「あやかしびと」
   /propeller


 執念があれば何でもできる。かどうかは知りませんけど、propeller第2弾となる本ソフト『あやかしびと』は「執念の塊」とでも呼ぶのが相応しい一品です。ジャンルこそは「学園青春恋愛伝奇バトルAVG」とごった煮臭く取り留めのない代物なれど、「学園」も「青春」も「恋愛」も「伝奇」も何一つ疎かにはしない気迫が漲っており、短絡的に「節操がない企画」とも言い切れない。藤田和日郎の『うしおととら』や、PSの『東京魔人學園』を彷彿とさせる少年マンガ的でジュヴナイルチックな雰囲気に満ちたストーリーは所謂「お約束」の目白押しで、「こう来たらこう来るよね」と読み手側が期待する展開を軒並み叶えてくれる。安易なショートカットを多用せず、ちゃんと手順を踏んで盛り上げてから山場に向かう丁寧なストーリーテリングはまさに「良き王道」でしょう。

 戦後を境に急速に増え出した原因不明の遺伝病。発症した人は容姿・形態・能力のいずれか乃至すべてに異常を来たし、まるで妖怪のようになってしまうことから「人妖」と忌み嫌われ、差別されるに至った。危険な人妖能力を持った者が収容される孤島の病院から逃げ出した少年・武部涼一は紆余曲折を経て、多くの人妖が移り住んでいる隔離都市「神沢市」に入り込むことに成功する。そして、一緒に島から抜け出した少女・すずとともに神沢学園へ入学。幼少時から閉鎖的な環境に置かれていた彼にとって、書物の中でしか知らなかった学園での生活は楽しいこと尽くめだった。しかし平和な日常はいつまでも続かず、やがて彼やすずを追う魔の手が伸びて……。

 上記の「神沢学園へ入学」というところへ辿り着くまでに掛かるプレー時間だけでもおよそ3、4時間。全体に至ってはその10倍以上のボリュームがあり、長大化が進む昨今のノベルゲーにおいても破格の部類です。とにかく、やってもやっても終わらない。一度読んだ箇所をスキップする分でさえ、結構時間が要る。スキップそのものはそんなに遅くないのに。これでつまらなかったら悪夢そのものですが、幸い当方にとっては隅々まで読み通したいほど魅惑的な内容だったため何の問題もなかった仕儀。

 これだけの量をやっても飽きさせないのはストーリーの妙ばかりでなく、多彩なキャラクターの魅力もありますね。絵に描いたような「おひとよし」の主人公は性格のせいか目立つ場面が少なく時に脇役化することもありますけど、美味しい場面ではちゃんと活躍して存在を忘れさせない。化け狐の最上位に属する「九尾の狐」すず、パッと見じゃショートカットに見えますが、実はこいつ後ろ髪が凄く長いんですよね……ほとんど尻尾に見えるくらい。妖狐というと狡猾で妖艶ってなイメージがあるものの、すずはかなりマイルドな性格へデチューンされているおかげでむしろオバカな印象が強。ここぞという場面では傲慢かつ邪悪な面をチラッと晒してくれますがね。このふたりの掛け合いが基調となって、他いろいろの面々が加わってきます。エロゲーは主人公とヒロインのマン・ツー・マンな会話が多くなりがちな傾向があり、特定のルートに入っていると他のヒロインを忘れそうになることがままある。しかし、『あやかしびと』ではそうした「閉じた関係」を排除しようと盛んにキャラたちが絡んでくるので、シーンごとの賑やかさ、和気藹々としたムードが高水準です。名前のないモブキャラでさえ頻繁に口を挟み、いかにも舞台が「学園」であることを実感させてくれる。まことに楽しき日々。

 シナリオはルートごとに違った様相を見せ、あるルートでは伝奇っぽさムンムンに高まり、また別のルートでは鉄火交えて冒険小説ばりにダイナミックになり、最終ルートに関しては大方の予想を遙かに裏切って度肝を抜く展開をしたりと、「面白さ」に懸ける怖いぐらいの執念が横溢しています。ただ、様相は違えどテーマは統一せん、とばかりにラスト付近でまとめに入ってしまう姿勢が長所にも短所にもなっています。たとえば某ルートは「敵も倒し、ひと段落着いてこれでようやく終わり……と思った矢先に新たな敵が来襲して次のフェーズに移行」という展開。話を簡単に終わらせようとはしないエンターテイナーなサービス精神は買いますが、これだと先に倒した敵がただの噛ませ犬にしか見えず、せっかく感じていた余韻が霧散してしまいます。他のルートでも「粘り強さ」がときに「くどさ」と映ってしまうことがあり、一長一短。

 攻略できるヒロインの中でもっとも当方が気に入ったのは一乃谷刀子です。「黒く長いストレートの髪」を持った「先輩」で、しかも「馬鹿デカい日本刀」を常時携えている……基礎的な設定だけでも充分威力が強烈なのに、実は突発的な事態に弱くてあたふたしてしまうところがあって案外粗忽者だったり、おっとりと落ち着いて寛容に見えるくせして本当はかなり嫉妬深い性格だったり、見た目とのギャップを露骨に狙った部分が可愛すぎてたまらない。修羅場スキーたる当方、彼女の嫉妬深さに感銘を覚えぬわけにはいきませぬ。メインヒロインのすずもやきもき焼きなんで、このゲームは軽ーい修羅場シーンが多くて美味しかったです。あと、4つあるルートの中で単純に話として面白かったのも刀子ルートですね。やりたい放題な感じで楽しかった。もっとも、刀子さん本人が一番活躍するのはすずルートの方でしたけど。例のシーンを見たときは惚れ直しました。

 ロシアっ娘のトーニャがヒロインとしては二番手。ふざけた言動が多く、周りをおちょくって已むことのない堂々たる立ち振る舞いが最高。日常シーンで存在感が一番強かったのは彼女でした。とにかくトーニャが絡んでくればそのシーンは面白くなる。まるで何かの鉄則みたい。

 薫さんは……うーん、「病院で面倒を見てもらったお姉ちゃん」と「猟犬どものリーダー」の間に横たわるミッシング・リンクがほとんど語られなかったせいもあって、その二つの印象を巧く接合できていない気がします。「様変わり」という点では九鬼耀鋼と共通していても、九鬼は道を誤っただけでああなりかねないなぁと納得させる要素があるのに対して、薫はああまで変化することをすんなり受け容れるだけの素地がこちらにはなく、どうにもしこりが残る。基本線は悪くないだけに惜しいヒロインと思います。

 そしてサブキャラ。まず生徒会の面々。会長、刑二郎、狩人と、男キャラが圧倒的に目立っていましたな。特に会長については複雑な経緯もあって妹の刀子とは切っても切れない関係のキャラとなっており、下手をすると刀子よりも胸キュンしかねない危険な立ち位置にありました。いや、ホント、あぶなかった。刑二郎は狂言回しの性格があり、トーニャ同様「こいつが絡んでくればそのシーンは面白くなる」ってキャラでした。見せ場も少しあり、なにげにちゃっかりサブヒロインを食べちゃったりするので、ある意味主人公よりもイイ目を見てるのかも。狩人はギャグ要員なれど悲壮な活躍の場もあって熱かった。そんな三人に比べると伊緒、美羽、さくらはキャラとして弱かったかなぁ。さくらのエロさは(*´Д`)ハァハァもんだけど、エロ以外での見せ場はなきに等しいし。

 ドミニオンの面子、一兵衛、輝義、零奈、一奈は役柄からしてヤラレ役のザコかと思っていた割に、味のある戦い方、味のある死に方をしてくれて好感触。特に光念兄弟はヤラレ役の美学を余す所なく全うしており、屈指の名脇役たちと言えます。零奈は、んー、なんというか……意外に面白キャラでしたね。けど問題は一奈。当方の好きな発火能力者ですが、いろんな意味でイイトコなし。「そういえば九鬼のチ○ポってまだ見たことないなぁ」発言こそ大ウケしたものの、全体的に扱いがぞんざい。死ぬときも「塵は塵に」というより「ゴミはゴミ箱に」みたいな呆気なさで憎む気持ちも失せました。悪役なら悪役でもっと頑張ってほしかった次第。

 そして、虎太郎先生と九鬼先生。このダブル教師は反則的に強く、出てくるだけでパワーバランスが崩壊しかねない。ヒロインを攻略してナンボのエロゲーでここまで渋い野郎たちが他を圧倒する存在感を放っているってのもアレですが、主人公の前に立ち塞がる「越え難き壁」としては申し分ない。学園の日常シーンでこのふたりが揃って出てきたりしたらそれはそれは面白いことになっていただろうなぁ。いえ、ありえませんけど。少なくとも本編では。

 エフェクトがいまいち冴えないせいか、戦闘シーンやクライマックスが燃えきらない面はあったにせよ、とにかくシナリオを紡ぐ情熱、一切「面白さ」に関して容赦しない手つきにほだされて熱中してしまいました。ゴリ押しの戦闘ばっかりではないけれど、ジョジョとかブギポみたく過度に能力の性質を計算してクレバーに戦う場面は少ないので、異能アクションとして見れば不満はあります。ノリとしては車田マンガに近いものを感じる。あらゆる要素をギチギチになるまで詰め込んでいることを考えれば徹頭徹尾つまらないと切り捨てるプレーヤーは少ないだろうにしても、「誰がやっても満足する内容」とまでは請け合えません。

 でも、年末になったらこのゲームを「今年やった中では一番面白かった」と息巻いているであろう自分の姿が目に浮かぶ、いささか気の早い焼津でした。


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