2025年11月〜12月
2025-12-07.・ネットに溢れる「スピキ」のミームにだいぶ脳を汚染されてきた焼津です、こんばんは。ぼんやりしていると何処からともなく「チョワヨーチョワヨー」という幻聴が聞こえてくる……!
該当のミームについて詳しく知りたい人はピクシブ百科事典をお読みください。元ネタは今年日本での配信が始まった韓国産ソシャゲ『トリッカル』のキャラクター「スピッキー」。シスター服のような格好をしていて、「他人になりきる」ことに執着を燃やす幽霊キャラという設定。名前は「スプーキー」のもじりだそうだ。韓国版の声優がなんというか癖になる独特な甲高いボイスをしており、MADが作られまくったんです。その結果、「四つん這いで移動し、ごく少数のセリフしか口にすることができない、スピッキーによく似た謎の生物」として独立していき、鳴き声から「スピキ」と呼ばれるように。可愛いんだけど不憫な境遇がよく似合う。スピッキーは幽霊なんだけど、このスピキに関しては幽霊なのかそうじゃないのかよくわからない。「謎の生物」としか言いようがない。
とにかく動画サイトに大量のMADを投稿している人がいて、1個見ると2個3個と際限なく見てしまう。そういう点ではなかなか危険なミームだ。もうサジェストされるオススメがスピキに染まりつつある。抜けられるか、この沼から……?
・『落下の王国 4Kデジタルリマスター』を観てきました。評判に違わぬスゴい映画だった。観終わった直後よりも反芻が進んだ少し後の方でスゴさが沁み出してくる遅効性の一本。
インド出身の映画監督「ターセム・シン」が構想から完成まで30年近くの時を費やした映画である。日本では2008年に公開され、翌年DVDとブルーレイも発売されているが、売り切れた後は再販されず配信でもラインナップに上がらなかった。この映画を作るためにターセム・シンは私財を擲った末に破産し、権利関係が複雑になっているんだとか。「たまにBSで放送される程度、地方のレンタル店もどんどん潰れているので、観たくても観るのが難しい」ポジションになっていました。今回の4Kデジタルリマスター版は新規カットも追加されているとのことで、全国の落下erは手ぐすねを引いて公開の時を待っていたらしい。私はアンテナが低いので、この映画に関しては4Kデジタルリマスターの上映を伝えるニュースで初めて知りました。というかターセム・シンの代表作『ザ・セル』も観たことない……馬の輪切りのアレは当時飽きるぐらい予告編見せられたから知っている。『インモータルズ -神々の戦い-』は観たことあります。正直「映像センスはスゴいけど話が面白くない」という感想でした。
『落下の王国』の舞台はロサンゼルスにある病院。時は1915年、まだ「映画」という概念が世間にそれほど広く普及していなかったものの、映画に関わる仕事をする人間が増え始めていた頃。スタントマンの青年「ロイ」は恋人を同業者(映画俳優)に盗られ、失恋のショックでヤケになり「命綱もなしに鉄橋から飛び降りる」という無謀なスタントに挑み両足を骨折。身動き一つできず、「もう死にたい」と世を儚んでいた。同じ病院に入院している5歳のおしゃまな少女「アレクサンドリア」を手懐けて自殺用のモルヒネを盗って来させようと画策したロイは、彼女が夢中になるような「お伽噺」を即興で語り出す。「これは愛と復讐の叙事詩(エピック)だ」とフカしながら……。
物語は「現実パート」と「お伽噺パート」に分かれています。お伽噺パートは思いつきでストーリーを転がしているから、ひたすらその場しのぎで支離滅裂な展開が続く。登場人物も病院の職員やロイの関係者など、近くにいる人たちをモデルにしてテキトーに配役しています。悪役の「オウディアス総督」は恋人を寝取った俳優で、当然の如く私怨も混じっている。ロイの話はガバガバで穴だらけだからところどころアレクサンドリアちゃんのツッコミが入りますが、そのたびに「再現映像」めいたお伽噺パートが止まったりやり直しになったりします。真顔でキメポーズ取ってたお伽噺のヒーローたちが「あ、リテイクですね」とばかりに場面を修正する。あのへんのテンポはお笑い芸人のコントみたいで面白かった。アレクサンドリアちゃんの生い立ちがなかなかハードなこともあり、「心の弱いクズ男に利用される純真な幼女の話」として観ると感動が削がれる部分もあるけど、アレクサンドリアちゃん可愛いからどうにか切り抜けられた。子役の女の子が幼いため演技をさせるのではなく「ほぼアドリブで喋らせる」という方針で撮ったらしい。子役の「カティンカ」はロイ役の「リー・ペイス」が本当に歩けないと思い込まされていたと云う。
「ロイの語り」と「アレクサンドリアの想像」が重なり合ってメタな物語が紡がれていくあたり、往年の名作エロゲ『Forest』を彷彿とさせます。この映画の特徴は何と言っても映像表現の凄まじさ、極力CGを使わず(時代設定と矛盾する電柱や電線だけCGで消した)アナログな手法で「観たことがないような世界」を描き出している。とにかく意味がわからなくても格好良くて見惚れてしまう。いくら「キメポーズ」や「キメシーン」が格好良いからと言ってそればかり繋いでいたら普通はMADにしかならないはずなんですが、この映画は監督の豪腕じみたセンスによって不思議と「映像による物語」が成立している。超絶技巧としか言いようがないのに、やってることは「女の子に指摘されてしれっと話を修正する」しょうもない詐欺師のコントで、このギャップに笑ってしまう。どうしても「お高く止まったアート路線の映画」と偏見を抱かれがちなんですが、あくまでこれ、娯楽要素バリバリのエンタメ映画です。「エンタメ」と「アート」は必ずしも対立しない、否、むしろ高め合えさえするのだと示してくれます。自棄的になっているロイのお伽噺はクライマックスで悲劇に突入し、アレクサンドリアちゃんは泣き出してしまう。「俺の物語(人生)はハッピーエンドじゃないんだよ!」と酒に溺れながら叫ぶロイに向かって「『あなたの』じゃない、『私たちの』物語よ!」と言い返すアレクサンドリアちゃん。「語り手」と「聞き手」の共同作業によって物語が見出されていく、「ボクは君におとぎ話をしてあげよう」なド級のド直球ファンタジーである。
インタビューによると監督は学生の頃からこの映画の構想があったらしいが、理解して金を出してくれる存在がなかなか現れず、やがてデビュー作の『ザ・セル』が当たったことで懐に余裕のできた監督が自主製作で撮り始めたそうだ。実は最初から4Kで撮っていたが、当時は4K画質で上映できる映画館が限られていたため、日の目を見ていなかったらしい。「カルト映画」みたいな扱いを受けているようだけど、実のところカルト要素はほとんどない。ただ再販や配信がないせいでそういうイメージを持たれただけであって、内容はあくまで愛と救済の英雄譚です。「お伽噺の世界」が過剰なほどカラフルでケレンに満ちているのも「幼児が持つイマジネーションの豊富さ」を表しており、対比するために現実パートの映像を少し色褪せたような風合いにしている。「子供だけが遊びに行ける空想の王国」を再現している映画なので、観る者のノスタルジーを喚起するんですよね。
予告編で映像美のスゴさはある程度伝わると思いますが、やっぱりデカいストリーンで鑑賞したときの迫力は別格というか完全に別物でした。『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』と一緒で、「映画館で観てナンボ」な作品。観に行ける範囲でまだ上映中ならば、足を運ぶことを強くオススメいたします。全国43館という小規模公開ながら、興収はあっという間に1億円を突破。満席続出ということで話題を呼んで上映館も次々と追加になり、まだ上映を開始していない館も含めて全国90館くらい、倍以上のスケールとなっています。
・『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)ネクストシャイン!』、続映決定!
2週間で終わる予定が3週間に延びました。最近でもウルズハントの劇場版が期間延長してたし、ジークアクスの先行上映なんて一旦上映が終了した後に再上映までしてるから前例がまったくないわけじゃありませんが……そのへんは「ガンダム」というブランドを背景にしていることを考慮すると、ネームバリューがそこまでない「わたなれ」がしれっと期間延長をキメてるのスゲェな、って。映画館からすれば「集客できる作品なんだからもう少し続けたい」ってことなんでしょうね。2週目は上映回数が増えたり上映シアターが大きくなったりした影響で動員ランキングの1位や2位になる映画館が出てきました。わたなれは上映館が少ないから興収ランキングとかには食い込まないけど、そのぶん1つ1つの映画館に客が集中しやすいんですよ。3週目にはなぜか突然応援上映が生えてきたし、あまりに行き当たりばったりすぎる興行で面白い。このままズルズルと延長に延長を重ねてクリスマスと年末年始も乗り越えてほしいが、さすがに厳しいか。『ズートピア2』(初日4.1億円、土曜までの2日間で10億円突破、アナ雪2すらも上回るペースゆえ興収100億超えはほぼ確実な勢い)という巨象が劇場を席巻している中で1週間サバイブできるだけでも充分破格である。
僅かながら上映館も追加されて、これで全国34館に。上映館の存在しなかった長野と和歌山に来たおかげで範囲が22都道府県にまで広がりました。一番インパクトがあるのは「立川シネマシティ」の参戦ですね。あそこは音響にこだわりのある映画館として有名で、「香穂ちゃんのASMR」を極上の音質で聴けるとあっては「馳せ参じねば……!」となっているファンも多いだろう。緊急決定につき1週間限定という非常にタイトなスケジュールになっていますが、席の埋まり具合によっては「おかわり」もあるかも。とにかく、私の言いたいことは「うちの地元の映画館でもやってくれ!」ということです。
・空前の惨敗 『果てしなきスカーレット』の興行をどこよりも早く総括する(Real Sound映画部)
わたなれと同日公開された『果てしなきスカーレット』、コケっぷりがスゴいことになってるな……初週3位でしたが、2週目はなんとTOP10圏外。金ローで冒頭7分放送という施策まで打ったのに、地方では既に1日1回、朝早くか夜遅くの辺鄙な時間帯にこじんまりしたシアターでひっそりと上映している状態であり、もうシネコンの中では完全に存在感を失っています。今年は『宝島』も大コケしていた(製作費25億円に対し興収6億円)が、過去の作品で言うと実写版『テラフォーマーズ』(製作費15億円に対し興収8億円)あたりまで遡らないとここまでの大コケはないですね。コケている映画自体はいくらでもありますが、「製作費が10億円を超えているのにその回収すらままならない超大作」というのは数えるほどしかないです。
そもそも日本の映画で製作費を10億円以上掛ける作品自体が珍しく、更にその中で大コケした映画となるとかなり数が絞られる。ジブリの『かぐや姫の物語』も製作費52億円に対して興収25億円だから大赤字っちゃ大赤字ですが、これは単純に製作費を掛け過ぎただけであって少し事情が異なるかな。ジブリの受けたダメージは大きかったけど、製作費に目を瞑れば動員はそこまで悪くないので、各地の映画館もさして痛手を被ってはいない。知名度があって、且つコケっぷりが凄まじく、映画館も多大な影響を受けた作品は3Dアニメ版『ファイナルファンタジー』ですね。日米合作で制作費150億円、プロモーション費用も含めると200億円近く掛かったのに、日本国内の興収は10億円止まり。全世界でも100億円程度で大赤字になって、スクウェアがエニックスと合併するハメになった伝説の一本です。あれに比べればスカーレットのコケっぷりはまだ可愛い方。まぁ「アレと比べないと可愛く見えない」のは相当深刻だし、当時はフィルムがデジタル化されておらず物理的なフィルムで上映する関係上「一日の上映回数に限界があった」とか「シネコン」という業態がまだ珍しく全国には普及していなかったため「上映できるスクリーン数が少なかった」という別の事情も絡んでくるから話は複雑です。
FFの頃と異なり今はフィルムがデジタル化しているため、鬼滅やコナンみたいに複数のスクリーンを使って一日に何十回も上映することが可能になっています。この「電車の時刻表」とも形容される過密スケジュールによって「当たればデカいんだけど外れたら劇場にとって大ダメージ」というギャンブルめいたハイリスク・ハイリターンな状況がもたらされる。「鬼滅シフト」や「コナン・シフト」を敷いていたときは期待通りヒットしてくれていたからリスクが顕在化することはなかったものの、先月敷かれた「スカーレット・シフト」が遂に各映画館の興行に大きな穴を穿ってしまった。そういう意味では確かに「空前の惨敗」と言えます。「一回の上映で入った観客が100人」と「十回の上映で観客が計100人」というの、配給側からすれば「数字的には一緒」ですけど映画館にとっては天と地ほどの違いがあります。シアターを稼働させる費用が10倍掛かるわけですし、「他の映画に回していれば……」と後悔するような機会損失も発生している。スカーレット・シフトを組んでいた11月21日〜27日は一日あたりの来場者が急減したわけで、劇場にとっては悪夢を見ている気分だったでしょう。「ガラガラの映画館」で誰よりも蒼褪めるのは制作陣や配給会社の職員ではなく映画館の支配人です。当然、リスクを承知したうえで極端なシフト組んだんだからコケた作品を恨むのは筋違いだが、映画館関係者が今後「細田守監督作品」に対してトラウマのような感情を抱くことは避けられません。『ズートピア2』の公開が始まったことで世間はもうこの件に対する関心を半ば失いつつあるように見えるが、映画関係者は「細田監督クラスでも一歩間違えればこうなってしまうのか……」と心胆寒からしめられたに違いない。「失敗の原因」を分析し、「こういう事態を避けるための対処法」について真剣に議論を交わすはずだ。ケーススタディの材料として長く語り継がれることになるだろう。
公開から10日間での興収は4.1億円で、最終的な興収は恐らく7、8億円程度に落ち着くと見られる。『サマーウォーズ』のだいたい半分、今年公開された映画だと『ひゃくえむ。』ぐらいのスケールですね。9月19日に全国203館で公開し、初週約1億、1ヶ月かけて5億、2ヶ月かけて7億を突破しました。『果てしなきスカーレット』もロングランできればあるいはもっと上を狙えるのでは……という感じですが、現状だと難しそう。まだ「海外市場での挽回」という線も薄く残っているが、細田作品って海外評価は高いけど興行的にはそんなに……なんですよね。例えば『未来のミライ』はカンヌ国際映画祭の監督週間に選出されてプレミア上映されたり、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞などにノミネートされたり、アニー賞やフロリダ映画批評家協会賞を受賞したりでかなり注目を浴びた(このため英語圏では「『サマーウォーズ』の」とか「『竜とそばかすの姫』の」ではなく「『未来のミライ』の細田守監督」と紹介されることが多い)けど、1000館以下の小規模公開だったこともあり興収は81.2万ドル(当時のレートで約9000万円)です。『竜とそばかすの姫』は1300館公開で336万ドル、当時のレートで3.8億円ぐらいと結構稼いでいる。今は円安だし、この10倍あれば何とかなりそう。全米での公開は今月12日からの予定ですが、これは先行上映であり、通常上映は来年2月から始まる段取りとなっている。このぶんだと国内では早期に上映終了して来春あたりアマプラとかネトフリとかサブスクの見放題に来そうかな。「テレビやスマホの小さな画面じゃなく劇場の大スクリーンで鑑賞したい」という方は早めに出かけた方が良さそうです。
・川原礫の小説「デモンズ・クレスト」TVアニメ化 堀口悠紀子の描き下ろしイラスト公開(コミックナタリー)
「デモクレ」アニメ化か……簡単に言うと「現実とゲームが混ざり合った異常な世界で小学生たちがサバイバルを繰り広げる」という、SAOをより殺伐とさせたような内容です。結構バタバタと人が死ぬ。「主人公たちが小学生」という点で倫理的に問題があるのでは……とアニメ化を危ぶまれていましたが、企画通ったんですね。作者がSAOの合間に書いてるようなシリーズなので刊行ペースは遅く、概ね1年1冊で今年ようやく4巻目が発売された。なのでストック的に人気が出たとしても2期はないか、あるとしても相当先になると思います。割とえげつないノリなので、ゾンビ物とかデスゲーム物が苦手な人はパスした方がいいかも。逆に悪趣味展開大好きピーポーは要チェックです。
・藤本タツキ「ルックバック」2026年実写映画化、監督は是枝裕和 2種のビジュアル公開(コミックナタリー)
「いやいや、実写化って……」と呆れかけたが「監督は是枝裕和」でさすがに顔色が変わりましたね。2018年に『万引き家族』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞した実力派の中の実力派です。2023年の『怪物』も話題になりました。映画好きの藤本タツキ(『ルックバック』の原作者)がこんな話を断るはずもない。パルム・ドール持ちの是枝が監督で、原作は興収100億突破が確実視されている『チェンソーマン レゼ篇』のタツキ、加えて2024年にアニメ映画化していて高い評価を得ている作品となれば配給も力を入れてガンガン宣伝しまくるでしょう。
既に撮影は終了していて現在は編集(ポスプロ)段階に入っているとのこと。キービジュアルで主人公たちは背中を向けており、キャスティングについて一切触れられていない。是枝監督の新作でもないかぎりまずやらないような告知だ……漫画の実写版にはあまり興味が持てない人間だけど、さすがにこれは映画館で観ようかな。
・市川哲也の『あの魔女を殺せ』読んだ。
鮎川哲也賞受賞作家による長編ミステリです。著書としては6冊目に当たる。刊行されたのはもう2年ほど前ですが、もうすぐ市川哲也が『シュレディンガーの殺人者』という新作を出すってことで「そういえば『あの魔女を殺せ』まだ読んでなかったな」と思い出して手を伸ばした次第です。人里離れた山奥の館で凄惨な事件が巻き起こる、というシチュエーション自体はよくある「クローズド・サークル」ながら、この作品はある異常な要素を追加した「特殊設定ミステリ」になっている。勿体ぶっても仕方ないので書いてしまいますが、「魂を入れ替える魔女の秘術」が実在することになっているんです。
グロテスクなのに目が離せない、蠱惑的な生人形を制作するアーティスト集団「常夜三姉妹」。彼女たちは吊り橋を渡らないと辿り着けない、俗世から隔絶した山の奥の瀟洒な館に棲んでいた。客人たちを招き入れ、「新作」をお披露目した翌日に惨劇の幕が上がる。完全に閉鎖されているわけではないが、扉を施錠されて「密室」に近い環境で黒焦げの焼死体となって発見された長女「朝子」。次女の「夕子」と三女の「夜子」は思わせぶりな発言をしながら館中の人形を破壊し、廃棄して回る。いったい彼女たちは何を恐れているのか? なおも惨劇は止まらず、外界との連絡が断たれた中で流血の宴が続く。何も知らない者は慌てふためくばかりだが、事情を知る者は静かに察する。これは「魔女」が被るべき当然の酬いなのだと……。
常夜家は欧州から流れてきた「魔女」の家系で、その始祖は魔女狩りの嵐が吹き荒れていた時代に権力者に取り入って己の身を守るため「魂を移し替える魔術」を編み出した――という設定になっています。死期が近づいていた権力者の妻の体から魂を引き剥がし、代わりの器として用意した年若い侍女の肉体に移植する。すると死にかけていた妻は若々しく健康な体を手に入れて甦り、侍女本来の魂はしばらく宙を彷徨っているが寄る辺もなくなってやがて消滅するように霧散してしまう。大枠としてはこんな感じです。更に「ご苦労だったな、お前はもう用済みだ」と権力者から口封じされることを防ぐため、「移植された魂」は「術者の魂」とリンクする仕組みになっており、術者が死ぬと移植された魂(例え話だと「妻」の魂)も死ぬ。設定そのものは異常だけどルールがキチンと存在していて、それが謎を解く手掛かりになっているわけだ。
この魔術が使えるのは常夜の血を引く女だけで、術者たる常夜家の人間たちは移植魔術に対する抵抗が強いため「魂の移し替え」ができない。たとえば常夜家の老婆が娘や孫に命じて自分の魂を他の何かに移し替えようとしても、魂が「他人の肉体」を拒否してしまうせいで移植が成功しない。常夜ファミリーは他者を疑似的に若返らせることはできるが、自分たちにはそれを適用することはできない、という皮肉な仕様になっています。他にも「移し替えは一度だけで、二度三度と行うことはできない」などのルールがありますけど、煩雑になるので列挙はやめておきましょう。
実のところ「三姉妹に強い恨みを持っている存在」は早い段階で明かされます。常夜三姉妹と言っているけど本当は四姉妹で、四女に当たる「命」のモノローグが冒頭に綴られています。常夜は魔女の家系ゆえか子供ができにくく、四姉妹の祖母「黄泉」は跡継ぎを絶やさないため娘に次々と男をあてがったせいで四姉妹の父親は全員別人となっている。異常な環境で魔術を叩き込まれたこともあり、姉妹たちに「肉親の情」なるものは存在しない。だから事件の首謀者として真っ先に読者が思い浮かべるのは常夜命なのだが、そもそも命は館に来ていないんですよね……「こっそり付いてきてどこかに隠れているのでは?」という考えが脳裏をよぎりますが、第一の事件があった後に「殺人鬼がどこかに潜んでいるかもしれない」と捜索するパートも入るんですよ。そのときに見逃した可能性もゼロじゃないが、「潜伏して殺人の機会を虎視眈々と狙っている」と考えるのはかなり無理がある。彼女は魔女の血を引く者であっても忍者じゃないんですから。あくまで「魂を移し替える魔術」だけが伝えられているのであって、気配を消したり箒で空を飛んだりするような魔法が使えるわけじゃない。
じゃあ人形作家の館であちこちの部屋に人形があるんだから、魂を人形に移し替えて『チャイルド・プレイ』ばりの大暴れを繰り広げたのでは……というアイデアも、さっき書いたルールであっさり否定される。常夜家の人間は「魂の移し替え」自体ができないし、仮にできたとしても「移し替えは一度だけ」なので元の体に戻ることができません。「憑依(ポゼッション)」みたいな感覚で気軽に使える能力ではない。というか、根本的な問題として「無機物に魂を移し替えても駆動させる仕組みがないので動けない」んですよ。黄泉の日記に「軍から戦闘用のゴーレムを造れないかという相談があったが、できるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリだった!!)」みたいな記述もある。これがもっと未来ならアンドロイドのボディに人間の魂を移植して……という代理人形(プロクシード)みたいな真似もできたかもしれませんが、一応現代設定なのでそういうSFチックなテクノロジーは絡んでこない。「WHO」と「WHY」は明確なのに「HOW」が見えてこない、他に怪しい登場人物もいるけど筋がキレイに繋がらない……というもどかしい状態が延々と続きます。展開もかなりスロースターターで、300ページもないのに館で事件が起こるのは100ページ以降だから、気の短い人はちょっとイライラするかもしれません。
しかし、ラスト数十ページで真相が解明されていくと「ああ、特殊設定のルールはここと繋がって……結果的にそうなるわけか!」と膝を叩きたくなるぐらいウマくハマっていきます。一部、ルールの解釈を巡って際どい部分もあります(矛盾というより、ルールを勘違いしそうになる箇所がある)けど、「異常な設定に相応しい異常な真相」が拝みたい人であれば満足の行く結末になっているでしょう。無理があるかどうかで言えば、正直無理寄りかな。このへんはちょっとノイズだったな……ってポイントもあるから手放しで賞賛できるわけじゃないにしろ、「型破りなミステリ」を目指したことに関しては素直に拍手を送りたい。
まとめ。「変なミステリ」や「悪趣味なミステリ」を読みたい人にうってつけの一冊。事件が終わってからようやく警察が駆けつける話なんで、「ストーリーに警察がまったく絡んでこない本式のクローズド・サークル」が読みたい方にもオススメです。読み終わって真っ先に某作家の名前が思い浮かび、その作家が好きな人にもプッシュしたくなったが、それをやると逆算で真相が見えてしまう……という悩ましい状況のせいで泣く泣く名前を伏せるしかなかった。謎解き要素が多いからミステリの文脈で語るべき作品ではあるけど、意匠的にはホラーとして読んでも全然大丈夫だと思います。普通に「うげっ」ってなりますから。
2025-12-01.・ブラックフライデーセールということで、去年完結した『くまみこ』がeBookJapanで99円均一、全巻まとめて買っても1980円だったから思わず買っちゃった焼津です、こんばんは。
セール対象は本編のみでスピンオフの『くまみこちゃん』や公式アンソロジーは通常価格。アニメにもなりましたね……2016年放送だから来年で10周年になります。程好く力の抜けたノリと可愛くてイイ性格してる主人公を楽しんでいたら、原作の内容を変なふうに解釈したラストで何もかもブチ壊しにして終わった伝説の一品。ちなみに作者の「吉元ますめ」は現在『ほのぼの異世界転生デイズ』というなろう系のコミカライズを連載中。『くまみこ』のセールは今月4日までなので気になる方はお早めにお買い上げください。
・劇場版『わたなれ』の反響でアニメ映画界激震 唯一無二の“ゴミ”映像体験を見逃すな(リアルサウンド)
念のため書いておきますと「ゴミ」というのは作中に何度か出てくる印象的なフレーズを指しているのであって、映画そのものの出来をどうこう言うものではありません。観た人が「ゴミ映画」と言いたくなるの、非常に気持ちはわかるけどかなり語弊があるんだよな……「れな子が下した決断に、きっとあなたの涙腺と腹筋は崩壊する――」「感動しました!」「笑い過ぎて涙が止まらないです!」「――この冬、《ゴミ泣き》しませんか?」「「せーのっ、『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)ネクストシャイン!』サイコー!」」みたいなクソCMが脳裏をよぎってしまった。
さておき「わたなれ」の映画、『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)ネクストシャイン!』。あくまでテレビ放送に先駆けての先行上映ゆえ全国31館、2週間限定というイベント的な興行なんですが、予想外の動きを見せています。あちこちで観客が押し寄せ、初日から満員になる劇場が続出。初週は全上映のうち半数くらいがチケット完売だったらしい。用意していた来場者特典はあっという間に枯渇。「イオンシネマ大宮」(埼玉県)では週間動員ランキングの2位、「イオンシネマ岡崎」(愛知県)では1位と、公開前からは信じられない光景が広がっている。限定的な興行ということでほとんどの映画館は100〜150席程度の小さめなシアターを当てていたのですが、この結果を受けて劇場によっては「わたなれに広くて音響の良いシアターを回す」決断を下しているところもある。先述したイオンシネマ大宮は「THX」という音響設備のある「1番スクリーン」(最大475席)を29日の土曜日以降、1日に2回もわたなれに割いている。
「2週間で興行を終える映画なのに、1週目はちんまりしたシアターで上映されていた作品が、2週目で倍以上のデカい箱に移される」のはかなり異例です。スケジュール調整の問題もあるから「絶対にない」とまでは言いませんが、通常の映画興行だと初週が一番多くてその後はどんどん下がっていく「初動型」が基本だから2週目で大きなハコを用意してもあまり意味がないと申しますか、率直に言って「無駄遣い」である。それに、映画館によく行く人なら知っていると思いますが、「その劇場でもっとも広くて設備の良いシアター」は普通、興行の目玉となるようなキラータイトルにしか回されない。局所的にではあるが、『私がキラータイトルになれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)ネクストウィーク!』な現象が起こったのです。
席は増やせても配布する特典は急に増やせないので、館によっては2週目の特典が初日の金曜日で枯れてしまったところもあるとか。甚だしいところでは初日どころか初回の上映で配り終えてしまった劇場もあるという。恐らく公式サイドはネクストシャインを「わたなれの知名度を上げるためのプロモーション」程度に捉えていて、興収とか動員とかにはそこまで大きな期待を寄せていなかったんだろう。想定外の人気ぶりに公式も対応に追われているみたいだが、どうも「2週間限定」という予定は覆らないようだし、上映枠が拡大しても上映館が増える兆しはない模様です。最初から「テレビで放送する予定」と宣言しているし、たぶん上映が終わる4日か5日くらいに放送日の告知を行う段取りなんじゃないでしょうか。早ければ12月中に放送だと思われるので、延長するかどうか悩んでいるのかも。上映枠拡大のおかげでギリギリ都合がつくようになったし、私も観念して隣県まで遠征して鑑賞してきました。
劇場によっては開場案内のアナウンスでタイトルを省略しているところもあるそうですが、私の行ったところはちゃんと「ネクストシャイン!」までフル詠唱していて感動した。「単なる先行上映イベント」にしては破格の大きさのスクリーンが割り当てられていたのも嬉しい。300弱の座席が体感5割、ザッと150席くらい埋まっている印象で、特典が追加されたとはいえ2週目に入った映画としてはかなり盛況。ちなみに特典はランダムフィルムなんですが、私が貰ったのは香穂ちゃんの催眠音声喰らっているあたりのフィルム(これの一番左)でした。構成としては、まず冒頭でOP。テレビでお馴染み「ムリムリ進化論」を大音量、大スクリーンで堪能できます。それから13話〜17話をぶっ続けで流し、ED(2種類)、最後に2期の到来を匂わせるシーンで〆。本当にテレビで放送する予定のエピソードをそのまま繋げてお出ししただけなんで、「あっ、ここでCMだな」とか「これで〇話終了か」というのが丸分かりな内容でした。何せタイトルに「劇場版」の文字が入っていないくらいなので、映画としての体裁を整えていない。鬼滅の『無限列車編』みたいに「いかにも劇場版」といった雰囲気ではなく、ミリマスとかシャニマスの先行公開版に近いタイプ。隣席の客が堪え切れずに何度も息を漏らしていたのが最高に生(ライブ)って感じだった。原作未読の人が多かったのか、クライマックスのアレには静かなどよめきが館内を走り抜けていきましたね。私も「ゴミ」のところは笑いを我慢するので必死でした。
もういっぺん観たいから、是非上映期間延長&上映館拡大で地元の映画館でも観れるようにしてほしいです。年末でいろいろと興行が立て込んでいる時期だし、もうすぐ『ズートピア2』という今年最後のキラータイトルが上陸するタイミングなんで難しいだろうが、関係者には頑張っていただきたい。
・「灰原くんの強くて青春ニューゲーム」4月にTVアニメ化、上村祐翔&高尾奏音が出演(コミックナタリー)
アニメ化のニュース自体は7月に報じられていたけど、やっと詳報が来ました。制作は「スタジオコメット」、80年代に創業したスタジオで当初は有限会社だったが90年代に株式会社化、ジュエルペットやマイメロディなどを手掛けており、去年は『変人のサラダボウル』をやっていました。監督は「星野美鈴」、『最近雇ったメイドが怪しい』や『道産子ギャルはなまらめんこい』の人。シリーズ構成は「大知慶一郎」、いろいろ手掛けているせいで却って「これが代表作」とは言いにくい脚本家。最近だと『ある魔女が死ぬまで』とか『Summer Pockets』、『忍者と極道』をやっていますね。
声優も公開されています。主人公の「灰原夏希」役は「上村祐翔」、一般的には『文豪ストレイドッグス』の「中島敦」あたりが有名? 最近は『公女殿下の家庭教師』の主人公「アレン」を担当しており、「ラノベ原作の主人公役」としては申し分ないキャストと言えるか。メインヒロイン「星宮陽花里」役は「高尾奏音」、バンドリの「豊川祥子」役で知られている。他は100カノの「華暮愛々」、プリコネの「プレシア」、スタレの「ケリュドラ」など。
内容としては「無駄にイキって方々に迷惑を掛け、灰色の青春を過ごした夏希くんが大学卒業を間近に控えたある日、高校入学直前のタイミングまでタイムリープする」という、平たく書けば「やり直し青春ストーリー」です。まず入学までに体型を絞り、ファッションにも気を遣って「雰囲気イケメン」になりすました夏希くんはクラスの上位グループへ潜り込むことに成功。前回の反省を活かして徹底的に振る舞いを改善し、片想いしていた少女・星宮さんと仲良くなって「あわよくばお付き合いを……」と目論むが、彼の落ち着きに満ちた態度のせいで別の異性も引き寄せてしまい……という感じで、ターゲットは「ラブコメ好き」になると思われるが、「コメ」の要素は比較的薄くて「友情と恋心の狭間」を真面目に描いていく。ラブコメアニメというより青春アニメの様相が強い。「青臭さ」が売りなので単純明快なラブコメを期待すると厳しいが、刺激ばかりが先行するラブコメにうんざりしていて「もっとじっくり腰を据えて『青春』を追求してほしい」と思っている方にはオススメできそう。夏希くん、恋愛ばかりにかまけるわけではなく、「あのとき味わえなかった『青春』を今度こそ謳歌したい」とバンド活動を始めたりしますからね。好きなシリーズだけど、結構地味だからアニメ化は大変だろう。HJ原作のアニメって正直あまりアタリがない印象だけど、今度こそ大丈夫……だといいなぁ。
2025-11-23.・新作発売に合わせて『フルメタル・パニック!』の既刊が99円均一の大セール中、「久々に読み返したいけど紙版が手元にないや」という方にオススメしたい焼津です、こんばんは。セールの開催は12月3日までの予定。
対象は小説版のみで、コミカライズやRPGリプレイは対象外です。長編シリーズが全12巻、短編シリーズが全9巻、サイドアームズが全2巻、アナザーがSS含めて全13巻、計36巻でまとめて購入してもたった3564円、安い! 安すぎる! えっ? 『よりぬきボン太くん』? あれは……よっぽどのマニアか、コンプしないと気が済まない人か、「こんだけ安かったらちょっとぐらい御布施してもいいか」という気持ちの方以外は別に買わなくてもいいと思います。
アナザーは全13巻を一つにまとめた合本版も出ていますが、そちらはセール対象外なので注意してください。あくまで対象はバラ売りされている単巻版です。なおKindle以外でもあっちこっちのショップで開催されているセールですから、クーポンとかの使えるところで買えばもっと安くなりますよ。20%OFFぐらいでも3000円を切る価格になる。「面倒だからいつものAmazonでいいや」という方は、現在ブラックフライデーまとめ買いキャンペーン中ですので、先に高い本を買ってからフルメタのセール品を買うと15%ポイント還元が付いてきてオトクです。まとめ買いキャンペーンは上限15冊なので、先にセール品を買っちゃうとそれで枠が埋まってしまう。今回のセールでフルメタをまとめ買いするつもりの人も、値引き率の低い『Family』を先に買っといた方がベターです。ただし最新刊のFamily3巻はまとめ買いキャンペーン対象外(まとめ買いキャンペーンは開催後に発売された商品は対象外のことが多い)ですから、買う順番はどっちでもいいです。何なら次のキャンペーンまで待ってもいい。「大人になったテッサが登場する」という誘惑に耐えられるのならば……。
・『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 〜ネクストシャイン!〜』、公開中
遂に公開されました、映画わたなれ。「映画」と言ってもいずれテレビで放送される予定のエピソードを先行上映するだけという「独立した映画作品ではない」一本ゆえ、公開規模も小さい。情報公開時はたった14館、その後追加されて31館まで拡大したが、全国47都道府県のうち僅か20都道府県での上映である。上映している県よりもしてない県の方が多い! 私が住んでいるところは田舎ですから「してない」派閥です。隣県まで行けば観れないこともないが、片道ざっくり3時間、往復で6時間も掛かるのでさすがに都合がつかず諦めました。しかし中には「新幹線に乗って観に行く」という覚悟の決まったファンもいるみたいで、初日は満席の劇場が多かったようですね。そもそも用意されているハコ(シアター)が小さいからすぐ満杯になってしまう。「ただの先行上映だし、熱心なファンしか来ないだろう」と劇場側もタカを括っていたようで、各予約サイトを眺めるとあまりの埋まり具合にいっそ笑ってしまった。聞いた話では初日の着席率(予約を締め切るまでに販売された席の割合)が8割を超えていたそうです。他が200館以上、およそ7〜9倍の公開規模(割り当てられたスクリーンを考慮すると座席数は数十倍、作品によっては100倍以上)なのに初日のデイリー9位に入ったというんだから凄まじい。私がギリギリまで検討していた隣県の映画館も金・土・日と3日間連続で前日のうちに予約完売。「当日券余裕っしょ」と予約せずに劇場へ足を運んだ人は愕然としたでしょう。
「着席率」は「劇場の期待(あらかじめ用意した席数)に対してどの程度の客入りだったか」を表す指標で、公開規模が小さいほど大きくなる傾向になる。極端な話、「たった一つの映画館で、30人しか入らないシアターを用意して一日一回だけの上映」だったら観客たった30人でも「着席率100%」となるわけです。つまり公開規模が全然違う映画だと比較対象になり得ない――と念頭に置いたうえで語りますと、コロナ禍のときに座席を間引いて販売した『劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song』の初日着席率は90%超、今年7月に公開された鬼滅の無限城編が80%超です。「公開規模が違いすぎるけど、劇場の期待に対する客入りは無限城編並み」だったことになります。
映画館にとって損益分岐点となる着席率がおよそ「15〜20%」、ただしこれはスクリーン数が多いシネコンの場合であって、小規模な劇場だと最低でも「25%」は上回らないと厳しいらしい。逆に「10%」切るといわゆる「ガラガラ」の状態で、もっと小さいシアターに変えるなり上映を早めに終わらせるなり対応を迫られる。ネクストシャインも地域によってはガラガラだったらしいが、それでも8割超えたということは「一部地域以外で席が全然足りていなかった」わけだ。初日に用意された座席数は「(公開館)31館×(1日の平均上映回数)約1.5回×(1回あたりの平均座席数)約100席」、ざっくり4650席くらいで、この8割強……だいたい3800人分の来場があった計算になります。数としてはそこまで大きくない(一日の来場者としては公開からだいぶ経った鬼滅や『国宝』の方がまだ多い)けれど、割合としてはやっぱり異常ですよ。同日公開された『果てしなきスカーレット』なんて、初日に全国で74万席ぐらい用意されたのに埋まったのは3万席、着席率にするとたった4%だ。いや、これは『果てしなきスカーレット』の方が異常な数値だな……わたなれの160倍近い席を用意したのに観客数が8倍程度にしかなっていません。前作『竜とそばかすの姫』が初日動員数15万人ぐらいだったから1/5まで急減した勘定になります。細田守作品としては不振だった『未来のミライ』と比べても半分以下。東宝がゴリ押ししたのか今週公開されている映画の中でもっとも多くのスクリーンが割り当てられていますけど、初日(金曜)の動員数が2位、2日目(土曜日)が4位。同日公開の新作どころか先週以前に公開された作品すら下回っている。予想値ですけど、金・土・日の3日間(いわゆるオープニング)で恐らく動員10〜15万人、興収2〜3億円程度で、比較対象になるのは『劇場版「オーバーロード」聖王国編』あたりですね。この調子だと最終的に10億届くどうか……制作費だけでも20億円は掛かっているという観測なので、興行としては壊滅的である。出足が悪すぎて、上映スケジュールを組んだ人も頭抱えてるんじゃないか。
昔話になりますが、今のこういう「全席指定型シネコン」が普及する前は「座る席はないけど観ることはできる」という「立ち見」が存在していたんですよね。私も一回やったことがあるけど、物凄く疲れたからもう二度とやりたくない。閑話休題、ネクストシャインはもともと「2週間限定公開」というイベントなので12月5日に上映終了となる予定ですが、この盛況ぶりに免じてうちの地元まで拡大上映してくれないかしら。『ズートピア2』の公開も近づいているし、いくら何でも無理かな。
・パチンコ・パチスロ化→アニメ次回作が実現? タイアップがもたらす“Win-Win”の関係(ENCOUNT)
一番有名なのはEVAですね、パチンコマネーが大量に入ったおかげで新劇場版をやる目処がつき、完結に至った。円盤があまり売れなくてもパチやスロのおかげで2期が決まるケースは稀にあります。最近だと「まほいく」こと『魔法少女育成計画』、1期目は2016年に放送され「半分に減らすぽん」でちょっと話題になりましたが円盤の売上は振るわず、確か1巻あたりの本数は2000も行かなかった。2016年あたりだと配信の普及もあって円盤の売上自体が下がり始めた頃ですけど、同じライトノベル原作の「このすば」や「リゼロ」が1巻あたり1万本以上売り上げているので「2期は絶望的だな……」と思える数字です。ちなみに2016年でもっとも円盤が売れたTVアニメは『ユーリ!!! on ICE』、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』の「MAPPA」が制作して1巻あたり6万本以上、深夜アニメの中では十指に入る売れ行きである。諸事情で劇場アニメが制作中止になったことが悔やまれる。
話が逸れた。まほいくは放送から6年経った2022年にパチスロ化しており、これが好調だったおかげで翌年2023年に新作アニメ『魔法少女育成計画restart』の制作が発表されました。パチスロになっていなければ絶対にありえなかった2期です。来年の2026年に放送予定ですから、実に10年ぶりの続編となる。私の好きな『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』は今年からパチンコとスロットの両方が稼働開始していて、結構調子がいいらしいし来年あたり新作アニメの発表が来るんじゃないかな……と淡い期待を抱いている。遊技機人気が高いアニメと言えば『戦姫絶唱シンフォギア』、あれはパチマネーが大量に入ったおかげでその気になれば何期でもやれるぐらいだったらしいが、「さすがにこれ以上やったらグダグダになる」という判断に基づき5期目で終了となりました。
「それにしてもなんでパチやスロはアニメ作品が多いの?」という疑問に関しては『パチンコがアニメだらけになった理由(わけ)』って本が15年くらい前に出ているので、詳しく知りたい人はそっちを読んでください。要約すると、「液晶パネルの性能が向上して小型化・高画質化した」「高画質だから表示する映像をいちいち内製すると費用が掛かる」「既に出来上がっているアニメや特撮の映像や音楽を流用すれば安く済むのではないか?」「使用料が安いからガンガン使っていたら思った以上に人気が出て定着した」ってな具合で、あまり深い理由はありません。アニメを観る層とパチやスロを遊ぶ層はあまり被っていないので、「使用料ガッポガッポ」だけでなく「新しいファン層を発掘する」という思わぬ効果も獲得しました。制作費もそんなに掛からないから、という理由で新作映像が追加されることも多い。先述したレヴュースタァライト、アニメでは「露崎まひる」というキャラが主人公「愛城華恋」の水筒に口を付けようとしてギリギリで思いとどまる、という際どいシーンがあるのですが、なんとスロットでは「水筒に間接キスして幸せそうな顔をする当たり演出」が追加されて界隈が大騒ぎになりました。
界隈の外からすれば「バカバカしい話」で済まされるような一件なんですが、パチやスロにはこういう「せっかくの新規映像なのに、遊技機以外には流用しにくいモノ」が大量にあって、そのほとんどがアーカイブ化されていない……という問題があります。会社によってはPVめいた映像をつべとかにアップしてくれますが、先述したような「当たり演出/外れ演出」の映像を逐一残すところはまず存在しません。まどかマギカなんかも相当な量の新規映像が作られたらしいが、今となっては確認も困難。まぁパチやスロほどじゃなくてもゲーム作品だってハードがレトロ化したら確認が難しくなりますけど。この手の演出で一番騒然となったのは『CRフランダースの犬と世界名作劇場』か……「あのラストシーンを再現した『昇天予告』は激アツ」という一文はもはや伝説。
でも正味な話、「遊技機のおかげで2期が決まった作品」なんてそんなにあるかな? という疑問はありますね(シンフォギアも続編のGはパチマネーが入る前から制作していた)。「アニメのパチ化・スロ化」が定着してきてからはそもそもマイナーな作品が遊技機化するケース自体少なくなっていますし、「パチやスロが好調なのに2期が来ない作品」も割とあります。『緋弾のアリア』は2011年に1期目を放送し、2014年にパチンコ化、前日譚に当たる『緋弾のアリアAA』が2015年に放送、その後パチンコは新台を作られまくっているのに未だ本編の続きがアニメ化されていない。最近の台だと「アニメでは登場していないキャラがオリジナル映像&オリジナルキャストで登場する」始末らしい。『織田信奈の野望』も4台目に当たる新機種『P織田信奈の野望 下剋上』が今年から稼働しているが、2期なんて影も形もない。強いて言えば『バジリスク〜甲賀忍法帖〜』がパチンコのおかげで『バジリスク〜桜花忍法帖〜』をやれたんじゃないかな……という気もするが、あれ原作者が違うから2期というよりスピンオフなんですよね。「とても2期やれるような売上じゃなかったのにパチやスロのおかげで2期が出来た」というのは非常にレアケースで、あまり一般的な出来事じゃないんです。ほとんどの場合、もともと人気があるからパチやスロとは無関係に2期が決まる。なので私も冒頭に「パチやスロのおかげで2期が決まるケースは稀にあります」と書きました。アニメ業界は今人手不足で、座組(制作に必要なスタッフを集めること)が大変だから「金を積めば2期が出来る」というものでもない(クオリティに対するこだわりがまったくないのであれば話は別だが)。
・KENT「大怪獣ゲァーチマ」アニメ化企画が進行中、描き下ろしのお祝いイラスト公開(コミックナタリー)
どう発音するのかよくわからないことで知られる『大怪獣ゲァーチマ』がアニメ化とな。「げぁーちま」は新潟の方言で「オタマジャクシ」を意味するらしく、作者が推奨する発音は「ぎゃーちま」だが読者の中には「げあーちま」派や「がぁーちま」派もいてあまり統一されていない。特にこだわりがなければ「ぎゃーちま」が無難だと思います。1巻が発売されたとき帯に「樋口真嗣」の推薦文が載ったからいずれ特撮化するかな、と予想していましたが、アニメ化の方で来たか。
主人公「杜野宮矢子」の故郷である港町は突如現れた大怪獣によって被災。人的な被害が割と少なかったこと、怪獣消滅後に海産物がよく獲れるようになったことから「豊穣の神ゲァーチマ」と讃えられ、キャラクターグッズも飛ぶように売れたことから町のシンボルとして定着してしまった。親しい人が被害に遭ったこともあり、宮矢子はゲァーチマを讃えればいいのか呪えばいいのか、心の整理がつかずに煩悶している。ゲァーチマ出現から10年後、同じ町にまた怪獣が現れる。しかし、その怪獣はゲァーチマではなかった……。
こんな感じで、「ゲァーチマは人類の味方なのか、それとも……」といったテイストで進行していく。言うまでもなく『ゴジラ』や『ガメラ』の影響が色濃く反映されている。人間ドラマもあるけど、「怪獣プロレス」として読んでも充分面白い。様々な能力を持った怪獣が次々と現れる展開はちょっと『ぼくらの』っぽいかも。『ぼくらの』って「子供たちが悲惨な目に遭って死ぬ」残酷なところばかりクローズアップされ、「多種多様な敵を相手に機転と工夫で立ち向かう」特撮バトル・チックな面はスルーされがちなんですよね。ともあれ、今月7巻が出たばかりなので仮に2期があるとしてもだいぶ先になりそうだが、とりあえずアニメの出来が良くなることを祈っておこう。まだ「企画進行中」で制作スタジオとか監督も発表されていないが……。
以前も書きましたが、「アニメ化決定」と「アニメ化企画進行中」は似ているようで違います。関係者曰く「放送するテレビ局の企画会議を通ったかどうか」、つまり「企画進行中」はまだテレビ局の企画会議を通っておらず、通った時点で晴れて「決定」に格上げとなる。進行の度合いで言えば決定>企画進行中だが、少なくとも「企画進行中」の段階でそれなりの人員と費用が動いているため、発表した後に企画中止となることは稀です。その「稀」なケースとして私の好きな『導きの星』があるのは泣きたい気分だが……(2016年に「アニメ化企画進行中!」と報じられ、「2018年秋映像化企画進行中」という発表もあったのに以降音沙汰がなく、もうポシャった可能性が高い)。
そういう一部の例外を除き、企画が流れる恐れがほぼなくなってから発表されるわけですし、ほとんどは公表される前にポシャります。ポシャったアニメに関してはなかなか話が表に出ないので噂レベルに留まることも多いが、『空手小公子 小日向海流』は原作者自ら企画書の一部を公開している。結局スポンサーが集まらなくて流れちゃったみたい。22巻まで出ていた頃、というと2006年あたりか。格闘大会の「RAGNAROK」が終わったあたり。『リコリス・リコイル』で有名になった「足立慎吾」も「XEBEC」所属時代に『タビと道づれ』をアニメ化するべく企画書も作って上層部に嘆願したらしいが、「あと一息制作費が集まらない状態」と言われ叶わなかったらしい。リコリコが当たった今なら資金も集められそうだが、そのリコリコの新作で忙しそうだし、無理か。『serial experiments lain』のスタッフが再結集した「大正lain」とも言うべき『ですぺら』もアニメ化企画が進行していたらしいが、監督の「中村隆太郎」が体調不良になったため企画中止。少し経った後に逝去されました。他に、ソノラマ文庫から出ていた『星虫』も「アニメ化企画決定」と帯に書いてあったのに実現しませんでしたね。脚本家が言うには「資金が集まらなかった」「脚本は出来ていた」「劇場映画にする予定だった」そうな。
・「描くなるうえは」TVアニメ化、ティザーPV公開 メインキャストに村瀬歩と鈴代紗弓(コミックナタリー)
“ヤングアニマル”で連載されているマンガ家マンガ。より正確に書くなら「マンガ家志望者のマンガ」です。主人公の男子高校生「上原勇紀」はマンガ家としてデビューすることを夢見て、勇気を出して原稿の持ち込みをしてみたが「何かあんま面白くねーなー」「リアリティーがないっつーか」「共感もないし人間も描けてない」と編集者にバッサリ斬られ、心がバキバキに折れてしまった。落ち込んでいたところ、クラスメイトのギャル「宮本仁衣奈(ニーナ)」にその原稿を見られ、揶揄われる……と身構えた矢先、思わぬ賞賛を浴びる。ニーナもまたマンガ家志望だったのだ。担当から「恋愛まんがなのにリアリティがない」と言われたことを気に病んでいた彼女は、上原に「あたしと付き合ってくれない?」と提案する。取材目的の偽カップル、しかしふたりの間に「偽」ではない感情が生まれ始めて……といった具合にラブコメのテイストが強いです。ニーナの体型が非常にエッチでお色気要素も強いのだが、上原くんは真面目に頑張っているので割と好感が持てる。あとライバルキャラが登場して恋の鞘当ても始まるので三角関係好きにはうってつけ。制作スタジオは割と新興の「ROLL2(ロールツー)」、元請作品としては『恋は双子で割り切れない』、『きみが死ぬまで恋をしたい』(未放送)に続く3作目。監督は「石川俊介」、『ブルーロック』の1期目で副監督を担当した人で、劇場版『EPISODE 凪』が初監督作品。TVシリーズの監督はコレが初かな?
それにしても、「鈴代紗弓」がまたギャル系ヒロインやるのか……最近多くない? クラ婚の「石倉陽鞠」、だんじょるの「犬塚日葵」、いもウザの「小日向彩羽」と今年だけでも該当するキャラが3人いるぞ。
・貫井徳郎の『不等辺五角形』読んだ。
著者の最新長編。6月刊行で、7月に「王様のブランチ」で紹介されて話題になったらしい。『慟哭』や『愚行録』といった貫井徳郎の代表作を引き合いに出して「新たなる到達点」と喧伝していますが、先に述べておきますと「面白かったことは確かだが、新たな代表作として認めるほどではない」というのが私の偽らざる気持ちです。ちなみに私が一番好きな貫井作品は『乱反射』。
小学生の頃からの知り合いで、表面的には「仲良し5人グループ」の男女たち。社会人になってから少しずつ疎遠になっていったが、アラフォーの歳になって久々に5人で集まることになった。しかし殺人事件が発生し、グループの1人が逮捕されてしまう。「あいつが殺人なんて……」と他のメンバーたちは呆然とする。殺されたのもグループのメンバーなんで、どう心の折り合いを付ければいいのかわからない。情状酌量の余地を見つけるため、弁護士は残されたメンバーひとりひとりから聞き取り調査を行うが……という形式のサスペンスです。5人グループは男2人女3人という構成。殺されたのは女性の「雛乃」で、捕まったのも女性の「梨愛」。長い付き合いだから何かしら含むところはあったのかもしれないが、「殺害」という極端な方法に走るほど深い恨みがあったとは思えない、と他の3人は口々に証言します。インタビューは男→男→女の順で行い、「証言の食い違い」や「聞き漏らし」の確認のためもう一度男→男→女の順で聞き取り、最後に捕まった梨愛視点の章で幕を降ろす。
さすがに「藪の中」ほど内容が食い違うことはないが、証言者たちにも「口にしたくないこと」や「明かしたくない本音」があり、そのへんからどうしても平仄に合わない部分が出てきます。被害者である雛乃の人物像も、インタビューを重ねるうちにだんだん曖昧になっていく。一貫しているのは梨愛を悪く言うメンバーがいない、というところですね。公然とではないにしろ、みんなさりげなく庇うような発言をしており、その点では情状酌量の余地を見つけようとしている弁護士と利害が一致するはずなんです。しかし、梨愛本人が頑として動機を口にしないため、擁護の糸口が見つからず四苦八苦する。この5人はいったいどういう関係だったのか、そして梨愛はなぜ口を閉ざすのか……という興味で物語を引っ張っていっています。
「証言」と「分析」と「独白」だけで構築された枷の多い内容であるにも関わらず、5人の人物像が少しずつ明確になっていくあたりは貫井徳郎ならではといったところ。エモーショナルな要素をなるべく排し「理詰め」で物語を組み立てようとしているため、人によっては「心を揺さぶられない」と不満を感じるかもしれませんが、下手に扱えばベタベタと湿度の高いストーリーになってうんざりしてしまいかねないところを巧妙なバランスによって「一定の距離を置いて楽しめる読み物」に仕立て上げている。正直、「証言の一周目」はちょっと退屈で、二周目に入ったあたりからどんどん面白くなっていきます。
良い思い出も悪い思い出もあるけど、それでもやっぱりこの5人には絆があったんだな……と飲み込めて切なくなってきます。オチの部分はハッキリと明言せず、含みを残して終わっていますが、ちゃんと真面目に読んでいれば(覚えていなくても読み返せば)わかる仕組みとなっています。どんでん返し的なサプライズを期待すると落胆するかもしれません。正直、オチとしては無理があるというか、目論見崩れるよな、コレ……と思ってしまう。作者としては「この目論見は到底成功し得ないが、失敗に終わるところをわざわざ書いたりはしません」という感じなんだろうか。確かに、目論見だけ明かしていて「成功した」とは書いてないんですよね。書いたら野暮、というのもあるんでしょうけど。
曖昧な物言いばかりでは訳が分からないと思いますのでもうちょっと具体的なことを書きますと、この5人は好意の矢印がうまく繋がってないんですよ。AはBに想いを寄せているけどBはCが気になっていて、でもCにはその気がなくて……といった塩梅で、イイ感じのラブコメにならない。そこからタイトルの「不等辺五角形」が来ている。「うまくいかなかった青春ラブコメとかトレンディードラマの末路」を観ているようでちょっと切なくなります。
最初に書いた通り『慟哭』や『愚行録』に比べるとかなり落ちる内容です。貫井徳郎の作品を読んだことがないで、衝撃や刺激に飢えている人は素直に『慟哭』や『愚行録』を読んだ方がいい。ただ、『慟哭』や『愚行録』は人によってかなりキツいストーリーなので、「あんまりキツいのはちょっと……ほどほどの刺激でイイです」という場合はあえてこの『不等辺五角形』で手を打つという選択肢もアリです。貫井小説は「気合入れて読む必要がある作品」と「気楽に読める作品」の差が結構大きいんですけど、『不等辺五角形』はちょうど中間ぐらいの位置に収まるからリトマス試験紙としては丁度良い。読んで「物足りない」と思うならもっと歯応えのある貫井作品に挑めばいいのです。というわけで読もう、『不等辺五角形』。
・拍手レス。
西澤保彦さん亡くなっていたのか…。中三の時に読んだ「七回死んだ男」でミステリ沼に引きずり込まれました。チョーモンインシリーズの続き読みたかったな。ご冥福をお祈りします。
実家の書庫を漁ったら未読の『聯愁殺』と『パズラー』が見つかったので、これらを読みながら偲ぶことにします……チョーモンインは本当に完結まで読みたかったですね。
西澤保彦 好きな作家です 焼津さんの「自意識と向き合って書いたのだろう」意見 新刊を読むと切に思います 「進行性の肺腺ガン」のキャラを出す 亡くなった後に考えると凄味がある 新作を期待していた作家さんなので とても残念です 焼津さんも「沃野」とか読むと お好きだと思ってました
西尾維新もインタビューで「西澤保彦のミステリから影響を受けている」ことを率直に語っていますし、ミステリやエンタメの裾野を広げた作家の一人ですよね……追悼ポストの数々で「ああ、この人たちも西澤作品が好きなんだ」と知ることができて、しんみりしつつも少し嬉しくなったりしました。
2025-11-15.・映画館にあったフライヤー(チラシ)で存在を知り、「面白そうだな」と思って観に行ったインド映画『KILL 超覚醒』が期待通りの面白さでホクホク顔な焼津です、こんばんは。
「インド映画」と聞くとどうしても「歌いながらダンスするシーン」を思い浮かべてしまう人もいるでしょうが、この作品にダンスシーンはない。全体的に映画の撮り方もインド映画というよりハリウッド映画に近く、人によっては「今のインド映画ってこんな感じなのか!」と衝撃を受けるかもしれません。あらすじは簡単に書くと「寝台列車に乗り込んだ30人以上の強盗集団、手際良く制圧して金品を奪っていくつもりだったが、軍の特殊部隊に所属する主人公がたまたま車内にいたせいで計画が狂い出す」っていう、いわゆる『ランボー』みたいなワンマン・アーミー系のアクション物です。
寝台列車という空間的に狭く、脱出が困難な舞台で40人もの強盗たち(途中で車外にいた連中が合流する)相手にひたすら濃密なバイオレンス劇を繰り広げる。雑な形容になりますが、『ダイ・ハード』と『ジョン・ウィック』を混ぜたような作品です。というか実際に『ジョン・ウィック』の監督がハリウッド・リメイクする話が進んでいるらしい。主人公が「超覚醒」してからが見所で、強盗どもを容赦なくブッ殺す展開がとにかく爽快。ムカつくことに強盗集団(どうも全員親族らしい)は仲間思いな連中で、警備兵や人質は平然と殺害するのに味方が殺られると大声で叫んで泣き喚く。『忍者と極道』の極道よろしく「たった数名の人質を殺したくらいで……血も涙もねえ!」と慟哭する。まぁ背景として貧富の差っていう問題があるんだけど、それでも「勝手なこと言いやがる」という印象は拭えない。「薄汚ねぇ強盗一族の血を絶やしてやるぜ」と言わんばかりに獅子奮迅の活躍を見せる主人公に「いけーっ役立たずの狛犬!」と声援を送りたくなります。無双系っちゃ無双系だが、主人公のアムリトもボロボロになりながら闘うのでだいぶ痛々しい。「カッコいい」というより「痛そう」な暴力満載なので、スタイリッシュ・アクションを求める人にはキツいかもしれません。逆に「スタイリッシュ・アクションにない『痛み』を望んでいる」方にはうってつけ。内なる蛮性と獣性を解き放て。
しかし、こんなに面白いのに初日のレイトショーはガラガラで、私含めて観客は7人くらいしかいなかった。圧倒的に知名度が足りてないです。この調子だと来週あたりからほとんどの映画館で上映回数減らされそうだし、気になる人は早めに行った方が吉。ちなみにインドではこういう武装強盗団を「ダコイト」と呼ぶらしく、昔監督の乗っていた長距離列車がダコイトに襲われたことが脚本の発端になっているという。監督本人は寝こけていて、襲われたのも隣の車両だったから被害はなかったそうだが。
・作家の西澤保彦さん死去、64歳…「異分子の彼女」で日本推理作家協会賞(読売新聞オンライン)
ショックで情緒おかしくなるわ……「西澤保彦(にしざわ・やすひこ)」は1995年、『解体諸因』という様々な解体(バラバラ)事件を扱った連作集でデビューしたミステリ作家です。デビュー前に何度か鮎川哲也賞に応募したらしいが、結局賞は取れず講談社から無冠の出発となった。『七回死んだ男』という「ループ物」みたいな設定の長編で名前が売れ始め、「SFやファンタジーで見掛けるような特殊な設定を使ったミステリ」、いわゆる「特殊設定ミステリ」を書きまくります。私がミステリにハマったのは1996年で、5冊目の『人格転移の殺人』が出たあたりから追いかけ始めたんですよね。刊行ペースが速くて、年に4冊くらい出るから結構大変だった。
多作家で一編一編の仕上がりが軽めだったせいか、正直ミステリ界の本流からはそんなに評価されていない人でした。2023年に「日本推理作家協会賞」を獲っていますけど、それ以外だと「センス・オブ・ジェンダー賞」というSF寄りの賞しか貰っていない。中には力作もあるんだけど、いまひとつブレイクし切らない……という感じで、『七回死んだ男』や『腕貫探偵』などの例外を除いて作品数の割に語られる機会が少なかった印象があります。『猟死の果て』(後に『殺す』と改題)や『彼女はもういない』(後に『狂う』と改題)など、胸糞悪くなる猟奇ミステリも手掛けており、個人的に「櫛木理宇」の小説を読むと西澤(猟奇サイド)を思い出したりする。
シリーズ作品もいくつかあり、中でも「超能力者問題秘密対策委員会(チョーモンイン)」という「超能力を悪用した犯罪を取り締まる」ことに特化した組織が出てくる“神麻嗣子の超能力事件簿”シリーズは当時結構盛り上がっていましたが、あまり売上が伸びなかったのか8冊目でパタッと刊行が止まってしまった。「ドラマ化とかアニメ化が決まって再開しないかなぁ」と夢見てたのに。シリーズ4冊目に当たる番外編『夢幻巡礼』が好きだった。警察官なのに連続殺人鬼という「奈蔵渉」が語り部を務める異色作。この奈蔵がシリーズのラスボスになる……と思ってたのに、対決するところまで話が進まなかった。
ファン人気が高いのは“匠千暁”シリーズ。初期は“タック&タカチ”シリーズとか言ってたけど、複数の出版社を転々とするうち「もう“匠千暁”シリーズでいいだろ」という感じになっていった。デビュー作の『解体諸因』から続くシリーズで、酒好きの大学生(時系列バラバラだから卒業後のエピソードもあるけど)が様々な事件に遭遇する。「無人の山荘になぜか大量のビールがあった、それを飲みながら『なぜこんなところに大量のビールがあるのか』を推理する」という『麦酒の家の冒険』みたいなバカバカしい話(一つの謎に対して複数の推論や解釈を展開するという「多重解決」に取り組んだ作品なので、ミステリとしては真面目)もある一方、「高瀬千帆(タカチ)の過去を掘り下げる」『スコッチ・ゲーム』や「匠千暁(タック)の過去を掘り起こす」『依存』みたいなシリアス長編もあります。シリーズとしては6冊目の『依存』が白眉で、それ以降は下火な印象。そして10冊目の『悪魔を憐れむ』を最後に新刊が出なくなってしまった。チョーモンインの方と違ってこっちは『依存』でシリーズの核心を描き終わっていたから続きが出なくなったこと自体はそんなに残念じゃなかったが……。
単発作品も良作が多いけど、あれもこれもと言及していったらキリがない。個人的に好きな一冊に触れて〆ましょう。『黄金色の祈り』、「黄金色」と書いて「きんいろ」と読ませます。主人公はかつて中学校の吹奏楽部に所属していたが、ある年、部で人気がある少女の使っていた楽器(アルトサックス)が紛失する。状況的に誰かが盗んだと思われるが、犯人も楽器の行方も判然としないまま卒業。やがて母校たる中学校は廃校になるが、その校舎の天井裏から白骨死体と消えたアルトサックスが発見される。この事件を小説のネタにしようと、吹奏楽部の元部員たち相手に取材する主人公だったが……とにかく読んでいてイヤな気分になる、「イヤミス」の走りみたいな作品です。ノベルゲームの選択肢をひたすら間違え続けていくようなストーリーなんですよね。主人公が抱える「根拠のない自己評価の高さ」を他人事と割り切れない人ほど深い傷を負う。青春の愚かさを訥々と綴っている。タイトルの「黄金色」は管楽器のイメージであるとともに「スポットライトを眩しく浴びる人生」を指しているが、主人公自身の青春は至ってどどめ色。「アメリカに留学」「女子校の講師」「35歳で作家デビュー」と、主人公の履歴がそのまま西澤保彦に当てはまっているあたりも味わい深いです。きっと西澤保彦も自意識と向き合って書いたのだろう。それだけにひと際胸を抉る出来です。
評判はいいけどタイトルのせいでいまいち気乗りしなかった『腕貫探偵』シリーズもそろそろ崩そうかな……このシリーズ、ほとんどの作品がKindle Unlimited対象なので、面白いかどうかはわかりませんが「西澤保彦の本は読んだことない」って方がお試しでチャレンジしてみるのにちょうどいいと思います。
・「NEEDY GIRL OVERDOSE」TVアニメ化、PV&キービジュアル公開 制作はYostar Pictures(コミックナタリー)
最近のゲームに疎い私でも知ってるくらい人気なソフトなのでアニメ化は楽しみ……だが、これ製作サイドで揉め事が発生していて絶賛係争中なんですよね。NGOの発売は2022年、低価格のインディーゲームだからというのもあるがなんと300万本も売り上げている超ヒット作です。企画を立てたのは「にゃるら」というクリエイターで、シナリオも手掛けているから「NGO開発の中心的な人物」と見做されているが、開発に必要な資金と人材(エンジニア)を集めるためパブリッシャー(販売元、書籍で喩えると「出版社」に当たる存在)へ企画を持ち込んだ――という経緯がある。このパブリッシャーが「株式会社ワイソーシリアス」で、「開発に必要な出資を行い、様々な面倒を診た」ということで現在NGOの権利を持っています。ワイソーシリアスには「WSS playground」というインディーゲームを販売するレーベルがあり、NGOはそこから出ています。
NGOは一度延期もあったりしたけど何だかんだで完成し、売れ行きも好調でめでたしめでたし……となりかけましたが、ディベロッパー(開発者)であるにゃるらやディレクターの「とりい」が「ゲーム発売後にWSSからの発注で様々な作業を行ったのに、その対価が払われていない」と抗議する声明をアップロードしたのです。詳細不明ですが、お互い弁護士を介して遣り取りするような状態に陥っており、誰がどう見ても「関係が悪化している」としか言いようのない有様です。揉めているのが明らかになったのは今年からなんで、恐らくアニメの企画は両者の関係が拗れる前から動いていたのでしょう。少なくともアニメ制作陣はディベロッパーやパブリッシャーと揉めておらず、板挟みになっている模様。
にゃるらはアニメの脚本と監修も手掛けていますが、現在は制作陣から抜けているためアニメの公式的な宣伝活動には参加していないし、現時点でNGOの権利はWSSにあるためアニメに関する報酬も支払われないという。WSSが「にゃるら氏より「NEEDY GIRL OVERDOSE」原作チームからの離脱の申し入れがあり、当方はこれを受諾いたしました」とコメントしているのに対し、にゃるらは「nyalraを外さないとアニメを中止にする」とWSSが宣言したせいでイベント出演やインタビュー活動などができなくなった、と主張しており、見事なくらい両者の言い分が食い違っている。WSSのプロデューサーは「ヒロインを5人出す」という案に反対して1人に絞るよう説得したり、当初2021年の6月5日に発売する予定だったのに「もっと凄いものにしたい」と言い出したにゃるらのために6月1日という本当にギリギリのタイミングで延期の調整をしたりと、NGOの開発にも深く関わっている人物なので「あんなに一緒だったのに 夕暮れはもう違う色」という歌詞が脳裏をよぎっていってしまう。
ゴタゴタに関しては目を背けたいレベルでヒドいが、アニメそのものは出来が良さそうなので普通に期待しています。ちなみにシナリオ担当のにゃるらは熱狂的な美少女ゲーム好きで、特に「瀬戸口廉也(唐辺葉介)」の影響を深く受けている。刷り部数が少なかったこともあって所有者がほとんどいない小説版『CARNIVAL』も当然のように持っている。ちなみに私もまだコレ持っています。まどかマギカがヒットした頃、瀬戸口のところにもオリジナルアニメの企画が来たらしいが、結局実現しないでポシャったらしい。瀬戸口ファンのにゃるら作品がアニメ化したんなら、それはもう瀬戸口作品がアニメ化したようなものではないだろうか?(グルグル目)
・斜線堂有紀の『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』読んだ。
映画『恋に至る病』の原作者「斜線堂有紀」による短編集。5つの短編を収録しており、すべて「小説推理」という雑誌に掲載された作品であるが、相互に繋がりはないから好きな順番で読んでも構わない。「頭から順に読む」ことにこだわらない人はいきなり2編目の「妹の夫」から読み出してみてもいいでしょう。
斜線堂有紀は作品数の多い作家で、「名前は見たことあるけど、詳しいことはよく知らない」という方もおられるだろう。経歴としては「第23回電撃小説大賞」の「メディアワークス文庫賞」を獲って2017年にデビューした小説家で、どちらかと言えばライトノベル寄りの立ち位置というか「ライト文芸」方面の作家であったが、2020年に刊行した『楽園とは探偵の不在なり』がミステリ系の各種ランキング上位に食い込んだ影響もあってミステリ方面でもそれなりに名が売れている。ペンネームも島田荘司の『斜め屋敷の犯罪』にあやかって中学生の頃に考案したもので、好きな島田荘司作品は『ネジ式ザゼツキー』だから「場合によってはペンネームがネジ式ザゼ太郎になっていた」と冗談めいたコメントも残しています。インタビューによるとデビュー前から「メフィスト賞や講談社ノベルス系、それこそ倉知淳先生とか」が好きだったが、体系的にミステリを読んでなかったのでデビュー後に勉強した、とのこと。ちなみに映画化した『恋に至る病』の原作も『楽園とは探偵の不在なり』と同じく2020年刊行なので、だいたいそのへんからブレイクし始めた感じです。
このまま勢いで好きな斜線堂作品について語りたくなるが、長くなるからやめておこう。話を『ミステリ・トランスミッター』に戻し、各編のあらすじと感想を書いていきます。
「ある女王の死」 … 数十年に渡りヤミ金業界の女王として君臨していた「榛遵葉(はしばみ・じゅんよう)」が死んだ。何者かにナイフで刺されて、殺されたようだった。73歳、老齢と言っていいトシでありながら見た目は若々しく、「ヤミ金の女王」というイメージに反して気品のある佇まいをしており、現場に到着した刑事は戸惑う。彼女はチェスが趣味で、現場には対局途中とおぼしき盤があった。刺される直前まで犯人とチェスを指していたのだろうか? 何であれ、恨みを買うことの多い稼業だから、すぐに容疑者は浮かび上がってくると思われたが……現場にあった金庫を開錠し、刑事たちが中身を確認するシーンの直後に時代が遡り、榛遵葉の来歴が綴られる。15歳、つまり60年近く前に両親を金貸しの苛烈な追い込みによって喪った彼女は、父と母を死に追いやった金貸し「真壁」の情婦兼右腕となることで生き延びる。やがて真壁のすべてを奪って彼を自殺に追い込み、「女王」としての道のりを歩み出す。非常に我慢強く執念深い遵葉さんが、己の命までも駒にして何事かを成し遂げる、そういう物語です。あっと驚くような仕掛けはないし、派手なトリックが繰り出されるわけじゃないが、ちょっとしんみりしてしまう話。本来なら数百ページかけて書くような「女王の一代記」を40ページちょっとにまとめているため、タイパ重視の人にとってはオトクかもしれない。濃縮還元的に想像を膨らませられる人向けで、ザッと斜め読みして単純にスカッと気晴らししたい人には向かないかな。
「妹の夫」 … 数百光年先までワープする技術がようやく確立された未来。単独有人長距離航行のパイロットに選ばれた「荒城務」は遙かなる宇宙の彼方、太陽系の外へ向けて旅立った。まだ結婚して3年も経っていない妻を残して。ウラシマ効果によって二人の間に流れる時間はどんどん食い違っていく。じかに会うことは、今生でもうないだろう。辛い覚悟とともに銀河鉄道の片道切符を手にした務は、「一方通行でもいいから地球で過ごす君の姿が見たい」と自宅にカメラを設置するが、それに映し出されたものは……と、2編目はいきなりSFになります。「ある女王の死」に「三河」という刑事が登場するから、今後のエピソードにもちょこちょこ顔を出すんじゃないかな……とか想像していたがそんな次元の話ではなかった。具体的な年代は記されていないが、「翻訳機の発達によって英語が必修科目ではなくなった」と書いているくらいだから数十年後どころではないだろう。そんな世界で「翻訳家」という仕事をしている務の妻「琴音」は迷う彼の背中を押す。このまま『ほしのこえ』みたいな切ないストーリーになるのかと思いきや、家に残してきたカメラによって「妻が殺害される光景」を見せつけられる。カメラに映っていた犯人の顔は「妹の夫」だった、とここでタイトルに繋がります。正直「ワープしてる場合じゃねぇ!」という状況ですが、動き出したプロジェクトを務ひとりの判断で止められるはずもなく、ワープは強行される。ワープ終了後、急いで地上ステーション本部と通信して事件を伝えようとするが、肝心の翻訳装置が壊れていてお互いの言葉がわからない。務は身振り手振りで「妻が殺された、犯人は妹の夫だ!」というメッセージを送ろうとする。「翻訳」が機能しない状況でのアンジャッシュ状態を描いた一編で、読み口としてはミステリというよりコメディに近い。東野圭吾のブラックユーモア短編集(『怪笑小説』や『毒笑小説』)に収録されていてもおかしくないノリ。オチがどうこうというより、ラストシーンの書き方に斜線堂有紀の作家性が滲み出ていて好きです。
「雌雄七色」 … 大ヒットドラマ『虹の残骸』を手掛けた脚本家「水島潤吾」へ、息子の「潤一」が送ったメール。それは潤吾に捨てられた母「水島一花」が遺した七通の手紙を読むよう要求するものだった。紫色から赤色へ、虹のグラデーションを描く封筒。かつての潤吾が「雌犬」と罵った女は、いったい何を告げようとしているのか……メールや手紙で構成される、いわゆる「書簡体形式」の短編小説です。ただメールや手紙の内容が表示されるだけで、潤吾が実際にこれらを読んだのかどうかは最後までハッキリしない。読者の想像に委ねられている。タイトルの「雌雄」は虹のことを指しています。検索すれば出てくると思いますが漢字の「虹」は龍(あるいは蛇)の一種で、虹(こう)がオス、霓(げい)がメスで、雌雄合わせて「虹霓」と呼ぶ。ハッキリと見える虹、気象用語で言うところの「主虹」がオスの虹で、その外側にうっすらと見える「副虹」がメスの虹、つまり霓です。ミステリでは「エピソードの順番によって意味合いが変わってくる」仕掛けは珍しくない。映画になりますが『メメント』が有名だろう。仮に「A」と「B」、ふたつのエピソードがあるとして、Aに「B本編では説明されない重要な情報」を入れて、Bに同じく「A本編では説明されない重要な情報」を入れることで「AとBどちらから読んでもビックリする物語」を作ることができます。たとえば、Aに「タカシ(Bの主人公)とマユミ(Bのヒロイン)は兄妹だけど血が繋がっておらず、タカシは近々マユミにプロポーズする予定」と書いて、Bの方に「アユム(Aの主人公)は立ち居振る舞いが男っぽいけど女性で、タカシに好意を抱いている」と書く。こうするとA→Bの順で読んだ人とB→Aの順で読んだ人で物語の印象が丸きり変わってくる(Bに「マユミがタカシの部屋に泊まった」みたいな記述があった場合、Bから先に読んだらその時点では特に気にならないがAの後だと意味深に感じてしまうし、Aに「アユムがタカシに馴れ馴れしく接する」とか「アユムはマユミに嫌われている」という描写があっても、Bを先に読まないと「マユミはアユムにタカシを盗られるんじゃないかと警戒している」ことがわからない)わけです。この「雌雄七色」も「手紙を読む順番」が重要なわけですが……こうまであからさまに「読む順番が大切ですよ!」とアピールされたら仕掛けわかっちゃうよね、という。仕掛けがわかっても構造が面白い作品ではあるので、いっそ構造分析と割り切って読むのも手です。
「ワイズガイによろしく」 … 時は1968年、ケネディが暗殺された年。シチリアにルーツを持つギャングスタ、「シャックス・ジカルロ」はニューヨークで謎めいた忠告を受けていた。明日強盗に行くとき、東からではなく西から回って向かえ。なぜ襲撃計画のことを知っているんだ? 訝りながらも「こいつは嘘をついてない」と直感で悟ったシャックスは助言に従い、ルートを変更したおかげでトラブルに巻き込まれることなく難を逃れた。以前もシャックスは謎の声に導かれて目的を果たしたことがあり、「あれは幻聴じゃなかったのか」と驚きつつ謎の声を囁く謎の男に「賢い男(ワイズガイ)」というあだ名を与える。その後も、まるで未来を知っているようなワイズガイのアドバイスに従うシャックスだったが……タイトルが一瞬「ズワイガニによろしく」に見えた。というわけで4編目は海外を舞台にした、翻訳小説風のエピソードです。「ラベンダーの香り」ならぬ「トマトグレービーの香り」が漂う中、『時をかけないギャング』が迎える結末とは? 読んでて真っ先に連想したのは『無職転生』の「ヒトガミ」ですね。主人公が人生の岐路に差し掛かるたび夢の中に現れて予言のような忠告を残していく存在。シャックスはワイズガイのおかげでいくつかの危機を切り抜けるが、やがて「ワイズガイの助言に従った結果、危機に陥る(危機自体は助言のおかげで切り抜けられる)」というシチュエーションに直面し、「このままワイズガイを信じていいのか?」と迷い始める。これも分類上はSFになるのかな。非情な冷血漢でありながら「血の掟」は絶対遵守のギャングスタ、シャックスに魅力を感じたおかげで楽しく読めた。とにかく頻繁にトマトグレービーが出てくるのでパスタを食べたくなってしまうのが唯一の難点。
「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」 … 1977年、無人宇宙探査機ボイジャー号に載せられた金色のレコード。それは宇宙人に向けて地球人類の文化とメッセージを伝えるために作られた、ファーストコンタクトを祈るボトルメール。当然、その収録内容をどうするかを巡って侃々諤々の議論が交わされた。収録内容、特に写真に関しては「一般から公募で集めよう」という話になり、かくして「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」が編成されることに。日本から招待された委員会メンバーのひとり、「御竈門玖水(みかまど・きゅうすい)」に強烈なキャラクターに圧倒されながらも委員長の「カール・セーガン」は会議に臨むが……カール・セーガンは実在の人物で、「核の冬」や「テラフォーミング」といった用語を普及させた人です。御竈門含む12人の委員会メンバーとセーガンが円卓を囲んでプレゼン大会を開催する、「セーガンと円卓の奇人たち」といった趣のエピソードです。概要としては、各メンバーが持ってきた写真を見せて「ゴールデンレコードにこれを収録するべきだ」と主張し、その根拠を解説、他のメンバーが疑問点や問題点を指摘して「本当に収録するべきか否か」を話し合う。ちょっと『ダンガンロンパ』っぽい雰囲気のあるコンペティション小説です。メンバーが持ってきた写真には大抵何かしらの粗があるんで、そこを突っついて落とす――というのが基本的なムーブとなる。正直かなり地味な内容で、バランスを取るために御竈門のキャラを濃い目にしている。濃すぎてちょっとしつこい印象もありますが、『都市伝説解体センター』を凄く小規模にしたような感じでなかなか面白い。御竈門玖水の再登場を願いたくなるが、今のところこの作品にしか出ていないみたいだ。
まとめ。「謎解き要素がある」点では共通しているが、一編ごとにタッチを変えてバラエティ豊かなムードにしているミステリ系短編集。個人的な好みとしては「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」>「妹の夫」>「ワイズガイによろしく」>「ある女王の死」>「雌雄七色」といった順になるが、一番下の「雌雄七色」もハズレというほどではない。ちなみに発表順で並べ替えると「雌雄七色」→「妹の夫」→「ある女王の死」→「ワイズガイによろしく」→「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」になります。
2025-11-06.・いまひとつ「目玉」に欠ける秋アニメ勢ですが、個人的に『私を喰べたい、ひとでなし』と『アルマちゃんは家族になりたい』と『嘆きの亡霊は引退したい 2期』と『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』と『グノーシア』の5本を毎週楽しみにしている焼津です、こんばんは。
『私を喰べたい、ひとでなし』、公式略称「わたたべ」は「女が女に巨大感情を向ける」という時点で広義の「百合」に属する作品であるが、恋愛要素はほとんどないため普通に伝奇スリラーとして観ても問題ない内容になっています。主人公「八百歳比名子(やおとせ・ひなこ)」は幼い頃に交通事故で両親と兄を亡くし、自身も体に深い傷を負って真夏でも袖の長い服装をしている少女。「死にたい」「早く家族のところに行きたい」と願いながらも、「比名子だけは生きて」という言葉が忘れられず、辛うじて命を絶たずに済んでいる。そんな彼女の前に現れた、潮の匂いがする、海のように深く青い瞳を持った少女「近江汐莉(おうみ・しおり)」。彼女は「人魚」の妖怪であり、妖怪に好かれる匂いを放つ比名子を「私のもの」「誰にも渡すつもりはない」と宣言する……という、『うしおととら』と『アトラク=ナクア』を混ぜたような伝奇ストーリーです。
主人公が死にたがりとあって話の雰囲気が暗く、友人「社美胡(やしろ・みこ)」の明るさで中和しようとした結果、妙に気合の入ったキャラソン「太陽、なってあげよっか?(はぁと)」が作られるという珍事態が生じている。美胡ちゃんの過去エピソードを知っている原作読者はあまりの温度差に「お、おう……」と絶句するしかない。メインストーリーが暗すぎて作者もしんどいからかコミカルなパートも結構混ぜられているわたたべ、実は初期の構想だともっとコメディ寄りの漫画だったらしい。比名子が死にたがっておらず、汐莉の知能がもっと低い感じ(でも正体がグロいのはそのまま)でドタバタする内容だったとか。単行本でも初期汐莉が「くらーい!」と本編の展開にツッコミを入れるおまけページがあったりします。「人喰いの妖怪」という本来なら恐れ慄いて然るべき存在を、「死にたがり」ゆえむしろ歓迎する……という倒錯に本作の妙味がある。
原作は7巻でひと区切り付けて、新キャラをチラ見せしつつ8巻から新章開始――という流れだからアニメも恐らく7巻で終わりだろうけど、原作の最新刊が11巻なんで2期やるほどのストックがまだ貯まってないんですよね。新章に入ってからキャラが増えるんで是非2期もやってほしいが、現実的には難しいだろうな。百合系のアニメで2期が来ることってほとんどないし……あの名作『やがて君になる』や、「キマシタワー」の語源である『ストロベリー・パニック』さえ続編は作られていない。始祖『マリア様がみてる』と中興の祖『ゆるゆり』だけが特異点と化している。今は新鋭わたなれ(『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』)が突破口を開いてくれることを祈るしかない。
『アルマちゃんは家族になりたい』はAIエンジニア「神里エンジ」とロボット工学者「夜羽スズメ」がタッグを組んで製造した少女型兵器「アルマ」がふたりを「おとうさんとおかあさん」と認識して疑似家族関係を展開する、ほのぼのファミリー譚(メカ要素あり)です。原作者は「ななてる」、以前「天城七輝(てんじょう・ななき)」というペンネームを使用していましたが「ななてる」というあだ名の方が浸透したため15年くらい前に切り替えた。特に何かと戦うことを想定しているわけじゃないのに兵器として作られているあたりよくわからない作品ですが、アルマちゃんが可愛いので全て帳消しである。やはりアニメ界はロボ好きが多いのか、そんなに予算が潤沢とも思えないのに謎なくらい作画が凝っていて見応えがあります。タイトルで観る気がしない、という方も騙されたと思って冒頭数分だけでも鑑賞してほしい。
『嘆きの亡霊は引退したい 2期』は1期目から1年、分割にしてはちょっと掛かったな……という雰囲気で始まった2期目です。原作小説の書籍版4巻あたりからスタートしている。原作は地の文が多く、みっしりと字が詰まっていて読み応えがあるのですが、情報量が多すぎるせいでアニメ版はだいぶ削っています。原作ファン的には「端折り過ぎだろ」と思う箇所がなくもないが、アニメのテンポを考えると仕方ないかな……と受け入れています。別にヒロインというわけではないけど、やたら不憫な目に遭うせいで印象に残る「ティノ」が相変わらず可愛い。あとクライたちに執着するせいでどんどん厄介事に巻き込まれる「アーノルド」、原作では活躍シーンが省略されまくっているのですが、アニメスタッフが「可哀想」と思ったのかちょっとカッコいいカットが盛り込まれていましたね。
原作4巻の内容が終わって現在5巻の範囲に差し掛かっていますが、クライの義妹「ルシア・ロジェ」やスマート姉妹の兄「アンセム・スマート」というアニメではちょっとしか出番のなかったストグリメンバーがいよいよ本格的に活躍するので原作ファンとしてすごく楽しみです。ちなみにストグリのメンバーはもう一人存在する(幼なじみではなく途中参加なので回想シーンには出て来ない)けど、登場するのは3クール目かな……1クール目が1巻から3巻まで、同じペースで進行するなら2クール目は4巻から6巻までかな、と予想していたが2クール目の5話(通算18話)で細部を端折りまくって5巻の半分くらいエピソードを消化していたから7巻まで終わらせるつもりと思われる。7巻は「武帝祭」という天下一武道会みたいな催しを描くエピソードなんで、あそこで終わると収まりがいいんですよね。原作の9巻と10巻は前編と後編みたいな関係であり、8巻はその前振りに当たるエピソードだからまとめて3クール目にしてほしかったし。ただ、欲を言うなら2期で原作4〜6巻のエピソードをやって、7巻(武帝祭編)は劇場版として上映してほしかった。「嘆きの亡霊(ストレンジ・グリーフ)の前に立ちはだかったのは……嘆きの悪霊(ストレンジ・フリーク)!?」みたいな予告まで妄想していましたよ、私は。
『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』は『エアマスター』や『ハチワンダイバー』の「柴田ヨクサル」による漫画が原作。当然「石森プロ」や「東映」の許可は取っています。子供の頃から仮面ライダーが大好きで、「大きくなったら仮面ライダーになる!」と誓ってストイックな修行の日々を送っていた主人公「東島丹三郎」。しかし40歳になり、いい加減「己は仮面ライダーになれない」という現実を受け容れようとしていたところ、ショッカーの戦闘員に扮した「ショッカー強盗」なるものが世間を騒がせる。偽物とはいえショッカーをブチのめせることに歓喜する丹三郎、しかし事態は彼の予想を超えて激しく変転する……という、イカレているようでいて「ライダーとは何か」「ヒーローとは何か」を巡るアツい物語になっています。
故・大迫純一の「闘いとは、拳を叩きつけることではない。強さとは、負けないことではない。勝利とは、敵を倒すことではない」という言葉を思い出す。40歳という今更生き方を変えるのも困難になった年齢でようやく運命と出会うことができる、ってあたりは牧野修の短編「翁戦記」(『忌まわしい匣』所収)を少し連想する。邪神復活に備えて古代(縄文時代)から現代日本に転生した戦士たち、しかし復活のタイミングが数十年ズレたせいで戦士たちは盛りを過ぎ、すっかり爺になってしまった! 老衰で亡くなる仲間も出てくる中、いよいよ待望の邪神が目を覚ます……という『幻魔大戦』のパロディみたいな伝奇小説なんですが、老いさらばえた体で必死に強大な敵へ立ち向かっていく切なさに涙を禁じえないマイ・フェイバリット転生譚です。さておき『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』、アニメは演出が凄まじくて原作の良さを何倍にも増幅しています。あの「島本和彦」も悔しがるクオリティの高さ。是非リアルタイムで味わってほしい。
『グノーシア』は「プチデポット」という4名のスタッフで構成されるインディーデベロッパー、簡単に言うと同人サークルみたいなところが作ったインディーゲームを原作にしたアニメです。比較的近い例で言うと『天穂のサクナヒメ』、あるいは『真月譚 月姫』や『ひぐらしのなく頃に』みたいな感じ。最近は『8番出口』も実写映画化したし、インディー発のゲームが表舞台でメディアミックスされるのも珍しくなくなってきました。次はアクおど(『アクアリウムは踊らない』)あたりかしら? ともあれ『グノーシア』は2019年にPlayStation Vitaで発売され、その後ハードを変えながら販売され続けている。いわゆる「人狼ゲーム」をベースにしたADVです。
人狼ゲームについて解説すると長くなるので詳細は省きますが、要するにミス研とかがよくやる「犯人当てクイズ」をゲームにしたようなノリ。対人要素が強く、麻雀みたいに面子を集めないと遊べないところがネックで、『グノーシア』はそのへん工夫して「一人で遊べる(CPU戦のみの)人狼ゲーム」として構築している。プレーヤーは宇宙船という脱出不可能な環境の中で、乗員に紛れ込んだ「グノーシア」と呼ばれる「生前の人間そっくりに振る舞うがもう人格はとっくに死んでおり、人間を皆殺しにすることを至上の命題とする怪物」を暴くための「議論」に参加することを強制される。果たして主人公は生き残れるのか……と、こんなシチュエーションです。アニメ版は1話目をチュートリアルと割り切って進行し、「やり方はわかったね? じゃあここからが本番だ」という形で2話目がスタートする。2話目のタイトルが「ループ」なのでネタバレもクソもないが、もう一度開始地点へ戻って「議論」に再チャレンジします。「えっ? でも1話目で誰がグノーシアか判明してんじゃん、即終了では?」と疑問に思うかもしれませんが、そこからもいろいろと波乱があるワケだ。原作知識があっても「誰がグノーシアか」はアニメスタッフの匙加減次第なんで原作ファンもアニメ勢と一緒に頑張って推理するしかない、という面白い状況になっています。ミステリ要素の強い作品はアニメ化が難しいとされているが、こういう方法で切り抜けるのは新鮮で素直にワクワクしています。
・『みなみけ』5期のサブタイトル決定、『みなみけ これから』
あの『みなみけ』5期が遂に実現とは……思わず「“幻想(ユメ)”じゃねえよな…!?」の顔になってしまった。調べてみると「TVアニメ新シリーズ製作決定」というニュースは去年の七夕に出ていて、私も見たはずなんですが完全に忘れていました。『みなみけ』は「桜場コハル」による南家の三姉妹を中心にした日常マンガで、2004年に連載開始ですから今年で21年になる。「この物語は、南家三姉妹の平凡な日常を淡々と描く物です。 過度な期待はしないでください」という前置きも懐かしい1期目のアニメが2007年放送で、2期目が2008年、3期目が2009年に放送され、4期目はちょっと間が空いて2013年。5期目の放送が来年だとしたら13年ぶりであり、「ちょっと」どころではない間の空きようだ。
日常マンガだからストーリーらしいストーリーは特になく、レギュラーキャラもほとんど増えないので1巻どころか10巻くらい飛ばしても問題がない。私も読んでない巻が結構あるけど平然と「ヤンマガweb」で最近のエピソードを摘まみ読みしています。単行本も一時期持っていたけど、置いていた場所が悪かったせいでヤケがヒドくて処分してしまったな。『みなみけ』のアニメ化が始まった頃はまだそこまで「原作再現」にうるさくなかった時代で「原作とはだいぶ絵柄が違うけど、まぁいいか」と割かし寛容に受け止められていましたが、オリジナル要素をブチ込んだ2期目(おかわり)だけは非常に評判が悪く、未だに『みなみけ』ファンの前でおかわりの話をすると機嫌が悪くなるほどです。4期目(ただいま)は作画がだいぶ良くなっており、絵柄もかなり原作に寄せたファンにとって理想の仕上がりになっている。正直、1〜3期は今観るとキツい部分が幾許かあるのですが、4期に関しては現代のアニメと比べてもそこまでギャップがなくて満足の行く出来栄えです。なんだかんだ1期目の印象が強いので、久々に4期目を見返すと「ここまで作画良かったっけ?」ってビックリする。
願わくば5期目(これから)も4期のクオリティに並ぶか、追い越す仕上がりになってほしいものだ。ちなみに私の好きなキャラは一貫して「内田ユカ」。可愛くて性格も良いのにアホで幸薄そうなところがたまらない。Youtubeで無料配信も始まっているし、放送までワクワクが持続しそうだ。
・TVアニメ『千歳くんはラムネ瓶のなか』、第6話以降の放送は「制作上の都合および本編クオリティ維持のため」延期、12月に再開予定
万策尽きちゃったか……チラムネこと『千歳くんはラムネ瓶のなか』は分割2クールでの放送を予定しており、1〜3月の間に休んで4月から2クール目を開始する段取りになっていましたが、この調子だと2クール目を無事始められるかどうかも怪しくなってきたな。やっぱり人手不足なんでしょうね。今アニメは海外市場での売上が凄くて、円安の影響もあるだろうがもはや国内よりも海外の稼ぎの方が大きい(2024年は国内1.6兆円に対して海外2.1兆円)から「とにかくどんどん作って海外に売りまくろう」と現場は人材の奪い合いになっているそうです。穴埋めで流す番組が既存の映像を使い回した総集編とか声優が出演する特別番組とかじゃなく、まったく関係ない『うーさーのその日暮らし』の再放送というのが現場の限界を証明している。
『千歳くんはラムネ瓶のなか』の原作を出しているレーベルは小学館の「ガガガ文庫」、ここのアニメはお世辞にも予算が潤沢と言えず、過去には『俺、ツインテールになります。』で悲惨な作画崩壊を引き起こしていた(作品そのものは愛されていて原作は大団円&完結後も記念本が出ている)。レーベルのカラーを変えた大ヒット作『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』も、1期目は露骨な低予算アニメで事前に期待する人はほとんどいませんでした。『やはり俺の〜』が当たったことで流れが変わり、2024年に『負けヒロインが多すぎる!』という突然変異みたいな良質アニメが放送されて「ようやくガガガアニメ=ラノベ原作アニメの中でもひと際『う〜ん……』な出来という呪縛から解き放たれたのか」と思っていたのに……。
1クール目は全13話の予定でしたが、11〜13話に関してはどうなるか今のところ決まっていません。過去の例で言うと、2011年に『魔法少女まどか☆マギカ』が東日本大震災の影響で11話と12話(地域によっては10話も)の放送が延期になったり、2012年に『ガールズ&パンツァー』が制作の遅れから2回も総集編をやって11話と12話の放送が間に合わなくなったりしています。もう少し近いところでは2021年、『マギアレコード』の2期目がたった8話しかなく、明らかに制作が遅れたであろう4話分を「Final SEASON」と言い張って翌年放送している。2024年、つまり去年には『ささやくように恋を唄う』が「制作上の都合」から「特別編」と称し2週連続で総集編を流し、遅延した11話と12話を半年後の年末にまとめて放送しています。似て非なるケースとして未だに語り草なのが『レガリア』というオリジナルアニメ、2016年に夏アニメとして放送開始しましたが、「本来意図していたクオリティと相違がある」という理由で一旦放送を中止し、作り直したうえでまた1話目から放送するという異例の対応を取っています。チラムネに関してはガルパンやささ恋の状況に近い感じですかね。
チラムネの制作会社は「有限会社feel.」、あの「すべてのロボットアニメは道を譲れ!!!!!!」というコピーで顰蹙を買った『JINKI:EXTEND』が初の元請作品である。地上波の限界を攻めた『ヨスガノソラ』やきらら系の中で「もっとも汚い」と言われた『おちこぼれフルーツタルト』を手掛けているが、『ヒナまつり』みたいな作品もやっています。最近だと『Summer Pockets』がなかなかイイ感じだった。今年はサマポケに加えてチラムネと同じクールに『ちゃんと吸えない吸血鬼ちゃん』もやってるからキャパオーバーしちゃったのかな。私自身はアニメ観てなかった(原作は途中まで読んでる)けど、ラブコメ系ラノベ作品の中でも特に期待されていた一本だけに今の状況は心配である。正直、今のアニメ界は「作り過ぎ、アニメスタッフは無限に存在するわけじゃないんだぞ」という状況なんだろうけど、落ち着くのはまだまだ先なんだろうな。
・芦花公園の『極楽に至る忌門』読んだ。
乱暴な書き方をすると、いわゆる「因習村」を舞台にしたホラー。もう少し丁寧な書き方をするなら、「民俗学的な要素を取り入れつつ自業自得な末路を迎える人々の姿を描く連作短編集」。四国の山奥に位置する架空の村で祀られている、「ほとけ」なる謎の存在を巡って登場人物たちがヒドい目に遭う。
著者の代表作である「佐々木事務所シリーズ」のスピンオフに当たる作品ですが、既刊を読んでいなくても別に問題はありません。佐々木事務所シリーズには車椅子姿ながら「最強の拝み屋」「最後の手段」「最終兵器現人神」と畏怖される人物「物部斉清(もののべ・なりきよ)」が登場するのですけど、その物部さんですらどうすることもできずに匙を投げてしまった……という最悪のケースを綴ったのが本書なんです。『呪術廻戦』で喩えると「五条悟」が事態の収拾を諦めて帰っちゃった感じ。だから佐々木事務所シリーズを先に読んでおくと「マジかよ、あの物部さんでもどうにもならないのかよ……」という絶望感を味わえるものの、「匙を投げた=あまり活躍しない」ということでシリーズ知識が要らない作品に仕上がってもいる。一個一個のエピソードが短いこともあってかコミカライズ版も連載されており、そちらから入るってルートもあります。シリーズ本編は結構バトル要素が強くて、冗談抜きで領域展開ばりの異能を駆使するキャラとか出てきます。1作目の『異端の祝祭』は言うなれば「ウィッカーマンとかホルガ村をブッ潰しに行く話」だし。
収録されている短編は「頷き仏」「泣き仏」「笑い仏」「外れ仏」の4つ。「頷き仏」は平成15年、友人の里帰りに付き合って舞台となる村に足を踏み入れた青年の物語。チュートリアルみたいなエピソードなので、これを飛ばすとワケがわからなくなる。友人の祖母は村八分みたいな扱いを受けており、村民たちの態度は「よそよそしい」の域を超えていた。それとなく理由を聞いた友人に対し、祖母は「頷き仏をね、家に近づけたのよ」と謎の返答をする。その言葉を耳にして俯く友人。いったいこの村で何が起こっているのか? 友人が姿を消した後に何処からか電話が掛かってきて、「ととをくうちょるんですよねえ」と意味不明なフレーズを投げかけられる。このフレーズが印象的で、読み終わった後も頭蓋にこびり付く。直接的なグロい描写とかはないんだけど、とにかく厭らしさに満ちています。この時点では物部斉清は登場せず、代わりに「津守日立」という別の拝み屋が出てくる。要するに、津守が下手を打って、その尻拭いとして斉清さんが出陣することになるも、時すでに遅し――ってのがこの本の大枠となっています。なんとこの「頷き仏」、試し読みとして全文丸々ダ・ヴィンチWebに掲載されているので、気になる人は今すぐ無料で読むことができる。私の感想文なんか読んでいる場合じゃないぜ!
続く「泣き仏」で「てんじ」なる化物――「猿神」の一種――に関する説明が入り、少しずつ村に棲まう異形の正体が見えてくる。3編目の「笑い仏」でようやく斉清さんが降臨し、「きた!斉清さん来た!これで勝つる!」と喜んだのも束の間、関係者たちが愚か過ぎてせっかく伸ばされた蜘蛛の糸をフイにしてしまう。ホラー系のノベルゲームで「最悪の選択肢をチョイスしたルート」を覗き見るような暗い愉悦とともに、奈落へ向かって真っ逆さまに墜ちていく人々を傍観する以外に道はない。そう、これは「バッドエンドになることが分かり切っている」タイプのホラーなんです。救いはありません。
ラストの「外れ仏」は単一のエピソードというより、物語全体のエピローグに相当する章です。「ほとけ」として祀られているはずの「てんじ」がなぜ人々に災いを為す厄神と堕してしまったのか、種明かししていく。ミステリであれば解決編なんですが、もう解決もクソもない有様ですからね。事件関係者が全員死亡した後で等々力警部に真相を話している金田一耕助のような、途方もない虚しさが漂う。超常的な現象が起こる話ではあるが、「イシュタルの冥界下り」と絡めて儀式の実相を解釈していく流れなど、謎解き部分の魅力はしっかりしている。たとえば一編目の「頷き仏」、一見するとよくあるお地蔵さまみたいだが、普通のお地蔵さまに比べてどこか俯きがちで、まるで首肯しているかのよう。しかし、その本当の意味は……といった具合に「謎が解けることでゾッとする」仕組みになっています。さっきも書いたけど「頷き仏」はダ・ヴィンチWebで全文公開されているから気になった人は読んでみてください。ちなみにカドブンのサイトでも同様に全文読めます。
怖いというより「胸糞悪くなる」系統のホラーです。避けられたはずなのに、ことごとく選択を誤って悲惨な結果に辿り着く。それもこれも、生きているうちに「極楽へ行くこと」を望んで、そのためならどんな犠牲を払っても構わない――などと欲深く振る舞ったからだ。果たして外道どもは望み通り極楽へ到達することができたのだろうか? それは……しんでみなくてはわからないですねえ