「腐り姫」
   /Liar-soft


 副タイトルは「euthanasia」──「安楽死」です。

 結論から書けばラストの展開に評価が分かれる一作。個人的には少し合いませんでした。ジャンルは「インモラルホラー」と銘打たれており、「伝奇」とは一言も述べていませんから、そっち方面とばかり思い込んだのは当方の早とちりでしたけど、だからといってあっち方面の展開を丸呑みすることもできず。期待していたのと違う方向に行ってしまったことは納得できましたが、その「違う方向」が「期待していた方向」の代替品となりうる面白さを持っているかどうかで言えば不服が残ります。

 山の高地にある村、稲荷杜(とうかんもり)へ帰ってきた簸川五樹(ひのかわ・いつき)は記憶と家族を失い、空虚な思いに支配されながらも、周りの要求に応えて記憶を取り戻そうとしていた。到着2日目の昼、「入ってはいけない」と言われる湖に向かう童女を見て、慌てて止めに行く。五樹が腰まで湖水に絡みつかれる中、赤い着物を羽織った童女は水面の少し上を浮いて歩いた。驚く五樹に、童女が振り返る。その顔を見た途端、不意にひとつの名前が意識に湧き上がった。「蔵女(くらめ)……」。呆然と立ち竦む彼へ、蔵女が呼びかける。「また、逢うたの」。彼女の小さな身体からは、熟れすぎた果実の甘い匂いがした……。

 ヒくか惹かれるか、嗜好によって反応が分かれそうなタイトル。人外ロリスキーなら注目せずにはいられない赫瞳のヒロイン。いかにもサスペンス・ホラーの匂いを漂わせる冒頭。当方にあるいくつかの趣味とがっちり噛み合い、目を離すことは不可能でした。発売日にやや遅れて購入。「初回特典はバグです」という自虐ネタのあるブランドだけあって、修正FD付。しかもデモムービーを入れ忘れたとかで、わざわざOHPからDLせねばならない始末。このあたりは誉められませんが、歴戦のライアーファンにとってこの程度のことは充分笑えるレベルのようです。

 記憶喪失の主人公、死んだ妹によく似た童女、惨死体……話は伝奇サスペンスのツボを押さえつつゆったりと進行し、先の読めない感じにワクワクしたのも束の間、4日目で突然の飛躍が始まります。何が起こったのか分からないまま進めていくと、また唐突に物語は冒頭の蔵に戻ってしまう。近くにいる義妹の言動からして到着2日目の模様。なんだ、夢オチ? と疑いそうになりますが、主人公の左腕、蔵女の爪に刺された傷が疼き、血を流す。夢ではなかったのだ……と分かったところでタイトルへ戻る。

 1周と言いますか、プレーを開始してタイトルに戻るまでは1時間半程度しか掛からず、シナリオを楽しむタイプのゲームにしてはやけに短い。思わずバッドエンドの可能性も検討したくなりますが、何が悪かったのか見当はつきません。仕方なくもう一度最初から始めてみると、ちゃんと1日目から始まるのに、話の流れが微妙に違っている。

 少しパラレルなムードの漂うループ構造の物語。それが本作の正体だったわけです。8月11日から14日までの4日間に主人公はあれこれ行動したりしなかったりしますが、決まって最後はよく分からない結末を迎えてタイトル画面に戻される。これを何度も続けるうち、徐々に構造が飲み込めてくる仕組みとなっています。ループと言っても、厳密に言えば円環みたいに閉じているのではない。始めに戻っているように見えて、実は別の地点に来ている。バネやネジと同じ螺旋を描いて、少しずつ話は前へ前へ進行していくっていう寸法になっているんです。だから正確に言えば「スパイラル構造」なんですが、用語として定着していないからここは「ループ構造」で押し通すとします。

 ゲームは「操作性」という要素が絡んでくる以上、操作の巧拙によって進行の正否が分かれる形式となるのは必然で、どうしても同じことや似たことを繰り返しプレーすることになります。ノベルゲームに関しては選択肢を選び直してフラグを立て替える操作が必要となるため、同じ話を何度も読むことになります。だから、デフォルトでもループ性が高い。そこへ遊びの要素としてループ的なシステム──前回のプレーが反映されるなど──を仕込むのも至って自然な流れです。ループ構造を意識したノベルゲームは擬似的なものから本格的なものまで、結構あります。小説や映画といったメディアと違い、受け手の意志が反映される余地があって、「ゲームならでは」の面白さを得ることも可能。

 しかし、本作『腐り姫』は一般的なループ構造のゲームとは異なっている。普通はキャラクター同士の会話やその日の出来事など基本的なところはほとんど一緒で、主人公の行動によってそれらが多少変化してくる──って流れになっているのに、このゲームは基本的なことからして周回ごとに変化していく。初回は主人公と出逢って家まで連れて来られた蔵女が、次の回では別の人物によって連れて来られたり、始まる頃には既に家の中にいたりする。話が始まる地点も蔵ばかりとは限らず、家の中だったり、貝塚の中だったりと様々。使い回しのテキストがかなり少なく、展開も大きく変わってくるので、回ごとに新鮮な気持ちで楽しめます。謎は最後の最後まで明かされないので、回を1つ終えても終わった感じがせず、ついつい次の周回に向かってしまう。中断する決意を奪う仕組みとしてはよくできています。

 メインヒロインは謎の童女・蔵女、義母の芳野、義妹の潤、従姉の夏生、恋人のきりこの5人。実妹の樹里は一応死んでるのでカウントすべきかどうか微妙。ヒロインたちの造型はしっかりしていて、途中で独白も挟んだりして長短含めたキャラクターとして描かれていく。人外ロリの蔵女や凶妹の樹里を除けば、いわゆる「萌え」の要素はあまりない。魅力はあるが、どちらかと言えば地味な部類の魅力で即効性はなく、プレーを重ねるごとに深まる感じだ。シリアスが基調とあって「笑える」ところも少なく、淡々と平和な日常にダルさを覚えかねない部分もありますが、そこはサラリと簡潔な文章で流してくれるためあまり気にならない。

 謎が謎を呼び、次第に陰惨と不気味の度を強めていく事件。しかし、よくある伝奇サスペンスと違って、事態にまっすぐ向き合っているのは主人公のみといった孤立無援状態。超常的な協力者も現れず、どうやって事態を収束させるのか予測できない「ひとりぼっちの戦争」に、不安と期待が半々となります。

 そして最後の最後に直面する「真相」──それまでの展開とはかけ離れた事態に「痺れる憧れるぅ!」と恍惚するか、「人類全てがニュータイプになれるものか!」 と拒絶するか、正に一天地六賽の目分岐。当方としてはちょっと厳しいところでした。

 芳野や樹里といったキャラのエピソードはステキだったし、潤も「甘えない妹」属性のある当方としてはなかなか嬉しいキャラクターではあった。しかし、溺れるほど耽美で妄想的な儚さの漂う雰囲気を満喫していたところにあのラストは寝耳に水。素直に言えば、あの雰囲気に浸ったままラストを迎えたかったと思います。誰だって温かい布団からは出たくない。

 ループ構造に見えて実はちょっと違う凝ったつくり。「フェイス・トゥ・フェイス」ではなく「風景」を意識した画面構成や各種演出、ユーザーインターフェースなど、細部にまで気を配った徹底的な雰囲気醸造。試みとしては野心的ですが、どうもあと一歩で結実し損ねたという印象です。しかし、「萌え」にも「燃え」にも「陵辱」にも頼らないでこれだけリーダビリティのあるストーリーを構築できたのは結構凄い。エロいのではなく淫靡といった感じのムードも良。どういった向きに薦めればいいのか迷いますが、あえて言うなら「先の読めないサスペンス」を楽しみたい人にオススメ。一を聞いて十を推測したくなる探り性の人にもオススメ。

 ちなみに当方は「腐爛」や「リフレーン」より「落果」の方が好きです。悠久スキーなので。


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