2025年9月〜10月
2025-10-27.・「最近の小説は長文・文章系タイトルばっかりでうんざり!」みたいな意見がありますが、来年発売予定の『蒼焔の魔女』はたった5文字なのでそういう風潮を真に憂いている人は是非買ってあげてほしい焼津です、こんばんは。
1・2巻同時発売なので出版社的にも相当気合を入れているタイトルです。こういう勝負球は普通「〜前世では喪女でしたが異世界に転生後は天災美少女として過酷な世界を生き抜いてやろうと思います〜」みたいな説明調の副タイトルを付けるものですけど、潔くメインタイトルだけでレッドオーシャンと化したラノベ市場に挑んでいる。実はWeb版だと「〜幼女強い」っていうサブタイトルがあったんですけど、書籍版ではそれすら削っています。書籍化の際にタイトルが短くなるのは結構珍しいケースですよ。『貧乏騎士に嫁入りしたはずが!』という作品は書籍化の際にタイトルが『貧乏騎士に嫁入りしたはずが!? 〜野人令嬢は皇太子妃になっても熊を狩りたい〜』となり、メインタイトルが略しにくいのでサブタイトルの方を略して「野人令嬢」と呼ばれるようになった……という面白いエピソードもあります。
というか、e-honの「小説・エッセイ」新刊予約案内を眺めていればわかりますけど、今や「短くて非文章系タイトルの小説作品」ってだいぶ減ってきているんですよ。著名な文学賞を獲った作家とか、映画化作品を連発している人とか、強固なファン層を築いたシリーズを書き続けている人とか、一部のベストセラー作家を除いて「タイトルを見ただけではどんな内容なのかよくわからない作品」を新刊として出すことはどんどん難しくなっている。私見ですけど、「キュレーション的な役割を果たす存在」が年々弱くなっているんだと思います。少し前までは新聞に広告が載ったとか、雑誌の書評で取り上げられたとかで一気にグーンと売上が伸びましたけど、最近はそこまで効果がない。無論、「テレビで紹介された」とか「ネットでインフルエンサーがオススメした」とかで跳ねて重版連発する作品もありますけど、割合としてはどんどん減ってきている。「いい本を出せば誰かが見つけてくれる」「その『誰か』は影響力のある存在である」という幸運に頼ることは宝くじが当たることを期待するような状況となっています。
「『紹介』が期待できない以上、自分自身(タイトル)でアピールするしかない」というセルフプロデュース的な思考の帰結が長文・文章系・副題で補完タイトルの定着なんです。とはいえ、『義妹生活』みたいに「短いタイトルで副題にも頼っていない」ヒット作だってありますし、本当に今の風潮がマズいと思っているのであれば『魔女と傭兵』とか『魔王2099』とか『楽園ノイズ』とか『あそびのかんけい』とか『サンバカ!!!』とか『異世界落語』とか『王国へ続く道』とか『悪魔公女』とか『未遂同盟』とか『炒飯大脱獄』とかを地道に布教し続けるしかないです。私はもう慣れたので別にどっちでもいいです。
・21作品の権利を返還へ…ビジュアルアーツ、受賞作品の展開が長期にわたり進行できず謝罪(Game*Spark)
あまりにも異例の事態なので騒ぎが大きくなっていますね……「何が問題なの?」と首を傾げている方のために順を追って解説します。
まず、ビジュアルアーツは今から20年くらい前に「キネティックノベル」というジャンルを流行らせようとしました。いわゆる「ノベルゲーム」の「ゲーム」部分ではなく「ノベル」部分を強化しようという試みで、ゲームみたいに時間を掛けて大作をリリースするのではなく、書籍を刊行するような感覚で中短編規模のノベルゲームをどんどん出そうとしたんです。『planetarian〜ちいさなほしのゆめ〜』や『神曲奏界ポリフォニカ』といったラインナップがありましたけど、「パッケージ販売せずダウンロード販売のみにする」といった方針がまだ時代的に早過ぎたせいもあって普及せず、ポリフォニカの主戦場がライトノベル市場に移ってからは自然と「忘れ去られた実験」となっていきました。
しかしそれから十数年経ってDMM(FANZA)やSteamなどが定着したことによって業界がダウンロード販売に活路を見出すようになり、ずっと放置していた「キネティックノベル」という概念を復活させるべくビジュアルアーツは積もっていた埃を払い、「今度こそ流行らせてやる!」と息巻いた。その一環として始めたのが、今回問題となっている「キネティックノベル大賞」です。ビジュアルアーツが「小説家になろう」の「ヒナプロジェクト」やpixiv、ニコニコ動画と四社合同で開催している新人賞であり、「小説部門」「イラスト部門」「音楽部門」の3つに分かれています。小説部門の応募方法はなろうに小説を投稿する際、「キネノベ大賞」という応募キーワードを追加するだけという、なろうやカクヨムではよくあるアレです。受賞作は、確約ではないが書籍化を検討し、ゲーム化やアニメ化も視野に入れて展開すると豪語しています。
2020年頃にスタートした企画なんですが、実はその10年ほど前にもビジュアルアーツ主宰で「キネティックノベル大賞」というのをやってました。『僕僕先生』の「仁木英之」が『不死鬼譚きゅうこん 千年少女』という作品で賞を獲っていますが、仁木ファンでも「ああー、あったな、そんなの」って反応になるレベルなんで反響の度合いに関してはお察しいただきたい。その後もう一回ぐらい開催されたけど、第2回の受賞作はどれも書籍化に至らず立ち消えになりました。斯くの如き経緯から10年ほど前に一度死んだ賞ながら、なろうと手を組むことでリブートしたわけです。Web小説賞の習いとして募集期間は短く、だいたい2ヶ月間隔で締め切っている。最後に開催された「第12回キネティックノベル大賞」の応募受付期間は「2024年11月1日11時00分〜2025年1月31日23時59分」で、リブートしてから最初に開催された「第1回キネティックノベル大賞」が「2020年7月1日(火)〜8月31日(月)」。「第12回」だから10年以上ずっとやっているような錯覚に陥るが、実際は5年も保たなかった賞なんですよね。
具体的な面子は「過去開催受賞者」のページで確認してほしいが、小説部門は1回につき4、5人くらいの受賞者を出しています。ただもう第10回あたりからヤバくなってきたのか「大賞」と「優秀賞」がナシで「佳作」のみ、第11回に至っては「イラスト部門のみの開催」。「ここ(キネティックノベル大賞)で賞獲ってもなかなか書籍化されない」という悪評が投稿者の間で出回るようになって、人が近寄らなくなった末に「22個もの受賞作に書籍化の権利を返す」(上記リンク記事のタイトルでは「21作品」とあるが、数えてみたら22個あった……いい加減な記事だなぁ)という前代未聞の事態に陥りました。
まったく全然書籍化されない、というわけではなく書籍化された作品もいくつかあります。たとえば第1回で「大賞」を獲った『聖女様はイケメンよりもアンデッドがお好き?!』は『ホーリーアンデッド』のタイトルで書籍化しており、今月末に3巻も出る予定。ゲーム化もしていますが、「話の途中で終わっている」ため気になっている私も「完結してからでいいか」と放置しています。さておき、第1回の受賞作4つは既に全部書籍化されていますが、第2回以降からなかなか書籍化の話が進まず今回の件で取り消しになった作品が出てくる。数えてみたが、第10回までの受賞作はちょうど40作。22作に権利を返したということは、残りの18作は書籍化されたのだろうか? 気になって公式サイトを確認したが、11作品しか確認できない。仕方なくリスト作って1個1個照合していきました。
第2回で「大賞」を獲った『根暗なクラスメイトの胸を間違って揉んだら、いつの間にか胃袋を掴まれていました!』は『根暗なクラスメイトが俺の胃袋を掴んで放してくれない』というタイトルでゲーム化されて今年発売されてました。ゲームだけで書籍化はしないのかな? 『転生社畜の領地経営』『だんまりさんとケッペキ君』『2度目の異世界は周到に』『TSエルフさんの酒飲み配信』『転生したら火魔法が使えたので人気パン屋になったら、封印済みの魔王が弟子入りしてきた』『悪役令嬢シルベチカの献身』の6作は返還リストに挙がっておらず、既に書籍化の話が進んでいるのか、今回の発表がある前に個別で返還しているのか、作者と連絡がつかないのか、それとも単にビジュアルアーツの担当者が書き漏らしただけなのか……よくわかりません。というか返還リストに載ってる『宵越しのレベルは持たない〜サキュバスになった彼女にレベルを吸われ続けるので、今日もダンジョンでレベルを上げる〜』、受賞者ページで見掛けなかったから首を捻っていたが、別のサイトでは「第10回キネティックノベル大賞の佳作」として表記されていた……まさかとは思うが、公式サイトの結果発表で書き漏らしていたのか……!? だったら全受賞作は40作じゃなくて41作になるじゃん! 公式サイトの情報がアテにならないの、マジで困るからやめてほしい。
こういう賞を獲ると「よそで書籍化したりコミカライズしたりなどの商業展開を行わない」という条件で契約を交わすことになるので、ひどいケースだと4年くらい書籍化されないまま拘束されていた勘定になります。応募規定等が書かれているページに「書籍化に関しては、株式会社ビジュアルアーツより出版に関しての提携を行っている出版社へ推挙し、株式会社ビジュアルアーツのタイトルとして発刊致します」と表記されており、つまりビジュアルアーツ自身は出版部門を持っていないが付き合いのある出版社に口利きして書籍化してもらい、「ビジュアルアーツ」のブランドで出す――という形式をこれまで取っていたわけです。ハッキリとは書いてないが、この「提携を行っている出版社」ってのは昔「VA文庫」とかを出していた「パラダイム」のことだと思います。検索すると「発行元:株式会社ビジュアルアーツ」「発売元:株式会社パラダイム」と表記してるページも出てくるし。受賞作だけビジュアルアーツで決めて、書籍化にまつわる諸々の作業はパラダイムに丸投げ、ってのを繰り返していった結果、パラダイム側が「思ったより受賞作が売れないし、これじゃ割に合わないよ」と音を上げたのではないか……と邪推しています。ビジュアルアーツがテンセントに買収されたから不採算部門として切られた、という噂もある。恐らく明確な事情は詳らかにならないだろう。
受賞者の一人だった「年中麦茶太郎」(既に過去何度も書籍化の経験がある作家)は「この告知をやってもらうところにこぎ着けるのに苦労しました(無効は告知しないでもみ消すつもりだった)」と言及しており、ビジュアルアーツの闇は深い……と痛感した一件でした。一応賞金は支払われたみたいだが、拘束されていなければよそで書籍化できていたかもしれない、ということを考えるとまだ尾を引きそうである。
・篠田節子の『青の純度』読んだ。
直木賞作家である「篠田節子」の最新長編、後述する「参考文献騒動」で話題になっているが、まずは付帯的な情報から。本作は“小説すばる”という雑誌に2023年から2024年にかけて連載され、今年の7月に単行本としてまとまった。アート系の出版業界で「やり手の編集者」として名を馳せている主人公が、取引先の不祥事に巻き込まれる形でポストを逐われ、有り余った時間を「ある画家」の取材旅行に費やす――という話です。大衆人気がありながらも芸術界からは黙殺された「ある画家」をフラットな視点で再評価しよう、という程度の軽い気持ちから始めた企画だったが、取材を進めるうち次第に雲行きが怪しくなっていく。あれだけ一世を風靡した画家なのに、今や所在不明になっているのだ。果たして彼はまだ生きているのか? という具合にサスペンスたっぷりのストーリーが紡がれている。
ジャンピエール・ヴァレーズ――イルカたちが躍る深い青を湛えた海の絵、「ハワイアンアート」で90年代の日本を熱狂させたフランス人の画家。芸術界からは「インテリア絵画」と一蹴され、侮蔑を浴びるどころか「無視」に近い対応を取られた。彼の絵を取り扱っていた会社の詐欺的な商法が社会問題になり、「口にするのも恥ずかしい存在」として時代に埋もれていったが、そういう経緯を顧みず虚心で向き合ってみれば「なかなか良い絵ではないか」と有沢真由子は静かな感動を覚えていた。世界的に評価され、資産的な価値もあるけど「インテリアとしては飾りたくない」名画。芸術的な評価は一切なく、資産として見ればクズ同然だけど「部屋に飾っておくことで日々の活力を得られる」アート。いったいどちらが本当の意味で「価値のある絵画」なのか。そういう切り口からヴァレーズの再評価を試み、「ハワイ在住」とされている彼に直接会うべくハワイへ降り立った真由子だったが、あっちこっち聞き回っても彼の所在をハッキリと知っている者はどこにもいない。かつて「上客」たちを招いたという豪邸も今は人手に渡っていた。住所がわからないどころか目撃情報すらなく、生死不明という事態に彼女の疑念はどんどん高まっていく。かつて日本で大きなブームを起こし、いつの間にかふっつりと消えた画家、ヴァレーズ……彼はいったい何者なのか?
90年代を知っている人ならヴァレーズのモデルはすぐに思い至るでしょう。そう、「クリスチャン・ラッセン」です。私もラッセン絵のマウスパッドを持っていました。1000円か2000円の市販品で、数年使っているうちにすっかりボロボロになったからもうとっくに捨てましたけどね。鑑賞するうえで特に教養を必要とせず、ズブの素人がパッと見ただけで「なんかイイ!」と感激させるオーラがあった。絵そのものの魅力もさることながら「サーフィンが趣味」ということで「日に焼けたガタイのイイ金髪イケメン」ってキャラでも売っており、アーティストというよりは今で言う「インフルエンサー」に近い人物。秋葉原や日本橋で異性に免疫なさそうな男性に声をかけて言葉巧みに高額な絵を売りつける女性、いわゆる「エウリアン」がラッセンの作品を多く取り扱っていたこともあり、ラッセン本人はそこまであくどい商売をしていなかったにも関わらず「悪質商法」のイメージがこびり付いてしまったせいで表舞台から姿を消しました。私も大学時代にアキバへ通ってエロゲ買ってたからエウリアンには何度か声かけられたけど、本当にしつこいんですよね……連鎖的にラッセンへの印象も悪くなってしまった。ちなみに『エウリアン桃子』という「エウリアンのヒロインがエイリアンと戦う」ギャグみたいな設定の漫画もあり、「ラ・ラ・ラ・超変身(ラッセン)!!」と叫ぶシーンから当時のクリスチャン・ラッセンの扱いをお察しいただけるかと。
「マリンアートで一世を風靡したアーティストのスキャンダラスな真実」を暴く物語なので、誰がどう見てもモデルはラッセンとアールビバンなんだけど公式サイドは明言を避けています。ラッセン本人も、さすがに生死不明じゃないけど暴行事件で逮捕されて保護観察処分を受けた身だから、充分スキャンダラスな経歴を持っていますが……現実のラッセンに関して詳しく知りたい場合は『評伝クリスチャン・ラッセン 日本に愛された画家』などを読んだ方がいいかもしれません。現地で調査するうちヴァレーズには「日本人の妻」がいたことが判明し、主人公はその妻と接触することに成功しますが、まぁ見るからに怪しい人物で物語は彼女を軸に進行していく形式となります。ハードカバーで400ページ近くとなかなかのボリュームだけど、後半200ページはぐいぐい引っ張ってくれる内容で飽きさせない。派手過ぎず、納得感のあるエンドに辿り着く、という点で読み応えのある一冊に仕上がっています。
で、問題はここからです。上記した『評伝クリスチャン・ラッセン 日本に愛された画家』の著者「原田裕規」が「明らかに自分の著書の記述を下敷きにして書いたと思われるのに、参考文献にすらタイトルが挙がっていない」と抗議したのです。原田裕規は『評伝クリスチャン・ラッセン』以外にも『ラッセンとは何だったのか?』や『とるにたらない美術 ラッセン、心霊写真、レンダリング・ポルノ』という本を出しており、「日本でラッセンについて深く調べようとしたら必ず通過する存在」と申しても過言ではない(そもそもラッセンについて真面目に論じている人がほとんどいない)から参考文献に名前が挙がっていないのは確かに不自然です。しかし、本書の著者である篠田節子も直接ハワイへ赴いて取材をしたらしいので、「現地で調べたり聞き取ったりした内容がたまたま原田氏の著述と一致した」可能性も否定し切れず、問題が拗れているんです。出版した集英社は「弊社刊『青の純度』につきまして」という声明文を発表し、「原田氏の著作は読んでいない」「独自に取材した内容をもとに執筆されました」と原田サイドの訴えを否定して徹底抗戦の構えを見せている。あくまで予想ですけど、「モデルはラッセンです」と認めてしまうとラッセンが訴訟を起こしかねないので、そのへんをボカすためにタイトルに「ラッセン」が入っている本は参考文献として記載できなかった(作者は「これぐらい大丈夫だろう」と楽観したけど出版社が「このままだとヤバいかも」とビビって誤魔化しに入った)んじゃないかな……何せ暴行事件で逮捕されているぐらいなのでラッセンの性格は「温厚」と言い難い。いっそ本人から許可取って表紙にラッセンの絵を使うぐらいのことをやっていればもっと話題になっていただろうけど、到底許可が取れそうではなかったのだろう。
「クリスチャン・ラッセンがモデルなのは明白だけど、明言すると訴訟を起こされかねないし、許可を取ろうとしたら莫大な使用料を要求されそう(というか内容的にそもそも許可取れなさそう)だからギリギリのラインで濁している系スリラー」としてなかなか面白い一冊でした。今回の騒動で興味を抱いた人は書店で取り扱いがあるうちに読んでおくといいかも。電子版は最悪配信停止になる恐れがありますから物理書籍版で。
・拍手レス。
東出裕一郎さんが令嬢モノで新刊出すみたいですね。別名義で気づかなかった〜
「東(とん)出(で)」で「とんでー」みたいですね……言われたら「ああー」ってなるけど言われなかったら絶対に気づかなかった。
天啓の虚とか無底の王とか他の告知だけされて実体のない本がそれなりに存在する笠井潔ですが、たしか御年76歳だったような。もう個人的には矢吹駆フランス編だけでも完結出版してもらえたら満足です。
フランス篇はあと『魔の山の殺人』と『屍たちの昏い宴』で完結ですね。『天啓の虚』とか『無底の王』はもう存命中に出そうもない雰囲気。連城三紀彦も亡くなった後に未改稿の連載作品が刊行されてたな……。
2025-10-19.・俗に『黒死館殺人事件』、『ドグラ・マグラ』、『虚無への供物』を「三大奇書」と呼びますが、これに何かを加えて「四大奇書」とか「五大奇書」にする試みがたまにある。大抵は定着しないですぐに忘れ去られるが、少し前に出た「海猫沢めろん」の『ディスクロニアの鳩時計』が「新たなる奇書」と称しているので「そういえば過去にはどんな奇書があったっけなぁ」と記憶をほじくってみる焼津です、こんばんは。
一番有名なのは「竹本健治」の『匣の中の失楽』でしょう。登場人物は一緒だけど奇数章と偶数章で別々の物語が進行し、「奇数章にとっては偶数章が作中作(フィクション)で、偶数章にとっては奇数章が作中作(フィクション)」という読んでて頭がこんがらがる騙し絵めいた複雑な構成。これを「第四の奇書」と見做す向きがある一方、認めない派閥も結構あるので『匣の中の失楽』以降の諸作を指すときはたとえ同じ作品でも人によって「第四の奇書」だったり「第五の奇書」だったりするのがややこしい。『イニシエーション・ラブ』の「乾くるみ」がオマージュとして書いた『匣の中』を奇書として認定する場合、「『匣の中の失楽』が第四の奇書」ってのは大前提になりますが。
「第四か第五か問題」を厳密に考えていくと面倒臭くなるので、話を簡単にするため「『匣の中の失楽』は第四の奇書」という立場を取ることにします。「奇書」の明確な定義は難しいが、大雑把に書けば「本格というより変格であり、過度に装飾的(デコラティブ)で衒学的(ペダンティック)、『ミステリとはこうあるべき』という常識や様式美を粉々に破壊する超(メタ)ミステリないし反(アンチ)ミステリ」。もっと要約すると「読んでいて頭がクラクラするような、晦渋で中二心をくすぐられる重厚かつ難解なミステリ」。一度目を通しただけではスッと喉越し良く嚥下できず、何度も反芻や再読を強いられる消化に悪いヤツです。作者自ら宣言したか出版社が勝手に宣伝文句として付けたかはともかく、「奇書」と名乗る作品は90年代頃から現れ始めます。主にミステリ界隈で流行った用語なので、ミステリじゃない作品にはあまり適用されない。『家畜人ヤプー』あたりも奇書っちゃ奇書ですけど、「第〇の奇書」みたいな文脈で語られることはほとんどありません。そもそも「三大奇書」という分類が提唱されたのは70年代末であり、『匣の中の失楽』を巡る論争の中で生まれた概念ですから、『匣の中の失楽』以前に「第四の奇書」を名乗る作品は存在しえない。遡及的に第四認定するケースもなくはないが、この際無視するとします。ミステリ界隈の用語として普及していくのも90年代以降であり、80年代は「奇書」というフレーズに宣伝文句としての価値がなかったため、やはり80年代にも「奇書を名乗る本」は存在しえません。なお「奇書」という言い回し自体は中国、「清」の時代に生み出されたものとされており、この場合の「奇」は「唯一無二(ユニーク)」という意味でどちらかと言えば誉め言葉のニュアンスが強い。それが日本に入ってきてからだんだん「怪しい」「イカれた」「イッてる」という誉めてるのか貶しているのか判然としない微妙なニュアンスに変質していった。70年代には『世界の奇書』というガイドブックも刊行されています。
私の記憶で一番古いのは「麻耶雄嵩」の『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』、リンク先は「新装改訂版」ですがオリジナルは講談社ノベルスより1993年刊行。正確には「奇書」じゃなくて「奇蹟の書」が売り文句だったかな。著者のデビュー作『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』で登場してすぐに死んだ銘探偵「メルカトル鮎」が再登場するミステリであり、メルカトル鮎が生きている以上『翼ある闇』よりは前のエピソードに当たります。主人公は「如月烏有(きさらぎ・うゆう)」という青年、彼は「和音島」と呼ばれる孤島へ赴き、キュビズムに則って建てられた異様な館に滞在することになる。20年前にたった一本の主演映画を遺して夭折した女優「真宮和音」を偲ぶこの島で、「真夏に雪が降り積もり、雪に一つも足跡が残されていない場所で首なし屍体が発見される」という怪事件が発生する……思い入れの強い小説なので以下ネタバレ気味に語ります。この作品は「解決編」がなく、様々な謎とそれを解く手掛かりをバラ撒いた後で思わせぶりな幕切れを迎える。真宮和音が唯一「主演」した映画のタイトルが『春と秋の奏鳴曲』なんですが、その内容は如月烏有とヒロイン「舞奈桐璃」の境遇そのもので、烏有は何が現実で何が虚構なのか次第にわからなくなっていく。殺人事件が発生するけどそれが主眼なのではなく、主人公の内面を掘り下げながら謎を追っていく異様なスタイル。詳しくない人が読めば「90年代だし、EVAの影響を受けているのか?」と錯覚しそうになるが、本書が発売されたのはエヴァンゲリオンが放送されるよりも前です。
解決編はないけど全ての謎を投げっぱなしにするわけではなく、雪密室トリックなどある程度の謎の真相については明かされる。ただ、和音島は一種の異界と化しており、そこでは「現世のロジック」ではなくキュビズムじみた「異界のロジック」が働く――という事実をまず受け止めなければならない。逆説的な書き方になりますが、この作品は「異界のロジック」を成立させるために「解決編がないミステリ」という異界をわざと作っているのです。「『異界のロジックを前提にした謎解き』のためにあえて解決編を放棄して異界を作る」というシュールなコンセプトはあまりにも時代を先取りし過ぎていて賛否両論真っ二つとなりました。島の崇拝対象である「和音」は恐らくコラージュめいた手法で作り上げられた偶像であり人間としては実在しないと予想される(同名の人物は存在するものの、「名前が同じ」だけで容姿は全然別だ)が、当時は「こんな継ぎ接ぎだらけの虚像を20年以上も崇拝するなんてリアリティがない」と批判されたものでした。けど、今なら「真宮和音は初音ミクみたいなもの」とイメージすることができる。初音ミクの声は声優である「藤田咲」のボイスをサンプリングしたものであるがユーザーのほとんどは「初音ミク≠藤田咲」と認識しているし、オリジナルのイラストは「KEI」が担当しているけどKEI以外の描いたミクのイラストを「偽物」とか「単なる二次創作」と捉えているわけじゃない。「初音ミクのコスプレ」も流行り廃りを越えてもはや一つのジャンルにまで昇華した。初音ミクに人格はなく「キャラ」さえも曖昧、「本物」が実在しないのに偶像(記号)として強固に成立している。現代の読者には「初音ミクの信者たちが20年も集団生活を送っている島で起こる事件」「ヒロインの容貌は『コスプレか?』と疑うくらい初音ミクの肖像画にそっくりだった」と喩えた方が飲み込みやすいかもしれない。本当にクラクラするような内容で、私は「一生麻耶雄嵩に付いて行く!」と誓いましたわ。ちなみに烏有さんはその後の作品にも登場するが、『痾』という長編で記憶喪失になっており、『夏と冬の奏鳴曲』の出来事はすっかり忘れている。余談ながら作者の麻耶雄嵩は解決編を書いていないだけで「自分なりの解決編」は考えていたらしいが、20年くらい経ってその内容をすっかり忘れてしまったとか。『夏と冬の奏鳴曲』の考察はかつて新本格好きにとっては常識レベルで、90年代頃はスゴい数の考察サイトが存在していたけど、もうほとんどが現存していない。ジオシティーズの消滅がイタかった。それでも検索すればまだいくつかヒットするんで、読んで「ワケがわからないよ!」となった人はそっちにGO。
その次が「篠田秀幸」の『蝶たちの迷宮』、リンク先はハルキ文庫版ですが元は講談社ノベルス作品で1994年に発行されています。「犯人は探偵であり、証人であり、被害者であり、作者であり、そして読者でもある」と謳った、『虚無への供物』や『匣の中の失楽』に露骨なほど影響を受けた一作。竹本健治も「人工の狂気をうちたてる殉教的な情熱」というわかるようなわからないような推薦文を寄せている。読んだはずなんだけど、内容をまったく覚えていない……あらすじ読んでも全然思い出せない。とにかく「面白くなかった」「クラクラするというよりはゲンナリする内容だった」ことは印象に残っている。とても再チャレンジする気が湧かない。高評価を得られず、世間的にもほぼ黙殺された。でもまったく売れなかったわけではなく、確か増刷もされていたと思う。この翌月に京極夏彦が『姑獲鳥の夏』でデビューしており、「異様なミステリ」という意味で『蝶たちの迷宮』と『姑獲鳥の夏』を並べて論じる風潮も一時期あった。京極夏彦がどんどんメジャーになっていくのに対して篠田秀幸はマイナー街道を一直線にひた走っていった(一発屋ではなく、その後も10冊くらい著書を出している)から、今は両者を比較する人もいません。
次、「清涼院流水」の『ジョーカー 旧約探偵神話』。リンク先は星海社FICTIONSの新装版ですがこれもオリジナルは講談社ノベルスで1997年刊行。「匣の中の物語は幻魔作用(ドグラ・マグラ)を失い、世界は暗黒の死の館から、めくるめく虚無の彼方へと飛翔する」と裏表紙に書かれており、明確に「第五の奇書」と宣言している。前作の『コズミック 世紀末探偵神話』も相当な奇書ではあったが、『ジョーカー』は輪をかけて好き勝手やってる。登場人物表に「◎=かなり怪しい。犯人かも?」「×=もし当たりなら、意外な犯人」と作者自らコメントするなど、「商業出版でここまでやるか!」と叫びたくなる悪ふざけのオンパレードで、ある意味スゴい。コレとコズミックがあったからこそ西尾維新もある(デビュー前に読んだおかげで「ここまでやっていいんだ」と開き直ることができた)わけで、「なかったこと」にはできない本だ。でも個人的には読み終わって達成感よりも徒労感を覚える一冊だった。無限に等しい暇さえあればもう一度読んでもいいと思っている。
「山口雅也」の『奇偶』も「『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』『匣の中の失楽』日本推理小説界の4大奇書に連なる第5の奇書!」と喧伝された作品です。元は“メフィスト”という雑誌に連載されていた作品で、2002年にハードカバーで出版された後、2005年に講談社ノベルス版が刊行されている。ノベルス版には「《黒い水脈》=四大奇書に連なる第五の奇書!」となかなかカッコいい惹句が踊っている。「黒い水脈(みお)」は中井英夫が『黒死館殺人事件』について語ったエッセイに書かれていた言葉。なぜかネットでは「埴谷雄高」が言ったことになっているが……どうも「笠井潔」が記憶違いで言及した結果、誤解が広まったっぽい。さておき『奇偶』、一瞬「奇遇ですな」の「奇遇」に見えるかもしれないが「奇数と偶数」の「奇偶」です。「奇妙な偶然」という原則として本格ミステリからは排除されるべき要素を取り込んだ長編であり、作者である山口雅也が実際に体験した「片眼失明」というショッキングな出来事と折り合いを付けるために執筆した自己回復書でもある。40代のときに片目の視力を失った山口雅也は当初まともにタイピングもできず、「作家として終わったんじゃないか」と絶望しかけたそうだ。なんだかんだ適応して現在も仕事を続けている。衒学趣味に溢れていてこれもなかなかクラクラする本です。
「古野まほろ」のデビュー作『天帝のはしたなき果実』、リンク先は改稿した幻冬舎文庫版ですがオリジナルは2007年刊行の講談社ノベルス版。華族や軍隊が制度として残っているパラレルな「日本帝国」の1990年代を舞台に、連続殺人が発生して学生たちが推理合戦を繰り広げる。タイトルは中井英夫の言葉「小説は天帝に捧げる果物、一行でも腐っていてはならない」から来ており、『虚無への供物』の影響を受けていることは確定的に明らか。出版社の売り文句としてではなく作者自身が《黒い水脈》に連なることを目指して書いた本であるが、とにかく読みにくくて疲弊する。「奇書は読みやすくあるな、キレイであるな、心地良くあるな」と言わんばかりにマイナスに飛び込んでおり、読破すると寿命が減った気分になります。ややネタバレになるが、最後の方は伝奇展開に突入するので「読みにくさ」に我慢できるのであればライトノベル読者にもオススメです。
「舞城王太郎」の『ディスコ探偵水曜日』は上下合わせて1000ページ、文庫版だと上中下の3分冊で1500ページ近くという舞城作品最大規模のボリュームを誇る小説です。これに関しては出版社が「第五の奇書」と銘打ったのではなく評論家の「千街晶之」がガイドブックで「第五の奇書」と認定したパターンです。そろそろ気付いた方もおられるでしょうが、「奇書」が売り文句になると考えている出版社は講談社くらいで、他のところはあんまり好んで使わないんですよね。「ディスコ・ウェンズデイ」と名乗る迷子捜し専門の探偵が一人称で語る形式となっていますが、とにかく勢い任せに喋っているため語りの内容をどの程度信じていいのか戸惑う内容になっています。名前自体、本名なのか偽名なのかよくわからないまま進む。事情があって引き取った6歳の日本人少女「梢」の体がいきなり17歳くらいに成長しては元に戻るという怪現象が頻発し、このまま放置しておくわけにもいかないからと原因の追究を始める。「特異な館」とか「連続殺人」といったミステリ的意匠は施されているものの、時空を超越するディスコが梢の異変の元凶たる「悪」と対峙する「インフレしまくった異能バトル」みたいになっていきます。『ディスコ探偵水曜日』を読んでると、舞城王太郎がシリーズ構成と脚本を担当したアニメ『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』はまだわかりやすい方だったんだな、と再認識する。舞城王太郎は「…(三点リーダー)」を2回続けて打つとか、「!」や「?」の後には空白を一字置くとか、そういった文章作法は守らないんですが「語りの流暢さ」が図抜けていて多少意味のわからない箇所でもスルスルと読めてしまう。奇書と呼ばれる作品は大なり小なり読みにくさがあるのですけれど、これに関しては例外。なので「スゴいけど《黒い水脈》に連なる作品ではない」と奇書認定に否定的な意見もあり、どちらかと言えば私もそっち寄りです。
奇書候補の中で比較的新しい(と言ってももう15年前になるが)作品は「芦辺拓」の『綺想宮殺人事件』。帯には「『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』『虚無への供物』に続く世紀の<奇書>、ついに降臨」とあり、珍しく『匣の中の失楽』を「第四の奇書」としてカウントしていない。それもそのはず、『綺想宮殺人事件』の版元は「東京創元社」で過去に『黒死館殺人事件』や『ドグラ・マグラ』や『虚無への供物』を出したことはあっても『匣の中の失楽』を出版したことはなく、「わざわざ他社の本をカウントする必要はない」という立場を取っています。「森江春策」というシリーズ探偵の、長編としては13番目に当たる作品です。短編集も含めると18冊目くらいかな? 「数式」がテーマになっており、プロローグで「かくして一般相対性理論が立証された」と書いた後に「こうして地球空洞説は科学的に実証された」と述べ、「こうして地球は球体でもむろん空洞でもなく、平面であることが立証された」と綴る……読んでて「ん? んんっ?」ってなる文章が続く。《黒い水脈》の中では『黒死館殺人事件』に影響されているタイプの奇書で、途方もない与太話を聞かされているような気分に陥ると申しますか、読んでいて宇宙猫になること必至の一冊です。作者自ら「最後の探偵小説、あるいは探偵小説の最期」と宣言しているだけあってバキバキに極まっており、極まり過ぎているせいで発売から15年経ってもなお文庫化も電子化もされていない。本編の内容に反してあとがきは飾ることなく「中二病」とざっくばらんに語っていて、当初のタイトルが『第五奇書殺人事件』だったことも明かしている。つまり帯文で『匣の中の失楽』を外しているのは本当に東京創元社側の都合だったのだ。芦辺拓は「アンチ・ミステリ」が「最も嫌いな言葉」らしいが、本書は立派なアンチミステリと言っていいでしょう。
「神世希」の『神戯』はミステリというよりハルヒなどのラノベに近いノリで、奇書扱いすることに違和感を覚えるかもしれないが、一応「選考委員が『虚無への供物』や『匣の中の失楽』に匹敵する奇書と評した」という逸話があるので挙げてみました。講談社BOXがあのクソダサいデザインを何とかしようと試行錯誤していた時期の作品で、大きな箱の中に500ページくらいの少し厚めの本が2冊収納されており、計1000ページの極厚作品となっている。私はもう既に手放してしまったが、とにかく幅を取るので本棚に飾っておくと異様に目立つ本でした。文体に強烈な癖があってハマる人はハマるだろうが、ほとんどの人にとっては「読みにくい」という感想になるだろう。学園モノであり、ラブコメ要素がある一方で伝奇バトルもあったりと、ごった煮ムードが凄まじい。ボリュームがボリュームだけあって仕掛けは大きく、後半は唖然とするような展開に突入します。内容もさることながら『虎よ、虎よ!』並みにタイポグラフィを駆使した文章もスゴいというか、これのせいで電子化は難しいだろうな……翌年に『未来方程式』という続編も刊行され、出来は悪くなかったのだがあまり売れなかったらしく、じきに「消えた作家」となりました。ちょうど入れ替わるような形で出てきた新人が「浅倉秋成」なんで、浅倉秋成の活躍を目にするたび神世希を思い出してしんみりしてしまいます。
以上。おわかりいただけただろうか? 列挙した作品のほとんどが講談社刊行物であり、何なら『黒死館殺人事件』も『ドグラ・マグラ』も『虚無への供物』も『匣の中の失楽』も全部講談社文庫版が出ている。つまり「〇大奇書」というフレーズ自体、講談社が宣伝戦略の一環として流行らせたようなもんなんです。こんな記事を書いている私もまた、講談社の掌の上で転がされているに過ぎない。
あと、奇書に該当するかどうかは微妙なところながら、笠井潔の“天啓”三部作も「奇」度は高いです。雑誌連載を経て1996年に単行本が出た『天啓の宴』に始まり、1998年に単行本化した『天啓の器』、そして2004年に連載が終わった『天啓の虚』で完結した……はずなのですが、20年以上経っても単行本が発売されない。『宴』や『器』は私が10代の頃、青春真っ盛りの時期に遭遇した作品なんですが、まさか40超えたオッサンになってもまだ『虚』を待ち続けるハメになるとは思わなんだ。
内容としてはメタ・ミステリです。1989年、新人作家「天童直己」はデビュー後の第二作が書けずに苦しんでいた。そんな彼に編集者の「三笠桂輔」は『天啓の宴』という小説の存在を知らせる。5年前、新人賞に応募されて受賞が内定したものの、「作者」が辞退したせいで刊行されなかった幻の作品。作者を名乗る女性は選考委員の手に渡った原稿のコピーまで回収していくという念の入れようで、読んだ者は口を揃えて「傑作だった」と言うが誰の手元にも原稿は残っていなかった。やがて原稿を回収していった女性は惨殺死体となって発見されたが、現場に『天啓の宴』は残されていなかった……という具合に、血塗られた呪物『天啓の宴』を巡ってストーリーが展開していきます。「三島由紀夫の自決」をフックに「作者の死」について論じており、笠井潔の過去作『梟の巨なる黄昏』や『黄昏の館』ともリンクしているが、関連作は別に読まなくてもいい。『天啓の宴』は作品のタイトルでもあり作中作のタイトルでもあるが、「作中作としての『天啓の宴』」も「『天啓の宴』という作中作を追う話」になっており、マトリョーシカじみた入れ子構造で頭がクラクラする。ザッと流し読みしただけではわからない、という点では相当奇書いのだが、物語構造を無視して殺人事件の部分だけ着目すると案外地味なんですよね……面白いけど《黒い水脈》に連なる作品ではないと思います。
続編の『天啓の器』は『虚無への供物』を巡る物語。『虚無への供物』はもともと江戸川乱歩賞に応募された作品であり、最終候補まで残って落選した後、前半部分しかなかった原稿に後半部分を書き足して出版された。当初のペンネームは「塔晶夫」だったが、途中で現在よく知られている名義「中井英夫」(本名)に変更されている。誰も「塔晶夫=中井英夫」と信じて疑わないが、もし「塔晶夫≠中井英夫」だとしたら……? という着想に基づいて書かれた長編。さすがにそのまんまではマズいからか、『虚無への供物』ではなく『ザ・ヒヌマ・マーダー』というタイトルになっている。『虚無への供物』は「氷沼家」を襲う悲劇の数々を描いており、「ザ・ヒヌマ・マーダー」は章題の一つでもあります。続編ということになっているが、『天啓の宴』とはノリがだいぶ違うので戸惑うかもしれません。そもそも“天啓”三部作は『匣の中の失楽』の作者「竹本健治」が書いたメタ・ミステリ『ウロボロスの偽書』へのアンサーとして始まったシリーズであり、天童直己のモデルも竹本健治です。『天啓の宴』自体は『ウロボロスの偽書』を読んでいなくても一応内容が理解できる仕組みになっていますが、『天啓の器』は完全に『ウロボロスの偽書』および『ウロボロスの基礎論』を読んでいることが前提になっているし、『虚無への供物』の内容や「中井英夫の旧ペンネームは塔晶夫だった」という予備知識がないと何が何だかわかりません。発想そのものは面白いのだが、クラクラというよりはグダグダなストーリーで、そのグダグダっぷりも含めて個人的には好きな一冊ながら人には薦めにくい。
“天啓”三部作の完結編に当たる『天啓の虚』は5年くらい雑誌で連載して完結したらしいのだが、単行本にまとまっていないため私は読んだことありません。聞いたところによると『虚』はこれまでと違って天童直己がメインではなく、サブキャラというか名前がちょこちょこ出ていた「宗像冬樹」――要するに笠井潔本人を投影した作家がメインになっているそうです。宗像冬樹は『黄昏の館』という小説から登場しているが、この時点ではあまり「笠井潔の分身」という感じではない。『天啓の宴』では「第二作を発表することなく失踪した」先輩作家として重要な役割を果たしている。『天啓の器』にも宗像は出てくるが、『天啓の器』は「笠井潔と竹本健治のふたりをあえて『天啓の宴』のキャラの名前で呼ぶ」というややこしい趣向になっており、『宴』の宗像と『器』の宗像は別人なんです。『虚』連載中に別の雑誌で連載をスタートさせた『青銅の悲劇 瀕死の王』にも宗像冬樹は登場する。プロフィール的にほぼ「笠井潔の分身」と化していますが、独身設定なので完全に一致するわけじゃない(本物の笠井潔は舞台となったこの時代、とっくに息子が生まれている)。『虚』は読んでないからわかりませんが、宗像冬樹というキャラクター、実際は「名前が一緒」というだけで設定的には全部パラレルというか別人の可能性が高いんだよな……『黄昏の館』では『昏い天使』という小説でデビューした後、第二作として予告した『黄昏の館』が書けずに懊悩している。『天啓の宴』も『昏い天使』でデビューした点は一緒だが、『黄昏の館』がまったく出て来ない。『天啓の器』は先述したように笠井潔が「宗像」と名乗っているだけで宗像冬樹じゃない(普通に息子もいる)。『青銅の悲劇 瀕死の王』では『昏い天使』含む探偵小説を3冊出した後に『鬼道伝』というファンタジー(恐らく『ヴァンパイヤー戦争』がモデル)を執筆してヒットした設定になっており、プロフィールが『黄昏の館』や『天啓の宴』と明らかに違います。
『天啓の宴』で「マルセル・プルーストは『失われた時を求めて』を一応完成させた後で死ぬまで推敲していた、そのため推敲が終わった箇所と終わらなかった箇所で歴然とクオリティが違う」みたいなこと書いてましたけど、『天啓の虚』も「死ぬまで推敲」のコースに入っちゃったのかな……優先順位的に矢吹駆(フランス篇)>矢吹駆(日本篇)>その他みたいだから、少なくとも向こう10年は出そうにない雰囲気です。
・「超巡!超条先輩」2026年アニメ化!監督は山元隼一、制作はアルボアニメーション(コミックナタリー)
このニュースを目にしたときに湧き上がった思いを一言にまとめると「嘘だろう!?」ですね。『超巡!超条先輩』は“週刊少年ジャンプ”で連載されていたギャグ漫画で、超巡(超能力巡査長)の「超条巡(ちょうじょう・めぐる)」とその愉快な同僚たちが巻き起こすドタバタ騒動をユーモラスな筆致で綴っている。ヒロインの「一本木直」が可愛くて好きです。基本的に一話完結方式なので多少エピソードを飛ばしても問題がなく、摘まみ読みでも楽しめるから「令和のこち亀」枠として愛され、「次にくるマンガ大賞 2025」のコミックス部門で3位に入ったほどの人気を誇っている。ただ、単行本の売上があんまり良くなかった……というよりぶっちゃけかなり厳しかったみたいで、連載開始から1年半もしないうちに打ち切りとなってしまった。全8巻。前述した「次にくる〜」の投票が始まった時点で既に打ち切られていたので、3位入賞が「奇跡」と呼ばれたのもむべなるかな。
『僕とロボコ』や『ウィッチウォッチ』と比べてネタの方向性が年齢層高めというか、ハッキリ言って子供ウケがイマイチだったのが響いたと思われる。年齢高めの読者って傾向として同じギャグ漫画を何度も読み返さないですから、単行本があまり売れないんですよ。読むのはあくまで一時の気晴らしのためでしかなく、「一回目を通したらもういいや」となってしまうので単行本の購入はコスパが悪い。それに対し子供はお気に入りのギャグ漫画を繰り返し読んでは飽きもせずゲラゲラと笑えるから、子供にとってギャグ漫画はコスパが良いジャンルなんです。私も『つるピカハゲ丸くん』とか『ボクはしたたか君』とか『王様はロバ』とか、雑誌だと“月刊少年ギャグ王”をボロボロになるまで読んでたな……『うめぼしの謎』の単行本はまだ持っています。単なる想像でしかないが、『超巡!超条先輩』に関しては恐らく連載中にアニメ化の打診があったんだろうけど、単行本の売上がどんどん下がっていくのでアニメ放送が始まるまで待てずに打ち切った……というパターンではないでしょうか。アニメの企画は途中で御破算になることが多いから、本決まりになるまで雑誌側が待てない、というケースも少なくない。
「打ち切られたジャンプ漫画がアニメ化」というのは過去にもいくつか例があります。80年代とかなり古いけれど『よろしくメカドック』、打ち切られた直後にアニメ化が決まって数週間後に連載再開という慌ただしい動きをしている。テレビアニメではないけど『バオー来訪者』、2巻打ち切りとなった後でOVA化した。桂正和の作品としては短命(僅か10ヶ月)に終わった『D・N・A2〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜』も打ち切りの直後にアニメ化、恐らく連載開始とほぼ同時にアニメ企画が動き出して、原作の人気が振るわなかったものの止まれずにそのまま強行したパターンではないかと思われる。アニメ版もさして話題にならなかったが、OPがL'Arc〜en〜Ciel、EDがシャ乱Qと超豪華な布陣だった。金田一少年がブレイクしていた頃に後追いで始めたけどパッとせずたった4巻で終了した『人形草紙あやつり左近』、作画を担当した小畑健の新連載『ヒカルの碁』がヒットした影響もあって打ち切りから3年後くらいにアニメ化されている。しかも2クール。人気が伸び悩んで2年くらいで終わった『武装錬金』(全10巻)も打ち切りの翌年にアニメが放送されている。『初恋限定。』は連載期間がたったの半年、全4巻で打ち切られたがその翌年にアニメ化した。打ち切りからアニメ化まで一番間が空いたのは『ライジングインパクト』か。「ゴルフ」という子供ウケの難しい題材で1年もせず打ち切られたが、継続を希望する声が大きかったためすぐに再開、結構長く粘りましたけど3年くらいでまた打ち切られた。全17巻。打ち切りから20年以上も経ってNetflix資本でアニメ化されています。
ジャンプ漫画ではないが、現在アニメ放送中の『アルマちゃんは家族になりたい』も実は打ち切られた後にアニメ化が決まった作品です。この作品、元々はツイッターとかで『天才科学者たちが最高のロボットをつくった漫画』として投稿していたシリーズを商業向けにリファインしたもので、『少女型兵器(アルマちゃん)は家族になりたい』とタイトルを改めて連載開始したが、2年ほどで打ち切りとなった。単行本は全3巻。しかし打ち切られた後にアニメ化の話が来たため連載を再開、『アルマちゃんは家族になりたいZ』というタイトルで今も継続中。2019年にアニメが放送されて「おもしれー女」概念をネットミームにした『女子高生の無駄づかい』も、最初はニコニコ静画に掲載されていた作品で、2015年に商業化しましたが2017年に一度連載を打ち切られています(このため3巻が一時的に最終巻という扱いになった)。アニメ化が決まったおかげで2018年に連載再開し、現在も連載が続いている。インタビューによるとアニメ化の打診があってから決定になるまで数ヶ月掛かったそう。ジャンプ漫画は競争が熾烈なので『超巡!超条先輩』が本誌に復帰するのは著しく困難だろうが、昔と違って今は「ジャンプ+に移籍」というルートもある。読者層を考慮すると本誌よりもジャンプラの方が合ってる気はします。
問題は単行本の売上がどうなるかだよな……「一度打ち切られたけどネットの反響等によって復活した漫画」は爆発的に売れるケースとそうでもないケースに分かれ、「復活したけどまた打ち切り」になることも珍しくない。現在は「絵日記の人」として認識されている「ぬこー様ちゃん」が「ほっけ様」名義で連載していた『専門学校JK』も打ち切り後に作者の宣伝ツイートがバズって『専門学校JK Ctrl+z』というタイトルで再開したが、単行本があまり売れなかった(前作よりは売れたらしいが、期待されたほどの伸びではなかった)ため再度打ち切りに。逆に跳ねたケースとしては『ポプテピピック』が挙がる。もともとはWeb連載のギャグ漫画でことあるごとに掲載サイト「まんがライフWIN」の竹書房に喧嘩を売った結果、「今回の更新をもって連載終了です!ご愛読ありがとうございました!みなさまの応援によって今後もし復活するようなことがあれば、またすぐに打ち切りたい」と編集部から言われるハメに。竹書房への恨みつらみを赤裸々に描いた最終回がネットでバズり単行本が売れまくって、新シーズンが決まったうえにアニメも2期までやった。ほぼ毎年竹書房に喧嘩を売っては打ち切り→再開を繰り返している本作、要は「プロレス」なんだけどなんだかんだで10周年、現在はシリーズ9を展開しているんだからスゴいもんだ。超巡もここから連載10周年を迎えられるような長寿作品にならないかな……。
・「ハイスクール!奇面組」来年1月にノイタミナでTVアニメ化!時代設定や声優が新たに(コミックナタリー)
遂にリメイクの波が奇面組にまでやってきたか……私は再放送で見たからリアルタイム直撃世代ではない(奇面組の後の『ボクはしたたか君』の方により親しみを覚える)が、アニメがキッカケで原作も全部読む程度にはハマったので心のザワつきを感じます。
80年代の作品なので知らない人もいるだろうし、一応解説しておこう。「奇面組」は何度かタイトルを変えて仕切り直しているギャグ漫画で、一番最初のシーズンが『3年奇面組』(1980年から1982年にかけて連載)です。タイトルは1979年に放送を開始したドラマ『3年B組金八先生』を意識したもの。作者「新沢基栄」のデビュー作でもある。「一応中学校」の3年生である「一堂零」たち5人の生徒はあまりにも個性的な顔立ちから「奇面組」と呼ばれていたが、本人たちは意にも介さずお気楽な日々を送っていた。そんな彼らの前に「〇〇組」と名乗るグループが次々と現れる……という、パロディネタの多いナンセンスギャグです。「組」といってもクラスの単位を示すものではなく、5人1組の小グループを指している。奇面組一同は中学生……ではあるんだけど留年を重ねているせいで実は結構トシが行っている、という設定。主人公でありヒロインでもある「河川唯」にとって奇面組メンバーは当初先輩だったのですが、また留年したことにより同級生となります。ギャグ漫画ですけど「サザエさん時空」ではなくちゃんと時間が経過していく仕様です。
とはいえさすがに唯まで留年させるわけにも行かず、奇面組メンバーと一緒に卒業させて高校へ進学する。そうして始まるのが第二シーズンであり、もっとも長く続いた『ハイスクール!奇面組』(1982年から1987年にかけて連載)だ。単行本にして20巻、当時のギャグ漫画としてはかなり長い部類に属する。人気ぶりからアニメ化の話は何度か持ち上がったものの、なかなか話がまとまらず、やっと放送が始まったのは1985年。丸2年、およそ8クールに渡って90話近いエピソードが放送されました。「奇面組はアニメで知った」という人が多いでしょう。「千葉繁」や「玄田哲章」や「塩沢兼人」など、声優陣は今見ても非常に豪華。作品人気は衰えなかったが、激務によって新沢基栄の体調が悪化し、連載終了の運びに。最終回がある意味「夢オチ」とも受け取れる内容で物議を醸した(『3年奇面組』の冒頭に回帰する、というエンディングのため『ハイスクール!奇面組』しか読んでいない人には戸惑う内容だったこともある)が、個人的にあの終わり方は嫌いじゃないです。すごく前向きな「邯鄲の夢」って感じで。河川唯は盧生だったんだよ。
次回作の『ボクはしたたか君』も体調問題で休載となり、しばらく消息を絶ったが、2000年頃から奇面組の短編をポツポツと発表。これらの短編は2004年に『帰ってきたハイスクール!奇面組』というタイトルでまとめられていますが、1冊だけなので第三シーズンと見做すか「単なる外伝」と見るかは微妙なところだ。“月刊少年ガンガン”でやっていた『フラッシュ!奇面組』(2001年から2005年にかけて連載)の方を第三シーズンと解釈するのが一般的だろう。掲載誌が変更になった事情もあり、また中学3年からスタートしています。続編というよりはリメイクですね。当時の“月刊少年ガンガン”はいわゆる「エニックスお家騒動」で主力作家を引き抜かれて混乱していた頃であり、「新たな看板級の作品」を補充する狙いもあったのだろう。『鋼の錬金術師』の連載も始まって雑誌の勢いがどんどん伸びていく時期だったんですが、やはり作者の体調がネックでまたしても休載となりました。その後、どういう経緯があったのかは不明ながら版権が集英社に移って、現在『フラッシュ!奇面組』の電子版は「ジャンプコミックスDIGITAL」から出ています。
まとめると、「奇面組」シリーズの開始は『3年奇面組』で1980年、今から45年も前。連載としては第三シーズン(ないしリメイク)に当たる『フラッシュ!奇面組』が最後で2005年、今から20年も前です。今の十代は親の影響とかでもないかぎり、まず存在自体を知らないでしょう。奇面組がいかに時代を先取っていたか、解説すると長くなるので割愛しますが、たとえば今では一般的な漫画表現になっている「通常頭身のキャラがギャグシーンで二頭身や三頭身になる」という演出も奇面組が流行らせた手法だ(表現としての元祖ではないが、業界全体に広める結節点となった)。時事ネタやパロネタも多数含まれているため、新作をやるとなると相当テコ入れが必要になると思います。PVにスマホが出てくるから時代は昭和から令和に変更される模様だが、見た目に関しては大きく変えないみたいですね。なにぶん元が昭和なので今の価値観からすると「そのままお出しするのは難しい」部分もある(未成年なのに酒を飲みまくる酒屋の息子、スカートめくりが得意技のスケベキャラ、「オカマ」という呼称自体が引っ掛かりそうなオカマキャラ、当時の基準で「時代錯誤の熱血教師」として造型された事代作吾)ゆえ、「どの程度ノリが変わるのか」が不安である。タイトルの「奇面」自体、顔のつくりをイジっているのでコンプラがどうのって話になりかねない。最悪、「今の時代コンプライアンスが〜」とか「ルッキズムが〜」とか「価値観をアップデートしないと〜」って作中で言い訳するメタネタすらやりかねません。正直、私も細部はだいぶ忘れているのであれこれツッコミを入れられる立場ではないが、とにかく楽しく愉快なアイツらと再会できるといいなぁ……って思います。
・織守きょうやの『明日もいっしょに帰りたい』読んだ。
主にミステリやサスペンスといったジャンルで活躍している「織守きょうや」による、「百合」をテーマにした短編集。オムニバス形式でエピソード間の繋がりはなく、ミステリ的な仕掛けもない。割と他愛もない雰囲気の作品を収録しています。織守きょうやの既刊が好きな人は戸惑うかもしれない内容だが、逆に「織守きょうや? 知らない」という人は却って入り口にしやすいかもしれません。
各編のあらすじと簡単な感想を綴っていきます。
「椿と悠」 … ふたりの女子高生、「秋山椿」と「塩野悠」を巡る話。本書のタイトル『明日もいっしょに帰りたい』はこのエピソードのセリフから来ています。前半は椿視点、後半は悠視点で進行する。綺麗な顔立ちで凛としているけど、「性格きつそう」「少女漫画のライバル役みたい」という印象を与える学級委員長の椿は、ライオンの鬣みたいな金色の長い髪を持つ同級生の悠が気になっていた。ある時帰り道が一緒になり、買い食いに付き合ったことがキッカケで少しずつ仲良くなる椿と悠。しかし、椿の幼なじみである少年「佐野康太」が声を掛けてきたことでふたりの関係に変化が訪れて……ネタバレになるけど、書かないと感想の言いようがないから書きます。椿は「悠が康太に惚れた」と思い込み、逆に悠は「椿が佐野と付き合っている」と早合点する、要は「勘違いモノ」の百合小説です。康太に彼女が出来たことでお互い「悠(椿)はショックを受けている」と錯誤し、腫れ物に触るような対応をする。ある意味で喜劇のようなシチュエーションですけど、コメディと呼ぶにはしっとりし過ぎている。互いに相手のことを意識するけど明確に付き合うところまでは進まない、湿度高めのストーリーで続きが気になる。
「友達未満」 … 百合は「マリみて」の影響が強いせいか女生徒モノが多く、女子大生、社会人と年齢が上がるにつれ該当作品が少なくなっていく。本作品は稀少な「社会人百合」です。広告代理店に勤務するデザイナーの「的場」は、同性愛者だった。独占欲の強いカノジョと別れ、現在はフリー。隠しているわけではなく大っぴらに嗜好を明かしていたが、偏見の目を向けられることが不快とは思っている。有名なファッション誌で読者モデルを務めた過去があるという他部署の同僚「榛名めぐみ」が的場の同性愛嗜好を耳にして一瞬強張った顔を見せたのも、気持ち良くは感じなかったが「面と向かって何かを言われたわけじゃないし」と流すつもりでいた。しかし、榛名は失態を取り返さんとばかりに積極的に的場に話しかけてきて、彼女を戸惑わせる……これはネタバレという以前にバレバレなので書いてしまうが、ストーリー開始時点で榛名は既に的場に好意を抱いています。本書はストレートに百合の魅力を伝えようとする短編集なので、変なヒネリとか仕掛けとかはなく、情報は裏読みせず素直に受け取っていい。どんなに忙しい時でも身なりをキチンと整える「隙のない女」榛名がいったいどんな「隙/好き」を見せるのか、ニヤニヤしながら見守っていただきたい。シンプルに「可愛い」と思いました。あと、仕事に頑張っている姿が清々しくて、「やっぱ社会人百合はいいな」という思いを改めて強くした。
「変温動物な彼女」 … カテゴリとしては「女子大生」に属するかな。厳密に言うと主人公は「聴講生」で、大学には籍を置いていないのだけど、感覚的にはあまり変わらない。子供に対する関心のない家で育った「木ノ本珠璃」は、バイトで生活費を稼ぎながら聴講生として大学の講義を受けていた。楽しみの一つは、「湯川雪」の姿を眺めること。高校生の頃に喫茶店でバイトしていた珠璃は、セーラー服でもりもりと看板メニューを吸い込むように食べる健啖家の彼女を見るのが好きだった。雪に声を掛けられ、成り行きでお弁当を作ってあげることになった珠璃は「役に立ちたい」と張り切るが……これまでの「ふたりの関係」を掘り下げていく短編と異なり、本作は「主人公の生い立ち」が重要な位置を占めていて、毒親の桎梏から解き放たれるために雪が背中を押してくれる――というのが大まかな内容となっている。「これが長編だったら、ふたりで毒親の死体を埋めに行くタイプの百合になりそう」と思ってしまった。
「いいよ。」 … 明確に付き合い出すところまでは進展しないで終わるこれまでの作品と違い、明確に付き合っているところから始まる短編。高校一年の頃、「三浦真凜」は「筧清良」に出会った。「やば」としか形容できない、度を越した可愛さの清良にひと目で惹かれた真凜は、ぐいぐいと迫って友達になった。異性にモテるせいで困っている、とボヤく清良に「あたしのこと、恋人にしてよ」とノリで提案した結果、交際することになったふたり。時は流れ、20代半ばになった。真凜は「同棲したい」と願うようになっていたが、清良は乗り気じゃないように返事をはぐらかせて……百合カップルの回想録といった趣でニヤニヤ度は本書最高。共通の友人である「松風友梨佳」が呆れながら二人の関係を見守っているあたりがイイ味出してる。長編だったら友梨佳を交えた三角関係に発展していただろうな……ひたすら真凜による惚気が続く内容で、砂糖を吐きそうになります。清良に執着する真凜がちょっと「面倒臭い女」になってるけど、そこもまた可愛いんだよ。「可愛い」の結晶みたいな一編だ。
まとめ。ガツンと深く食い込むような作品こそないものの、読みやすく、短時間で百合成分を摂取できる経目栄養剤といった趣の短編集。手軽さが売りなので「他の予定を後回しにしてでも読むべき」という感じではないが、ちょっと時間が空いたな、ちょっと百合百合な小説読んで心を潤したいな、というときにオススメ。私が一番好きなのは「いいよ。」ですね。続き読みたい度では「友達未満」がトップクラスですが。社会人百合、いいよね……わたなれやささ恋の「竹嶋えく」が描いた一次創作同人誌『ほんとはもっと、したいだけ』と『ほんとは一緒に、いたいだけ』は社会人百合カップルという商業向けでは難しい題材を扱っているので、社会人百合に餓えている人にはオススメです。
・拍手レス。
上田麗奈さんといえば閃光のハサウェイの2部が2026年1月30日に決まりましたね。こっちのやべー女も楽しみ
コロナ禍の影響もあったとはいえ4年半以上も待たされることになるとは……完結編は2030年とかにならないといいけど。
2025-10-10.・評判に釣られて『チェンソーマン レゼ篇』を観に行った焼津です、こんばんは。鬼滅といい、戦闘シーンのノリがBlasterheadの曲を流していた頃のケロQっぽいので「時代が『モエかん』に追いついてきたな……」と感じ入ってしまった。
原作は読んでるけどアニメ版は途中で観るのやめた――くらいのヌルい層で、ぶっちゃけレゼ篇の内容もあまり覚えておらず、割と新鮮な気持ちで楽しめた。「レゼ役の上田麗奈の演技が凄まじい」と聞いて配信まで我慢できずに映画館へ駆けこんでしまったけど、評判に釣られて「正解! 正解! 正解!」でした。というかビーム、声が付いたことで愛嬌が3倍増しくらいになってない? 無限城編の上映もまだまだ続くだろうし、花江夏樹の声が全国の劇場でずっと響き渡るんだな……なお上田麗奈もカナヲ役で出演しています。
「夜の学校に忍び込んでプールに飛び込む」という『イリヤの空、UFOの夏』で脳を焼かれた世代にとっては防御不能な前半で観客の心を掴み、レゼが正体を現す後半で掴んだ観客の心を引きずり回す悪魔的な構成。とにかく映像と音響の演出がハイスピードで観ていて(聴いていて)気持ちイイ。「面白い」というより「快楽に浸る」一本です。レゼのバイトしてる喫茶店に向かったデンジがレゼから程好く馴れ馴れしい言葉を掛けられるあたり、上田麗奈の魔性演技に磨きが掛かっていて「これがあじみ先生やみゃー姉と同じ声帯から生み出されているのか」と畏怖せずにはいられなかった。映画館から帰ってたまらず原作を読み返したが、想像以上に演出が盛られていてビックリしたな。りんご飴が踏まれるところとか、タツキ絵で見たような気がしたけど存在しない記憶で慄いた。1期目のエピソードは総集編として3時間半程度にまとめられて各種動画サイトで配信されているし、「もっかいアニメ版にチャレンジしてみようかな」って機運も高まってきました。
ちなみにレゼ篇は単行本で言うと5巻の途中から6巻にかけてのエピソードです。レゼ篇のクライマックスで繰り広げられた市街戦によってチェンソーマンの存在が世界中に知れ渡り、7巻から「心臓争奪戦」が始まる……という流れ。『チェンソーマン』の第一部は11巻までなんで、ちょうど「第一部の折り返し」に相当するエピソードなんですよね。あと映画3本くらいやれば第一部完結まで進められるし、『チェンソーマン クァンシ篇』『チェンソーマン アキ篇』『チェンソーマン マキマ篇』と怒濤の勢いで上映してほしい。レゼ篇の興収は既に45億円を超えていて50億突破は確実だし、この数字なら少なくとも第一部完結までは映像化されると見ていいでしょう。TVシリーズでやる可能性もなくはないが、クァンシのあたりは性的な描写もあって地上波で流すの難しそうだし……ネットではクァンシが出てくる劇場版第二弾を「レズ篇」と呼ぶ風潮があって少し笑ってしまった。
・『精霊幻想記』、商業化10周年を記念して超特大セール、既刊27冊全部買っても3000円弱! 10月1日から10日間限定なのでお早めに
私の更新が遅くてギリギリでのお知らせになってしまったが、あまりの安さに笑っちゃったよね。Amazon以外のサイト、たとえばブックウォーカーやeBookJapanでも開催されています。私はAmazonで買ったけど、ブックウォーカーなら特典が付いてくる巻もあるのでそれ目当てで買うのもアリかな。さすがに20巻越えると嵩張ってくるし、紙版の方はそろそろ処分しようか迷っています。置き場の問題からどんどん電子版への移行を進めていますが、読むのが楽しいのはやっぱり「電子<紙」なんですよね……古い人間なので「やっぱり読書は紙めくってナンボ」という感覚が強い。ただ、一方でエロゲにハマっていた時期もあるから電子媒体にそこまで激しく抵抗があるわけでもない。何ならマンガはタブレットの方が発色いいし、大判サイズ以外はわざわざ紙で買う必要もないかな……と思い始めている。何でもいいから、まずは積読をどんどん崩さなきゃな。
・【追記・更新】【期間限定】「幕末チャンバラ神話 ぐだぐだ新選組・ジ・エンド REVENGE OF MAKOTO」開幕!
交換がまだ残っているけど全ミッション終了し、とりあえずイベントシナリオは完了しました。いやぁ、「黒の剣士=足利義輝」説とか「江戸幕府じゃなくて室町幕府」説とかは大ハズレで恥ずかしかったが、イベントそのものは面白くて大盛り上がりでした。「ここに――旗を立てる」からの流れはぐだイベ10年の集大成ってアツさで沁み入ってしまった。そりゃ近藤勇ピックアップ召喚も回さずにはいられないよね……終章開幕に向けて石を貯めたかったところだけど、ここで果てるかもしれない。そんな危惧を抱きながら臨んだが、彦斎よりもあっさり引けた。引けたのはいいが、ドすごい量の「英雄の証」を要求されて泣いた。今は毎日林檎かじってダラスを周回している有様です。もう2ヶ月ちょっとで第二部も終わるというのに未だに北米のケルト兵を狩りまくることになるとは思わなんだ。ドロップ率UP礼装があるだけ昔よりはマシなんだが……。
さておき「黒の剣士」こと☆5セイバーの「近藤勇」、シンプルに強い全体Artsアタッカーといった趣で、宝具のNP回収率が異様に高いから「宝具の連射」が基本的な立ち回りとなる。体感的に「水着ジャンヌ並み」だと思っていたが、検証勢によるとイサミンのNP回収率は水着ジャンヌをも上回るらしい。「新選組サーヴァントが総出で敵を3回袋叩きにする」というややシュールな状況になってしまうが、周回向けの性能であることは確かです。
松永弾正のCVも公開されています。「若山詩音」、リコリコのたきな役で有名な声優ですね。リコリコ以外だとダイナゼノンの「南夢芽」役とか『負けヒロインが多すぎる!』の「焼塩檸檬」役とか。個人的にはマギレコの「ヘルカ」役で印象に残っている。モンゴル軍と戦ったチベットの魔法少女(ラクシャーシー)。どちらかと言えば穏やかな喋り方をする子なのだが、「なんてこった! もうやめです!」と叫ぶホーム画面のボイスが好きだった。今回はNPCだったが、いずれ高杉晋作みたいに専用イベントが開催されてプレイアブルになる……のかなぁ?
あとはやっぱり「ちびノブ隊長」、ぐだぐだ明治維新のときにしれっと出てきたノブ選組の隊士がまさかここまで立派になるなんて……あの胡乱な存在を隊士として採用したのが箱館まで戦い抜いて「俺が新選組だ」と言い張り続けた土方さんだと思うと、余計にクるものがある。「誠」のリレーがようやくここに結実したんだな、って。「ここに旗を立てる」自体『コハエースGO 帝都聖杯奇譚』からの流れを汲んでいるわけですし、本当に経験値プロデュースの新選組イベントとしては総決算な内容だった。
それにしても彦斎は謎が多いまま去っていったな。登場した時がドリフ頭だったからイベント本編クリア後のオマケシナリオで弾正の自爆に巻き込まれてタイムスリップ、みたいな感じかと思ったら全然違うみたいだし。「彦斎をヒロインに据えた別プロジェクトが動いている」という説や「第三部の伏線」説など、様々な予想が囁かれているが今のところ決め手になる情報はない。彦斎ヒロインの別プロジェクト、というと幕末版サムレムみたいなゲームだろうか? 本来のクラスはセイバーっぽい(召喚時のセリフ、あとアサシンならほぼ標準装備のクラススキル「気配遮断」がない)しな。年末のFate特番(放送されるとは確定していないが)で何かしら発表があるかも。ないかも。
あと、これまで「該当がマシュしかいない」せいもあってか用意されていなかった「シールダーのクラスカード」が急遽実装されました。たぶんギャラハッドの実装が近いんだろうな……公式で「シールダー適性がある」と明言されているサーヴァントは「アキレウス」と「レオニダス」の2騎。神話上で盾の逸話がある存在というと大アイアス(アーチャーが使う「ロー・アイアス」の元ネタ、ヘクトールの槍を防いだという逸話がある)、アテナ(父ゼウスから「アイギス」という盾を贈られている)、ヘルヴォル(ヴァイキングの女戦士、魔剣ティルフィングの持ち主でスキャルドメール――「盾の乙女」――の代表格)あたりがパッと思いつくかな。アーサー王も「プリドゥエン」という盾を持ってるけど、モーさんがサーフィンボードにしちゃっている。古代では「敵を滅ぼす剣や槍や弓」よりも「味方を護る盾」の方が英雄の装備として相応しい、という風潮だったらしいが、だんだん戦闘に盾が用いられなくなっていった結果、地位が下がっていきました。FGOも「耐えて勝つ」という持久戦タイプよりも「やられる前にやる」という先手必勝の速攻戦タイプが人気あるから、仮に今後シールダークラスのサーヴァントが増えたとしても活用される機会はそんなになさそう?
・鹿角フェフの『異世界黙示録マイノグーラ(1〜3)』読んだ。
少し前にアニメが終わった作品の原作です。副題は「破滅の文明で始める世界征服」。「小説家になろう」で連載されていた作品を書籍化したもので、連載開始は2017年、書籍化スタートが2019年と、割合時間が経っている。作者の「鹿角フェフ」は10年以上前に書籍デビューを果たしており、小説家としての年季は結構長い。この作品でようやくブレイクに至ったので、昔から知っている読者からすると感慨深いです。
さておきマイノグーラ、どんな作品かと申しますと、端的に言えば『オーバーロード』系の異世界転生ファンタジーです。生前やり込んでいたゲームの知識を駆使して転生先で俺TUEEEEE!!!する話。『オーバーロード』がヒットしたおかげで「『オーバーロード』系」というだけで伝わるの、便利というか楽ですね……明確な定義は難しいが、大雑把に言えば「現代日本から異世界に転生する」「異世界は『生前やり込んだゲーム』とそっくりのことが多い」「主人公はその世界における魔王のような存在に生まれ変わる」「主人公には忠実な部下がたくさんいるが、主人公が魔王ムーブをやめたら叛逆されるかもしれないので、イヤイヤ『魔王としての振る舞い』を続ける」「結果として周辺諸国を蹂躙していくことになる」、こんな具合でしょうか。
『オーバーロード』は「Arcadia」というサイトで2010年に連載を開始し、2012年からなろう版を開始。同じ2012年に書籍化しています。書籍版やコミック版、アニメ版しか触れていない方はご存知ないかもしれませんが、Web版には「アルベド」というキャラが存在していません。実は商業版で追加されたオリジナルキャラクターだったんです。『オーバーロード』系にはアルベドっぽい盲目的なヒロインが付き物なので、そういう意味では「2012年刊行の書籍版が始点」と言えます。その後、2015年にTVアニメ化。露骨に低予算アニメだったがアイデアの面白さもあって予想外のヒット作となり、ここから『オーバーロード』系のWeb小説が爆増していくことになる。
かなり初期の『オーバーロード』フォロワー作品としてよく名前が挙がるのは『エステルドバロニア』。書籍化は2019年ですが、連載開始は2012年。7月にオバロの書籍版1巻が出て、その翌月にエスドバの連載がスタートした感じです。VRMMOの戦略SLGをプレー中に意識を失い、気が付けば異世界にいた……「エステルドバロニア」は主人公がゲーム内で作った国の名前で、国ごと異世界に飛ばされて現地に混乱をもたらす。厳密に言うとマイノグーラはオバロというよりこっちのエスドバに影響を受けている作品じゃないかと思います。なろうではそこそこ有名な作品なんですけど、アニメ化しなかったので一般的な知名度は低いんですよね……書籍版も5巻で止まっており、なろうでの最新章(6巻)は1年以上更新されておらずエタりそうな雰囲気が漂っている。
エスドバの次くらいに古いのが『吸血姫は薔薇色の夢をみる』。2013年になろうでの連載を開始し、翌年2014年に書籍化。2015年に全4巻でサクッと完結した。事故で亡くなった少年が生前やり込んでいたMMORPGの自キャラ(美少女吸血姫)に転生し、人類を滅ぼそうとする凶悪な部下たちに囲まれながらビクビクする、というオバロ系の中では比較的珍しいTS転生モノ。コミカライズもされています。同作者の大長編シリーズ『リビティウム皇国のブタクサ姫』と同じ世界を舞台にしているが、時代は100年くらいズレている。リビティウム〜の方は書籍化が止まっているものの連載はまだ続いており、ファンたちはペースの鈍化にやきもきしつつ追っている。
最近アニメが始まった『野生のラスボスが現れた!』も割と古い作品で、なろうでの連載開始は2015年。2年後の2017年に完結し、以降はポツポツと後日談を載せていた。2016年に書籍化して、3年後の2019年にはもう全9巻で完結している。ただ、2017年にスタートしたコミック版の連載はまだ続いています。MMORPG『エクスゲートオンライン』の世界に入り込んでしまった主人公「俺」。公式ラスボスである「魔神王」以外の人間勢力すべてを支配して「覇王」と呼ばれた自作キャラ「ルファス・マファール」(♀)になってしまった彼は、勝手気ままに「野生のラスボス」としてゲーム世界を旅して回ることに……というTS転生的なファンタジー。正確には「憑依」というか「融合」? 「俺」は『エクスゲートオンライン』のトッププレーヤーで、本来は複数の国家に分かれて複雑な綱引きを繰り広げるはずだったゲーム内世界をうっかり統一してしまい、「一強すぎてつまんね」状態になったのでそのへんを解消するために魔神王そっちのけでルファス派vs反ルファス派の大戦争を引き起こし、その結果としてルファスが封印されたんです。封印から200年経った作中世界、未だに魔神王との戦いが終わらない人類は異世界から勇者を召喚しようと試みるが、うっかりルファスの封印を解いて復活させちゃった――という流れ。「覇道十二星天」なる部下たちも散り散りになっており、「組織のボス」として重責を負わされる他の『オーバーロード』系に比べて呑気度が高く、「スローライフと言いつつ冒険に耽る」タイプのなろう小説に近い読み口となっています。そういう点ではフォロワーというよりオマージュかな? 面白さの割に知名度が低く、アニメも独占配信っぽいからあんまり話題にならなそう。
知名度という点においてもっとも有名な『オーバーロード』系作品は『魔王様、リトライ!』だろう。何せ2回もアニメ化していますから。2016年、オバロのアニメ1期目が放送された翌年に連載開始。2017年には早くも書籍化を果たしたが、イラストを担当した「緒方剛志」が「マフィアみたい」と形容されている主人公の容姿を無視してキャラデザしたことが問題視され、一旦書籍化が停止。翌年2018年にイラストレーターを「飯野まこと」へ変更して書籍化を再開します。この『魔王様、リトライ!』は最初の書籍版でイラストを手掛けた緒方剛志、再書籍化で交代した飯野まこと、そしてコミカライズを任されている「身ノ丈あまる」と、キャラクターデザインに関与している絵師が3人もいるせいで非常にややこしいことになっている。コミカライズの『魔王様、リトライ!』は「キャラクター原案:緒方剛志」とクレジットされているが、原作の記述に合わせるため主人公の見た目が緒方剛志版とは全然違う。でもそれ以外のキャラに関しては比較的緒方版に寄せている。しかし、いつまでも外されたイラストレーターのデザインに準拠し続けるのはなんだからと、アニメが放送された2019年の翌年である2020年に『魔王様、リトライ!R』のタイトルで仕切り直しています。「キャラクター原案:飯野まこと」とクレジットされ、一部のキャラデザは変更になったもののストーリーはそのまま引き継いでいる。
と、ここまでなら「ややこしい」で済むのですが、2024年に『魔王様、リトライ!R』のタイトルで再アニメ化されたことにより事態は混迷を極めてしまう。「単なる2期目だろう」と思ってRを視聴したファンは愕然としました。アニメの1期目(無印)は「EKACHI EPILKA」というスタジオが制作していましたが、Rは「月虹」に変更。「1期の声優はスケジュールが合わなかった」という理由で主役の「津田健次郎」以外ほぼ総とっかえとなっており、キャラデザも権利上の問題か大幅に変更されている登場人物がいて、無印から続けて観ると「声も見た目も変わっているせいで別人にしか見えない」怪現象に苦しめられる。暇があったら確認してほしいんですけど、特に「ミンク」というキャラは無印とRとで似ている部分を探す方が難しい。更に作画とシナリオ構成も惨憺たる有様で、「5年も待った結果がコレか……」とファンは天を仰いだ。さておき、主要な部下が最初からひと通り揃っているオバロに対し、まおリトは順次部下を召喚していく方式になっていて、そのへんを考慮するとマイノグーラはまおリトの影響も受けていると見て構わないかも。まおリトの主人公「九内伯斗」には8人の側近がいる……という設定なんですが、無印に出てきたのは「桐野悠」と「田原勇」だけ、Rでやっと「藤崎茜」が召喚された。原作では更に「近藤友哉」と「宮王子蓮」が召喚されています。蓮は屈指の人気を誇るキャラで、簡単に言うとアルベド枠です。悠も割とアルベド寄りだったけど、あれ以上。あまりに人気過ぎて今年の3月に出たコミカライズ版の10巻と11月に出るコミカライズ版の11巻、2冊続けて表紙を飾っています。アニメも蓮の活躍するところまでやってほしかったな……もちろん、まともな作画とシナリオ構成で。
まおリトの解説が長くなり過ぎた。気を取り直し、次なる『オーバーロード』系は『魔王軍最強の魔術師は人間だった』。まおリト同様2016年に連載開始、同年早速書籍化し、2018年に全5巻で割とあっさり完結。でもコミカライズは結構長く続いて、今年ようやく完結しました。2024年にアニメ化していますが、あまり話題にならなかったので知らない人もいるでしょう。主人公は魔王ではなく魔王軍の幹部で、「魔族のフリをしている人間」という設定。「最強」と謳っているが上司に当たる存在が複数いるため、オバロ度はやや低いか。
『異世界国家アルキマイラ』は2017年、マイノグーラと同じ頃に連載を開始し、2019年、やはり同じ頃に書籍化した。コミカライズもして一時はそれなりの勢いがあったものの、2020年に連載が停止し、既に5年以上更新されていない。もはや「エタった」と見做されている作品です。VRMMOの国家運営系戦略SLGをやり込んでいた主人公はある日、国ごと異世界に転移していまう――といった具合で、オバロというよりエスドバのフォロワーみたいな作品です。
『陰の実力者になりたくて!』はアレンジしまくってほとんど別ジャンルの作品になっていますが、「広義の『オーバーロード』系」に属すると個人的に認識しています。異世界に転生し、「陰の実力者」になるべく努力を重ねてきた主人公は「シャドウガーデン」という架空の組織のボスになりきって悦に入っていたが、いつの間にか本当にシャドウガーデンという秘密組織が出来上がっていた……数百人の部下とともに! というスラップスティック(ドタバタ)でブラックジョークまみれの作品。2018年に連載を開始し、半年と経たずに書籍化。2022年と2023年の2度に渡ってアニメ化し、劇場版となる『残響編』の公開も告知されている。ただ、残響編の続報はなきに等しく「本当に作ってんのか?」と疑ってしまう。書籍版も2年近く新刊が出てないしな……2022年から『陰の実力者になりたくて!マスターオブガーデン』(カゲマス)というソシャゲをやってるんで、その絡みもあって忙しいのかもしれない。そもそもジャンルの大元である『オーバーロード』も3年以上新刊が出てないから「KADOKAWAはそんなもん」の一言で終わる問題か。
『オーバーロード』系について語りたかっただけなので概ね満足してしまったが、せっかくだしマイノグーラについてもう少し語ろうか。マイノグの主人公「イラ・タクト」が生前にやり込んでいたゲームは『シヴィライゼーション』をモデルにした4X(探検、拡張、開発、殲滅)系のストラテジーゲームです。死んだと思ったら突然異世界で目を覚ましたタクトは、側近である「汚泥のアトゥ」とともに邪悪な国家「マイノグーラ」の建国を目指す。当面の目標は「ただ平和に過ごす」ことだったんですが、周囲がそれを許すはずもなく……といった感じで事態が激動していく。1冊1冊は割と薄くて300ページもないくらいなのだが、上下2段組なので厚み以上の読み応えがあります。アニメでやったのは原作3巻あたりまでなのですが、この3巻目でやっとマイノグーラの置かれた状況がわかってくる。そう、異世界に転生してきたのはタクトだけではなかった! まるでクロスオーバーのような要領で繰り広げられるバイルロイヤル、最後に大地に立っているのはいったい誰なのか? 物語の本番は4巻からです。
2025-09-27.・10月2日からいよいよミニアニメ『元祖!バンドリちゃん』が配信される……ということをついさっき知った焼津です、こんばんは。
情報自体は8月くらいから出ていたみたいですが、私のアンテナが低すぎて拾えていなかった。某としたことが……! 全52話を52週、つまり1年かけて配信するとのことです。ミニアニメとはいえ通年じゃん、すごいな。それと、マイムジの続編に関しては「Ave Mujica」新作映画と「It's MyGO!!!!!」「Ave Mujica」 TVアニメ続編シリーズ、2本を制作中らしい。えっ、ムジカは単独で新作映画やるの? てっきりマイゴみたいに総集編映画をやるのかと思っていましたが……『ガールズバンドクライ』も完全新作映画製作決定と告知しているし、ガールズバンドアニメの熱はまだまだ収まりそうにない。
・アニメ「わたなれ」続編制作・放送決定 最終回に続く全5話、11月から劇場公開も(コミックナタリー)
アニメが終わるのって原作3巻ラストだよな……いや、アレで幕とかムリムリ! と思っていたので続編が来るのは願ったりなんですが、2期ではなく5話分だけ制作して劇場で先行公開と来たか。鬼滅(劇場公開した作品に新規エピソードや新規カットを追加して再編集しTVシリーズ化)やメイドインアビス(TVシリーズ→劇場版→TVシリーズ)、青ブタ(TVシリーズ→劇場シリーズ→TVシリーズ)というより、昔の『化物語』(12話までTV放送した後、3話分をネット配信)とか『咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』(12話までTV放送した後、4話分をネット配信)に近い方式ですね。「1クール=12話か13話」という硬直的なTVアニメの枠に反旗を翻す作品が最近は頓に多く、「6話分、つまり半クールで終了して『アンコール放送』と称し同じエピソードをもう一回放送する」『フードコートで、また明日。』、「最初からTV放送を諦めて配信オンリー、1話あたりの尺も21分〜37分と臨機応変に融通を利かせる」『タコピーの原罪』、「無理に引き伸ばさず全10話でまとめる」『うたごえはミルフィーユ』、そしてこのわたなれと、奇しくも一つのクールに変則的なアニメが集う形になりました。
劇場版の公式サイトも出来ています。「原作小説4巻を描く続編として第13話〜第17話の制作・放送が決定!」「TV放送に先駆け、全5話を特別編集して劇場上映!」「11月21日(金)より新宿バルト9ほかにて全国公開予定!」とのこと。劇場版のタイトルは『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)〜ネクストシャイン!〜』。原作4巻ということで、つまり「香穂編」です。アニメの12話までだとろくに出番のなかった香穂ちゃんがようやく大活躍する。コミカライズの方はまだ香穂編の途中で、終わるまでもうちょっと掛かるからアニメが先行する形になるかな。尺の都合で削っている部分が多いとはいえ、アニメはかなりコミック版準拠で映像化している(真唯が「オアアアアアー!」と叫んでビターンと倒れるところもコミック版の演出)ので追い抜くのは少し寂しい感じもするぜ。
とにかくファーストシーズン(原作4巻までの区切り)が全部アニメ化されると確定し、ひと安心です。『ゆるゆり』という例外中の例外を除き、百合アニメの続編が作られることって滅多にないですから。原作者の「みかみてれん」曰く「3年前にアニメ化の打診をされたときは普通に1クールの予定だった」「プロデューサーが『どうしても4巻までやりたいんです!』と必死に駆けずり回って何とか全17話にしてもらった」とのこと。声優ラジオによると「(続編やることは)途中で聞いた」とのことで、アフレコが始まった時点では本決まりじゃなかったらしい。あとコミカライズ担当の漫画家が「ちょうどバタバタしてる時期で香穂ちゃん編のアフレコほぼ聴けてない」とコメントしており、アフレコ自体は既に終了しているみたいだ。そんなネクストシャインは「全国公開」と謳っているものの、具体的な公開館に関するアナウンスはまだありません。田舎あるある、「『全国公開』なのにうちの県ではやってない」。映画興行における「全国公開」は「複数の都道府県で上映される」程度の意味であって、決して「全都道府県で公開される」ということじゃないんですよ。あくまで「TV放送に先駆け」だから待っていればテレビや配信でも観られるはずですけどね。5話分と結構なボリュームだし、年末年始の特番として一挙放送する感じになるのかしら。早く続報が欲しい。
・【期間限定】「幕末チャンバラ神話 ぐだぐだ新選組・ジ・エンド REVENGE OF MAKOTO」開幕!
遂に始まった約2年ぶりのぐだぐだイベント、早くも情報過多で「整理を……整理をしなきゃ!」となっている。ストーリーは1864年、いわゆる「池田屋事件」から始まる。尊王攘夷派の志士たちが京都に火を放つ計画を立てていたところに新選組の隊士たちが踏み込んで激しい刃傷沙汰になった、という事件です(本当に火を放つ計画を立てていたかどうかは定かではない)。この事件の前後で沖田総司の病状が悪化し、以降は表舞台に出ることがなくなったこともあり、新選組を扱う物語では重要なターニングポイントとして描かれる。新選組サイドではなく志士サイドから池田屋事件を描く『池田屋乱刃』という小説もあります。隊士のひとり「藤堂平助」は池田屋事件で重傷を負ったが、局長の「近藤勇」は激闘を無傷で潜り抜けたと語られている。が、このイベントにおいて近藤勇は「討死」、史実とは異なる結果が示される。近藤さんが池田屋で死んだifが物語の起点になるのか? と動揺したところでタイトルコールが入り、視点はカルデアに移る。
幕末の京都に現れた新たな特異点、それは「皇都神剣組」と名乗る謎の集団が人々に刀を配り、「人斬り」を奨励して回るという治安激悪ヒャッハーチャンバラランドだった! ってな感じで新選組vs神剣組の争いが綴られます。実装されたサーヴァントは、まず配布の☆4ランサー「原田左之助」。槍の名手として知られており、『るろうに剣心』のキャラ「相楽左之助」のモデルになった人物でもある。リメイク版るろ剣で剣心役を演じている声優「斉藤壮馬」がCVを当てているので、るろ剣ファンは「左之助の声帯が剣心???」と頭がバグりそうになる。しかも、ガチャで実装された限定☆5アサシンが「河上彦斎」なので混乱はより一層ひどいことに。岡田以蔵や田中新兵衛、中村半次郎と並ぶ「幕末四大人斬り」の一人であり、抜き打ち(抜刀術)の使い手として有名で、るろ剣の「人斬り抜刀斎」――つまり緋村剣心のモデルになった人物です。150cm程度の小柄な身体、色白で「女人とみまがう美貌」と語られているためFGOなら女体化させかねないな……とうっすら疑っていたが、本当にやりやがった。若く見えるけど池田屋事件の頃にはもう30歳だったから、沖田さんとは8歳ぐらい離れてるんですよね。基本的に横向きか、たまに背中を向けているキャラがいる程度のFGOにしては珍しく、バトルグラフィックが格ゲーに近い正面寄りの絵になっています。抜刀や納刀のモーションも細かく、「FGOの表現もここまで来たか」と感慨深くなる。あと、久々の限定☆5アサシンですね。限定は「テスカトリポカ」以来なので2年8ヶ月ぶり。恒常を含めても☆5アサシンは「果心居士」以来で、2年以上経っている。去年(2024年)は1騎も☆5アサシンがいなかったんだよなぁ……。
ガチャ産の限定☆4は「藤堂平助」、クラスはアヴェンジャーです。「油小路事件」を思えばそれはそうだろうな、って……前回の「ぐだぐだ超五稜郭」でも触れられていましたが、新選組による粛清劇で「服部武雄」ともども討死している。新選組を敵視するのも当然の人物だ。危険な現場だろうと真っ先に駆けつけることから新選組時代は「魁先生」というあだ名で呼ばれ、沖田総司、永倉新八、斎藤一と並ぶ「近藤四天王」の一人に数えられていた。油小路事件は池田屋事件の3年後、亡くなったときの年齢は23歳と若い。彦斎ほどかどうかはわからないが藤堂平助も小柄な剣士として伝わっており、20歳を越えていても10代と間違われることがあったというから相当な童顔だったのではないかと考えられる。身のこなしも軽く俊敏で、「今牛若」と讃える声もあったとか。クイック単体宝具ですが、効果はなんと自身即死。バスター単体即死の草十郎、アーツ単体即死のツタンくん、クイック単体即死の魁先生と、これで単体即死宝具が揃っちゃいました。
NPC枠のキャラクターは「勝海舟」と「松永久秀」。勝海舟は「江戸無血開城」のエピソードで有名で、西郷どんとセットで語られることが多いですね。FGOでは程好く力の抜けたイケオジとして描かれている。「わし様」こと「ドゥリーヨダナ」をちょっと柔らかくした雰囲気かな。直心影流の免許皆伝だから腕は立つはずなのだが、「刀を抜いたことはない(人を斬ったことがない)」逸話の持ち主だからサーヴァントとして実装されることはないでしょう。それより問題なのが松永久秀、戦国時代の武将ですがなんと女体化しています。「最期が爆死だったせいで肉体がバラバラになっていたから、召喚時の再構成であえて女の体に変えた」とムチャクチャなことを語っている。久秀が名物の茶器「平蜘蛛」とともに自爆したというのは後世の創作で、実際はただ自害しただけなのだが、ぐだぐだ時空では「爆死が史実」になっているらしい。要するにこのギャル永久秀、肉体は女だけど精神に関しては男のまま。「戦国の梟雄」と言われた久秀がまさかこんな姿になるとは……ただ、松永久秀って信長に謀反起こした末に自害したからボロクソに言われていた時期が長かっただけで、最近は再評価が進んでいるそうですね。昔は「足利義輝弑殺の主犯」みたいな扱いだったけど、近年の研究では「あの一件に久秀は関わっていなかった」という見方が強くなっているとか。何であれ、バトルモーションの作りが完全にNPCのそれなんで柴田勝家や服部武雄と同様プレイアブルになることはなさそうだ。
最後に、一番気になるのは未だにハッキリとした正体が明かされていないPU2の☆5サーヴァント。クラスはイベント通りならセイバー。「黒の剣士」と呼ばれており、沖田さん曰く「見た目は違うが、剣筋と言動は近藤さんそのもの」。どうやら中身は近藤勇だけどガワだけ別人っぽい。別の英霊に近藤勇のエッセンスが混入している状態だろうか? 邪馬台国のときの「芹沢鴨」と「クコチヒコ」みたいな。あるいは義経要素が混じっている「平景清」的な。前回のイベントがなければ「藤堂平助が従っている=伊東甲子太郎」と予想したところだけど、土方や沖田が「黒の剣士」の顔に対し「近藤さんとは違う」と評しているだけで「見たことのある顔」とは述べていないから、生前の知り合いとは思えない。「神話」だから正体は「剣術の祖」とされている「スサノオ」かな? とも思ったが、ネタが完全に『終末のワルキューレ』と被るし違うかな。池田屋で殺された「吉田稔麿」という説もあったが、彦斎が無反応なところから察するに違うだろう。沖田ちゃんのインテリジェンスソード「煉獄」みたいに近藤さんの「虎徹」を擬人化した、という説もあって面白いと思ったが、「歴史改変されてノッブがショボかった世界線になっている」ことを考慮すると江戸時代ではなく戦国時代に関連している可能性が高いかな。
いくつか囁かれている説の中でもっとも説得力を感じたのは剣豪将軍「足利義輝」説。剣豪「塚原卜伝」の教えを受け、奥義「一之太刀」を伝授されたという逸話が残っているからイベントボスとして君臨するに不足のない腕前だろう。時代的に松永久秀と面識があってもおかしくない。また「皇都神剣組は二条城のあたりを改造して本拠地を作った」とあり、「二条御所」に住んでいた義輝との繋がりを感じさせる。そして何より「皇都神剣組は人々に『神剣』を与えている」、これは大量の名剣や名刀を所持していた義輝を強く想起させます。「追い詰められて所持している剣と刀を畳に刺し、近づく敵を斬っては次々と武器を持ち換えた」という戦国アンリミテッドブレイドワークスな逸話は講談の作り話と見做されているが、「それぐらいたくさん剣や刀を持っていた」というイメージが義輝にあったわけです。その逸話の続きとして、「義輝があまりに強いので『正面からやり合ってはとても敵わない』と、刺客たちは畳を使って動きを封じ込め、距離を取って槍で突き殺した」顛末が語られている。配布サーヴァントがランサーであることとも符合する。
義輝をベースに、近藤勇と神霊「真瓦津日神(マガツヒノカミ)」が混じり合っている……みたいな感じかしら。マガツヒノカミはイザナギが妻のイザナミを黄泉の国から連れ戻そうとして失敗し、黄泉津比良坂を通じて逃げ出した後、まとわりついた穢れを清めるために川に入って体を洗ったときに生まれた、言うなれば「神格化した穢れ」です。弾正ちゃんが言ってたみたいに「八十禍津日(ヤソマガツヒ)」や「大禍津日(オホマガツヒ)」などの呼び名もある。この場合の八十(ヤソ)は「たくさん」という意味で、具体的な神格というよりは「神に等しい力を持った穢れの集合体」と介錯した方がいいかもしれない。ちなみにイザナミが川で体を洗ったとき、左目からアマテラス、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれているので神格としての古さはこれら三柱に匹敵する。忌まわしきモノであるかのように排除された点で義輝と勇のふたりに通ずるものはなくもない。ただ、信長は室町幕府だった頃に義輝と謁見しているので、面識はあるはずなんですよね……単に「覚えてなかった」でゴリ押せるか?
というか、イベントで「幕府」や「佐幕」といった言葉を連呼している割に一度も「江戸幕府」や「徳川幕府」といった言葉が出て来ない(「江戸」自体は出てくるが、無血開城に触れた時の勝海舟のリアクションがなんか微妙だった)ので、これ幕末は幕末でも「室町時代」が500年くらい続いた後の幕末なのでは? 「この世界だと織田信長は裏切った松永久秀に殺されている」らしいが、史実だと「1565年、義輝が死亡(永禄の変)→1568年に信長が義輝の弟・義昭を15代将軍として担ぎ上げる、この際の上洛に久秀も協力する→1571年、久秀と義昭の関係悪化に伴い久秀と信長もギスギスする→1572年、今度は信長と義昭の関係が悪化する→1573年2月、義昭が挙兵して信長と敵対、久秀は義昭と和睦を結び信長と敵対する→同年7月、義昭が信長に敗北し京都から追放される(室町幕府滅亡)→同年12月、信長の軍に多聞山城を包囲された久秀が降伏→1577年、謀反を起こして信貴山城に籠城した久秀が進退窮まって自害する、このとき城に火を放ったという話が後年盛られまくって『大量の火薬を使って爆死した』ことになる→1582年、信長が死亡(本能寺の変)」という流れだから、義昭が将軍になってから追放されるまでの5年間で信長を討てば室町幕府は存続できることになります。
Fateはこうやって真名とかを予想している瞬間が一番楽しいまでありますね……あ、そういえばイベント開幕に合わせて『Fate/ぐだぐだオーダー』も久々に更新されています。忘れずに要チェック。
・アマプラで『トラペジウム』観た。
2024年の5月に劇場公開されたアニメ映画です。約1年後となる2025年5月30日にアマゾンプライム独占配信を開始。配信開始の翌日くらいに視聴したが、どうにも乗り切れず中断。先日「そろそろ向き合わないとな」と思って再開し、完走しました。先に感想をまとめてしまうと「大筋としては面白かったけど、物足りない部分が多い&『アイドルが素晴らしいとは思えない』という根本的な問題を抱えた映画だった」になります。
原作は「乃木坂46」というアイドルグループに所属していた「高山一実」の同題小説。雑誌“ダ・ヴィンチ”に連載し、2018年に単行本化、2020年に文庫化されています。2024年には角川つばさ文庫から映画のノベライズ版も出している。作者が違うので当然中身も違う。冒頭だけ読み比べてみたが、映画にあった「何が『やさしさ』だよ!」と叫んで聖南テネリタス女学院の看板を蹴りつける(テネリタスはラテン語で「優しさ」の意味)シーン、原作の主人公は中指まで立てるオマケ付きなのに対し、ノベライズ版の主人公は「フン」と鼻を鳴らす程度に留めており、看板を蹴ってすらいない。つまり主人公の凶暴さは原作>映画>ノベライズという順になっています。
主人公は開始時点で現役女子高生の「東ゆう」。「城州東高校」に入学したばかりの1年生。幼い頃にアイドルが歌って踊る姿をテレビで観て以来、ずっと「アイドルになりたい」と願っていた少女である。しかし、自分はピンでアイドルをやれるほどの魅力などないと、何度もオーディションに落ちたことで痛感していた。それでもめげず、ゆうはセルフブランディングして世間の注目を集めようと画策する。自分の名字が「東」で、通っている高校が城州「東」高校であることに着目し、残りの「北」「南」「西」に該当する子を集めて「東西南北」というグループを結成しようと考えたのだ。ままごとみたいな計画であったが、運に恵まれてトントン拍子で進行し、ゆうたち「東西南北」はテレビ出演を果たすことになるが……。
子供っぽい、浅はかな計画を立ててアイドルになろうと思い上がった少女が、現実に打ちのめされて一旦挫折した後に再起して夢を叶える。『トラペジウム』のストーリーを要約するとそんな具合になるだろう。ちなみに「トラペジウム」は「不等辺四角形」の意味で、一つとして平行の辺がなく長さもバラバラという歪な形の四角形を指す。またオリオン大星雲の中心に位置する散開星団の名称でもある。グループを形成しながらも同一の目標を持たない「東西南北」のメンバーをそのまま表している。ぶっちゃけ、アイドルになりたいのはメンバーの中でゆうちゃんだけなんですよね……他の子たちは「友達(ゆう)の頼みだから」という理由が大きくて、アイドル活動にそこまで情熱を抱いていない。その結果、メンバーの一人が彼氏持ちだと発覚するシーンで「アイドル=恋愛禁止」が常識だと思い込んでいるゆうは舌打ちし、「彼氏がいるんだったら友達にならなきゃよかった」と暗い顔をして責め立てる。そんなギスギスした環境に限界を感じた別のメンバーはやがてメンタルに異常を来し、「もうやだ!」と泣き叫ぶ。「友情」にも限度がある、ということで東西南北は解散してしまいます。
これがよくある青春ストーリーなら涙ながらの真情告白で仲直りし、グループ再結成、ラストは感動的なライブシーンで〆……となるでしょうが、あくまで東西南北は解散したまま、結局再結成されずにエンディングを迎える。一応メンバーは仲直りして「再結成はゴメンだけど、今後もずっと友達だよ」とキレイな雰囲気で幕を引きますが……この展開にはモヤモヤしたものを感じる人が多いと思います。少なくとも私はすごくモヤモヤした。そのモヤモヤを吐き出したくてこの感想を書いていると申し上げても過言ではない。まず、大前提として主人公のゆうちゃんは性格が悪いです。無自覚に不快なキャラとなってしまった、というパターンではなく、最初から「性格の悪い子」として造型されている。冒頭の看板蹴りシーンからして性格の悪さを隠そうとしないどころかむしろ露骨にアピールしているし、思い通りにいかなくて舌打ちするシーンも多い。ボランティアで登山したとき、「味噌汁の中に蟻が入っている→蟻だけ取り除いたり、単に飲むのをやめたりするのではなく、丸ごと味噌汁を捨てる」場面を見せることで彼女の頑なな潔癖さを視聴者に印象付けている。予告編にあった「わかってる、こんな奴がアイドルになるべきじゃないってことくらい」というセリフの通り、ゆう自身も己の性格の悪さは自覚しています。アイドルに理想を抱いているからこそ、己がその理想から程遠い人間だという現実に向き合って苦しむ。そのへんは「本当の自分なんて必要されていない」と徹底的にキャラを作ってアイドルを演じているシャニマスの「黛冬優子」に通じるものがあります。
しかし、冬優子に比べてゆうはとにかく詰めが甘い。東西南北はゆうが計画して立ち上げたグループであり、本来ならばゆうが率先してメンバーを引っ張っていくリーダーとなるべきなのに「えっ、東西南北はたまたま出来上がったグループであって、私の作為なんか全くありませんけど?」とすっとぼけて責任を放棄する。このへんに関してはゆうの自信のなさ、「メンバーの中で『東ゆう』が一番人気がない」(他のメンバーのおこぼれに与っているだけで、ゆう単体の需要はほとんどない)という負い目に起因しているのだろう。「どのツラ下げて自分がリーダーなんて……」と思っていたのかもしれない。けど、それでも「アイドルやりたい」と最も強く望んでいるのはゆうなんだから、血反吐を吐いてでもリーダーの責務を負うべきだった。「アイドル」という夢を共有できない以上、いずれ訪れる解散は避けられなかっただろうが、せめてもう少しはソフトランディングできるはずだった。
メンバーが精神の不調を訴えているのにメンタル管理は南ちゃん(華鳥蘭子)に任せっきりで、放置というより無視に近い態度を決め込んでいたのは完全にアウトだろう。釣った魚に餌をやらないというか、「アイドルは素晴らしい、だからアイドル活動そのものが『餌』である」と思い込んでいる節がある。そのへんのすれ違いが破綻へと繋がっていくわけですが……グループの破綻によってもたらされるダメージが、「ゆうよりもゆう以外のメンバーの方が大きく見える」のが一番モヤモヤするポイントでしょう。
ゆうが己のワガママな振る舞いによって痛い目を見るならそれは自業自得だから仕方ない、と納得できますが……ハッキリ言ってこの映画、ゆうに巻き込まれた子たちの方が痛い目見てるんですよ。なので後半、グループ解散がショックで不登校になって部屋に引きこもるゆうの姿を眺めても「かわいそう」という気持ちが一向に湧き上がってこない。「お前が始めた物語だろうが!」と叱責したくなる。しかし、主人公が女子高生であることを考慮すると、「この年頃なら愚かなのは当たり前だよな」とも思ってしまって舌鋒が鈍る。先頭に立つリーダーとしてではなくグループを陰から操る陰謀家みたいな振る舞いをしていたのも、「この年頃なら軍師ポジションに憧れるもんな」と頷いてしまったり。幼き日に見たアイドルの輝きに目を灼かれ、「アイドルは素晴らしい。以上。議論の余地はない」と盲信してしまった少女の悲喜劇。主題歌の「なんもない」が的確にゆうの空虚さを抉っており、「何者でもない存在が何者かになろうと足掻く」青春ストーリーとしては非常に胸をざわめかせる仕上がりになっています。
とはいえ、仲直りする過程がすんなり過ぎて物足りない(原作だと「他のメンバーたちはゆうの打算を最初から見抜いていた」というエクスキューズが入るらしいが、映画はそのへんが曖昧だ)し、この映画を観て「アイドルって素晴らしいな」とは思えない(むしろ「アイドル界ってやっぱ異常な業界だな」と思ってしまった)し、興行的にコケた(全国200館規模で最終1.5億円くらい、この規模だと5億円を突破しないとヒット扱いにならない)のも納得である。ゆうのキャラが強烈すぎるせいで、他の子たちの存在がやや霞んでしまっているのも難点です。くるみちゃん、アイドル活動にやり甲斐を感じてないのに壊れる寸前まで頑張り続けたのはきっとゆうや他のメンバーが好きだからで、「ずっと耐えていた」んだろうけど、ゆうの視点だとそのへんを掘り下げられない。「心に残る映画」であったし、「観たら語りたくなる映画」でもあったし、東ゆうは「忘れられない主人公」ではあるのだが……駅のホームで電車を待っているところに古賀さんから電話が掛かってきて、「うちは東西南北のおかげでいっぱい楽しいこと経験させてもろうたから、ホンマありがとうな」と言われて「こちらこそ、ありがとうございました」と深々と頭を下げるシーン。すぐに次の電車が来るとはいえ、乗ろうとしていた電車を見送って感謝の念を伝えることを優先するゆうちゃんの姿が好きです。
結論。「アイドルとは星である」という確たるビジョンを持ちながら、人を導くポールスターにはなれなかった(人はそれぞれ勝手に自分で輝く散開星団なのだと見せつけられる)少女の物語。一部のオタクにとってはトゲの如く心に深く突き刺さって抜けなくなる映画であろうが、「一部」の範囲が狭すぎるせいでカルト的な扱いになるのもやむなし、といった一本。そもそもアイドル業界に何の愛憎も抱いていない人にとっては「アイドルって人を狂わせるんだな、怖〜」だけで終わってしまう。だってこの映画、ゆう以外に関しては「アイドルになることで輝けた」のではなく「輝きを秘めた子たちがたまたまアイドルをやってる期間があった」って話ですから、「アイドル」そのものを深掘りできてはいない。まず、アイドルがいかに素晴らしいか・アイドルがいかに罪深いか説得力を持たせる段階が必要だったと思いますが、どう考えても尺が足りないから仕方ないかな。受け手の中に明確な「アイドル像」が必要になる、そういう意味ではハイコンテクストな映画です。
ちなみに主人公・東ゆうを演じた声優は「結川あさき」、逃げ若の「北条時行」役の人です。最近だとゲーセン少女の「加賀花梨」役を演っていますが、言われないとわかんないな。演技に関してはやっぱり「こんな素敵な職業ないよ!」のシーンが白眉でした。ほか、南(華鳥蘭子)は「上田麗奈」、西(大河くるみ)は「羊宮妃那」、北(亀井美嘉)は「相川遥花」が担当している。この中だと相川遥花が少しマイナーかしら。『うたごえはミルフィーユ』の「クマちゃん」(熊井弥子)を演った人だ。ロマンス要素はないけど割と美味しい役の「工藤真司」は「木全翔也」、声優ではなくアイドル枠。なんか一人だけ演技が……とは思いました。アイドル枠としては上手い方なんだけど、本職と比べるとさすがに……あと、原作者の「高山一実」と元同僚の「西野七瀬」がゲスト出演していますが、よりによって二人ともお爺ちゃん役で違和感がスゴかった。原作者権限で「ゆうに声をかける先輩アイドル役」とか捻じ込めばよかったのでは?
2025-09-21.・プライム感謝祭(10月7日から10日にかけて開催)が近づいてきたからか、AmazonよりKindle Unlimited3ヶ月無料のオファーが届いて「遂に来たか……」と目を光らせた焼津です、こんばんは。
「Kindle Unlimited」は定額読み放題サービス、いわゆる「サブスク」の一種で、対象商品に限って契約期間が終了するまで好きなだけ読めるというサービスです。マンガ、雑誌、小説などいろんなものが対象になっており、あまりにも多過ぎて読みたい本を探すのもひと苦労。私は気になった本がアンリミ対象だったらとりあえずリストにブチ込んでおいて、ある程度溜まったところで契約し、期間中に読み切ったら更新しないで解約する――という行為を繰り返しています。たまに解約しておかないと、上記のようなオファーが届かないですからね……。
アンリミの月額料金は980円、丸々1年契約すると11,760円になります。アンリミ対象商品をたくさん読む人からすれば安いものでしょうが、「今月はアンリミ対象以外の本ばっかり読んでいたから1冊も利用しなかったわ」みたいにムラのある人だとやや損した気分になる。なので契約をこまめに打ち切って「利用しない月」を決めることでメリハリ付けていたわけですが、副次効果としてAmazonのカムバック施策の対象に選ばれることが多くなった。毎回必ず届くわけじゃないけど、プライムデーとかに「〇ヶ月無料」とか「〇ヶ月99円」みたくオトクなオファーが来るわけですよ。どういう基準でそのへんが決まるのかよくわからないが、とにかくずっと加入しっぱなしにするより「たまに利用する」ユーザーの方がアドみ深いんですよね。「アンリミに一年中ずっと加入している人」は「〇ヶ月分の利用料を無料にします」みたいなサービスを受ける機会はないので。
前フリが長くなりましたけど、そんなわけで久々にアンリミ加入した私が同じタイミングでアンリミに初入会or久々に契約した人に向けてオススメの本をプッシュしていきます。先に書いておきますが、アンリミは時間経過に伴ってラインナップが変わるので「ある日までは対象だったのにある日から対象外になる」作品も多い。あくまでこの記事を書いている時点の対象作品です、あしからず。
まず、基本として押さえておきたいのが「雑誌系」ですね。アンリミは読み放題対象の雑誌が多く、「最近発売されたもの」限定だったりしてバックナンバーが漁れないケースもありますが、「特定の記事だけ読みたい」ときに使うと便利です。ゲーム雑誌の『週刊ファミ通』は発売から3ヶ月以内の号はだいたい読むことができる。アニメ雑誌の『アニメージュ』や『アニメディア』、あと何雑誌と呼べばいいのかわからないが『ダ・ヴィンチ』も同様です。とりあえず借りてみて、ざーっと流し読みして気になるところだけ熟読すればOK。マンガ誌だと『ヤングエース』、『少年エース』、『ドラゴンエイジ』、『電撃大王』、『電撃マオウ』、『コミックキューン』、『グランドジャンプ』、『漫画アクション』などがあるので、「暇潰しになれば何でもいい」のであればこのへんをダウンロードしてみてはいかがだろう。
次の狙い目は「ちょっと古めの作品やマイナー出版社の本」。少年ジャンプで連載中のマンガとかはわざわざアンリミ対象にしなくても売れるのでアンリミのラインナップに連なることはまずない(その代わり出版社の施策で初期の巻が無料公開されたりする)けど、もう完全に旬(売り時)を逃した作品はアンリミ対象になってることが多い。たとえば「高田慎一郎」の『神さまのつくりかた。』は新装版全14巻がすべて無料。このタイトルを見て「うおおおお! 懐かしい!」ってなる人も多いのでは。アニメ化しなかったので知名度はそんなに高くないが、90年代後半に結構人気があった日本神話ベースの現代ファンタジーです。アンリミは一度に借りられる冊数が20冊という制限がある(あくまで「一度に」なので、読み終わった本を都度返却すれば何冊でも借りられる)んですが、『神さまのつくりかた。』には「スーパー大合本」という14冊を2冊にまとめた合本があるので、こちらを利用すれば消費する枠が少なくて済みます。ただ、『神つく。』はいくつかバージョンがあって、『神さまのつくりかた。新装版』は現在セール中で「1巻と2巻が無料、3〜14巻は33円で全巻まとめて買っても396円」だから、この価格ならアンリミで読むより買った方がいいかもですね。ちなみに過去のセールでは「全巻11円」でまとめて買っても200円しないこともあったんで、無料の1巻と2巻だけ確保して3巻以降は更なるセールを待つという手もあります。
「因習村を舞台に特殊なルールの麻雀を打つマンガ」である『マジャン〜畏村奇聞〜』(全11巻)もマイナー作品ながらオススメ。「ゲーム開発」を題材にしたお仕事マンガの『東京トイボックス』(全2巻)および『大東京トイボックス』(全10巻)も「クソッ、これが無料で読めるなんて羨ましい」と嫉んでしまう。『MOONLIGHT MILE【完全版】』は紙版の続きである24巻も配信されています。事情があってネーム状態ですが、未完を覚悟していた作品だけに続きが読めるだけで感涙してしまう。ほか、あの『将太の寿司』も全巻アンリミ対象。ただ、『将太の寿司』の電子版はいくつかバージョンがあり、バージョンによっては全国大会編や2(World Stage)がアンリミ対象じゃありません。電子書籍は同じ作品でもたまに複数のバージョンがある(販売元が別だったりする)ので、あるバージョンはアンリミ対象だけど別のバージョンはアンリミ対象外ってケースもちょくちょくある。注意しましょう。
比較的最近の作品だと、ドラマにもなった『チェイサーゲーム』。7巻で一旦完結しましたが、実はちょっと前に再開しており、最新刊の13巻以外はアンリミで読める。竹書房のマンガもアンリミ対象が多く、『めんつゆひとり飯』、『うちの会社の小さい先輩の話』、『クラス召喚に巻き込まれた教師、外れスキルで機械少女を修理する』など最新刊以外はだいたい無料で読める(最新刊が出たばかりだと準新刊も対象外だったりする)。「最新刊を売るために既刊をアンリミ対象にする」という販促は結構あるので、普段からチェックしておくとアンリミに加入した後の行動がスムーズになります。出版社によって「アンリミ対象になっている期間が長い/短い」って特徴もあるから、長く利用するつもりであれば意識しておいて損はない。個人的に講談社とKADOKAWAは期間が短い印象がありますね……リストに放り込んでおいたのに気が付いたら対象じゃなくなっている、ってことが何度かありました。なのでそのへんの商品は見掛け次第すぐに借りた方が宜しいです。アンリミは一旦借りたらその後対象じゃなくなっても返却処理や退会処理が済むまでは読めますので。
ライトノベルも対象作品が多めです。私の好きな『我が驍勇にふるえよ天地』は全11巻が対象なので、読みたい本が見つからない人にまずプッシュしておきたい。『剣と炎のディアスフェルド』(全3巻)も好きだけど、あれは打ち切りなのでオススメしにくい。アニメ化した作品だと『聖剣の刀鍛冶』や『天使の3P!』や『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』や『ゴールデンタイム』や『RDG レッドデータガール』(スニーカー文庫版)や『ハイスクールD×D』や『神様のメモ帳』、割と最近の『神は遊戯に飢えている。』も全巻対象。『七つの魔剣が支配する』と『安達としまむら』と『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』は最近出た2冊以外は対象です。『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』は最終巻以外対象。ハルヒシリーズも去年出たばかりの『涼宮ハルヒの劇場』以外は対象。アニメ化していない名作だと『円環少女』(全13巻)や『空ノ鐘の響く惑星で』(全13巻)や『火の国、風の国物語』(全13巻)も対象。『ウィザーズ・ブレイン』は本編全20巻と後日談含む短編集『ウィザーズ・ブレイン アンコール』のすべてが対象だ。長年の沈黙を破って去年遂に完結した『9S<ナインエス>』も去年出た2冊以外は対象となっている。同じ作者の『0能者ミナト』も最終巻以外対象なので併せて読むのもいい。
「10巻以上の大長編とかは疲れるのでちょっと……」という方には短めのところで「高畑京一郎」作品を。デビュー作の『クリス・クロス』は電子化していないが、代表作である『タイム・リープ あしたはきのう』は新装版の方が対象(旧装版は対象外)。『ダブル・キャスト』とか『Hyper Hybrid Organization』も対象ですね。H2Oは打ち切りというか続きを書けなくなって未完になっていますが、「仮面ライダー的な変身ヒーローの物語を敵役の戦闘員視点でシリアスに綴る」異色作で面白いことは確かである。ほか、『戦略拠点32098 楽園』や『天になき星々の群れ フリーダの世界』といった「長谷敏司」の初期作も要チェック。「ラノベ史上に残る怪作」として名高い『東京忍者』を怖いもの見たさで読んでみるのも一興。変わったところだと『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』、通常版は対象外なのになぜか加筆修正した『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 完全版』の方は対象になっています。入間人間作品だと『やがて君になる』のスピンオフ作品『佐伯沙弥香について』(全3巻)の対象です。「ベニー松山」のウィザードリィ作品、『隣り合わせの灰と青春』「不死王」『風よ。龍に届いているか』も是非押さえておきたい。
新しめのところでチョイスすると、『デート・ア・ライブ』のスピンオフ『魔術探偵・時崎狂三の事件簿』および『魔術探偵・時崎狂三の回顧録』。『ひきこまり吸血姫の悶々』の作者による「男装して科挙に臨む少女たち」を描いた『経学少女伝』。『ウィザーズ・ブレイン』の作者による新作『魔剣少女の星探し』(2巻まで出ていて対象は1巻だけ、現状の売上から3巻出すのは厳しいらしいので、読んで気に入ったら2巻を買ってあげてください)。今年の5月に電撃小説大賞獲ってデビューしたばかりなのにもう1巻が対象になっていて「2巻の販促目当てとはいえ早過ぎだろ!?」と叫びたくなった『サンバカ!!!』。このへんは少し経ったら対象外になるかもしれないので気になる人は早めに借りた方がいいです。
ライトノベル以外の一般文芸は変動が激しく、「後で読もう」と思ってリストに入れといたら対象外になってることが多いです。未だと「池井戸潤」や「椎名誠」が狙い目かしら。推理小説好きには「鮎川哲也」の作品がオススメ、「鬼貫警部事件簿」や「星影龍三シリーズ」がほとんど対象になっている。大藪春彦の『蘇る金狼』も、大藪作品を読んだことがないのであれば一度チャレンジしてみてはどうだろう。個人的には空自パイロットを主人公に据えた「夏目正隆」の「スクランブル」シリーズ(全14巻)がオススメ。昔『僕はイーグル』というタイトルで「鬼頭莫宏」がイラスト描いていた作品です。あとは……もうすぐ第四部の刊行が始まるからか、『ニンジャスレイヤー』の既刊(21冊)も対象になってますね。SF作品だと『神狩り』、『幻詩狩り』、『不確定世界の探偵物語』、『神は沈黙せず』あたりがアツい。海外SFは『彷徨える艦隊』が13巻中11巻まで読めるのでオススメ、外伝3巻とジェネシス1巻も対象です。海外ミステリは『特捜部Q』シリーズや「シグマフォース」シリーズあたりがいっぱい読めるので時間があるときにはちょうどいい。ただAmazonはリスト化に失敗してシリーズ順がグチャグチャになってるから、外部のサイトでシリーズ順を確認しながら借りると吉。
長くなってきたのでそろそろ締め括ろう。Kindle Unlimitedには「電子限定の作品」や「同人出版の電子化」も含まれていて、このへんも外せない。今アニメ化で話題が沸騰している「わたなれ」こと『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』の作者「みかみてれん」の同人作品はほとんどがアンリミ対象なので、原作読もうかどうか迷っている人はこちらで文体とかを確認するのもアリです。今は亡き「Novel 0」の『父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ』まで対象になってるのは笑った。「榊一郎」の同人作品『英雄衍義』、「荒川工」がツイッターに投稿した140字SSをまとめた『こいにねがいし』、水上悟志の同人誌『ありがとうブラックドラゴン』や『おかえり仮面ブレイク』、「時田」の『身内の死比較漫画』や『神と使い捨てカイロ』、「小島アジコ」の『はてな村奇譚』などなど。アニメ化されてコミカライズも絶賛連載中である『私の推しは悪役令嬢。』の原作(小説)は「なろうで連載→『GL文庫』という電子書籍専門レーベルで刊行→一迅社から『私の推しは悪役令嬢。-Revolution-』というタイトルで紙書籍化」という変則的なルートを辿ってきており、売上の問題か紙書籍版は第一部が完結したところで刊行が止まりました。電子版の3巻からが第二部なので、紙書籍版で追っていた人はそろそろ見切りを付けて電子版で結末を見届けるべきかもしれません。
・【予告】期間限定イベント「幕末チャンバラ神話 ぐだぐだ新選組・ジ・エンド REVENGE OF MAKOTO」開幕予定!
去年はなかったけど、ほぼ毎年開催されているぐだイベが遂に来た! これまでの歴史は公式がまとめているのでそちらをご参照ください。例外もあるけど、だいたい9月〜11月、秋ぐらいに開催されることが多いので「秋はぐだイベの季節」というのがFGOユーザーの持っている印象でした。今でこそ「手の込んだシナリオをお出しするイベント」「魅力的なNPCがたくさん出てくるせいで『どォして実装しないのよォ〜!』と歯噛みする人が多いイベント」とされているぐだイベですが、一番最初にやった「ぐだぐだ本能寺」は完全にギャグイベントで、既存のキャラを無理矢理戦国武将に当てはめていたから「上杉アルトリア」「武田ダレイオス」「豊臣ギル吉」といった面子が珍妙な掛け合いを繰り広げる、今とは大違いの内容(いえ、今でも本編クリア後のおまけシナリオに名残りはあるけど)です。まだサービス開始から間もない頃で、そんなに凝ったイベントはできなかったんですよね……私はリアルタイムではなく2017年の復刻イベントでやりましたが、「こんなしょーもないイベントだったのか!」と驚きましたわ。ちなみにガチャから出てきた☆5イベント礼装「ぐだぐだ看板娘」はサービス開始初期ならではの隔絶した性能で、高難度クエストの攻略では何度もお世話になりました。
2017年開催の「ぐだぐだ明治維新」も、今の感覚からすると割合小規模なイベントでしたが第一部完結後ということもあって結構踏み込んだ内容になっており、読み応えがあった。このイベントで立ち絵のみ登場した「カッツ」こと「織田信勝」はもともとイラストレーターの「pako」が「男版ノッブ(織田信長)」として描いた落書きを流用したもので、当初は活躍の予定がまったくなかったというのだから仰天する。後にサーヴァントとして実装されることになるんだもんな……おかげで「他のキャラも実装してくれ!」と望むプレーヤーが後を絶たなくなってしまった。2018年の「ぐだぐだ帝都聖杯奇譚」はぐだイベのシナリオに深く関わっている「経験値」のマンガ『コハエースGO 帝都聖杯奇譚』をベースにしたイベントで、コラボとは謳っていないが実質的にはコラボイベントみたいなもんです。初のマップ形式となり、シナリオのスケールも向上。巷間でイメージされる「ぐだイベ」の姿はこのときに概ね完成したと言っていい。30秒に渡る豪華なアニメCM(新曲付き)は今見てもスゴい。沖田オルタ、坂本龍馬、岡田以蔵が実装され『帝都聖杯奇譚』のメンバーはほぼ出揃った(扱いの難しいキャスターは未だに実装される気配ないけど)。黒幕として「南光坊天海」を名乗る「ミッチー」こと「明智光秀」が登場、天海は自称100歳を超える高齢で、「表向き死んだことになっている光秀が正体」というのは伝奇作品だとよくある設定です。ミッチー実装を期待する声もありましたが、現在の雰囲気だと叶いそうもない。コハエースGOの方では小悪党に近い扱いだった以蔵さんが大活躍し、一転して人気キャラに変ずるというまさかの事態も発生しました。
2019年の「ぐだぐだファイナル本能寺2019」はタイトルで「ファイナル」と銘打っているせいで「最後のぐだイベなのでは?」とも囁かれたが、あくまで本能寺絡みのイベントはこれがファイナルというだけのこと。2016年開催の「ぐだぐだ本能寺」がイベントとしてはかなりショボかったので、やり直しの意味も込めたのではないかと思われる。信長自ら「敵は本能寺にあり」と宣言するアニメCMがカッコいい。☆5ノッブや長尾景虎、そして『帝都聖杯奇譚』勢の森長可がやっと実装された。長尾景虎は、単行本にはまとまっていないが『帝都聖杯奇譚』の前日譚『帝都聖杯奇譚回顧録 昭和戦国絵巻』に登場したキャラの一人。『帝都聖杯奇譚』は戦時中に執り行われた第三次聖杯戦争(冬木の第三次聖杯戦争とは異なる、パラレルワールドの第三次聖杯戦争)で勝った織田信長が、失われたはずの聖杯を使って何か怪しげなことを目論んでいる……というところからストーリーが始まるのですけど、その「描かれざる第三次聖杯戦争」について掘り下げたのが『昭和戦国絵巻』です。情報が断片的にしか明かされておらず、セイバーが「豊臣秀吉」、ランサーが「長尾景虎」、アーチャーが「織田信長」、ライダーが「武田晴信」と、ここまでしか面子が確定していない。「戦国絵巻」というから戦国時代の武将で固めているかと予想されるが……構想はあっても実体がなきに等しい『昭和戦国絵巻』ゆえ、ほとんどのFGOプレーヤーは「長尾景虎はFGO出身」と認識している模様。平野稜二が『帝都聖杯奇譚 Fate/type Redline』(『コハエースGO 帝都聖杯奇譚』のリメイク作)を描き切ったら『昭和戦国絵巻』やってくれるかもしんないですね。
2020年は「ぐだぐだ邪馬台国」。サブタイトルの「超古代新選組列伝」があまりに謎過ぎて話題になった。みんなの課金のおかげで相変わらず超豪華なアニメCMも作られて度肝抜かれた次第。かつては立ち絵だけだった織田信勝が☆1アーチャーとしてフレポガチャに実装されるというまさかの展開には沸きました。ぐだイベ初の配布サーヴァントがいないイベントとなりましたが、まぁカッツが配布みたいなもんでしたね。悪役として「もう一人の新選組局長」こと「芹沢鴨」が登場、悪役ながら存在感があってこれまた実装を望む声多数でした。「もうやめましょう芹沢さん」構文が一世を風靡したっけ。
2021年は「ぐだぐだ龍馬危機一髪!」、ある意味もっともカオスなぐだイベでした。「ノッブの首が消失して『首なし信長』になる」という過去イチ意味不明な幕開け。森長可の弟であり本能寺の変で信長のそばにいたとされる「森蘭丸」が「謎の蘭丸X」として配布サーヴァントになったが、「蘭丸星からやってきた」というこれまた訳の分からないプロフィールになっている。その胡乱さから「サーヴァント・ユニヴァース」(奈須きのこたちが思う存分与太話ができるように作られた世界)の出身ではないかと目されるが、結局ユニヴァースとの関わりもハッキリしないままイベントが終わる。蘭丸Xって、つまり何なの? と訊かれても答えられない、ってのが正直なところだ。今度は「戊辰聖杯戦争」という幕末の聖杯戦争が行われたことになっており、そこでサーヴァントとして召喚された森蘭丸(クラス不明)は死亡。蘭丸の持っていた「信長の首」が坂本龍馬(ランサー)に奪われた……というのがストーリーの背景となっています。「高杉晋作」が黒幕的なキャラとして登場しつつ美味しいところを持って行った。個人的には「武市瑞山」のイケメンぶりがツボ。「田中君なら眉ひとつ動かさん」発言が一時ミーム化したりしましたね……その後、2023年のCBC(カルデア・ボーイズ・コレクション、毎年ホワイトデーに開催される)イベント「カルデア重工物語」で高杉晋作が実装される掟破りな事態も発生。ぐだイベ発のキャラがぐだイベ以外で実装されるなんて、水着イベという例外を除けば初めてだったので「もはや何でもありだな」と呻いてしまった。
2022年は「ぐだぐだ新邪馬台国」。まさかの邪馬台国続編。二代目女王「壱与(イヨ)」が配布されて歓喜しました。私は『Kishin-姫神-』という小説が好きだから「台与(トヤ)」派ですが……台与の旧字が「臺與」で、「臺」の部分を「壹(いち)」と書き間違えて壱与になってしまったんじゃないか、って説があります。さておき、「千利休」が少女の姿で実装されて「また偉人を性転換させたのか」と内外から呆れの声が出ましたが、再臨することでその正体が明らかになるという仕掛けにゾッとしました。今はもうカルデアライフを満喫している一員ですが、登場時点ではホラー系の扱いだったんだよなぁ。シナリオとしてはぐだイベ随一の盛り上がりで、集大成といっていい内容でした。☆4として実装された「山南敬助」は「ぐだぐだ邪馬台国」からの実装待機組だったのでやっと……という感じ。このイベントで更に「石田三成」が待機列に並んじゃったけど。
2023年、最後に開催されたぐだイベが「ぐだぐだ超五稜郭」。ちょうど『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』の情報公開が始まった頃でタイムリーすぎて笑ってしまった。配布が「雑賀孫一」、ガチャ産☆4が「永倉新八」、ガチャ産☆5が「武田信玄」と「上杉謙信」、4騎が新規実装という過去最大のイベントになりました。NPCも「今川義元」「伊東甲子太郎」「服部武雄」と3名も登場。いわゆる「油小路事件」と呼ばれる新選組の暗黒面に触れる形となった。『ABURA』という油小路事件だけを描いた全3巻のマンガがありますので、「油小路事件って何?」という方はこちらをお読みください。「ぐだぐだ超五稜郭」、全キャラを魅力的に描こうとした結果、ちょっと散漫になっちゃった印象はあるかな。ぐだイベ、昔に比べて非常に手の込んだ多層的なシナリオになっているせいで、味わい尽くすのが年々難しくなってきていますね。
で、2024年はぐだイベがなく、今年約2年ぶりの開催となります。「幕末チャンバラ神話 ぐだぐだ新選組・ジ・エンド REVENGE OF MAKOTO」。「幕末」とハッキリ書いているので、舞台は恐らく戊辰戦争の頃でしょう。ぐだイベ、実は幕末のイベントってコレが初です。「ぐだぐだ明治維新」も幕末っちゃ幕末だけど「徳川幕府が倒れて、代わりに織田幕府が誕生している」という設定なので正規の幕末ではない。「ぐだぐだ龍馬危機一髪!」は「戊辰聖杯戦争」が起きた結果、明治も大正もなくなって「昭和維新」の嵐が吹き荒れている、という設定だから割と幕末に近いけど幕末じゃありません。続編の「カルデア重工物語」も同様。「ぐだぐだ超五稜郭」は幕末っぽいタイトルの割にやってることは川中島の戦いですし。正面から……かどうかはまだ確定じゃないが、とにかく「本当に幕末が舞台」なのは今回が初めてのはずです。
「MAKOTO」というからには「三田誠」……ではなく「誠の旗」、つまり新選組がテーマになるはずで、局長「近藤勇」が実装される線が濃厚になってきました。「チャンバラ神話」の部分は明瞭なイメージが描きにくいが、新選組がチャンバラを繰り広げた相手となるとやっぱり薩長かしら。桐野利秋(中村半次郎)が来るか? 西郷隆盛の側近として有名な人です。西郷(せご)どんはさすがに出ないだろうな……出てくるとインパクト強すぎて他のキャラが霞みかねない。以蔵さんが後世「人斬り以蔵」と呼ばれたように半次郎さんも「人斬り半次郎」と後の世で称されており、人斬り勢の中では比較的長生きした方(といっても享年38歳だから今の感覚からすると若い)なので池波正太郎が『人斬り半次郎』という全2冊の小説も書いてます。個人的には『九重の雲』の方で印象に残っているかな。あとは緋村抜刀斎のモデルになった「河上彦斎」が来れば俗に「幕末四大人斬り」と呼ばれた面子がFGOに揃うことになる。限定☆5セイバー「近藤勇」、配布☆4アサシン「田中新兵衛」、限定☆4アサシン「河上彦斎」、限定☆3アサシン「中村半次郎」――いやメチャクチャ偏った面子だな! FGO全体で見れば新宿PUという例外があるとはいえ、ぐだイベのPUでここまで男だらけになったことはない。彦斎や半次郎が女体化する可能性とてゼロではないが、最近の傾向からして普通に女性サーヴァント枠が割り当てられるんじゃないかな。幕末の女性ということで☆4アーチャー「山本八重(結婚後は新島八重)」を予想しておこう。槍の名手として知られる「原田左之助」を☆4ランサーで、とかもありそう。あと、そろそろ帝都聖杯奇譚のキャスターが実装されてほしいな。☆0(実際のコストは☆2相当)という扱いでフレポに来てくれると助かります。
・「ご時世的にかなり厳しいです」“美少女ゲーム界の歌姫”KOTOKOが相次ぐメーカーの倒産に思うこと(集英社オンライン)
少し前に『忍者と極道』でネタにされた「さくらんぼキッス〜爆発だも〜ん〜」の歌手「KOTOKO」のインタビュー記事です。彼女がよく歌っていた「戯画」のブランドも既になくなっており、今やDL販売ですら手に入らない状況だ。デビューした時点でエロゲソングどころかアニソンやゲームソングにも興味なかったというのは意外でした。エロゲ業界ってアニメや一般ゲームの仕事にあぶれた人が流れ着く業界というイメージが強かったですから……。
「エロゲー(18禁アダルトゲーム)」自体は80年代頃から存在しているジャンルですが、当初は容量が少なかったこと、「あくまでポルノ」という意識が強かったことから「ソフトに主題歌を付ける」のは珍しかったんです。90年代後半あたりに記憶媒体(メディア)がFDからCDに変わり、容量の問題が解決したことでボイスやBGMなどサウンド方面に力を入れようという機運が高まっていった。影響が大きかったのは、エロゲーじゃないけど近接したジャンルであるギャルゲーの名作『ときめきメモリアル』。「好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかしら」という歌い出しで一世を風靡した「もっと!モット!ときめき」、あれがエロゲソングの源流と申しても過言ではないだろう。「もっと!モット!ときめき」が94年、『To Heart』の「Brand-New Heart」が97年、KOTOKOの所属していた「I've」の曲「Last regrets」が99年(『Kanon』の主題歌)。そして知名度的な意味ではマスターピースとなる「鳥の詩」(『AIR』の主題歌)が2000年に発表されました。KOTOKOが歌手デビューしたのはその頃です。
名前が売れ出したのは2001年の「恋愛CHU!」あたりからか。秋葉原のショップでデモムービーを延々と流していたから、当時を思い出して懐かしくなる人もいるだろう。ゲーム曲は今だと「ゲームをやってるときにBGMとして聞く曲」とか「配信サイトで作業用BGMとして流す曲」というイメージが強いでしょうが、2000年代だと「秋葉原で流れている曲」、つまり「街のBGM」という印象も強いんですよ。私が『うたわれるもの』を購入したのも店内で流していたムービーから聞こえてきた「采配をふるう者」のあまりのカッコ良さに痺れたからですし。話をKOTOKOに戻すと、「400曲くらいは歌っている」とだけあってチェックするだけでも大変です。『私立レイプ女学院』という陵辱ゲーの主題歌を担当した翌月には『こなたよりかなたまで』の「Imaginary affair」を歌っているとか、振れ幅が大きすぎる。個人的に好きなのは『DUEL SAVIOR』の「Fatally」です。「この道に誓う 宿命の灯を絶やさない 想いという名の 宝石があるから」という歌い出しから始まる、勇壮な調べの中で必死に藻掻くような歌詞。何度聞いても色褪せない。
・ひろしたよだかの『滅亡国家のやり直し(1〜2)』読んだ。
副題は「今日から始める軍師生活」。元は「小説家になろう」に連載されていた戦記寄りの異世界ファンタジーで、来月に4巻が発売予定。コミカライズもありますが、始まったのが割と最近なのでこちらはまだあまり進んでいない。コミカライズの単行本も来月に4巻と同時発売の予定です。Kindleのセール作品をチェック中に「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の欄で見掛け、「どんな作品だろう」と気になってサンプルを読んだところ、「これは面白そうだ!」とセール作品そっちのけでハマってしまった。
ジャンルとしては「やり直し物」+「成り上がり物」です。主人公「ロア」は「ルデク王国」の文官として倹しくも充実した日々を送っていましたが、10個ある王国騎士団のひとつがある日突然敵国に寝返り、奇襲を仕掛けたことによって王都が壊滅。好機とばかりに3つの敵国が三方向から攻め寄せ、すり潰されるように王国は滅亡してしまった。たまたま難を逃れたロアは流民として各地を渡り歩き、日雇いの仕事で糊口を凌ぐ。そして気付けば40年の月日が流れていた。祖国への想いに心を囚われたまま、どこにも腰を落ち着けることができなかった人生。込み上げてくる気持ちはただひとつ、「平和だったあの頃に戻りたい」――目を覚ますと、望み通りロアは42年前のまだ滅亡していないルデク王国に戻っていた。今度こそ、滅びの運命を回避してやろう。まだ権力も何もない一人の文官が決意とともに立ち上がった……。
こんな感じで、「未来を知っている」主人公がそのアドバンテージを利用して活躍する物語です。分類上は「戦記&内政」で「知識チート」に属するかな。滅亡前の時代には開発されていなかった「瓶詰」の技術をもたらすなど、未来知識を元にした主人公の無双ぶりは如何にもなろう系といったムードが漂いますが、ロアくんはもともと本好きで様々な情報を頭に叩き込んでいたので普通に博覧強記なんですよね。このへんの「本好きが軍師として大活躍する」ノリは『覇剣の皇姫アルティーナ』を思い出す。好きなシリーズだったけど、途中で続きが出なくなっちゃった……戦記物は進めば進むほど状況が複雑になって執筆の難易度がどんどん上がっていくから、盛り上がってきたところで続刊が出なくなってしまうのは割とよくあることです。アニメ化した『天才王子の赤字国家再生術〜そうだ、売国しよう〜』も最新刊が出てから既に3年が経つけど、続きが出る気配はない。
この作品の特徴としては「明確なヒロインが存在しない」ことが挙げられる。ライトノベルは無理矢理にでも主人公とヒロインのロマンスを捻じ込もうとする作品が多いけど、少なくとも私が読んだ範囲(3巻の途中まで)ではロアくんに関して色恋の要素はありません。「戦姫」の異名をとる女性騎士「ラピリア」とか、出自に秘密がある異国少女「ルファ」、ロアくんの仕事をサポートしてくれる「ネルフィア」、奇人発明家「ドリュー」、2巻から登場する双子の「ユイメイ(ユイゼスト&メイゼスト)」など、女性キャラはポツポツと出てきますけど「王国の滅亡を回避する」という目標で頭がいっぱいのロアくんは色恋に現を抜かす余裕などない。正直、ラピリアとはもっと接近するようなイベントがあると思っていたのでここまで何もないのは予想外だった。3巻の表紙で一緒に踊っているから、もうちょっと仲が深まると思うんですけれど……とにかくラブコメチックな要素はゼロに近いので、「恋愛要素で本筋の流れを阻害されるのがイヤ」という方にはうってつけです。あと、冒頭で「ファンタジー」と書きましたが、これは異世界が舞台で「時間遡行」要素が入っているからそう形容しただけで、魔法とかスキルとかステータス、モンスターとか亜人とかダンジョンといった「なろう系ファンタジーによくある要素」は入っていません。複雑な設定がないぶん、普段なろう系を嗜まない人にもとっつきやすい。ただ、本筋にはまだ絡んでこないがいわゆる「邪教集団」が存在しているみたいだし、主人公の星(運命)が奇妙だと見抜く占い師も出てくるので、今後超常要素がメインになる可能性はあります。
「やり直し」が始まるのは滅亡の契機となった王都襲撃事件よりちょうど2年前。第10騎士団の副団長「レイズ」(第10騎士団は国王直属の遊撃部隊で、名目上の団長は国王ということになっているが、実際の差配はレイズが行っているため「副団長」と呼ばれつつも実質的なポジションは「団長」に近い)が「理解のある上司」ということもあってロアくんの進言を柔軟に受け入れてくれて、それに伴ってロアくんも手柄を立ててどんどん出世していきます。2巻ではなんと彼がトップの「ロア中隊」まで編成される。何なら功績著しいロアくんを団長に据えた「第11騎士団」を……という話もあったりなかったりしますが、滅亡までの猶予がそんなにないし「今から新たな騎士団を創設しても間に合わないよな」と頭の中で一蹴する。「王国が滅亡した」という結果は骨身に沁みるほど理解していますが、滅亡に至るまでの具体的な経緯については「戦争による混乱」が生じたせいで不明点も多く、ロアくんはちょっとずつ推理を重ねながら滅亡回避の企てを積み重ねていくことになる。そう、本シリーズは戦記物の皮をかぶって「ルデク殺国事件」の真相に迫っていくミステリ小説でもあるのだ。いったい誰が、何のためにこの国を滅ぼしたのか?
読みやすいし面白いけど展開がゆったりとしていることもあり、恐らくアニメ化はしないでしょうが、「久々に腰を据えてラノベを読みたい」という方にイチ推しのシリーズです。なろうでの連載は2年ほど前に完結しており、よほど書籍版の売上が下がったりしないかぎりは最後まで刊行されるはず。果たしてロアくんは歴史を変えられるのか。是非その目で確かめてみてほしい。
2025-09-13.・「失われた創世(ヴァニッシュド・ビギニング) 未来からの方舟」からの「冠位戴冠戦:Rider」で「やることが……やることが多い!」と呻きながら周回している焼津です、こんばんは。
グランドライダーはかねてからの予定通り「牛若丸」に戴冠してもらった。初期に来てくれたサーヴァントで、☆3ながら第一部攻略の助けになってくれた我が相棒です。第一部攻略当時、所持していた☆5は“山の翁”だけだったのでキャスター以外は翁、キャスター戦は牛若丸といった感じでやってましたね。チュートリアル☆4で引いたサーヴァントはデオン、つまり盾役だったからアタッカーとして使えるユニットがあんまりなかったのだ。研鑽戦はクエストの相性とか関係なく牛若丸で強引に回る覚悟でしたけど、普通に充分な火力が出ると申しますか、凸黒聖杯積んでバフ掛けてライネス宝具→牛若宝具の順で打てばワンターンキルできます。自前のライネスを持っていればかなり簡単。難点は、便利すぎてライネスの絆レベルがガンガンズンズングイグイ上昇していくことか……あっという間に10へ到達したので悩みながらも夢火を入れました。一緒に編成していたノアは絆10になったところで一旦お休み。というか、召喚してから一週間もしないうちに絆レベルが10になるなんて異常ですよ。
夢火、前は「そんなに使う機会ないな」と思って交換をサボり気味にしてたんですけど、戴冠戦やらレイドやら絆茶やらが重なって絆レベルの上昇速度が半端ないからそろそろ底を突きかけています。レベル120にしたいけど、今はまだコインが足りない……というサーヴァントのために残しておかないといけないから、在庫管理に苦しむ段階へ入っている。もっと……もっと夢火を配ってくれ……!
それはそれとして「失われた創世」、いかにも「星空めておのシナリオ」って感じでしたね……出だしはいっぱいキャラが出てきて賑やかなのに、だんだん駆け足になっていくあたりが「あっ、『SEVEN-BRIDGE』で見たヤツ!」で懐かしくなってしまった。本来なら奏章並みのスケールでやるべき話なんだろうけど、題材が聖書神話なので濁さないといけない部分が多いこと、あと単純にめておの筆が遅いことも重なってミニサイズのイベントになっちゃった印象がある。ノアがいいキャラしてるだけに残念。ちなみにノアは200連くらいでようやく引きました。☆5イベント礼装がいっぱい出たおかげでレイドは楽でしたけど……戴冠前の牛若丸が八艘跳びで方舟ロボを沈めまくってくれた。たった一日で終わっちゃったのが惜しまれる。
スケジュール的にこの後はアサシン戴冠戦→アーチャー戴冠戦→キャスター戴冠戦か。12月20日までに終わらせないといけないことを考えると結構ギリギリだな……ひょっとして今年のイベント、これからはもうずっと戴冠戦に絡めたものだけ開催していく流れ? じゃあ終章までに来る新規サーヴァントはアサシン、アーチャー、キャスターの3騎ってことかな。ハロウィンの伏線(三つ首の竜)を未だに回収していないから10月に久々のハロウィンイベントやるのでは、なんて予測もありましたけど。時期的にアーチャーの戴冠戦を兼ねたハロウィンイベントが開催される可能性もゼロではない……?
・BanG Dream!の夢限大みゅーたいぷがアニメ化、「バンドリ! ゆめ∞みた」2026年放送(コミックナタリー)
ゆめみたもアニメ化するのか。「ゆめみた」こと「夢限大みゅーたいぷ」はバンドリプロジェクトにおける「10番目のバンド」として結成されたグループです。特徴は「メンバー全員がVtuberであること」。バンドリの既存バンドメンバーはあくまで「キャラクター」であり、声優(中の人)がそのキャラクターを演じるという形式でしたが、ゆめみたは少なくとも表向きには「中の人」という概念が存在していない。あくまでVtuberとしての体裁を守っており、「中の人? さぁ……何のことですか?」としらばっくれている。こうした事情もあってリアルライブよりも配信を重視するという、バンドリプロジェクトの中でもかなり特異な場所に位置するバンドとなっています。
扱いも特殊。現時点での設定だとゆめみたのメンバーは「フィクションとしてのバンドリ」、つまり「アニメやゲームとしてのバンドリ」内には存在しないことになっている。その証拠にアニメ『Ave Mujica』が放送されていた期間、「同時視聴配信」の動画を流していた――つまりアニメのバンドリを「フィクション」と見做してリアクションしていたわけで、立ち位置的にはバンドリメンバーというよりもバンドリーマー(バンドリの企画を応援する視聴者やプレーヤーたち)に近い。これがアニメではどういう設定になるのか、今の段階じゃまったくわからないのでハッキリしたことは言えません。ゆめみたメンバーが「花咲川や羽丘に通う女子高生」になって過去のバンドリ世界と繋がる可能性もある一方、「過去のバンドリとはまったく関係ない世界」が舞台になる可能性もある。メタ的なことを言っちゃうと、「花咲川や羽丘に通う女子高生」という設定にしたら制服バージョンの3Dモデルを新たに作る必要が出てくるんで、視聴者が想像する以上に手間が掛かっちゃうんですよね……だからと言って「過去のバンドリとはまったく関係ない世界」にしたらガルパ(バンドリのアプリ)に出演させるのが難しくなる(過去に他社IPとコラボしたこともあるし、難しいだけで不可能ではない)。ジレンマです。
ただ、最近のガルパは開発力が低下している疑惑があり、設定云々関係なくゆめみたメンバーを実装することができないのでは……と不安視されています。設定的には問題ないAve Mujicaのメンバーが未だに実装されていない(実装する予定だ、という発表すらない)ことを考えるとあながち的外れな不安でもない。バンドリファンでもVtuber文化に興味のない人は「ゆめみたにどう接していいのかわからない」と困惑しているし、過去のバンドリと切り離して展開する可能性の方が高いかな。そういえば「from ARGONAVIS」とかいう、かつては「バンドリプロジェクトの一部」という扱いだったのになんだかんだあった末「バンドリから完全に独立した企画」にされたのがあったっけ。
アニメの制作は「ニチカライン」、2期以降のバンドリアニメを作っているサンジゲンの新スタジオブランドだそうです。まぁほぼサンジゲンみたいなもんだと考えていいでしょう。こういうキャラだけ出来上がっていてストーリーがなんもわからないフワフワした感じ、『そにアニ』を思い出すな……ニトロプラスのマスコットキャラクター「すーぱーそに子」を主人公にしたアニメで、日常系のようなギャグアニメのようなよくわからない雰囲気の中でバンド活動を行うすーぱーそに子たちの姿を描いている。「すーぱーそに子」が芸名なのか本名なのかもハッキリしないままストーリーが展開する、非常にシュールな作品でした。アニメでは女子大生という設定なんですが、そに子の象徴であるヘッドフォンは講義中であろうと決して外さない。寝る時も装着したままだし、コスプレする時も頑として付けたまま。意志が強固すぎる! 個人的にあのユルいノリは嫌いじゃなかったけど……今や忘れられた作品の一つになってしまった。ゆめみたアニメは第二のそにアニになるのか、それとも……結果は来年、己が目で確かめよ。
・“ロバート・ラングドン”シリーズ、8年ぶりの最新作『シークレット・オブ・シークレッツ(上・下)』、11月5日発売予定
“ロバート・ラングドン”シリーズって何? って人向けにわかりやすく書くと『ダ・ヴィンチ・コード』とかのシリーズです。主人公の大学教授の名前が「ロバート・ラングドン」。深みは一切ないけど、とにかく読みやすいエンタメって感じで個人的には好き。『ダ・ヴィンチ・コード』が一番最初に映画化されたのでシリーズ1作目と思われている節があるものの、実際は『天使と悪魔』って作品が1作目で、『ダ・ヴィンチ・コード』は2作目。その後に『ロスト・シンボル』というシリーズ3作目が発売されましたが、これはあんまり人気がなくて映画化されていない。テレビドラマにはなっていますが、主演はトム・ハンクスじゃないです。シリーズ4作目がフィレンツェを舞台にした『インフェルノ』、これは舞台の選定が良かったこともあって映画化されています。シリーズ5作目が2017年に出版された『オリジン』、スペインを舞台に「人類の起源と行く末」を巡ってドタバタする話で、「また教授が命を狙われながら美女と一緒に真実へ迫っている……」とワンパターンな展開に呆れつつ楽しめる内容となっています。
で、この『シークレット・オブ・シークレッツ』がシリーズ6作目。今度はプラハで「人間の意識」に関する新説が発表されようとしていたところ、残忍な殺人事件が発生し、事態がロンドンやニューヨークにも広がっていく――という話になるらしい。テーマは「人間の心」。ラングドンシリーズはテーマこそ壮大なものの文章は至って平易で、気軽に読めるのが特徴だから構える必要はないです。ただ、問題は本の値段……なんと上下合わせて5500円(税込)! ダン・ブラウンの小説は売れるから比較的価格が抑え目になっていて、これまでは各巻1800円+税といった値付けだったんですが、今回一気に4割増しくらいになっています。いつもよりページ数が多い(ざっくり2割増し)から値段が上がること自体は仕方ないんですが、ダン・ブラウンの新刊が2500円+税というのはなかなかインパクトがある。紙が高くなってるし、円安だから仕方ないだろうが、もう海外の翻訳小説を買うのなんて一部のマニアくらいじゃないかしら。私もさすがに購入点数が減って、積読はあまりしなくなってきましたよ……。
・レベッカ・ヤロスの『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫(上・下)』読んだ。
アメリカで若年層を中心に大ヒットしているファンタジーシリーズ“エンピリアン(天)”5部作の1作目。本屋大賞の翻訳小説部門で1位を獲って話題になり、その流れで私も読み始めました。いわゆる「異世界モノ」に該当する内容。アメリカでは今こういう「異世界を舞台にしたロマンス要素強めのファンタジー」を「ロマンタジー」と呼ぶらしい。あまりにもダサいネーミングで閉口してしまってなかなか食指が伸びなかったが、読んでみると確かに面白い。濡れ場の描写が長ったらしくて、そこはちょっと流し読みになっちゃったけど……。
ナヴァール王国における軍備の要、「騎手」――竜騎士(ドラゴンライダー)を育てるための学校「バスギアス軍事大学」。その苛酷さは戦場さながらであった。ほぼ毎日のように死者が発生し、さっきまで笑い合っていた友人が目を離した隙に骸となる。規則さえ守っていれば「気に入らない相手を殺す」ことすら容認される、この世の地獄みたいな場所。華奢な体つきをしているせいで幼い頃から「騎手には向いていない」とされていた少女「ヴァイオレット・ソレンゲイル」は、「お偉いさんの娘だから」という理由で安全な書記官への道を断たれ、明日をも知れぬ騎手候補生となってしまう。生き延びる、たとえどんな手を使ってでも……死と隣り合わせの日々を送るヴァイオレットは、やがて竜と絆を交わす運命の日を迎えるが……。
先に言っておきますと、盛り上がってくるまでが長い話です。物語は徴兵日から始まるのですが、バスギアスは入学後どころか入学前から試練を行うので、結構な数の少年少女が門に辿り着くまでに死ぬ。さながらカイジの「鉄骨渡り」みたいな要領で橋を渡って学園へ向かうんだけど、強風に煽られて落ちたり、ライバルを減らすために他人を突き落とす奴がいたりで、ボルガ博士ばりにどんどん宙へ放り出されていく。橋の下はさながら『聖闘士星矢』の忘れられた設定のひとつ「聖衣の墓場」みたいだ。そうやって死ぬ思いをしてバスギアスに着いてもまだまだ安心はできない。訓練課程で普通に死人が出るし、立場的に「竜>>>人間」なので「竜が気に入らなかった」というだけであっさり消し炭にされる。人間の命があまりにも安い光景が延々と続く。ハリー・ポッターというより『魁!!男塾』とかオーフェンの「牙の塔」(入学した9割が死に、卒業できるのは1割のみ)を彷彿とさせる世界だ。
フィジカル面でハンデを負ってるヴァイオレットちゃんは対戦相手の食事に毒を盛ったりしながら辛うじて生き延びていくわけですが、竜騎士が活躍する物語なので竜と契約する段階に進んでからが本番。そのへんからやっと面白くなっていきます。ネタバレを避けるため詳述は避けますが、ヴァイオレットちゃんはバスギアスにおいて前例のない「契約」を交わしたことで否応なく注目を浴びる存在となる。これがなろう系のファンタジーだったら「ヴァイオレット無双」が始まるところですが、それでもフィジカル面のハンデが大きくて無双展開には突入しない。なろう系のノリに慣れてる人からするとそのへんはもどかしいところでしょう。「ロマンタジー」と呼ばれるくらいだから恋愛(ロマンス)要素も読みどころの一つとなっており、ヴァイオレットちゃんは「ゼイデン・リオーソン」という危険な香りのする上級生に惹かれていく。
ゼイデンは「ティレンドール州」の出身で、ここは少し前にナヴァール王国に対して大規模な反乱を起こしています。反乱は鎮圧され、首謀者であるゼイデンの父も処刑されていますが、「反乱を起こした者たちの子供」は烙印を押されたうえでバスギアスへの入学を強制されている。ヴァイオレットの母、「リリス・ソレンゲイル」は反乱鎮圧の立役者であるため、ゼイデンからするとヴァイオレットは「父の仇の娘」なわけだ。一方、反乱鎮圧の際に生じた戦死者のリストにはヴァイオレットの兄、「ブレナン・ソレンゲイル」の名前も載っている。ヴァイオレットからするとゼイデンは「兄の仇の息子」なわけで、お互い険悪なムードになるのは自然なことです。しかし、ゼイデンはメチャクチャいい男なので、ひとりの女として惹かれていく心を止められないヴァイオレット。ゼイデン、振る舞いが完全にツンデレヒロインのそれで笑ってしまう。やっぱりアメリカでもツンデレは人気なんですね。
「デスゲーム小説ばりに死人が出まくるファンタジー版『魁!!男塾』」という、表紙からは想像できない内容でなかなかエキサイティングでした。日本では第二部の『鉄炎の竜たち』が翻訳されており、これも近いうちに読むつもりだけど第一部よりページ数がかなり増えている(第一部は上下合わせて800ページ、これに対して第二部はなんと1150ページ)から気合入れないと読み通せそうにないんだよな……ちなみに原書では第三部 "Onyx Storm" が刊行済。ページ数的には第二部よりも短そうな気配です。Amazonでドラマ化企画が進行中とのことで、そのうちプライムビデオで配信されるかもしれません。
2025-09-06.・『うたわれるもの ロストフラグ』にてイベント「願い焦がれしあの唄を」開催中、これ自体は去年やった5周年記念イベントの復刻なので特に騒ぐほどのことではないんですが、復刻に当たってボイスが実装されています。そうです、このイベントにはチョイ役として「ラクシャイン」が出演していたので、いよいよあの「悪漢ラクシャイン」に声が付いた……! 興奮を隠し切れない焼津です、こんばんは。
CVは公表されていないため不明。私の記憶に該当する人もいない。「悪漢ラクシャイン」が何なのかは前にも解説したので詳述を避けますが、簡単に書くと「ハクオロの正体ではないかと目された人(最終的に勘違いだと判明する)」です。クッチャ・ケッチャの皇「オリカカン」には妹がいて、その妹と結婚した男がラクシャイン。つまりオリカカンにとって義弟に当たる存在です。どういう経緯なのかは不明だが、ラクシャインは一族を裏切って妻子と多くの同胞を死に追いやり、オリカカンから「裏切り者」として認識されている。追われる身となったラクシャインは逃亡の最中に重傷を負い、水落ちでもしたのかそのまま行方不明に。時を同じくしてヤマユラの近くの森で瀕死のハクオロがエルルゥによって救助された……という流れです。ハクオロは記憶を失っているため「自分はそのラクシャインとかいう非道の男なのか!?」と動揺しますが、「オリカカンがディーの術に掛かって『ハクオロ=ラクシャイン』と思い込まされていた」だけでまったくの別人、失意と落胆の中でオリカカンは死亡する。その後、クッチャ・ケッチャの残党はハクオロたちの國「トゥスクル」に吸収されたため「クッチャ・ケッチャ」の名は消滅。以降、「結局ラクシャインはどうなったのか」についてはまったく触れられなかった。
トウカが口にしていた「悪漢ラクシャイン」という言葉の響きが良かったせいで全然出番がないにも関わらず、ずーっと「悪漢ラクシャイン」として記憶され続けてきたラクシャインさん。ロスフラでの振る舞いから察するに私欲で一族を裏切って妻子と同胞を死に追いやるような人物とは思えず、「こいつもオリカカン同様ディーあたりにハメられたのでは?」という疑惑があります。ただ、ディーがオリカカンをハメたのはハクオロにぶつけるためで、その前段階としてラクシャインをハメるような迂遠な真似をするだろうか? って疑問はあるんですよね。ラクシャインがディーの不都合になるような行動をして、それで消されかけた……と考えた方が納得が行くけど、そのへんは情報が少なすぎて何とも言えないです。今やってる復刻イベントが終わったらまた新しいイベントが始まるはずですから、そちらの方でいよいよ「悪漢ラクシャイン」の真実が明らかになる……のかもしれない。
「というか最近のロスフラってどうなってんの?」という方のために状況を説明しますと、ロスフラの世界を支配する「織代様」との決戦が終結したところです。公式自ら「メインストーリー第一部・完」と謳っている。2019年11月にサービス開始し、今年の4月にやっと決着したことを考えると、第一部だけで5年半近く掛かった勘定になります。問題は第二部が始まるのかどうか判然としないところなんですよね……「第一部・完」って宣言しただけで、今のところ具体的な第二部の予定について語られたことはない。記憶喪失の主人公「アクタ」が記憶を取り戻し、ロスフラの世界成立に「ウィツァルネミテアの黒き半身」が関わっていることまでは明らかになったが、問題のすべてが解決したわけではなく続けようとすれば続けられるストーリーにはなっている。しかし、ガチャを回させるために強いキャラを実装する→そのキャラでも突破できないようなギミックをエンドコンテンツに組み込む→そのギミックを突破できるような更に強い新キャラを追加してガチャを回すようプレーヤーを促す……というインフレの悪循環に突入したせいでどんどんプレーヤーが減っていき、売上的にはかなり厳しそうな雰囲気なんですよね、ロスフラ。もうアクアプラスの意地で続けているんじゃないか? と勘繰る状態。昔は数千とか数万のダメージ量を競うようなゲームだったのに、あっという間に億を超え、今やエンドコンテンツでは数百億のHPを削り切るような次元に上っている。最高レアリティであっても実装の古いキャラなど、愛玩用としてはともかく戦力としては使い物になりません。「ギミックが理解できなくても、とりあえず最近実装されたキャラを適当に編成しておけば大抵何とかなる、ヤケクソみたいな強さだから」という末期のソシャゲそのものの状況。スタリラがこんな感じだったな……。
ストーリー系のイベントや配布キャラが減ってきているし、最近やった『To Heart』のコラボイベントも「リーフファイト」という古のTCG(トレーディングカードゲーム)を題材にした究極の内輪ネタで、柏木四姉妹や月島兄妹や長瀬くんが出てくるから読んでいて「これ新規のプレーヤーは付いて行けないだろう……いや、もう新規のプレーヤーは全滅して、古参のリーフファンしか残ってないのか……?」と切ない表情になってしまった。開発リソースが潤沢なら「実際に遊べる『リーフファイト』」がロスフラ内に実装されていただろうけど、当然そんなこともなくテキストで漠然とリーフファイトのバトル風景が描かれるだけで終わった。6周年は確実に迎えられるだろうが、7周年があるかどうか予断を許さない状況だ。
ショートアニメ化くらいはあるかも……と思っていたけどTVドラマ化は予想外だった。『ふたりエスケープ』は“コミック百合姫”に連載されていたマンガで、一応「百合」に該当するが恋愛要素はゼロに近く、「女同士が仲良くしている」というかなり範囲を広げた、広義の意味での百合マンガに属します。マンガ家の「後輩」と顔の良い無職の「先輩」が、「〆切から逃げ出したい! 遠くに行きたい!」などといった素朴な感情に向き合って様々な「現実逃避」を行う日常系コメディ。1個1個のエピソードは短く、だいたい十数ページで終わる。ほとんど画力とノリで保っているような、内容があるのかないのかよくわからないマンガであり、「意味が分からない」と首を傾げる人がいる一方で波長が合えば「なんか……いい!」とずぶすぶハマってしまう不思議な魅力を湛えています。作風は違うけど、沙村広明の短編マンガを読む感覚に近い。
元は作者が趣味で描いていた同人誌で、編集者の目に止まって商業化。2020年に連載を開始し、2023年に商業連載を終了。単行本は全4巻。コアな人気こそあったものの大きく跳ねることはなくひっそりと幕を引きました。その後、『もっと!ふたりエスケープ』というタイトルで同人誌としての続編シリーズをスタート。いえ、『もっと!ふたりエスケープ』というタイトルは電子版に付けられたもので紙の同人誌だと結構バラバラ(『これまでとこれからのふたりエスケープ』『今回のふたりエスケープ』『オーシャンフェリーでふたりエスケープ』『COLOR ESCAPE』)なんですが、ややこしくなるので「続編=『もっと!ふたりエスケープ』」と解釈してもらって大丈夫です。
ドラマは10月放送開始の予定で、それまでに商業版の新刊を出すのはスケジュール的に無理だったのか、代わりに『ふたりエスケープ 公式コミックアンソロジー』なるものが発売される模様。まだ面子すらよくわかってないので様子見かな……コミックスの重版も決まったらしくてめでたいとは思うが、「打ち切ったくせによ……」と仄暗い感情がほんのり湧き上がってくることは否定できない。田口さん、『ふたりエスケープ』が終わった後はジャンプ+に行って『ペンションライフ・ヴァンパイア』描いたり、カドコミに行って『ボドカン!』描いたりしてたけど、どっちもそんなに長く続かなかったからようやく報われそうなムードに少しだけホッとする気持ちもあります。たぶん同人で出していた『もっと!ふたりエスケープ』も来年あたりにまとめて商業単行本化するんじゃないかしら。タイトルは『もっと!ふたりエスケープ』のままなのか、何事もなかったように『ふたりエスケープ(5)』として出すのか、気になるところです。
・15年の沈黙を破り、「電撃ノベコミ+」にてうえお久光の新作『闇のセンパイ』連載開始!
うえお久光!? うえお久光が復活だって!? あまりの衝撃に三度見するくらいのニュースでした。なにぶん15年も新作を出していなかった作家なので最近の人は知らないでしょうが、2000年代の「ライトノベル」という呼称が世間に広まり始めたあたり、電撃文庫とともに熱い青春を送った世代には「懐かしい」だけでは括れない感情を喚起する名前です。未完のシリーズをふたつも抱えたまま沈黙していた作家ですからね……。
2002年に第8回電撃ゲーム小説大賞「銀賞」を受賞した『悪魔のミカタ』でデビュー。『悪魔のミカタ』はシリーズ化し、うえお久光の代表作となります。尖った作風も相俟って同月に『クビキリサイクル』でデビューした「京都の19歳」こと西尾維新の“戯言”シリーズとセットで語られることも多かった。たまに「うえお久光は西尾維新のフォロワー」だと思い込んでいる人がいますが、ほぼ同時デビューなので少なくとも初期の時点で「西尾維新の影響を受ける」のは不可能です。正確には「うえお久光も西尾維新も上遠野浩平と荒木飛呂彦の影響を受けている」といった感じだ。
『悪魔のミカタ』は男子高校生「堂島コウ」のもとに「悪魔」を名乗る少女が現れる、というシーンから始まる。悪魔曰く「あなたは悪魔の道具を使って人を殺した、だからその代償として魂を支払ってもらう」。「知恵の実」とも呼ばれる悪魔の道具のひとつ、「ピンホールショット」。もともとは画家の呪いを込めた絵筆だったが時代の変化によってモードチェンジし、「撮った写真を傷つけると相手が死ぬ」魔法のポラロイドカメラになった。その「魔法のカメラ」で呪殺したのだ、と糾弾されるが、身に覚えはない。つまり冤罪であった。成り行きでコウは真犯人探しを手伝うことになるが……という、超常現象の絡んだミステリって趣で始まるシリーズです。1巻はまだ謎解き要素が強いですが、2巻からだんだん異能バトル要素が強くなっていく。もう随分と時間が経っているので少しネタバレしてしまいますが、1巻の時点でコウの恋人である「冬月日菜」が死亡し、コウは彼女を蘇らせるために「悪魔のミカタ」となることを決意します。彼が手にした知恵の実は、まだ名付けられておらず「It(それ)」とだけ呼ばれているリンゴの模型。「それ」は108の魂を集めることで完成し、日菜を復活させる力を帯びると云う。かくしてコウは知恵の実使いたちとの魂を賭けた知恵比べに身を投じていく――と、ある意味で『封仙娘娘追宝録』みたいなストーリーのライトノベルなんです。
何せ「108の魂」が必要とブチ上げたのでシリーズは長期化し、13巻まで出したところで一旦ひと区切りしてタイトルを『悪魔のミカタ666』と改めてリスタート。大きな事件を経て108どころではない魂を手に入れたコウ、もはや「冬月日菜を生き返らせる」という目的の達成は叶えられたも同然かと思われたが、話はそううまく運ばなくて……といった感じで物語は「魂集め」の段階から具体的な「日菜の蘇生」手段へと移っていきます。いよいよ完結に向かっていくのか、とファンは期待していましたが、新章に当たる『悪魔のミカタ666』は6巻を最後に刊行が止まり、16年半経った今になってもまだ続刊の予定はありません。率直に言って「未完」状態です。全盛期のうえお久光はヤバいくらい執筆量が多く、デビューしたのが2002年2月で、シリーズの区切りとなる13巻を出したのが2004年7月。2ヶ月連続刊行もちょくちょくやっていたし、12巻から13巻まで5ヶ月要しただけで「今回は時間掛かったな」と言われる始末でした。「命削ってる」と言われても納得する速さだったんです。それだけに666の続きが出なくなった後、ファンたちは「燃え尽きてしまったんだろうか……」と不安げな声で囁き合ったものです。
『悪魔のミカタ』とは別に『シフト』というシリーズもありました。2005年に始まったこのシリーズ、「眠るとまるでゲームのようなファンタジー世界に『シフト』する」という異世界転生(転移)ブームに先駆けた内容で、「隠れた名作」として語られることが多いけれど、2008年に出た3巻を最後に続きが刊行されなくなったためやはり「未完」状態に陥っています。ほか、書籍化された作品としては『ジャストボイルド・オ'クロック』、『紫色のクオリア』、『ヴィークルエンド』がある。コミカライズもされている『紫色のクオリア』は特に人気が根強く、芳林堂書店限定ながら書き下ろしの有償特典と併せて復刊されています。有償特典は「紫色のクオリア ―七美は箱のなか―」という50ページ超えの書き下ろし短編を収録した小冊子で、これを目当てに買い直したファンもいます。私も迷ったが、旧版の『紫色のクオリア』はまだ手元にあるし、「50ページくらいの書き下ろし短編で2420円(送料700円も含めると3120円)か……」と怖気づいて見送ってしまった。まだ在庫はあるみたいですけど、それが売り切れたら電子版が販売されるかもしれないな、と考えています。
で、15年ぶりの新作としてスタートした『闇のセンパイ』。ジャンルはホラーみたいです。極度の怖がりなのに、「恐怖の源を確認しないと安心できない」強迫観念のせいで怪しい場所に近づいてしまうジレンマを背負っている少年が主人公。廃棄された神社の地下にいかにも怪しげなスペースがあって、怖いんだけど「そこに留まって何事も起こらないと確認しなきゃ気が済まない」主人公は放課後に何度も入り浸る。そしてある日、遂に「先輩」と出会う。手にナイフを握った彼女は「これから『儀式』をするので手伝え」と要求してくるが……まだ始まったばかりなので何とも言えない部分があるけど西尾維新の“物語”シリーズにおける主人公「阿良々木暦」をメチャクチャ怖がりにしたらこんな具合になるかな、って雰囲気です。あるいはコメディ要素の少ない『おそろしくて言えない』。この連載が終わったら、『悪魔のミカタ666』や『シフト』の続きも書いてくれるのでは……? 一抹の期待を抱いてウォッチしていく所存です。ただ、『悪魔のミカタ』のイラストを手掛けていた「藤田香」は既に故人なんですよね……仮にシリーズが復活できたとしてもイラスト変更は避けられず、ファンも気軽に「再開してくれ」とは言いにくい状況です。それでも、それでもあの物語の続きを見たいという気持ちは消えない。今はただ待とう。