「恋する乙女と守護の楯」
   /AXL


 タイトルが「守護の楯」だけあって、主人公の職業はボディガード、所属する組織の名前は「アイギス」。咄嗟に『闇のイージス』を連想してしまう方も少なくないかと思われますが……主人公に下される任務はなんと「下着に至るまで完璧に女装して女学院に潜入し、護衛対象である少女たちをガードしろ」という甚だとんでもない代物。少女たちに不安を抱かせないため、自分が男であることどころか組織から派遣されたエージェントであることすらも秘して、あくまで隠密裏に命を守り抜かねばならない。いささか、というよりかなり強引な設定であり、いちいちツッコむのも野暮に思えてくる本作はAXLブランドの3作目。原画は例によって瀬之本久史で、ライターは『ひだまり』を手掛けた長谷川藍です。

 AXLは「安定感はあるものの、これといって突出した見所がない」という地味なブランドで、過去の2作もワゴン入りしちゃった経緯を持つ。「女装アンダーカバー」と、非常に際どいジャンルを選択した本作、発表時の反響はそれほど激しくもなかった記憶がありますけど、体験版が出たあたりから一気に評判が高まり、公式サイトに繋がりにくくなるほどの過熱ぶりを見せました。当方も『処女(おとめ)はお姉さま(ボク)に恋してる』を買い損ねてしまった苦い経験を活かして早めに予約を入れた次第。「壊滅状態」とまで行かなくとも早い段階で予約を打ち切るショップが多く、発売直後は各地で品薄に陥ったみたいです。現在も「取り寄せ」や「入荷予定」となっている通販サイトがポツポツ。ちゃんと増産されるようだし、初回限定版とかそうした区分はありませんから、別に高騰することはないとは思います。

 合法・非合法を問わずあらゆる手段を尽くし、依頼された人物のガードを命懸けで行なう警備会社「アイギス」。半ば秘密組織化している社にあって「シールド9」というコールサインで呼ばれている如月修史は、既に成人しているというのにいくつも歳下に見られる童顔の持ち主で、護衛の内容によっては学生服を着て「ティーンの少年」に成りすますこともしばしばだった。「これも任務のためなら仕方がない」と我慢している彼に新たな指令が下る。変装して女学院に潜入し、護衛対象である女学生ふたりをガードせよ、と。行く先が全寮制の女学院である以上、変装とはすなわち「女装」を意味する。「これも任務のためなら仕方がない……わけねぇだろ!」 頑強に拒否の姿勢を示す修史だったが、上司の命令には逆らえない。嫌々ながらウィッグを被り、メイクを施し、胸パッドを仕込み、女子の制服を纏って、下着まで女物に替え、「もっこり」を隠すためにサポーターを履いてどこからどう見ても女学生にしか見えない格好となり、「山田妙子」という偽名を名乗って颯爽と乙女の園に舞い降りる。学園長の取り計らいで護衛対象の所属する「撫子会」に潜り込み、人知れず常に目を光らせてガードを遂行する日々。バレてはいけない。けど、いっそバレてほしい。つーか誰も素で気づかないってどういうわけよ? 深まる葛藤をよそに、学園を舞台とした黒い策謀は徐々にその片鱗を露わにしていくが……。

 「フルメタルおとぼく」という形容が言い得て妙なソフトです。女装モノというジャンルはそれこそ神話や伝承といった太古の時代にまで遡ることができ、系統立てて解説していくことは甚だ難しいのですが、突き詰めれば結局は「本人の意思に基づいて女装しているのか否か」に行き着くものと思います。つまり女装癖のあるキャラクターと、女装癖はないものの諸事情につき女装することを余儀なくされているキャラクター。前者はたとえば渡良瀬準なんかが該当しますし、後者に関しては宮小路瑞穂ヤガミコハルといった先例があります。「女装癖キャラ」と「不本意女装キャラ」、別に優劣はありませんが、やはり女装キャラに耽溺する人であってもどちらが良いか好みは分かれるところ。渡良瀬準も嫌いじゃない(むしろ好きだ)けれど、当方はどちらかと申せば不本意派です。恋楯の主人公はミッションをこなすために女装しているのだから「可愛い」「綺麗」「美しい」と賞賛されて胸を撫で下ろすべきなのに、「そんなこと言われたくない……似合いたくない……」と悩んでしまう。でも仕事であるからには逃げ出すわけにもいかず、また現に命を狙われている少女が目の前にいるというのに放り出すだなんて護り屋魂が許さない。だから――不本意だけど、全力で女の子のフリをする! スカートを履いて「ごきげんよう」とにっこり笑ったりドレスを着てやったりしてやるのだ! やるのだ! うううでもやっぱりイヤだー! こうした複雑な心のよじれが見ていてとても楽しいんですよ。飽きないんですよ。世に倒錯ほど美味しいものはありません。

 シナリオは共通ルートの割合が多く、終盤になってようやく個別のルートに分岐します。共通ルートには選択肢の取り方によって見たり見なかったりする個別のイベントがたくさん混ざっており、そちらも「個別ルート」として換算すればまずまずのボリュームなので、さしてバランスが悪いわけでもありません。とはいえ、ヒロインとくっついてからの展開が恋愛モノの読みどころであり、「好きだ!」「わたしもよ!」→セックル(複数回)→任務を達成→エピローグへ、という段取りは駆け足でいかにも淡白。分岐以降の個別をもうちょっと厚くしてもらえたらなぁ……ってのが本音です。コンプするまでに掛かる時間は人にもよりますが、だいたい20時間前後。攻略可能なヒロインは春日崎雪乃、椿原蓮、新城鞠奈、穂村有里、真田設子の5名であり、従って展開の違うルートが5つ存在するわけですが、雪乃・蓮・鞠奈の言わば「撫子会トリオ」がメインルートとすれば有里と設子はサブルート。ボリューム的にも偏りがあります。なので有里や設子を気に入ってしまうといざ攻略という際に不満を感じてしまうかもしれません。つか、当方は感じました。できればこのふたりもメイン級の扱いにしてほしかったです。

 難易度に関してはそれほど高くなかったと言いますか、むしろ詰まる方が難しいのではないかと思います。複数の選択肢から「どのヒロインのイベントを見るか」を選び、また二択形式でそのヒロインの好感度を上げるかどうか選択していくだけ。フラフラと八方美人な進め方をせず、オンリープレーに徹していれば狙ったシナリオに行けるでしょう。ただ、噂によれば攻略順に制限があるそうで、有里ルートは雪乃か設子のエンドを見た後でないと進めないらしい。「ひとつ前の選択肢に戻る」の機能があったり、一度プレーした章を任意で飛ばすことのできるシナリオスキップ機能(しかも簡単なあらすじ付き)があったりで二周目以降の攻略も非常に楽チンです。ただし好感度が足りない、もしくは間違った選択肢を取ったりするとバッドエンドになる仕組みとなっています。確認した限りでは主人公死亡END、正体が発覚して退場END、各ヒロイン死亡END5個の計7個。死亡と言っても惨殺死体だとかいったグロCGは表示されませんしテキストの説明もあっさりしていますから、さほどショックを受ける代物でもなく、怖いもの見たさで覗くと肩透かし。「すべてのシナリオをコンプしないと気がすまない」という人や、当方みたいなバッドエンド好きでもないかぎりわざわざチェックする必要はありませんね。個人的に一番滅入ったのは有里の奴です。「死亡確認」の報せが主人公に入るだけで死体そのものを見ないまま終わるというのが逆に生々しくて、じかに死体を目撃する他のエンドよりもこたえます。

 シナリオの概要については……「女装潜入モノ」のお約束を押さえた前半はとてもツボを心得た仕上がりになっていて嬉しかったものの、後半に差し掛かってからのシリアス展開は若干緊迫感に欠いていて残念でした。ぶっちゃけ締まりがないんですよ。体験版の時点で不安だったけど、主人公が危機感なさすぎ、迂闊すぎ、油断しすぎ。ここぞという場面で判断ミスして護衛対象を見失ったり敵に不意を突かれたりとなんだか警戒心が薄い。本当に有望なエージェントなのか?と疑うこともしばしば。そして襲撃する暗殺者もベラベラ喋りすぎ、もったいつけすぎ。「黙って銃爪を引いていたら殺せた」という場面がいくつもあり、主人公と同じかそれ以上に油断したせいで墓穴を掘って計画を台無しにするなど、やっていることがグダグダです。暗殺者が正々堂々と決闘を申し込むとか、なんのギャグ? それに付け加えてヒロインたちも自分が警護の対象であると知ってなおも軽率な行動を取るわで、もう勝手に窮地をつくりすぎ。アクション映画の好きな人でも力一杯ツッコミたくなると思いますよこれは。バトル描写は簡潔にまとめつつカットインCGを効果的に駆使した演出で盛り上げてくれるので、むしろアクションを期待してなかった人の方がツッコミどころとか気にしないで楽しめるのではないでしょうか。うーん、普通の学園モノっぽい日常イベントとかは水準に達する出来だっただけにもったいない感じ。シナリオのラストも「あれから数年――」だの「月日は流れて――」だのと一気に時間が飛んでエピローグへ突入するため、急な印象が否めない。任務終了後もしばらくは日常シーンを続け、修史が学園から去るところまでキッチリと描いてほしかった、というのが個人的な願望。

 テキストはごくシンプル。変に凝ったレトリックを紡いだりせず、あくまで平易で理解のしやすい文章を綴ってテンポ良く読ませてくれる。漫才の呼吸やセリフの応酬はとってもベタなノリなんですけれど、大きく外すことはないしダルい解説を垂れ流したりもしないので、少なくとも退屈とは無縁でいられます。サクサクとしたクッキーみたいな歯応え。しかし「計量」が「軽量」、「純潔」が「純血」みたいな変換ミスだとか、非殺傷を目的とした麻酔銃を使っているのに撃った弾が壁を砕いて粉塵にするっておいおいどんだけの破壊力だよ! みたいな矛盾点を始めとしてちょこちょこ不整合があります。特にCGとの連携が甘い。「スプーンを渡す」と書いたのにCGでは箸を持っているとか、そんなのは序の口。CGを見ると女装したまま眠りに就いたのに、シナリオでは「起きたら女装を解いた状態だった」となっていて、しかもそのまま急行したにも関らず、現場に着いたときはまた女装している。更に被弾して「左手は、動かない」と言っていたくせに、右腕を刺されたら傷を左手で押さえるCGが出てきたり。ズボン履いているのに「スカートの裾をつまんで見せる」なんてのもありました。いっそ笑いどころと割り切って面白がる姿勢か、細かい齟齬や疑問点に目を瞑る大らかなマインドが必要となります。

 濡れ場は何と言いますか、やっぱり「よくあるエロゲーのノリ」ですねー。女嫌いの主人公が瞬時にして床上手へ豹変、異性と付き合ったこともないヒロインが「ああ、すごい、中で動いてるぅ」系の実況中継、関係を持った当日か翌日にはもうフェラ……お約束とはいえ、初々しさが欠片もないのはどうかと。せっかくの女装モノなのに女装をしながら、っていうシーンも思ったより少なくてちょいガッカリです。テキスト上では「こんな格好で〜」と書いているのに、CGでは主人公の体が画面外に行ってたりするし。やれやれ。数量的には雪乃・蓮・鞠奈が3シーンずつ、有里と設子が2シーンずつで合計13個だから、ストーリー重視の和姦モノにしてはそこそこ。個人的に一番実用性が高いと感じたのは有里との初Hにおけるキスシーンかな。っていうか、有里ってばエロ過ぎないですか。なんというかこう、存在自体が。年増ゆえの色香? ほら、可愛い顔してるだろ、実年齢2○歳なんだぜ、それ……。

 ヒロインとそれぞれのシナリオの詳細について。ここからはネタバレを気にしないで書きます。未プレーの方は注意されたし。

 まず、春日崎雪乃。パッケージやポスター等の強調振りから察するにメイン格のヒロインです。リボンが包帯に見える金髪の生徒会長。声優が青山ゆかりという時点で分かります通り、鉄壁のツンデレキャラになってます。傲岸不遜で押しが強く、学園の生徒はみな淑女たるべしという理念を抱いており、口喧しいが面倒見は良い。強気な態度で主人公の懇願を聞き入れず、「イヤですよ〜!」と断っても特有のスマイルを浮かべながら「却下」と言い放つ前半あたりはサドっぽくて大変よろしゅうございました。照れ屋なので面と向かって好意を示すのは苦手ながらも、惚れると一途。好きな男を護るために暗殺者の待つ死地へ単身乗り込むのは一途というより無謀ですが。あのシーンには口があんぐりとなった。攻略可能なヒロインの中では比較的最後まで修史を女と思い込んでいたキャラであり、「わたし、どうしてこんなに妙子のことが気になるんだろう……」と自問するシーンはほんのり百合臭を漂わせていて微笑ましい。修史が自分の知らないところで楯となって命を護っていてくれたことに感激しつつも心を痛める流れとか、暗殺者との最終決戦で危ないところに修史が駆けつけてくるところとか、シナリオとしてはもっとも王道的な展開でした。文句なしのメインヒロインでしょう。

 次に椿原蓮。リボンがバンダナに見えてしまう短髪元気系の副会長。位置付けとしては「学園の王子様」であり、ボーイッシュな外見や言動に反して意外と乙女な一面を持っている……という路線で攻めているのですけれど、言うほど「王子様」っぽくはなく、カッコいいヒロインなのか可愛いヒロインなのか、どっち付かずで中途半端な印象の子になっている気がします。政治家の父親を持ち、その正義感を受け継いで直情径行とも無鉄砲とも言える性格になり、主人公のガードを手伝ったりもするにせよ、標的にされてる自覚ないんじゃねーかと疑うほど危なっかしい。最終的に「実はほとんど狙われてなかった」というオチが付くのは拍子抜け。雪乃シナリオでは設子が刺客だったのに対し、こっちの方は優が襲い掛かってきて、ついでに正体も明らかになる。二重で「えええー!?」な真相。おかげで蓮の存在感が吹っ飛んでしまった。なんと言いますか、扱いの大きさの割には微妙に不遇ですよね、蓮。主人公とふたりっきりで会話するシーンよりもたくさんのキャラと一緒にわいわいやってるシーンの方が活き活きとしているのを見るにつけ、どちらかと申せばサブキャラ向きの子だったのではないかと思われてなりません。

 新城鞠奈。ツインテールの小悪魔ロリ。生意気でワガママで自分勝手な行為が目立ち、主人公のことを平気で「下僕」と呼んで悪戯を仕掛けてくる。たまにムカッと来ることもありますが、それでも不思議と憎めない可愛さがあるのは声優たる北都南の功績か。「本当は寂しがりやで甘えん坊」という気質が程好い隠し味となっており、先輩に向かって敬意の欠片もないセリフを吐きまくっているくせしてマスコットめいた立場は揺らぐことがありません。キャラ立ちも激しいですから「ハートに直撃した」というプレーヤーもさぞかし多いことでありましょう。しかしながら他と比べてシナリオとの絡みが弱く、単に話の都合で無理矢理事件に巻き込まれている気がしてなりません。個別ルートにおける家出騒ぎもちょっとどうかなぁ、って眉間に皺が寄る。このルートも蓮ルート同様に設子ではなく優が刺客となりますが、向こうのルートでは修史の正体を知っていたのにこっちでは知らなくて、「ボクの初恋の相手が男ー!?」とメチャクチャ動揺して殺る気減退してる様には笑った。

 穂村有里。サブヒロインながら、個人的にトップのお気に入り。ガーディアンとして主人公と肩を並べる存在であり、最初から「妙子=修史」と知っているおかげもあってフラグの立ちやすい環境にあります。他のヒロインのルートでも「わたし、修史のことが……ううん、なんでもないよ」みたいに気持ちを押し隠したりしてテラいじらしい。見方を変えればこの子がメインヒロインと言えるんじゃないかしら。制服を着ているが本来ならとっくに卒業している歳で、厳密な年齢は分からないにせよ「二十代」という事実は揺るがず、「こうやって若作りして可愛く笑ってるけど、かなりサバ読みまくってるんだよなー」なんて考えるとすげぇ興奮します。たまに見える八重歯も良いアクセントだ。有里かわいいよ有里。ジト目や焦った表情やしどろもどろな口調や「ふふん」と得意げな顔つきや「し・あ・わ・せ〜」と弛緩した雰囲気や甘え声や歳の割に全然経験がなくて見栄を張りまくって内心泣いているイベント絵や、とにかくこちらの理性を蕩かせる要素が山盛りであり、その魅力を逐一書いていくだけで軽く三時間は潰せそうです。「お嬢様」という設定上の制約に縛られている撫子会の面々に対し、「本当はお嬢様じゃない」ということでフランクに遣り取りできる彼女のポイントはさりげに高い。シナリオの方は設子が出張ってきますが、いろいろあって修史たちとは戦わず、代わりに名前のないザコ3名が敵になる。つーか、やっていて何度も思ったことですけどホントこの学園は刺客が多いな。護衛が極秘裏に潜入して生徒たちを常時ガードしないといけない時点でもう危険地帯広すぎですよ。

 そして真田設子。体験版からして既に怪しいオーラをぷんぷん放っていましたが、「清楚で上品なお嬢様」というのは仮面に過ぎず、案の定組織の暗殺者でした。生徒を演じていた暗殺者が一番お嬢様っぽかったというのは皮肉ですね。「ひょっとしたら攻略できないんじゃ……」という不安もあったものの、無事攻略対象に入っていてホッとした次第。雪乃シナリオでは修史とちょっとした殺し愛を果たし、蓮と鞠奈のシナリオでは出番を優に譲り、有里シナリオでは戦いこそしなかったけど何のためらいもなく同僚を射殺してみせて酷薄さを晒した設子。「設えられた子」といういかにも偽名臭いネーミングの彼女が、自分のルートではいよいよ真価を発揮、「これが本当の殺し愛だ!」と言わんばかりの活躍を魅せる――と意気込んでいたら、暗殺者のくせに「正々堂々と決着を付ける」と血迷ったことを言い出した挙句組織にあっさり捨てられて「がびーん」と意気阻喪モードに転落ですよおーい。新興ギリシャマフィア「ファランクス」というのが聖テレジア学院を狙う黒幕ですけどなにこの組織、一貫性がないこと夥しいなぁ。てっきり設子ルートでは火花散る殺し愛の死闘を繰り広げた末にふたりが協力してファランクスを滅ぼす壮大な展開になると予想していたのに、刺客を退けて設子をアイギスに移籍させただけで終わってしまった。大風呂敷を広げて畳めなくなるよりはいいかもしれませんが……正直、恋楯は学園モノの内容がメインでアクションやサスペンスといった要素はスパイスみたいなもんなんだろうか。最後まで燃えそうで燃えない。

 で、忘れちゃいけないのが主人公。本名・如月修史、変名・山田妙子。こいつがもうたまらない。赴任当初はわざと前髪で顔を隠してそばかすのメイクもして「田舎っぽい女の子」を演じつつ、徐々に「女らしさ」を開花させていって可愛く美しく変貌していくだなんて、当方を殺す気ですか。典型的な「不本意女装」の主人公であり、女っぽくなんかなりたくないのだけれども任務に合わせて「普通の女子学生」に成りすまそうと涙ぐましい努力を払う毎日に胸の高鳴りが止まりません。学園祭の演劇ではお姫様に選ばれちゃってその似合いすぎたドレス姿に震撼。女装したままヒロインとキスするシーンの耽美&背徳感は病みつきになりそうです。プロのエージェントにしちゃ油断しすぎ、ってことは前述しましたが、それでもまあ自分なりにできることを最大限やろうとする姿は熱く、下手な完璧超人より好感が持てることは確かです。恋愛経験ゼロで不慣れなだけにヒロインとの恋仲が進展するにつれ少しヘタレな面も顔を覗かせるにしろ、うじうじと悩まず即行動に移すからストレスは溜まらない。「君を護りたい」という何の衒いもない告白は、昨今ありがちな「ヒロインの陰でバトル解説する主人公」よりも遥かに爽快です。

 サブキャラはザッとまとめて語りましょう。もっとも惜しかったのは桜庭優。女装した主人公を「お姉様」と慕うボクっ子の下級生で、どんなにすげなくされてもめげずにアタックしてくるしぶとさが魅力的でしたが、まさかの暗殺者。と言っても一桁では利かない数を殺していそうな他の刺客たちと違ってまだ「童貞」の状態です。正体も男の子で、「だからボクっ子なのかよ!」と得心しました。女装した主人公と女装した刺客がお互い相手を「女の子」だと思ったまま戦い合うって、それなんてカオス? 優が驚愕とともに発した「なんて完璧な女装!」という感嘆の声は恋楯におけるベスト「お前が言うな」ゼリフです。蓮や鞠奈のシナリオでは完全にヒロインたちを食うくらいのインパクトで、攻略できないことを歯噛みするばかり。いや別に「アッー!」なシーンが見たいわけではなくて……本音を書けばちょっと見たいけど……。笹塚は学園唯一の男性教諭ということで怪しさ炸裂でしたが、もったいぶることなく悪役としての顔を晒して序盤の敵となり、一旦はやっつけられて退場するものの終盤で復活して今度は味方になります。快楽殺人者ながらガチホモで、「修史くんへの愛一筋」という態度に偽らず再度の裏切りもなかったのはホンモノですね。女装主人公は異性(少女)に誉められるというだけでは片手落ちで、同性(♂)に惚れられるという要件があってこそ映える。そういう意味では重要なキャラを演じてくれました。シスター・リディアおよびティナは双子と発覚した時点でみんな「ちょwwwおまっwwwww」と絶句すること間違いナシ。それぞれ口調と性格が異なるうえロザリオも左右対称になっていますから注意すれば見抜けるにせよ、ミステリでやったら噴飯モノのトリック。ですが、本作ではいい感じにB級テイストを醸してくれました。二人まとめてやっつけられて「修史はバリ強い」ってことを証明する噛ませ犬にもなってくれる。しかし設子ルートではティナ単独でありながら組織最強のアサシンである設子をも凌ぐパワーを全開にし、その理由が「何か妙なヤクでも決めてるんだろう」の一文で済まされるのはどんなもんでしょう。いいのか、パワーバランスの取り方がそんなので? 麗美先生は「この人まで刺客だったらどうしよう」とハラハラさせられましたが、結局一般人でしたね。だってほら、あの袖の変な服がいかにも怪しかったじゃないですか。学園長はひたすらフツーで特に感想なし。課長はダンディな見た目を真っ向から裏切るおちゃらけキャラ。最初は若干うざったかったですが、途中からは主人公の緊張を適度に和ませてくれる「いいパパ」になっていて気に入りました。敵組織がファランクス、味方組織がアイギスとギリシャ繋がりだからクライマックスでビキニパンツにマントだけ羽織ったムキムキの筋肉メン300人が丸楯と槍を装備して「ディス・イズ・スパルタァァァーーーッ!」と雄叫びを上げながらテレジア学院を襲撃、さすがの修史もこれを防ぎ切ることはできない! あわや任務失敗かというところで颯爽と課長が登場、「待たせたな、妙子……いや、修史。ここから先は俺たちに任せな」「課長!」「シールド1、シールド2、シールド3、シールド4、シールド5、シールド6、シールド7、シールド8! この場においてシールド0が命じる! ――雲楯(アイギス)発動だ!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「了解!」「やぁってやるぜ!」ってな感じでアイギスのマークを付けた8機編成の戦闘機が超音速でマッハコーン形成しながらカッ飛んできてソニックブームを撒き散らしつつマッチョどもを爆撃して一掃、みたいな厨展開を期待していたけどさすがにそれはなかった。

 と、ひと通り思いつくことをテキトーに書き散らしてみて、なんだかあんまり誉めてない気もしますが、好きかどうかで言えばかなり好きなソフトです、この恋楯。確かにシナリオ方面はツッコミどころが多いし、キャラクターやその配置はいいのにもうちょっとというところで活かし切れていない憾みも強く、過去や内面といったところをもっと掘り下げてほしかったし、そもそも舞台となる聖テレジア学院があんまりお嬢様学校っぽくないのですが、「女装した美少年が『女なんて苦手だー!』と内心身悶えしながら優雅な学園生活の裏で必死にプロのボディガードとしてダイハードな日々を送る」という滅茶苦茶ニッチなニーズに合致してくれた点で細かい不満は全部チャラにしてもいい。出来が良いか、と訊かれれば頷きかねる。しかし、「面白いのか?」と尋ねられたら自信満々にサムズアップする。そんな一本であります。「フルメタルおとぼく」な内容が属性にヒットする人ならば買って損ナシ。過剰な期待さえ抱かなければ、キチンと要望に応えてくれる。普段は弩級の面倒臭がりな当方が時間と労力を費やしてこんなに事細かに文句を言ってること自体がもうその魅力というか魔力を裏付けています。ホーント久々に夢中になったエロゲーだぜーフゥハハー。

 ちなみに、全編通してもっとも印象に残ったのは、共通ルート後半で「この学園は人の出入りが激しいです」と嘆いた麗美先生が

「山田さんは、卒業までいてくださいね」

「そして、一緒に卒業式を迎えましょう」

 と微笑むシーン。麗美先生は別段好きでも嫌いでもないキャラなれど、この場面だけはやたら胸に響いた。任務で潜入している修史は依頼された護衛を完了し次第、撤収する手筈になっている。だから、卒業式まで残るはずはない。「果たせない約束」を強いられて沈黙する修史の胸中に想いを馳せるにつけ、「ああ、ここは彼にとって『護りたい場所』になりつつあるんだな」と染み入ってくるものがあります。……まあ、ルートによっては何事もなかったかのように残留する展開もあるんですけどね。感動台無し。それはそれとして、妙子の卒業式、見たかったなぁ。感激屋で涙脆そうな有里は絶対泣くだろうなぁ。釣られて妙子も一緒に泣き出すに違いない。そのときに肩を組んでいるであろう設子さんの涙もきっと演技ではないはずだ。設子ルートにかぎり。


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