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2026-09-10.

・令和の世に『ブラック・ブレット』が12年ぶりに再始動(リブート)と聞いて「“幻想(ユメ)”じゃねえよな……!?」って顔をする焼津です、こんばんは。今年「“幻想(ユメ)”じゃねえよな」案件多すぎない?(のうりんの最終巻刊行、『風の白猿神』再開、スタァライトの完全新作アニメ等々)

 何せ12年も中断していた作品なので知らない人も居るでしょう。概略を解説します。『ブラック・ブレット』の作者は「神崎紫電(かんざき・しでん)」、2007年に『マージナル』という作品で「第1回小学館ライトノベル大賞・大賞」を受賞してデビューした作家、つまりガガガ出身です。マージナル完結後、2011年に電撃文庫で『ブラック・ブレット』(今度再始動する「新ブラブレ」と区別するため、以下「旧ブラブレ」と表記する)を刊行開始。タイトルは「黒の銃弾」という意味だが、「ブレット」を「ブレッド」と誤記する人が後を絶たなかった。このため「黒パン」という通称もごく一部で流通している。

 近未来の日本、「ガストレア」と呼ばれるウィルスに寄生され暴走した生物たちによって生存域を大いに狭められた人類。学生でありながらガストレアを駆除する「民警」として日々戦いに明け暮れている少年「里見蓮太郎」は、相棒の幼女(10歳)「藍原延珠」とともに絶望的な世界で未来を掴もうと奮闘していた……という、今となってはややクラシカルなバイオハザード系アクション小説です。ゾンビ物のゾンビを「キメラじみた異形の怪物」に置き換えたような感じ。ヒロインの延珠は生まれつきガストレアウィルスに汚染されている「呪われた子供たち」の一人であり、ある程度の抵抗力があるためストーリー開始時点ではまだ人間の形質を保っているが、ウィルスの侵蝕が進むと異形の怪物に変貌して戻れなくなる……という辛い運命を背負っている。「呪われた子供たち」はかつて生まれてすぐに殺されていたが、「管理」する仕組みが整った事で対ガストレア戦力の少女兵(「呪われた子供たち」は女子のみ)「イニシエーター」として民警に組み込まれている。延珠もその例に漏れず、「命短し」と自覚しているため、10歳という若さで蓮太郎へ積極的にアピールしているワケです。そういう、なんというか「悪趣味な設定のソシャゲ」みたいな胸糞ストーリーなんですが、単純に延珠ちゃんが可愛い事もあって「ロリコン御用達」(同時に「ロリコンにとっての地獄」)と愛され/憎まれてきました。そんな旧ブラブレは2014年にアニメ化、4月の放送開始に合わせて原作の最新刊(7巻)も刊行され、ここからシリーズは本格的に盛り上がっていく……ハズでした。

 結論から書きましょう。旧ブラブレは7巻を最後に刊行されなくなり、「アニメ化した途端に新刊が途絶えて未完になった作品」という扱いになります。「作者はアニメ化に賭けていて心血注いで制作に協力したが、不満足な反響に終わったため落胆して執筆意欲を失った」とか「プライベートでショックな事があったため、筆を折って失踪した」とか果てには「ガストレア化した」とか、様々な噂が囁かれる事態に。X(当時はTwitter)で最後に生存報告があったのは2015年3月9日でした。10年以上の年月が経過し、さすがに再開を諦める人が続出する中、突然再始動のニュースが舞い込んだんだからネットはそりゃもうお祭り騒ぎですよ。

 「再始動」と言っても「旧ブラブレの続きとして8巻が出る」ワケではありません。ややこしいので整理しながら書いていきます。今度再始動するブラブレ、つまり「新ブラブレ」の正式タイトルは『ブラック・ブレット 新世界秩序(ザ・ニューワールド・オーダー)』。旧ブラブレに加筆修正を行いつつ、もう一度1巻から刊行し直していく形になります。再構成に伴って巻数表記も少し変わる。旧ブラブレの1巻と2巻はそのまま新世界秩序の1巻と2巻に相当するが、3巻と4巻は「3(上・下)」になる。このへんまでは修正箇所はあるにせよ、展開自体は概ね一緒。旧ブラブレの5巻と6巻は「4(上・下)」になり、公式によると「物語は新たな分岐を迎え」る――つまり、旧ブラブレの6巻に当たるあたりから展開が変わるそうです。そして旧ブラブレの7巻は「なかった事」になり、新ブラブレの「5(上・下)」以降は完全新作――要するに「途中までは一緒だけど、6巻の展開を変えて7巻の内容を完全破棄してやり直します」と宣言したのだ。再始動作品だとこういう事も割とありますね。大迫純一の『ゾアハンター』も旧シリーズの最新刊『贖罪のカルネアデス』は除外されました(あれは外伝的な位置付けの作品だったからチョイ事情が異なるけど)。あのやたら薄かった(紙版だと216ページしかなかった)7巻、9月10日現在も電子書籍版が販売されていますが、「新ブラブレとは話が繋がらない」って問題を抱えている事もあり、いずれ混乱を避けるために販売停止にする予定とのこと。旧ブラブレに思い入れのある方は今のうちに7巻だけでも押さえておいた方がいいです(電子書籍は一旦購入すれば販売停止後も再ダウンロードが可能)。

 新ブラブレのイラストは引き続き「鵜飼沙樹」が担当。ラノベの挿絵を手掛けるのも久々なんで結構ビックリした。私の記憶が正しければ『異世界迷宮の最深部を目指そう』の16巻が最後なハズ。もう5年経っています。正直、ブラブレが再開するとしてもイラストレーターは変更になってしまうのでは……? と不安だったのでホッとした。時間が空き過ぎたせいで画風はかなり変化しているが、そこは言ってもしゃーない。鵜飼沙樹は最近Vtuber活動もやっていて、配信で今回の件について語っていたが、差し替えるのは表紙だけで、中身の挿絵に関しては「大人の事情」でそのままになるそうです。昔の絵だから本人も出来れば描き直したいらしいが……恐らく、単純に予算と納期の問題でしょうね。私はもう旧ブラブレに関しては諦めて古紙回収に出しちゃってたから、新ブラブレをまた1巻から買い直す事にします。所有欲を満たされる紙にするか、置き場の事を考えて電子にするか、まだ迷っていますが……。

 そしてブラブレとは別に『悪の神髄』なる完全新作も出す模様。「せめて新ブラブレを完結させてからにしろよ!」と思わなくもないが、とりあえず注目しておこう。タイトルからして『マージナル』路線に回帰した作品か?

『きみは四葉のクローバー』、アニメ化決定!

 “週刊少年チャンピオン”で連載中のサスペンス漫画です。週チャンの未アニメ化作品で次に来るとしたらコレかな……とは思っていましたが、本当に来るとはね。素直に嬉しいです。週チャンには『ヤンキーJKクズハナちゃん』というもう30巻を超えた長寿未アニメ化作品もありますが、アレはもうアニメ化しないまま完結する流れに入ってるかな、って……。

 『きみは四葉のクローバー』は「チャンピオンクロス」でほとんど読めるから読んでもらった方が早いんですが、一応解説しておこう。四葉のクローバーには花言葉がある、それは「復讐」――明るく聡明でクラスの人気者だった少年「宇津宇一」は、「あること」をキッカケに家庭が崩壊、他の生徒たちからイジメられるクラスの最底辺に転落してしまった。そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、幼馴染みの少女「よつは」。彼女はまるで宇一が辿る「最悪の未来」が見えているかのようにことごとく破滅フラグを回避して、「正体不明の悪意」に敢然と立ち向かっていくが……といった感じの話。だいたい察せられるだろうがよつはちゃんの精神は未来から記憶を保持した状態でタイムリープしており、「悲しい結末に辿り着いてしまった宇一の正史」を塗り替えるためにあれやこれやと暗躍する。規模を小さくした『東京卍リベンジャーズ』といった趣です。ただ、東リベと違ってよつはちゃんは相当な回数をやり直しており、まるで乱数調整とばかりに細かいムーブの積み重ねで最適な未来を選択しようとしていく。そのへんはまどマギの暁美ほむらっぽいですね。

 宇一の「正史」はどんなものだったのか? 彼の運命が一転したキッカケである「あること」とは何か? そして随所に見え隠れする黒幕の正体とは……数々の謎でストーリーを牽引していく形式であり、ぶっちゃけ内容をかなり要約しないと1クールでまとめるのは無理だろう。そもそも原作がまだ続いてますからね。「よつはのRTAはこれからだ!(第一期・完)」って最終回になる可能性が高いです。「だったら『僕だけがいない街』みたいにアニメオリジナルの展開でも何でもいいから1クール内にストーリーをまとめろよ!」って思う人もいるだろうが、『きみは四葉のクローバー』はよつはちゃんのいじらしい奮闘が見所なので、謎解きは「従」と捉えた方がいいです。よつはちゃん、未来を知っているアドバンテージからまるでルルーシュのような頭脳戦を繰り広げているように見えるキャラだが、実際はエゲツない回数のループをこなしているおかげでギリギリどうにか立ち回れているというパワープレイ系ヒロインなので、どっちかと言うと枢木スザクのポジションなんですよね。ランスロットが出撃した途端にルルーシュの計画が瓦解する様子を想像してもらえるとわかりやすいです。黒幕に「全ては過去、終わった事だ」と言われて「過ァ去オッ!?」ってなるよつはちゃんが目に浮かぶ。

・下村敦史の『暗闇法廷』読んだ。

 乱歩賞作家によるリーガル・サスペンス。「竜ヶ崎恭介」という弁護士が主人公ですが、これまでに出演作はなく、これが初登場。今後シリーズ作品が出る可能性もありますが、現時点ではノン・シリーズ作品です。というか、下村敦史って基本的にシリーズ作品ってあんまり書かないんですよね。全著作網羅しているワケではないが、だいたいが単発だったハズ。思い当たるシリーズ作品は「難民調査官」シリーズと、『逆転正義』『暴走正義』の「正義」シリーズくらい。どちらも現時点で2冊ずつしか出ておらず、東野圭吾にとっての「ガリレオ」シリーズや「加賀恭一郎」シリーズのような、いわゆる「看板シリーズ」は存在しません。おかげで「基本的にどこから読み出しても構わない」という感じになっていますが。

 障碍者支援施設で、施設長が殺された。容疑者は全盲の女性で、名前は「美波優月」――家族から話を聞き、弁護の依頼を引き受けた竜ヶ崎恭介は、無実を訴える美波を信じようとするものの、旗色の悪さを感じずにはいられなかった。決定的ではないにせよ物的証拠や状況証拠が複数あり、無実を証明する論拠も乏しい。しかも容疑者の美波は明らかに何かを隠している素振りだった。現場が障碍者支援施設という事もあり、証人として喚問される人々も聴覚障害や発声障害など、何かしらのハンディキャップを負っている。普段とは異なる法廷の進行。裁判員たちの心証を気にしながら、何とか突破口を見出そうとする竜ヶ崎だったが……。

 プロローグが容疑者視点で、この段階で既に「何かを隠している」事は明らかなのですが、当然その「何か」はすぐには明かされない。クライマックスまで伏せられたまま、読者も竜ヶ崎も美波を信じ切れない不安定な状況で物語が進行していく。そういう意味で「サスペンス(宙ぶらりん)」です。さて、リーガル(法律)物というと『逆転裁判』みたいなイメージを抱く方も多いでしょうが、概ね間違ってはいません。美波は起訴され、法廷で有罪か無罪かを巡って裁判員裁判が行われる。竜ヶ崎が敏腕弁護士である事は序盤、別の裁判で活躍するところを見せて印象付けているが、「対手」として立ちはだかる「真渕良樹」もまた辣腕検察官。法廷戦術を知り尽くした真渕は竜ヶ崎の意図をことごとく挫こうと様々な手を打って来ます。

 普通、こういう裁判モノって検察側を下げようとする描写が多くなると申しますか……逆裁でお馴染み「御剣怜侍」も、根っからの悪人ではないにせよハッキリ言って印象が良くないプレーヤーも多いでしょう。プレーヤーから嫌悪されないよう、かなり慎重にキャラクター造型されているからそれなりに好感を持った人もいるだろうが、「こいつ、成歩堂くんがいなかったら冤罪を量産しまくっていただろうな……」って感じちゃいますから個人的に好きにはなれない。真渕も御剣寄りのキャラでセコい法廷戦術を使って竜ヶ崎を苦しめるが、意外とそんなに株は下がらないんですよね。結末にも関わってくるので詳述できませんが、真渕に好印象を持つ読者も出てくると思います。

 リーガル・サスペンスは「読者も知らないようなマイナーな法律が引っ張り出されて、それが決定打になる」という後出しジャンケンみたいな話もちょこちょこあるが、本書に限ればそういう心配は無用。あくまで『逆転裁判』的なレスバを主軸にストーリーが進んでいき、法律知識が疎い人でも問題なく楽しめる内容となっています。逆に言えばあまりマニアックな内容ではなく、本格的な法廷バトルを期待して読むと少しガッカリするかも。ニュアンスが伝わるかどうかわからないが、「歯応えはそんなにないけど読み応えはある」って一冊ですね。

 容疑者の美波が隠している「何か」は早い段階で察する人もいるかもしれませんが、本書の良いところは「察してもなお面白い」構成になっているところです。わからなかった人はシンプルに驚くだろうし、わかった人はわかった人でニヤニヤしながら読めるかと。全体が330ページで、裁判員裁判が開廷するのは168ページ目から。およそ半分を過ぎたあたりです。極端な話、法廷対決だけ楽しみたいのであればそこから読み出しても構わない。いや、いろいろ伏線も張っているので、普通に頭からキチンと読んだ方がいいのは確かなんですけどね……最近はタイパ? とかいうのを重視して「さわり」だけ読みたい、って人もいるらしいので試しにトロの部分を教えてあげてみました。そんなんで本当に楽しめるのかなぁ、と個人的には懐疑的ですが。

 まとめ。「敏腕弁護士 VS. 辣腕検察官」という『逆転裁判』めいたシチュエーションを楽しみたい人にうってつけの一冊。あまり小難しくない内容なので読みやすく、リーガル・サスペンス小説に不慣れな人でも大丈夫です。「障碍者の感じる世界」という、通常の裁判モノではなかなか出て来ない視点が出てくるのが興味深い。強いて言えば、ミステリ作品に読み慣れている人からするとメタ読みできてしまう部分が多い(「これ、〇〇について触れてないって事はほぼ確実に××だよなぁ」などと察してしまう)ため、すれた読者にはちょっとオススメしにくいかも。ともあれ竜ヶ崎と真渕の対決はまた見たいですね。あんまりやり過ぎると御剣同様、「こいつ冤罪量産マシーンじゃないか?」って悪印象が根付いてしまうので、出来てもあと一回でしょうが……リーガル・サスペンスで難しいところはココなんですよね。日本は起訴までいった事件の99.9%くらいは有罪判決が下るので、あんまり何度も裁判が逆転するとリアリティがなくなってしまうし、検察側の株がどんどん落ちてしまう。真渕が竜ヶ崎以外の弁護士と戦って勝つようなエピソードもやればバランスは取れるだろうが、普段シリーズ物を書かない作者の事だし、「そこまでするなら単発作品で検察モノやるわ」って話になるでしょうね。


2026-09-05.

・『ブルーアーカイブ』が「ダイビング部」という新メンバー追加で盛り上がっていて、「久々にログインする……かぁ」とランチャーを立ち上げたものの、なぜか連携が切れていて危うくアカウントを作り直すところだった焼津です、こんばんは。

 面倒臭がってYostar IDを作成せず、引継コードの発行もサボっていた(ブルアカの連携コードはFGO等と一緒で、一度使うと初期化され無効になるタイプ)せいで「終わりだ」と一護顔を晒してしまったものの、ダメ元で「スタえも〜ん!」とYostarの問い合わせ窓口に泣きついたところ「これから起こることはすべて偶然だ! だから2度とこんなことが起こるなんて思うなよ」と温情措置で引継コードを発行してくれたので何とかアカウントを復旧することが出来ました。即座にYostar ID作って同じことが起こらないよう対策したのは言うまでもない。とにかくブルアカやってる人はYostar IDを作っておくこと、それがイヤなら最低限端末を変えて引継コードが初期化されるたびに新しい引継コードをちゃんと発行しておく事をオススメいたします。

・鋼我の『汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず(1〜2)』読んだ。

 いわゆる「現代ダンジョン」モノ。異世界を舞台にしたファンタジーではなく、「現実によく似たパラレルな世界」に突如ダンジョンかそれに類するモノが生えてくる話です。結構前からあるジャンルで、海外作品の『俺だけレベルアップな件』あたりが有名だろうか。あれの連載開始が2016年なんで、少なくとも10年前の時点で存在していた分野ではある。日本の書籍化作品だと、アニメにはなっていないが『Dジェネシス』らへんがブームの火付け役という印象を受ける。さておき、この『汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず』はもともと小説作品としてではなく、AA(アスキーアート)作品として2ch(当時)に投稿されていた「やる夫スレ」の一種です。元のタイトルは「現代ダンジョンに希望を持つのは明らかな間違い」で、詳しい事は作者本人が語っているのでそちらを参照してください。1巻のあとがきによると知人の作家(道造、『貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士』の作者)から強く勧められて小説化する事にしたらしい。

 世界各地にダンジョンが発生するようになり、土地の所有者は「ダンジョンの管理を適切に行う事」が義務化された。その結果、管理義務を放棄して逃げ出す人間が続出。俺こと「入川春夫」は知人から買った物件の敷地内にダンジョンが発生している事を知り、管理者となる以外の道が閉ざされてしまった。あの野郎、ダンジョンの事は黙って売りつけやがったな……! 怒り狂うも時既に遅し、知人一家はとうに夜逃げしていて連絡がつかず、役人相手にゴネても仕方ないので渋々と管理を始める。会社をやめ、黙々と「ダンジョンブレイク」――ダンジョン内に収まり切らなくなったモンスターが地上に溢れ出して人々を襲い、街を破壊して回る災害――を防ぐための間引き作業に従事する日々。体に鞭打って雑魚エネミー「こけ玉」を加工し、ゴミ袋いっぱいに詰めて持って行っても、たったの300円にしかならない! お先真っ暗かと思いきや、後輩の美男美女兄妹が住むところもなく困窮していると連絡してきて、大きな転機が訪れる……。

 主人公の「春夫」という名前にやる夫スレ時代の名残りを感じますね。ダンジョンで採取したモンスター等を所定の手続きに沿って売却し利益を得る「ダンジョンカンパニー」の設立、を主眼とした現代ダンジョンモノであり、バトル要素こそあるものの冒険要素は少なく、2巻までの範囲だと主人公はそこまで強くならない。というか1巻の表紙を見てください、でけーオッパイの下で透明な大盾(強化プラスチック製)を構えている作業服の男がいるじゃないですか。これが主人公です。ほぼモブ。しかしオッパイ露出しすぎだろ、この表紙! 口絵のイラストもスゴすぎて「うぁぁぁ ち…痴女がホムセンを練り歩いてる」って反応になってしまった。Web版を読むとわかるが当初の設定では肌を露出しておらず、「中東か南アジアか、ふわりとした占い師めいた衣装。緩やかであるが、彼女のスタイルの良さがそれでもわかる」程度の描写に留まっており、「乳輪はどうなってんだ乳輪は!」と言いたくなるあの格好は書籍版オリジナル要素です。イラストレーターの提案であそこまで露出度が高くなった模様。ちなみにイラストレーターは「みやま零(ぜろ)」です。『彼女たちの流儀』とか『織田信奈の野望』のイメージが強かったから、最初見た時はわかんなかったですね……今はこんなタッチなんだ。

 地道に頑張って少しずつダンジョンカンパニーを軌道に乗せていく、あまり派手さのない現代ファンタジーなので、「こういうチマチマと仕事を頑張る感じのラノベ好き」って人以外にはなかなかオススメしにくいシリーズだが、私は面白いと思いました。オッパイで釣ろうとするのが露骨すぎて、2巻の表紙を確認した時は「これをレジに持っていけってのかよ!」って気分になりましたが。幸い見つけた書店がセルフレジのところだったんで助かった。ただまぁ、イラストで釣ろうとしているだけで、本編はそんなにお色気シーンないです。1巻表紙の右側に映ってるちょっとチャイカっぽい銀髪の子、一見ヒロインっぽいけど主人公に対しては「人としての好意」を抱いているだけで、「異性としての関心」はほぼゼロ。文中でお兄様(この子の実兄)に性欲を向けている事が明示されており、「ヨスガっちまうのか?」という一抹の不安が漂う。2巻表紙の赤髪ハイレグ巨乳さんも登場シーンは少なく、一応「フラグが立ってる」と言えなくもないが……このままだと恋愛面はほぼほぼ進展しそうにない雰囲気だ。作者は別に恋愛アンチではないのでここから恋愛面も盛り上がっていくハズなのだが。鋼我……信じてもいいんだよな……?

 面白いし読み応えるあるが、かなりのんびりしたペースで進む物語のため、気長に付き合った方が良さそうです。「現代ダンジョンかぁ、今はそんなに興味ないんだよな」って人はアニメ化でも決定するまでしばらく置いといてもいいかも。ちなみにコミカライズは既に開始まっています。ダンジョン自体にもいろいろ設定がありそうだし、後輩兄妹の出自もいろいろと特殊そうなんだけど、あくまで「匂わせ」程度で済ませている。まだ物語全体で見ると序章の段階ってムードなんですよね。とにかく続きが楽しみなので打ち切りだけは勘弁です。カラーイラストはオッパイもいっぱいなので「大いなる乳には大いなる乳輪が伴う」という信条の人以外にはオススメ。

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』観てきました。

 面白かったけど、「叛逆から13年は時間掛け過ぎだろ!」ってのが偽らざる感想ですね。まぁパンフレット読むと企画成立までスゴく難航したんだな、ってのはよくわかりますが……ちなみにワル天のパンフレットは通常版と特装版があり、違いは値段と「カバーが付いてるかどうか」だけです。中身は一緒だから「カバー要らない」って人は通常版でいいと思います。ただ、価格差は200円なんで迷うなら特装版を買った方がいいかもしれない。というか、なんでわざわざ通常版と特装版に分けたんだろ……いちいち確認しないといけないので劇場のスタッフもちょっと面倒臭そうにしてたぞ。

 なるべくネタバレは避けて書いていきますが、まだ見てない人はいろいろ察してしまうかもしれないので注意してください、と前置きしたうえで。ワル天の企画自体は2014年、叛逆公開の翌年にはスタッフたちが「続編を作りたい」と動き出していたようで、脚本の虚淵玄もこの頃に取り掛かったと云う(プロットも2014年の時点で受け取った、という新房らの証言あり)。虚淵自身はノーアイデアだったが、魔女空間の設計や各魔女の設定制作を担当していた「劇団イヌカレー」が大量のアイデアスケッチを描いていた事もあり、「これを拾って組み立てよう」と今回のストーリーの根幹である「名塚底根(なづかそこつね)」などを採用して翌年2015年には初稿を脱稿。これを叩き台にして新房やシャフトが新作に取り掛かる……ハズだったが、ここから制作方針を巡って二転三転したようです。そもそも映画でやるのかTVシリーズとしてやるのかもハッキリしておらず、一時期は「前後編の映画にする」という案もあったらしい。虚淵の初稿をもとに他のライターにリライトしてもらったりもしたがどうにもしっくり来ず、「やっぱり虚淵の初稿を使おう」と原点に立ち戻るまで相当な時間を要したとか。『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(2021年公開)の監督・古川知宏が「絵コンテ/ビジュアル・コンセプトデザイン」という役職で起用されたタイミングを考えると、本格的に動き出したのは2020年あたり? 制作発表が「2021年4月25日」、準備段階が長かっただけでアニメ本編の制作期間は5年未満だと思います。

 封切り前に公開されていた情報は、今回新たに2人の魔法少女が登場するって事ですね。2人のうち、黄緑の髪をしている眼鏡っ子が「紫丁香(シ・チョウカ)」。国籍は不明ですが、恐らく中国か台湾でしょう。外伝の『マギアレコード』には「純美雨(チュン・メイユン)」という中国系の魔法少女もいたが、先にハッキリ書いておくとワル天の初稿が上がったのはマギレコよりも前なので両者に直接的な繋がりはありません。ただ、マギレコは虚淵が関わっていない代わりにイヌカレーが結構関わっている(シナリオを書いたイベントもある)んで、イヌカレーのアイデアを元に組み立てたワル天とも微妙に通底する部分がある。「あっ、これマギレコゼミでやったところだ!」ってなるところもあれば「それだとマギレコの設定とコンフリクトしない?」って箇所もあり、マギレコが補助線にもノイズにもなる映画です。話を戻すと紫丁香、生真面目な委員長タイプで、好き勝手に振る舞う仲間たちに振り回される苦労人ポジション。磨伸映一郎が好きそうと思った。声優は「若山詩音」、リコリコのたきな役で有名。最近だと『無職転生』のナナホシ役で凄まじい絶望の演技をかましてましたね。

 丁香ちゃんが手を焼く魔法少女が「セルマ・テレーゼ」、CVは「黒沢ともよ」。デレマスの「赤城みりあ」役や『響け!ユーフォニアム』の「黄前久美子」役で有名な人。子役出身で、人気声優なのにドル売り(アイドルみたいなイメージで売る事)はしていない。最近だとジークアクスのマチュ役で話題になった。天真爛漫と言えば天真爛漫、不真面目と言えば不真面目な性格。叛逆の物語ではほとんど出番のなかった「百江なぎさ」と仲良くなり、一緒に遊園地で遊ぶシーンも挿入されます。今回の映画で私が一番気に入ったキャラはこのセルマちゃんですね。どこが気に行ったのか詳しく説明するとネタバレまみれになるのでもう少し待つ事にします。

 本編の魔法少女5人組はもちろんのこと、今回は百江なぎさの出番もそこそこ多かった。ぶっちゃけ虚淵はなぎさに関して「お菓子の魔女(シャルロッテ)の人間時代」という設定くらいしか作っておらず、叛逆時点での掘り下げはなきに等しかったが、マギレコでは「なぎさが魔法少女になるまでの経緯」を描いたイベントも開催された事があります。イベント名は「百江なぎさは願いを叶えた」、シナリオはイヌカレーの泥犬が執筆。「あくまでマギレコ時空の出来事であり、本編とは異なる可能性がある」旨を前置きしたうえで母の愛に飢えていたなぎさが「願いを叶える」様を描く。

 マギレコもまどドラもやってなくて叛逆のなぎさしか知らない人にとっては今回のなぎさの言動に面食らうかもしれない。上記のシリアスなイベントをやった後に「神浜チーズパニック!」という「お菓子の魔女が大量発生しちゃった! みんなで協力して(要するにレイド形式で)駆逐するのです!」なギャグすれすれのイベントも開催されており、温度差で風邪をひきそうになる。とにかく、そんな具合でマギレコワールドでは百江なぎさという魔法少女が多面的に描かれていたワケです。マギレコ民からするとワル天のなぎさの言動は「まぁ、なぎさってそういうトコあるよね」って感覚である。まどマギは関連作品が多すぎて内容が複雑化しており、ひと口に「まどマギファン」と言っても分野が異なると「何それ。全然知らん」って戸惑う事はしょちゅうである。例えば「本編と叛逆の間の出来事」を綴った『魔獣編』はハノカゲコミカライズを押さえている民にとって基礎知識というよりもはや「前提」なんですが、これが意外と読んでない(どころか存在すら知らない)人も多い。まず重要ポイントとして、ほむらはまどかが「円環の理」になった後に、時間停止魔法が使えなくなりました(叛逆は例外的な状況)。

 そもそも旧ほむらの魔法は厳密に言えば「時間停止」ではなく「盾に組み込まれた『砂時計』を操る魔法」です。砂時計は現実の時間流とリンクしており、ほむらはアレの砂が落ち切った後で盾の機構を使って引っ繰り返す事により時間遡行する事が出来る。盾の機構で砂の流れを止める事も可能。要するに時間停止は副産物なのだ。二次創作でギャグネタにされているせいで勘違いされがちだが、「ほむらはいつでも任意のタイミングで時間遡行できる」ワケではなく、砂が落ち切ってからでないと遡行できません。そして、砂が落ち切ってしまうと時間停止はもう発動しない。本編11話(劇場版をもとに再構成された「TV Edition」だと10話)で時間停止に失敗して攻撃を喰らうシーンがありますけど、あれは時間停止が使えなくなるタイミングを見誤っていたからです。概ね「一周目の世界でキュゥべえと契約した時刻」がタイムリミットであり、ワルプルギスの夜と戦っているあたりでタイムアップとなってしまうのだ。「まどかとの出会いをやり直す」というのが旧ほむらの願いだったが、改変後の世界ではその必要がなくなったため願いの性質も変化しており、「交わした約束を忘れない=記憶操作」が新ほむらの固有魔法となっています。叛逆でほとんどの子がおかしくなっていたのもほむらの魔女空間内で記憶を操作されていたからですね。自分自身の記憶すら操作していたので余計ややこしい事に。

 叛逆のラストで正しい記憶を取り戻した事もあり、ふたたび時間停止が使えなくなりました。このへんを前提にした、「悪魔ほむらはもう時間停止が使えない」「その代わり周囲の記憶を操作し、事象すら書き換える事で都合の良い箱庭を作り出している」って事実を知らないと叛逆以降のストーリーが格段にわかりにくくなってしまうんですよ。「ほむらちゃん、なんで時間を止めたり巻き戻したりしないの?」と感じた観客も結構いそうです。

 かなり賛否が分かれているみたいですが、個人的な感想としては「面白かった」、でも「時間掛け過ぎだし、制作に難航した影響もあってかなり変な映画になってるよ!」というのが率直な感想です。なんだろうな、Ave Mujicaのアニメ見た時の感覚にちょっと近いというか、「このアニメ……何か変!」と叫びたくなる出来。だいぶ仮面ライダーの劇場版みたいな胡乱さが濃厚に漂っていた。ヴィランがヴィランをボコるシーンがあるせいで『アウトレイジ』っぽくなってるし。「新キャラがいいからギリギリであり」ってところですね、これで新キャラに魅力を感じなかったらかなり際どいところだった。オススメかどうかに関しては、「わざわざオススメかどうか訊く者にはオススメ出来ん!」という感じ。チェストワルプルギス! ネットである人が言っていた「ガンダムで喩えるとF91」がしっくり来る。かなり取っ散らかった内容なので、覚悟の準備をしてから臨んだ方が宜しいです。

魔法少女まどか☆マギカ:13年ぶり新作「ワルプルギスの廻天」 公開3日で興収9.3億円突破 53万人動員のロケットスタート(まんたんウェブ)

 最近は鬼滅やチェンソーマン、ちいかわなどの興行収入で感覚が狂わされて「なんだ、初週10億も行かないのか」と言っている人もいますが、正気に返ってください。「ジャンプ原作ではない深夜アニメ発の映画」でコレというのは、エライ事ですよ。ガンダムブランドの『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』――純粋な新作ではなく「先行公開」なので単純比較できないとはいえ、散々話題になったアレでも公開初週の数字は約6億円です。およそ20年ぶりの新作だった『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』が初週10.6億円なので、数字としてはあちらに近い。デイリーで見ると日曜日にガクンと下がっているからだいぶ初動寄りになりそうな印象ですが、それでも初週でコレだけ稼いで週間ランキング1位取ったらしばらくはその話題性が続くから前作「叛逆の物語」の20億円を超える事はほぼ確実でしょう。

 ここで「深夜アニメ発の映画」の歴史を振り返ってみましょう。いわゆる「深夜アニメ」と呼ばれるジャンルはエヴァンゲリオンを深夜に再放送してみたら意外と良い視聴率が取れたので「この時間帯にアニメを流せばいいのでは?」みたいな発想から広まった(あくまで「広めたのがEVA」であって、「EVAが深夜アニメの創始」というワケではない)経緯があります。「厳密な意味では1960年代から存在していた」みたいな論もありますが、現在の「オタク向けアニメ」という文脈に関して言えば1996年の『エルフを狩るモノたち』とか1997年の『EAT-MAN』、『MAZE★爆熱時空』あたりが走りと見ていいかもしれない。『MAZE★爆熱時空』は1998年に劇場版が公開されているが、一種の「併映モノ」で上映時間は50分もなかったらしい。1998年には『頭文字D』が放送開始して、これが何度か映画化しているから「深夜アニメ発の映画」史はこのへんから始まると考えた方が妥当か。2001年に『頭文字D Third Stage -INITIAL D THE MOVIE-』が上映、興行収入は5.2億円だそうです。

 それまでポツポツ程度だった深夜アニメの放送がグッと増えたのがゼロ年代、このへんから「若いアニメオタクは夜更かしするのが嗜み」になっていきました。東映Kanon、ラーゼフォン、灰羽連盟……オンタイムで見たものもあればレンタル屋でビデオ借りた作品もあったな。『ローゼンメイデン』の放送が始まった2004年あたりは「実況」と呼ばれる、ネットの掲示板やチャットに集まってリアルタイムで感想を垂れ流す文化が定着していたっけ。「乳酸菌とってるぅ?」の反響が凄まじかったな。いくつかのヒット作は劇場版も出たが、ホント「稀に映画化まで行く」という感触で、「深夜アニメ発の映画」はさほど目立っていなかった。深夜に放送して、DVDやグッズを売って、そこそこに利益を回収して終わり……というのがこの頃の常識だったように感じる。

 転機となったのは、やはり『涼宮ハルヒの憂鬱』か? 2006年に1期目が放送され大きな反響を喚んだこの作品は2010年に劇場版『涼宮ハルヒの消失』を公開、原作屈指の人気エピソードという事も相俟って評判が評判を呼び、たった24館という小規模公開からのスタートにも関わらず遂には100館以上にまで拡大公開された。しかし、如何せん規模が小さい事もあって記録はそこまで大きく伸びず、公開当時の最終的な興行収入は8.4億円。当時の情勢を鑑みればスゴい数字なのだが、今の興収ニュースに見慣れている人からすると「10億も行かなかったの?」と拍子抜けするかもしれません。

 そう、今でこそ「大した事ない目標値」みたいな扱いされるが、10億というのは「あのハルヒですら超えられない高い壁」だったのだ。先になるが、アイマスの古参がそのタイトルを聞くと懐かしさに遠い目をしてしまう『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』(2014年公開)も興収は約6.8億円。膨大なアイマスファンを動員しても、もっと膨大な一般浮動層が食いつかないとこれくらいが限界であり、10億とは「低い目標ライン」などでは決してなかった。生中な事では超えられないこの壁を、やっと超えたのが2011年の『映画けいおん!』だった。興行収入19億円。あとちょっとで20億には及ばなかった。2013年8月公開の『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が10.4億円、そして2013年10月に公開されたのが『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』――ワルプルギスの廻天の前作に当たるアレです。叛逆が深夜アニメ発の映画として最速(当時)で10億円を突破し、最終的に20億円の壁すら打ち壊した。「ここから新時代が始まる」と実感した興収ウォッチャーも少なくないだろう。

 2016年公開の『君の名は。』は深夜アニメと関係ないので文脈からは外れるが、オリジナルのアニメ映画、当時はまだブランド性が高いとは到底言えなかった「新海誠」の監督作品であるにも関わらず最終250億円という凄まじい記録を打ち立てて、数々の興収ウォッチャーの感覚をぶっ壊してしまった。これと2020年の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(最終407.5億円)はあまりにも規格外すぎるため、例外事象として処理した方が精神の安定を保てるデータとなっています。一方、「深夜アニメ発の映画」としては『ラブライブ!』が28.6億円、『ガールズ&パンツァー』やSAOのオーディナルスケールが25億円、ヴァイオレット・エヴァーガーデンが21.3億円と、次々に「叛逆超え」の記録が打ち立てられたが、30億の壁はなかなか崩れる気配が窺えなかった。2023年公開の「アイナナ」こと『アイドリッシュセブン』が32.6億に到達し、ようやく牙城を崩し始める。一応、ジークアクスのBeginning(先行上映)も35億ぐらい行ってるが、あれは扱いに困るんだよな……だってBeginningが上映されていた頃って、ジークアクスの放送時間帯がどのへんなのかも不明で、「夕方に放送するんじゃないかな」と思っていた人が多かったんですよ? 一旦上映が終わった後で「深夜アニメです」と告知されて魂消た、という感じです。なので「ジークアクスは深夜アニメ」ってのは間違いないんですが、「ジークアクスのBeginningは深夜アニメ発の映画」って言われると「それは違うんじゃない?」と思ってしまうワケだ。2024年の『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』や2025年の『チェンソーマン レゼ篇』も国内だけで100億円を超えており、「ジークアクスBeginningやジャンプ原作アニメ」を例外事象として処理するならば、まだ30億円の壁を突破した「深夜アニメ発の映画」はアイナナのみ。うたプリは23.5億円、ヒプマイは25億円と、動員力のある女性向け作品でもやはり30億は高い壁であり続けた。

 公開4日で10億円を突破したという事で30億円以上というのは充分射程圏内、それどころか「40億円以上」もありえないラインではなく、またまどマギが新たな時代の扉を開くのか……と注目されていますが、「『君の名は。』や鬼滅映画の後で新しい扉もクソもないだろう」という意見も根強く、興収ウォッチャーの間でさえ意見が分かれるところとなっています。仮に、ジャンプ原作ではない深夜アニメの映画が今後100億円を突破するような事態になっても、世間的な衝撃はそんなに大きくないでしょうね。ちいかわの映画だってもう100億円超えていますし……興行通信社の歴代ランキングによると現時点で国内の興行収入100億円を突破している映画は55本、このうち洋画が30本、邦画(アニメ)が21本、邦画(実写)が4本という内訳になっている。アニメが初めて100億円を突破したのは1997年の『もののけ姫』、そこから30年近く経って、ようやくほぼ毎年100億円超えの映画がコンスタントに出てくる状況となってきました(コナン映画の功績が大きい)。これに対し、洋画は『ズートピア2』や『トイ・ストーリー5』などのおかげでまだ何とか面目を保てているが、「2024年は0本だった」という手痛い現実がある。「3Dアニメではない、実写の洋画」ともなると100億超えは2022年の『トップガン マーヴェリック』が最後だ。世界的な超絶大ヒットになっている『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』も、現時点では日本国内50億円突破という段階。実写作品も盛り返して欲しいところではある。


2026-08-27.

・4巻の発売日も近づいてきたし、そろそろ崩す……かぁ、と『汝、暗君を愛せよ』を3巻まで読んだ焼津です、こんばんは。

 かなりの話題作なので今更解説する必要もない気がするけど、知らん人がいるかもしれんし念のため書いておきます。作者は「本条謙太郎 (ほんじょう・けんたろう)」で、元はネット小説。「小説家になろう」や「カクヨム」、「ハーメルン」といった投稿サイトで2024年に開始し、2部構成で同年末に完結。連載期間は約半年といったところです。2025年から大幅な加筆修正を施しつつ書籍化、来月出る4巻で本編は終了します。後日談というか、「主人公亡き後に刊行された」って体裁の「評伝」があるので書籍版は恐らく全5巻になるでしょう。単発ファンタジー作品としては長いが、いわゆる「なろう系」としてはちょっと短い、そんなサイズのシリーズです。

 主人公「ぼく」は現代日本からの転生者。祖父の代から続く造園会社を継いで若き社長になるもやる気が空回りし、遂には世を儚んでお空にダイブしちゃって、気が付いたら異世界の王様に転生していた……という、書き出しそのものは正直に言ってありきたりだ。「低い身分から成り上がっていく」のではなく既に至尊の地位に就いている――この点に関しては少し珍しいが、『転生したら皇帝でした』などの前例があるため設定についてもそこまでオリジナリティを感じない。じゃあ何が珍しいのかと言うと、「魔法」や「チート能力」、それどころか「戦記要素」もほとんどなく、ストーリーのほぼ全てが「政治」を中心に展開していく、ファンタジーとしてはかなり地味な作品に仕上がっているのだ。なのに読ませる。「この世界で生きている」人々の息遣いが感じられるような、リアリティが……というよりは「解像度が高い」小説である。

 「ぼく」が生まれ変わったのは「サンテネリ」という、地球で言うとフランスっぽい国の若き王様「グロワス十三世」だった。前世での空回りに懲りて「自分の力で何とかしよう」という英雄願望を捨て、徹底的に周囲に頼る「愚王」「暗君」ムーブでどうにかサバイブしていく。しかし自己評価の低さとは裏腹に、王周辺の人物たちは「とんでもないお方だ」と瞠目する事になる……基本のノリとしては「勘違いモノ」や「忖度モノ」に近いかな。「自己評価の低さ」と「周囲から寄せられる高評価」のギャップで読者の心をくすぐる、そういう意味ではなろう系らしいキャッチーな作品と言えなくもない。

 ただ、「勘違い無双」なテイストは1巻が最高潮で、2巻に差し掛かるとトーンダウンしてしまうんですよね。1巻が「主人公の成功」を描く物語なら、2巻は「主人公の失敗」を描く物語で、「なろう小説的な、ひたすら上手くいってヨイショされ続ける気持ち良さ」を求める人は鼻白むかもしれない。そして一人称形式で進むのも2巻までであり、こっそり日本語で日記を書いていた「ぼく」は転生した「この世界」へ同化する事を決意して、日記の執筆をやめてしまう。3巻は主人公である(正確には「主人公であった」と表記すべきか?)グロワス十三世の内心は直接描かれず、各セリフや三人称で綴られる様々な描写から汲み取るしかない。「もう『ぼく』の事は充分にわかっただろう?」と補助輪を外してしまうのだ。2巻のラストで未来のサンテネリが出て来て、グロワス十三世の名前は残っているものの少なくとも「名君」「偉大な王様」としては語り継がれておらず、むしろその娘の方が有名になっている……と暗示される。織田信長は知っていても、織田信秀(信長の父)は歴史好き以外あまり知らないようなもんですね。信秀、暗君ではないんだけど、暗君じゃないからこそ却って印象に残らない。信秀を主人公に据えた小説作品としては『青銭大名』があるけれど、よっぽど売れなかったのか発売から14年経つ今もなお文庫化や電子化はしておりません。まぁ、正直「信長の父である織田信秀が主人公です」と言われて「うおおお! 読みてえ!」ってなる人はあんまおらんよな。信秀主人公ではないが、信長が生まれるところから始まるので信秀の出番が多い『蒼き信長』という歴史小説もあります。

 閑話休題。主人公が軍を率いて大活躍するタイプの戦記ストーリーではなく、むしろ「戦費がない」「兵たちの疲弊が激しい」という理由で戦争を回避しようと根回しするタイプのストーリーゆえ、同じ「最高権力者に転生する(実権があるとは言ってない)」ファンタジーの『転生したら皇帝でした』とはまた読み口が違っています。どちらかと申せば『栄光なき天才たち』に近いかな。確実に歴史を動かした存在でありながら、その偉業は大衆に理解されず、歴史の波に埋もれていく……そんな「忘れられたワケではないが顧みられる事が少ない」王様の肖像を丹念に綴っていく小説です。転生を除けばファンタジー要素は少なく、作中に「魔力」という用語が出てくるものの、これも「方便の類であって実在はしない」って扱いになってます。チートスキルで無双、みたいなのには飽きてきたけど「本格ファンタジー」も胃にもたれる……中間ぐらいの「読みやすい濃度」が欲しい、という方にうってつけのシリーズだ。

 まだ書籍化はしていないが、なろうやカクヨムには関連作も掲載されています。前日譚に当たる『ラケディア、麗しの』(「暗君」は銃が実戦配備されている近世くらいの時代感覚だが、「ラケディア」は槍や弓で戦っていた頃の話であり主人公がスパルタっぽい都から旅立つ事を余儀なくされる追放モノ、作中で広まっている宗教「正教」の創始を巡る話らしい)、現代日本が舞台だけどなぜか「暗君」の記憶を有している「ぼく」が主人公の『地に落ちて死なずば』紙に刷った同人誌もあり、時期は不明ながら商業出版の予定もある)、そして最近連載が始まったばかりの『或る指導者の青年時代』(現代日本から転生してきた「私」が主人公、「暗君」よりはちょっと未来、ロシアっぽい国で皇太子の友人になった「私」が歴史を動かしていく)の3つ。『地に落ちて死なずば』は商業出版が告知されているし、ラケディアや或る指導者はまだ途中なので、「紙で読みたい」派の人は今すぐアクセスせずにのんびり待つのも手です。

『風の白猿神2 幻惑の聖域』発売決定。

 期待していたとはいえ、実際に報じられると「“幻想(ユメ)”じゃねえよな……!?」というリアクションになってしまう。『風の白猿神』、31年ぶりの新装版&続編決定です。元はシリーズタイトルだった「神々の砂漠」が巻タイトルに格下げとなって『風の白猿神』がシリーズタイトルへ変更された件に関しては思うところもあるが、「続編決定」という大ニュースに比べれば些細なものだ。

 久々に実家の書庫から引っ張り出してきてチマチマ読み返しているが、さすがに90年代の作品だけあってベースとなるノリは古臭い。あの頃の角川書店から出ていたオタク向け漫画の数々、そしてほんのり少女漫画っぽいテイストが感じられる。こう書いて伝わるのかどうかよくわからないが、『イズミ幻戦記』とか『真夏の国』みたいなノリなんですよね……なろう小説やカクヨム小説に馴染んだ世代が読んだらどういう感想になるのか、ちょっと興味が湧く。

 気が早いと言われそうだが、1巻と2巻が売れて3巻以降も発売されて大団円まで漕ぎ着けられるといいなぁ。

「ぼくの地球を守って」広瀬アリス主演でドラマ化!監督は三木孝浩、2027年秋に配信(映画ナタリー)

 ぼく地球(たま)、近頃やたら原作不足が叫ばれているのでそのうちアニメ化するかも……とは思っていたが、ドラマ化は予想外だった。あれを、ドラマ化……?? 簡単に言うと「転生物のファンタジー」なんですが、なろうやカクヨムでよくやってる「トラックに撥ねられて異世界転生、前世の知識やチートスキルで無双」な話ではなく、「前世から続く因縁」が軸です。興趣を削ぐかもしれないのであまり細かく説明できないが「前世」の舞台は宇宙であり、ファンタジーばかりでなくSF要素や「前世で何があったのか?」を紐解いていくミステリ要素も入っている。

 まず前提として、80年代頃に「前世ブーム」というのがあったんですよ。このへんの詳しい事はWikipediaの「戦士症候群」というページに書かれているのでそちらを参照してください。フィクションに感化された少年少女たちが雑誌の投稿スペースで「前世の仲間」に向かって連絡をくれるよう依頼する、割と他愛のないムーブメントだったのだが、1989年に女子中学生や女子小学生が「死の淵に立って前世の記憶を覗くため」と称して自殺未遂騒ぎを起こし、社会問題化した。大塚英志の『僕は天使の羽根を踏まない』冒頭やケロQの『終ノ空』で描かれた「アタマリバース」「スパイラルマタイ」(「死の間際」という極限状況へ己を追い込む事によって前世の記憶を取り戻す、という儀式。具体的に書くと、高島ざくろたちは高所から飛び降りる事で前世の記憶を甦らせようとしたが、失敗して死亡した)もこの事件をモチーフにしている。

 掲載誌が“花とゆめ”だった事もあり、恋愛要素も強く、前世では同じ年頃だった男女が転生時期のズレによって歳が離れてしまい、男子小学生と女子高生になってしまう――という、ほんのりインモラルなシチュエーションも描かれる。傍から見ると「おねショタ」だが、肝心の少年は「これじゃ異性として意識してもらえない!」と嘆くワケです。前世では女性だった人物が転生後は男性になっているなど、結構設定が複雑なんですよね。基本的に読者は「前世」と「今世」の人物をそれぞれ別々のキャラクターとして認識しているが、両者の魂は一緒なので、当然ながら今世において前世の出来事をいろいろと引きずっている。この二重構造ゆえTVアニメ化が難しく、30年以上前にごく短いOVAが出たきりとなっていました。このドラマが成功すればぼく地球ファン長年の悲願であるTVアニメ化も実現するか?



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