Method of Entry
あんまり扉を信用しない方がいい。
"こちら"と"むこう"で、
どれだけの違いがあるのやら。
・アバウト
・日記ログ
・SS
・テキスト
・リンク
リレー小説「魔法少女忌譚修」(第13話−10/12)
2024-11-25.・ジャンプ+で始まった新連載『都市伝説先輩』がツボに入って毎週の更新を楽しみにしている焼津です、こんばんは。始まって2ページでもう面白いよこの漫画。
読んでもらった方が早い内容だけど、一応解説。雨男が雨を呼ぶように、ただ怪奇スポットの近くにいるだけで怪異を招き寄せる都市伝説男の「くぐつ」――オカルトが大好きで積極的に怪異と遭遇したい新入生「もくめ」は、彼に頼み込んで怪異を引き寄せてもらおうとするが……というホラー系爆釣コメディです。作者は『雀児』の「平岡一輝」。くぐつ先輩も麻雀好きみたいだからそのうち「シゲル」(『雀児』のナコ先生の元カレ、ほぼ回想にしか出てこないのに読者人気が圧倒的だった)がゲスト出演するかもしれない。結構絵柄を変えてきており、若干藤本タツキに寄せたテイストを感じますね。怪異大好きなもくめちゃんと金に釣られて協力してしまうダメ男なくぐつ先輩のコンビが非常にイイ味を出しており、『写らナイんです』あたりとはまた違った魅力を醸しています。『雀児』が割と短期で終わってしまったことが悔しかったのか、「今度こそ人気出て売れて長期連載できる漫画にしてやる!」という気迫がページのあちこちから伝わってくる。2話ラスト付近で歯磨きしながらテレビ見てるもくめちゃんの尻が絶妙。
・「雨夜の月」TVアニメ化決定、コミックDAYSで2巻分無料公開キャンペーンも(コミックナタリー)
『笑顔のたえない職場です。』だけでなくこちらもアニメ化が決まったのか。『雨夜の月』は「くずしろ」の漫画作品で、2021年より講談社のWEB漫画サイトコミックDAYSで連載されている。くずしろさんは多作家で、現在4本の漫画を並行して連載しています。連載している漫画の半数がアニメ化されるなんてスゴいな……こりゃ残りの2本も時間の問題かしら。
『雨夜の月』はいわゆる「耳の不自由な人」をテーマにした青春漫画で、ややシリアス路線の作品であるがそこまで堅苦しい内容ではないので興味本位で気軽に読み出してもOKです。タイトルは「雨で隠れた月みたいに、存在するけど見えないもの」という意味。舞台は岩手某所。ヒロインである女子高生「及川奏音(おいかわ・かのん)」は耳が不自由だけど、先天的なものではなく後天的な障害なので普通に喋れるし唇を読めば相手の言っていることはだいたいわかる、分類上は「感音性難聴」だからまったく聞こえないわけではなく少しは音が拾える、しかし「なんでろう学校に通わないの?」「手話なんて知らないんだけどー」「本当に聞こえていないの?」という周囲の無神経な反応にウンザリしており、「理解してもらうこと」をほとんど諦めて殻の内に籠もるような生活を送っている。主人公の「金田一咲希(きんだいち・さき)」は隣の席ということもあり奏音と仲良くなろうと話しかける。どんなに突き放しても引き下がらない咲希の粘り強さに頑なだった奏音も徐々に心を開いていく。縮まる距離に咲希が抱くのは「友情」か、それとも……っていう百合の香り漂うストーリーです。
なんと申しますか、「話が面白い」というより「雰囲気が良い」漫画なんですよね。奏音をキッカケに「耳の不自由な人」への関心を抱く咲希ですが、自分の中に偏見があることに気づいて悩んだり迷ったりする。主人公をはじめとしていろんな人物の思考と感情を繊細かつ丁寧に描いており、あまり派手な展開はないけれど自然と引き込まれます。クールに見えて寂しがりやで距離感がバグっていて「〇〇のときに来るよ」と言ったら「〇〇がなきゃ来ないのね」と面倒臭い彼女みたいなセリフを吐く奏音も可愛い。ぶっちゃけ奏音と咲希がどんどん仲良くなっていってお互いを意識しまくる様子をニヤニヤ見守るという野次馬的な面白さがあることも否定できません。「なんか暗そうだし、肩肘張って読まなきゃいけないような息苦しさを感じる」とパスしたくなる人もいるかもしれませんが、「コメディではない」というだけであってニヤニヤしたりフフッとなるところも多い漫画ですからそこまで構えなくても大丈夫です。ゆっくり進行だったストーリーが大きく動き出すのは単行本でいうと4巻あたりゆえ、そのへんまでを目安に読んでもらえれば。
ちなみにくずしろ作品はだいたい繋がっているというか同一世界が舞台になっているので、『笑顔のたえない職場です。』の方にも『雨夜の月』のキャラが出てくる回があります。第49話の「しかと見学していくといいわ!!」、奏音たちが修学旅行中に会社見学として出版社を訪問するエピソードです。特に名前出してキャラ紹介とかはしていないので、『雨夜の月』を読んでいない人は「可愛いモブキャラ」と思うかもしれない。以前ショートアニメ化した『犬神さんと猫山さん』のキャラたちも会社見学に来ていて懐かしさを感じてしまいますね。
・ネクストン系列のレーベル「エムズトイボックス」のブランド「だーくワン!」より新作エロゲ『催眠性指導 -Secret Lesson-』、12月20日に発売予定。既にマスターアップ済。
少々長ったらしいタイトルになってしまったが、要するに「ネクストンというゲーム会社」に属している「エムズトイボックスというレーベル」の中にある「だーくワン!というブランド」から『催眠性指導 -Secret Lesson-』という新作エロゲが出るってことです。「レーベルとブランドって何が違うの?」と申しますと、実はそんなに違いはありません。昔は一つのブランド(銘柄)でいろんなエロゲを出してるところもありましたが、陵辱ゲーを出した後に純愛ゲーを出したりするとその純愛ゲーにハマった人が「このブランドの過去作をプレーしたい!」とうっかり陵辱ゲーに手を伸ばしてしまって「全然違うやんけ!」とメーカーへ苦情が飛んでくることもあったので、業界全体が「作風やジャンルに応じてブランドを使い分ける」方向に進んでいきました。仮に「かもめソフト」というブランドがあった場合、最初はまぜこぜでいろんなソフトを出していたけど途中から明るくて恋愛重視のエロゲを出すときは「かもめ白」、暗くて陵辱色の強いエロゲを出すときは「かもめ黒」から発売することにした――って感じですね。「かもめソフト」というブランドの中に「かもめ白」と「かもめ黒」というブランド内ブランドが新設されたわけです。これは途中で使い分けることを思いついたから「ブランド内ブランド」という入れ子みたいな形になったわけで、最初から使い分けるつもりで管理部門を立ち上げた場合はブランドというよりレーベルになる。「エムズトイボックス」は複数のブランドを取りまとめる位置にあって、これ自体をブランドと呼んでもそんなに間違いではないが、少なくとも今のところ「エムズトイボックス名義で直接発売したソフト」は存在していません。必ずだーくワン!みたいな「レーベル内ブランド」からソフトをリリースしています。つまり昔よりもブランドの使い分けが細かくなった結果ややこしくなっちゃってる、というだけのことだ。
さて、そろそろソフトそのものの解説に移ろう。『催眠性指導 -Secret Lesson-』はだーくワン!にとって7本目(『搾精病棟』シリーズをひとつにまとめた『搾精病棟 〜COMPLETE〜』もカウントするなら8本目)のソフトに当たる。だーくワン!のデビュー作『催眠学習 -Secret Desire-』と同じく「原画:愛上陸」「シナリオ:NATORI烏賊」という布陣で制作されており、タイトルが似ているから続編や関連作のようにも見えるが話そのものの繋がりはない。舞台も異なる。ひょっとすると設定上は同一世界なのかもしれないが、あくまで「ひょっとすると」レベルなので基本的に別ゲームと考えていいです。原画を担当している愛上陸が同人誌として展開していた『催眠性指導』シリーズが元になっており、このシリーズで名前の売れた愛上陸(個人ペンネームではなく「waon」と「越前」の共同ペンネーム)をイラストとして起用したのが『催眠学習』というエロ小説で、それをゲーム化したのが『催眠学習 -Secret Desire-』――だから実は『催眠性指導』の方が『催眠学習』よりも展開期間の長い作品なんです。最初の同人誌が2016年発行だからもう8年もやってますね。『催眠性指導』は全校集会で全学生に催眠術を掛けた眼鏡で肥満気味の主人公「田中はじめ」が性指導という名目でいろんな女の子を欲望の捌け口にする、非常にシンプル且つエロい話だ。どういう経緯で催眠術を習得したのかとか、そんなまどろっこしい説明は一切しない。一時的に催眠を解いて正気に戻らせる、という催眠モノにありがちな展開も排しており、最初から最後までずーっと催眠に掛かりっぱなしの状態が維持されている。田中はじめが童貞を捨てた瞬間についても言及されておらず、ストーリー開始時点で既に性指導という異常な行為に慣れ切っています。設定マニア的にはもっといろいろ細かい設定を知りたいところだが、そんなのいちいち掘り下げても読者への奉仕にはならないから……と、あくまでお手軽・お気軽に催眠エロを楽しみたいライト層向けに時系列だの整合性だのをあまり気にしなくて済む大らかなノリを貫いています。
『催眠性指導 -Secret Lesson-』はそんな『催眠性指導』シリーズのゲーム版ですが、かなりオリジナル要素が強く、どちらかと言えばアナザーストーリーの類です。公式サイトで紹介されている「女性キャラクター」14名のうち、原作に登場するのは「御影友姫」「藤間渚」「高梨雫」「鈴村香帆」の4名のみ。残り10名はすべてゲーム版オリジナルヒロインです。原作キャラである4名にしても、担当回があるのは御影友姫だけで他はみんなチョイ役ばかり。ゲーム版には「結城愛莉」という性指導の助手がいますが、原作にはそもそも助手なんて存在しません。感覚的にはもはや『催眠性指導』の設定を借りた壮大な二次創作である。シリーズのファンからすると未知がいっぱいで楽しみな一方「原作のメイン級ヒロインたちは登場しないの?」と不安になるが、エムズトイボックス広報曰く「HPでのご紹介は14名ですが、EVでの登場するキャラはこれまでのシリーズ(一部除く)ヒロイン+αです」。一部除く、ってことは小説版のオリキャラである椚木詩織・佳織母娘とか朝岡和季は出てこないのかな? 原作ヒロインはチョイ役や「ほぼ名前だけ」の子も含めると25人くらいいます。『催眠性指導5』のヒロインとして予告されている「柊鈴香」は小説版で田中はじめの幼なじみとして登場しましたが、『催眠性指導5』が出ていないせいでまだその設定が生きているのかどうかも定かではない。ゲーム版のオリキャラも足すと総勢40名弱、参加する声優の数も凄いことになっていて「抜きゲー界のアベンジャーズ」とまで豪語する人もいます。シナリオ容量は3.5MB以上、この数字ではピンと来ないかもしれませんが文庫本に換算するとおよそ10冊分。同じエロゲで比較すると『Fate/stay night』よりは短いけど『装甲悪鬼村正』よりは長い、くらいのボリュームです。イベントCGの枚数は131枚、差分抜きで100枚を超えるソフトは珍しいのでこれも結構な量だ。CG枚数に関しては体系的に調査・比較している人が少ないので私もよく知らないんですよね……確か10年かけて作った『仏蘭西少女』が165枚だったっけ。
エロゲの常として初回限定版が用意されていますが、注目すべきはそのお値段。なんと16500円(税込)。昔は8800円(税抜)がエロゲのフルプライスでしたが、ここ数年で9800円(税抜)が新たなフルプライスの基準となり、1万円超えることが珍しくなくなったとはいえ複数のソフトを詰め合わせたパック版ではない新作が15000円(税抜)とは。もはやオーバードプライスである。私みたいなほぼエロゲから引退した「元エロゲーマー」からすると「フルプライス2本分」の価格であり最初は目を疑いましたよ。間違えて豪華版(抱き枕カバーとか付いてくるやつ)か何かをチェックしちゃったかな、って。特典付きダウンロード版も同じ価格で、特典なしのダウンロード版は少し安くなりますがそれでも13200円(税込)。分割してチマチマ売られるよりはまとまってドンと出してもらう方がいいし、好きなシリーズではあるので購入することにしました。しかし、この歳になってもまだNATORI烏賊がシナリオ書いたエロゲを買うことになろうとはな……抜きゲー、それも催眠モノを得意とするライターで、かれこれもう20年以上もこの業界で飯を食っている古参です。『催眠学習』は買おうかどうか迷って結局買わなかったけど、せっかくだからこの機会にDL版をポチっちゃおうかしら、とFANZAにアクセスしたら「購入済み」と表示されて驚愕。ああ、そうだ、去年セールで安くなっていたから勢いでポチったんだった。バタバタしていてすっかり忘れていました。セールで衝動買いした挙句に忘れてしまう、私もそんな人間になってしまったんだな……。
・今村昌弘の『明智恭介の奔走』を読んだ。
映画化もした『屍人荘の殺人』のスピンオフに当たる短編集。小説に出てくるような名探偵に憧れる大学生「明智恭介」をメインに据えており、『屍人荘の殺人』よりも前の出来事を描いている。『屍人荘の殺人』の冒頭で明智さんと出逢い、これまでの今村作品で活躍してきた探偵少女「剣崎比留子」は登場しない。って、こう書くと「まさか明智恭介さん、『屍人荘の殺人』で死んじゃうの? だから時系列的に『屍人荘の殺人』より前の話しか紡げないのでは?」と不安になるかもしれませんが、その疑問にお答えしますと……知りません! 『屍人荘の殺人』は評価が高いから何度か読もうとしたけれど、盛り上がってくる前に他の本が読みたくなって放置し、「映画化決定」の報せを聞いて興味が再燃したから発掘して読み直そうとしたけど途中でまた別の本が読みたくなって放置……というような行為を繰り返したため、未だに通読できていないのです。さすがにこの『明智恭介の奔走』を読んでやっと本格的に取り組む気持ちが湧いてきたが、記憶があやふやすぎて一からまた読み直しています。なので安心してください、今回の感想に『屍人荘の殺人』を始めとする剣崎比留子シリーズのネタバレは一切ありません。読んでないんだからやりようがない。そして『屍人荘の殺人』をまともに読み通していない私でもしっかり楽しめたので、ここからいきなり読み出してもまったく問題ありません、と太鼓判を押しておく。
関西では名の知れた私大である「神紅大学」にはミステリ系のサークルがふたつある。最近流行りのライトミステリを中心に浅めのファン(ヴァン・ダインや都筑道夫の名前すら知らないレベル)が集まる大学公認サークル「ミステリ研究会」と、古典作品や本格推理をこよなく愛するマニアックな大学非公認サークル「ミステリ愛好会」――ミス愛の会長である三回生「明智恭介」は「本物の名探偵」になるべく方々に名刺を配って依頼を募っている、誰がどう見ても変わり者の大学生だった。同じミス愛に所属する(というか明智以外で唯一の会員である)「葉村譲」は、若干不承不承ながらも助手役として様々な事件に関わることとなるが……。
殺人事件は発生せず、せいぜい盗難レベルの事件が起こる程度。地味と言えば地味な内容のミステリですがそのぶん興味を「謎解き」に絞っており、「長編ミステリはしんどくてなかなか読み切らないから短編くらいでサクサク読めるミステリが欲しいなぁ」という私の気分にうってつけな一冊でした。全体が300ページ弱、短いのだと40ページ切るくらいで、長くてもせいぜい70ページ程度。少し空いた時間にチマチマ読むにはちょうどよいボリュームと言えましょう。明智恭介のネーミングはたぶん「明智小五郎」と「神津恭介」から来ているんでしょうが、「葉村譲」は「葉村晶」と「信濃譲二」あたりが由来なのかな。では各エピソードの紹介と感想に移ります。
「最初でも最後でもない事件」 … 雑誌掲載時は「明智恭介 最初でも最後でもない事件」でしたが、書籍収録に伴って改題されている。今はほとんど使われていない神紅大学の旧サークル棟に窃盗犯が忍び込んだ。幸い容疑者はすぐに確保されたが、当人は「自分以外にも侵入者がいて、そいつに襲われて気絶したんだ」と証言する。前科があり、頻繁に嘘をついて証言をひっくり返すこともある男だっただけに警察は「単に転んで気絶しただけだろう」とまともに取り合わなかったが、明智恭介は「別の侵入者がいたと仮定して推理しよう、その方が話として面白い」と事件へ首を突っ込んでいく……存在したかどうかもわからない「謎の侵入者」を巡って「神紅のホームズ」を自称する明智恭介が事件解決に乗り出す、本書の中では比較的オーソドックスなストーリーの一編。真相だけ見るとそんなにスゴい話ではないのだが、そこに辿り着くまでの道筋が丁寧で読ませる。何より明智恭介のキャラが魅力的で、「名探偵なのか、はたまた迷探偵なのか」と彼の行動から目が離せません。一発目としては充分な内容でしょう。
「とある日常の謎について」 … シャッター通りと化している寂れた商店街「藤町商店街」に位置するボロビルが、なんと2000万で売れたという。誰が、いったいどんな理由でそんな大金を払ってボロボロのビルを買ったのか? 居酒屋で常連客たちが話す「日常の謎」に、アロハシャツ姿の一見客・明智恭介は嬉々として嘴を突っ込んでいくが……この作品はミステリ好きの間で有名なとあるエピソードを下敷きにしており、そのエピソードを知っているか知っていないかで反応が変わってくる一編です。ちょっとネタバレになりますが、繰り返し書店が出てくる割に何か本を買ったという描写が一向に出てこないので「ん? ひょっとしてこれ、アレのオマージュなんじゃないか?」と私も途中で気が付きました。それぐらい有名なエピソードなんですけど、そこを解説しちゃうと面白みがなくなるので触れられないというジレンマ。寂れた商店街にも「寂れる前」があったことを淡々と綴る話でもあるので、「とあるエピソード」を抜きにしてもしんみりした雰囲気に浸れます。
「泥酔肌着引き裂き事件」 … 雑誌掲載時は「泥酔肌着切り裂き事件」だったので微妙にタイトルが変わっている。ある夜、飲み会で泥酔した明智をタクシーに乗せ、マンションに送り届けた葉村。翌日明智から呼び出されて彼の部屋に向かうと、玄関に引き裂かれていた黒い布が落ちていた。「これは昨日、俺が穿いていたパンツだ」 泥酔していたせいで記憶が残っていない明智は、なぜパンツがビリビリに破れているのかという心底どうでもいい謎を一緒に推理しろと強要するが……本書の中でもっともバカバカしい事件を描いた一編。というか明智さん、黒パンツ穿くんだ……「生けるミステリ」である明智さんを観察するのが趣味という葉村もさすがにこれは「バカミス」だと気乗りしません。「バカミス」とは「バカバカしいミステリ」を指すスラングであり、罵倒的な表現のため定義が難しく、たとえ誉めているつもりであっても安易に「〇〇はバカミス」などと決めつけると論争っつーか喧嘩になりかねません。『六枚のとんかつ』みたいに自覚的なギャグとして書いてるパターンもありますけど、あれはあれで「わざとバカバカしく書いていてシラける」という意見もある。「大真面目に書いた結果としてバカミスになるのが至高」と主張する派閥もあってなかなか複雑なんです。さておき「泥酔肌着引き裂き事件」、状況こそバカバカしいもののミステリとしては真面目にロジック展開しており、短編作品としては本書随一の仕上がりかもしれません。ページ数も少ないし、「試しにどれか一編だけ明智恭介モノを読んでみたい」という方はこれをチョイスしてみるのも一つの手である。
「宗教学試験問題漏洩事件」 … 神紅大学の宗教学を担当する柳教授の研究室が何者かに荒らされ、金庫の中に仕舞っていた期末試験の試験問題を収めたUSBが盗み出されたという。大学側は大事にしたくないからと警察に届け出ず、内々で処理する方針を固めた。当然宗教学の試験問題は作り直しとなる。そう、盗難なんて発生したら「試験問題の作り直し」になるのは当たり前、犯人はそんなこともわからずにUSBを盗み出したのだろうか? たまたま騒動の際に近くに居合わせていつもの如く首を突っ込んだ明智恭介は、犯人の思惑もさることながら「関係者の誰にも犯行が困難だった」状況に頭を悩ませる。ページ数の割にはやや複雑なシチュエーションを描いており、「謎解きの密度」を重視する人にとっては美味しい一編だろう。個人的には「さすがにちょっと無理があるんじゃないかな」と感じたので評価が下がってしまったけど、このトリックに納得できる人ならば本書随一の面白さと思えるかも。ちなみにこの事件、『屍人荘の殺人』冒頭で名前だけ触れられていたものでようやく全容が明らかになったわけですが、作中で新たに「版権イラスト大量投下事件」なるものに言及しておりまだまだ語られざる事件が存在する罠。
「手紙ばら撒きハイツ事件」 … 依頼人の管理するアパートで、ストーカーとおぼしき人物の綴る気持ち悪い手紙が複数の住人のポストにばら撒かれていた――どうせ警察はまともに捜査してくれないだろうから、と探偵事務所に持ち込まれた依頼。所長の田沼は、人員不足から仕方なくアルバイトの大学生・明智恭介を伴って現場に向かうが……明智恭介のバイト先である「田沼探偵事務所」を描いた一編。田沼所長が語り部を務めており、いつもは探偵役として葉村を振り回す明智さんが助手役に回っているのがなかなか新鮮です。普通、ストーカーは特定の人物にしつこく付きまとって迷惑な手紙を投函し続けるものなのに、なぜこのケースでは複数の住人に手紙がばら撒かれているのか? これじゃストーカーというよりアパートそのものに対するイヤガラセではないか。捜査の端緒が掴めずに苦労する田沼所長、一方明智さんは助手として役に立とうと奮起するが、どうにも空回りしてしまう。明智さんがまだ一回生だった頃、つまり2年ほど前のエピソードなので葉村とも出逢っておらず、ちょっと頼りない感じです。これを初々しいって捉える人と、「もっと自信満々の明智さんが見たいんだよ!」って人とで読み口は異なってくるでしょう。謎解き面は「構造がやや複雑だけど解決の道筋はシンプル」という印象。
読めば読むほど名探偵になりたくて努力している、変人だけどいじらしいワナビーな明智恭介が愛らしくなってくる一冊。表紙見返しに「待望の<明智恭介>シリーズ第一短編集!」と書いてあるから恐らく第二短編集や第三短編集も出るはずだが、それはそれとして『屍人荘の殺人』以降で明智さんがちゃんと生きているのかどうか不安になってきたな……早く『屍人荘の殺人』を読み終えたい気持ちと読むのが怖い気持ちが鬩ぎ合う。いや迷ってたってしゃあない、肚を決めるか。次回更新までに読み通して感想書きます、と宣言しておこう。
・拍手レス。
しなこいもマキャヴェリズムも続いて欲しかった……。WADARA購入したので読むのが楽しみです!
つくづく残念……MADARAはさすがに今読むと時代を感じる部分が多いですが、熱気というか「当時の少年少女が夢中になった壮大でワクワクするムード」は伝わると思います。
2024-11-15.・ふと気が向いて『しなこいっ』を読み返した焼津です、こんばんは。やっぱ面白ぇ〜。
アニメ化した『武装少女マキャヴェリズム』のコンビによる連載デビュー作です。一応マキャヴェリズムとも繋がるポイントがあるけど、作品としては独立している。結構古い漫画で、連載開始はもう15年以上も前……15年!? 自分で解説していて時の流れに愕然としてしまった。もともとは「ジャイブ」という会社が出していた月刊誌“コミックラッシュ”の連載作だったんですが、ラッシュの紙書籍版が終了し電子書籍に完全移行する際、「紙媒体で続けたいから……」という理由で2011年に“月刊少年エース”へ移籍。タイトルは『竹刀短し恋せよ乙女』に変更されました。移籍作品はストーリーが途中から始まるせいもあって人気が伸びにくく、2013年に連載終了。ハッキリ言ってしまえば打ち切り作品です。しかしなんだかんだ5年も続いたマンガではあるので、リアルタイムで読んでいた私にとっては結構思い入れのある一作だ。作画面でちょっと……な部分はあるにせよ、勢いと熱があって読み返すに足る面白さを備えている。ちなみに、無印の『しなこいっ』(全4巻)はジャイブ時代の単行本で、『完全版 しなこいっ』(全2巻)は移籍に伴ってKADOKAWAから刊行されたものであり、収録内容は「ジャイブ時代の単行本+単行本未収録エピソード+連載前の読切」となっている。このためジャイブ時代の単行本→『竹刀短し恋せよ乙女』の順番で読むと単行本未収録エピソードが抜けてしまうためストーリーが繋がらなくなります、注意。
個人的には面白いと思っていますが、ストーリーにおける重要ポイントの説明を後回しにし続けたせいで全体像がわかりにくいという欠点があり、読み出した人は「剣戟モノだということはわかるけど話がよく見えない」と戸惑うかもしれません。整理していきましょう。『しなこいっ』はダブル主人公制で、男主人公の「榊龍之介」と女主人公の「遠山桜」がいます。物語は男主人公である龍之介の母「辰子」が立ち合いのさなかに命を落とすシーンから始まる。辰子の命を奪った相手は「鳴神寅(とも)」。龍之介は母の仇である寅を討つために旅立つ……という筋書きであれば「ほう、復讐モノか」とすぐに呑み込めるでしょうが、『しなこいっ』のストーリーはやや捻れており、龍之介が倒そうとしているのは仇の寅ではなくその娘、「鳴神虎春」なのです。寅は消息不明になっており、「娘である虎春が殺したのではないか」と噂されている。鳴神家の当主だった(高齢のため現在は退いている)「忠勝」は裏社会に根を張る「組織」の創始者であり、その影響力をもってすれば人の死を隠蔽するぐらい容易だという。龍之介は虎春の居場所を掴むため、鳴神家と関係のある道場を巡って道場破りの真似事を繰り返しており、ある日女主人公「遠山桜」の通う道場を襲撃する――という形でふたりの物語がクロスしていく。女主人公「遠山桜」は「短剣道」という短い竹刀(55センチくらい)を使う競技の選手で、本人は組織云々についてはまったく知らないが、祖父の「荒馬」が組織と関わっていた。荒馬は「番号持ち」という幹部クラスの存在であったが、組織における「番号」の意味合いが変わってきたこともあってその立場から降りようとする。すんなり足抜けとは行かず揉めたみたいで、組織の関係者たちが接触した直後に不審な死を遂げている。「組織の関係者たち」と迂遠な書き方をしたが、ハッキリ書いてしまえば鳴神忠勝と鳴神寅のふたりであり、鳴神家は桜にとっても仇の可能性が高いんです。道場破りということで最初は険悪な出遭いとなってしまった龍之介と桜のふたりですが、敵が共通しているらしい(あと龍之介の母である辰子は桜にとって憧れの剣士だった)とわかってきて共闘する運びに。そんな二人を「番号持ち」の刺客が次々と襲い掛かる……大枠としてはこんな感じです。
「組織」はあくまで物語を動かすためのギミックであり、フレーバー程度の設定しかなくそこらへんはあまり深く掘り下げられない。「恋せよ乙女」というくらいなのでラブコメ要素もあるけど、正直弱め。あくまでバトルに次ぐバトルが読みどころの剣戟アクションです。刺客だったり味方だったりする「番号持ち」は一番から十一番(予備)まで11人いますが、打ち切りのせいでまともに出番のない奴もいる。ちなみに女主人公の桜は当人の与り知らぬところで勝手に「六番」に認定されている。この番号、単純な強さの序列を示しているのではなく別の意味が込められているものの、経緯がわかるのはだいぶ先。「なんで番号持ちに認定されたヒロインが他の番号持ちに襲われるのか?」というのが複雑なところで、簡単に言うと「組織も一枚岩ではないから」になるんですが……番号持ちは組織の創始者である鳴神忠勝に盲従する「忠勝派」と、老耄がひどく暴君と化しつつある忠勝に付いていけなくなってきた「反忠勝派」、現在の鳴神家当主であり忠勝とは異なる思惑を抱いている鳴神虎春を中心にした「虎春派」の三陣営に分かれていて、桜を番号持ちに加えたいのが忠勝派、桜を組織のゴタゴタに巻き込みたくないのが反忠勝派、桜を排除したいのが虎春派――スタンス的に手が取り合えるはずの反忠勝派と虎春派が「保護か排除か」という桜の処遇などを巡って対立してしまっているので組織に蔓延る忠勝派を駆逐できないでいる。こうした詳しい事情が最終話の手前あたりでようやく判明するんですよね。打ち切りが決まって「もう尺がないから」と重要人物が次々と公園に集まってくるエピソード「かくして役者は総て壇上に」、勢いが完全にソードマスターヤマトのそれで笑ってしまう。
最終決戦は見開きでイメージが描写された後、バッサリとカットされています。最終決戦の前に龍之介と虎春の決着は既についていたんで、「最低限ファンのやってほしかったことは叶えてくれた」と言える。まともな戦闘シーンがなく、ほぼ顔見せだけで終わってしまった「三番」の「因幡月夜」も次回作『武装少女マキャヴェリズム』のメインキャラになったしVtuberにもなったから扱いとしてはだいぶ恵まれている方だ。なおマキャヴェリズムの後半には虎春も出演している。一番可哀想なのは「八番」の「八寝間齋天」(『しなこいっ』では「八寝間齊天」だったが、どっちが正しいのかよくわからない)か……本来なら桜が次に戦う相手となっていたはずの棒術使いで、対八寝間戦を想定した修行も長めに積んでいたのに。桜の師匠「猪口安吾」(十一番)とも因縁があるらしいが、尺不足で詳細は霧に包まれている。というか若い頃の安吾師匠、何度見ても別人だなこれ。あの顔から速水奨(ドラマCDでCVを担当した)の声が出るってマジ? あとは「生死不明」という扱いにしてしまったせいで回想にちょこちょこ出てくることぐらいしかできなかった寅さん、顔芸しながら「おしまい おしまい」と嘯くシーンが好きなので残念でした。生きているのか死んでいるのかはハッキリしましたが、尺がないから「ハイ、この話題終わり! 次!」ってなっちゃうのが悲しい。いろいろともったいないところがあるマンガですけど、やっぱり好きだなぁ、と再確認しました。
・『MADARA ARCHIVES』電子版がセール、全巻購入でも396円という破格の安さに、11月21日まで
『MADARA』の豪華愛蔵版として刊行された『MADARA ARCHIVES』、全部で4セットあって各セットごとに単行本3冊が収録されているんだから1冊あたり33円(税込)になるわけでメチャクチャ安い。通常だと16280円だから概ね98%オフですね。ちなみに電子版はセット版だけでなく単巻版(各単行本をバラ売りしたもの/全12巻)もありますけど、セール対象はセット版のみ。単巻版は対象外なので間違えないよう注意しましょう。
MADARAについて語り出すと思い入れが深いせいもあって長くなり過ぎてしまうので詳しいことは割愛して、概要のみザックリと。MADARAとはもともとゲーム雑誌に連載されたマンガであり、掲載媒体の関係もあってセリフは横書き、ページを開く方向も逆だから慣れないうちは戸惑うかもしれません。原作者である大塚英志がゲームの企画として考えていたネタであり、導入で察する人も多いだろうが手塚治虫の『どろろ』がベースになっている。生まれてすぐ化物たちに体のあちこちを奪われ、義手や義足などのカラクリ(ギミック)で補っている主人公「マダラ」が己の出生の秘密を辿りつつ壮絶極まりない闘争へ身を投じていく貴種流離譚なヒロイック・ストーリーで、本来の体を取り戻せば取り戻すほどギミックがなくなり弱体化していく……という「レベルアップして強くなる」通常のRPGとは逆に「レベルダウンして弱くなっていく」というのが企画コンセプトでした。作画を担当した田島昭宇(FGOでテスカトリポカのキャラデザをした人)の技術向上は凄まじく、初期と終盤ではほとんど絵柄が別物になっている。
原作の大塚英志が勢いで「MADARAは108の物語から成る」と宣言したせいで途轍もなく構想規模の大きい物語となってしまったが、実際に108個もストーリーがあるわけではないのでそこは安心してほしい(108の内訳は「8の本編と100の外伝」なのだが、そもそも本編が8個もありません)。メディアミックスも盛んだったし、「これ本当に108の中に入れていいのか?」と迷うようなスピンオフ(『幼稚園戦記まだら』とか『少年忍者バサラくん』とか)まで含めると全容を掴むのも困難な一大プロジェクトながら、『MADARA ARCHIVES』はプロジェクトの「芯」に当たる部分――「田島昭宇が描いたマンガ作品」のみを収録している。
まず『魍魎戦記MADARA』、すべての始まりとなったマンガです。他と区別するために「MADARA壱」と呼ぶこともある。セット版と1セット目と2セット目、単巻版の1〜5巻がコレに当たる。ゲーム雑誌で連載されていたマンガなので突然ステータス表示が出てくるなど「ゲームっぽい演出」が加えられていたが、ARCHIVESではステータス表示がなくなって普通のマンガっぽくなっています。出だしは「人間vs化物」というオーソドックスなファンタジーだが、進むにつれてどんどんスケールアップしていく。人気が出たおかげでゲーム化も果たしたけれど、「ファミコンソフトの発売に合わせて完結させないといけない」事情もあって終盤はやや駆け足気味。マダラはラスボス「ミロク」を追うべく次の戦場に向かって時空超越し、「戦いはまだまだ始まったばかりだ」というところで終わる。MADARAのキャラたちは何度も転生を繰り返して時代と舞台を変えて争う、いわゆる「転生戦士モノ」(現在なろう等で流行っている異世界転生モノとはだいぶノリが異なる)なんですが、全員が全員同じタイミングで転生するわけではないので若干のラグが生じることもある。
その「ラグ」を描いたのが『魍魎戦記MADARA赤』、マダラたちが先に転生して取り残される形になった「聖神邪」をメインキャラに据えたエピソードで、時系列的には「MADARA壱」の後日談に当たる。「赤」は「アカ」ではなく「ラサ」と読む。人間同士の争い(一部人外化してるけど)が軸になっている。私が初めて読んだMADARA作品であり、田島昭宇の画風には衝撃を受けたものでした。セット版の3セット目、単巻版の7〜9巻が該当します。似たようなタイトルとして『MADARA青』(全5巻)があるが、これはもともと『ギルガメシュ・サーガ』というタイトルで発表していた「花津美子」のマンガ作品であり、MADARA関連作品ではあるがARCHIVESには収録されていない。同題のせいでややこしい「MADARA青」(田島昭宇が描いた短編)は『MADARA転生編』に収録されています。赤が完結した後『多重人格探偵サイコ』の連載が始まったこともあり、以降は田島昭宇がMADARA作品に本格的に取り組むことはなくなりました。
『魍魎戦記摩陀羅BASARA』は「MADARA壱」や「MADARA赤」よりもだいぶ後――つまり「転生後」のストーリーを紡いでいる。「伐叉羅(バサラ)」という少年が主人公だから現在は「BASARA」となっているが、連載当時のタイトルは『魍魎戦記MADARA摩陀羅弐』。なので旧来のファンは「MADARA弐」や「摩陀羅弐」と呼ぶこともある。作中の時系列的には壱→赤→弐だが、発表順は壱→弐→赤です。セット版の4セット目(ラスト)、単巻版の10〜12巻が該当。大塚英志が「108の物語」云々と大風呂敷を広げたのもこのMADARA弐あたりからだったそうだ。転生後ゆえ大幅に状況が変わっており、MADARA壱の続編として読もうとすると最初は「???」になるかも。そもそもMADARAにおける「転生」はメディアミックスによるシェアワールド化を想定してか細部が物凄く曖昧になっている。これがたとえばガンダムの宇宙世紀モノであれば、後付けだらけとはいえ年表を持ち出して「ここらへんの出来事」と指すことができますけど、MADARAは転生する先が「同じ世界の別大陸」ということもあれば「まったくの別世界(パラレルワールド?)」ということもあり、転生の順序がハッキリせず年表に起こすことができないんですよ。「時空を超越する以上、過去に転生することもある」ので、もう何が前世で何が来世なのかワケがわからない。設定上「転生編」が最後ということになっているけど、MADARA壱が最初というわけではない(壱よりも昔に当たる「マダラの前世」が存在する)し、起点や経路を図にすることができない。とにかく俯瞰して見下ろそうとしても手掛かりが少なすぎるんです。
『MADARA転生編』はMADARAにおける「108番目のエピソード」、つまり完結編に位置づけられる。ラジオドラマとして放送されたらしいが聴いたことないのでよく知りません。舞台を現代日本に移し、転生戦士たちの長きに渡る闘争へ終止符が打たれる……ということでファンからの期待は大きかったものの、いろいろ問題があったのかマンガ作品としては未完に終わりました。転生編がスタートしたのは1990年頃で、まだ他のMADARA作品が動いている最中だったから「完結編はもうちょっともったいぶる必要がある」って事情もあったんです。MADARAはメディアミックスも盛んだっただけにいろんな権利が絡んで、原作サイドが「そろそろ終わらせたい」と願ってもその意向が通りにくい状況に陥っていたんじゃないだろうか。マンガ版の『MADARA転生編』は短編の寄せ集めで、転生編に該当するのは「赤い綬陀矢」と「風の沙門」のみ。他はMADARA壱やMADARA赤の外伝です。言うなれば「完結編のプロローグだけ掲載している短編集」です。単巻版の6巻で、セット版の2セット目に収録されているんですが、これだけ縦書きになっていてページを開く方向が逆だから電子のセット版を購入した場合は巻末から読み出さないといけません。
転生編の続きは『MADARA MILLENNIUM』というタイトルで小説化するも未完。後に改題加筆して『僕は天使の羽根を踏まない』というタイトルで一応小説作品としては完結します。ただ、「転生編」の後日談として書かれた小説『摩陀羅 天使篇』は未完。「天使篇」はラスボスに敗北した後を綴るEXTRAエピソードであり、雰囲気は非常に陰鬱でショッキングな展開が目白押し。「転生編」でMADARAを終わらせたかったのに諸事情から終わらせることができなかった大塚英志の鬱憤をブチ撒けたような内容、当時小学生だった私は絶句したものでした。「終わらない昭和」を背景にMADARAのみならず様々な大塚原作マンガがクロスオーバーするアベンジャーズじみた作品で、「企画書は提出済みだからKADOKAWAがその気になれば今からでも完結させられる」状態らしいが、もうKADOKAWA側に大塚英志の担当者が残っていないため目処が立たないとのこと。大塚の構想では「摩陀羅が弥勒化し並行世界すら消滅させる破壊神となってしまう」「108ある世界のうち107が既に消滅」という「主人公がラスボス化」な展開もあったらしいが、今から出すと『斬魔大戰デモンベイン』と被っちゃう(並行世界の一つでデモンベインが渦動破壊神と化し、たった一つの世界を残して他の並行世界すべてを滅ぼしてしまう、残った世界も滅亡寸前だが時間を引き延ばすことでギリギリ存続している)な……ちなみにMADARAと同じく田島・大塚コンビの作品『多重人格探偵サイコ』にも「転生編」や「天使篇」のキャラが出演していますが、これは同一世界というよりスターシステム的な奴かな。噂によると田島と大塚はかなり疎遠になっている(『僕は天使の羽根を踏まない』のイラストも田島ではないし、『多重人格探偵サイコ』も途中から田島の描きたいことを優先させたため大塚の脚本から外れていった)そうだから、よほど有能で敏腕な編集者が橋渡しするんでもないかぎり田島・大塚ががっつりコンビを組んでMADARA新作に取り掛かるなんて奇跡は起こらないでしょうね。
結論を申し上げますと、「物凄く壮大で、田島昭宇の絵もどんどんレベルアップして読み応えのあるマンガになっていくけど、物凄く複雑で、マンガ作品としては完結していない」ため新規の方には微妙にオススメしづらいです。「続きは小説で!」なうえ小説も厳密には完結していないからなぁ……でも全巻まとめて買ってもワンコイン未満というのはやっぱり破格の安さですから、迷うぐらいならさっさと購入するが吉です。MADARAとは関係ないけど『Get Backers 奪還屋』が全39巻セットで429円というセールも開催中でなかなかヤバい。
・三枝零一の新作『魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】』 2025年1月10日発売予定
えっ、将軍(三枝零一のネット上の綽名)の新作が!? そういえばウィズブレを完結させたら新作も出すとか言っていたような……私の記憶はズタボロなのでいまいちハッキリしないが、とにかく新作! 今までずっとウィズブレしか書いて来なかったから、24年ぶりの新シリーズ開幕ですね。まさかこんな日が来ようとは……。
ウィズブレこと『ウィザーズ・ブレイン』は2001年に始まったシリーズであり、「物理学に基づく魔法を使って戦う」という非常に厨二心をくすぐるSFファンタジーで多くの読者を魅了しましたが、だいぶ遅筆で新刊がなかなか出ないことも有名であり、「9年近く新刊が出なかった」という暗黒期まで存在するほどです。それでもなんとか再開し、1年足らずの間に4冊も新刊を出して完結させた&短編集も出したんだから暗黒期についてはファンも既に水に流している。あと将軍は関係ないけど、同じ日に『錆喰いビスコ』の完結巻も出ます。少し間が空いたけどウィズブレに比べれば……という感じなのでそこはそんなに驚かなかったが、360ページで1089円(税込)という価格設定にはビックリしたな。確認しないでレジに持って行ってギョッとなる人も現れそう。
・葉真中顕の『鼓動』を読んだ。
映画にもなった小説『ロスト・ケア』でデビューした作家「葉真中顕(はまなか・あき)」の最新作。なお『ロスト・ケア』以前にも「はまなかあき」名義で『ライバル おれたちの真剣勝負』という将棋を題材にした児童小説を出版しており、3年ほど前に現在の名義で再販しています。『鼓動』は2年ぶりの新刊で、単著としては13冊目に当たる。評価は高く第37回山本周五郎賞の候補にもなっています。ただ、ライバルが『地雷グリコ』だったせいで受賞は逃すという『エレファントヘッド』みたいな現象が……3つも賞を獲っているので他の作品について調べているときでもたびたび立ちはだかってくるんですよね、『地雷グリコ』。
2022年、6月。まだコロナ禍のさなかにあった頃。公園でホームレスの女性が殺され、その遺体が燃やされた――通報を受けて駆け付けた警察官たちは、現場から離れようとした男性をその場で逮捕。48歳で無職だという被疑者「草鹿秀郎」は容疑を認め、「父親のことも殺した」と供述する。確認のため公園の裏手に位置する被疑者の自宅へ赴いたところ、階段脇の物置から腐敗の始まった高齢男性の遺体と凶器とおぼしき血まみれの包丁を発見。長年自宅に引きこもっていた草鹿は「末期癌の父親を介護したくなかったので殺した」と嘯く。いわゆる「無敵の人」の犯行は世間の耳目を集めると予想され、「ひとつも瑕疵がないようしっかりと裏取りを行え」と捜査員たちに指令が下った。草鹿は反省の弁こそ述べないものの受け答えはしっかりしており、事件はほぼ決着していて後は証拠固めをするのみかと思われたが、被害者であるホームレス女性の身元がなかなか掴めない。所持品として見つかった健康保険証は偽造されたものであり、記載されている住所もデタラメで現実には存在しなかった。目撃情報を頼りに少しずつ被害者の足取りを辿っていく刑事たち。その先に待ち受けていた真相とはいったい何か……。
物語は被疑者である「草鹿秀郎」の生い立ちを回顧する過去パートと、刑事「奥貫綾乃」が事件を捜査する現在(2022年)パートが交互に進行していく形式で綴られる。奥貫綾乃は既刊の『絶叫』や『Blue』にも登場するキャラであり、シリーズ作品としては3冊目に当たるが話は独立しているのでここから読み出しても問題はありません。草鹿は1974年生まれという設定なので1976年生まれの作者と同年代。私は80年代生まれだから少しズレているのですが、「ジャンプが170円だった」「ファミコンソフトに夢中になった」など読んでいて懐かしくなる要素がいっぱいで多少のズレは気にならなかった。当時を知る人なら「『BASTARD!!』のカラーページを切り抜いてクリアファイルに入れたものを学校に持って行ってオタクとイジメられた」という箇所に「あぁ〜」と溜息みたいなものが出てしまうだろう。今や『BASTARD!!』よりも煽情的な少年マンガなんて珍しくなくなっているが、80年代や90年代の頃は「『BASTARD!!』なんて人前で大っぴらに読むものではない」という空気が確実にあったし、ナイショ話で「『BASTARD!!』の単行本を持っている」ことを打ち明ける子もいるぐらいだった。もう少し時代が下ると『プリンセス・ミネルバ』とか『爆れつハンター』をコソコソ楽しむ子が増えていったかな……『ときめきメモリアル』みたいなギャルゲーも割と「恥ずかしいもの」扱いでしたね。大学卒業以降は具体的な漫画やアニメのタイトルが出てこなくなり、「社会の動き」だけで時間の流れを表現するようになるため「被疑者がオタク」というのは要素の一つに過ぎなくなる。そこは少し物足りなかったかな。「引きこもり」という要素が主で、「オタク」という属性に関しては従というかフレーバーです。
あまり複雑な謎はないから「これ犯人の過去を掘り下げる意味があるのかな?」という疑問が湧く瞬間もあったけど、丁寧な文章でリーダビリティを高めており退屈せずスイスイと読めた。少しずつ明らかになっていく身元不明女性の素顔。やがて予想だにしなかった事実が明らかになる……という具合にサプライズ要素も仕込まれていますが、「驚天動地のどんでん返し」みたいなノリではなく「ちょっとビックリ」ぐらいのテンションです。あっという間に読み切ってしまうスピード感が売り。良くも悪くも『絶叫』や『Blue』みたいな重厚感はなくて読みやすいです。トシのせいか気合を入れて取り組まないといけないような作品には胃もたれするようになってきたんですよね……。
・拍手レス。
俺は星間国家の悪徳領主!を読みましたがテンポよく進んで往年の勘違い物らしさがあって面白かったです。紹介に感謝
趣味に走りつつ読者の期待に応える内容で面白いですよね。なろうは結構SF物もあるし、これからどんどんアニメ化していってくれないかなぁ。
2024-11-09.・最近1巻が出た(出る)漫画、『聖なる乙女と秘めごとを』と『ゆめねこねくと』をオススメする焼津です、こんばんは。
『聖なる乙女と秘めごとを』は「ヤンマガWeb」で連載中のエロコメ。童貞の主人公が異世界に召喚されるところから始まり、この手のお約束として特別なスキルを女神から与えられるのですが、なんとそれがエロ限定。戦闘能力は一切なく、従って「魔王を倒せ」みたいなクエストも発注されません。主人公がこなすべきクエストは「次代の女神候補である聖女たち4人に性指導を施す」という予想外の代物。なんでもこの世界は女神の任期が1000年らしく、主人公を召喚した女神はそろそろ任期が切れるため次代の育成に本腰を入れ始めたという。女神はエッチであればエッチであるほど世界に繁栄と豊穣をもたらす――男子禁制たる花の都「マロア」で、世のため人のため異性に対する免疫ゼロの乙女をエロエロにせよ! 概要は非常にバカバカしいが、可愛い女の子たちが少しずつ性の快楽に溺れていく過程を淡々と丹念に綴っており、この静かなムードが却って興奮を煽る仕様となっている。潮を噴いたヒロインが仰向けになって両手を組み、「上はお祈り、下は大噴水、これな〜んだ?」となるシーンは芸術的な美しさだ。1話目が長いこともあって1巻は4話までしか収録されていないけど、本番は第12話の「赴くままに花を散らせば」以降。人々が見守る中で公開素股プレイをすることになった主人公とヒロイン、だが高まる気持ちを抑えられなくなったヒロインは「神よお許しください」と囁いて主人公の承諾を得ないまま挿入してしまう。「寸止めとかする気ねぇから!」と力強く言い切る内容で、もうほぼエロゲですね、これ。キスシーンもねっとり描いていて素晴らしいし、是非長期連載してほしい一作。
『ゆめねこねくと』は簡単に言うと「『To L〇Veる』+『ドラ〇もん』」なドタバタエロコメディ。秘密道具ならぬ宇宙商品を与えられた主人公の周りで巻き起こるエッチな騒動を勢いのある筆致で小気味良く描いており、「これはアニメ化待ったナシだな」と確信させてくれる。新人なので若干画力が不安定なところはあるが、それすら気にならなくなっていくほどノリがばっこり抜群で面白い。今ならマガポケで最新話以外無料公開中です。ギャグもエロも高水準なうえ魅力的な女の子がどんどん増えていくのが嬉しいよね……ドラ〇もんポジションのナノは順調にヒロイン力が低下していっているが、委員長や先輩といった魅惑的なキャラたちがアツいデッドヒートを繰り広げていて目が離せない。ノリは異なるけど『よわよわ先生』や『カナン様はあくまでチョロい』、『生徒会にも穴はある!』と肩を並べて「講談社えっちコメディ四天王」となり得る資質があります。え? 上で挙げてる『聖なる乙女と秘めごとを』や『恥じらう君が見たいんだ』は四天王入りしないのかって? 本番までイッてるのは「えっち」というより「エロ」で個人的にちょっとカテゴリが違うと申しますか……最近だと『色憑くモノクローム』もあるし、四天王の面子は人それぞれかもしれません。『みょーちゃん先生はかく語りき』あたりになるとエロなのかえっちなのか分類が難しいんだよなぁ。
・前回感想を書いた京極夏彦の『狐花』、来月にもう文庫版が出ると知ってブッ魂消た。ハードカバー版が出たの7月ですよ? 半年も経っていない……なんぼなんでも早すぎない? 300ページ弱で968円(税込)と文庫にしてもそこそこお高い一品ですが、ともあれ気になっている方は文庫版が出るまで待つという選択肢が増えて良かったのではないかと。
・『うたわれるもの ロストフラグ』5周年イベント「願い焦がれしあの唄を」開催中
まあ、そう来るよね……と納得するしかない人選。ロスフラ5周年記念として今月下旬に開催される廻逅祭ガチャの目玉はハクオロ最初の妻でありヒミカの母でもある「ミコト」と確定したも同然ではないか。大物中の大物だからいつかは来ると思ったけど本当に節操ないなロスフラ!
ミコトはハクオロがまだ「アイスマン」と呼ばれていた(つまり人類がまだ滅んでなかった)頃、アイスマンの遺伝子を複製して作られた実験体の一人であり、同世代の「ムツミ」と違ってあまり特殊な力は持っていないが、彼女がいなければ『うたわれるもの』の壮大なストーリーは始まらなかった。『うたわれるもの』のキャラにとっては神話に出てくる女神のような存在である。ロスフラのイベントストーリーにおいて「日天之神(ラヤナソムカミ)」と呼ばれるシーンがあるけど、マジで日天之神(太陽神)はミコトが由来の可能性もあります。というか、うたわれ本編だとスオンカスがカルラを讃えるときに引き合いに出す程度で割と謎に包まれた神だったんですよね、ラヤナソムカミ。単に「私の太陽」くらいの意味だろうと深く気に留めてなかったが、女性を讃えるために用いるなら女神と捉えた方が自然か……?
他、追加ストーリーでミコト以外のいろんな情報も明らかになっています。まず、黒エルルゥは黒ウィツの依代ではないことが確定しました。黒ウィツの依代である「黒き皇」と契約して超常の力を得たのであって、ディーの先代に当たる「黒き皇」はまた別個に存在しているらしい。ディーみたいに完全に人格を消し飛ばされたわけではなく、「世界平和のためにすべての國を統一する」という願いだけが残っていて、それを叶えるために大戦を繰り広げていた模様。でもどこかで(クンネカムンがラルマニオヌを滅ぼしたあたりで?)限界が来て依代が亡くなり、思念だけの状態に戻って眠りに就いたところへディーが接触してきた……という感じなのかな。白ウィツ側に比べて黒ウィツ側は語られていないことが多くてどうしても推測だらけになってしまう。ロスフラ本編のストーリーでようやくアクタの黒い仮面が黒ウィツ由来のものと確定したけど、黒ウィツがロスフラ世界においてどれだけの影響力があるのかよくわかってないし。というか最近のロスフラ、細かい謎をうっちゃって本編を畳みにかかっているのではないかという不安もうっすらと漂う。せめて「悪漢ラクシャイン」の真相だけでもハッキリさせてほしいのだが……。
※悪漢ラクシャインとは? …… うたわれ1作目で記憶喪失の主人公「ハクオロ」はクッチャ・ケッチャの皇「オリカカン」から「お前の正体は我が義弟ラクシャインではないのか」と疑いをかけられる。ラクシャインは妻子と何百もの同胞を己が欲のために殺し、瀕死の重傷を負ったうえで行方不明になった。記憶のないハクオロは「自分はそんな悪人だったのか……!?」とショックを受け、オリカカンの言葉を信じたトウカは「悪漢ラクシャイン」と罵るが、オチをバラすとすべて濡れ衣でハクオロの正体はラクシャインではなかった。やがてオリカカンは至近距離でハクオロの顔を見るが、仮面を付けてなお別人とわかるぐらいラクシャインには似ておらず「あいつに謀られた!」と気づいて激怒した直後、吹き矢による毒針を受けて悶死する(アニメではニウェに射殺された)。
ウルトリィの解説によるとオリカカンは強烈な暗示を掛けられ、偽りの記憶を真実と錯誤して行動していたという。暗示を掛けた「あいつ」は黒ウィツの依代たるディーだが、どこまでが「偽りの記憶」だったのかはハッキリしない。オリカカンの部下が大人しく従っていたことを考えると少なくとも「ラクシャインという義弟がいた」ことや「その妻子や同胞が死んだ」ことは確かだろう(ラクシャインや大量死自体が存在しないのであればいくら何でもクッチャ・ケッチャの連中が間抜けすぎる)が、そのラクシャインが本当に「妻子と何百もの同胞を己が欲のために殺した」のかどうかは不明。たとえばニウェが暗殺部隊を動かしてラクシャインに濡れ衣を着せた、という可能性もあるし、ラクシャイン本人が下手人だとしても「己が欲のため」ではなく他に理由があったのかもしれない。「ラクシャイン裏切り説」の場合、一人で虐殺を起こしたとは考えにくいからある程度の手勢を率いていたはずで、彼らにも裏切り者のラクシャインに従うだけの事情はあったはず。順序としては「オリカカンの妹(ラクシャインの妻)を始めとしたクッチャ・ケッチャの民がたくさん死ぬ→真偽は不明だが義弟のラクシャインが首謀者であると確信し、追い詰めたものの深手を負わせたところで取り逃す→せめて死体だけでも持ち帰ろうと捜索しているさなかにディーが接触、暗示を掛けられる→ラクシャインは生き延びてハクオロと名乗っていると思い込む」って感じだと思う。あくまで「記憶がなくなる前のハクオロはとんでもない悪漢だったのではないか」と揺さぶりをかけるのがクッチャ・ケッチャ編の狙いであって、「本物のラクシャインがどんな人物で、何を思い、何を為したか」はストーリー上あまり重要ではない。「悪漢」として罵られているという事実だけあれば充分であり、その内実は求められていなかった。下手に訳アリだったりすると「ハクオロの正体は悪漢ラクシャインなのではないか」というサスペンスがボヤけてしまう。なんであれラクシャインは死んでもおかしくないくらいの手傷を負って行方知れずになっているから、恐らくそのまま落命したのであろうし詳しい真相は闇の中……「ハクオロがラクシャインではない」と判明した時点でクッチャ・ケッチャ編はほぼ終了したも同然なので、今後も深く掘り下げられることはないだろう、と流されていたのがうたわれミステリーの一つ「悪漢ラクシャイン」です。うたわれ1作目は後半がかなりバタバタして説明の足りない部分多いから、ぶっちゃけラクシャイン云々はすぐにどうでもよくなっちゃうんですよね。
しかしロスフラでまさかの登場を果たし、「彼に関する真実も明らかになるのでは?」と期待されました。が、今のところ判明しているのはロスフラ世界においてラクシャインは教団(カラザ)の旗長(複数の部下を率いる将軍のような役職)で「咎渇旗」と呼ばれていることと、シシクマという國からの出向者でありシシクマのために暗躍してるっぽいことくらい。元の世界における来歴はもちろん、ロスフラ世界に迷い込んだタイミングすらもわかっていない。素直に考えるなら、深手を負った直後にロスフラ世界へ転移したからうたわれ1作目では捜索隊に見つからなかった、ってことなんだろう。大社襲撃の際、繋がりが露見しないようしくじった襲撃犯たちを始末する(&始末を命じる)件があり、そこらへんを読むと「目的のためなら手段を選ばない男」「しかし冷酷に徹し切れるわけではなく『悪く思うな』などと漏らしてしまう」などといった印象が得られる。結局、彼は悪漢なのか? 悪漢ではないのか? その答えが出る日は訪れるのであろうか。
・青崎有吾の『地雷グリコ』読んだ。
第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞、第37回山本周五郎賞と3つも賞を獲ったうえに第171回直木賞の候補にもなった(受賞は逃した)話題作だから今更解説不要の一冊ではあるが、面白かったのだから感想を書き残しておくことにします。作者の「青崎有吾」は鮎川哲也賞を受賞してデビューしたミステリ作家であり、当初は「マニアックな人気がある」という感じだったが“アンデッドガール・マーダーファルス”シリーズがアニメ化したり“ノッキンオン・ロックドドア”シリーズがドラマ化したりした末にこの『地雷グリコ』がトドメを刺して「売れっ子作家」の仲間入りを果たしたという印象がある。最近は“シャーロック・ホームズ”シリーズのパスティーシュである『ガス灯野良犬探偵団』の漫画原作を担当していて、こちらも面白いのでオススメ。1〜2巻はメンバー集めをしながらストーリー展開していくので少し盛り上がりに欠けるところはあるが、3巻あたりでだいぶキャラが出揃ってきてヒートアップします。
話を『地雷グリコ』に戻す。ほとんどの人にとっては「変なタイトルだなぁ」というのが偽らざる第一印象でしょう。本書は連作形式で、「射守矢真兎」という女子高生をメインに据えて5つの物語(+エピローグ)を綴っている。表題作の「地雷グリコ」は一番最初の物語で、「本書がどういう趣向の小説であるか」を示す、要はチュートリアルみたいな内容になっています。漫画で言うとカイジ、ライアーゲーム、嘘喰い、賭ケグルイ、ジャンケットバンクなどに近接した「頭脳戦モノ」であり、既存のゲームをアレンジしたオリジナルゲームに様々なものを賭けて真兎が挑んでいく……という、構成自体は非常にシンプル。だんだん勝負の内容がエスカレートしていくものの、最初の「地雷グリコ」で賭けているのは「文化祭における屋上使用権」と、割合他愛もないものである。どうしてもこういう頭脳戦モノはギャンブル要素と分かちがたく、雰囲気が殺伐としてしまいがちだが、そのへんをうまくコントロールして「程々に爽やかなノリ」を生み出すことに成功しています。この匙加減が難しいんですよね……傍から見れば他愛のない勝負でも、本人たちは真剣にやっている、ということを説得力を持って描かねばならない。内容どうこうというより、この「雰囲気づくり」に成功している点が高評価の理由なのかな、と思いました。
もちろん頭脳戦パートも抜かりなく作り込まれている。「地雷グリコ」はチュートリアルということもあってかシンプルにまとまっており、先が読めた人も少なくないだろうけど、「坊主衰弱」「自由律ジャンケン」「だるまさんがかぞえた」「フォールーム・ポーカー」と進むにつれてゲームも複雑化していき「そう来たか!」と唸る展開の連続となります。個人的に「だるまさんがかぞえた」は完全に意表を衝かれた。こういう頭脳戦モノは駆け引きが複雑化するにつれて読者の方が付いていけなくなる……という現象が起きてしまいがちですが、「読者にとって馴染みのある既存のゲームをアレンジする」工夫によってだいぶ理解しやすくなっており、頭脳戦モノが苦手な方でも比較的「付いていける」仕上がりです。
ストーリーの後半に差し掛かったあたりで真兎と因縁があるらしい生徒の名前が出てきて「宿命の対決」みたいなノリへ移行していきますが、散々引っ張った末に「以下次巻(刊行時期未定)」なんていう噴飯物のエンドを迎えることもなく、ちゃんとこの本で因縁が決着します。ひどいのだと因縁が決着するどころか「そもそもどんな因縁があるのか」すら伏せたまま引っ張ろうとするシリーズもあるわけですから、一冊でキッチリとキリの良いところまで収めているのはポイントが高い。インタビューによると「地雷グリコ」は単発作品として書かれたもので最初は連作化するつもりもなかったそうだが、読んだ編集者が気に入ったおかげでシリーズ化することになったとのこと。これだけヒットしているのだから当然続編の執筆も視野に入っているだろうが、実は『地雷グリコ』、本にまとまるまで6年くらい掛かってるんですよね……やはりゲームと小説を融合させるのが大変らしい。このペースだと次の巻が出るのは早くても3年後とかになりそう。インタビューにおける編集者の口ぶりからすると単純な続編じゃない可能性もあり、その場合は思ったより早く出るのかもしれません。ちなみにコミカライズもスタートしており、いずれアニメ化なりドラマ化なりする可能性も高まってまいりました。分量的にちょうど1クールで収まりそうだからサイズ感としてはちょうどいい。とにかくあまり尖ったところはないけれど「こういうのでいいんだよ、こういうので」って要素で固めた、非常にバランスの良い青春頭脳戦小説です。頭脳戦モノじゃないけど青春小説と言えば『成瀬は天下を取りにいく』もイイですよねぇ、とにかく成瀬のキャラが立っていてストーリーがどうこうというより彼女の行動をひたすら追っていきたい気持ちになる。続編の『成瀬は信じた道をいく』もあっという間に貪り読んでしまった。3作目が待ち遠しい。
・拍手レス。
面白いですよねらーめん再遊記。なんというか話作りが巧いんですよね。
社長をやめて身軽に動けるようになったぶん、話作りの幅が広がって自由にあれこれやれる感じになってますね。
管理人:焼津
※当サイトはリンク&アンリンク・フリー。