終始するストーリーと決め込みそうになったが、そのまま後半に突入して認識を改めさせられた。シリアスな話を急にではなく、あくまで丁寧な伏線を張ったうえで展開させるので、「突然別の話になってしまったような気が」なんていう違和感はない。生温い「癒し」や痛みを伴わない「和み」を求める向きには重たいかもしれないが、柔らかい筆致と静かにポジティヴなノリは透明度の高いスッキリとした読後感を与えてくれる。

 あくまで「ミステリ」として見ればパンチが弱い観も否めない。謎自体が地味だし、謎を解くポイントがロジック云々ではなく雑学に拠るところが多く、小説的な流れを無視してしまえば凡作以上良作未満といったところ。ガチガチの本格ファンには不満が残るのではなかろうか。いや、そもそも「ガチガチの本格ファン」は「日常の謎」系統の作品を読まないものだろうか。

 けど、「『人の良いお嬢様』と見られて付け込まれないよう」観察力や推理力を磨いたという設定が活きているし、前半の「ほのぼの」と後半の「シリアス」──対立するどっちかが主でどっちかが従というわけでもなく両者をうまく融和させており、本を閉じるや「面白かったなぁ」という感想が口をついて出ました。

 人の優しさを、多少の「重み」と「痛み」を交えて描いた一冊。キレイにまとまっています。

 歌声は見えもせず、ふらりと漂ってすぐに姿を消す。ひょっとしたら儚くて脆い翼なのかもしれない。しかし、それは届く。耳を澄ます世界があって、飛ぶべき空が広がっているから。墜落を恐れずに羽ばたく価値は、きっと世界が知っていて、空は砕けそうな翼をそっと風で包み込んでくれるのだろう。どこかで歌を待つ、誰かのために。


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