「塵骸魔京」
   /ニトロプラス


 暴走族テイストと申しますか平成キッズの名前と申しますか新宿鮫のタイトルと申しますか。字面だけ見るとかなりケバい印象を受ける『塵骸魔京』。しかしその内容は「異文化交流」をテーマとし、それまでありふれた日常生活を送っていた少年が世界の隙間に隠れていた人外たちと遭遇して魔境たる場所へ誘われる、伝奇ストーリーとしてはごくオーソドックスなもの。ケバいどころか、むしろ地味、落ち着いた暗色系統の雰囲気です。当て字から想起される荒々しさ、突き刺さるほど尖った鋭さはありません。ならなんでこんなタイトル付けるんだ、とツッコミたくなるのも道理ですがそこらへんは深く追及しない方針で行きます。

 いつの間にか心臓をなくしてしまい、他人のちょっとした言葉やさりげない仕草から暗黙のニュアンスを読み取ることができなくなった少年、九門克綺。まるきり「周りの空気が読めない」彼は論理的な思考を磨くことで共感の溝を埋めようとするが、理屈を重視するあまり空回り。幼い頃から彼と付き合っている友人や妹は「仕方ないな」と受け入れているものの、彼自身はそんな状況に疲弊していた。そしてある日、「人間の目には触れないよう秘密裡に暮らしていた存在」である人外を目の当たりにし、情動の欠落した理性であるがゆえに容易く異常な事態に順応していく克綺だったが……。

 常識がないからこそ非常識と付き合える。伝奇の要となる「日常から非日常への移行過程」を裏技であっさり凌いでみせる、なかなか粋で小憎らしい冒頭です。力は弱いものの知恵と道具であらゆる状況を切り抜けるイグニス、アニミズムとカニバリズムを基調とした思想を持つ風のうしろを歩むもの、主人公の住むアパートの大家であり日常の象徴である花輪黄葉。大きく分けて3つのルートから成る本編は、それぞれのシナリオが構造的に近似している一方で共通テキストは少ない。結果、物語の幅こそ狭くなるにせよ、一つのテーマを倦まずに掘り下げていく仕組みになっている。テーマは前述した「異文化交流」です。存在することすら知らなかったマイノリティ「人外」を認識することで克綺の内的世界がどう変貌していくか。活劇シーン以上に、そこが見所となっています。

 ただ、結論から言えばシナリオに不備がありまして、「どう考えても必要なのに事情があって端折った」と言わんばかりの箇所がいくつか目に付きます。詳しくは書きませんが、最たるものは妹の恵と同級生の牧本さんでしょう。彼女たちに関連して収束するはずだった伏線が張られたまま放置されているところからしても明らか。ルートの用意されている3ヒロインについても、思わせぶりな描写があった割に「なかったこと」「どうでもよかったこと」にされているところがあり、はっきり言って物足りない。もっと書き手の執念を晒してほしかったと思う。

 けど、現状でも『塵骸魔京』はそれなりの水準に至っている、というのが当方の判断です。巷の評判が芳しくないのは評価軸が違うからか、期待していた力点が異なるからかは分かりません。しかし性急で慌しかったイグニスルートはともかくとして、残り2つのルートは素晴らしかった。特に風のうしろを歩むもの、ネイティヴ・アメリカンを彷彿とさせる彼女は見た目のロリっぽさに反して萌え要素がシビアであり、「風ぽタン(*´Д`)ハァハァ」では言い尽くせない魅力がある。むっちりした太腿や引き締まった尻、ややとんがり気味の耳など、パーツ単位で見て「にしー、ぐっじょぶ」と言いたくなる部分は確かにあります。でも、こんな名前が長くて性質的にも話のメンバーに加えるのが厄介で面倒臭いキャラに心血注いで「傍らにして彼方」な人外魔境の世界へ織り込んだシナリオライターの努力も賞賛したいわけです。ええ、当方は彼女がとても気に入りました。どれくらいかと申せば、それはもう名前を略したくないくらいに。シナリオも王道の中の王道、静かに地道に体温を上げられる代物で、放たれる磁力には抗えなかった。数々の前提を踏み、互いに染め合ったうえで「一緒に空を飛行する」という感覚が、ええ、気恥ずかしいくらい胸を高鳴らせる始末です。楽しかった。

 サウンド、グラフィック、シナリオ。相乗させて更に盛り上げる演出。「画面」を徹底的に意識した造りが効果を奏し、いつの間にかほとんど自覚もないままに馴染むことができました。ニトロプラスはクオリティが高いな、と儲マインドを剥き出しにして感心する次第。すべての素材を歯車のように噛み合わせる手つきに惚れ惚れ。語弊があるのは百も承知で「雰囲気ゲー」と言いたくなるほど、プレーしている間は心地良かったです。

 で、相変わらず男キャラが熱いのはニトロのお約束といったところでしょうか。「理屈屋」という嫌味を感じさせず、言動に「しょうがないな」と苦笑させる説得力を持つ主人公・克綺。感情移入しにくいのに肩入れしたくなるキャラでした。友人キャラの峰雪は濃すぎ。登場頻度が今より高かったら「こいつが主人公です」と言われても納得してしまうに違いない。克綺と峰雪のコンビは最強と断言できる。コンビで活躍する場面はあんまりないけど。田中と雪典。このふたりは脇役でありながらかなり美味しい存在感に溢れています。それだけに扱いの軽さが残念。特に雪典は冷遇の極み。田中は「こいつがどういうキャラなのか」と僅かにせよ仄めかす描写があったの、に雪典はそれが全然ない。結局どういう奴だったのやら。メルクリアーリ、誰が見ても「こいつ、絶対ラスボス」と思うことデモベのナイアさんの如く。ある意味ではそのへんの予想を裏切っていて、非常にイイ味出しています。塵骸はどのシナリオにしろ、決定的な悪役というものがいなくて、それぞれにそれぞれの事情があるって仕組みになっているため、スカッとヒロイックな感動を愉しむには向いていません。しかし基底を為す「交流できる、分かり合える、だが事態を解決できない」というジレンマこそが敵であり味方であり、信念をどこに置いても相応の「正義」が生まれてしまう状況を楽観しないことが本領とでも捉えれば迂遠な愉しみが見出せる寸法。

 補うべき箇所は多々ありますが、かと言って続編やファンディスクを望むかと聞かれたら返答に迷います。商売のやり方として好めないのも一因ですが、続編をつくってまでやり直すだけの巨大な意義もなく、ファンディスクに補完シナリオだけを詰め込んでも本編から切り離されている時点でそのルートが「浮いている」という印象は消し切れない。このままでもいいかな、と思います。本当、惜しいことは惜しいんですが、ずるずる拘り続けるよりかは新作に目を向けてもらってほしい。

 ちなみに。一周目をイグニスルートでクリアして以来、当方の壁紙はずっとクライマックス時のイグニスで固定されたままです。イグニス姐さんは素で容赦のない苛烈さがたまらない。平野耕太のマンガに出てきそうな片目を眇めて片目を見開く表情は震えるほどツボです。それでもどっちの味方に就くかと問われれば風のうしろを歩むものを選ぶ焼津でした。


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