ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア


「そこに禁忌があってさ……それを破ったら大変になるって知ってて、何もしないで。 後になって『やっぱりあんときヤっときゃ良かった』って悔むのが怖いんだよ!」
「蛆でも湧いたか、汝の脳は。最近は随分と温かいからな」
 アルは熱々の紅茶を啜りながら冷ややかな視線を投げつけた。
 ところは事務所。ときは昼下がり。穏やかな陽気に包まれ、俺とアルは談笑に耽っていた。
「人間が禁忌に惹かれるのは、ソレが『禁忌である』という事実が厳然として存在するからに他ならない」
「ほれダンセイニ、おかわりを注ぐがよい」
「てけり・り」
 黄土色のゼリー塊が目の前を横切ったが、気にせず続ける。
「理由を、理屈を、論理を倫理を求めようとしてもムダだ。人間は燃え盛る火にいそいそと飛び込む虫のような、無意味極まりない行動力に恵まれているんだからな」
「真っ当な職にも就かず食い扶持もろくに稼げぬ人類最底辺が、『行動力』とは戯けたことを。哺乳類としての甲斐性を身に付けてからほざいて欲しいものだな、我が主」
 極低温の言葉がボディに突き刺さり、俺は呻いた。
 目を閉じる。
 ワン・トゥー。
 カウントとともに気分を取り戻し、話を再開した。
「で、だ。俺は寸毫の迷いもなく禁忌を突破することにした。これはもう大決定」
「勝手に吹っ切られて勝手に大決定されても知ったことではないわ」
 おかわりした茶をズズズと啜るアル。
 俺は一歩足を踏み出し、近づいた。
「ん?」
 突然の接近に訝ったのか、アルは眉根を寄せる。
 だがもう何もかもが遅い。
 俺は疾走を開始していた。
「な……!?」
 ようやく異常に気づいたアルがカップを置き、回避行動を取ろうとする。
 その首を掴んだ。
「なあ……俺は『紐パンツの紐を引っ張ってはいけない』という世界で狂わず正しく生きていけるほど、強い人間じゃないんだよ」
「ええい、さっきからおとなしくしておればワケの分からぬことをグダグダと! 何が言いたいのだ汝は、はっきり言わんか!」
「ああ、一週間前の、あのことさ。あれがキッカケでな」
「あのこと……?」
「悪ぃ、説明してる暇はねぇ」
 思考を加速する。瞬時にアルを「解釈」し、強制的に「介入」した。
「………!!」
 声にならない悲鳴を残し、アルは魔導書に還った。
 アル・アジフ──ネクロノミコン。自称「最強の魔導書」。
 見た目はロリだが実年齢は千歳という、ババアどころか一旦土に還って大自然の雄大さをたっぷり堪能し、堪能し、堪能しまくって堪能しすぎて「いい加減にせんか!」とキレてもおかしくないくらいの悠久の時を過ごした奴。そいつが、本来のあるべき姿に戻っている。
 紙葉が宙に螺旋を描く。
 アルを構成する一つ一つのページ。
「本番はここからだな」
 澄み渡り多様に広がる思考に、たった一つの指向を持たせ収束させる。
 たった一つの目的のために。

 俺は一応、羞恥の、いや周知の通りアルのマスターである。
 アル自身も俺を「我が主」と認めている。
 だからといって俺の言うことをなんでも聞くかといえば、さにあらず。
 むしろ俺の方があいつのいうことを聞いてる気がしますよ? あれれ? といった塩梅だ。

 すべての発端は、一週間前のこと。

 その日は覇道邸で優雅なティータイムを過ごしていた。
 俺、アル、姫さんの三人が椅子に座り、執事とメイドが近くに立ち控えていた。
 馥郁たる香りで鼻を楽しませながら、俺はぼんやりと姫さんを眺めていた。
 座していながらも厳然として漂う風格。構えているわけでもないのに、総帥としての誇りが滲み出てくるような姿だった。
 しかし、まあ、そんなことはともかく。
 俺が見ていたのは、ぶっちゃけ胸だった。
 じろじろと不躾に凝視していたのではない、あくまでそっと、さりげなく見ていただけだ。
 その、なんだ。相棒の虚数空間じみたアレと比べりゃかなりデカい。とても同じ部位には見えない。
 デカいと言っても、ライカさんやナイアみたいな、いっそ化け物じみているほどの大きさではない。程好く両手に収まり、少しこぼれるくらいの大きさだ。正に適量と言えよう。
 チラリ、と視線を横に移す。姫さんほどの風格はないにしろ、行儀良く椅子に収まりながら、どこか傍若無人な雰囲気を匂わせているアルが静かに茶を飲んでいた。
 整った横顔。視線をそこから下におろす。
 俺はほとんど絶望に近い感情を覚えた。
 大きい/小さいの問題ではない。
 無いのだ。服の上からでは、ふくらみを目視することができない。
 そこまでの、それほどまでの虚乳。
 俺の心までもが虚ろになっていくようだった。
 目を閉じる。
 想像力を遊ばせて、姫さんの服を着たアルの姿を思い浮かべてみる。
 ………。
 不意に涙がこぼれそうになった。
 ぐっ、と目に力を入れて堪える。
 そう、「姫さんの服を着たアル」を想像するや否や、多大な違和感が発生した。
 違和感はすぐに憐憫に変わった。
 姫さんの服は……一部がアルにとって過剰すぎた。
 言い換えれば、服にとってはアルの一部が不足しすぎていた。
 絶望的なまでに。
 余りまくった生地が切なく、寂しく、虚しく、やるせなかった。
 神よ、胸はいずこ。
 いや、神を頼ってはいけない。「乳の神」という、いそうでいなさそうな神に頼る人間は敗北してしかるべきだ。
 持って生まれた想像力。人間が限界を突破するのは、いつもこれによってだ。
 オーケー。違和感がある。それは認めた。
 「違和感」。その存在。……殺してやろう。
 脳の中では、すべてがなるようになるのだ。妄想のエンジンを高回転させれば、「姫さんの服を余裕で着こなすアル」なんて容易に想像できるはずだ。
 思考の触手を縦横無尽に伸ばす。
 さあ、世界の隅々にまで行け届け、裏の裏まで見抜かんとばかりに。
 時間が引き伸ばされる。思考が疾走する。
 アルの姿。姫さんの服。二つを重ね合わせる。
 よく・似合って・いる、と思い込む。
 途端に発生するエラー! アラームが鳴り響き、脳内ビジョンが赤く染まる。
 口に広がるザラザラとした砂の感触。齟齬が思考を侵す。
 へっ……負けるかよ。
 歯を食いしばり、想像の翼を広げ、ありありと思い浮かべた──。

 青い空。
 手の届きそうな、青。
 どこまでも繋がっていく、青。
 俺の傍らで佇むアル。
 何の憂いもないように微笑んでいる。
 緩やかな風が頬を撫でていく。
 軽やかな音を立てて草が揺れる。
 静かな場所。
 見上げれば蒼穹。
 眼下には、揉みしだけそうなほどの双丘が……

 パリーン

「ニトクリスの鏡!?」

「……どうなさったのですか、大十字さん。なんだかやけに悲嘆の色が濃い表情を浮かべていますけど」
 よほど情けない顔になったのだろうか。姫さんが心配そうに覗き込んでいた。
「ん。何事だ、九郎」
 アルが素っ気なく尋ねる。
「いかがなされましたか」
 ウィンフィールドまで、どこか不安げな所作で近寄ってきた。
「いや、なんでもない」
 取り繕うように浮かべた笑みは、俺自身とても弱々しいものだと分かった。
「でも……」
 なおも心配そうな表情を見せる姫さん。
「遠慮なぞいらんぞ、九郎。なに、今日はすこぶる機嫌が良い、悩みの一つや二つなら聞いてやる」
 アルは至って平静を装っている様子だったが、指先がそわそわと小刻みに動いていた。
「あー、その」
 困った……本当のことなんて言えっこねぇしな。
 頭を胸のことから離して、何か別の話題を……。
「そういやデモンベインにはいつオッパイミサイルを搭載するんだ?」
 って、全然離れてねぇ!
 場が凍りついた。重い沈黙が緞帳のように下がる。
「今なんとおっしゃったのでしょう、大十字さん?」
 沈黙を破ったのは姫さんだった。心配げな表情はすっぱり消え失せ、冷ややかな眼差しを向けてきた。
「い、いや、あの、その、口が滑って変なことを」
 焦りまくる俺の耳元にウィンフィールドが囁きかけた。
「感心しませんな、ロマンとリビドーはまったくの別物ですぞ」
 あんたのこだわりは聞いてないって。
「………」
 アルは何も言わなかった。
「まったく。どういう脈絡であんなことを口走ったんですか」
 って、まさか本当のことを言うわけにもいかないしなぁ。
 テキトーにごまかさないと。
 ええと。
「アルの足りない分を埋め合わせようと」
 死ぬほどストレートだった。
 すぐそばで灼熱の怒気が漲った。
「確認しよう、九郎」
 アルの体は小刻みに震えていた。手にもったティーカップがカタカタと音を立て、縁から紅茶がこぼれては床の絨毯を濡らした。
 それを注意する勇気は、俺にはなかった。
 姫さんやウィンフィールドにもなかったのか、無言で二人は俺たちのそばから離れた。
 取り残された……!?
「妾は『今日はすこぶる機嫌が良い』とは言った。確かに言った。それは認めよう」
「あ、ああ、言ってたな」
「けどな、九郎。妾は『今日はこれからもずっと機嫌が良いままでいる』とは言わなかった。 そうであろう?」
「あ、ああ」
 煮え立つアルの怒りを前にして、俺の血は熱く凍えた。

「つまりだ、九郎よ。汝の出方次第ではいくらでも不機嫌になる用意が当方にはあるということだ」
「いくらでも!?」
 アルの憤怒が爆発した。全身に強烈なプレッシャーが浴びせ掛けられる。
「この、痴れ者が! 戯けが! 大虚けのだいだらぼっちが!」
「だ、だいだらぼっちって!」
 俺はそんなにでかくねぇだろ。
「当てつけか? そうか当てつけか、これは当てつけか! よくよく阿呆な主とは思っていたが、ここまで巫山戯けた真似をするとは露ほども疑ってなかった我が身が呪わしいぞ!」
 ダンッ。カップをテーブルに叩きつけた。
 あまりの勢いに中身の茶が残らずぶちまけられる。
「ふん、汝はさぞかし胸の大きい女に見慣れておるのだろうな。妾のように空気抵抗の少ないフォルムを持ったモノは、イレギュラーの存在としてファイルに記録されておるだろうよ。眼中にないのだな、考慮の外にあるのだな。しかし、はて、そんなに珍しいか? 千年の永きを生きたこの妾が、最強を謳う魔導書が『 ひ ら べ っ た い 』という事実が」
「待てアル、落ち着け。落ち着くことが優先だ。話はそれからにしよう、な?」
「妾は至って冷静じゃ。むしろ落ち着くのは汝の方だぞ、九郎。考えてもみろ、子を産むことも養育することもない妾が豊富な胸に恵まれて何とする? 無意味であろう? 少しもおかしい道理などない。なあ、そうであろう? よもや、ただ自分が揉みたいから胸は大きくあるべきだ、とか戯けたことは申さんよな?」
「ええ、ええ、申しませんとも」
「なんと、九郎は揉みたいだけでなく自分で吸いつきたいがために胸は大きくあるべきだなどと弩級の戯れ言をぬかすのか!?」
「会話が成立してねぇ!?」
 俺は激昂するアルを前にして、言葉がいかに無力であるかを知ってしまった。
 このまま黙って諦念を受け入れるべきなのだろうか。
「九郎……汝が『大きくあらずんば人外にあらず』とほざくなら、妾は、妾は、妾はなぁ!」
「は、はぃぃ?」
 反射的にビシィッと姿勢を正す。
「妾は汝を……汝を……はて、どうしてやろうかの?」
「よりによってそこで冷静になるのか!?」
「否、考えたところでムダか。答えはただ一つ。……『敵を撃滅せよ』」
 アルの両手が光り輝き、術式が開始される。
「なに、仮にもマスターである俺をロック・オン!?」
「仮でしかないわ、痴れ者め」
 嗚呼、下克上ライフ。
 予定調和的に俺はアルの魔術の直撃を喰らった。

 以上、回想終わり。

 この件についてはしばらく、正確には三日ほどアルは立腹したままで、口を利いてもくれなかったが、四日目からようやく和解を申し入れてくれるようになった。
 それまでの土下座数、実に三十! 圧倒的な平謝り具合だ。
 とはいえ、過ぎたことではあるし、非は俺にあるので今となっては恨みに思っているわけではない。
 そう、今こうしてやっていることは、復讐でも逆襲でもない。
 ただ必要だと思っていたことを実行しようというだけのことだ。
 たとえそれが「禁忌」であっても。
 「禁忌」は破るためにある。
 右手を伸ばし、魔導書となって空中を乱舞するアルの内容を慎重に探っていく。
 何せ千年を生き抜いた最強の魔道書。外道の知識、禁断の秘法に関する記述は事欠かないが、
下手に理解しようとすれば脳の神経が焼き切れてしまうようなヤバイ情報もごろごろしている。
 だから、軽率に読んでしまってはいけない。俺の求める「禁忌」だけを探し当てればいい。

 どれくらい時間が経過しただろう。数秒か、数分か。濃密に凝縮された時間は、なんとも計測しがたい。
 俺は遂に、「禁忌」へと辿り着いた。
 ここか!
 左手のペンを強く握り締め、思考の動作を強化しつつ、情報の海に精神の半身を沈めた。

 ルールが縛るなら、ルールを変えてしまえばいい。
 それが俺の結論だった。
 魔導書とは、さっきも言った通り、外道の知識や禁断の秘法の集大成だ。ありとあらゆる事柄が所狭しと詰め込まれている。
 詰め込んだのは誰か?
 アブドゥル・アルハザード。
 「狂える詩人」とされた男の、血を振り絞るような努力、いや、もはや「闘争」と呼べる領域で行われた執筆作業。
 絶え間ない検閲の末に辛うじて結実した一冊こそが、正にアル・アジフ。この手の先にあるモノ。
 宿った魂は精霊となり、精霊は実体化し、俺のよく知る少女の容貌を持つにまで至った。
 それこそ「最強」の所以。「千年の永き年」を生きた証。
 だが、詰まるところは書物。記述され、記載され、限定的にとはいえ閲覧されるモノである。
 つまり、「書かれたこと」がアルという存在を支えている。
 「書かれていないこと」は支えていない。「書かれていないこと」は、アルの身に結実しない。
 ならば、俺が書けばいい。俺の意志で、俺の魔力(チカラ)で。

 溢れ返る情報の海に溺れないよう、自分をしっかり持つ。
 アルの深奥を見抜かんと、思考の眼力に磨きをかける。
 ……書こうと思うことは既に決まっている。
 あのとき。一週間前、覇道邸の窓を尽き抜け、微かに近づいた青空に手を伸ばしながら、後日届けられるであろう請求書に心を痛めつつ、俺は望んだ。
 アルに、胸を。
 巨乳とまでは言わない。魔乳なんてもっての他だ。
 覇道の姫さん、いや、エルザ……あいつくらいでいい。高望みはしない。
 膨らみなんてちょっとでいいんだ。今が「ちょっと」過ぎるだけなんだ。
 確かに俺はアルが好きだし、自分がどうしようもねぇロリコンだとは自覚している。
 けどな、アル。
 お前にもっと乳があれば、俺たちはくだらない喧嘩なんかしないで、胸への言及に笑ってスルーできて、周りの連中の乳をちらちら気にしなくてもいいようになるんだ。
 知ってるんだよ、アル。お前、最近はアリスンの胸すら気になるんだってな? ライカさんがいつもの調子でポロッと漏らしていたぜ。
 俺は本当にお前のことが好きだよ。
 けどな……
 お前の胸が膨らんだなら、もっともっと愛せるような気がするんだ。
 揉めて、挟めて、むしゃぶりつけて、×××××て。
 もうお前がダンセイニをぷにぷに突っつきながら悲しそうな顔をするのは、見たくないんだ。
 これで終わりにしようぜ。
「■■■■■■■■■■■■……」
 はっ。
 しまった、もう検閲空間に入ったのか。
 自分が何を書いたのかさえ分からない、超越的な領域。
 殺そうにも殺しきれない混沌が今もなお巣食う情報の荒野。
 そこに、俺は立って■■■■■■ていた。
 くそ、気をしっかり■■■!
 ダメだ、■■■て、■■きている!
 ちっ、とにか■■■は必要■■■■■■■■■■と!
 狭まりいく思考を必死で掻き集める。
 必要な情報を、必要な情報を、必要な情■■■■■■■■
 ■■■■■■■■!
 ■■■■■■■■■!
 ■■■■!
 ああ!

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■乳■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 え……?
 今、何か■■■。
 意識を集中させ■■■■■■した。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■貧乳■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 いま、しっかり見えた!
 貧乳だと? そんなにはっきりアルの■■■■■■てたのか。
 ここだ、ここを改変してやれば、乳肉のパラダイスが■■■!
 ちくしょ■■■て■■■■無理■■■■!
 震える指先が「貧」に迫る。
 変えてやる、屈服させてやる、捻じ曲げてやる。
 人の意志がどうにもならない■■■■■るか!
 ペン先が届いた……そのとき。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■貧乳■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■つるぺ■■

 な、に……!

 ■微乳■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■貧乳■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■ナイムネ■■■■■■■■■■■■■つるぺた■

 こ、これは!

 ■ぺったんこ■■■■■■■■■■男の子■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■蕾■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■洗濯板■■■■■■■
 ■■■■■■■えぐれ胸■■■■■■■■■■■■■平面■
 ■微乳■■■■■■■■■■■■■クレーター■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■貧乳■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■ナイムネ■■■■■■■■■■■■■つるぺた■
 ■驚異のフラット■■■■■■■背中と区別が■■■■■■

 う……。

 ■ぺったんこ■スリーピィホロウ■男の子ですか?■■寸胴
 ■■■ブラジャーいらない■■■■おろし金■■■蕾■■■
 揉めるものなら揉んでみろ■無乳■■洗濯板■■断崖絶壁■
 ■ゴリゴリ■■えぐれ胸■不胸■このしこりがね■■平面■
 ■微乳■■■同情するなら胸を■■クレーター■青い果実■
 ■■いないいないおっぱい■貧乳■■胸部方面にチャレンジ
 乳首が、■ナイムネ■■■片手で隠せる■■■つるぺた■■
 ■驚異のフラット■■虚空■■■背中と区別がつかない■■

 うわあああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああ!

 絶叫。
 絶驚。
 絶響。
 絶恐。
 絶狂。

 意識がバラバラに千切れそうだった。
 心の底から絶望が湧き上がった。
 ここまで強固な代物とは。
 ここまでどうしようもないモノとは。
 まるで呪いだ。
 もはや、俺には■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

 ちくしょう、お前か、お前らなのか。
 人外ロ、リ……
「マニアァァァァァァァァァァァ!」

 強すぎる光が何もかもを打ち消す。
 その彼方に、俺は過去を幻視した。

 ミスカトニック大学の図書館。
 斃れた山羊頭の男。
 腰の抜けた学生……否、俺。
 はためく紙。
 魔導書のスパイラル。
「まだ、早い」
 聞き覚えのある……いや、このときはまだない……声が響いた。
「まだ早いのだ!」
 俺は呆然と声に耳を傾ける。
「いずれ、また……」
 消えていく光。
 薄れていく意識。
 繋ぎ止め、震える手を伸ばした。
 指先が虚空に字を刻む。
 弱々しい動き。けれど、確実な意志。
 それは。
 その言葉は。
 『もっと胸を』

 そして、意識が途絶えた。

「ん、んうう……」
 闇が持ち上がった。光が差し、思わず目を細める。
「起きたか」
 声。
 聞こえてきた方に顔を向ける。
 アルが腕を組んで仁王立ちしていた。その表情は険しい。
 手の届くような近距離で、湯気のように怒りを発散させている。
 手を伸ばした。……届いた。アルの肘に指先が触れている。
「汝は……!」
 怒りがうまくまとまらないといったように、叫びが拡散する。
 アルの唇が震えていた。
 その小さな隙間から呼吸の音が漏れる。
「汝は、そんなにも胸が……」
 今度は怒りよりも悲しみの色が濃くて。
 アルはそっぽを向いたまま、黙り込んだ。
 俺は何も言わず、その顔を見上げていた。
 やがて、目を閉じた。
 ワン・トゥー。
 カウントとともに立ち上がり、背後に回ってアルを抱き締める。
「………!」
 びくっ、と大きな震えが背中越しに伝わってきた。
 服の隙間から両手を潜り込ませ、両胸を掴むと震えは止まり、代わりに紅潮した顔を向けって怒鳴ってきた。
「こ、こらー! 何を考えておるのだ汝は、恥を知らんか!」
 身をよじり、もがく。
「温かいな」
 抗議を無視して、呟いた。
「お前の肌……」
「ふん……魔導書にだって、血は流れておるわい」
 抗議がまるで通じないと知るや、物凄い形相で睨んだ後、不貞腐れたように再びそっぽをむいた。
「それに、鼓動……」
 指先から跳ねるような感触が伝わってくる。
「人を模したのだからな、心臓があって当り前だろう」
 微かな苛立ちを込めながら、なんてことのないように言い放った。
 俺は両手のうちで、じっくりと、しっかりとそのふたつを確かめていた。

 そう、幸せを繋ぎ止めるには、このふたつで充分だった。
 そう、幸せを紡ぎ出すには、このふたつが充分すぎるほどだった。

 ああ、アル、俺はやっぱりお前のことが……
「……で、いつまで触っているつもりかな、我が主よ」
「ずっと、このまま」
「夜風で頭を冷やすがよい」
 するりと両手からアルが逃れていくのが分かると同時に、衝撃波が俺を吹き飛ばした。
 窓ガラスの破砕音に続き、アーカムシティの夜風が俺の身を包んだ。
 嗚呼、やっぱり。
 「禁忌」ってもんは、破らないためにあるもんなんだなぁ、と痛感しつつ。
 墜ちていった。
 こんにちは、地面さん。


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