2013年8月分


2013-08-28.

・首のない男が美少女を殺害し、その頭部を奪う夢を見た焼津です、こんばんは。

 すげ替えてもだいたい3ヶ月程度しか保たないので、そのたびに新しい少女を見繕っては殺めるんですよ、そいつ。「なぜ少女ばかり狙うの? 少年とか男とかじゃダメなの?」って気がするけど、そこいらに関する説明はナシ。たぶん趣味なんでしょう。刈る対象は予め選定しておいて、それこそ「美少女のような」甘いマスクで近づき、恋愛ごっこに励んじゃったりするわけです。当然、毎回のように「女顔だね」と言われては笑顔で返す刎頚殺人鬼。首から上だけ見れば百合、という状況は考えれば考えるほどおぞましい。「おい、お前が今『好き……』って顔を赤らめて愛を囁いている男の顔は、そいつが三時間かけて嬲り殺しにした『先代』のモノなんだぞ! いいから逃げろ!」と叫びたくなった。ラストは「残骸」となったお古の頭蓋骨たちを棚に並べ、スカルコレクター気取りでほくそ笑む――というシーンでしたけど、うーん、いまいちオチが弱い。ここはそうだな、美少女の体を奪い取る「首だけしかない優男」(もしかするとかつての自分?)との血も凍るようなバトルに雪崩れ込んでほしい。ヘッドハンターとボディスナッチャー、宿命の対決! でも最後は和解して一人の女の子を仲良くわけっこする場面で〆。ハムエッグの黄身も愛した女もナイフで切り分ければいい。

【作家買い】 本来、その作品だけを見て評価されるべきなんじゃないかね(ラノまと―人気ライトノベルまとめ!)

 「この人の新刊ならとりあえず買う」って作者は何人かいます。たとえば東野圭吾、来月発売予定の『祈りの幕が下りる時』は内容に関する説明がないどころか、予約開始当初はタイトルすら不明で『新刊(仮)』みたいな表記だった。それでも結構予約が入ってたみたいだから、「東野圭吾ならとりあえず買う」って人は当方含めそれなりの数がいるんでしょう。でも、さすがに「うーん、これはちょっと……」と迷う本もあります。たとえばエッセイ集。小説作品が好きでも、エッセイ集まで読みたい作家って当方の場合、実はそんなにいません。浅田次郎の小説作品は欠かさず購入しているけど、エッセイ集に関しては「気が向いたら」程度です。馳星周は文章が好きだからエッセイとかサッカー観戦記の類でも買ってしまうけど、『リアル・シガー・ガイド』は興趣をそそられずスルーしてしまった。やっぱり小説作品がメインになりますね。「作家買い」の理由は単純、「ブランドとしての信頼性が高く、買う前に安心感を得られる」ことに加え、「文体や作風に馴染みがあって(作品世界へ)入りやすい」ことがある。行き着けの飲食店に入るときのような感覚。勝手がわからず戸惑ったり、変に緊張したりすることもない。また、食べ物で喩えると、「美味しいモノ」と「毎日食べたいモノ」が必ずしも一致しないように、「面白いけど、そう頻繁に読みたいタイプじゃないな」って作家の場合は買ったり買わなかったりするし、「そんなにすごく面白いわけでもないけど、読んでて飽きないタイプだな」っていう作家の新刊は熱心に買い集めちゃいますね。当方はとにかく飽きっぽい性格なので、基本的に「面白い」ことよりも「飽きない」ことの方が重要です。

 さて、ここからが本題。積読を恐れぬ当方の如き書痴でも「作家買い」の逆、「作家避け」はしょっちゅう行っています。というか「作家避け」をしないと購入冊数が膨らみすぎて本の山に溺れてしまう。既に充分溺れ気味なのだから、これ以上となると死活問題だ。作家避けというのは、たとえば「こういう新刊が出るよ」って情報をキャッチして、「ほうほう、なかなか面白そうなあらすじだな」と頷いた直後に作者名を確認して「あっ……いや、この人の新刊はいいや、パス」とブロックするようなことですが、そもそも作者名を見た途端にあらすじのチェックをやめてしまうことも多く、言うなればただの「食わず嫌い」に過ぎない部分がある。作家避けをしてしまうのは、過去に読んだ作品がつまらなかった、つまらないというほどではないがパッとせず、期待して読むとだいたいガッカリしてしまう……などといった体験が因になっていることが多い。しかし、駄作ばかりを書いていた作者がいきなり傑作を物すことだって、ないわけじゃない。「化ける」という現象は、割とちょくちょく起こっている。だから過去は過去として水に流し、せめてもう一度だけチャンスを与えてみては……そんなふうに気持ちがグラつくこともしばしばあります。受け付けないと思い込んでいた作風や文体も、タイミング次第で面白がれたりするわけで、このへんは本当に迷い出すとキリがありません。食わず嫌いは良くないと自省しつつ、「けど食わず嫌いでもしないと新刊を捌き切れないんだよなぁ」とボヤきたくなる。降り積もる「飽き」の念を振り払い、あらゆるジャンルに突っ込んでいく無鉄砲なマインドを涵養していきたいものだ。

【エロゲ】料理下手なヒロインってホントに需要あるの?(家宝は2次元)

 「壊滅的に料理が下手なヒロイン」ネタに食傷気味、という話題は10年以上前からありましたね。エロゲーに限らず、漫画やアニメ、ライトノベルでもこういうヒロインは割とよく見かける。それどころか『彼女たちのメシがマズい100の理由』なんて作品もあるほど。「味覚がおかしい」「レシピ通りに作らない、奇天烈なアレンジを施す」「常識がない(米を研がずに洗剤で洗う、くらいはまだ可愛い方で、鍋に化学薬品をブチ込む娘までいる)」「名状しがたい何かが起こる」など、拙い料理を作る理由はいくつかのパターンに分かれますが、あらゆるタイプに共通しているのは「基本的に上達しない」点です。「料理下手」要素が個性になっていて、「キャラの特徴」と強く絡み合っちゃっている場合がほとんど。「カミナリが苦手」とか「高所恐怖症」と同じくらい、「下手な料理」は直らない。「直さなくていいんだ! 個性なんだ!」と言わんばかりの勢い。反省も自覚もなくただひたすらにクッキング・ウェポンを量産し続ける。

 この「完全に定型化したギャグ」を逆手に取ることで突き抜けた境地へと達したのが『夢幻廻廊』の九条祐美子。九条家の中では一番優しそうな雰囲気を醸しているのに、結果としてはもっとも主人公を人間扱いしなかった子です。彼女はあるイベントで主人公に対し、生ゴミを差し出す。「生ゴミのようなもの」ではなく、生ゴミそのものを、です。このCGがエグかった……「残飯の方がまだマシ!」ってレベル。あれを目にした瞬間、すべての「料理が下手なヒロイン」に対しおぞましい仮説が思い浮かんだ。結局、「なぜ味見をしないのか?」という疑問は主人公とヒロインの関係を対等と見るから生じるのです。ヒロインが主人公に愛情や善意を向けていたとしても、「家畜かそれ以下の存在」として認識していたならば、味見なんて真似はわざわざしない。つまり、メシマズ系ヒロインが作っているのは料理ではなく飼料だったんだよ! そんな珍説はさておき、「料理が下手かと思ったら普通に上手かった」みたいな意外性は素直に萌えます。最近だと『君とガッタメラータ』の指原(♂、3巻表紙の左側)がそうだった。いかにも「いけすかないライバルキャラ」って面構えで料理が上手そうなイメージなんて全然ないのに、実は手料理が得意で、主人公に振る舞ったりする。正直読んでて「こいつがヒロインでいいんじゃね?」と思いました。

 あと、つい先日刊行された『図書館の主(6)』所収の「楽しい食卓」も料理下手がテーマだった。調理実習に失敗してしまった女の子は、母親も「料理を作れない人」で、幼い頃から手料理を食べさせてもらった記憶がない。それについて悩む話です。

「お母さん料理はしてくれないけど 愛情感じないなんてことはないんです ちゃんと栄養とか考えた所に連れてってくれるし…」
「お仕事だって忙しいし 妹の萌はわがままだし いっぱい大変なんです」
「それに… さかあがりが出来ない人がいるみたいに 料理が出来ない人がいたって当たり前ですよね 私それを悪いことと思えない」
「そりゃ出来ないより 出来たほうがいいのはわかってるんですけど」

 出来ないことをどう受け止めるか、という視点が重要なのかもしれない。

ライトノベル作家の杉井光、2chにおける暴言や誹謗中傷を公式ホームページで謝罪

 経緯を説明しますと、まず2chのdat落ちした過去ログを閲覧したり規制中でも書き込めたりすることのできる有料ツール「2ちゃんねるビューア」(通称●)を運営する会社が不正アクセスの被害を受け、購入者の個人情報が流出してしまいました。流出したデータをもとに「購入者の誰がいつどのスレに書き込みを行ったか」が割り出せるようになり、匿名のつもりで書き込んでいた杉井光のレスの数々が明らかになったのです。どんな暴言や誹謗中傷だったかは各種まとめサイトを参考にしてもらうとして、思い出すのはやはりリバ原あき騒動ですね。もう8年も前のことですが、AIL(アイル)というエロゲーブランドで原画家を務めていたリバ原あきのPCがウイルスに感染し、内部資料とともに2chへの書き込みのログが流出してしまったのです。彼もなんだかんだで復帰したことを考えると、杉井光も作家活動は結局続けるんじゃないでしょうか。しばらく活動休止に陥るかもですが……うーん。

・拍手レス。

 パシフィック・リム、先日自分も鑑賞して来ました。近場にIMAX3Dで観れる劇場があったのでそこに行ったら…いやあ、トンデもない映画でしたね。音響と映像の迫力、オトコノコのロマン炸裂しまくりの内容やギミックに危うくイキかけました。確かに特撮・ロボオタの監督の趣味が炸裂しまくりな映画なので人は選ぶかもしれませんが、逆に特撮・ロボ好きは死んでも観に行くべき映画でしたね。あー、あと3回は劇場で観たい。
 IMAXではなかったけど、音響が良かったのかサウンドが体の奥までズンズン来てウットリしました。こういう作品がこれ以上の規模で制作されることは恐らくないだろうから、観ないと確実に後悔してましたね。実写版パトレイバーはどう足掻いてもコレと比べられる未来を避けられそうにないな……独自の魅力を発揮する方向で頑張ってもらいたい。

 焼津さん、八命陣の神野ボイス聞きました?
 キモさ迸り過ぎで変な笑い出ましたよwww声優GJ
 余談:聞いた後に脳内を走ったイメージ(1:18〜1:54)ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm19537262

 キモすぎて逆にキャラグッズさえ作られそうな神野。おなかを押すと歌い出す「神野ちゃん人形」が発売され、全国各地に腹パンブーム到来。

 Twitterで、正田卿が古河徹人をフォローしただと・・・
 八命陣に古河徹人が参戦、と見せかけて逆に正田崇がライアーのスチームパンクシリーズに声優として参加するという超展開。

 戦神館のサンプルボイス公開聞いたら、神野さんが歌い、キーラに死ねと言われた。味方サイドでは栄光の4つ目がかっこいいと感じました。なんにせよ、六大勢力の残りにも期待ですね。
 キーラはもっとロリっぽい演技になるかな、と思ってましたがそうでもなかった。栄光はイイ奴オーラが強すぎて「しにそう」感がすごい。「あいつはいなくなったわけじゃない、心は俺たちとともにある!」みたいにならなきゃいいけど……。

 「パシフィック・リム」薦めてくれてありがとうございました。最初の出撃シーンとか、怪獣をブン殴るシーンとかで、思わず涙ぐんでしまった。多分もう二度と、こんなバカな映画は現れないだろう。
 「ハリウッド級の予算(約2億ドル)でロボとカイジューのプロレス映画つくろうぜ!」なんて考えるプロデューサーはたぶん二度と現れないでしょうね。一度あっただけでも充分奇跡。続編企画浮上の噂もありますけど、果たして実現するかどうか。ちなみに続編企画自体は去年から存在していた模様。


2013-08-22.

「スペイン高層ビルがエレベーター付け忘れ」→実は大誤報 少なくとも6台あり46階まで行ける事が判明(暇人\(^o^)/速報)

 ガセ……じゃと……? そういえば『ガセジャ!』ってライトノベルがあったな、などとごまかそうとするのはやめよう。8月14日付で当方も思いっきり釣られてしまいました。こういうビックリニュースはもう最初から疑って掛かった方がいいのかな……。

『銀河機攻隊マジェスティックプリンス』テレビアニメのセカンドシーズンの制作を検討している模様 (萌えオタニュース速報)

 あくまで「検討」の段階みたいだが、続編の芽があるという事実は素直に嬉しい。マジェプリは宇宙の遥か彼方から飛来してきた謎の侵略者たちが悪役を務めており、最新話で「太陽系にワープしてくるためのゲート」に関する話題が出てきた。このゲートさえ壊せばひとまず侵略は諦めるはず……と、一応の勝利条件が設定されたわけです。残念ながら彼我の戦力差は絶望的であり、「敵どもを滅ぼして完全勝利」みたいなエンドには辿り着けそうもない。そんなマジェプリも残すところあと5話。「もう終わっちゃうんだな……」と密かに寂しい想いを噛み締めていたが、「2ndシーズン来るかも」という希望で寂しさが紛れた。バトルシーンの迫力といい、本当に観応えのある作品なので食わず嫌いしている人には是非ともチャレンジしてほしい。

ALcot10周年記念作『Clover Day's』電撃姫10月号で独占スクープ!(あしたがみえない)

 ALcot10周年ということは『Clover Heart's』から10年ってことか……クロハは双子兄弟を主人公にして対視点形式で送るエロゲーであり、ヒロインも同様に双子姉妹だった。結ばれる相手はそれぞれ固定されており、スワッピング等はナシ。「複数主人公モノはコケる」というジンクスが根強かった当時のエロゲー(今もか?)にしては珍しくヒットした作品でした。ただ特典攻勢が凄かったせいで初日からすっごい値崩れしていた記憶がありますけれど……「一発SEXしたら即エンディング」などというエロ薄の学園モノが珍しくなかった(こういうのを「純愛系」とか「エロイッカイズツ」とか呼んでいた)頃に「付き合い出してからもシナリオがしばらく続く」タイプのストーリーを編んでくれたこともあって、結構印象に残ってるソフトなんですよね。エポックメイキングというほどではなかったが、ユーザーたちの潜在的なニーズをうまく汲み取ってくれた感じ。主人公とヒロインがイチャイチャして甘ったるい空気を醸しまくる、「バカップルゲー」の良作として数えるべき一本でもあります。ただ、ヒロインが日露ハーフだからといって、ロシアンマフィアが襲撃してきたりスペツナズナイフで撃退したりする展開はさすがにどうかと思った。また「ヒロインが妊娠したかも」ってときに「学生の分際で孕ませてどう責任取るつもりなんですか?」とメイドに問い詰められて気が重くなるシーンも他のエロゲーではなかなか見られない特徴の一つかもしれない。問い詰めと言えば『TOYつめちゃいましたっ』なんて冗談みたいなタイトルのFDも発売されたけど、「短い」「内容が薄い」との評価で結局買わなかった。

 で、『Clover Day's』。このタイトルで『Clover Heart's』を連想しないALcotファンはいないでしょうし、「遂にクロハ2が来るのか!?」って色めき立つ人もいることでしょう。クロハ2というのは、リンク先でも触れられていますがALcotのエイプリルフールネタです。ネタにしてはやけに手が込んでいるため、「マジ企画なんじゃないか?」と疑う(期待する)向きもあった。当方も割と期待していた一人。クロハの続編というよりも、「夜を継ぐモノ」的な意味で。

 えー、詳しく解説するのは面倒なのでザックリ書きますけど、かつて『CloverPoint』というエロゲーがありました。タイトルは「クローバー」繋がりだけど、内容に関しては一切関係ありません。出したブランドは発売の翌年に解散し、しばらく経って復活したみたいですが、また解散しました。で、このクロポには「小鳥遊夜々」という人気ヒロインがおりまして、『Clover Heart's』の原画家である仁村有志は夜々(正確には「やや」と読むがファンの間では「よるよる」という愛称が流通している)が大好きだったのです。どれくらい好きかと言えば、同人誌を出すほどに。さあ四月馬鹿のネタ画像を再度確認してください、双子姉妹の名字が「大鳥居」になっていますよね。特に予備知識がなければ「大きな鳥居」のことだろうと判断されるでしょう。しかし「小鳥遊」を念頭に置けば話が違ってくる。小鳥遊は「小鳥が遊んでいるのは鷹がいないから」という意味で「たかなし」と読みますが、「大鳥居(大きな鳥が居る)」なら――つまり小鳥は遊べないってことで、対応関係にあるわけですよ。しかもふたりの名前は「夜月」と「夜空」、合わせればダブルナイトの「夜夜」だ。極めつけは夜空のセリフにある「背徳禁止」。小鳥遊夜々のキメ台詞として有名な「レッツ背徳」を意識していないはずがなく、傍証は出揃った形になる。というか『2 1/2』にある「おにいチェア」が元々は『CloverPoint』のネタなんで、正直これのみを指摘すればもう充分である。

 と、そういうパロディめいた意味も篭もったネタ画像なので「マジ企画じゃないかも」と否定的に見る向きもあったわけですが、この報せで潮目が変わってきた。ひょっとしたらひょっとするかもしれない。久々に『Clover Heart's』の主題歌が聴きたくなってきた。

『コップクラフト』ガガガ文庫が賀東招二を騙して4巻を出す誓約書を書かせる(主にライトノベルを読むよ^0^/)

 学園コメディの漫画でよくある「そうとは知らせずに入部届へ名前を書かせようとする」をマジで実行するとは……ネタだろうけれど、「ガガガならやりかねない」と思わせるところが面白い。「これがガガガのやり方」「ガガガではよくあること」と『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の渡航も語っている。

・拍手レス。

 パシフィック・リムを見に行きましたが破壊された日本の街で燦然と違和感を放つビデオ屋『萌&健太』が頭から離れません。
 『パシフィック・リム2』では経営者夫婦の萌と健太がドリフトして第三世代機「ビデオ・ショップ」を動かします(嘘)。


2013-08-18.

劇場版『魔法少女まどか☆マギカ』ワーナーが「パシフィック・リム」のデルトロ監督にBlu-rayをプレゼント! (萌えオタニュース速報)

 見るがいい、このデルトロのイイ笑顔。この様子ならまどマギが1億ドルとか2億ドルとかの規模でハリウッド超大作化される日も遠くないな。などという軽口はおいといて、皆様はもう『パシフィック・リム』を鑑賞されたであろうか。まだの人は予定を組んでおいた方がいいです。「DVDのレンタル待ち」や「地上波待ち」はやめておくことをオススメする。何も当方は「今すぐ観に行け!」と命令したいわけではない。「ここで観ないと後悔するぞ」と脅したいわけでもない。ただ、DVDや地上波といった選択肢を採った人たちの何割かが確実に泣くハメになるだろうし、そのときになって「チクショウ、なんであのときに『劇場で観た方がいい』と言ってくれなかったんだ!」と逆恨みされても困るから、「ほらぁ、あのときちゃんと推奨しといたじゃないですかぁ」って言い逃れするためのアリバイ作りに勤しんでいるだけです。

 いや、当方も予告編の時点ではそんなに期待してなかったんですよ。「巨大ロボとか巨大怪獣が出てくるハリウッド超大作なんて、たとえ駄作であってもレアだろうから一応押さえておこうかな」程度の感覚でした。実際、上映する劇場がちょっと離れた地域にあったんで、このクソ暑いなか遠出するのは面倒臭いっつーか、いっそBD待ちにしようかな……と弱気な想いがよぎった次第。でもこれはイベントというかお祭りみたいなものだから、やっぱり多少辛くても遠出して観に行こう、と決心して遥々足を運びました。そしたらもう、圧倒されましたね。まず音響の威力に。どーんどーん、ずしーんずしーん、と胸の奥にまでサウンドが染み透ってくる。そして映像の迫力も凄まじかった。単なるパンチ一発が持つ豊かな重量感に心を鷲掴みにされ、気持ちが昇天しかけた。とにかく観ている間中、精神的な勃起が止まりませんでしたよ。ひょっとすると肉体的にも勃起していたかもしれない。あたかもポルノのように官能的で股間にガッツンガッツン来る。演出の一つ一つ、ギミックの一つ一つに対するこだわりが狂気の次元に達しており、「これはアメリカ本国で興行的にコケたのも納得だわ」と変な頷き方までしてしまう始末。マニアックすぎて、「その道」を僅かなりとも知る人でないと、この麻薬じみた魅力を嗅ぎ取ることは難しい。

 ぶっちゃけ、『パシフィック・リム』は超スゴイし超オモシロイんですが、確実に「頭がおかしくなる」映画なので「観ろ」とか「観るべし」とか無理強いはしたくない。「頭がオカシクなってもイイ!」「もうメチャクチャにしてぇっ!」とほざく覚悟がある人にだけサムズアップしてグッドラックと囁きたい。燃える、そして濡れる。

翻訳ラノベは各社が挑戦し全くうまく行かなかった(ぶく速)

 電撃文庫にも翻訳モノがあった……なんて事実がもうトリビアになり始めていますね。『悪魔の国からこっちに丁稚』とか『獣人探偵局ノハール』とか。HJ文庫も、“ウォーハンマーノベル”“ドリーミングダーク”を展開したり、復刻版ゲームブック『ハウス・オブ・ヘル』(旧題『地獄の館』)、『デストラップ・ダンジョン』(旧題『死のワナの地下迷宮』)、『サムライ・ソード』(旧題『サムライの剣』)を刊行したりと、ラノベレーベルでの翻訳モノってのはちょこちょこ存在します。富士見書房もかつて『アイスウィンド・サーガ』を文庫で出していたことがあったし、いろいろな努力の痕跡は見受けられるのですが、どれも結局浸透しませんでした。メディアミックス等の戦略が採り辛い、ってのが一因かもしれない。翻訳モノは入り口が少ないせいで認知しにくく、「手に取る」以前の問題といった状況が続いています。『ハンガー・ゲーム』みたいに、最初はイラスト付きでライトノベルというかヤングアダルトっぽく売り込んでいた小説も、映画化に際してイラストを廃し普通の文庫レーベルで販売するような路線転換を図ったりする。「翻訳モノ」と「ライトノベル」は完全に棲み分けができていて、混ざり合うのは用意じゃない状況だ。翻訳モノは単純に高価ですからね、ここ最近。安さも売りの一つになっているライトノベルでやっていこうとなると、コストの壁に直面せざるをえない。古龍の絶版作品とか翻訳途絶作品とか、個人的には是非とも復刊&再開してもらいたいですけどね……古龍作品は日本だと一部でコアな人気を稼いでいるものの売上的にはイマイチな状態が続いているので厳しいでしょう。

ライトノベルは最終回をはっきりさせないから困る(ぶく速)

 「物語は佳境へ!」とか「大人気シリーズ、遂にクライマックス!」とか、終わるのか終わらないのか態度不鮮明でハッキリしない曖昧あらすじが多くてホント困ります。これが一般文芸だったら数年待って続編が出ることもありますけれど、ライトノベルは旬の期間が短いから数年経ったら再開は絶望的だし、変な期待は持たせないでほしい……という気持ちと、「たとえ僅かでも可能性を残してほしい」という切なる気持ちが鬩ぎ合う。『悪魔のミカタ』とか、666すら既に絶版しているみたいだからもう無理かな……いや、諦めない。ロミオファンがオクルトゥムを諦めないように、うえおファンもミカタを諦めない! ちなみにさっき「オ、オク……なんだったっけ?」と咄嗟に「オクルトゥム」の一語が出てこなくて絶望に近いものを感じた。「ばーさんや、アレはまだかいのぅ」「アレってなんじゃい、じーさんや」「オ、オク……えー、オクル……なんの話じゃったかいのぅ、ばーさんや」「さーのぅ」みたいな未来がありありと視えた。一応解説しときますと、オクルトゥムは『霊長流離オクルトゥム(仮)』のことで、要は告知されたまま発売されていないエロゲーです。『太陽の子』とか『ドグラQ』とかと一緒。噂によると大作として企画され、あまりにも金と時間が掛かるからペンディングになってしまったんだとか。「幻の大作」と言えば聞こえは良いですけれど、これを悲願するあまり頭がおかしくなってしまったロミオファンもきっと、たぶん、いや絶対にいるはずだ。「オクルマダー?」とひたすら繰り返すのが症例。

『始まらない終末戦争と終わっている私らの青春活劇』10月以降刊行予定にも載ってない(主にライトノベルを読むよ^0^/)

 陽炎だったんですよ、あれは……この猛暑だから仕方がない。

・藤野可織の『爪と目』を読んだ。

 第149回芥川賞受賞作「爪と目」含む短編3つを収録した作品集。全部で120ページ程度とごく薄い。受賞作「爪と目」が大部分を占めていて約80ページ、あとの2つはどっちも20ページくらいです。ご多分に漏れず、当方も受賞の報せがあるまでこの作家については何も知らなかった。プロフィールによると文學界新人賞の出みたい。文學界新人賞は吉田修一とか円城塔が獲ってる賞ですね。正直リストを眺めてもあまりピンと来ないラインナップだが……藤野可織は『爪と目』以前にも『いやしい鳥』『パトロネ』、2冊の本を出しており、つまりこれが3冊目の著書に当たります。来月には4冊目となる『おはなしして子ちゃん』も刊行予定だ。

 では各編感想に入る。

「爪と目」 … 芥川賞受賞作。「あなた」と「わたし」を軸にした物語。二人称小説のような形の一人称小説です。「はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は『きみとは結婚できない』と言った」と、意図的に混乱を招くよう計算された書き出しに戸惑う人も多いだろう。要するに「あなた」という人物(途中で「麻衣」って個人名も出てくる)が、視点人物たる「わたし」(これも「陽菜」という個人名あり)の父親と不倫関係に陥っている状況を、「不倫相手の娘」である「わたし」が淡々と語っているのです。「あなた」(以下混乱を避けるため麻衣と表記)しか知りえないようなことを、「わたし」(以下同様に陽菜と表記する)が知っていることについて詳しく説明する場面はないが、相当な時間経過を仄めかすシーンがあるのでその間にいろいろ聞いたり調べたりしたのでしょう。物語の中心に居座っているのは麻衣なんですが、彼女に「内面」と呼べるほど複雑なものは備わっていない(と陽菜が見做している)ため、「温かみのない二人称」という不思議な綴り方にも関わらず、あっという間に慣れてサクサクと読み進められるようになります。愛もなければ情もなく、テフロンコーティングされたように喜怒哀楽がツルツルと表面を滑っていく女・麻衣と、そんな彼女を嫌悪しているのか同情しているのか、読み手によって判断の分かれそうな筆致で分析する陽菜。もしこれが陽菜の一人称で普通に描かれていれば、単なる恨み節や愛憎劇と受け取られていたかもしれない。しかし、陽菜は徹底して自己を外部に近い存在に置くことで、「恨み」という分かりやすい結論が導き出される歯痒い事態を回避しています。タイトルの意味は、オチ(って呼べるほどハッキリしたものではないが)と重なるので解説できない。文学云々といった先入観を捨て、「特殊な叙述法のサスペンス小説」として気軽に読んでみることをオススメします。

「しょう子さんが忘れていること」 … 半年前に脳梗塞を起こして以来ずっと入院している「しょう子さん」が、夜な夜な囁きかけてくる声に悩まされる話。長女の長女、つまり孫娘が37歳という時点で相当な御高齢であることは窺えるが、「自分が37歳だった頃」に思いを馳せ、それから半世紀経過していることを文中で告げていることを察するに、90歳前後と受け取れる。夜な夜な囁き声とともに何が行われるか、詳しい描写はないが、なぜか話の途中で「しょう子さん」がセックスについて考える場面があるなど、艶事を匂わせる雰囲気がある。しかし、いくら何でも相部屋の病室で夜な夜な犯されるなんてことがありえるのだろうか? すべては「しょう子さん」の妄想? と首を傾げているうちに幕を下ろす。これはサスペンスというよりも怪談ですね。人によって解釈は分かれるところかもしれないが、どれを採っても怪談的であること自体に変わりはない。

「ちびっこ広場」 … 一児の母である主人公は、小学生の息子が近所の「ちびっこ広場」で熱心に遊んでいることを知っている。大学時代の友人の結婚パーティーに出席するため家を出ようとする主人公だったが、帰宅してきた息子の様子がおかしくて……事情が把握できないまま、不気味で得体の知れないムードが高まっていく小説。起承転結って意味で言えば、これが一番わかりやすいかもしれない。不条理ストーリーというわけではなくて、作中でちゃんと「何があったか」は説明されるし、読み返せば伏線とおぼしき箇所は簡単に見つかる。発生した事態に対する主人公の対応も明快だ。しかし、このエンディングについてスッキリしないものを感じる読者もいるかもしれません。「結局、何が言いたいの?」って。メッセージ性がどうこうというよりも、単純に話の転がし方が面白いと思いました。

 不安定でグラグラしていて、結末もどこか曖昧模糊としたものが残る。何もかもすっきり解消してオシマイにするタイプのストーリーが好きな人からすれば、「中途半端」「尻切れトンボ」と判断するであろう。正直、当方も「それがいいんだろ、それが」と得意気な顔をして言い張れるほど読み込んだ自信はない。が、なんというか、読めば読むほど吸い寄せられる、不思議な引力が潮のように満ちていくのを感じる本ではあった。冒頭数ページをチラッと読んで判断するには向かない本であり、気になる人はさっさと買って、腰を据えて一気に読んでしまおう。分量的には大したことないから一時間程度で読み切れます。すごく気に入ったわけではないが、他の作品も読んでみたくなった。

・拍手レス。

 佐渡川先生の訃報はホントに衝撃的で絶句しました。自分がアニメに本格的にハマった時期に無敵看板娘をやっていて、所々過激でありながら爽快感のあるギャグに大いに笑わせてもらったのを今でも思い出します。何が原因だったのかは分かりませんが、まだ若く、才能のある方が自ら命を絶ってしまったことが残念でなりません。
 どれだけ時間が経っても「なぜ?」という疑問は消えそうにないですね。誰か相談できる人はいなかったのか……今更考えても仕方のないことがグルグルと頭の中を回って止まらない。


2013-08-14.

【衝撃画像】 え?カワウソってこんなに凶暴だったの? ワニを捕食するオオカワウソが激写される(暇人\(^o^)/速報)

 まるでノロイのような顔つきをしてはる……さすが漢字で書くと「獺」なんていう微妙に中二好みな字面をしている動物。ちなみにカワウソは獲った魚を岸に並べる習性があるらしく、まるで祖霊を祀っているようだということでその行為を「獺祭(だっさい)」と呼び、転じて詩人や学者が広げた書物を並べ置いてあれこれ参照する様子を指す言葉になったという。正岡子規が「獺祭書屋主人」と号したのもここから来ている。

【超悲報】 スペインの47階建て高さ200mの超高層ビル、エレベーターを付け忘れるwwwwwwww(暇人\(^o^)/速報)

 高層の建物ほどエレベーターのスペースが大きくなり設計の妨げになるので、だいたいの建築家はエレベーターが嫌い……というような話を聞いたことがあります。同一サイズのエレベーターでも、高いところに持ち上げようとすればそれに足るだけ装置の大型化が必要になる。そのため、高い建物ほど「大半のスペースがエレベーターで占められる」事態に陥り、高層のメリットが減ってしまうんだとか。20階から先にまったくエレベータースペースがないわけではなく、「装置の大型化」が可能なほどの空きスペースがないみたいなので、現実的な対策としてはせいぜい「エレベーターの乗り換え」くらいでしょうかね。20階で降りて22階あたりまで階段で登ってからまたエレベーターに乗る、みたいな。(追記)後日この記事は誤解と判明

【声優】諏訪部順一さん、メイド服姿のコスプレを披露(ひまねっと)

 当然ながらメイドコスの獣殿を妄想してしまった。「私は総てを愛している。無論メイド服もだ」と金髪を逆立てて言い放つ首領。ガン無視して女神に着せることしか考えていない副首領。卒倒する赤騎士。自分もメイド服を纏う白騎士。そして「すごく……大事件です」な黒騎士。

【超速報】ロシアで「戦車道」開催wwwww(ひまねっと)

 「ただの“ショー”ではなく本物の戦車を使った男の中の男たちの競技」 これを「乙女の中の乙女たち」に差し替えれば実写版ガルパンの完成だな。「戦車道」という設定は荒唐無稽すぎると感じていたが、案外そうでもなかったりするのか? というか、これを見てると「実写版ガルパンもやれなくはない……?」と良からぬ想像を働かせてしまう。主演はもちろん……いや言うまい。

『氷と炎の歌』第五部は9・10・11月の三カ月連続刊行予定(ぶく速)

 『剣嵐の大地』と一緒か。原題が "A Dance with Dragons" だから邦題は「竜」と「踊」を組み合わせたものになるはず。って書くと『されど罪人は竜と踊る』連想しちゃうな。一応解説しますと、“氷と炎の歌”はSF作家ジョージ・R・R・マーティンによる大河ファンタジー小説で、『ゲーム・オブ・スローンズ』というタイトルでドラマ化もされています。「スローン」は玉座の意味だから、平たく言うと「王位継承を巡る争い」ってことですね。下敷きになっているのはランカスター家とヨーク家の王位継承戦争、つまり「薔薇戦争」なんですが、本物の竜が出てきたりする異世界ファンタジーとしてストーリー構築されている。元々は三部作の予定でしたが、書いているうちにどんどん構想が膨らんでいって現在は「全七部で完結」と告知されている。が、ファンは「本当に第七部で話を畳み切れるのか?」と懐疑的だったりします。本当にスケールの大きな話なので、何度も読み返さないとすぐに全体像が掴めなくなってしまう難物シリーズなんですよ。面白いから、読み直しも苦にはならないんですが。さておき、海外翻訳で単行本3冊分ともなると平気で諭吉が一枚消えるから、今のうちにちゃんと資金繰りしておかないと……。

佐渡川準先生 訃報

 基本的に雑誌は読まない当方ですが、『バキ』目当てに“チャンピオン”を読んでいた時期があって、だから『無敵看板娘』は連載開始当初から知っている漫画でした。連載中だった『あまねあたためる』も気にはなっていて、巻数が溜まってきたらまとめて買おうかな……とつらつら考えていたところにこの訃報。あまりにも想像の埒外で、意味を解すことができず、何度も記事を読み返してしまった。「呆然」の一語に尽きる。34歳ですって? いくら何でも若すぎるでしょう。信じられない。タイピングしている今も混乱が続いていて、お悔やみを述べるだけの心の整理もつけることができません。嘘やろ……なんでや……。

・拍手レス。

 戦神館のPV1を見ての感想。悔しい、でも釣られちゃう(ビクンビクン)。このPVにも何かひっかけがあるんだろうと頭では分かりつつ、それでも厨二ハートは反応してしまう、この業の深さよ。
 このPVの内容が頭をグルグル回っている状態で『パシフィック・リム』観に行ったから脳味噌が二重のグルグル螺旋に。それにしても四四八の声が格好イイ。これを本編でたっぷり聴けるのかと思うとウットリしてしまう。

 「ディーふらぐ!がTVアニメ化  そうやって原作を追い込んでいくのがどうして解らないのか。
 『ディーふらぐ!』以外だともう『TABOO-TATTO』くらいしかタマがないし、アニメ化は避けられないと思ってました。そういえば『ディーふらぐ!』と同時期に話題になった『アイリス・ゼロ』、最近新刊出ないなー、と思ったら休載中だったのか。作画担当の人が病気で、まだ治療中なんですね。


2013-08-10.

・十数冊まとめて買って気に入って、しばらく新刊追っていたけど、主人公がスカウトやめてホストになっちゃったりして迷走感が漂い出した頃に一度読むのをやめた『新宿スワン』、再開のタイミングを窺っていたところ、ストーリーが最終章に突入してそろそろ完結しそうな雰囲気だという噂を聞きつけて数年ぶりに舞い戻った焼津です、こんばんは。

 今月出た新刊が36巻。タツヒコがホストになったのって17巻あたりだから、約20冊をまとめ読みした勘定になる。さすがにこれだけ一気に味わうと読み応えがありました。というか、途切れ途切れに読んでいたら絶対に忘れていただろうな、コレ……っていう部分がわんさか。結構話が入り組んでいるので、間が空くと繋がりが分からなくなる箇所とか出てくるんですよね。

 『新宿スワン』は「歌舞伎町スカウトサバイバル」という副題の通り、主人公の白鳥龍彦が「バースト」という会社の幹部・真虎に拾われ、歌舞伎町のスカウト――つまり路上を行く女性たちに声を掛けて風俗やAVの仕事を紹介する、「性の斡旋業」に就くところから始まる。タツヒコと真虎の出会いが2001年で、物語は2005年4月の「スカウト防止条例」が施行されるところで最終章に入ります。開始当初こそ「スカウトとは如何なる職業なのか」を解説し、その手口や仕組みをストーリー仕立てで描く「夜のお仕事マンガ」といった様相が濃かったが、徐々にスカウトのノウハウよりも会社間の揉め事や陰謀劇、暴力沙汰がメインとなっていき、最終章に至ってはヤクザの跡目争いが焦点。読んでいて「スカウトのマンガ」であることを完全に忘れてしまう。面白いからいいんですが。「横浜王国編」が終わって「ホストバブル編」がスタートする17巻あたりは折り返しってこともあって緊張の途切れるポイントであり、実際に当方もそこで一旦読むのやめちゃいましたが、「ミネルバ潜入編」や「すすきの監獄編」を経て『新宿スワン』の背後に潜んでいた裏ストーリー、つまり過去の経緯が明らかになってきて俄然盛り上がる。27巻から30巻の「バースト奪還編」と「復讐の連鎖編」、そして30巻より火蓋を切る最終章「歌舞伎町ピカレスク編」は「一気読みしてよかった!」と喜ぶほどの面白さです。

 けど、「最終章が一番長い」というのはよくある話で、この「歌舞伎町ピカレスク編」は終わりが見えそうでいてなかなか見えてきません。最新刊の36巻でやっと最終章の最終節「LAST 7 DAYS」が開幕し、ようやくフィナーレが見えてきた。37巻と38巻は10月と11月の連続刊行で、「怒涛の中盤戦へと突入」って謳っているから、たぶん最終巻は40巻前後になるんじゃないかな。もう1年もしないうちに終わるかもしれないし、「最終巻まで一気に読みたい」という人はもうちょっとだけ待ちましょう。個人的には良いタイミングで合流できたと思う。まとめ読みはリアルタイムでの追っかけに比べると愛着が薄くなってしまう難点は多少あるけれど、やっぱり一つのストーリーを立て続けに読むことで作品のエッセンスを浴びるように飲み干すことができるってのは極上の愉悦であり至上の快楽だ。溜めておいて良かった。

lightの新作『相州戦神館學園 八命陣』、プロモーションムービー1公開

 第1弾だから1分か2分程度でサラッと軽く雰囲気を味わわせるジャブのようなムービーだろう、と思ってアクセス――我がシンしたら5分50秒だと……? Diesの一番最初のムービーが4分弱だったから、あれよりも長くなっているじゃないですか。アレは声なしで、こっちはボイスが入ってるから単純比較はできませんが、それでも破格の長さであろう。BGMの切り換わりとともにドーンと大きく出てくる「正田崇」の三文字に震えた。ああ、そうだ、Diesのときもこの三文字に心がざわめいたのだった。ムービーは水希視点によるものらしく、いきなり重傷で横たわっている水希の姿が映る。何かに敗れた後で、舞台は艦上。そして高らかに嘲笑う神野明影。どうも水希とは何か浅からぬ因縁があるらしい。特に引っ掛けとかを勘繰らないでごく素直に解釈すれば、水希が昔「強い男が好き」と神野(神野の原型?)に告げて、強さを追い求めていった男の成れの果てが神野明影、ということになる。が、「神野が何かのセリフを読み上げているだけ」とすればまた意味が変わってきます。戦神館は歴史改変物みたいなので、過去の水希が口にした「強い男が好き」という発言、それに対する「神野ではない誰か」の応答が改変の鍵になった可能性がある。水希のキャラ紹介を読み直すと「夢界で二年前に何があったのかは誤魔化したまま語らない。そしてそれに関する事柄を前にしたとき、水希は狂気とさえ言えるほど好戦的に豹変する」ってありますし、まさしく「好戦的に豹変」させておちょくるために神野があえて逆鱗に触れたのではないかと。以降の四四八との意味深な遣り取りといい、愛している云々の睦み合いは改変される前の水希と四四八が交わした会話、と見做したくなるが……四四八の一人称って「俺」だよな。神野のセリフでは「僕」。「テメエは『ぼく』なんてツラじゃねぇだろ」と言いたくなるが、何とも判じがたい。

 さておき、強さにかける男の想いは狂気、ってのは少年漫画を冷静に読めば読むほど感じる事柄ですね。描かれている内容は当然フィクションですが、その背景に潜む意識が「強くなる or DIE」であることをヒシヒシと感じる。「強くなければ生き残れない」のではない、弱いなら弱いなりに必死で逃げて生き延びたりすることもできるはずだ。「強くなるか、さもなくば死だ」という、極限に肥大化したオスのプライドを嗅ぎ取らずにはいられない。「何もここまで……」というくらい少年の強さに対する渇望と執念は深く、果てがありません。「最強」や「無敵」、最近だと「無双」の境地になぜここまで焦がれるのか。あるいは「独りになること」、「周りから置き去りにされて捨て置かれること」、「誰も助けてくれない事態が訪れること」に対する恐怖心の裏返しなのかもしれません。恐怖を打ち払う護符(タリスマン)が「最強」の二文字であり、それは容易く呪い(カース)にも転ずる。「強さゆえ災禍を招き寄せる」ことが戦神館のテーマの一つになるかもしれないと考えたら、単純にワクワクしてきました。災禍を払うための強さが、別の災禍を喚ぶ。そのジレンマに抗し切れるのだろうか。

 そして正田崇はツイッターで「いやいや大丈夫だって。戦神館は学園物だってば。ほんと。マジで。」と発言。そっかー、艦上で戦ったり陸地が紅蓮の業火に包まれたりするけど学園物なのかー。いやー最近のエロゲーは進んでいるなー。播磨外道(はるまげどん)というくらいだからRSBC(レッドサン ブラッククロス)の戦艦「播磨」の上に学園が建ってたりするんですかねー。てか、夢界で戦争やってる最中に現実世界で期末テストの勉強やるような展開もありえるわけか。日常4コマとバトル漫画を無理矢理繋げたような雰囲気にならないといいが……『ゆゆ式ドリフターズ』とか、想像するだけでカオス。「捨てがまりって、なんかいいよねー」「いいよねー」「あいちゃんを捨てがまりたい! 戦場のド真ん中で!」「お前を捨てがまるぞ!」(バックで縁の笑い)

ラノベ界隈に夢枕や菊地のような伝奇小説の後継者がいない件(ぶく速)

 伝奇バイオレンスは好きなジャンルだけど、もう完全にブームが去ってしまった感は否めない。『龍炎使いの牙』を読んだときは雑賀礼史が伝バイ路線を継ぐのかな、と思ったが、リアルバウトハイスクールへ行っちゃったし。『レヴィアタンの恋人』も菊地臭漂う美味な伝奇アクションだったけど、別作品が当たって違う路線に進んじゃったし。もはや時代が伝奇バイオレンスを求めていないのかもしれない。おとなしく古本屋で昔の本を漁った方が早いでしょう。一時期、本当に山のように濫造されましたからね、あの手の伝奇小説は……今野敏くらいか、二巨頭を除くあれ系で僅かなりとも復刊されているのは。

「ディーふらぐ!」がTVアニメ化、7巻発売に合わせ発表(コミックナタリー)

 ああ、ファンが怖れていた事態が遂に……『ディーふらぐ!』は一言で述べると「マイナー誌でコアな人気を誇るギャグ漫画」であり、フリーダムかつナンセンスでハイテンションなノリが特徴。「それぞれが“闇”や“水”など属性を自称するゲーム製作部のメンバー」と解説されていますが、ぶっちゃけこうした設定は飾りというか破壊するためのオブジェみたいなものである。勢い優先で突っ走っていくため、物事を冷静に把握したがる人からすると笑いどころが見えにくいかもしれない。ハマる人はハマるし、受け付けない人はまったく受け付けない。ギャグ漫画って大抵はそういったものですが、この漫画は特にその色分けがクッキリと出てくるタイプだと思います。当方は一発でハマってハルトモ成分ナシでは生きられない体になってしまった。アニメであの面白さが再現できるかどうか大いに疑問だ(同じギャグでも漫画とアニメはテンポの違いが大きく、セリフが説明的になりすぎたり、逆に説明が足りなくてわかりにくくなったり、「間」が壊れてしまったりといった事態が起こりうる)けれど、決まった以上は期待するしかない。もしダメだったら全力で目を逸らそう。あと『魔王様ちょっとそれとって!!』の2巻、もう発売しているのか……予定では19日だったはずだけど、『ディーふらぐ』最新刊に合わせるため前倒しになったのか?

・拍手レス。

 白銀の城姫は好きだったなあ、と思いながら手に取った精霊使いの剣舞。そしてほほをつたう熱い雫。ヒロインとの邂逅シーンなんか、見覚えのある文体でここまであざとく書かれるともう感服するしかない。最早俺に出来ることは志瑞祐の本性は死んだのではなくただ身を隠しているだけなのだと信じるのみです。
 希望的観測ですが、志瑞祐の別企画もそろそろ動き出しそうな気がしますね。やはり祐たんにはいろいろなネタをチャレンジしてほしい。


2013-08-02.

『星刻の竜騎士』『精霊使いの剣舞』『ノーゲーム・ノーライフ』『魔法戦争』『魔弾の王と戦姫』どれがアニメ化か言い争っていたら全部アニメ化されるという斜め上の展開w(主にライトノベルを読むよ^0^/)

 どれもいずれ来るだろう、と思っていたけどまさかの5作同時発表。ついでだし公式ブログの方も張っとこう。こうして並ぶと似たような表紙ばっかだな。星刻の最新刊が13巻で、精霊使いは11巻、この二つはストックが充分だから2クールでも余裕だ。ノゲノラは4巻でまだちょっと少ない、魔法戦争は8月に6巻が出るくらいだからまあまあの量。魔弾は8巻が年内に出る予定なんでこれもストックが尽きる心配はない。しかし、いっぺんに5つもアニメ企画動かして大丈夫なのかMF……と純粋に心配だったりする。

 星刻〜は「竜騎士(ドラグナー)」とルビを振っていますが、「ドラゴンライダー」と書いた方がイメージは伝わりやすいかな。騎士たちがパートナーである各々の竜に乗って戦う異世界ファンタジー、長らくパートナーに恵まれなかった主人公はある日、世にも希な「少女型の竜」と出逢うが、そのドラゴンはツンケンして不服従な態度を取り……と、わかりやすく言えば『ゼロの竜騎士』な話です。特徴は触手。「この作者は触手エロが大好物なのか?」というくらいヒロインが触手に嬲られます。オリジナリティという点では難があるものの、読みやすくてそこそこエロいので読み手の需要はまあまあ満たされる。作者は富士見ミステリー文庫出身で、かつてのPNは木ノ歌詠。この名義だった頃に書いた作品では『幽霊列車とこんぺい糖』が比較的好評である。星刻までに10冊くらい著書を出しているが、鳴かず飛ばずでトクマ・ガガガ・一迅のトライアングルをぐるぐる回っていたものでした。MFに辿り着き、ようやく安息の地を得たことになる。

 『精霊使いの剣舞』は「百合系ドタバタ日常コメディ」『やってきたよ、ドルイドさん!』や「ヒロインが擬人化された城」である『白銀の城姫』と、一風変わった作品を書いては3冊打ち切り(スリーストライク)コースを立て続けに体験し、ツーアウトでもう後のない状況に追い込まれた志瑞祐が(たぶん)なりふり構わない覚悟で開始した3番目のシリーズです。女性しか精霊と契約できない異世界を舞台に、「なぜか男なのに精霊を使える」という少年が精霊学校にやってきて、赤毛のツンケンした少女に「あんたがあたしの精霊になりなさい!」と強要される……『ゼロの精霊使い』どころか『インフィニット・ゼロの精霊使いストラトス』なシリーズであり、あの微妙に挑戦的な作風だった志瑞祐がここまで背水の陣を敷いて「流行の路線」に突っ込むとは……と涙ナシには読めません。完全にエッジを切り落として読者迎合の売れ線狙いに徹し、「ウケを取れるネタ」ばかり厳選してひたすらギュッギュと詰め込んでいる。その手つき、さながら工場勤務の如く。されど指先の精度は職人技。ああ、志瑞祐は何が何でも作家として食っていく覚悟を決めたんだな、と胸が熱くなりました。

 『ノーゲーム・ノーライフ』と『魔法戦争』は積んでるので解説できず。前者の作者はエアリセとかグリパケとかを描いた榎宮祐、ラノベ作家に転身したみたいですが、挿絵も自分で描いています。『魔法戦争』は“タザリア王国物語”シリーズのスズキヒサシが作者。『魔弾の王と戦姫』は売上も人気も評価も高く、「アニメ化は鉄板」と囁かれていたシリーズですが、壮大な戦記モノなので真っ当にアニメ化するのは困難だろう、とも言われていた。「戦姫」と呼ばれる存在は7人いてそれぞれ超常的な力を有しているのですが、彼女たちが単独で戦うわけではなく、各自みな領地があって軍勢を率いているわけですよ。ひと昔前ならたぶん『ヴァナディース戦記』とか、そういうタイトルになっていたでしょうね。1クールだと絶対に「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドになるでしょうし、「タイトルの『魔弾の王』って何だったんだよ!」とツッコまれるハメになる。2クールでも充分に収めきれるかどうか怪しい。多くのファンは「うまくいきっこない」と消沈している様子です。軍勢と軍勢のぶつかり合いなんて、真面目に作画していたらアニメーターが死ぬ。漕ぎ付けられるかもしれない劇場版に一縷の望みをかけるとしましょう。

コラム・ネタ・お知らせ】GA文庫8月新作「最弱無敗の神装機竜《バハムート》」大特集! 試読版も先行公開(アキバBlog)

 この溢れ出る既視感はいったい……「リーズシャルテに挑まれた決闘の末、ルクスは何故か、機竜使い育成のための女学園に入学することに……!?」って、またしても「女の群れに男が一匹」パターンかよ。今後は『IS(インフィニット・ストラトス)』が一つのテンプレになっていくんでしょうかね。

角川スニーカー文庫、8月からロゴと背表紙を変更(ぶく速)

 これにはビックリしました。デザイン全然違いますからね。スニーカーに限らず角川の文庫本は背表紙を始めとする装丁がちょくちょく変わるので、長期展開シリーズを集めていると不揃いになってしまいがち。講談社文庫は何十年か前にデザインの刷新があったけど、それ以降は基本的にずっと一緒なので並べていて安心感や満足感が湧く。買い直すのもアレだし、不揃いには我慢するしかないか……林トモアキの本とか、あのシンプルな白地が好きだったのになぁ。あ、テスタメントシュピーゲルはデザイン変わってもいいし、何なら買い直してもいいから、とにかく続刊出して無事完結させてください。お願いします。

・拍手レス。

 今作でも『例外的に人間の心を残した怪人 → 分かり合えるかも? → 人間の頃から殺人鬼だったでござる』というえげつない展開があったので、今の時代でも意外と虚淵イズムを発揮できる機会はあるかも?>ライダー
 特撮って結構トラウマになる番組がありますよね。当方も、何だったか忘れたけど、確か兵隊帰りの男が復讐する話で「冷蔵庫の扉を開けたら手榴弾のピンが外れて爆発」というシーンが長らくトラウマになっておりました。あの無機質なトラップ感が怖かった。

 空手小公子の作者がかつてボンボンでグロいストU漫画を描いていた人と知った時は驚愕したものです。連載初期は刀で腕一本切られるくらいはあるかと思いました。
 あのグロいストU漫画はショックだったな……トラウマ度であれを上回るサムスピ漫画描いていた人が新作で不殺のガンマンを主人公にしていたときはもっと驚愕しました。

 アクマゲームのことかーーーー
 早く人気が出てドラマ化されて『ACME:GAME』ってパロAV出ないかなー。


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