「しすたぁエンジェル」
   /TerraLunar


 タイトルを見て「死んだ妹が天使になって帰ってきた! 天使だから見えたり見えなかったりするし宙を浮くことも物体を透過することも可能! 背後霊状態でスタンバイして常時ストーキング! お兄ちゃんに近づく女は世話女房的幼馴染みだろうが謎の転校生だろうが小動物系後輩だろうが和み型先輩だろうが誘惑式女教師だろうが隠しの幼女だろうが天使の御力で37564!」という恋愛妨害コメディを連想し、あまり興味を惹かれなかった1年半前。実際やり始めてみたらそんな『学校を出よう!』みたいなストーリーとは何ら関係のない内容でした。

 発売は2002年の3月。出た当初は評判の良し悪し以前に存在そのものが広く知られておらず、ちっとも話題に上らない有り様でした。当方もどこかのサイトで発売前に一トピックとして挙げてるのをチラッと見たきりで、発売されたときはまるで気がつかなくて、それから1ヶ月以上経過するまではすっかり忘れ去っていたものです。4月後半、From dusk till dawnなどのサイトが大々的に取り上げたことで一気にヒット。開発に2年かけた労作とあって、ちょっと話題にさえなればそのまま売れていくだけの素地は充分仕上がっていたわけです。この頃に当方も購入しましたが、今の今まで(03年9月)積んでいました。

 スキップ不可で喘ぎ(エロくない。瀕死系)と二つの独白を目と耳に押し付けられる冒頭は濃厚に鬱の匂いを漂わせ、「超絶対御都合主義」の看板を信じて来訪した多くのプレーヤーに不安を与えまくります。しかしひとたび本編が幕を上げれば、事故で記憶を失った主人公が「俺は誰だ?」などとアイデンティティに悩む暇もなく妹や後輩やメイドが織り成すスラップスティックな日常に巻き込まれていくのだから不安はあっさり立ち消え。ハイテンションな生活を送って次第に記憶とか割合どうでも良くなってくる展開はエロゲー的ラブコメの王道ウォーカー──というか、あまりにも元気良く潔く省みず背丈の高い草の中を突き進んで突き抜けてフォークを口に咥え雄叫びを押し殺しながら斜面を駆け下りていくこの勢いは「獣道を征く者」という表現すら生温い。獣さえ避けて通る暗藪や毒沼を怯むことなく迷うことなく野生の勘で突っ切る「道なき道」の制覇者、勇猛果敢の痴愚野郎といった趣すら漂う。

 理解の放棄を促すような文章を書いてしまいましたが、とにかくこのゲームはギリギリのタイトロープをササッと駆け足で渡るが如き「繊細かつ大胆」を極めたコメディなんです。例の黒4ダムを持ち出した比喩など、テキストセンスもさることながら、そのノリを2倍にも3倍にも加速させる高精度の演出がなんとも素晴らしい。猫の名前が何の脈絡もなく「バラデラス」となるだけでも水準を超えた面白さなのに、更にダメ押しで「命名 バンデラス」ってな画像がでっかくバン!と出てきてご丁寧に判まで捺されているところなど、あまりの芸の細かさ・隙のなさに感銘すら覚えます。プレーヤーが「バンデラスかよ! 無駄にカッコイイな、オイ!」とツッコミを入れるまでの一瞬だけ存在するタイムラグにカットインし、爆発的な印象で「バンデラス」の5文字を認識に固定する。実に狙い澄まされた一手。ちなみに後半になると「ネジ」という犬が出てきますが、メメクラゲよりも先にコインロッカーを思い出す当方は微妙に感覚がズレているのかもしれません。

 とにかくこの演出面で秀逸なのは「引きずらない」こと。凝った演出を仕掛けておきながらそれをハイテンション・ハイスピードでさっさと流してしまうあたりなど、ネタへのこだわりがある人間には「もったいない」とすら思えますが、このもったいなさ、途方もない贅沢さが気分を階段上がりに昂揚させます。金を湯水のようにバラまく際に重要なのはスピード感です。ほんの一寸の躊躇もなくバッバッとテンポ良くハジけてこそナンボなんです。細く長くダラダラと時間を掛けて浪費するのは楽しくない。問題はスケールよりも速さ。衝動に身を任せての大人買いは商品の規模の大小よりも短時間で決意し購入を急ぐことで得る疾走感の中にこそ快楽が潜んでいる。

 このゲーム、分量自体は大作とか謳うに足るほどではないのですが、ひたすら上質なネタを高速で使い捨てるノーブルな歓びに満ちていて、「大事なのは必ずしも量じゃない」と思い知らせてくれます。「この声優さん何分くらい潜水できるんだろう?」と普通意識しない肺活量にまで考えを伸ばしてしまうほどの息継ぎレス・ボイス──無吸連打的マシンガントークがプレーヤーの脳を揺さぶり速度感覚を狂わせ、時間の流れがゆったりと、それこそ銃口から発射される弾丸を肉眼で捉えるレベルにまで引き下げられるため、やがて「速さ」は体感しにくくなり、プレーし終わってから残る感想は「濃いなぁ」の一言に行き着きます。つまり、「速さ」が「濃さ」に転化されてしまう。世界最速を求めたストレイト・クーガーが必要以上に濃いキャラになってしまったのと同じで、「速さ」は受け手の皮膚に馴染んだ時点で「濃さ」へと変わっていく。しすたぁエンジェルが醸す「濃さ」の根源はネタや演出そのものではなく、それらが速攻で入れ替わり立ち替わり画面に出てくる回転率の高さにこそあるのではないかとつらつら考える早秋の頃。

 だが、話を長くすると「笑い」だけでは物語の環をうまく閉じられなくなってしまうのはコメディのアキレス腱。ショートコントなら「笑い」だけでも押し切れますが、ある程度の長さを持った物語は受け手も送り手も「長さ」自体に愛着を覚えてしまうため、クライマックスやエンディングでその愛着を清算するにはどうしても感動か、それに準じたものが必要となってくる。もっと単純に言えば、シニカルでない明るいエンターテインメントは最後に感動の要素を持ってこないと締まらない。このゲームもそれぞれのシナリオでラストにシリアスな展開がありますが、こっちの方はコメディほど期待しない方が良いかもしれません。悪くない出来ですが、性急で説明不足といった観は否めませんし。個人的には真実のルートが一番楽しめた。メムはまあまあ。流菜は……「なぜ、そこでヤる?」と首を傾げる始末。

 まとめると、ドタバタ騒がしいノリに「うるさい!」と怒鳴らず鷹揚に微笑みながら楽しむことのできる人ならばオススメといった一本です。当方は存分に楽しめましたが、マイフェイバリットに加えるところまでは至らず。感覚的に「いい人」止まり。選択肢の出てくる箇所ではセーブできないとか、そのくせフラグ立てが面倒で煩雑とか、システム、デザイン面での難点はありますが、テキスト・演出・声優の演技がぴったり重なるトリニティな面白さを前にすれば些少な問題かと。当方、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」が割と当て嵌まる人間なので、中身が良ければ操作性の悪さなど速攻で頭から消えてしまいます。消えないのは『Rumble』くらいです。

 ついでに。コンプ後、某所で「ミリメートルがどうのこうの」といった文章を目にして「???」となり、何か取りこぼした隠しルートがあるのか……と不安になってもういっぺんやり直しかけましたが、はたと思い出しました。ああ、オマケCD! キレイサッパリ忘れていました。


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