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リレー小説「魔法少女忌譚修」(第13話−10/12)


2026-02-02.

「ヤニねこ」TVアニメ化 にゃんにゃんファクトリーが描くクズ獣人の日常(コミックナタリー)

 アニメ化……と思わせてアニキ化! なんて巫山戯た真似をしていましたが、アレはフェイントで本当にアニメ化すんのかい。絶えず煙草(ヤニ)を喫んでいるニコチン依存症気味なネコ(獣人)を主人公に据えた日常ナンセンス・コメディで、下ネタというかお下劣なネタが多く、しょっちゅう画面にモザイクが入る。「絵柄の可愛いどおくまん」「令和に適応した徳弘正也」といった評もあります。作者の「にゃんにゃんファクトリー」は合同ペンネームで、4人の漫画家が手分けして描いている。おかげで「汚いCLAMP」と呼ばれ、CLAMPに風評被害が及んでいる始末。

 主役に抜擢されたのは「夏吉ゆうこ」、少し前に『笑顔のたえない職場です。』で主演した声優です。最近だと『超かぐや姫!』の「かぐや」役で話題になっています。過去の作品だと『SHOW BY ROCK!! ましゅまいれっしゅ!!』「マシマヒメコ」役、『アサルトリリィ BOUQUET』「白井夢結」役、『シャインポスト』「聖舞理王」あたりで印象に残っている人が多いのではなかろうか。ちなみにウマ娘では「シュヴァルグラン」、グラブルでは「サブリナ」、ブルアカでは「杏山カズサ」を演じているのでソシャゲやってる人なら心当たりがあるかも。

 制作は「バイブリーアニメーションスタジオ」、きんモザやグリザイアのアニメでお馴染み「天衝」が設立した会社です。代表作は『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』、あと『ウィッチウォッチ』もココでしたね。『ブラック★★ロックシューター DAWN FALL』とか『プリマドール』とか『魔法少女マジカルデストロイヤーズ』とか、「なんか変なアニメ作るところ」でもあり、『ヤニねこ』は明らかに「なんか変なアニメ」の系譜に連なる作品である。監督は「木村拓」、「マッドハウス」出身で現在は「スタジオ・レモン」というアニメ会社に所属している模様。仮にアニメ化するとしても簡単作画の紙芝居ショートアニメと思っていたんで、やけに手の込んだ作画のティザームービーにビビる。コンプライアンスに中指を突き立てるような作品ゆえBPOに苦情が殺到しそうな気もするが、果たして最終回まで放送できるのだろうか?

「凶乱令嬢ニア・リストン」TVアニメ化 武人が転生した病弱な令嬢役に井上ほの花(コミックナタリー)

 このニュース、喜んでいるファンは多くても驚いているファンは少ないと思います。「ようやくか」って感じ。『凶乱令嬢ニア・リストン』、なろう掲載時は「狂乱令嬢ニア・リストン」でしたが、「狂乱」だと正気を失っているようなイメージを与えるためか商業版では「凶乱」となっています。「ニア・リストン」という病弱な令嬢が亡くなった直後、強さを求めて戦い続けた最凶の武人「???」の魂がその体に入り込み、息を吹き返した。前世の記憶があやふやで、自分の名前も思い出せない???はニア・リストンとして第二の人生を歩み出す。一度目の人生と同じか、それ以上に血塗られた暴力の道を。魂は、己の銘を忘れても、血が滲む想いで修めた業の数々を憶えていた……という「ぅゎょぅι゛ょっょぃ」系転生ファンタジーです。

 今、こういう「ムチャクチャ強かった武人とか騎士とかが貴族令嬢やお姫様、村娘や孤児などのロリ系ヒロインに生まれ変わるTS系転生譚」が一部ですっごく流行ってるんですよ。『幼女戦記』の系統とも言えなくはないが、アレは癖が強すぎるので直接的なジャンルの火付け役はこの『凶乱令嬢ニア・リストン』だと思います。『英雄王、武を極めるため転生す』の影響もちょっとある気がするけど、アレはロリの期間がすぐ終わっちゃうからな……『無双ゲーに転生したと思ったら、どうやらここはハードな鬱ゲーだったらしい』『修羅幼女の英雄譚』『前世は冷酷皇帝、今世は幼女』『皇女転生』『令嬢アリスの英雄譚』など、商業作品だけ数えても結構ある。

 主人公のニア・リストンが最凶&無双で、匹敵するような強キャラが全然出て来ないからストーリー展開は割と淡々としているというか、ハッキリ言って単調です。「幼女が無双する」ギャップにグッと来ない人からすると「何が面白いのかわからない」という評価に落ち着くでしょう。逆に言えば、「幼女無双」というシチュエーションにトキメキを感じる人なら楽しくてたまらないハズだ。コミカライズ版の出来がイイというか、ぶっちゃけ原作小説よりもマンガ版の方が人気あるのでは? コミカライズはあんまり読まない私でもアレだけは夢中になって読んでしまう。原作者「南野海風」は「やたら濃いメイドキャラを登場させる」癖があり、この作品でも主人に対する愛がやや変態チックなメイドが二人も出てくる。コミカライズだと「幼女無双」と「変態メイド」がマリアージュ効果を発揮して「そりゃアニメ化するわ」って面白さになっています。ただ、ノリが「エロシーンを抜いた平成のエロゲー」みたいな感じゆえ、そのへんに付いて行けるかどうかで評価が変わってくるシリーズです。

 「かつて神殺しをも成し遂げた大英雄」と仰々しい設定ながら、少なくともアニメでやるだろう範囲では「神」に相当するような存在と戦う展開はありません。私も最近の巻はあまりチェックしていないので今どういう展開になっているかよく知りませんが、あらすじを読んだかぎりではせいぜい隣国で戦争を起こす程度のようである。魔物とかも出てくる世界観だけど、ぶっちゃけ魔物の存在感は薄いかな……やっぱ人間ボコってナンボだよね、とばかりに裏社会の連中をぼてくり回す。「なんなんだ……なんなんだよ、あの幼女ッ!」って恐慌を来す強面どもにゾクゾクせよ。

 ニア・リストン役の声優は「井上ほの花」、最近だとFGOの「フローラ」を演じていますね。「17歳教の教祖」として有名な声優「井上喜久子」の娘で、10年ほど前にプロデビュー。デビューしたときはまだ10代だったので、現在も20代という若手です。『赤毛のアン』のリメイク『アン・シャーリー』で「アン・シャーリー」役、『薫る花は凛と咲く』でヒロイン「和栗薫子」役を担当するなど、ここ最近は母親の名前抜きで売れ始めている。ちなみにアイマスでは「浅利七海」役、ウマ娘では「アストンマーチャン」を演じています。制作は「KONAMI animation」、あのゲーム会社「コナミ」が擁するスタジオで、ほんの2年前に設立されたばかりなのでアニメ好きでも知らない人の方が多いだろう。ゲームのPV制作やグロス請けがほとんどで、元請けは今年放送予定の『幻想水滸伝』くらい……だったが、『凶乱令嬢ニア・リストン』も元請けで作るみたいです。コナミがケツモチだから資金力はあると思うが、スタジオとしては新興なので蓋を開けてみないとどんな出来になるか読めないな。とりあえず期待しときます。

『ボーイ・キルズ・ワールド 爆拳壊界流転掌列伝』観た。

 80年代や90年代のビデオゲームに出てくる「荒廃した街でひたすら敵が湧いてくるベルトスクロール・アクション」みたいな世界を再現した映画です。『死霊のはらわた』でお馴染み「サム・ライミ」が製作、監督は「ゲーマー」と自負する「モーリッツ・モール」。エンドロールには『AKIRA』のポスター(俯瞰で金田がバイクに向かっていくアレ)を意識したカットも出てくる。ハッキリ言って変な映画だ。面白いかどうかで言えばそんなに面白くはない。日本では去年公開されたけど、ほとんど話題にならなかった。「もうすぐU-NEXTのポイントの有効期限が切れそう」という消極的な事情から気になっていたコレをレンタルして視聴したわけですが、「観て損した」という気分でもなく、「面白くはないけど、妙に印象に残る」って感触を得ました。

 舞台となるのは文明崩壊後の世界。『北斗の拳』とか『マッドマックス』とか、ああいう感じを連想してもらえればだいたい合っているけど、私兵とはいえ軍隊が機能していたり、テレビ放送が続いていたりと崩壊度はそこまで高くない。主人公「ボーイ」は人里離れた山奥で謎の男「シャーマン」に殺人兵器として育てられた少年。街は独裁者「ヒルダ・ヴァンデルコイ」によって支配され、彼女に歯向かう者は裁判ナシで公開処刑されるメチャクチャな状態に陥っていた(ヒルダによると25年前は無法者たちが跋扈する、それこそ北斗みたいな状態だったらしいからこれでもマシになった方らしい)。民を省みぬ圧制者と化したヒルダを討つべく、山から降りたボーイ。しかし一般常識も何もない彼は具体的にどう行動すればいいのか、何の計画も抱いておらず、とりあえず行き当たりばったりで横暴な振る舞いをするヒルダの私兵どもをブチのめすが……。

 役割としては「テロリスト」や「アサシン」の部類なんだけど、プランも何もないからノリで暴れているだけっていう、頭空っぽの「ボーイ」を面白いと思えるかどうかで楽しみ方が変わってくる作品。ボーイには「ミナ」という妹がいて、幼い頃に彼女と夢中でビデオゲームをした思い出もあるのですが、ミナはヒルダの手で無惨に殺されてしまった。妹を救えなかった悔恨からか、はたまたシャーマンの薬物すら用いた厳しすぎる修行のストレスからか、彼はイマジナリーシスターとも言うべき「ミナの幻影」を視るようになってしまう。この「ミナの幻影」がボーイの良心とか理性の象徴として機能します。ボーイは幸運に恵まれたこともあって快進撃を繰り広げるが、そんな彼の前にフルフェイスのヘルメットを被った刺客「JUNE27」(6月27日)が立ちはだかる。ヘルメットを剥いだ下から現れた顔は、死んだはずの妹「ミナ」の面影をくっきりと残していた……!

 ストーリー目当てでこの映画を観る人はそんなにいないと思うからバラしてしまうと「JUNE27=ミナ」です。ちなみに演じている女優は「ジェシカ・ローテ」、『ハッピー・デス・デイ』の主演だったあの人。死んだはずの妹が生きていて、しかも敵の手先になっている! というベタベタなシチュエーション、まさに80年代や90年代のビデオゲームみたいなノリだ。ある程度設定を明かした方が興味を引けるだろうし、思いっきりネタバレしてしまうけど、主人公「ボーイ」は独裁者「ヒルダ」の息子です。幼い頃にシャーマンに攫われ、クスリ漬けにされて「ヒルダは母親ではない、本当の母親と妹はヒルダに殺された」という嘘を吹き込まれ、洗脳されてしまったのだ。後半でその真実が明らかとなり、母親と「感動の対面」を果たすが「彼女がクソみたいな独裁者である」こと自体は変わらない。シャーマンがボーイを攫ったのも、「ボーイが母親の命令でシャーマンの家族を撃ち殺したから(その後パニック状態になって銃を乱射し、その混乱に乗じてシャーマンが逃亡した)」で、ぶっちゃけ割と因果応報なのである。

 最終的には師匠であるシャーマンがラスボスとして出てきます。かつてシャーマンは家族の仇であるボーイを怒りに任せて縊り殺そうとしたが、「母親の操り人形」でしかない無力な少年をどうしても殺すことができなかった。そこで復讐の道具にするべく殺人兵器として鍛え上げた。誰よりも強く、誰よりもタフな男に。今はもう「無力な少年」ではない、だから……殺せる! 師匠(シャーマン)視点でストーリーを再構築することによってようやく完成する映画なので、漫然と眺めていると何が何だかよくわからなくなります。師匠にとってボーイは「憎き仇」なんだけど、長年修行に付き合った「愛弟子」でもあるから、当然情が湧いている。この愛憎半ばする最終決戦が本作最大の見どころであり、逆に言えばそこへ至るまでの過程に関しては「半分くらい寝ていてもいいかな」と思わなくもない。繰り返しますが「面白いかどうかで言えばそんなに面白くはない」映画なんですよ。でもやたら印象に残る。

 病んだ独裁者の母(ヒルダ)は主人公にとってそこまで重要ではなく、良い思い出の残っている妹(ミナ)の方が大事なんですよね。ボーイがシャーマンの道具として育てられたように、ミナもヒルダの道具として育ち、「JUNE27」というコードネームのソルジャーとして治安維持の鎮圧部隊で汚れ仕事に従事している。「大人に搾取される子供」という映し鏡の存在。そんなミナを守るために、ボーイは師匠(シャーマン)へ拳を向ける。「文明崩壊後の世界」の描写があまりにもコミック的でリアリズムの欠片もなくディストピアSFとしてはかなりお粗末な出来だし、アクションの幅を作るためとはいえ主人公が銃を使うシーンも多いから「男なら拳ひとつで勝負せんかい!!」と不満を述べたくなるところもあるけど、何と言うか「嫌いになれない映画」だ。

 良く言えば「芯の部分はしっかりしている」、悪く言えば「芯の部分以外はユルユルにもほどがある」、そんな一本です。もしサブスクの見放題に来たら物は試しと観てほしい。盛り上がってくるまでが長いから前半はながら見でもOKです。好きなのはやっぱりフルフェイスマスクを着用しているときの「JUNE27」だな……バイザー部分が電光掲示板みたいになっていて、そこにセリフが表示される演出も面白かった。あとバキバキに割れた腹筋。


2026-01-28.

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』公開延期のお知らせ

 「2月公開予定」なのに1月下旬になっても具体的な公開日が明らかにならない時点で察していたファンがほとんどだと思います。ワル天が延期するのはこれで3度目。当初は「2024年冬」だったのが「2025年冬」になり、そこから「2026年2月」にジャンプ、で、今回というわけです。本来ならもう本編が出来上がってTVCMとかバンバン流さないといけない時期なのに、この様子じゃまだフィルムが完成すらしてないっぽいですね。

 まず、脚本自体はとっくに上がっています。「虚淵玄」が「『仮面ライダー鎧武』を終えた後、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』に取り掛かる直前に脱稿した」とコメントしているので、2015年か2016年くらいには提出していたはず。制作発表が行われたのは2021年、TV放送10周年の記念も兼ねていました。脚本脱稿から10年、制作発表から5年近く、それでもまだ完成しないってどれだけの大作なんだ? 間にマギレコ(『マギア・レコード』)のアニメがあるから、そっちの方にリソース割いていた可能性もありますけど……このズルズルと延期する感じ、2007年版の『Dies irae』とかを思い出して古傷が疼く。

 場合によっては公開が来年まで延びる可能性もありますが、とにかく次はもう延期しないでほしいです。

『ブルーアーカイブ』、PC版のサービス開始

 やっとブルアカのPC版が来ました。一応Steamではグローバル版の『Blue Archive』が配信されていたんですが、日本語に対応しておらず、日本語版とも互換性がないため引き継ぎ(元々使っていた端末からの引っ越し)ができなかったんです。今回始まったPC版でようやくスマホやタブレットの小さい画面からPC用の大きなディスプレイに移行することができるようになりました。PCのスペックにもよるが、ほとんどの人にとって「描画がモバイルの時よりも滑らかになった!」と感動すること間違いナシです。ここまで画像を拡大することを想定していなかったのか、一部ジャギー(ギザギザ)が生じていたりしますけど……生徒によって立ち絵の解像度が結構変わるのも気になります。

 まだ本格的なサービス開始ではないため、「青輝石」(ガチャを回す時とかに使うアイテム)などの販売、いわゆる「課金」はPC版で行うことはできません。いずれ対応予定ということですので、「課金してガチでやり込みたい」という方はモバイルとPC版の両方でプレーし続けた方が良さそうです。同時ログインはできませんが、片方ずつならログイン可能です。私はそこまでガチ勢じゃない(というか数ヶ月ログインすらしていなかったカムバック勢だ)からPC版だけでいいかな……容量キツキツだしタブレットに入れている方は消そうと考えている。具体的な時期は不明だけど、いずれアツドリ(『BanG Dream! Our Notes』)のサービスも始まりますし。

 今でこそこういう「モバイル版とPC版の両方でサービスを提供しているソシャゲ」は珍しくありませんが、ひと昔前は「モバイル版だけ」「PC版だけ」というソシャゲがほとんどでした。なぜなのか? 原因は複合的なのでひと口で「これ」と指摘することはできませんが、大きな要因として挙げられるのは「課金に関する縛り」です。iPhoneやiPadなどのApple製品でソシャゲをプレーする場合、ほとんどのケースでアプリを「App Store」からダウンロードします(ブラウザゲー等、一部例外はあります)。Android端末の場合は「Google Play」。AmazonのFire HDとかだと「Amazonアプリストア」というのがありますが、品揃えが物凄く悪くてほとんどのソシャゲが遊べないからここでは無視します。で、ダウンロードしたソシャゲに課金しようとする場合、App StoreやGoogle Playを経由してクレカなり電子マネーなりオンライン決済なりで支払っていました。この際、AppleやGoogleに消費税として約1割、ショバ代として約3割、概ね4割程度は持って行かれる仕組みになっています。例えば10000円課金した場合、約4000円はプラットフォームに差っ引かれ、ゲーム会社には6000円程度しか渡らない。Youtubeのスパチャ(投げ銭)も似たような問題があり、App StoreからDLしたYoutubeのアプリ経由だとAppleに上前をハネられます。ブラウザ経由だと10000円相当のスパチャが、iOSアプリ版経由だとAppleの取り分が上乗せされて、なんと視聴者の支払う金額は「15800円」に跳ね上がる。だからよく配信者が「スパチャするならブラウザからやって!」と頼むわけです。

 そこで抜け道として「ゲーム会社がプレーヤーを外部サイトに誘導し、そこで課金させる」というグレーな手法が編み出されました。これならプラットフォームの取り分が必要なくなり、消費税に当たる約1割分だけをゲーム会社が負担すればいい。今まで10000円で売っていた課金アイテムを「外部サイトなら9000円にディスカウント!」とかやっても充分に元が取れるわけです。「Epic Games」という会社が『フォートナイト』というゲームでこれに近いことをやって、Appleが激怒し、App Storeから『フォートナイト』を削除(新規DLができなくなっただけで、既にインストールしている場合はそのまま遊べた)。「横暴だ!」とEpic Gamesが裁判を起こす事態に発展しました。裁判してまで争いたくない他社はこのグレーな手法を採択できず、「モバイル版とPC版で課金石の種類を別にする」という苦肉の策を採ったり、「そもそもPC版を出さない」といった選択をすることになります。具体的なタイトルを挙げると、前者に該当するのが『プリンセスコネクト!Re:Dive』。モバイル版とPC版で連携させた場合、ゲームの進行状況は両方とも一緒になりますが、引き継がれるのは無償石のみで、課金して購入した有償石に関しては反映されない。たとえばスマホで課金して有償石を購入した場合、その有償石はスマホでしか使えないし、PCで買った有償石もPCでしか使えない。連携させるとAppleがアプリを消す恐れがあったからです。FGOこと『Fate/Grand Order』はそもそもPC版を出そうという素振りを見せたこともない。サービス開始当初は雑誌付録として添付した特典コードを打ち込むための「シリアルコード入力」という欄がオプションに設けられていたのですが、Appleを恐れてかいつの間にか消えてしまった。

 2021年、アメリカの裁判所はEpic GamesにAppleへ適正な手数料を支払うことを命じつつ、Apple側へ外部決済システムを認めるよう命令。Appleがこれを受け入れたことで、グレーだった「外部サイトでの決済」がようやく合法となります。恐らく「一定の手数料を払えば外部決済を導入しても構わない」というルールになったのだろう。この影響でここ数年、様々な外部決済手段が発達しました。大きなところだとサイゲの「Cygames WebStore」やバンナムの「アソビストア」ですね。FGOも「アニプレックスオンライン」経由で聖晶石がアプリ内ストアよりも5%安く買えるようになっています。外部決済システムが普及したことでアプリストアのセールスランキング、いわゆる「セルラン」の価値も下がってしまった(外部サイトでの売上はストアに反映されないため)。今後、ビッグタイトルはどんどんPC版との連携が当たり前になっていくでしょうね。ガッツリやり込む時は自宅のPC版で、出先の隙間時間に軽く遊ぶ時はスマホ版で、みたいな。未だにブラウザでのプレーが基本で、iOS版のアプリが配信されていない『艦これ』という異色の古豪も存在しますが……パズドラが2012年、モンストやチェンクロが2013年、グラブルが2014年、FGOが2015年サービス開始で、艦これは2013年サービス開始ですから時期的にはモンスト・チェンクロと同期です。2009年開始で未だに続いている『怪盗ロワイヤル』もよく特異点扱いされるが、あれはソシャゲの開発費や運営費が高騰する前のタイトルなのでギリギリ維持できているのかな。2009年はスマホこそ登場していたものの、まだガラケー主体ゆえ複雑なシステムが実装できず「ポチポチゲー」と揶揄されてた頃ですね。2011年に『アイドルマスター シンデレラガールズ』がサービス開始したとき、「アイマスがポチポチゲーになった!」と騒がれたものです。『マンガで分かる!Fate/Grand Order』にも「ポチポチするだけで先に進むようにしてください」と当時の名残りみたいなものを感じさせるセリフがある。

 特に悪意なく使っていた人もいるけど、どちらかと言えば蔑称に近く、12年前に書かれた「“ポチポチゲー”に終止符」という記事の題名からゲーム界における地位が窺い知れます。しかし、今では「古色蒼然としたブラウザゲー」扱いになっているグラブルが2013年の頃は「新境地」と呼ばれていたの、なかなか感慨深いですね。

『アンジェントルメン』観た。

 うちの母が名前を覚えられないせいで「マドンナの元旦那」と呼ぶ「ガイ・リッチー」の新作。ガイ・リッチーとは誰か? 過去に「ジェイソン・ステイサム」と「ブラッド・ピット」が共演した『スナッチ』、「ロバート・ダウニー・Jr」と「ジュード・ロウ」のコンビによる『シャーロック・ホームズ』、「マシュー・マコノヒー」主演の『ジェントルメン』など数多くの傑作・良作を手掛けた映画監督です。珍作好きには「全6部構想の超大作だったのにヒドいコケっぷりで1作しか出せなかった」『キング・アーサー』が印象に残っているだろう。「スラムのガキから王になれ!」 円卓の騎士、カンフー・ジョージ! 消えたサブタイトル、「聖剣無双」の謎! KOEIに怒られたのか!?

 さておき『アンジェントルメン』は日本だと2025年4月に公開された映画です。アメリカだと2024年4月公開なんで、丸1年遅れ。あのガイ・リッチーの新作でも丸1年遅れるのかよ!? と昨今の洋画の冷遇ぶりに愕然とする。公開規模も小さかったですし……上映館数は全国で100館くらい、この規模だとやってない地域も多くて存在すら知らなかった人もいると思います。邦題は明らかにそこそこヒットした『ジェントルメン』を意識したモノであるが、別に『ジェントルメン』の関連作というわけではない。第二次世界大戦の頃のイギリスが舞台で、一応「史実をベースにした映画」ということになっている。原題は "The Ministry of Ungentlemanly Warfare" 、直訳すると「非紳士的な戦争省」。戦時中に実在した秘密部隊「特殊作戦執行部(SOE)」のいくつかある俗称の一つです。正規の軍人として認められていない、ほとんどならず者に近い奴らが命懸けの極秘任務に従事する、ちょっと『荒野の七人』みたいなノリのアクション映画だ。

 時は1942年――イギリスはナチスドイツとの戦争において、Uボート(潜水艦)による通商破壊で大いに苦しめられていた。「もうアメリカの参戦まで待てない、早くドイツに降伏した方が良いのではないか」 国内に諦めムードが広がる中、首相のチャーチルは密かに人員を集め、極秘作戦の遂行を命令する。構成員のほとんどがスネにキズ持つ連中であり、「紳士(ジェントルメン)」には程遠く、ほとんど愚連隊に等しい。上官の命令に従わない札付きのワルたる少佐「ガス・マーチ=フィリップス」をリーダーに戴いた彼らは、「ナチス死すべし」という憎悪の念で結束する。イギリスにUボートを撃滅するような戦力はない。だが、Uボートとて資源がなければ活動できない。「Uボートが消費する資源を運ぶ船」を狙い撃ちし、兵站(ロジスティクス)を破壊することが作戦の要諦である。作戦名は「オペレーション・ポストマスター」。漁師になりすまし、漁船に乗って目的地「フェルナンド・ポー」へ向かう一行。現地協力者も獲得し、「これなら作戦もうまく行くだろう」と意気込むが、想定外の事態が発生して……。

 既存のガイ・リッチー作品で言うと、背景となる時代が比較的近いこともあって、冷戦期のドイツを舞台にした『コードネーム U.N.C.L.E.』と若干雰囲気が似通っているかな。出てくるナチスドイツの兵士を次から次へと血祭りに上げていくこともあり、タランティーノ映画の『イングロリアス・バスターズ』を連想する人もいるかもしれない。さすがにアレと比べたら味付けはやや薄めですが、こっちもこっちでなかなか曲者揃い。特にインパクトがあるのは「デンマークの怪力男」こと「アンダース・ラッセン」ですね。凄まじい威力の矢で数百メートル先のナチス兵を射貫いてしまう。ラッセン含めモデルとなった実在の人物がたくさんいる映画だけに、リアリティライン高めに設定しているのかと思ったら、ラッセンの魔弾じみた弓矢であっさりとこちらの想定していたリアリティをブッ壊されて笑ってしまった。一人目を貫通して二人目を縫い止める威力の矢って何なんだよ! 破壊工作班の中に「鎮西八郎」源為朝が混ざっている感じです。アニメで言うと『REVENGER』くらいのリアリティラインなんですよね、この映画。

 アクション映画特有の「敵の弾が主人公に当たらない」現象が多発するなど、「史実ベースの渋い戦争映画」を期待した人にとってはガッカリする内容かもしれないが、エンターテインメント極振りを期待していた層からするとこれぐらいがちょうどいいだろう。途中まで割と順調に進んでいた作戦が「前提の反故」によって脆くも崩れ去り、途方に暮れる一行。極秘任務の存在を嗅ぎつけたお偉いさんが「こんな作戦、即刻中止しろ! やめないと全員裁判行きだぞ!」と脅す中、「上官の命令に従わない」ことで定評のあるガスはイチかバチかで起死回生の大バクチに打って出ます。登場人物の一人として「イアン・フレミング」という海軍情報将校が出てきますが、この人、言わずと知れた“007”シリーズの原作者です。“007”はガスをモデルにして書いた、という説もあるらしく、主人公は言わば「ジェームズ・ボンド」のプロトタイプである。ちなみにガイ・リッチーの父親も海軍将校だったらしく、そのへんの影響もあってこういう題材を選んだのかもしれません。

 タイトルが似ているからと『ジェントルメン』みたいな凝ったストーリー展開を期待すると肩透かしであろうが、「ナチスぶっ殺し映画」としては期待通りの内容だった。やっぱり私、ガイ・リッチーの映画は好きだなぁ。やたら肌に合う。次は地元の映画館で公開されるぐらいの規模だといいな……『ジェントルメン』は映画館で観たけど、こっちは近所の映画館で上映されていなかったんですよ。とにかく最近はファミリー向け大作映画以外の洋画の扱いが悪すぎる!

・それとネトフリで『超かぐや姫!』も観た。

 Netflixの潤沢な予算で作られたオリジナルアニメ映画。あくまで予想ですが、制作費は10〜20億円くらい掛かっていると思う。今のところ配信オンリーで、劇場公開されておりません(プレミア公開のイベントはあったみたいだけど)。概算で10億円以上掛けてるのに映画館で上映しないの!? とビックリしますが、ネトフリは過去にアニメ映画で配信と劇場公開を連動させようとして散々な目に遭っていますので……『進撃の巨人』の「荒木哲郎」監督のもと、脚本の「虚淵玄」、キャラデザ原案の「小畑健」、音楽の「澤野弘之」と、錚々たるクリエイター陣を集め、葬送たる興行収入(2億円にも届かないレベル)を叩き出した『バブル』(2022)が有名です。『バブル』の後も『雨を告げる漂流団地』(2022)、『好きでも嫌いなあまのじゃく』(2024)で配信と劇場上映を連動させましたが、いずれも興行的にはパッとしない結果に終わった。公開規模が小さすぎたせいもあり、この二つに関しては測定不能なんです。恐らく両方とも1000万円行かなかったんじゃないかと思われる。一個でもヒットしている作品があれば、この『超かぐや姫!』も映画館で観ることができただろうな……そのことが惜しまれて已まない面白さでした。

 女子高生「酒寄彩葉(さかより・いろは)」は幼い頃に父を亡くし、母との折り合いが悪いため親元を離れて一人暮らしをしている。母への反発心から仕送りは受け取らず、学費も生活費もバイトで稼いでいた。自腹で学費を払っている以上、学業も疎かにしない。バイト、勉強、バイト、勉強、バイト、勉強……ひたすらストレスが溜まる日々。彩葉にとっての気晴らしはVR空間「ツクヨミ」でのゲームと、AIライバー「月見ヤチヨ(るなみ・やちよ)」の推し活くらいだった。そんな彼女はある日、七色にゲーミング発光する電柱を見掛ける。怪しいし放置して立ち去ろうとするが、運命の強制力によってか、電柱の中から出てきた赤ちゃんを保護するハメに。赤ちゃんはみるみるうちに成長し、やがて彩葉と同い年くらいの少女になる。「まるでかぐや姫だな」ってことで少女に「かぐや」という名前を付け、なし崩しで二人暮らしすることになるが、ツクヨミでヤチヨのライブを鑑賞したかぐやはいたく感激し、「あたしもライバーになる!」と宣言して……。

 舞台設定は2030年の日本、ちょっぴり未来のSFコメディです。「結局ゲーミング電柱は何だったんだよ!」等、細かいツッコミどころは多いがそのへんは勢いで押し切ってくれる。とにかくノリがイイんですよね。キャラに個性があって、掛け合いのテンポが良くて、目まぐるしく変わる表情が非常に活き活きしている。快楽中枢を刺激する、まるで「観る麻薬」みたいなアニメだ。本当、ビックリするぐらいにグリグリと絵が動いて気持ちイイんですよ。去年やってた(今でもまだ上映してるとこ多いけど)チェンソーマンのレゼ篇に匹敵する気持ち良さ。これが劇場公開ナシだなんて勿体ない! と叫びたくなります。あと実在のボカロ曲をいろいろ使用していてそのへんも聴きどころらしいが、私はボカロに詳しくないので漠然と「イイ曲だな」としか思いませんでした。

 再生時間は142分で結構長い。何なら「高畑勲」監督の『かぐや姫の物語』(137分)より長い。前述した『バブル』がだいたい100分くらいの映画なんで1.4倍、まぁ確かにこの長さのオリジナルアニメを劇場公開するのはちょい厳しいものがあるかな……という気はします。ヒットするかどうか読みづらいオリジナルアニメ映画の場合、90〜100分ぐらいがちょうどいいサイズと見做されますからね。もし劇場公開前提ならもっと時間を縮められていたかもしれず、結果的にはコレで良かったのかもしれない。「月から来たかぐや姫は、いずれ月に帰らなくてはならない」という「かぐや姫」(「竹取物語」)のルールに則って展開する後半、かなりツイストの利いたストーリーになっているので好みが分かれるところでしょう。私もちょっとスケールの大きさにヒいてしまった部分がある。しかし、時間を費やして丁寧に描いてくれたおかげもあって受け容れることができました。それでもやっぱりラストは少し駆け足気味だったかな? あれ以上やるとさすがにクドいと感じる人も出てくるだろうし、難しいところか。

 とにかく、「芸術ぶるよりも先にまずアニメは気持ち良くなくちゃいけない」というコンセプトのもとに作られた超・娯楽映画であり、未視聴の方は四の五の言わずにさっさと堪能し(キメ)てほしい。これだけのためにネトフリに加入してもお釣りが出ます。「でも一度加入したら退会とか面倒臭そうだし……サブスクって退会し忘れると永続的に金を引き落とされるから……」って不安な方はコンビニでネトフリのプリペイドカードを買うといいです。金額分使い切ったら自動でアカウントが止まります。

 最後に、キャラに関して。ヒロインである「かぐや」の魅力もさることながら、個人的に一番気に入ったのは「駒沢乃依」ですね。「男のアバターで女装する」のが趣味というサブキャラ、ほとんどの人は初見で女の子と思ったかもしれませんが、私は骨格と所作を目にした瞬間「あっ、こいつ男だ」とすぐに気付きました。フリルで誤魔化してるけど肩幅が広くて意外とガッシリしてる。案の定、喋り出したら「松岡禎丞」の声が聞こえてきてガッツポーズ。あくまで「女装や可愛いポーズが好き」なだけで「女の子のフリをしている」わけではなく、声も低め。弓使い(サブウェポンで巨大チャクラムみたいなのも使う)で、いつも気だるげにしているけど決めるところはしっきり決めるスナイパーぶりがカッコいい。SNSをチェックしたところ、百合目的で視聴し始めて乃依に脳を焼かれるオタクが続出してるのは笑ってしまった。

・拍手レス。

 焼津さんは直哉好きだろうなぁ。と思ってたらやっぱりハマってましたね。『どうせ世界は終わるけど』は伊坂幸太郎の『終末のフール』や健速の『そして明日の世界より』あたりを想定して読むとちょっと読後感違いましたね。終末モノは結局は作者のクセや思想信条が表に出過ぎてしまう

 普段は舐め腐った論外なドブカスのくせに「オマエは!! 甚爾君やない!!」と心の柔らかいところが急に剥き出しになるシーンがあるの好きです。『終末のフール』! 懐かしい、読んだのだいぶ前なんで忘れてました。終末モノは要点を絞らないとどうしても漠然とした思考実験みたいな雰囲気になっちゃうから難しいですね。


2026-01-20.

『呪術廻戦 第3期「死滅回游 前編」』で「禪院直哉」が「脹相」をボコボコにするシーン、通称「ドブカスラッシュ」がグローバルにバズっているせいでほぼ毎日直哉構図を見るハメになっている焼津です、こんばんは。

 『死滅回游 前編』を観てる人には説明不要だろうから、『呪術廻戦』まったく知らない人や原作しか読んでない人に向けて軽く解説します。禪院直哉(ぜんいん・なおや)というキャラは『呪術廻戦』の主人公でもそのライバルでもなく、アニメ3期目に当たる『死滅回游 前編』で初登場した、要は「ポッと出のサブキャラ」です。ネームドだし、17巻の表紙にもなっているから、モブというほどでもないが「作品の顔」ってレベルの重要人物ではない。京都弁で舐め腐った言動をするのが特徴で、救いようのない下劣さからファンの間では「ドブカス」という蔑称で親しまれている。この「ドブカス」も本編に出てくるセリフに由来しています。設定上は「それなりに強い」という扱いながら、特に大きな見せ場があるわけでもなく、「噛ませ犬としてはサイコロステーキ先輩よりはマシ(優遇されている)」程度の存在です。何せ『死滅回游 前編』の1話目で強キャラっぽく登場したのに、2話目ではもう敗北して無様に這いつくばっている。助けが来なかったらそのまま死んでいた可能性すらあります。そんな奴が余裕ぶった顔で髪を掻き上げながら片手間とばかりに右腕だけで相手をボコボコにしている(一方的な展開ではあるが、全然致命打にはなっていない)のが面白くてバズったわけですが、構図があまりにも特徴的でパロディしやすいこともあってか恐らく「元ネタを知らない層」にまで広まっている。私が笑ったのはアロナが「最低保証」で先生をボコボコにする動画。この流行に一番困惑しているのは『呪術廻戦』の原作ファンでしょう。

 なぜなら、このドブカスラッシュ、原作には「存在しないシーン」だからです。直哉が脹相と戦う場面自体は存在するのですが、主人公の「虎杖悠仁」と同時に相手取っている……脹相視点からすると「2対1で優位なのに押し切れずなぜか捌かれてしまう」という直哉の得体の知れない強さをアピールするシーンであり、別に脹相が一方的にボコられているわけではない。直哉の動きもどちらかと言えば合気っぽい感じで、殴るというより重心を崩すような所作だった。しかしアニメでそれじゃ地味すぎる、とMAPPAが判断したのか、アニメ版直哉は縦拳(親指を上にした拳、腰の捻りを伝えにくく威力こそ出しにくいものの手首を捻らないため手数は増やしやすい)を高速で連打する截拳道(ジークンドー)とか詠春拳っぽいアクションになっています。直哉の能力はざっくり言うと「頭の中でイメージした動きをトレースする」というものなんで、知識さえあれば何でも再現できる。つまり合気が中国拳法に変わっていても本質的に大差はない。ただ、逆に言えば「イメージした動きしかトレースできない」わけで、あの髪かきあげポーズも「余裕だからついやってしまった」わけではなく「最初からあの動きをイメージしていた」ことになる。

 直哉は確かにデリカシー0だし、武器を所持しているのに「得物使うと弱く見える」というふざけた理由で徒手で闘ったりと、敵を舐め腐っていてリスペクトの念など一切持ち合わせていない俺様野郎のカスではあるが……「ついカッコつけて髪を掻き上げてしまった」のと「最初からカッコつけるつもりで髪を掻き上げる動作をイメージしていた」のとではキャラの解釈が変わってくる。結果的に視聴者が喜んでいるんだからアニオリでもいいだろう、で流されそうな雰囲気となっていますが、この「バズれば官軍」なムードにうっすら不安を抱いているファンもいる模様。死滅回游は『呪術廻戦』の中でも特に長いエピソードで、「原作に忠実」だとアニメ勢はダレて脱落してしまう可能性もある。だからMAPPAもいろいろと工夫を凝らしてくるはずなのだけど……それが良い工夫なのか悪い工夫なのか、蓋を開けてみなければわからない。今は賽の目に祈りを捧げるばかりだ。

人妻エロティックサスペンス「淫獄団地」ショートアニメ化、コメント&記念イラスト到着(コミックナタリー)

 ショートアニメとはいえ、あの『淫獄団地』が……!? 『搾精病棟』というヌキ目的みたいなタイトルでシリーズ後半は怒濤の展開を見せる同人CG集で話題を喚んだ、あの「搾精研究所」が原作のコミックです。作画担当は「丈山雄為」、『リビドーハンタータケル』や『ヤミアバキクラウミコ』など10年くらい前まで“ジャンプSQ.”で活躍していた漫画家。この人はもともとおバカなエロを描くのが大好きなんで、『淫獄団地』もノリノリで描いています。

 「人妻エロティックサスペンス」という触れ込みでエロ主体の漫画を連想するかもしれませんが、正直「バカバカしさ」の方が勝ちます。『淫獄団地』の「人妻」たちは皆何らかの欲望を秘めており、「リビドークロス」と呼ばれる衣装を纏うことでその欲望を全開にして怪人化、罪なき人々を襲い始める。若くして団地の管理人になった主人公「ヨシダ」は、彼女らの欲望を鎮めるため対人妻兵器を持って立ち向かう……! ノリは完全に特撮のソレです。変態人妻たちの危険度は3段階に分けてランク付けされており、最上位に当たる危険度「S」は「未確認反社会人妻」と呼ばれ、「何をしてるか正体不明」「関わったら死ぬ」ともはや怪異か何かのような扱いである。

 タイトルのせいで敬遠する人も多く、「次にくるマンガ大賞」でも票が集まったのに「ノミネート除外」、つまり門前払いの処置を喰らった不遇の作品である。次マンは「二次創作と18禁は対象外」なので、18禁じゃないけど内容が際どい『淫獄団地』は「とにかく・・次マンへのノミネートは認めん・・賞のブランドに傷がつくからな・・」と審査すら受けることができなかった。この件に関しては『淫獄団地』側に怒る権利があると思うので、「あの『次にくるマンガ大賞』が恐れた! 唯一無二の『ノミネート除外』作品!」ぐらいの宣伝はしていいだろう。

 さすがに「淫」の文字はまずかったのか、タイトルは『インゴクダンチ』とカタカナに変更される模様。それでも、ぬきたしに続いて『淫獄団地』まで地上波で放送されることになろうとは……つまり、『ハイパーインフレーション』や『ローゼンガーテン・サーガ』、『This コミュニケーション』、『チンチンデビルを追え!』、『不老不死少女の苗床旅行記』、『魔法医レクスの変態カルテ』、『聖なる乙女と秘めごとを』などにもアニメ化の兆しが見えてきた、ということか。新時代に突入だな。

「FX戦士くるみちゃん」今年アニメ化、くるみ役は鈴木愛奈 チャートに一喜一憂するPV(コミックナタリー)

 『FX戦士くるみちゃん』アニメ化!? 驚きの度合いでは『淫獄団地』に比肩しますよ! というか↑で列挙するタイトルの中に含まれていたから慌てて消すハメになった。『FX戦士くるみちゃん』はもともと原作の「でむにゃん」が「新都社」というサイトで連載していた、言わばインディーズのマンガで、2021年から「炭酸だいすき」の作画でリメイクされて商業化しました。でむにゃん作画版ではデリヘル行きだった子が「出張マッサージ」になっていたりと、性的な部分に関しては若干表現が緩和されています。でもFXで生きるか死ぬかの大バクチをかまして「天国と地獄」を味わう、という箇所に関しては緩和されていないどころか強化されていると申し上げても過言ではありません。

 『FX戦士くるみちゃん』の主人公「福賀くるみ」は女子大生。中学生の頃に母親が亡くなっており、父親と二人暮らしをしている。主婦だった母の「福賀梢」は「ちょっと夕飯を豪華にして、娘や夫に良い物を食べさせてあげたいから」と軽い気持ちでFX(外国為替証拠金取引)を始めてしまった。最初はいい調子でルンルン気分だったが、やがて損が出るようになり、「負け」を取り戻そうと「家のお金」に手を出し……リーマンショックで、すべてが砕け散った。2000万円が泡と消え、責任を感じた梢は飛び降り自殺。母親が精神的に追い詰められていたことを知りながら自殺を防げなかったくるみは、後ろめたさから目を背けるためにFXを憎悪する。そして20歳――FXを始められる年齢になったくるみは、亡き母に誓う。見ていて、お母さん。貴女が失った2000万円を、私が取り戻す……FXで!

 ってな具合で、復讐心から弔い合戦としてFXを始めたヒロインがその魔力に取り憑かれ、ズブズブと沼に沈んでいく様子を描く金融サスペンスです。文字通り、「金」が「融」ける。生半可な知識で金融取引に手を出してはいけない、という教訓が得られる作品であり、冗談抜きで10代や20代の若者に観てもらいたい。ちなみに私はこの種の怖さを『流星たちの宴』『リスクテイカー』で学びました。『流星たちの宴』のキャッチコピー、「見上げれば銀河、眼下には奈落」が未だに好き。

 リーマンショック(2008年)の時点で中学生、20歳になったところでFX開始――というところでピンと来た人もおられるでしょうが、時代設定は2010年代で少し古めです。一万円札は当然福沢諭吉だし、成人年齢も20歳。これがどういうことかと申しますと、「現実の相場の値動き」をそのまま反映している物語なんですよね。つまり、「昔の相場」を覚えている人であればストーリーの展開がだいたい読める。たぶんアニメではやらないだろうが、少し前まで連載していたエピソードが「スイスフラン編」……知らない人は「?」でしょうが、知ってる人は思わず「ヒュッ!」と喉が鳴ってしまうかもしれません。「絵柄の可愛いウシジマくん」という評が言い得て妙です。

 くるみ役を演じる声優は「鈴木愛奈」、『ラブライブ!サンシャイン!!』の「小原鞠莉」や『邪神ちゃんドロップキック』の「邪神ちゃん」をやった人です。個人的には『結城友奈は勇者である』の「ぐんちゃん」こと「郡千景」が迫真の演技で印象に残っている。監督は「小川優樹」、『見える子ちゃん』のアニメでも監督を担当してた人です。っていうか、偶然だろうけどさっきから「ちゃん」が多いな。制作は「パッショーネ」、『異修羅』とか『片田舎のおっさん、剣聖になる』、『ぬきたし THE ANIMATION』を手掛けたスタジオ。まだ発表のみで放送時期は不明ながら『生徒会にも穴はある!』のアニメも制作予定。PVを観た感じでは原作のイメージから大きく外れる内容ではなさそうだし、期待しています。

『ボトムズ』15年ぶりの完全新作『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女』発表!押井守氏が監督を務め、アニメーション制作はサンライズ、制作協力としてProduction I.Gが参加。サンライズ50周年記念作品として2026年に展開へ(電ファミニコゲーマー)

 「炎の匂い しみついて むせる」や「分隊は兄弟、分隊は家族。 嘘を言うな! 猜疑に歪んだ暗い瞳がせせら嗤う」でお馴染みのボトムズの新作、しかも監督が「押井守」で動揺を隠せない。『装甲騎兵ボトムズ』は1983年から1984年にかけて放送されたTVアニメ、『宇宙戦艦ヤマト』が1974年で『機動戦士ガンダム』が1979年だから感覚的には「ヤマトの10年後、ガンダムの5年後」くらいの位置付けにあるロボットアニメです。近い時期の作品としては『超時空要塞マクロス』(1982年)や『聖戦士ダンバイン』(1983年)などがある。なお1985年に『機動戦士Ζガンダム』が放送を開始しています。

 「銀河が二つに割れた星間大戦争」というSFチックなストーリーを背景にしているが、肝心の「百年戦争」は両軍が疲弊したことで休戦状態になっており、本編ではそこまで掘り下げられない。1話目のタイトルも「終戦」です。主人公の「キリコ・キュービィー」は軍人として奇妙な任務に参加し、そこでヒロインの「フィアナ」と出会う。ロボットアニメとしてはミリタリー色が強く、主人公たちの搭乗するロボットを「無敵の砦」ではなく「鉄の棺桶」として描くなど「人名の軽視」がテーマの一つになっている。タイトルのボトムズは「明日をも知れぬ最底辺の兵士たち」という意味で付けられています。監督は「高橋良輔」、ボトムズの前に『太陽の牙ダグラム』を担当し、ボトムズの後に「蛇腹剣」の象徴である「ガリアンソード」が出てくる『機甲界ガリアン』も手掛けている。「リアルな戦争描写」はダグラムでやり切ったという思いから、「ボトムズはエンターテインメントに特化させよう」と考えたそうだ。1998年の『ガサラキ』以降はあまり目立つ仕事をしていないが、最近だと『ザ・ファブル』の監督もやっています。監督曰く「絶対に外せない大きな企画は自分のところに回ってこない、『とりあえずやってみようか』みたいな企画は来る」とのこと。ボトムズは橋監督のセンスに支えられている部分が多く、何かとネタにされたりパロられたりする次回予告のテキストも監督自らが執筆している。そのセンスを買われて『今、そこにいる僕』というアニメでは次回予告だけ書いたこともあるぐらいです。

 今で言う「シェアワールド」とか「メディアミックス」のような試みをした作品でもあり、『青の騎士ベルゼルガ物語』というキリコ以外の人物を主人公に起用した外伝作品もあります。「虚淵玄」は少年時代にこの『青の騎士ベルゼルガ物語』を読んで深い影響を受けた、と公言している。TVアニメとして放送された作品は『装甲騎兵ボトムズ』のみだが、OVA作品が多く、『機甲猟兵メロウリンク』や『赫奕たる異端』、『ペールゼン・ファイルズ』などがある。最後に作られたOVAは2011年の『孤影再び』。今回の『灰色の魔女』はどういう形態で公開するのか明かされていないが、劇場映画か、もしくは配信形式のOVAになるんじゃないかと思います。これまでのボトムズ作品は、メロウリンク以外ほとんど高橋良輔が監督してきた(スピンオフの『装甲騎兵ボトムズ Case;IRVINE』や『ボトムズファインダー』といった例外はある)ので、橋以外、それも押井守というビッグネームが乗り込んでくるとあって大きな驚きが湧き上がってきたワケです。

 ボトムズはキリコを主人公にしたシリーズがメインであるが、ティザームービーにチラッとも映らなかったところを見ると今回はキリコ出て来ないのかな。キリコのストーリーは『小説 装甲騎兵ボトムズ チャイルド 神の子篇』が今のところ最新で、子連れ狼よろしく幼い子供を抱えながら彼の旅はまだ続いている。ただ、『赫奕たる異端』以降で描かれる「本編が終了してからの後日談」はあまり人気がなく、過去編に当たる『ペールゼン・ファイルズ』の方がファン受けはいい。なので、キリコが出てくるとしたら過去編かもしれない。20年以上前に雑誌の“Newtype”で橋良輔と押井守が対談したことがあるらしく、当時の記事そのものは公開されていないが当時の記事に反応した「小黒祐一郎」のコラムはまだ残っています。ボトムズのミリタリー描写にかなり感銘を受けたみたいなので、少なくともミリタリー要素は外してこない……と思う。

 押井守と言えば『Avalon 灰色の貴婦人』という本も出しており、「灰色」繋がりでちょっと思い出したが関係はないだろう。『ロードス島戦記』の副題とカブっているのも単なる偶然かな。しかし、『水星の魔女』、『キルケーの魔女』と来て『灰色の魔女』……ジークアクスにも「魔女の戦争」というエピソードがあったし、サンライズ魔女多過ぎ問題。「Die Graue Hexe」と英語ではなくドイツ語のタイトルになっているのも何か意味があるんだろうか? 押井守の“ケルベロス・サーガ”は「日本が英国と同盟を組んだ結果、独逸・伊太利の枢軸国に敗北し、終戦後独逸に占領された」ifを描いているから、「ケルベロス・サーガの世界を舞台にしたコラボ作品」という線も捨て切れない。正直期待よりも不安の方がデカいけど、劇場作品なら是非とも映画館で観たいな。出来がアレだったとしてもそれはそれで楽しめる気はする。

・結城真一郎の『どうせ世界は終わるけど』読んだ。

 映画化した『#真相をお話しします』の作者「結城真一郎」最新単行本。著書としては7冊目に当たります(ちなみに『#真相をお話しします』は4冊目)。ジャンルは「SF」かな? 「100年後に小惑星が衝突し、地球の全生命が滅亡するとほぼ確定した」世界を舞台に、6つのエピソードを紡ぐ連作短編集です。一編一編の繋がりは薄く、総決算に当たる最後のエピソード「どうせ世界は終わるけど」以外はどういう順番で読んでも構いません。特にこだわりがなければ順番通りに読んだ方がわかりやすいと思います。

 小惑星の名は「ホープ」――「明確な終わり」を意識することで人類はあらゆる対立を捨て、一丸になって問題に取り組むことができるのではないか、という望みを託して命名された。無論、そんな都合の良い話にはならなかった。相変わらず世界は惰性で動き続け、あらゆる問題は解決の兆しを見せずにずっと引きずったまま、「どうせ世界は終わるのに」という厭世観がへばりついている。「未来のない世界」で生きる人々は、ルターのように「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」と希望を懐けるのか……。

 各編何らかの仕掛けが施されていて、オチの部分で「あっ!」と膝を打つ、ミステリ的な意匠を施された小説集です。とはいえあまり大きな事件は起こりません。どんな大事件を描こうと、「人類が滅亡する」インパクトの前では霞んでしまいますので……「世界の終わり」が確定した状況で展開するミステリというのは実のところ既に存在しており、具体的なタイトルを挙げると「ベン・H・ウィンタース」の『地上最後の刑事』です。こっちは「半年後に小惑星が衝突する」設定なので『どうせ世界は終わるけど』よりも状況が差し迫っている。三部作だけどあまり売れなかったのか、第二部『カウントダウン・シティ』と完結編『世界の終わりの七日間』は文庫化されていません。もっと切羽詰まった状況で刑事たちが足掻く物語をご所望でしたら、そっちに行った方が宜しいかもしれません。

 何せ100年後だ。初報に触れた人間のほとんどは衝突前に寿命で亡くなります。「心配しても仕方ない問題」と言えばそれはそうで、滅亡のカウントダウンが始まったにも関わらず漂う空気はどこか長閑。ただ、「子供や孫は滅亡に直面するかもしれない、そうとわかっていてなお子供を作るのか」といった葛藤に直面するし、「科学者の計算が間違っているかもしれない」「途中で何かが起こって『ホープ』の軌道が逸れるかもしれない」と考えている滅亡否定派も存在し、「滅亡を回避するために『アルマゲドン』みたいな計画を練ろう」と絶望に立ち向かっていく人々もいるから足並みが揃わず、どこか不穏な気配も流れている。ちょっとネタバレになりますが、大きな暴動とか国が割れるレベルの内戦とか、そういうスペクタクルはありません。描写されていないだけで世界のどこかでそういう事態が発生しているかもしれないけど、本書で綴られるのはもっと小さな日常の数々です。

 「第一話 たとえ儚い希望でも」 … 「吉岡日向」は滅亡の日を待たずして命を絶った。いったい何が彼女を絶望させたのだろう? 日向の幼なじみである「私」は、彼女と過ごした青春の日々を思い出す――「自殺した幼なじみ」の謎を追う体裁になっていますが、その謎が解けたところで日向は二度と戻ってこない、という虚しさに裏打ちされた一編。冒頭一編目ということもあってあまり複雑なストーリーではなく、「仕掛け」も至ってシンプルです。というか、この本は全体的にそこまで難解な「仕掛け」を用意していないので、あまり身構えず自然な態勢で読んだ方が吉です。インパクトはないが、本書に最後まで目を通すともう一度読みたくなるエピソード。

 「第二話 ヒーローとやらになれるなら」 … 俺は絶対、歴史に名を残すビッグな男になる――そう吹聴してやまず、「ビッグマウス」と揶揄われたのも昔の話。「村井」は小惑星衝突のニュースによって、名を残すべき「歴史」そのものが消え去ってしまう事態に耐えられず、心が折れてしまった。自信を喪失しながらも就職活動を行っていたところ、同じ高校に通っていた女性「諏訪部」と再会し、「村井くんは、私にとってヒーローなんだからさ」「誰がなんと言おうと、永遠にね」という言葉を掛けられる……「ヒーローになる」という志を見失いかけていた青年が、誇りを取り戻すまでのエピソードです。諏訪部とは親しくしていたが「永遠のヒーロー」と呼ばれるほどのことを成し遂げた記憶はなく、戸惑う村井。なぜ彼女はそこまで彼を持ち上げるのか? 「たとえ儚い希望でも」が暗めの話だったから「読み進めるのがイヤになってきたな」と感じる人もおられるかもしれませんが、せめてこの話までは読み進めてほしいですね。それでも「面白くない」と感じるのであれば「合わない」ということですから読むのをやめた方が良いかもしれません。

 「第三話 友よ逃げるぞどこまでも」 … 離島に上陸し、勝手に住み着いて世捨て人の如く暮らしていた「私」。しかしある日、同じ島に「逃亡者」がやってくる。憎めない言動によってあっという間に距離を詰めてくる剽軽な男。「私」はその顔に見覚えがあった。間違いない、こいつはよりによって刑期満了の一日前に逃亡し、全国で指名手配されている殺人犯にして脱獄囚「永瀬北斗」だ……「世捨て人と脱獄囚のふたりぐらし」という、なかなか他にはない読み口が面白い一編。永瀬には懸賞金が掛かっているので、金目当てに通報しようかどうか「私」は迷います。「ヒーローとやらになれるなら」が「厭世観に立ち向かう人」の物語だとすれば、これは「厭世観から逃げ延びようとする人」の物語です。

 「第四話 オトナと子供の真ん中で」 … 学級委員の「山路芽衣」、授業では進んで挙手し、掃除中にふざけている男子がいれば「ちょっと男子! 真面目にやりなさいよ!」と叱責する、ちょっとウザいぐらいに真面目な少女。親しみを込めて「マジメイ」と呼ばれていた彼女は、夏休み明けに変わってしまった。いつもぼうっとして、溜息をつき、顔色もどこか冴えない。言うこともどこか厭世的で、「やさぐれた」としか表現のしようがない変貌ぶりだった。「家出して東京まで行く」というマジメイの計画に、成り行きから付き合うことになった「僕」だったが……マジメイと「僕」は小学六年生で、「二人きりの家出旅行」ではあるものの艶っぽい雰囲気は漂わない。なんというか「夏頃に上映される映画」みたいなムードなんですよね。「この夏、アナタはマジメイの言葉に涙する……感動の青春ストーリー!」「映画館でマジ泣き!」的な。なぜそこまでマジメイがグレちゃったのか、という謎を主眼に置きつつ、「存命中に世界が滅ぶかもしれない世代」である「僕」の心の動きを追っている。爽やかさで言えば「ヒーローとやらになれるなら」と並ぶほど清涼感のある一編。もし実写化されたらサイダーとかラムネを飲みながら観たい。

 「第五話 極秘任務を遂げるべく」 … ゆとり世代、さとり世代と来て、お前らは「みとり世代」だ――成す術もなく世界が終焉を迎える様をただ看取るしかない、無力な世代として揶揄される「俺」。度重なるパワハラに堪忍袋の緒が切れて、取引先の担当者を殴ってしまった結果、当然の如く懲戒免職。酒に溺れ、ギャンブルに熱中し、借金をこさえ、妻から見放された。そんなクズの「俺」をまだ「パパ」と慕ってくれる娘のため、「極秘任務」に従事する決断を下す……再生物語、という意味では「ヒーローとやらになれるなら」と一緒だが、こっちは前科持ちで割と本格的な落ちぶれ具合です。ただ、「酒に溺れ」た割にアルコール依存症にはなっていないみたいで、「なんかあっさり立ち直ったな」という印象を受けます。「娘のためにもう一度奮起するパパ」という感動モノとして手堅いストーリーラインを厳守しているものの、「仕掛け」の単純さといい立ち直りの早さといい、エピソード的にはちょっと軽いかしら。

 「第六話 どうせ世界は終わるけど」 … 結婚相手の連れ子、つまり義理の息子「みっくん」は「気象予報士になる」という夢を持っていたが、友達から「どうせ世界は終わるのに、そんな仕事になんの意味があるんだよ」と揶揄われて、揉み合いの喧嘩になったらしい。その友達「萩原くん」とは仲直りしたものの、以来不登校になったみっくん。でも「私」は知っている。みっくんと萩原くんが仲直りの握手をするとき、こっそり意味ありげな笑みを交わしていたことを……学校に行こうとしないみっくんの真意を探る、シリーズ完結編。これまでのエピソードに登場したキャラが次々と現れるので、これだけは最後に読んだ方がいいです。というか、これから読み出すと意味のわからない箇所が多すぎます。

 最終的に、人類は本当に滅んだのか、それとも滅びを回避したのか、ハッキリとは言及せずに幕を引く。あくまで「人類滅亡」は舞台装置と割り切った措置で、シミュレーション的な小説ではありません。世界情勢とかもそこまで深く触れられない。滅亡要素を目当てに読むと肩透かしかもしれません。「どうせ」と捨て鉢な風情を漂わせながら「けど」という逆接で締める、諦めの中で諦め切れない諦めの悪さをカラッと描いた小説です。試しに一個だけ読んでみたい、というのであれば私がオススメするのは「第三話 友よ逃げるぞどこまでも」ですかね。「社会」から切り離された男ふたりの関係がなんか心地良くて、ここはもっと長尺で書いて欲しかったな、と願ってしまいます。



管理人:焼津